子供達が朝食を食べ終わる頃になっても、入江紀美子と森川晋太郎はまだ部屋から出てこなかった。先に起きたのは露間朔也だった。子供達だけがリビングで遊んでいるのを見て、朔也は戸惑いながら周りを見渡した。「君たちのお母さんは?」「晋太郎がお母さんを抱いて寝てるよ」「なに?!彼はここにいるのか?いつ来た?何で教えてくれなかった?!」質問攻めにされた入江佑樹は、どれも答えられなかった。「僕だって分からないよ」「佑樹くん、お父さんが来たことに怒ってるの?」森川念江が尋ねた。「当たり前だろ」佑樹は悶々とした様子で答えた。念江はため息をついた。一体どうやって佑樹に説明したらいいか分からなかった。ことの経緯を整理できた朔也は、子供達の後ろにきて、手を佑樹の肩に置いた。「あのな、佑樹くん、お母さんはただお父さんと恋をしているんだよ」朔也はにニヤニヤしながら説明した。佑樹は朔也の手を振り落として、「彼達が何をやってるか、僕は分かってるんだよ!」と言った。「おいおい、何でそんなことが分かるんだよ!」朔也は真顔で注意した。佑樹は「フン」と鼻を鳴らした。「こう考えるべきだ、お父さんがいなかったら君たちも生まれていない、そうだろ?何と言っても、彼は君たちの実の父だからね!」「実の父がどうしたの?」佑樹はあざ笑いをした。「彼は父親としての責任を果たしてくれた?」佑樹は、自分でもどうしてそんなことを口にしたか分からなかった。しかし、そのことが母の自発的な行動ではなかったことを思い出すと、心の中で怒りと苛立ちを感じた。「そうだったかもしれない。でも彼の心の中では君たちのお母さんが、とても重要な人に違いないんだ!」朔也は確信した。「あなたが確信してどうすんだよ」佑樹は反論した。「まあまあ、佑樹さんよ、もうそっとしてあげなよ。君のお母さんは晋太郎のことが好きなんだから!だってこの時間になっても起きてこないんだろ?」佑樹は口をすぼめながら、小さな顔を曇らせた。もともと備わっていた優雅さが、憂鬱な気分によって失われた。「佑樹さん、たとえばお母さんが晋太郎のことを受け入れたら、君はどうする?」朔也は尋ねた。「お母さんがいいなら、僕も同じだよ」佑樹は即答した。
2人が顔を洗い、部屋から出ようとした時、森川晋太郎は急に口を開いた。「隣の別荘って、まだ売り出していないよな?」「うん、土地が高いから、なかなか見に来る人もいないのよ」入江紀美子は答えた。「そうか」晋太郎は淡々と返事して、部屋のドアを開けた。「行こう」紀美子はあまり彼の話を気にせず、一緒に階段を降りた。1階にて。足音に気づいた子供達は、一斉に晋太郎と紀美子の方を見た。階段の曲がる所まで降りてきた紀美子は、一瞬で複雑な感情を持つ視線を感じた。一方、前を歩いていた晋太郎は明らかなる敵意を感じた。その敵意は入江佑樹からのものだった。弱気になった紀美子は、子供達に目を合わせられなかった。自分が爆睡しただけではなく、晋太郎が来てここで寝泊まりしたことさえ、前もって彼らに教えていなかったからだ。晋太郎は何も無かったかのように、子供達の前に来た。「飯につれていってやる」「やったー!」入江ゆみは立ち上がってはしゃいだ。「アイチバーガーに行きたい!前連れていってくれたお店!」「だらしないよ!」佑樹は妹を睨んだ。ゆみは兄の言葉をの意味をしっかり受け取った。「お兄ちゃんったら、もう捻くれるのやめて!本当に子供みたい!」紀美子も彼らの傍に来ていた。ゆみの話を聞いて、彼女は顔色が暗くなった息子を見つめた。「佑樹くん?」紀美子は彼に声をかけた。佑樹はまっすぐと立ち上がり、紀美子の腕を横に引っ張った。「お母さん、ちょっと2人きりで話したいことがある!」紀美子は、晋太郎に「ちょっといってくる」と目で合図を送った。しかし晋太郎はそんなことも構わずに、手を伸ばして紀美子の腕を掴み、佑樹に言った。「要件があれば俺に言って」「何であなたに話さなきゃならないんだよ!」佑樹は晋太郎の方に振り向いて言った。「お前は男だろ?男なら男同士で語り合うべきだ!」晋太郎は冷たい声で言った。「晋太郎」隣で焦って紀美子が彼に注意した。「佑樹くんはまだ小さいから、そんなに厳しく言わなくても」「彼のハッキングの腕は、俺の会社のエンジニア達を完全に上回っている。そんな彼に俺の話が分からんとでも?」紀美子は驚いた。息子はそんなに凄かったのか。「さぁ、男同士で話
入江佑樹は唇をへの字にして視線を逸らした。「答えられないのか?それともこれじゃあ足りないと思っているのか?」森川晋太郎はさらに聞いた。「それはある程度の説得力はあるけど、お母さんを愛していると証明するにはまだ足りない!」佑樹は言い返した。「じゃあ、どうすれば認めてくれる?」「僕は男と女とのことが分からないけど、ただ、お母さんが楽しくて、あなたの為に泣いたりしなければ、それが愛だと思う!」「その通りだ。」晋太郎は佑樹の話を肯定した。「しかし、大人の間では、意見が分かれたり、お互いのやり方に不満があったりするのもよくあるということを、分かってもらいたい。俺と紀美子はこれまでたくさんの誤解があった。しかしその誤解を一つずつ解いていけば、もう喧嘩や食い違いは生じないはずだ」「つまり、あなたはもうお母さんと仲直りしたの?」佑樹は続けて聞いた。「大体な」晋太郎は答えた。「一つ約束してもいい」「約束?」「もし君のお母さんが俺と一緒になってくれれば、俺は彼女を世界で一番幸せな女にする」「それって、本当?」佑樹は晋太郎を見上げて聞いた。「そうだ」晋太郎は真顔で答えた。「じゃあ、拳を当てて誓って!」佑樹は立ち上がり、晋太郎の前に来た。「嘘をつく人は死んだら地獄に落ちる!」晋太郎の俊美な顔が厳しくなった。「誰からそんなことを教わった?」「誓えないのなら話は終わりだ!」「今回はそれでいいが、今度そのようなことを口にしたら、厳しく正してやるからな!」晋太郎は目を細くして言った。「分かった!」晋太郎は手を出して佑樹と拳を当て合った。晋太郎は、佑樹のような物知りの子供に対しては、約束さえしてあげれば、これ以上捻くれることはないと分かっていた。子供とは、それほど単純な生き物だ。それと同じく、晋太郎の誓いも本気だった。彼は約束通りに紀美子を幸せにし、すべての悔しさを償ってあげると決めた。そして、2階から降りてきた時、佑樹は既にいつもの顔に戻っていた。「佑樹くん?」紀美子は慌てて状況を確認しようとした。「まだ怒ってるの?」佑樹は優雅に笑みを浮かべた。「僕はそんな話の通らない人か?」「フンだ、さっきの捻くれてたヤツはだ~れだ?」ゆみが
森川念江は母の話の意味に気づいた。「お母さん、これから忙しくなるの?」入江紀美子は頷き、優しく微笑んで答えた。「そうなの。お母さんの会社はとっても大きなお仕事を引き受けたから、来週から出張に行かないといけないの」念江は少し落ち込んで表情を暗くした。「いつ戻ってくるの?」「二、三日後かな?まだ分からないの」「一人でいくの?」「そう」紀美子はため息をついた。「朔也おじさんはちょっとした用事で、工場に残らないといけないの。でも佳奈お姉さんももうすぐ戻ってくるし、彼らに君たちのことを頼んでおいたわ」この時、紀美子の携帯が急に鳴り出した。竹内佳奈からのメッセージだった。「紀美子さん、申し訳ないけど、暫くお休みを伸ばしてもらうことになるかも。翔太さんは悔しさで立ち直れないみたいなの……」紀美子は眉を寄せ、返事をした。「兄がどうしたの?」「どうやら彼は、お父さんの件であなたに晋太郎さんに頼ませたことを、とても悔しくてしかたないようなの」「……気にしなくていいのに。兄は今傍にいるの?」佳奈はまだソファで寝ている翔太を見た。彼女は差し入れで持ってきた果物をテーブルの上に置いてから、紀美子に返信した。「ソファで寝ていて、周りに資料の紙が散らかっている。ここ数日はずっとこんな感じだわ」佳奈は部屋の様子の写真を添付した。渡辺翔太の目元にはくまができており、あごの髭も伸びていた。「佳奈、ごめんね、兄の世話をしてもらっちゃって」「ううん、全然大丈夫だよ。将来、私が翔太さんと結婚したらよろしくね!」「うん!」携帯をしまい、紀美子は夜になったらじっくり兄と話をしようと決めた。兄に頼まれて森川晋太郎にお願いをした件に関しては、彼女は特に気にしていなかった。まさか彼がここまで気にしているとも思わなかった。午後。紀美子は念江と一緒に佑樹とゆみを迎えに行った。佑樹はリュックを背負っておらず、ゆみの方が重そうなリュックを背負っていた。2人が車に乗り込んだ途端に、ゆみは母に文句をこぼした。「お母さん、ゆみはもうだめ!」念江はゆみのリュックを外し、妹の肩を揉んだ。しかしゆみは死んだ目で佑樹を睨みつけた。3人の子供達の様子を見て、紀美子は苦笑いをした。念江は妹
夕食を終えた後。紀美子は書斎に行き、翔太に電話をかけた。着信音が鳴ったと同時に、翔太が電話を取った。「兄さん?」紀美子が呼びかけた。「今どこ?」「少し疲れたから、午後にちょっと昼寝して、今起きたところだ。どうした?」翔太は少し咳払いをしてから言った。「兄さん、正直に教えて。いったいどうしたの?」紀美子は尋ねた。「考えすぎだよ。兄さんに何かあるわけないだろう?」翔太はわざと軽く笑いながら言った。「私が見抜けないとでも思ってるの?」紀美子は言った。「……舞桜が何か言ったのか?」「何かあったら一緒に話せばいいじゃない。どうして一人で抱え込むの?それに、このことは私も気にしてないから、自分を責めることないよ」紀美子は言った。「自分が無力なだけならまだしも、君まで巻き込んでしまうなんて」「もしあなたがそんな状態なら、私は本当にがっかりよ。これは大したことじゃないし、そもそも晋太郎に私がお願いする必要はなかったわ」紀美子は言った。「彼に会ったのか?」翔太は驚いた。「そう」紀美子はうなずいて答えた。「彼の答えは意外だったわ……」紀美子は晋太郎が言ったことを大まかに伝えた。「彼が承諾するのは想像できたけど、こんなにすんなりいくとは思わなかったな」翔太は言った。「だから、この件に関してはあまり気にしないで。それより、会社には戻ったの?」「準備中だ」翔太は言った。「そう」紀美子は微笑んで言った。「これ以上考えすぎないでね」「わかった」一週間後、月曜日。朔也は紀美子を空港まで送っていった。待合室で、朔也は携帯で紀美子にリストを送った。「どうしてこんなにたくさんの薬の名前を送ってくるの?帝都でも買えるじゃない?」紀美子は呆れて彼に尋ねた。「薬を頼んでるわけじゃなくて、飛行機を降りたら自分で買いなさいって言ってるんだ。環境に慣れないかもしれないから」朔也は言った。「……でも、こんなにたくさん必要ないでしょ」「いやいや、薬名の後に効用もちゃんと書いてあるでしょ?これは昨晩、悟に頼んでリストアップしてもらったんだよ」朔也は言った。「わかった、もういいわ。じゃあ帰りなさい。私はそろそろ行かないと」紀美子は仕方なく言っ
晋太郎はイライラを隠せずに眉をひそめた。「今度またこんなものを送ってきたら、君の連絡先をブロックするぞ!」「分かった」静恵は返信した。森川家の旧宅。静恵の首には鉄の鎖がかけられ、ベッドの足に繋がれていた。乱れた髪が、殴られて青黒く腫れた彼女の顔を隠していた。昨晩、彼女は森川爺の書斎の扉までたどり着いたところを次郎に見つかってしまった。何をしているのかと問い詰められたが、彼女は頑として答えず、その結果がこの有様だ。彼はさらに彼女の携帯を取り上げたが、彼女には他に予備の携帯が2つあったため、何とか証拠は手元に残った。その時、突然、廊下から足音が聞こえてきた。静恵は体が震え、すぐに携帯の電源を切ってマットレスの下に隠した。扉が開くと、静恵は緊張のあまり体が硬直し、ただ扉の方を見つめた。入ってきたのは次郎ではなく、執事だった。静恵は乱れた髪の隙間から目を細めて執事を睨み、「何しに来たの?」と敵意を込めて尋ねた。執事は一杯のお椀を手に静恵の前に歩み寄り、腰をかがめてそれを床に置いた。「静恵さん、お食事の時間です」彼女はお碗を見下ろしたが、中には素麺のようなものが少し入っているだけで他には何もなかった。静恵は拳を握りしめ、怒りに満ちた目で睨み、「これが人間に食べさせるものか?!」と罵った。「次郎様の指示ですので、私たちも仕方ありません」執事はおどおどとした様子で言った。「ですが旦那様は、あなたが哀れだと思っていらっしゃるようです」「はっきり言いなさいよ!」静恵は怒鳴った。「いい加減にしなさい!」執事は立ち上がり、地面に座り込んでいる静恵を見下ろして、「静恵さん、旦那様があなたにここでしっかりと過ごすチャンスを与えてくださると言っています。ただし、条件があります」と冷淡に言った。「何よ?」静恵はすぐさま尋ねた。「旦那様は、あなたに翔太を始末するようにと」静恵は呆然とした。「私が?!」執事はうなずいた。「そうです。どんな方法を使っても構いません、翔太を排除すれば、あなたは再び自由を得られます。もし同意するなら、今すぐ鍵を外してあげます」「私を馬鹿にしてるの?!」静恵は歯を食いしばって叫んだ。「牢屋に送るつもりか!!私を実行犯にさせて、翔太を排除
翔太が立ち止まっているのを見て、舞桜は不審そうに尋ねた。「翔太君、どうしたの」「行こう」翔太君は返事をし、二人は車に乗り込んだ。運転手が車を発進させた後、翔太は静恵に返信を打ち始めた。「徳夫は何をしたいんだ?」「彼と執事が、私にあなたを殺させようとしているの!」静恵は返信した。翔太の表情が険しくなった。徳夫は、もう我慢できないのか?「他に何か言っていたか?」翔太は尋ねた。「それ以外は言ってこなかったわ。でも、あなたが彼の秘密を知っているから、口封じをしようとしているに違いないと思う」「それで、どうしたいんだ?」「今はあまり詳しく話せないの。次郎が戻ってくるから。機会があったら知らせる!」静恵は返信した。翔太はそれ以上返信をせず、険しい視線で携帯を見つめた。舞桜は心配そうに彼を見つめた。「翔太君、顔色がまた悪くなってきたけど、何かあったの?」翔太は携帯を置いて言った。「徳夫が、静恵を使って俺を殺そうとしているんだ」「静恵?それって、紀美子さんの代わりにあなたの妹になった人よね?」「そうだ」「それを知らせてくれたのは彼女?」舞桜は尋ねた。翔太は頷いた。「そう。きっと俺に助けを求めているんだろう」そう言い終えた後、翔太は何か思い出したように携帯を手に取り、電話をかけた。すぐに晋太郎の低い声が応じた。「何の用だ?」「最近、静恵から何か連絡があったか?」翔太は直接に言った。晋太郎は少しの間黙っていたが口を開いた。「紀美子に聞いたのか?」「静恵が君に接触したこと、紀美子に話したのか?」翔太は驚いて尋ねた。「もちろん」晋太郎は軽く鼻で笑った。「彼女に何も隠したくないんだ」「和解できたようだな」翔太は微かに口元を引き締めた。「要件を言え」晋太郎は話題を変えた。翔太は先ほどの静恵の話を晋太郎に伝えた。「ふん」晋太郎は冷笑した。「彼女はなかなか広い人脈を持っているらしいな」「どういう意味だ?」翔太は不審そうに尋ねた。晋太郎は、静恵が経験したことを翔太に説明した。翔太はしばらく沈黙してから言った。「渡辺家を出てから、あまりいい生活を送っていないようだな」「自業自得だ」晋太郎は冷た
三十分後。車はある上品な和食料理店の前で停まった。車を降りると、ボディーガードが紀美子を案内して店内に入り、2階へと進んだ。個室の前に到着すると、ボディーガードが立ち止まり、紀美子に言った。「社長は中におりますので、私はこれで失礼します」「ありがとう」紀美子は微笑んで答えた。ボディーガードが去り、隣にいた店員が紀美子に「お客様、扉をお開けいたします」と声をかけた。紀美子がうなずくと、店員はすぐに扉を押し開けた。中に入ると、すぐにそこに座っている二人の人物が目に入った。男性は非常に整った顔立ちで、全身から落ち着いた雰囲気が漂っている。その隣には、静かでおしとやかな印象を与える少女が座っていた。彼女は淡い色のワンピースに薄桃色のショールを羽織り、黒いストレートヘアが腰のあたりまであった。澄んだ瞳はまるで穏やかな湖のように清らかだ。その少女は、紀美子の家にいる三人の子どもたちと同じくらいの年齢に見える。しかし、彼女の持つ落ち着いた雰囲気は、念江にとてもよく似ていると感じた。扉が開く音に気づき、二人は揃って紀美子に視線を向けた。紀美子は二人に向かって微笑み、挨拶をした。「吉田社長」吉田龍介は微笑みながら立ち上がった。「入江社長、お会いできて光栄です」紀美子は龍介の前に進み、握手を交わした。龍介は彼の隣にいる娘を紹介して言った。「入江社長、初対面で娘を同伴する失礼をお許しください。彼女は今日体調が悪くて学校を休んでいまして、家に置いてくるのも心配だったので、連れてきました」そして、龍介は静かに座っている娘に目を向け、「紗子、ご挨拶を」と促した。紗子は小さな動作で上品に立ち上がり、礼儀正しく紀美子に一礼した。「こんにちは、おばさん。私は吉田紗子です」その柔らかで優しい声を聞いた瞬間、紀美子の心には自然とゆみが浮かんだ。ゆみが柔らかくて活発な声だとすれば、この紗子の声は、しっとりと温かみがある。立ち居振る舞いにはまさにお嬢様の品が漂っており、礼儀正しく物静かで、見ているだけで好感が持てる存在だった。紀美子は微笑みながら、「こんにちは、紗子ちゃん」と答えた。「入江社長、どうぞおかけください」龍介は言った。「ありがとうございます」座ってすぐ、龍介
しかし、紀美子の子どもたちがなぜ晋太郎と一緒にいるのだろうか?もしかして、晋太郎の息子が紀美子の子どもたちと仲がいいから?紀美子は玄関に向かって歩き、紗子が龍介を見て言った。「お父さん、気分が悪いの?」龍介は笑いながら紗子の頭を撫でた。「そんなことないよ、父さんはちょっと考え事をしていただけだ。心配しなくていいよ」「分かった」玄関外。紀美子は子どもたちを連れて家に入ってくる晋太郎を見つめた。「ママ!」ゆみは速足で紀美子の元へ駆け寄り、その足にしっかりと抱きついた。「ママにべったりしないでよ」佑樹は前に出て言った。「佑樹、ゆみは女の子だから、そうやって怒っちゃだめ」念江が言った。ゆみは佑樹に向かってふん、と一声をあげた。「あなたはママに甘えられないから、嫉妬してるんでしょ!」「……」佑樹は言葉を失った。紀美子は子どもたちに微笑みかけてから、晋太郎を見て言った。「どうして急に彼らを連れてきたの?私は自分で迎えに行こうと思っていたのに」晋太郎は顔色が悪く、語気も鋭かった。「どうしてって、俺が来ちゃいけないのか?」「そんなつもりじゃないわよ、言い方がきつすぎるでしょ……」紀美子は呆れながら言った。「外は寒いから、先に中に入って!」晋太郎は三人の子どもたちに向かって言った。そして三人の子どもたちは紀美子を心配そうに見つめながら、家の中に入った。紀美子は疑問に思った。なぜ子どもたちは自分をそんなに不思議そうな目で見ているのだろう?「吉田龍介は中にいるのか?」晋太郎は紀美子を見て言った。「いるわ。どうしたの?」紀美子はうなずいた。「そんなに簡単にまだ知り合ったばかりの男を家に呼ぶのか?」晋太郎は眉をひそめた。「彼がどんな人物か知っているのか?」紀美子は晋太郎が顔色を悪くした理由がようやく分かった。「何を心配しているの?龍介が私に対して悪いことを考えているんじゃないかって心配してるの?」彼女は言った。「三日しか経ってないのに、家に招待するなんて」晋太郎の言葉には、やきもちが含まれていた。「龍介とすごく仲良いのか?」「違うわ、あなたは、私と彼に何かあるって疑っているの?晋太郎、私と彼はただのビジネスパートナーよ!」
「入江社長って本当に幸せ者だよね!羨ましい~!私はただの一般人だけど、この二人推したい!!」「吉田社長って絶対入江社長のために来たんでしょ。あんなに忙しいのに時間を作ってまで来るなんて、これって本物の愛じゃない!?」そんな無駄話で盛り上がるコメントの数々を見た晋太郎の顔色は、みるみるうちに暗くなった。「何バカなこと言ってるんだ!」晋太郎は怒りを露わにしてタブレットを放り出した。「この話題をすぐに消せ!誰かがまた報道しようとしたら、徹底的に潰す!」「晋様、入江さんの方は……」肇は焦りながら言った。晋太郎は目を細めて言った。「二人を見張らせろ!龍介が突然帝都に来たのは絶対に怪しい。会社のためじゃないなら、紀美子を狙って来たに決まってる!しかも、彼は離婚してるだろう。きっと子どものために後妻を探してるんだ!」「後妻を!?」肇は驚きの声を上げた。「入江さんの魅力ってそんなにすごいんですか……だって吉田社長ってあの地位の……」それ以上言う勇気がなくなり、肇は言葉を飲み込んだ。というのも、晋太郎の顔にはすでに冷たく怒りがはっきりと現れていたからだ。肇だけではない。晋太郎自身も、これ以上考えるのが怖くなっていた。龍介は有名な良い男で、礼儀正しくて、しかも温かみがある。こんな男が最も心を掴むのだ!彼は龍介の猛烈なアプローチを恐れているわけではない。ただ、紀美子がその優しさに押し負けてしまうのではないかと心配していた。しばらく考えた後、晋太郎は携帯を取り出し、朔也に電話をかけた。彼は龍介がなぜ帝都に来たのかを確かめたかったのだ。しばらくして、朔也が電話に出た。「また何か大事でもあるのか、森川社長?俺、今すごく忙しいんだけど」「龍介は帝都に何しに来たんだ?」晋太郎はストレートに言った。「何しに来たって、彼が帝都に来ちゃいけないっていうのか?」朔也は不満そうに言った。「もし何か理由があるとしたら、当然、Gに会いに来たんだよ!昼に俺たちと食事したんだ、いやあ、さすがに地位が高いだけあって、お前と同じくらい立派な人だったよ。性格に関してはお前よりずっといいけどな!そうそう、今夜はうちに来てくれることになったんだ!」朔也はこれを言うことで晋太郎を苛立たせ、紀美
「そんなに聞かなくていい!」紀美子は彼を遮って言った。「後でレストランのアドレスを送るから、直接きて」「分かった、分かった!」電話を切った後、紀美子は楠子のオフィスに行って、少し用事を頼んだ。その後、龍介と紗子をレストランへ誘った。帝都ホテル。最初に到着した朔也は、レストランで一番良い料理を全て注文した。紀美子と龍介はレストランに到着すると、すぐに個室に向かった。個室の中では、朔也がサービス員に酒を頼もうとしていたところ、紀美子と娘を連れた龍介が入ってきた。龍介を見た朔也は急いで立ち上がり、熱心に迎えた。「吉田社長、はじめまして!帝都へようこそ!」龍介は穏やかな笑顔を浮かべて言った。「こんにちは、朔也さん」「えっ、俺のこと知ってるんですか?」朔也は驚いて言った。「もちろん、Tycの副社長ですよね」「あんまり興奮しないでよ」紀美子は笑いながら朔也を見て言った。「興奮しないでいられるかよ!」朔也は顔に出てしまった表情を抑えきれず、「吉田社長はアジア石油界の大物だぞ!」と言った。「そんな大したことはないよ」龍介は言った。「そんな謙遜しないでくださいよ、吉田社長!お酒は飲まれますか?何を飲みます?」朔也は尋ねた。「申し訳ないけど、あまり強くないので普段からほとんど飲みません。今日は軽く食事だけでお願いします」「それならそれで!」朔也は納得し、そばでおとなしく立っている紗子に目を向けた。「こちらは吉田社長のお嬢さんですよね?本当に可愛いですね!」紗子は礼儀正しく頷き、「おじさん、こんにちは。私は吉田紗子です。紗子って呼んでください」と自己紹介した。「紗子ちゃん!」朔也は嬉しそうに笑顔で答えた。「俺は朔也だよ!よろしくね!」「立ち話はここまでにして、座って話しましょう」紀美子は言った。四人が席についた後、料理が運ばれてきた。食事中、誰も仕事の話は一切口にせず、和やかな雰囲気で過ごしていた。「吉田社長、午後はGに帝都の景色を案内してもらってください。退屈だなんて思わないでくださいね」朔也が言った。龍介は紀美子に目を向け、丁寧に「お手数をおかけします」と答えた。「そうだ、G。さっき舞桜から電話があって、今夜には帰るって。吉田
車の中で、晴は晋太郎に尋ねた。「一体、親父に何を言ったんだ?どうしてあんなにすぐに同意したんだ?」目を閉じて椅子の背に寄りかかり休んでいた晋太郎は一言だけ言い放った。「静かにしてろ」晴はそれ以上は深く追及せず、事がうまくいったことに感謝していた。家に帰ると、晴はこの朗報を佳世子に伝えた。佳世子はあまり感情を動かすことなく、だるそうに返事をした。「まあ、心配事が一つ解決したってことだね」晴は疑問を抱きながら眉をひそめた。「なんだか、あんまり嬉しそうじゃないね?」「歓声を上げろっていうの?」佳世子はため息をついた。「忘れないで、私の両親にはまだ説明してないよ」佳世子はしばらく沈んだ表情をしていた。両親がこのことを知ったらどう反応するのか、全く予測がつかないのだ。彼女の両親は性格は悪くないが、考え方は保守的だ。もし彼らが今、自分が未婚で妊娠していることを知ったら……佳世子はそのことを考えると、少し寒気がし、喜べなかった。「それは簡単だよ。時間を決めて、ちょっとギフトを買って、両親のところに行こう。俺が一緒にいるから、心配しなくていい」佳世子は適当に笑うと、ソファに縮こまり、何も言わなかった。午後。紀美子はオフィスで書類を見ていると、楠子がドアをノックして入ってきた。「社長、受付から電話があって、面会の申し出がありました」楠子が言った。「誰?」紀美子は顔を上げた。「吉田龍介様です」紀美子は一瞬驚いた。龍介?どうして、連絡もなしに来たの?紀美子は急いで立ち上がり、「すぐに上にお連れして!」と楠子に頼んだ。楠子はうなずき、振り向こうとしたが、紀美子に呼び止められた。「ちょっと待って!私が下に行く!」言うが早いか、紀美子はオフィスを出て、階下へ龍介を迎えに行った。階下では。龍介は紗子と一緒にロビーで待っていた。紀美子が出てくるのを見て、龍介と紗子は立ち上がり、紀美子に挨拶をした。「紀美子」龍介は笑顔で呼びかけた。紀美子は手を差し出しながら言った。「龍介君、紗子。事前に知らせてくれれば、迎えに行ったのに」「おばさん、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません」紗子は微笑みながら言った。「気にしないで、忙しくないから
晋太郎は晴の父親の近くに歩み寄り、真剣な眼差しで花瓶を見つめた。「以前あなたが収集した骨董品より質は少し劣りますが、全体的には悪くないですね」「そうだね……」晴の父親はため息をついた。「どれだけ質が良くても、目に入らなければ人を喜ばせることはないものだ」晋太郎は晴の父親を見つめ、「田中さん、それは何か含みのある言い方ですが?」と尋ねた。晴の父親は手に持っていたブラシを置き、晋太郎にソファに座るように促した。そして壺を手に取って、晋太郎にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎、今日わざわざ訪ねてきたのは、あの女の子のことだろう?」「そうです」晋太郎は率直に答えた。「晴は彼女のことが本当に好きなんです」「好きだという感情だけで、一生を共にできると思うのか?今はただの一時的な熱に過ぎない」晴の父親は冷静に言った。「田中さんは相手の家柄が気に入らないのか、それとも佳世子という人間自体が気に入らないのか、どちらでしょうか?」晋太郎は直球で聞いた。「晋太郎、君も知っている通り、俺は息子が一人しかいない。いずれ会社を継ぐのは彼だ。今、帝都のどの家族も俺たち三大家族を狙っている。この立場を少しでも失えば、元の地位に戻るのは容易ではない。だからこそ、晴には釣り合いの取れた相手を望んでいるんだ。すべては家族のためだ」「田中さんは晴の力を信じていないのですか?それに、二人が一緒にいられるかどうか信じていないのなら、むしろ自由にさせて、どれだけ続くのか見守ってみたらどうでしょう?もしかすると、あなたの言う通り、新鮮味が薄れれば自然と別れるかもしれません。おそらく、今反対すればするほど、彼らは反抗するでしょう。この世に反発心のない人なんていませんからね……」階下。晴と母親が少し離れたところに座っていた。彼女はずっと晴をにらんでいた。「何か私に言いたいことはないの?」晴は無視して、答える気はなかった。だが晴の母親はしつこく言い続けた。「どうしたの?昨日、あの女狐を叩いたことで、私を責めるつもり?」その言葉に晴は反応し、突然振り向いて母親を見て言った。「佳世子は女狐じゃない。最後にもう一度言っておく!」「じゃあどんな女だって言うの?!」彼女は声を高くした。「見てご
電源を入れた瞬間、多くのメッセージが届いた。すべて、翔太からのメッセージだった。静恵は一つ一つ確認した。「お前を救うのは問題ない。しかし、三つのことを約束しろ」「一、貞則が俺を陥れようとしている証拠(録音など)を必ず手に入れろ」「二、君は必ず執事を自分の味方につけろ。執事を抑えたら、貞則を倒す最大のチャンスが得られる」「三、貞則の計画と俺を狙うタイミングや方法を、先に必ず俺に教えてくれ。対応策を準備するためだ」メッセージを読み終わった静恵は急いで返信をした。「助けが必要だ!この携帯は絶対にバレてはいけないの。もし可能なら、貞則の書斎に録音機を隠すように手配して」一方、瑠美に無理やりジュースを飲まされていた翔太は、メッセージを見るや否やすぐに返信した。「任せてくれ。成功したら、メッセージを送る」翔太の返信を見て、静恵はほっと息をついた。これから、彼女は一人ずつ、地獄に突き落としてやるつもりだった!!……朝早く。晴はMKに呼ばれて、ぼんやりとした顔で社長室に入った。晋太郎がスーツを着ているのを見て、彼は困惑しながら尋ねた。「晋太郎、こんなに早く呼び出して一体何をするつもりなんだ?」「俺を連れてお前の親を説得したくないなら、帰れ」晋太郎は彼をちらりと見て言った。その言葉を聞いた晴は、目を大きく見開いた。「本当?本気で俺の両親を説得しに行くつもりか?」「同じことは二度言いたくない」「行こう!!」晴は興奮して言った。「今すぐ行こう!」車で、晴と晋太郎は後部座席に座っていた。「晋太郎、どうやって言うつもりだ?うちの母さんは話しにくいんだ」晴は落ち着かない様子で尋ねた。「なぜ君の母に言う必要がある?」晋太郎は冷たく言った。「君の父に頼むほうが容易いだろう」「君の言う通りだな……でも、父の方は希望がもっと少ない気がする」晴は少し考えてから答えた。「もしもう一言でも口答えするなら、今すぐ肇にUターンさせるぞ」晋太郎は袖口を直しながら言った。「わかった、わかった」晴はすぐに言った。「今は君がボスだ、君の言う通りにするよ!」「佳世子は今、何ヶ月目の妊娠だ?」晋太郎は尋ねた。「もうすぐ四ヶ月だ!」晴はこの話になると、顔に幸せ
「何で?バーとかで遊んでたから素行が悪いと決めつけるの?」「妊婦を殴るなんて、人間がやることか?」「自分の息子に聞かず、嫁に聞くのはどういうことだ?」「帝都の三大名門?笑わせんな!恥知らずにもほどがあるよ!」「Tycの女性社長っていい人だよね。きっと彼女の友達もあんな人間じゃないはず。私は彼女達を応援する!」「……」ネットユーザー達のコメントを読んで、入江紀美子はほっとした。そしてすぐ、田中晴が到着した。彼の他に、森川晋太郎と鈴木隆一も一緒に来た。紀美子達は現れた3人の男達を不思議な目で見た。5人はお互いを見つめるだけで、どこから話したらいいか分からなかった。晴は杉浦佳世子の前に来て、心配した様子で佳世子の顔を持ち上げ、泣きそうな声で尋ねた。「佳世子……まだ痛いのか?」佳世子は首を振って返事した。「ううん、もう大丈夫よ」「すまない」晴は悔しかった。「俺がちゃんと君を守れなかったから、母がちょっかいを出してきたんだ」佳世子は晴の手を握り、優しく微笑んだ。「分かってるよ、心配しないで、あんただって頑張ってるの分かってるから」2人の会話を聞き、不安を抱えていた紀美子はやっと安心できた。晋太郎は紀美子の傍に座り、口を開いた。「君は大丈夫だったか?」紀美子は首を振って答えた。「いいえ、ただ佳世子があんなことをされるのを見て、辛かった。しかし今の状況で、私はどうしようもないの」そう言って、紀美子は晋太郎達にお茶を注いだ。「君から見て、佳世子が田中家に嫁入りしたら、将来はどうなると思う?」晋太郎は紀美子を見て、いきなり聞いてきた。「将来がどうなろうと、佳世子がその子を産むと決めたなら私は親友として、無条件に彼女を支えるわ」紀美子の回答を聞いて、晋太郎は暫く躊躇った。そして、彼は頷いた。「分かった」その昼食の間、隆一はずっと複雑な気持ちだった。大親友の2人には自分の女がいるのに、自分だけ未だに一人だった。このままではいかん!自分の恋を探さなきゃ!金曜日。狛村静恵は退院して森川家旧宅に戻った。玄関に入ると、すぐボディーガード達に森川貞則の所に連れていかれた。書斎にて。貞則はお茶を飲んでいた。静恵が戻ってきたのを見て
「晴のせいじゃないわ!」杉浦佳世子は否定した。「もともと彼の母がそう言う人間なの。彼もきっと頑張ってくれてたはず!」そう言って、佳世子は入江紀美子の懐に飛び込み、力いっぱいに彼女を抱きしめた。彼女は紀美子の腹を擦って、悔しそうに言った。「紀美子、顔がめっちゃいたいんだけど、ちょっと腫れてないか見てくれる?」紀美子は笑いながら佳世子の顔を触った。「もうこんな時なのに、まだ顔のことを気にしてるの?本当に能天気だね」「だってきれいでいたいんだもん……それと、さっき私の肩を持ってくれてありがとう……」「何言ってるの?当たり前でしょ?親友だもの」家から出てきた田中晴は、憂鬱な気分で森川晋太郎の所を訪ねてきた。MK社・事務所にて。放心状態の晴がソファに横たわって、無力に天井を見つめていた。「またどうしたんだ?MKはお前のリハビリ施設か?」「母と喧嘩したんだ」晴は疲れた声で答えた。「佳世子のことでか、無理もない」晋太郎は淡々と言った。「無理もないだと?」晴は体を起こした。「そんな涼しい顔をしてないで、どうにかしてくれよ」「お前のプライドの問題を、何故俺が口を出さなきゃならないんだ?」晋太郎は手元の資料を読みながら、落ち着いた顔で言った。この時、事務所のドアが急に押し開かれ、鈴木隆一が焦った顔で入ってきた。「晋太郎!大変だ!佳世子が晴の母にぶん殴られたんだって!」「何だと?!」晴はすぐに立ち上がり、緊張して大きな声で聞いた。隆一は隣から聞こえてきた声に驚いた。「ちょっ、何でお前がここにいるんだ?」「俺がここにいちゃまずいのかよ?」晴は飛びついた。「一体どっからそんなことを聞いたんだ?」隆一は自分の携帯を晴に見せた。「ほら、ネットで話題になってるぞ!」晴は隆一から携帯を受け取り、動画を開き、自分の母が思い切り佳世子の顔にビンタを入れ、そして彼女を罵るのを見て、顔色が段々と悪くなってきた。彼は隆一の携帯を捨て、突風のように晋太郎の事務所を飛び出していった。晋太郎は絶句した。「お前ら、ここをどんな場所だとおもってやがる?井戸端か?!」しかし隆一は話を逸らした。「ところで、晴のやつはいつからいたんだ?あいつ、自分の母と喧嘩でもしにい
入江紀美子と杉浦佳世子はエレベーターに乗って1階に降りた。病院のビルから出る途端、急に現れた人影が彼女達の道を塞がった。2人が反応できていないうちに、その人が思い切り佳世子の顔を打った。驚いた紀美子は慌てて佳世子を自分の後ろに引き寄せた。そして、いきなり現れて佳世子を殴った晴の母を見て問い詰めた。「何をすんのよ?」「何してるのか、だと?」晴の母はあざ笑った。「君の友達がうちの息子に黙ってどんな破廉恥なことをやらかしたかを聞きたい?」晴の母は大きく尖り切った声で言った。彼女の声に惹きつけられ、周りの人達が皆面白そうに見学している。佳世子は妊娠しているため、ただでさえ情緒の制御が容易でなかった。そんな彼女が顔を打たれた挙句に酷い言葉で罵られたことにより、怒りが一瞬で爆発した。佳世子は紀美子を押しのけ、晴の母に向かって叫んだ。「あんたに私を殴る資格などあるの?」「あなたのような破廉恥な女、殴られて当然よ!他の人との子供を作って、その責任をうちの息子に擦り付けた!晴は、決してそんなことを甘んじて受けるようなことはしない!」「私が他の人と子供を作ったですって?」佳世子は彼女が何を言っているかさっぱり分からなかった。「何の証拠もなしに人を侮辱するんじゃないよ!」「よくバーとか行ってたじゃない?」晴の母が佳世子に問い詰めた。「そこで他の人としたんじゃないの?」佳世子が反論しようとすると、紀美子に再度横から打ち切られた。「佳世子、こんな判断力のない人と喧嘩しても無駄だよ、行こう!」紀美子は佳世子を引っ張って離れようとしたが、晴の母もついてきて、絶えず佳世子を罵り続けた。佳世子は晴の母を殴り返したくて仕方なかったが、紀美子にきつく腕を掴まれていた。駐車場に着くと、紀美子は佳世子を車に押し込み、振り向いて晴の母に向かって言った。「その話は誰から聞いたのか知らないけど、佳世子はそんな人間ではないとはっきり言っておくわ!」「フン、あなたはあのビッチの友達だから、彼女の肩を持つに決まってるじゃない!」「あんた『ビッチ』何て口にしてるけど、それでも名門のつもりなの?教養のかけらもないわ!」紀美子はそう言いながら、晴の母に一歩近づいた。「さっきの喧嘩は恐らく沢山