「つまり、相手に悟られたら、こちらの全てのデータが漏洩する可能性がある、と?」晋太郎は少し眉を寄せて尋ねた。「……はい、でもこんな状況で悟られる可能性は極めて低いと……」「ならば実行しよう」晋太郎は決めた。「本当ですか?社長、大量の資料データと技術を盗まれる可能性がありますよ?」「既に突破されただろ?」「……社長、相手にファイアウォールを突破された場合、我々はすぐに修復することができます。30秒も経たないうちに修復できますので、情報漏洩は最低限に抑えることができます。しかし2分ものホワイトアウトは、どうしようもありません」「やってみるんだ!」晋太郎はイラついてきた。「どっちみち賭けなのに、やってみなきゃわからないだろう」「……社長、仰っている意味は分かりました。いますぐ着手いたします」「うん」……とある住所で2日間も張り込んでいた渡辺瑠美は、やっと例のドイツ人女性が帰ってくるのが見えた。女性は車を降り、周りを見渡してからある家に入っていった。女性を見て、瑠美は慌てて自分の顔をさすり、集中力を保とうとした。そして彼女はカバンから追跡装置を取り出し、女性の車に取り付けた。その後、彼女はまた指向性マイクを取り出し、ドアに当てて中の音を聞いた。すぐに、女性の声が耳に入ってきた。「アンジェ、また仕事をサボってんの?先生にバレたら、シメられるよ?」女性の声が聞こえた瞬間、瑠美は目を大きく開いた。この人だ!間違いない!録音と比較すれば分かる!まさか彼女は英語もできたなんて。「だったら何なんだ?」アンジェと呼ばれた男性は口を開いた。「先生に言われたの。今はどんな突破もしないって」彼は英語で女性に言い返した。「そうだとしても、何もしないわけにはいかないだろう?」「IPアドレスがバレるのに気をつけて」エリーはアンジェに注意した。「俺の腕をしってるだろ?」アンジェはやや不快そうに言った。「だからこそ用心しなきゃじゃない!私たちは先生に迷惑をかけちゃだめだから」「先生、先生って!君は影山さんしか眼中にないんだね」アンジェは不満をこぼした。影山さんって、誰?瑠美は戸惑った。「そうじゃなくって!今回の件をうまく成功させたら、私た
帝都、サキュバスクラブ。その日は入江紀美子(いりえ きみこ)が名門大学を卒業する日だった。しかし、彼女はまだ家に帰って祝うこともできなかった。薬を飲まされ、実の父親に200万円の値段で、クラブの汚らしい中年男たちに売られたのだ。暗い個室から何とか逃げ出したものの、薬の効果が彼女の理性を次第に奪っていった。廊下では、赤みを帯びた彼女の小さな顔が、怯えた目で迫ってくる男たちを見据えていた。「来ないで、警察を呼ぶから……」先頭に立つ男が口を開き、黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら近づいてきた。「いいぜ、好きなだけ呼んでみろ。警察が来るのが早いか、俺たちがてめぇをぶち壊すのが早いかだな!」「べっぴんさんよ、心配するな、兄さんたちがたっぷり楽しませてやるからな……」紀美子は耳鳴りがし始めた。彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。それなのに、まさか父が今、ギャンブルの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!紀美子は逃げ出そうとしたが、足の感覚はなくなり、力が抜けていた。床に倒れ込んだ彼女の前で、その男たちはまるで獲物を物色するような目で彼女を見下ろしていた。ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。黒い手作りの革靴が、彼女の視界に映り込んだ。見上げると、そこには男が立っていた。その男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取るような冷たさをしていた。男を見て、彼女は少し安心した。彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。男は眉を寄せ、冷たい視線で彼女を掠め、一瞬不快感を見せた。彼は身体を屈め、手を伸ばした。「ありがとう……」紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思った。しかしその時、男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の彼女の手を冷たく払った。MKグループの世界トップ企業の社長である森川晋太郎(もりかわ しんたろう)にとって、同情心という言葉は無縁だった。「晋様!」彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇(
紀美子は当然、信じられなかった。学生時代、耳たぶのホクロが「特別だ」と友達から褒められたことはあるけど。たかがホクロのために、MKの社長が月200万円で雇ってくれるのか?自分がおかしいのか、それとも彼がおかしいのか。そんな考えを巡らせている間に、晋太郎はもう立ち上がっていた。彼がゆっくりとシャツのボタンを締める様子からは凛とした雰囲気を発していた。「俺は人に無理を強いるつもりはない。よく考えろ。」言い終わると、彼はその場を離れた。扉の前では、アシスタントの肇が待っていた。晋太郎の目の下の腫れを見て、彼は驚きで目を見開いた。まさか、これまで童貞をなによりも大事にしていた晋様が、初体験を奪われるとは。しかもかなり激しい戦況だったように見える。我に返った肇は、慌てて晋太郎に告げた。「晋様、手に入れた情報をあなたの携帯に送信しました。この入江さんは晋様がお探ししている人ではないようですが、追い払いましょうか?」「いいや、資料は読んだ。彼女の学校での履歴は完璧だ。何よりも俺は彼女に反感を持っていない、そして秘書室は今能力のある人間を必要としている。もし彼女が三日以内にMKに現れたら、すぐに入社手続きをしてやれ」「もし現れなかったら?」肇は恐る恐ると追って聞いた。「ならば彼女の好きにさせろ」晋太郎はあまり考えずに答えた。……三年後、MK社長室紀美子はタブレットを持ち、真面目に晋太郎にスケジュールを報告していた。「社長、午前十時にトップの会議がありまして、十二時にエンパイアズプライドの社長と会食、午後四時に政治界の方々との宴会があります…」彼女の声は落ち着いていたが、その唇が動くたび、無意識に誘惑的な雰囲気を醸し出していた。化粧をしていない小さな顔は、それでも艶やかで目を引く美しさだった。晋太郎は目の前の資料から視線を上げると、その細長い瞳に一瞬、炎のような情熱を宿した。彼の喉仏が上下に動き、その視線は紀美子に絡みつくようだった。やがて彼は書類を机に置き、長い指でネクタイを不機嫌そうに引っ張った。「こっちにこい」晋太郎は紀美子に命令した。紀美子は呆然と頭を上げ、晋太郎の幽邃な目線に触れた瞬間、自分が次に何をすべきかすぐに悟った。彼女はタブレッ
「中はどうしたの?」入江紀美子は入り口で眺めている女性同僚に尋ねた。声をかけられた女性同僚は振り返った。「入江さん。あの応募に来た女の人ね、人の作品をパクッて面接しに来たのがバレて、チーフがそのまま彼女の面接資格を取り消そうとしたんだけど、逆切れして、今事務所で暴れてるのよ」「なるほど」ことの経緯を聞いた紀美子は人事部の事務所に入った。チーフは一人の女性と激しく言い争っていた。女性の顔立ちはなかなかきれいなものだが、露出度の高いかっこうをしていた。「入江さん、ちょっと助けて、この狛村さん、人の作品を盗用して面接に来たのに、問い詰めたら逆切れしてきたのよ」チーフが紀美子を見て、助けを求めてきた。「話は聞きました。もう帰ってください。MKは不誠実な人は永遠に採用しません」紀美子は狛村をはっきりと断った。「関係ないでしょ、誰よ、あんた。私にそんな口の聞き方するなんて、あんたに不採用と判断する資格があるとでも?この会社はあんたのものじゃないでしょ?」「私が誰なのかは、あなたと関係ありません。覚えておいてください。私がこの会社にいる限り、あなたのような小賢しいまねをして入社しようとする人、永遠に採用しません」「大口を叩くじゃない」女はあざ笑いをした。「覚えておきなさい!将来私がMKに入社したら、絶対にあなたに跪いて謝ってもらうから!」「そんな日がくるといいわね!」「警備を呼んで。この狛村さんに出て行って貰うわ!」紀美子はチーフに指示した。……夜。MKで返り討ちを喰らった静恵は電話をしながらバーに入った。「安心して、絶対になんとかしてあの会社に入るから」静恵は低い声で電話の向こうに言った。そして、彼女は電話を切り、カウンターに座りバーテンダーに酒を一杯注文した。この時、ある人が彼女の隣に座り込んできた。「静恵ちゃん!」静恵は振り返って隣に来た男の顔を見た。彼は彼女がこの前酒場で知り合った飲み仲間、八瀬大樹だ。男はいわゆるブサイクの部類に入るものだった。しかし彼は裏表社会においてそれなりの背景を持っているらしく、静恵は彼と何回か夜を過ごしていた。彼女は少し驚きながら言った。「大樹さん?帰ってきたの??」「なんだ、俺を見てそんなに緊張するなんて、ま
翌日、ジャルダン・デ・ヴァグ。ここは森川晋太郎の個人別荘だ。朝六時半頃だが、入江紀美子は起きて晋太郎に朝食を用意していた。彼女は、晋太郎の愛人になった日からここに住んでいた。それからは晋太郎の生活は彼女一人で世話をするようになった。彼女は晋太郎の秘書、愛人、そして使用人でもあった。男が起床した頃、朝食は既にテーブルの上に並んでいた。晋太郎がネクタイを締めながら階段を降りてくるのをみて、紀美子はすぐ出迎えにいった。「私が締めます、社長」晋太郎は手の動きを止め、紀美子がネクタイを手に取り丁寧に結び始めた。紀美子は170センチと長身の方だ。しかし晋太郎の前ではせいぜい彼の胸の高さだった。晋太郎は目を逸らし、紀美子の体が発する香りを嗅いだ。理由もなく、彼には欲の火が灯された。「できました……」紀美子が頭を上げた途端、後頭部を男の大きな手に押えられた。彼の舌はミントの香りを帯びており、蛇のように彼女の口の中に侵入してきた。別荘の中には急に曖昧な雰囲気が漂った。2時間後。黒色のメルセデス・マイバッハがMK社のビルの前に停まった。運転手は恭順に車を降り、ドアを開けた。数秒後、晋太郎は長い脚を動かし車から降りた。オーダーメイドの黒いコートは彼の落ち着いた気質を限界まで引き出していた。その強烈なオーラはまるで神の如く、周りの人はそのプレッシャーで逃げ出したくなるほどだった。晋太郎は細長い指でネクタイを緩めながら、手に持っている資料を隣の紀美子に渡した。その瞬間、晋太郎の深い眼差しが紀美子の少し腫れた唇に少し留まった。そしていきなり手を上げ、厚みのある指腹で彼女の口元を軽く擦った。「口紅、少しはみ出ている」そう言いながら、彼は親指ではみ出た口紅を拭きとった。温もりを感じるその触感は、紀美子の瞳を強く震わせた。一瞬、彼女は、今朝彼にソファに押えられ求められたことを思い出した。晋太郎の眼底に映っている自分のとり乱れた姿を見て、紀美子は慌てて気持ちを整理した。「ありがとうございます」心臓の鼓動は乱れていたが、彼女の声は落ち着いていた。晋太郎は手を引き、口元を軽く上げ、すらっとした体を翻して会社の方へ歩き出した。紀美子は浮つく心を必死に抑えながら、タブレッ
ウィーン、ウィーン入江紀美子はテーブルの上に置いている携帯電話の振動で現実に引き戻された。母の主治医の塚本悟からの電話を見て、慌てて出た。「塚本先生!母に何かあったのですか?」紀美子は心配して尋ねた。「入江さん、今病院に来れますか?」電話の向こうの声は明らかに何かがあるように聞こえた。「はい!今すぐ行きます!」紀美子は急いで立ち上がった。20分後。シャツ一枚の姿の紀美子は病院の入り口の前で車を降りた。冷たい風に吹かれ、紀美子は思わずくしゃみをして急いで入院病棟に向かった。エレベーターを出てすぐ、母の病室の入り口にレザーのジャケットを着ている男が見えた。男は口元にタバコをくわえていて、挑発的な口調で悟に話しかけていた。その男を見て、紀美子は両手に拳を握り、急いで病室に向かって歩き出した。彼女の足音が聞こえたのだろう、悟と男は振り向いた。紀美子を見て、男はクスっと笑った。「これはこれは、入江秘書様のお出ましか!」紀美子は悟に申し訳ない顔をして、そして男に冷たい声で伝えた。「石原さん、この間も言ったでしょ、借金の取り立てであっても病室まではこないように、と」石原はくわえているタバコのフィルターを噛みしめた。「お前のオヤジさんがまた消えちゃったんで、ここまでくるしかなかったんだ」「今回はいくら?」紀美子は怒りを抑え、石原に聞き返した。「そんなに多くないさ、利息込みで150万!」「先月までは70万だったのに!」「お前のオヤジに聞け。借用書はこれだ。お前のオヤジの筆跡は分かるよな?俺はただ借金の取り立てに来てるだけだ」石原はあざ笑いをして紀美子を見つめ、紀美子に借用書を見せた。紀美子は怒ってはいるが、反論する理由が見つからなかった。父はギャンブルにハマったろくでなしだ。しょっちゅう借金を作って博打に使い、ここ数年は借金が積もる一方だった。借金の返済日になると、この借金取りたちが母の病院に訪ねてくる。紀美子は怒りを抑えながら考えた。「分かったわ!」「金は渡すから!けど今度また病院まで取り立てにきたら、もう一銭も渡さないからね!」そう言って、紀美子は携帯電話から石原の口座へ150万円を送金した。金を受取り、石原は携帯を揺らしながら颯爽と病室
「うん、聞くわ」入江幸子は目を開け、天井を見つめて深呼吸をした。「紀美子、実はあなたは…」「幸子!」声と共に、一人の男が入り口から焦った様子で駆け込んできた。二人が振り返ると、男は既に近くまで来ていた。その男の体はタバコと酒の臭い匂いを発しており、髭は無造作に生えている。男は紀美子の反対側に座った。「どうだった?石原に酷いことをされなかったか?」「何をしにきたのよ!」幸子は嫌悪感を露わにして言った。「また迷惑をかけにきたの?」入江茂は舌打ちをしながら紀美子を見た。「紀美子、ちょっと席を外してくれないか?幸子にちょっと話してすぐ帰るから」紀美子は心配そうに母の方を見たが、幸子は彼女に頷いた。紀美子はしぶしぶと立ち上がり、厳しい眼差しで茂を見た。「お母さんを怒らせないで」茂は何度も頷いて答えた。紀美子は何度も振り返りながら病室を出た。病室のドアが閉まった瞬間、茂の心配そうな表情は消えた。「あのな、あんまり余計なこと喋るなよ」「もう紀美子を利用させない!」幸子は目から火が出そうなほどの厳しい表情で、歯を食いしばりながら答えた。「俺が金をかけて育ててやったんだから、借金の返済くらい、手伝ってもらうのは当たり前だろ?お前が大人しく口を閉じていればそれでいいが、もし何か余計なことを漏らしたら、紀美子に今の仕事を続けられなくしてやるからな!」「あんた、それでも人間なの?!」幸子は体を震わせながら拳を握り締めた。「そうだ、俺は悪魔だ。お前はその口をしっかりと閉じておけ。でないと、何が起きても知らんからな!」茂はその言葉を残し、振り返らずに病室を出た。ドアを開け、そこに立っている紀美子を見ると、茂はすぐに顔色を変えた。「紀美子、お父さんは先に帰るからな!今日の金はお父さんがお前から借りたことにしよう」それを聞いた紀美子が顔を上げると、茂は返事を待たずに行ってしまっていた。紀美子がため息をつき病室に戻ろうとした時、ポケットに入れていた携帯がまた鳴り始めた。森川晋太郎からだ。紀美子は少し緊張して電話に出た。「今どこだ?」電話から冷たい声が聞こえてきた。「ちょっと急な用事が…」紀美子は病室の中を眺め、声を低くして答えた。「狛村静恵のことでデ
「社長」入江紀美子は疑惑を抱えながら森川晋太郎の前に来た。「昨夜は何故帰ってこなかった?」「体の具合が悪かったからです」「具合が悪かった?口まで開けない状態だったか?まずは俺に報告することを忘れたのか?」晋太郎は更に厳しい口調で問い詰めた。「違います。薬を飲んで眠ってしまいました。わざと報告を怠ったのではありません。」「本当に眠ってしまったのか?それとも、他の男と寝ていて報告をしなかったのか?」晋太郎は無理やり目の中の怒りを抑え、声がますます冷たくなった。「えっ?他の男って?」紀美子は頭を上げて聞き返した。「その質問、君ではなく俺がするものではないか?」晋太郎は冴え切った目で紀美子を見つめ、挑発まじりに聞き返した。「入江さん?」まだ戸惑っていた紀美子は、優しそうな声が聞こえてきた。その瞬間、紀美子は思い出した。昨日晋太郎に電話を切られる前、塚本悟と話していた。もしかして晋太郎が言っている男とは、悟のことか。紀美子はこちらに向かって歩いてくる悟を見てから晋太郎の顔を覗いた。そこから説明してもすでに遅かった。悟は紀美子の傍で足を止め、針を抜いて血が垂れ続けている彼女の手を見た。「血が出ている、この時間なら、まだ点滴は終わっていないはずじゃない」それに気づいた紀美子は慌てて針の穴を手で塞いだ。「ありがとう、あとで処理しておくから」悟は自分の手を紀美子の額に当て、心配そうにため息をついた。「熱はひいたようだけど、まだ静養が必要だ」紀美子は晋太郎に誤解されたくないので、慌てて視線を逸らした。「分かってる」悟は仕方なく手をポケットの中に突っ込んで、ようやく隣で息を潜めている晋太郎に気づいた。「患者さんは静養が必要です。話は後にしていただけますか」悟は謙遜かつ礼儀正しい言葉遣いで注意した。「医者が体温計ではなく、手を当てるだけで患者の体温を正しく測るなんて初めて見た」晋太郎は冷やかしを言いながら、悟と目を合わせた。「臨床の経験を活かせば、患者さんの時間を節約できることもありますので」その会話を聞いた紀美子は緊張した。彼女は、悟が自分の為に晋太郎に抵抗しているのは分かっていたが、晋太郎が決して大人しく人の話を聞く人間ではないとも分かっている。
「つまり、相手に悟られたら、こちらの全てのデータが漏洩する可能性がある、と?」晋太郎は少し眉を寄せて尋ねた。「……はい、でもこんな状況で悟られる可能性は極めて低いと……」「ならば実行しよう」晋太郎は決めた。「本当ですか?社長、大量の資料データと技術を盗まれる可能性がありますよ?」「既に突破されただろ?」「……社長、相手にファイアウォールを突破された場合、我々はすぐに修復することができます。30秒も経たないうちに修復できますので、情報漏洩は最低限に抑えることができます。しかし2分ものホワイトアウトは、どうしようもありません」「やってみるんだ!」晋太郎はイラついてきた。「どっちみち賭けなのに、やってみなきゃわからないだろう」「……社長、仰っている意味は分かりました。いますぐ着手いたします」「うん」……とある住所で2日間も張り込んでいた渡辺瑠美は、やっと例のドイツ人女性が帰ってくるのが見えた。女性は車を降り、周りを見渡してからある家に入っていった。女性を見て、瑠美は慌てて自分の顔をさすり、集中力を保とうとした。そして彼女はカバンから追跡装置を取り出し、女性の車に取り付けた。その後、彼女はまた指向性マイクを取り出し、ドアに当てて中の音を聞いた。すぐに、女性の声が耳に入ってきた。「アンジェ、また仕事をサボってんの?先生にバレたら、シメられるよ?」女性の声が聞こえた瞬間、瑠美は目を大きく開いた。この人だ!間違いない!録音と比較すれば分かる!まさか彼女は英語もできたなんて。「だったら何なんだ?」アンジェと呼ばれた男性は口を開いた。「先生に言われたの。今はどんな突破もしないって」彼は英語で女性に言い返した。「そうだとしても、何もしないわけにはいかないだろう?」「IPアドレスがバレるのに気をつけて」エリーはアンジェに注意した。「俺の腕をしってるだろ?」アンジェはやや不快そうに言った。「だからこそ用心しなきゃじゃない!私たちは先生に迷惑をかけちゃだめだから」「先生、先生って!君は影山さんしか眼中にないんだね」アンジェは不満をこぼした。影山さんって、誰?瑠美は戸惑った。「そうじゃなくって!今回の件をうまく成功させたら、私た
「ご安心ください、晋様。既にA国最強のセキュリティ会社に依頼済みです。これから彼らが晋様のご安全をお守りいたします」「不審なヤツを見つけたらすぐに報告してくれ」「はい、晋様!」そう言って、杉本肇と小原は事務所を出た。事務所の中はまた静かになり、森川晋太郎は脳裏で入江紀美子の姿を思い浮かべた。彼女からは未だに返信がない。もしかして自分に構いたくないのか?A国は今午後1時半、国内では朝だが、紀美子はまだ寝ているのだろうか?晋太郎は我慢できず、携帯を出して紀美子に電話をかけた。しかし、電話に出たのは渡辺翔太だった。電話が鳴り出した瞬間、翔太は携帯を出して画面を覗き込んだ。晋太郎からの電話を見て、彼は暫く考えてから出た。「紀美子?」晋太郎はかすれた声で呼んだ。「私だ」翔太は冷たい声で返事した。「なぜあなたが紀美子の携帯を持っている?」晋太郎はやや驚いた。「昨日の飲み会で紀美子が携帯を落としたんだ。俺が今警察署で受け取ってきた」翔太は下手な嘘をついて誤魔化そうとした。「紀美子はもう落ち着いたか?」晋太郎は少し声を低くした。「よくもそんな質問できたな」翔太はあざ笑いをした。「あんたじゃなかったら、彼女はこんなに心を乱すことはなかった。晋太郎、約束したことを忘れたのか?まだ数日しか経っていないのに、また紀美子を一人で置き去りにしたな?」翔太は我慢できず、怒りを晋太郎にぶつけた。「俺も不本意だったんだ!」晋太郎は冷たい声で言った。「会社の機密情報が何を意味するか、あんたも分かってるだろ?」「たとえそうだとしても、ちゃんと説明してから行ったらどうだ?今のその態度は何なんだ?」翔太は聞き返した。「急だったから説明する余裕はなかったんだ。だが俺は既に公表した。婚約式は、ちゃんと後日とりおこなって紀美子に償う」「ならば、話はそれが実現してからだ!」翔太は怒って電話を切った。通信が切られ、晋太郎は深く眉を寄せた。何が「それが実現してから」だ?紀美子は自分と縁を切ってしまいたいのか?そう考えているうちに、ルアー・ウェイドが入ってきた。「社長、そろそろ会議室へ参りましょう」晋太郎はその思惑を後にして、会議を優先するしかなかった。会議室
「ルアー、まだそんな顔をするなら事務所から出ていけ!」森川晋太郎はイラついてネクタイを引っ張った。「社長、会社を守れず、こんな深刻な問題を起こして本当に申し訳ありません」「資料の移転はどうなっている?」そう聞かれたルアー・ウェイドは、悔しくて頭が上がらなかった。「社長、2部の機密資料が盗まれました。全ては私のせいです。他の支社との受け継ぎが遅れました」「謝罪など聞きたくない!」晋太郎は額に青筋を浮かび上がらせながら怒鳴った。「俺が知りたいのは、技術部の連中が一体何をやっているのかだ!」「社長、私は何回もハッカーたちを入れ替えており、現在は会社にいるのはトップクラスの者達です。しかし相手の人数と能力は、本当に計り知れません」「お前、言い訳してるのか?」晋太郎は怒鳴った。「ルアー、お前まで会社にクビにされたいのか?」「社長、そう言う意味ではありません、ただ、相手が強すぎるのです……」「ならば誰がこの責任をとるんだ?」晋太郎は怒りを帯びた目で彼を見た。「お前が取ってくれるのか?何千億ものプロジェクト、責任取れるのか?」「申し訳ありません、私には……この責任は負えません……」「俺を呼んだのはお前の言い訳を聞かせるためか?対策を一つも出していないじゃないか!」「社長、私達はもうなす術がありません。やはりこの局面を挽回できるのは、あなたしかいません」晋太郎は拳を握りしめた。「BMIチップの研究資料を一部だけメインサーバーにアップロードし、残りを全部疎開しろ」BMIチップ、即ちブレイン・マシン・インターフェース・チップはMK社の最重要プロジェクトだ。全ての研究資料は手書きで、会社の地下にある金庫に保管されている。この機密資料が盗まれる可能性は限りなくゼロに近い。しかし今、彼はその資料を餌食に相手の身分を特定しなければならなかった。ルアーは目を大きく開いた。「社長、あなたはあの機密資料を相手に渡すおつもりですか?あれは機密資料の中で最も重要なものですよ!一部をアップロードしたとして、その代償は大きすぎます!」「俺は、相手が何を狙っているのかが知りたいんだ!俺の命か、それとも機密資料か!」晋太郎は冴え切った声で言った。ルアーは驚いた。「社長は空港からでたばか
入江佑樹は心が温かくなった。「ゆみ、お兄ちゃん達は危ないことをしない。約束する」入江ゆみは真っ赤な目で兄を見上げた。「ホント?」佑樹はしっかりと頷いた。「うん、必ず万全な防衛策を練るから」この時、病室のドアが押し開かれ、渡辺瑠美が朝食を持って入ってきた。パソコンに集中している森川念江以外、佑樹とゆみは一斉に瑠美の方を見た。瑠美は食べ物をテーブル上に置いて言った。「何が好きなのか分からないから、適当に買ってきたわ」「ありがとう、瑠美おばちゃん」ゆみは涙を堪えて礼を言った。「ゆみ、もう泣いちゃダメよ」瑠美はゆみの赤くなった目を見て、可哀想に思った。「うん、ゆみは強くなるから。もう泣かないから」ゆみは目を揉みながら言った。「手には沢山の細菌がついてるから、直接目を触らないで」瑠美はゆみの手を掴んで言った。そう言って、瑠美はまだキーボードを叩いている念江を見て、尋ねた。「念江くんは何をしてるの?」「ダークネットに侵入してこれを調べてる」念江は小さな手で写真を指さした。ダークネット……瑠美はネットでその類のスレッドを呼んだことがあり、それがとても危険な領域だと知っていた。「君たちはこの型式の弾の買い手を調べてるの?」佑樹は頷いた。「こうするしか、お母さんを狙ってる犯人を調べられない」子供達のゆるぎない目つきを見て、瑠美はとあることを思いついた。「そう言えば、車のナンバーは調べられる?」「ナンバー?車の持ち主を調べるの?」「そう、昨晩ホテルの横出口で塚原悟を見たの。外には何人か彼を待つ人もいた。」「ナンバーを教えて!」佑樹はいきなり真顔になった。瑠美は自分のカバンを開け、ペンとメモ用紙を出して車のナンバーを書き、佑樹に渡した。佑樹はすぐに調べ始めた。10分後に、情報が画面に現れた。外国人の女性の写真で、身分証明書の登録地情報はドイツだった。その情報を見て、瑠美はすぐにこの前悟を尾行していた時のことを思い出した。その時、彼は確かドイツ語を喋る女性と会話していた。この女性が突破口である可能性が高い!「佑樹くん、その女性がどこに住んでいるか調べられる?」瑠美は尋ねた。「うん」佑樹はそう言って、続けてキーボードを叩い
露間朔也は東恒病院に戻ってきた。ICUの入り口にて。渡辺翔太は田中晴、そして鈴木隆一と話していたところだった。3人の子供達はベンチに座って寝ていたようだ。朔也が近づいてくると、3人は彼を見て、返事を待った。「塚原じゃなかった」朔也は首を振った。「違うのか?」隆一は戸惑った。「違うって、彼は何て言ったんだ?」朔也は先ほどの塚原悟とのやり取りを3人に伝えた。彼の説明を聞き、隆一は腕を組んで言った。「こりゃ、どう聞いてもおかしい」皆は一斉に隆一を見た。「何見てんだ。これはとんだ話術だと思わない?」「そうかな?」翔太は眉を寄せながら低い声で呟いた。「俺は塚原と知り合いじゃないし、客観的な意見を言うぞ?彼は、あんた達との長年の付き合いを引き合いにして自分の疑い払拭しようとしてるんだ。頭脳派の手段だ」そう言われ、朔也は急に我に返った。「つまり、彼はわざとそう言ったと?」晴は暫く考えてから口を開いた。「彼は紀美子を見に来ると言ってなかったか?」「言ってた」朔也は続けて言った。「俺が、今じゃなく紀美子は目が覚めてからにしてと伝えた」「うーん。彼が本当に紀美子を大事にしてるのなら、誰に止められようと、必ず来るだろ」隆一は頷いた。「明らかに彼はびくびくしてるな」翔太は彼らの分析を聞き、困って額を揉んだ。彼も今、悟の話の真偽を判断できなかった。「おじちゃん」突然、森川念江の声が聞こえてきた。皆は念江の方を見た。「ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」「なに?」「医者さんにお願いして、お母さんが撃たれた弾、そして狛村静恵が撃ち殺された弾をもらってきて」念江は言った。念江の話を聞いた皆は、しばらく考えてから念江の考えを理解した。「そうだ!」隆一は急に悟った。「型式を比較して買い手を探すんだな!」「君、ちょっと今回のことを単純に思いすぎていないか?」晴は隆一を見て言った。「裏ルートで手に入れたものなんだから、買い手の情報は厳格に守秘されているはずだ」「ならば金で買うまでだ!」隆一は言った。「相手の勢力が強いのに、買収できると思うか?」「クソ、どうすりゃいいんだ?」「調べてもらいたいのは弾の型式だ
「要件?いいさ、教えてやる。あんたのせいで、紀美子は今生死を彷徨ってるんだぞ!」塚原悟は驚いた。「生死……?一体どういうことだ?」「あんた、一体どこまで白を切るつもりだ?」露間朔也は狂いそうになった。「塚原、あんたそれでも人間か?あんたは自分が病院にいたからって、アリバイがあるとでも言いたいのか?紀美子の一体どこが悪かったんだ?なぜ彼女にあんなことをした!理由を教えろ!その知らんぶりはやめろ!」悟の眼差しは全く動揺しなかった。「朔也、冷静になれないのか?君が言っていること、全然わからない!今一番知りたいのは、紀美子の状態だ!なぜ生死を彷徨っているんだ?」「彼女は銃で撃たれたんだ、2発も!」朔也は怒りを抑えきれずに怒鳴った。「心臓から僅か3センチしかなかった!彼女は危うく狛村に撃ち殺されるところだったんだぞ!」それを聞いた悟は思わず心臓がドキりとした。彼は朔也の手を振り解き、いきなり立ち上がって診断室を飛び出していった。「おい、どこに行くんだ?」朔也は叫んだ。「紀美子を見てくる!」悟は振り返らずに返事した。「今更あんたが行ったってどうにもならんぞ!」朔也は悟を呼び止めようとした。「それに誰もあんたになんか会ってくれないぞ!」それを聞いて、悟は立ち止まった。我に返った彼は、悟に尋ねた。「なぜだ?」朔也は冷たい目線で悟を見つめた。「俺も翔太さんも、狛村に指示したのはあんただと思っているからだ」「私が、あんな人間と……」悟は頭を垂らし、無力に苦笑いをした。「違うか?」「証拠は?」「証拠があったらとっくにあんたを捕まえて紀美子に謝罪させ、ここであんたを問い詰めてなんかいなかった!」「なぜそこまで私がやったと信じている?」悟は尋ねた。「狛村が死ぬ前に言ってたぞ!」朔也はわざと狛村が言っていた話の内容をはっきりと言わず、悟の反応を伺った。「なるほど」悟は口を開いた。「他人の一言で、俺が黒幕だと思い込んだのか」そう言って、悟は朔也を見た。「では聞こう、もし私が紀美子に何かをしようとしたら、チャンスはいくらでもあったんだろ?私は医者だ。どんな薬を使えば人を殺せるかよく知っている。一歩引いても、長期での毒物投与だ
隆一と晴は急いで助けに行った。紀美子が運ばれていくのを見ながら、朔也はまるで鉛を仕込まれたような足取りでその後を追った。ゆみは我慢できずに佑樹の腕に飛び込み、涙を流しながら言った。「お兄ちゃん、ママがいなくなったら嫌だよ……」佑樹も涙がこぼれそうになったが、ゆみの背中を優しくさすりながら感情を抑えた。「大丈夫だよ、ゆみ。ママはきっと大丈夫だから」念江も目が真っ赤になりながら、ゆみの背中を撫でて言った。「ゆみ、ママを信じよう。ママはこんな簡単に僕たちを置いていくはずがないよ」子どもたちの言葉を聞いて、朔也はうなだれた。悟の仕業なのか?この件は本当に悟が引き起こしたものなのか?静恵の言葉によると、彼女に指示を出したのは悟しか考えられない!朔也は憤りを抱えながら拳を握りしめ、目には強い怒りが宿っていた。悟を探しに行く!直接対峙して、このすべてを問いただしてやる!!朔也は子どもたちを見て言った。「ゆみ、佑樹、念江、俺はちょっと出かけてくる!」佑樹が彼を見上げ、何か言おうとしたその時、背後から数人の足音が聞こえた。子どもたちと朔也は、一斉に近づいてくる三人に目を向けた。翔太と裕也は献血後のため、顔色が悪かった。翔太は、彼らを見て力のない口調で言った。「ここで何をしてるんだ?ICUに行かないのか?」朔也は言った。「翔太、俺は悟を探しに行く」その言葉を聞いて、翔太は眉をひそめた。「何で彼に会いに行くんだ?静恵のことか?」朔也は崩れ落ちそうな声で叫んだ。「悟以外に考えられない!なぜ彼がこんなことをしたのか、どうしても知りたいんだ!紀美子が何をしたっていうんだ?なぜ彼女をこんな目に合わせるんだ?」翔太は冷静に彼を見つめていった。「証拠はあるのか?」「ない!」朔也は言った。「だからこそ、彼に確かめに行くんだ!!」朔也の決意を感じた翔太は黙り込んだ。しばらくして、翔太は言った。「もし本当に悟だったとして、彼に会うのは危険だと思わないのか?」「俺は彼とは何の恨みもない!」朔也は言った。「それに、紀美子のためなら何も怖くないよ」「わかった」翔太は言った。「行きたいなら行け。ただし、護衛をつけさせる」朔也は「ありがとう!子供達を
「わかった」晋太郎の声は少しかすれていた。「じゃあ、切る」「待って!」晴が慌てて彼を呼び止めた。「晋太郎、お前はいつ帰ってくるつもりなんだ?」晋太郎:「まだわからない」「そうか」晴は気づかれないようにため息をついた。「じゃあ、切るよ」「うん」電話を切った後、晋太郎はしばらく考えて、紀美子にメッセージを送ることにした。「ごめん、君が一人で問題に向き合うことになってしまった。気が向いたら返信をくれ」メッセージを送信した後、晋太郎は肇を見た。「メディアには、俺が今海外で婚約指輪をオーダーしていると知らせてくれ」肇:「わかりました、晋……」「ドン——」肇の言葉が終わるや否や、車のガラスが突然砕かれた。ガラスを貫通し、反対側のドアに向かって飛んでいく弾丸を見た瞬間、晋太郎の目は鋭く光った。彼は肇に叫んだ。「伏せろ!」肇は反応し、急いで身を伏せた。その瞬間、また別の弾丸が飛来し、車の窓ガラスを粉々に砕いた。小原は急いで晋太郎の方へ振り返った。「晋様、隣の車がこちらに向かって撃ってきています!」晋太郎の表情は険しくなった。「奴らを振り切れ!」小原:「はい、晋様!」言い終わると、小原は一気にアクセルを踏み込んだ。晋太郎:「肇、今どこにいる?」肇は急いで携帯を取り出し、地図を見てから答えた。「青桜通りです!」晋太郎はすぐに考えた。「小原、恵の道に行け!」小原は少し戸惑った。「晋様、我々の仲間は今10キロも離れていません。直接向かえば迎えに来てくれますが、恵の道は大きな市場で、人が多すぎます!」晋太郎は苛立ちながら言った。「恵の道の人混みを利用して車を降りれば、気付かれない」言い終わると、晋太郎は肇に指示した。「肇、会社に警備員を派遣してもらって、援護させろ!」肇:「はい、晋様!」国内にて。紀美子は長い6時間の手術を終えて、ようやく出てきた。医者を見ると、外にいた人たちが一斉に前に進み出た。「先生?」真由は声を掠らせて尋ねた。「彼女の状況はどうですか?」医者は眉をひそめてため息をついた。「私たちは全力を尽くしました。あとは彼女が自力で危険な状態を越えられるか、それにかかっています」真由は膝が崩
瑠美の声を聞いた真由は、少し安心したようだった。「瑠美、今どこにいるの?」真由が尋ねると、瑠美は言った。「お母さん、今病院に向かってるところよ。さっきとある人を追っていたの」真由は不思議そうに聞いた。「誰を追っていたの??」「悟」瑠美は続けた。「会場で彼を見たの。彼は脇の出口から出て行ったわ」「悟??」真由は驚いた。真由が悟の名前を言うと、翔太はすぐに前に出て、真由に電話を自分に渡すよう促した。翔太は携帯を受け取るとすぐに尋ねた。「瑠美、悟を見たのか?彼は今どこにいる?」瑠美は答えた。「会場よ。でもあまり近づけなかった。出口付近には数人がいたわ。その人たちはみんな悟を待っているみたいだったから、近づくのは危険だと思ったの」翔太は聞いた。「彼らが出発する前に車のナンバーを確認したか?」瑠美は答えた。「確認したわ。病院に着いたら教えるね」「わかった」電話が切れた瞬間、手術室のドアが突然開いた。看護師が中から出てきて尋ねた。「入江紀美子さんの家族はどなたですか?」「私たちです!」真由は急いで言った。「看護師さん、今、紀美子はどうなっていますか?」看護師は手術同意書を差し出した。「二発の銃弾が心臓から約3センチの距離にあり、摘出しました。ただし、患者は大量出血しており、血液が不足しています。輸血が必要なので、ご家族の方に血液型の適合検査を受けていただきたいのですが」「私が行きます」翔太は真由に携帯を返しながら言った。「私の血液型は紀美子と一致します」裕也も続けて言った。「看護師さん、私も試してください。私は彼女の叔父です」看護師は答えた。「わかりました。お二人、こちらへどうぞ」その頃、晋太郎はA国に到着し飛行機を降りた。車に乗り込んだ瞬間、彼は少しイライラしながら尋ねた。「国内は今、どうなってる?」「少々お待ちください、晋様。今、携帯を起動します」肇は言いながら携帯を開いた。そしてインターネットで調べたが、何のニュースも見当たらなかった。肇は疑問の表情を浮かべた。「晋様、国内では何のニュースもありません……」晋太郎は眉をひそめた。「トレンドもないのか?」「ありません、晋様。普通なら婚約式が