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第54話

桜子はもうホテルに行く気分ではなくなり、家へと向かう道に車を走らせた。

翔太はしばらくの間沈黙を守っていたが、とうとう堪えきれずに口を開いた。「桜子様、宮沢隼人は......まだあなたが高城家のご令嬢だということを知らないんですか?」

「うん」桜子は小さく答え、気力のない表情を浮かべていた。

翔太はすぐに納得した。だからこそ、前回隼人が彼女を訪ねてきた時彼女は替え玉を立てたのだ。

「翔太、わたしは別にあなたに隠そうとしていたわけじゃ......」

「分かっています」

桜子は驚いて目を見開いた。

「誰だって悲しいことは話したくないものです。心の中に閉じ込めて、触れたくないんですよ。ただ、わたしは桜子様が心配なんです。高城社長がこのことを知ったらきっと心を痛めるでしょう」

翔太はハンドルを握りしめ、手の青筋が浮き上がっていた。目には涙がにじんでいた。

この家族全員が大切にしてきたお嬢様があの宮沢隼人のような男に傷つけられるなんて、高城社長が知ったら五十メートルの大刀を持ち出して宮沢を叩き切るかもしれない。

「今はとりあえず隠しておくしかないわ。ましてや、結婚で失敗した今、わたしはただ一人で生きていきたいだけ。もう誰とも結婚するつもりはないの」

桜子が目を閉じると頭の中には隼人の冷たい言葉が浮かび、軽く笑いながら呟いた。「本当に意味がないわ」

「あなたが結婚しないなら、僕も結婚しません」

翔太は率直にそう言い放った。その声は真剣で、心の底からのものだった。

「やめて、やめて......。あなたは家庭を築くべきよ。あなたは私の秘書であって、僧侶になるわけじゃないんだから。まるで私にに仕えると六根清浄になるかのように言わないで。私の評判が悪くなるわ」

桜子は慌てて手を振り、翔太は苦笑したが心の中には苦しさがあった。

彼は自分が不釣り合いだとわかっていたが、心の光のために陰ながら守り続けるつもりだった。

「桜子様、どうして宮沢隼人と結婚したんですか?」

桜子は少し目を細めたがその目には寂しさが浮かんでいた。心の中には複雑な感情が渦巻いていた。

「余計なことを聞いてしまいましたね......」

「11歳の時、学校が主催した登山活動に参加したの。母が残してくれたサファイアのペンダントを山で失くしてしまってね。先生の制止を振り切って、暗くなって
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