婚約式当日。佐藤大山(さとう おおやま)が凛を大変気に入っていたため、この婚約式は盛大に執り行われ、多くの名家の友人が招待された。宴会場は華やかな雰囲気に包まれ、楽しそうな笑い声で満ち溢れていた。煌は入り口で客を出迎えていた。顔には笑みを浮かべていたが、内心は焦っていた。もう時間なのに、なぜ凛はまだ来ないのだろうか?大山が近づき、厳しい顔で尋ねた。「また凛と喧嘩でもしたのか?」煌は慌てて否定した。「いいえ、おじい様、ご心配なく」「本当になかった方がいいだろうな」大山は煌を睨みつけた。「凛は俺が認めた孫嫁だ。今日の婚約式で何か間違いがあれば、お前も佐藤家に戻るな!」「ご安心くださ
「まさか、彼女が婚約式の主役だったとは!」少年は驚きを隠せない様子で、目を輝かせながらステージを見つめていた。「彼女、本当にすごいな!佐藤家がこんな盛大な式を開いたのに、彼女の一言で台無しだ!」「叔父さん、今日の婚約式、来てみて正解だったね!」少年は興奮していたため、聖天の視線が凛に釘付けになっていることに全く気づかなかった。光の届かない聖天の瞳の奥では、複雑な感情が渦巻いていた。ステージ上、煌は慌てて凛の隣に駆け寄り、ぎこちない笑みを浮かべながら、無理やり凛を抱き寄せた。「申し訳ありません、凛は皆と冗談を言っているだけです。場を盛り上げようとしただけなんです」「凛、そうだろ?」こ
ホテルの玄関を出ると、一人の少年が駆け寄ってきて、興奮した様子で凛に言った。「姉さん、かっこよすぎ!中にはあんなに人がいたのに、佐藤家にも夏目家にも、全然遠慮しなかったね!」「俺が言うなら、あのクソカップルに一人ずつ平手打ちをお見舞いして......」「あなたは誰?」凛は少し呆れた。このミーハー少年は馴れ馴れしすぎではないか?「俺は......」少年は気まずそうに頭を掻いた。「1週間前、俺が運転していた車が、お姉さんが乗っていたタクシーに追突してしまったんだ」「ああ......」凛は気のない返事をした。追求するつもりはなかった。「姉さん......」「輝」聖天に軽く警告され
「正義感が強いんだろ」輝は運転しながら話に割り込んできた。「姉さんのことなら一目見て分かったんだ。叔父さんに話したら、話に乗っかって助けてやったんだ。彼は人に借りを作るのが嫌いだからね」「叔父さん、俺の言う通りだろ?」聖天は黙っていた。輝は自分の推測が当たったと思い、得意げに眉を上げた。「災い転じて福となすっていうけど、今日はまさにそれだね。姉さん、俺たちに追突されたんだから、この先きっといいことが待ってるぜ!」「運転をミスしておいて、開き直るな」聖天は低い声で言った。輝は照れくさそうに笑った。「姉さんを慰めてるだけだよ。あんな目に遭って、きっと落ち込んでるだろうからね」「大丈夫
「優奈はお前の妹で、俺は彼女の義兄だ。彼女を気遣うことになんの罪がある?」煌は凛越しに聖天を見て、「お前と霧島社長は一体どういう関係なんだ?なぜ彼は、お前を助けるんだ?」と尋ねた。凛は煌の視線の先を見ると、スーツ姿の聖天が太陽の光を浴びて歩いてくるのが見えた。圧倒的な存在感で、まるで世界が彼の足元にひれ伏しているようだった。煌の質問は、凛と聖天、二人に向けられていた。聖天は煌の敵意を無視し、凛の隣に歩み寄った。「夏目さん、何か困っていることは?」凛は我に返り、「霧島社長、どうして......」と言った。「この間の追突事故で怪我をさせてしまったので、どうしても傷が治るまで見届けなけれ
1週間の間に、凛は様々な種類の宅配を受け取ったが、全てゴミ箱行きとなった。今日届いた花は、満開の黄色のバラの大きな花束だった。配達員はなんとか花束を抱えて玄関先まで運ぶと、汗だくで言った。「お届け物です」言葉が終わると同時に、ドアが開いた。凛はカードの署名を一瞥し、「下のゴミ捨て場に捨てていただけますか?」と頼んだ。「え?」配達員は驚いた。「こんなにきれいな花なのに......」「邪魔なんです」凛は微笑んでそう言うと、ドアを閉めた。以前は、誕生日と記念日の年に2回しか花束をもらえなかった凛は、その花束を宝物のように押し花にして大切に保管していた。今は毎日花が届くが、もう見るの
優奈がここに来たのは、凛が株式を分割したがっていると聞いて、お金を持ち逃げされるのを恐れているだけだ。「優奈の好意を誤解しないでくれ」煌は凛の目の前で立ち止まり、少し非難するような目で見ていた。凛は説明するのも面倒くさいと思い、書類を受け取った。凛が自分を見ようともしないので、煌は不機嫌そうに眉をひそめた。すぐに凛は内容に違和感を感じ、煌を見上げて言った。「初期費用だけ?私が担当したプロジェクトがどれだけあるか、あなたは分かっているでしょう?」「これ以上は出せない」煌は平然と言った。「会社への貢献には感謝している。しかし、貢献度に値段をつけることはできないだろう?」......
考えた末、煌は自分が何度も歩み寄ったせいで、凛がつけ上がってしまったのだと結論づけた。女は甘やかしてはいけない!それから1週間、煌は凛を無視し続けた。この日、会社の株主総会が開かれた。煌は主席に座理ながら社員から第3四半期の業績報告を聞いていた。会議室のドアが突然開いた。凛を先頭に、後ろには多くのマスコミ記者がついてきた。煌は慌てて立ち上がり、「凛、一体何を......」と叫んだ。「別に。ただ株主の皆様には知る権利があると思っただけ。ついでに記者に情報を提供すれば、謝礼ももらえるしね」凛は目を細めて笑った。「こうでもしないと、あなたがくれていた金額だけじゃ、お小遣いにもならない
「もう一度、撮影し直したい」「いいわよ」凛はそう言ってから、輝がじっと自分を見つめているので、嫌な予感がした。輝は何も言わずに、凛をじっと見つめていた。まるで、彼女に何かを気づかせようとしているかのようだった。凛は心の中でぞっとした。「まさか、私に撮ってほしいなんて言わないわよね?」「その通り!」輝は目を輝かせて言った。「姉さん、この前、一緒に撮影現場に行った時、姉さんが写真に興味を持っているのがわかったんだ。だから、今、姉さんにチャンスをあげる」「俺がモデルになるから、姉さんは好きなように撮ってくれ。どうだ?」「嫌よ」凛は迷わずに断った。「あなたが本当に面目を立て直したい
......一方、凛は夏目家の人間がまだ諦めていないことを知らず、ソファに座って輝の愚痴を聞いていた。「本当にありえない!どう考えても、奴らが下手くそなのに、売れ行きが悪いのは俺のせいだって?」「俺様がこんなにカッコいいのに、あのカメラマンは俺のカッコよさをこれっぽっちも引き出せてない!下手くそにもほどがある!」「あんな責任転嫁しかしない雑誌、もう二度と関わらない!」「......」輝は長いこと話して喉が渇いたので、水を一杯飲んでから、凛の方を向いて言った。「姉さん、どう思う?俺の言ってること、間違ってる?」「ええ、あなたの言う通りよ」凛は適当に相槌を打ち、あくびをした。最近
夜、夏目家の人々は食卓を囲んでいた。美代子は少ししか食べずに箸を置いた。彼女は機嫌が悪く、食欲もなさそうだった。正義は美代子を見て、「どうした?今日は集まりに行ってきたんじゃないのか?まだ何か不機嫌なことでもあったのか?」と尋ねた。「もう、やめて」美代子は集まりのことを思い出すと、イライラした。「雪さんが主催者だと知っていたら、行かなかったわ」「雪さん?」正義は箸を止め、眉をひそめて美代子を見た。「どうして、彼女がお前を招待するんだ?」「お父さん、聞かないで」優奈は小さな声で言った。「どうしたんだ?」正義は厳しい顔で、「雪さんがお前たちをいじめたのか?」と尋ねた。「彼女が悪い
それに、この前の写真展でのトレンド入りで、すでに何人もの友人から連絡が来ていた。この機会にすべてを話してしまえば、いちいち説明する手間も省ける。「つまりは、うちの息子が優しいということよ......」雪がため息をつくと、周りの人々は驚いた。一体、どういう意味だ?凛が聖天に付きまとっている?聖天の家にも住んでいる?いくら何でも、図々しすぎる!清子の母は雪の言葉の裏の意味を理解し、再び笑顔で言った。「そういうことだったのね。夏目さんは娘の教育が上手だわ」「夏目さんには、こんな娘がいるんだから、私たちの集まりにも簡単に入り込めるわね。あんなに魅力的なら、霧島家とまではいかなくても、お金
招待状に書かれた時間と場所に、美代子は優奈を連れて到着した。会場に着くと、優奈は清子も来ていることに気づいた。清子も優奈が来るとは思っていなかったので、少し嫌悪感を抱いていた。しかし、優奈は全く気にせず、少し挑発するように、清子に微笑みながら「河内さんも来ていたんですね」と言った。清子の母は清子から、優奈が煌の子供を妊娠していることを聞いており、そのせいで清子は数日間、落ち込んでいた。それでも、清子はまだ煌のことが好きだった。優奈が妊娠していることを隠そうともせず、ここに来ているのは、明らかに清子を挑発するためだ。そう考えた清子の母は、優奈に冷たい態度を取った。「あら、最近は誰で
それを聞いて、慶吾は息を切らし、顔が真っ赤になった。「お、お前は俺を脅迫しているのか?」「忠告しているだけだ」聖天は二人を見て、ゆっくりと言った。「あなたたちも俺の性格は知っているはずだ。俺の堪忍袋の緒を切らせるな」「お、お前......」慶吾は怒りで言葉を失った。まさか、自分が一番信頼し、誇りに思っていた息子が、自分に逆らう日が来るとは!しかも、ただのつまらない、後先短いあの女のせいで!「聖天、もうお父様を怒らせないで」雪は聖天の手を掴もうとしたが、彼のオーラに圧倒されて、手を引っ込めた。彼女はわがままに生きてきたが、一人息子だけは恐れていた。彼女は身動きが取れず、途方に暮
森の中から、一群の鳥が飛び立った。凛は驚き、もう一度聖天を見ると、彼の目はいつものように穏やかだった。「どうした?」聖天が尋ねた。「いえ......」凛は顔を背け、再び朝日を見ながら、眉をひそめた。きっと、太陽の光が眩しすぎて、錯覚を起こしてしまったんだ。聖天は凛の視線の先を見ながら、静かに拳を握り締めた。もう少しで......さっき、彼女を抱きしめたいという衝動を抑えきれなかった。......「叔父さん、どうして俺を起こしてくれなかったんだ!あんなに頑張って登ったのに、日の出が見れなかったじゃないか!」「起こしたぞ」「いや、絶対に起こしていない!俺が、あんなにぐっすり寝
「......」輝は目を丸くして、信じられないというように聞いた。「叔父さん、まさか......おじい様に本当のことを言うつもりなのか?」「いずれわかることだ」聖天は立ち上がり、「俺も疲れた」と言った。「ちょっと......」輝は困ったように言った。「叔父さん、俺に説明してくれよ!」聖天が立ち去るのを見送りながら、輝は額に手を当ててため息をついた。終わった。霧島家はもう終わりだ!......その晩、一行は早めに眠りについた。山登りで疲れていた輝は、ベッドに横になるとすぐに眠気が襲ってきた。彼はあくびをしながら、聖天に「叔父さん、明日の朝、起きたら俺も起こしてくれ。日の出が見たいん
結局、凛は山頂まで行くことができず、聖天が手配していた観光バスに乗って山頂まで行った。少し残念だったが、現実を受け入れるしかなかった。もうこれ以上、無理ができる状態ではなかった。あと数歩歩いたら、倒れてしまいそうだった。キャンプ場に着くと、二つの大きなテントが目に入った。誠が空き地でラーメンを作っていて、美味しそうな匂いが漂ってきた。凛は疲れも後悔も忘れて、テントの中を一周してから、誠の隣に座り、「一人で建てたの?」と尋ねた。「ああ」「すごい!」凛は心から感心した。テントはすべて2LDKの広さで、こんな大掛かりなものを、誠が一人で組み立てたのだ。凛は不器用だったので、テントの設