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第492話

作者: 夜月 アヤメ
「もう関係部署には調査を進めてもらっている」 成之は冷静な口調で言った。「だが今のところ、手がかりは何も見つかっていない。路地の監視カメラの映像がかなり失われていてな―西也がどこへ行ったのか、まったくわからない状態なんだ」

「えっ......」 花は息をのんだ。「じゃあ、監視映像は何者かに故意に消されたってことですか?そんなことができるなんて、いったい誰が......」

成之は静かに頷く。「そうだな。相当な力を持っている人物でなければ、ここまで証拠を消し去ることはできないだろう」

花はハッとしたように言った。「......もしかして、若子の元夫じゃないですか?あの人は以前から若子にしつこく付きまとっていて、お兄ちゃんとも何度も衝突しています。彼なら、お兄ちゃんを狙う動機が十分あります。それに―」

成之は眉間に皺を寄せ、しばらく黙り込んだ。そして、冷静な口調で言う。「......あいつには病気の愛人がいるらしい。重病で、心臓移植が必要だそうだ。そして奇妙なことに、西也が事故に遭った時、彼の心臓がその愛人と適合していたんだ。結局手術は失敗に終わったが―その後、別の適合者が現れた」

「じゃあやっぱり!」 花は声を強めた。「彼は疑わしいです。お兄ちゃんを邪魔者扱いして、心臓を奪おうとした......でも失敗して、結局別の人を―」

この件は、すべてが修を指し示している。それに、彼にはそれをやれるだけの力がある。普通の犯人には、そんな真似は到底できない。

「言っていることに筋は通っているが、まだ確かな証拠はない」 成之は慎重な口調で言った。「彼を疑うのは当然だが、証拠がなければどうにもならない。焦るな、花。必ず証拠を見つけて、やつを追い詰めてやる」

花は少しだけ落ち着きを取り戻し、小さく頷いた。「......はい。おじさん、絶対に見逃しませんよね」

「当たり前だ」 成之は力強く答えた。「西也をこんな目に遭わせた犯人は、絶対に許さん」

......

その頃、西也は夢の中にいた―

だが、顔は見えない。声も歪んでいて、まるで尖った針が耳を刺すように不快な音だけが響いている―

「若子!若子!」

西也は苦しげに叫び続ける。

その声に、若子はハッと目を覚ました。彼の方へ急いで駆け寄り、ベッドの側に座る。

「西也、起きて!大丈夫?」 若子は彼の手をしっかりと握
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    医者の表情が険しくなるのを見て、若子は不安になった。 「先生......何か問題でも?」 医者は聴診器を首にかけ、真剣な声で言った。 「心拍が少し遅くなっています。横になって、もう少し詳しく診察させてください」 若子は頷き、大人しくベッドに横になる。 医者はそっと彼女の腹部に手を当て、ゆっくりと圧をかけるように触診していく。 しかし― 「......っ!」 突然、若子が鋭い痛みを訴えた。 「痛い!」 医者は眉をひそめる。「ここを押すと、まるで針で刺されるような痛みがありますか?」 若子は小さく息を飲みながら頷く。 「......はい、すごく痛い......どうして?」 医者の表情は一層厳しくなった。 「症状が進行しています。緊急手術が必要です」 「......何だって?」 西也がすぐさま声を上げ、険しい顔になる。「どうしてこんなことに?」 医者は西也を見て尋ねる。「患者さんは昨夜、しっかり休めていましたか?」 「それは......」 西也は若子をちらりと見るが、すぐには答えなかった。 若子が自分で答える。「昨夜は少し外出しました。でも、車と車椅子で移動しただけで、無理なことは何もしていません」 医者はため息をつく。「松本さん、私は前にもお伝えしましたよね。体を動かさなくても、精神的な負担が影響を与えることもあるんです。今すぐ手術をしないと、危険な状態になります」 医者の厳しい口調に、若子の心臓がぎゅっと縮まる。 彼女はそっとスマホに視線を落とした。 「......でも、せめて十時まで待つことはできませんか?」 「確かに手術は十時予定でした。しかし、今は緊急性が増しています。時間を延ばせば、それだけリスクが高まります。これはあなたと赤ちゃんの命に関わる問題です。十時まで待つことが、どれだけ危険なことかわかりますか?」 医者の言葉に、若子は息苦しさを覚えた。 「でも......」 彼女はまだ待ちたかった。修からの電話を。 もし今手術を受けたら、修が電話をかけてきても、出られなくなる。 そのとき、西也がすっと若子の手を握った。 「若子、今は子どものほうが大事だ。これ以上、先延ばしにするな」 西也の声は真剣だった。 「ちゃんと手術を受けてくれ。

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    若子は俯き、そっとお腹に手を当てる。 「もし......もし彼が電話をくれなかったら、どうすればいいの?」 西也の目が一瞬だけ鋭く光る。 彼は若子の耳元で、悲しそうに囁いた。「もし電話がなかったら、それはつまり、本当に子どもを要らないってことだ」 若子の頬を、涙がすっと伝った。 彼女の体が震えたのを感じて、西也はすぐに抱きしめる。 「泣くな、俺が悪かった。言い方が悪かったな......でも、大丈夫だ、絶対に電話はくる。あいつが、何も言わないまま終わらせるわけがない。だから、一緒に待とう。何があっても、俺はお前のそばにいる」 彼は優しく若子の後頭部を撫でる。 その唇の端が、微かに意地の悪い笑みを描いた。 ―藤沢は、昨日の時点では若子の言葉を聞いていなかったはずだ。 あいつが若子にあれだけ執着していたのに、妊娠の話を聞いて何の反応もないなんて、あり得ない。 もし俺の予想通りなら、今日、若子がどれだけ待っても電話はこない。 それでいいんだ。希望を持たせて、そして打ち砕く。 そうすれば、若子は彼に対する未練を完全に断ち切れる。 ─いや、待て。 もしあいつが昨夜の話を聞いていたとしたら? もし、今日になって考え直して、電話をかけてきたら? もし、二人がよりを戻してしまったら? ─子どもがいる限り、二人は永遠に繋がり続ける。 それだけは、絶対に阻止しなければ。 西也はふっと手を離し、穏やかな声で言った。「若子、もう少し眠ったらどうだ?」 若子は首を振る。「ダメ、もし電話がかかってきたらどうするの?」 「そんなに疲れてる顔して。少し顔を洗ってくれば?そのほうが頭もスッキリするだろう。俺がここでスマホを見ててやる。電話が鳴ったらすぐ知らせるし、音量を最大にしておけば、お前にも聞こえる」 若子は少し迷った後、「......そうね」と頷いた。 彼女はスマホの音量を最大にし、ベッドサイドに置く。 「じゃあ、ちょっと顔を洗ってくる。すぐ戻るから」 「俺が支えてやる」 西也が手を差し出したが、若子は首を振った。「大丈夫、一人で行ける」 そう言って、慎重に洗面所へ向かう。 西也は鼻先を軽くこすりながら、ポケットからスマホを取り出し、短いメッセージを送った。 ─「病室の前に来い

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第729話

    若子はこくりと頷いた。「会えたの」 西也の胸がぎゅっと締めつけられる。 彼女、修に会ったのか。じゃあ、二人は一体何を話した? 修は若子に西也の悪口を言ったんじゃないか? もし、あのことを話してしまったら...... 西也は必死に考えを巡らせ、言い訳を探した。どうやって若子に説明すればいい?絶対に修のせいで台無しにされるわけにはいかない。 「若子、何を話したんだ?」 できるだけ平静を装う。 焦りを見せるわけにはいかない。状況がまだはっきりしない以上、もしも取り乱したら、それこそ後ろめたいことがあると認めるようなものだ。 ─いや、俺は間違ってない。悪いのは藤沢のほうだ。 若子は顔を上げ、西也を見つめた。悲しげな瞳で、「確かに会いに行った。でも......会えたとは言えないかもしれない」 「会えたのか、会えなかったのか、どっちなんだ?」 若子の表情には疲労がにじんでいた。「修に会いに行って、病室の前まで行ったの。でも、中に入ることはできなかった。扉越しに話しかけたけど、ずっと無言だったのよ。結局、私の言いたいことだけ伝えて、そのまま帰ったわ」 そう言いながら、彼女は胸を押さえる。苦しげな表情だった。 「彼は私に会いたくなかったのよ。話すことすら嫌がったのね......でも、どうすることもできなかった。私だって、扉を開けて飛び込んでいきたかった。でも、そんなことをしたら、彼は私をますます嫌いになるでしょう?」 西也はひそかに息を吐いた。肩の力が抜け、安堵する。 ─よかった。結局、二人は顔を合わせていない。 だが、妙だ。修は本当に若子のことを恨んでいるのか?だからこそ、彼女に会おうとしなかったのか? 西也の唇が、わずかに歪む。 ─いい傾向だ。あいつと若子は、もう終わった。 あの男は、もう二度と若子の前に現れるべきじゃない。永遠に。 そうすれば、若子が真実を知ることもない。 時間が経てば、仮に彼女が何かを知ったとしても、もう信じないだろう。修が適当な嘘をついていると思うはずだ。 西也はそっと手を伸ばし、彼女の肩を抱いた。 「若子、彼も考える時間が必要なのかもしれない。あまり気を落とさないで。少なくとも、お前の言葉は彼に届いているはずだ」 若子は小さく頷き、「うん」とだけ返した。

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第728話

    車内― ノラは運転席に座り、静かに前を見つめていた。 ふと、花が彼を横目で見ながら口を開く。 「ねえ、ノラって呼んでもいい?」 「もちろんです」 ノラはにっこり微笑んだ。 「花さんは、僕を好きなように呼んでください」 「......花さん?」 「はい」ノラは頷く。「もしかして、花さんじゃなくて、遠藤さんって呼べばいいんですか?」 「いや、もっと違う呼び方があるでしょ?」 「んー?」 花は軽く笑いながら言う。 「『お姉さん』って呼んでくれてもいいのよ?」 すると、ノラは頑なに首を横に振り、そっぽを向く。 「お姉さんは、簡単に呼ぶものじゃないです」 「......は?」 「僕には、ちゃんと『お姉さん』がいますから」 「そっか......」 花は苦笑しながら、「どうやら『お姉さん』の称号は若子専用らしいわね」と呟いた。 「当たり前です」 ノラは自信満々に言う。 「『お姉さん』は一人だけです。あちこちで呼んでたら、まるで誰にでも優しいヒモ男みたいになっちゃいますからね。 僕は『お姉さん』が大好きなんです。だから、僕は彼女だけを『お姉さん』と呼びます」 ノラは甘い笑顔を浮かべる。 「じゃあ、私のお兄ちゃんのことは?」 すると、ノラはピタリと黙り込んだ。 彼は少し考えた後、不思議そうに花を見つめる。 「......どうして、僕が彼を好きじゃないといけないんですか?」 「じゃあ、嫌いなの?」 ノラは口をとがらせた。 「それは秘密です」 「ふーん」 花は肩をすくめる。 「まあ、嫌いなのはバレバレだけどね」 「彼がどんなに優秀でも、僕が好きかどうかは別問題です。もしかして、彼が花さんの兄だから、僕が彼を好きじゃないと花さんは不機嫌になっちゃいます?」 「まさか」 「じゃあ、なんで?」 ノラはじっと花を見つめる。 「......もしかして、僕が彼とお姉さんの関係を壊すのを恐れてるんですか?」 「あんた、壊したいの?」 花は、ノラの目をじっと見据える。 若子の目には、この子はただの可愛い弟に見えているのかもしれない。 でも、彼女は気づいていた。 ―この子は、そんなに単純じゃない。 ノラは答えなかった。 だが、沈

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第727話

    花の言葉は、一見すると西也を咎めているようだった。 だが、実際には「もしノラくんが悪ふざけをしなければ、お兄ちゃんも手を出さなかったはず」と言っているのと同じだった。 西也はそんな短気な男ではない。 つまり、ここまで怒らせたノラにも、それ相応の原因があるはずだった。 西也はちらりと花を見て、軽くため息をつく。 そして、若子が口を開くよりも先に、静かに言った。 「......悪かった。俺の怒りっぽい性格のせいだ。手を出そうとしたのは、俺の落ち度だ。 だから、もう怒るな」 ノラは小さく唇を尖らせながら、ちらりと若子を見た。 そして、少し控えめな声で言う。 「お姉さん、お兄さんも謝ってくれましたし、許してあげたらどうですか?まぁ、めちゃくちゃ怖かったですけど......でも、お姉さんがすぐ来てくれたおかげで、怪我もしなかったですし」 ―その言葉は、一見すると「許す」というものだった。 だが、裏では「西也がどれほど恐ろしいか」「若子が間に合わなかったらどうなっていたか」を遠回しに強調していた。 若子は小さくため息をついた。 「......西也、ノラ。あなたたちはお互いに相性が悪いみたいね。 無理に会っても、また同じことになるだけだわ。 だから、もう『兄弟ごっこ』はやめましょう。これ以上、無駄に衝突するのは避けたいもの」 「若子、もう二度とこんなことはしないって誓うよ!」 西也はすぐに弁解しようとするが― 「もういいの」 若子の言葉は、どこか疲れ切っていた。 「正直、もう怒る気力もないわ」 彼女の目には、深い疲れが滲んでいた。 やっとの思いで修に会いに行ったのに、結局会えなかった。 そして病室に戻ればこの騒ぎ。 心が重くなるばかりだった。 「......もうベッドから降りていいわよ」 長い間ベッドに閉じ込めてしまったのは、若子自身だった。 二人がずっと従っていたのは、結局、彼女の気持ちを尊重していたからだ。 それを思うと、少しだけ怒りも和らいだ。 西也は安堵したように息を吐き、すぐにベッドを降りる。 ノラもゆっくりと体を伸ばしながら言った。 「お姉さん、どこへ行っていたんですか?もう戻ってこないのかと思いましたよ。 僕、今日はこのままここで寝よう

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