深夜、若子は眠れなかった。 一人で庭に出て、ブランコに腰掛ける。夜風が頬を撫で、少しひんやりとした感触が心地いい。 その時、ふわりと温もりが肩にかかる。 振り返ると、西也が優しく毛布をかけてくれていた。 若子は口元をわずかにほころばせる。「西也、まだ寝てなかったの?」 「お前もな」 そう言って、西也は隣に座る。「どうした?話してみろよ」 「......おばあさんが心配で」 「気持ちはわかる。だけど、この病気は治るものじゃない。ただ、誰かがそばにいてやれば、それでいい」 「......私が面倒を見たいの。もし妊娠してなかったら......」 そう言いながら、胸が痛んだ。 あんなに待ち望んでいた子なのに、どんなことがあっても産むと決めたのに。 なのに今、「この子がいなければ」と思ってしまう自分がいる。 人の気持ちって、こんなにも変わるものなのか。 西也はそっと彼女の手を握る。「若子、そんなこと言うなよ。まずは無事に産もう。それからゆっくり考えればいい」 「......」 西也の言葉を聞いた瞬間、若子の頭にあることが浮かぶ。 ―私は、西也に絶対に離婚しないと約束した。 だけど、それは彼が記憶を失っている今だから。 もし記憶を取り戻したら?きっと、離婚できるはず。 離婚すれば自由の身になれる。そしたら、おばあさんのそばで暮らし、ずっと面倒を見られる。 でも今は―お腹の子を産むまでは、何もできない。 それに、お母さんの言うことも一理ある。 卒業してから妊娠のせいで勉強を続けられなかったし、仕事もしていない。この機会に、もう一度学び直すのも悪くない。 「......西也、海外へ行かないか?」 西也の顔が一瞬で驚きに染まる。 光莉に言われた時は信じなかった。まさか本当に若子がその気になるなんて。 西也の驚いた顔を見て、若子は微笑んだ。 「もともと行く予定だったでしょ?ただ、いろいろあって伸びちゃっただけ。それに、私も約束したし、ちゃんと一緒に行くよ。それに......西也には、一日でも早く記憶を戻してほしいから」 西也は、ふっと優しく微笑んだ。「......わかった。じゃあ、いつ行く?」 「いつでも」 「じゃあ、少し時間をくれ。会社のことを片付けてからにする
こうして、西也と若子は、ついに海外へ行く日を決めた。 それまでに、西也は常遠の買収を完全に終わらせなければならなかった。 常遠側は当然、買収を拒んだ。しかし、西也はあらゆる手を使い、容赦なく攻め続けた。 結果、常遠はついに耐えきれず、買収契約にサインをすることになる。 次のステップは、企業の譲渡。 ここで、西也はあることに気づく。 ―あの誘拐犯を、甘く見すぎていた。 西也は、譲渡を追跡することで、犯人の正体を突き止めるつもりだった。 だが、相手はそれすらも計算済みだった。 譲渡の受け手は、代理会社。さらに、その代理会社の裏には別の法人が絡んでおり、本当の所有者の素性は完全に隠されていた。 どんな手を使っても、買い手の正体を掴むことができない。 時間と労力をかけて追跡することは可能かもしれない。 だが、その間にも犯人は余裕の態度で西也を見下ろしている。 まるで、彼が必死に調べても何も掴めないと確信しているかのように。 そのことを悟った西也は、調査を中止することにした。 今、最優先すべきは、犯人を突き止めることではない。 ―奴の正体がわかったところで、動画がまだ手元にある限り、どうすることもできない。 ならば、無駄な足掻きはやめるべきだ。 今は、若子と一緒に海外へ行くことが先決。 俺には、もう時間がない。 海外へ行けば―全て、変わるかもしれない。 準備は順調に進んだ。 渡航手続きは全て完了し、アメリカ側の医療機関も受け入れ態勢を整えた。 そして、予定通り、二人は飛行機に乗り込む。 アメリカへ。 ...... 西也と若子が出国した後、表面上は何事もなく、平穏な日々が続いた。 それからの一週間、若子はずっと光莉と連絡を取り合っていた。 彼女の近況を知るたびに、光莉はほっとする。 二人とも、無事に新しい生活を始められたようだった。 西也も、治療を受けている。 若子は、体を大事にしながら、同時に勉強を始めた。 すべてが順調に進んでいるように見えた。 光莉は、今回の判断が正しかったことを実感する。 ―やっぱり、二人を行かせてよかった。 国内にいれば、修がいる。 どれだけ西也が若子を大切にしようと、二人の間にはどうしても「溝」ができてしまう
修は足を止め、振り返る。 母の顔には、明らかに言いづらそうな表情が浮かんでいた。 「一体何だ......何か隠してんか?」 「......あんた、本当に若子とは終わったの?」 その言葉に、修は目を閉じる。 握りしめた拳が、わずかに震えた。 「......若子が終わらせたがったんだ。俺に何ができる?」 「じゃあ、あんたはまだ彼女と一緒にいたいのね?」 修は苦笑する。「母さん、俺がどうして怪我をしたか知ってるか?俺が若子を助けに行った時、何があったのか......知ってるか?」 光莉は静かに問い返した。「......何があったの?」 修は一瞬だけ迷い、そして小さくため息をついた。 「......いや、もういい」 言わなくてもいいことだった。 誰にも言いたくない。 ただ、若子は西也を選んだ―それだけだ。 それが、すべての答えだった。 ―若子は、もう俺を愛していない。 修が去ろうとするのを、光莉が慌てて引き止めた。 「待って!一体どうしたの?ちゃんと話して」 その表情には、明らかな不安が滲んでいる。 「......話すことなんてない」 修は冷めた声で答えた。 今さら、両親と何を話せばいい? 誰も、自分の味方にはならない。 いや、そもそも自分に味方する権利なんてない。 自分が間違えたのだから、誰かに寄りかかろうなんて甘えたことを考える資格はない。 「修......お願いだから、話してくれない?」 光莉の声が、少し震えていた。 彼女は、このところ修の気持ちがひどく沈んでいることを知っていた。 それが単なる落ち込みなのか、本当にうつ病なのかは分からない。 でも、こんな時こそ、一番必要なのは家族の支えと寄り添いだ。 「......話して何になる」 「何にもならないかもしれない。でも、心に溜め込むのはよくないわ。どんなことでも、一人で抱え込まないで」 修は、ふっと鼻で笑う。 「抱え込むな?母さんが俺の話を聞いたところで、どうせ俺を責めるんだろ?」 「そんなことない。私はあんたの母親よ。あんたを傷つけるわけがないじゃない」 光莉の声には、強い意志が込められていた。 修は、しばらく彼女を見つめ―そして、ふっと笑った。 「......若子は
母さんが若子を庇うのは、本来なら嬉しいはずなのに。 ―だけど、どうしてこんなにも虚しいんだ? 修はいつも、「選ばれる側」ではなかった。 「排除される側」だった。 「母さん、俺は誤解なんかしてない。若子が遠藤を選んだことが、間違いだなんて思わない。どんな状況であれ、彼女には彼女なりの理由があったんだろう。だけど―俺の立場からすれば、それは『正しい選択』なんかじゃない......俺にとっては、破滅だった」 そう言いながら、修はそっと胸の傷跡に手を当てる。 深く刻まれた傷痕は、今もなお、うずくように痛む。 ―あの日のことを思い出すたび、あの痛みが蘇る。 決して、癒えることのない傷。 「修......」 光莉の目に、深い悲しみが宿る。 その手が、修の手をぎゅっと握りしめた。 「......あんたがどれほど苦しんだか、私にはわかるわ。でも、もう若子とは関わらないと決めたのなら、それでいいじゃない。あんたには、まだ未来がある。たくさんの素敵な人に出会えるわ。だから、過去に囚われないで」 その言葉とともに、光莉の瞳から、涙がこぼれ落ちる。 ―どんなに強くあろうとしても、母親には息子の痛みが伝わる。 修がどれだけ傷つき、どれだけ絶望したのか― 彼が何も語らなくても、痛いほど伝わってくる。 若子が西也を選んだ。 本来なら、彼女を責めるつもりだった。 怒りをぶつけ、罵倒するつもりだった。 だけど...... ―西也もまた、自分の息子だった。 修も西也も、どちらも光莉にとってはかけがえのない子供。 若子の選択が、どれほど苦しいものだったか、今ならわかる。 彼女は、どちらを選んでも苦しんでいただろう。 もし自分が彼女の立場だったとして、正しい選択ができるのか? ―おそらく、できないだろう。 だから、彼女がその瞬間に何を思っていたのかなんて、誰にもわからない。 感情のままに、勢いで言葉を発したのかもしれない。 深く考える余裕すらなかったのかもしれない。 だって― 彼女にとって、二人とも「大切な存在」だったのだから。 ......ただ、そのうちの一人は、彼女を傷つけたことがある男だった。 彼女の選択は、きっと間違っていなかった。 修は静かにため息をついた。「.
修は、西也と若子の間に何があったのかを知っている。 あいつは、少なくとも若子に誠実だった。 彼女が最も苦しい時、そばにいて、支え続けた。 だからこそ、彼女が西也を選んだことに、修はもう何も言うつもりはない。 ―でも、母さんは? 西也のために、母さんは何をした? 他の母親なら、自分の息子を守るはずだ。 なのに、どうして俺の母親は違う? ―いや、そもそも、俺は母さんに守ってもらったことなんて、一度もなかった。 子供の頃から、どんなことも自分一人で乗り越えてきた。 何かあったとき、親に助けを求めるという発想すらなかった。 だから、今さら期待なんてしていない。 でも― それでも、こんなにも露骨に態度を変えられるのは、さすがにキツい。 「西也」って―まるで、ずっと息子として可愛がってきたかのような呼び方じゃないか。 若子を守るためなら、母さんがあいつを庇うのも仕方ない。 それはわかる。 だけど、納得できないのは― あいつが何もしていないのに、母さんがそんなに優しく名前を呼ぶことだ。 ―俺がこんなに苦しんできても、そんなふうに呼ばれたことなんて、一度もなかったのに。 修は、自嘲するように目を伏せた。 ......これは、ただの嫉妬なのか? それとも、世の中が理不尽すぎるだけなのか? どうして、誰もがあいつの味方をする? ―母さんまで。 たった一言。 「西也」という呼び方だけで、心が真っ二つに引き裂かれた気がした。 光莉は、呆然と修を見つめる。 その瞳には、隠しきれない罪悪感がにじんでいた。 ―いや、罪悪感だけじゃない。 焦りと、動揺。 光莉は、ゆっくりと視線を落とした。 言葉が、出てこなかった。 今さら、何を言えばいい? ―西也は、自分の「本当の息子」だ。 ―自分は二十年以上もの間、彼の存在を知らずに生きてきた。 ずっと死んだと思っていた我が子が、突然目の前に現れた。 しかも、その子に、自分は何をしてきた? 罵倒し、傷つけ、突き放し、侮辱した。 それは全部、修を守るためだった。 そう、あの時の自分は―「修を守るため」に、そうしていたのだ。 ―どちらも、私の息子なのに。 どちらかを選ぶなんて、できるわけがない。
突然、スマホの着信音が鳴り響いた。 修は、ちょうど薬の瓶の蓋を開けたところだった。 指がかすかに震える。 小さく息をつくと、手にした瓶の蓋をそっと閉じ、脇に置いた。 そして、スマホを手に取る。 画面に表示された名前を見て、わずかに眉をひそめた。 数秒間の逡巡のあと、通話ボタンを押す。 「......もしもし」 「藤沢さん、こんばんは。こんな時間にすみません」 電話の向こうから聞こえてきたのは、山田侑子の声だった。 「かまわない。何かあったのか?」 修は、ベッドに横たわったまま、淡々とした口調で応じる。 まるで、感情の一切が抜け落ちたかのように。 「......あの、実は......少しお願いしたいことがあって......」 侑子の声は、微かに震えていた。 どこか怯えたような響きがある。 修は、わずかに眉を寄せ、ゆっくりと身体を起こすと、ベッドのヘッドボードに背を預けた。 「......どうした?」 以前、修は彼女に自分の番号を教えていた。 「困ったことがあれば連絡しろ」と。 だが、それ以来、一度も連絡はなかった。 正直、彼女のことなど、ほとんど忘れかけていた。 それが―この時間に、突然の電話。 何かあったのは間違いない。 「どう話せばいいのか......本来なら、藤沢さんに頼るべきことではないんだけど。ごめんなさい......やっぱり、この電話は切るね」 そう言いかけたその時― 「ドンドンドン!!!」 「開けろ!早く開けろ!!」 電話越しに、扉を激しく叩く音が響いた。 修の表情が一変する。 ―嫌な予感がする。 瞬時に通話が切れたが、彼はすぐに折り返した。 数回のコールの後、電話が繋がる。 「......もしもし、藤沢さん」 「何が起きている?」 修の声は低く、冷えきっていた。 「......」 侑子は言葉を詰まらせる。 「早く言え」 修の語気が強まる。 その圧に耐えられなくなったのか、侑子は突然、すすり泣きを漏らした。 「......助けてください......怖い......」 「ドンドンドンドン!!!」 ノックというより、もはや扉を破ろうとする勢いだ。 「わかってるんだぞ!お前が中にいるのは
修は、大股で侑子の前へと歩み寄った。 「怪我はないか?」 侑子は涙をぼろぼろとこぼしながら、汗まみれの顔を拭う。 「......ううん、大丈夫。警察がすぐ来てくれたから......」 その言葉を聞いて、修は小さく息をつく。 とりあえず無事なら、それでいい。 彼は視線を横へ向けた。 警察に押さえつけられている男を見て、静かに尋ねる。 「こいつは誰だ?」 侑子は震える手で涙を拭いながら答えた。 「私の元カレ......ずっとつきまとわれてるの。何度も警察に通報したけど、すぐに釈放されて、また来るのよ......」 その言葉を聞いた瞬間、修は全てを理解した。 ―だから、彼女は警察に頼らなかったのか。 警察が捕まえても、大した罪にはならず、軽く注意されるだけでまた解放される。 そして、状況は悪化するばかり。 最初に侑子から電話を受けた時、「なぜ警察ではなく、自分に頼るのか」と疑問に思った。 一瞬、「わざとか?」とさえ考えた。 ―だが、違った。 侑子は本当に追い詰められていた。 修がここに来たのは、侑子に貸しを作るつもりはなく、ただ「借りを返す」ためだった。 ―しかし、今になって思う。 そんな考えを持ったこと自体が、間違いだったのではないかと。 震えながら涙を流す侑子を見て、修は確信した。 この男は、侑子に何かをしてきた。 一人の女性が、こういう執着質な男に狙われるというのは、どれほど恐ろしいことか。 時に、警察では解決できないこともある。 ならば、自分がここで手を打つしかない。 修は振り返り、警察官たちの前に立った。 「もう大丈夫だ。ここからは、俺が処理する」 幸い、通報した際に「すぐに連行せずに待機してくれ」と指示を出していたため、男はまだ拘束されている状態だった。 「藤沢さん、本当に連れて行かなくても?」 警察官の一人が尋ねる。 上からの特別な指示で動いているため、対応は慎重だった。 修は静かに首を振る。 「必要ない。これは個人的な問題だ」 「......わかりました。では、何かあればすぐに連絡を」 「そうする」 警察官たちは軽く会釈し、現場を後にする。 その瞬間― 男が突然、駆け出した。 しかし、修のボディガー
修の言葉は、明らかな脅しだった。 ―もし次に侑子をつけ回したら、足の一本くらい残ると思うなよ。 男は全身を震わせ、額から大粒の汗を流していた。 普段は威張り散らし、傲慢で周囲を見下していた男も、今目の前にいるのは「藤沢修」。 その事実だけで、恐怖に押しつぶされそうになり、今にも失禁しそうなほどだった。 男はすぐに態度を変え、必死に命乞いを始める。 「お、俺が悪かった!もう二度としません!藤沢さん、どうか許してください!この女も藤沢さんにやりますから!もう好きにしてください!」 ―バキッ! 次の瞬間、修の拳が男の顔面を捉えた。 男はその場に転がり、顔がみるみるうちに腫れ上がる。 「ぐっ......!いてぇ......!」 顔を押さえながらうめき声を上げる男を、修は冷たい目で見下ろしていた。 そして、何の躊躇もなく、無言のまま男の胸を踏みつける。 「がっ......!」 その瞬間、男の内臓が圧迫され、苦しそうに喘ぎ始めた。 必死に修の足を掴み、息も絶え絶えに懇願する。 「か......勘弁してくれ......!彼女は、お前のもんでいい......だから......!」 修の足元に込められた力は、どんどん強くなっていく。 地面に転がる男は、今にも血を吐きそうなほどだった。耐えきれるはずがない。 だが、修の胸に渦巻く怒りと鬱屈した感情は、それでもまだ発散しきれない。 ちょうどいい。目の前の男は、剣の峰に足を踏み外すように彼の怒りの餌食となったのだから。 「もう一回言ってみろよ......このクソ野郎が」 次に言葉を吐いたら、その口を引き裂いてやる―そんな殺気が修の目に宿る。 男は愚かだが、完全にバカではない。 自分の発言が修を怒らせたことに気づくと、すぐに命乞いを始めた。 「す、すみません、藤沢さん!俺が悪かった!どうかお許しを!もう二度と言いません!俺の口が悪かった、全部俺のせいです!」 自らの頬を何度も何度も叩きながら、必死に謝罪する男。 そのとき、侑子が修のそばへ歩み寄り、静かに声をかけた。 「藤沢さん、彼ももう十分に懲りったと思うよ。ここで解放してあげたらどう?このままじゃ大変なことになるかもしれない。もし何かあったら、藤沢さんも面倒なことに巻き込まれるか
雅子は病院を後にした。 家に帰ると、部屋にこもり、ずっと泣き続けた。 ―修が追いかけてきてくれるはず。 そう信じて、ずっと待っていた。 でも― 修は、来なかった。 コンコンコン― 突然、ノックの音が響く。 雅子の心が一瞬、高鳴る。 ―やっぱり、修よね? 彼は本当は私を捨てきれないんだ。 慌てて涙を拭い、髪を整え、期待に胸を膨らませながら扉を開けた。 だが― 「......なんで、あんたなの?」 扉の前に立っていたのは、ノラだった。 雅子の表情が、一瞬で冷たくなる。 ノラは何も言わず、ズカズカと部屋に入り、後ろ手にバタンと扉を閉めた。 「そんなところで泣いて何になる?」 彼は淡々と言う。 「彼には、どうせ見えないから」 雅子は唇を噛み、拳を握りしめる。 「......あんた、私を助けるって言ったわよね?でも、結局修は私を捨てたじゃない!」 ノラは薄く笑い、ゆっくりと雅子を見た。 「......助けなかったとでも? 君の心臓を見つけたのは、誰だったかな? それから、常遠の株―あれを手に入れたのは?」 雅子の表情がわずかに強張る。 今、常遠グループを実質的に支配しているのは、ノラだ。 もちろん、直接名義を出しているわけではない。 彼は影に潜み、第三者を通してすべてを操っている。 その事実を知りながらも、雅子は納得がいかなかった。 その様子を見て、ノラはゆっくりと歩み寄ると、雅子の顔を片手で掴んだ。 「金もある。命もある。心臓だって手に入れた。それでも、彼を諦められない?」 「諦められるわけないでしょう!」 雅子は必死に叫ぶ。 「悔しいよ、もうすぐ結婚するはずだったのよ!?なのに、あの女のせいで修は私を捨てた......!」 雅子の胸の中に渦巻くのは、怒りと執着と、どうしようもない悔しさ。 「......なのに、今度は別の女まで現れたわ」 彼女の瞳に、強い憎悪が浮かぶ。 「山田侑子......どこから湧いて出たのよ!?修は、どうして......!」 突然、雅子は気づいた。 ノラの薄く笑う表情―そこに隠された意味を。 「......もしかして、あんたの仕業?」 雅子の顔色が変わる。 「全部、あんたの計画
侑子が黙ったままでいると、ノラはゆっくりと背筋を伸ばし、コートの襟元を軽く整えた。 彼は焦ることもなく、表情にも特に変化はなかった。怒ることもせず、ただ穏やかに微笑んで言った。 「そうですか。なら、無理には引き止めませんよ。安心してください、もう君を煩わせることはありません。 山田さん、ゆっくり休んでください」 そう言い残し、ノラは踵を返して部屋を出ようとする。 だが、ちょうど扉に手をかけたところで、侑子の声が響いた。 「......待って」 ノラは足を止めた。 「......」 振り向かずに、静かに待つ。 「......あなたの名前は?」 ノラの眉がわずかに動く。 そして、ゆっくりと振り返りながら言った。 「......みっくんとでも呼んでください」 「......みっくん?」 侑子は戸惑う。 どこか奇妙な響きの名前だった。 「それ、本名?」 「山田さん、まだ何か?」 ノラはさらりと話を逸らした。 侑子は緊張し、手のひらに汗が滲んでいるのを感じながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「......私に、藤沢さんを助ける方法はある?」 ノラの目がわずかに細められる。 「つまり、僕の提案を受けるということですか?」 侑子は俯きながら、小さな声で答えた。 「......自分でも、よく分からない。でも......彼に何かあったら嫌なの。彼には、生きていてほしい」 侑子の胸の奥が、どうしようもなく痛む。 修の言葉が、あのときの彼の目が、頭から離れなかった。 たとえどんなに冷たく拒絶されても― 彼に会いたい。 心が、どうしても言うことを聞かない。 抑えきれない痛みが、胸を締めつける。 それに、彼女は本当に修のことが心配だった。 病院で彼を見たとき、彼が生きる気力を失っているのが、痛いほど伝わってきた。 もしあのとき、彼女が行かなかったら―彼は本当に飛び降りていたかもしれない。 ノラは病床のそばに立ち、静かに尋ねた。 「......本当に決めたんですか?」 侑子はわずかに息を詰まらせ、それでもしっかりと答えた。 「もし、私が『はい』って答えたら......本当に彼を救えるの?」 ―もう、彼に何かあっても耐えられない。 だから、
「......信じられない」 侑子は鏡の中の自分を、まるで別人を見るかのようにじっと見つめた。 比較して初めて気づく。 ―私と、松本さんがこんなにも似ているなんて...... 「......どうして......どうしてこんなことに?」 自分の顔を撫でる指が、小さく震える。 だが、次の瞬間、侑子の中で何かが弾けた。 彼女は鋭くノラを見つめる。 「......まさか、私が藤沢さんの前妻に似てるから、私を利用しようとしてるの?」 声が震えていた。 「全部、あんたの計画だったってこと?」 胸の奥に、強い不安が広がる。 「......あんた、いったい何者?」 ノラは表情を崩さず、微笑みながら言う。 「僕は、藤沢さんを助けたいだけです。そして、君のこともね。君に聞きます。君は、藤沢さんを愛していますか?」 ノラは穏やかな笑みを浮かべながらも、その瞳はどこか鋭かった。 「......っ!」 侑子は動揺する。 「わ、私......彼とは知り合ってまだ日が浅いし、そんなに会ったこともないし......」 「愛していますね?」 ノラは侑子の言葉を遮った。 まるで、すべてを見透かしているような目で。 「自分の気持ちから逃げなくていいんですよ。安心してください。僕は悪い人間じゃありません。ただ、もうこれ以上、藤沢さんが傷つく姿を見たくないだけです」 彼の声が、わずかに低くなる。 「君も見たでしょう?彼がどれほど死にたがっていたか。あれはすべて、松本さんと彼女の今の夫のせいです」 ノラの表情が一変する。 ―鋭い視線。張り詰めた空気。 「......あんた、分かってるんでしょ?」 侑子は睨むように言った。 「それなら、どうしてあんたが助けなかったの?」 侑子は鋭く問い詰める。 「なぜ私にやらせたの?ちゃんと説明してくれなきゃ、信じることなんてできない」 「僕が助けても、無駄だからです。 僕が何度助けても、彼はまた前妻の元へ行く。彼女のために死のうとして、また傷つきますから」 ノラは悲しげな表情を浮かべながら立ち上がった。 「なぜ彼が僕と縁を切ったか、君は分かりますか? それは、僕が彼を止めようとしたからです。何度も、何度も。でも彼は聞かなかった」
侑子の動揺した様子を見て、ノラは落ち着いた声で言った。 「そんなに焦らずに、ちゃんと説明しますよ」 そう言って、ポケットからスマホを取り出し、数回スワイプした後、侑子に差し出した。 侑子は画面を覗き込む。 そこに映っていたのは、一人の美しい女性だった。 柔らかな笑顔はまるで春の日差しのように穏やかで、どこか人を安心させる雰囲気を持っていた。 彼女の目元には、優しさがにじんでいる。 「......これ......」 侑子の心臓が大きく跳ねる。 「彼女が、藤沢さんの元奥さん―松本若子です」 ノラの言葉に、侑子は呆然とスマホの画面を見つめた。 ―これが、あの人? 目の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。 こんなに綺麗な人だったのか。 こんな女性なら、修が今でも忘れられないのも無理はない。 でも― ......だったら、どうして藤沢さんは、あの桜井雅子と関係を持ったの? 顔だけで比べたら、雅子が特別若子より美しいわけでもない。 ―それとも、外見じゃなくて、中身の問題? だとしたら、結局のところ、修が最後まで忘れられなかったのは、若子の中身だったということになる。 ―男って、結局そういうものなの? 手に入れている間はその価値に気づかず、失ってから初めて後悔する...... でも、侑子は修がそんな男だとは思いたくなかった。 じっと画面を見つめる彼女を、ノラが観察するように眺め、指でスマホの画面をスワイプした。 次の瞬間、新しい写真が表示された― しかし、今度の写真は若子の一人写真ではなかった。 そこに写っていたのは、修と若子のツーショット。 修は若子の腰に腕を回し、若子は彼の胸に寄り添っていた。 二人とも、本当に幸せそうに笑っている。 冷たいスマホの画面越しでも、二人の間に流れる強い愛情が伝わってきた。 ―まるで、運命のカップルみたい。 互いを見つめる瞳の奥には、確かな想いが輝いている。 「......見ましたか?」 ノラはスマホを手元に戻しながら言った。 「彼女こそが、藤沢さんの『妻』だった人です」 ノラの声には、どこか淡々とした響きがあった。 「でも、今ではこんなことになってしまって......彼の前妻は彼を憎み、その結果、彼はすべて
「藤沢さん......藤沢さん!」 侑子は泣き叫んだ。 「なんで......なんで私に、そんなひどいことを言うの!?どうして......!?」 追いかけたい。でも、体が言うことを聞かない。 力がまったく入らない― 「......どうして、こんな男を好きになっちゃったんだろう」 何度も問いかける。 まだ数回しか会っていないはずなのに。 こんなに簡単に心を奪われるなんて、どうして? 「......大丈夫ですか?ずいぶん派手に転んじゃいましたね。ほら、手を貸しますよ」 突然、低い男の声が耳に入った。 気づけば、目の前に見知らぬ男が立っていた。 彼は侑子に手を差し伸べ、ゆっくりと床から抱き起こす。 「......誰?」 眉をひそめながら、侑子は男を見上げる。 「まずはベッドに戻りましょう。ちゃんと説明しますから」 ノラはそう言うと、彼女をそっと支えながらベッドへと運び、布団をかけた。 侑子はまだ警戒しながら、頬の涙を拭った。 男はどこか余裕のある表情で、侑子をじっと見つめていた。 その視線に、妙な寒気を覚える。 「......だから、あんた誰なの?」 「まだ覚えていますか?」 男は軽く微笑むと、静かに言った。 「メールのこと」 「......っ!」 侑子の胸がざわつく。 「まさか、あのメール......あんたが送ったの?」 男はゆっくりと頷く。 「そうですよ」 「なんで......?」 「君に、藤沢修を救ってほしかったですから」 「......え?」 侑子は目を見開く。 「私が、藤沢さんを助ける......?どういうこと?」 「そのままの意味です。彼は、あのままだと死んでいたでしょう」 ノラは穏やかに言う。 「だから、僕は彼を死なせたくなくて、君に連絡したんです」 「......っ」 侑子の心臓が跳ねる。 「......あんた、一体何者なの?」 驚きと警戒が入り混じった視線を向けると、ノラは穏やかに微笑み、コップに水を注いで手渡した。 「まあ、落ち着いてください。ゆっくり話しますから」 侑子は半信半疑でコップを受け取り、水を半分ほど飲む。 少し落ち着いたのを感じ、深く息を吐いた。 ノラは隣の椅子に腰を
「......俺は、そういう人間なんだよ」 修はくるりと振り返り、冷たく言い放つ。 「信じようが信じまいが、好きにすればいい」 侑子がどう思おうと、雅子がどう思おうと、もうどうでもよかった。 家族からどう見られようと、もうどうでもいい。ましてや、他人ならなおさら。 「違う......!藤沢さんはそんな人じゃない......!どうして認めようとしないの?」 彼女の目の奥に、苦しみがにじむ。 「本当は、あんた自身が一番つらいんでしょう?......なのに、どうして認めようとしないの?こんなことをするには、何か理由があるはずよ!」 「......理由なんか、あるわけないだろ」 修は苛立ちをあらわにし、低く唸るように言った。 「なんでお前は、そんなに男を擁護しようとするんだ?俺には理由なんかない。ただ、俺が妻を裏切った。だから、こうなった。それだけだ」 怒りが抑えきれず、声が一気に荒くなる。 「俺は、自業自得なんだ!」 突然の怒声に、侑子は肩を震わせる。 大きく目を見開き、修を見つめるしかできなかった。 修はハッとして、乱れた呼吸を整えるように深く息を吸った。 「......もう決まったことだ。お前は、もう俺のために言い訳を探すな」 少し落ち着いた声で、淡々と言う。 「俺は、『いい男』なんかじゃない」 侑子は拳をぎゅっと握りしめる。 涙が頬を伝いながら、それでも訴えるように言った。 「......たとえ本当にそうだったとしても、あんたはもう自分の過ちに気づいてるじゃない!」 修は鼻で笑う。 「それがどうした?」 「どうした、じゃない!人は誰でも間違いを犯すものよ。でも、間違いを認めて、ちゃんとやり直せば......」 「やり直せば?」 修は思わず笑った。 「そうか、じゃあ聞くけどな―『俺の女』は、どこにいる?戻ってきたか?俺のそばに?......いないよな」 「......藤沢さんは、彼女にこだわる必要なんてないでしょ?もう自分の過ちに気づいたんだから、次は同じ間違いをしないでしょ?私は、藤沢さんが本当にいい女に出会えるって信じてる」 侑子の言葉を聞いた瞬間、修の表情が険しくなる。 「『本当にいい女』?」 低く冷たい声が響く。 「......お前、
修は雅子を見つめながら、何も言えなかった。 彼は、雅子に対して後ろめたさがある。 だから、彼女に偉そうなことを言う資格なんてない。 事実、結婚式の日に彼女を捨てたのは、自分なのだから。 雅子が怒るのは当然だ。責められるのも、仕方のないこと。 それなのに、彼女はただ怒るだけでなく、どこか悲しげだった。 修が冷静でいることが、かえって彼女を苦しめているのかもしれない。 むしろ彼が言い返してくれたほうがよかったのかもしれない。 怒鳴り合いになったほうが、まだマシだったのかもしれない。 でも、修はそうしなかった。 それが、雅子にはたまらなく辛かった。 ―この人は、本当にもう私に何の感情もないんだ。 もしかすると、最初から私のことなんて、なんとも思っていなかったのかもしれない。 ただの勘違いだったのかも― 「......それで、あの女は?」 雅子は睨みつけるように言った。 「あんた、どうするつもり?私を捨てて、今度はあの山田侑子って女と付き合う気?」 「雅子」 修は彼女の言葉を遮った。 「お前はもっといい男に出会える。だから、俺なんかに時間も感情も無駄にするな」 「......ふざけないで!」 雅子は怒りに震えた。 「そんな簡単に言うけど、私はどうすればいいのよ?あんたは好き勝手にいなくなって、今度は目の前で他の女と一緒にいるところを見せつけられるの?納得できるわけないでしょう!......私とあの女が同時に倒れたとき、あんたはあの女を助けたわよね?あんた、最低よ!」 修はこめかみを押さえながら、ぼそりと呟く。 「......あぁ、そうだな。お前の言う通りだ」 「......っ!」 雅子は拳を強く握りしめた。 「......わかったわ。もういい。あんたのその態度、はっきり伝わった」 そう言うと、雅子は涙を拭い、すっと顔を上げる。 「もう好きにすればいい。私はここを出るわ。あんたはせいぜい、その女と一緒にいれば?」 そして、修を睨みつけながら、最後に吐き捨てるように言った。 「修、あんたなんて―大っ嫌い」 そう言い残し、雅子は駆け出していった。 修は追いかけなかった。 ただ、雅子が去るのを黙って見送る。 ―すべては、自分のせいだ。 雅子
―きっと、自分の言葉が山田さんを刺激してしまったんだ。 彼女は心臓病を抱えているのに、あんな風に追い詰めてしまった。まるで命を奪うような真似を...... でも、あのときどうすればよかった?彼女を身代わりにはできない。それだけは、どうしても。 雅子は拳を強く握りしめ、指先が手のひらに食い込みそうだった。 長い沈黙の後、彼女は大きく息を吸い、気持ちを落ち着けると修の前に立った。 「修、これは一体どういうこと?あの女は誰なの?」 修は壁にもたれ、伏し目がちに答えた。 「......彼女は、俺を救ってくれたんだ」 「......え?」雅子は目を見開く。「彼女が、あんたを?いつの話?」 その言葉に、修の胸が強く締めつけられた。あのときの光景が頭をよぎり、息が詰まりそうになる。 「......もう過去のことだ。これ以上、話すつもりはない」 彼の表情は、何も語りたくないと物語っていた。 話を変えるように、彼はぽつりと呟く。 「結婚式の件は......すまなかった。俺が悪かった。お前を捨てた」 雅子は歯を食いしばり、悔しさと痛みが入り混じった瞳で彼を見つめる。 「......やっと謝る気になったのね。私は、あんたが自分の非を少しも感じていないのかと思ってたわ。だって、あの日から一度も連絡してくれなかった。修、あんた......本当に私を捨てたの?」 修は壁から背を離し、まっすぐ彼女を見つめて言った。 「俺には、お前と一緒にいられないんだ。お前なら、もっといい男に出会えるはずだ」 「......っ!」 雅子の怒りが爆発する。 「修、あんたって人は本当に......!いったいどれだけの人を傷つければ気が済むの!?」 修は冷たく口を開く。 「雅子、お前を傷つけたくないからこそ、一緒にはなれない。俺といるのは、お前にとって不公平だ」 「公平かどうかを決めるのは、あんたじゃないでしょ?」雅子は食い下がる。「それは、私が決めることよ!」 修は黙った。これ以上、何を言っても彼女を苦しめるだけだとわかっていたから。 雅子は頬を伝う涙を乱暴に拭うと、それ以上は何も言わなかった。追いすがったところで、もう意味がない。 ―この男は、本当に私を捨てたんだ。 桜井ノラからの報告で、若子と西也が国外に
雅子が口を開くよりも早く、修が先に言った。 「......彼女は、桜井雅子だ」 ただ、それだけだった。 それ以上、雅子についての説明はしない。 まるで、ただの名前を紹介するだけのように。 その態度に、雅子の胸がざわつく。 ―わざとよね? ―私のことを、あえて説明しないつもり? 納得がいかなかった。 まるで、自分の存在を隠したいかのような修の態度に、雅子はすぐに言葉を重ねる。 「私は、修の婚約者よ」 彼女ははっきりと宣言した。 「私たち、以前は結婚寸前だったの」 その言葉に、修の眉がわずかに動いた。 結婚式のことが、ふと脳裏をよぎる。 確かに、彼は雅子と結婚するはずだった。 しかし、式の最中に若子が誘拐されたと知った瞬間― 彼は何もかも投げ捨てて、彼女のもとへ駆け出していた。 その結果、雅子を一人、結婚式場に残したまま。 けれど、彼は若子を取り戻せなかった。 修は、それ以来雅子のことを気にかけることはなかった。 彼女がどうしていたのか、どんな気持ちであの後を過ごしたのか―考えたことすらなかった。 今こうして目の前にいる彼女を見て― 完全に「何も感じない」とは言えなかった。 ほんのわずかでも、罪悪感があったのは確かだった。 だからこそ、修は何も言い返さなかった。 その沈黙が、侑子の心を大きく揺さぶった。 「......婚約者?」 頭が真っ白になる。 侑子は信じられないというように、雅子を見た。 そして次に、修の顔を見る。 「......どういうこと?」 彼の表情からは、何の感情も読み取れなかった。 「彼女が、藤沢さんの婚約者......?」 混乱したまま、彼の目を覗き込む。 「......どういうこと?あんたはもう離婚してるはずよね?それなのに、どうして婚約者がいるの?あんたは元奥さんを今でも愛してるって......あんなに必死で取り戻そうとしてるのに......」 雅子の心臓が大きく跳ねる。 ―どういうこと......? 驚いたまま、修を見つめた。 「ねえ、修......これは、一体どういうこと? 彼女に、私のことを話していなかったの? 彼女は本当に『友人』なの?」 雅子は言葉を失った。 あの日、結