第618話

峻介は車内で目を閉じて休んでいた。碧狼は車内の重苦しい空気を察し、口を開いた。「佐藤総裁、交渉はうまくいかなかったのですか？」

「うまくいかなかったというより、話し合う余地がなかった。あの女、病んでいる」峻介は額に手を当てた。「あれから何年も経ったのに、彼女は全く変わっていない。むしろ悪化している。あの時、情けをかけて助けるべきではなかった」

十年前、峻介が偶然通りかかった山村で風音に出会った時、彼女は家族に虐げられていた。彼女の家は典型的な男尊女卑の家庭だった。

兄は遠くの高校に通い、家族は彼女に学校を辞めさせて村の年配者と結婚させようとした。

その結婚資金で兄の学費を賄うつもりだったが、彼女が反抗すると両親から激しく殴られた。

峻介は誰にでも手を差し伸べる性格ではなかった。ただ、彼女の横顔が目に留まったのだ。

その時の風音はまだ幼く、優子よりも二、三歳年上だった。

その一瞬で、峻介はかつて一度だけ会った少女を思い出した。

彼自身も過去に苦しんだ経験があったからこそ、他人に傘を差し出したくなったのだ。

峻介は風音を助け、彼女が学業を続けられるようにした。

彼自身は風音に対して特別な感情を持っていなかったが、風音はその時から彼に執着し始め、やがて過激な行動を取るようになった。

彼女は理解していなかった。男性が優しさを感じるのは、自分が愛する女性に対してだけなのだと。

それ以外の女性が自分に執着すればするほど、反感を抱くばかりだった。

「佐藤総裁、証拠は彼女の手にあるが、どうしますか？」

「ここ数年で彼女が殺しの依頼を知るようになったことから、彼女の周囲が普通ではないと分かる。これは通常の手段では対応できない。おそらく、これから彼女は愛憎の末、怒りに駆られて僕に対抗するだろう。もし僕が彼女なら、どうする？」

「連携するでしょう。今分かっているだけでも、すでに七、八社が手を組み、適当なデマを流したり、ネット上で水軍を使ったりして、サトーグループを窮地に立たせています」

「その通り。彼女もきっと連携し、僕を陥れようとするだろう。僕が彼女に助けを求めることを期待しているのかもしれない」

「そんな恩知らずな女性、佐藤総裁が当初助けるべきではなかった。当時、自作自演の誘拐劇だったのに、彼女の兄は全ての恨みをあなたに向けていました。恩を仇で返すな