「入江さんの方は、見張りを残さなくてもいいのですか?」杉本肇は聞いた。エレベーターの扉が開き、森川晋太郎は大きな歩幅でエレベーターを出ながら、「小原を呼んでこい」と指示した。「かしこまりました、晋様」10分後。晋太郎は撫安県警察署の入り口についた。中に入るとすぐに、殴られて顔に傷がついた田中晴を見つけた。隣には、晴と喧嘩をしていた3人の男がいた。彼らの顔にも傷がついていた。晋太郎が晴の目の前に立つと、晴は首を振りながら晋太郎を見た。「よう、来たか」「お前、何てことをした!喧嘩で警察署に連れて来られるなど、シャレにならんぞ!」そう言いて、彼は後ろにいた肇に、「保釈金を払ってこい」と指示した。「待ってください。彼達はまだ、示談にするかどうか話が終わっていません」と、警察は言った。晋太郎はネクタイを引っ張り、イラつきながら晴の隣に座った。晴はすぐに、「ごめん、迷惑をかけちゃった」と謝った。晋太郎は晴を押しのけながら、「お前とこいつら、どっちが先に手を出した?」と聞いた。「奴らが先に手を出した!」晴はその三人を指差し、「俺はただ酔っちゃって、少し彼らに触れただけで殴られた」と可哀想な表情で答えた。「おい、デタラメなことを言うんじゃねえよ!」急に1人の男が立ち上がって晴に怒鳴った。「お前が俺の女に手を出したからだろ!」男は、怒鳴った傍から、警察に注意された。「静かにしなさい!ここは警察署だ、まだそんなに威張るのか?!」「警察官さん、こいつがうちの女に触れたこと、どう処理してくれるんっすか?」男は不服そうに聞いた。晋太郎は冷たい目線で晴を睨み、「お前は人の女に手を出したのか?」と尋ねた。晴は慌てて手を振りながら説明した。「違う!俺はただ彼女の傍を通っただけだ!俺は無実だ!」「嘘つけ!お前、俺の女の尻を触らなかった?!」「黙れ!」晋太郎のオーラ―は一瞬で冷たくなり、男を見る真っ黒な瞳の奥には、怒りの炎が燃えていた。。「お前ら、こいつがその女の尻を触った証拠を出せ。でないと、今回のことはタダでは済まないからな!」自分の親友を殴り、紀美子との大事な時間を奪った奴らを、晋太郎は許すつもりはなかった。徹底的に潰してやる!晋太郎のオーラ―が強
晴をホテルに送った後、晋太郎は病院に寄った。しかし、紀美子が眠っているのを見て、邪魔になるのを恐れてそのまま帰った。翌日。佳世子と翔太は早朝から病院に来て、紀美子の転院手続きを手伝った。9時。手続きが完了した。佳世子は紀美子の持ち物を整理しながら言った。「もう少しで終わるよ、荷物はあまり持ってきてないしね」紀美子は椅子に座ってぼんやりしていて、佳世子の言葉を聞いていないようだった。隣の翔太は仕方なくもう一度声をかけた。「紀美子?何をそんなにぼんやり考えてるの?」紀美子は我に返った。「何でもないよ。終わったの?叔父さんと叔母さんは?」「車の中で待ってもらってるよ、外は寒いから」翔太は言った。そう言いながら、翔太は新しく買ったダウンジャケットを紀美子にかけ、帽子とマフラーもつけてあげた。一通りの身支度を終えると、紀美子は翔太に包まれてクマのようになった。この時、紀美子の心はまったくここにないことは明らかだった。佳世子は紀美子に困惑した視線を投げかけた。「もしかして、晋太郎を待ってるの?メッセージ送ったら?」紀美子は黙ったまま、まるで機械のように携帯を取り出して晋太郎にメッセージを送った。内容は、彼女が退院することを伝えるものだった。晋太郎が何日も面倒を見てくれたので、何も言わずに去るわけにはいかない。特に他の意味はなかった。喧嘩しても、怒っていても、挨拶は基本だ。翔太と佳世子は互いに目を合わせた。「晋太郎がここに来てから、紀美子の心をまた引き寄せたみたい」佳世子は呟いた。「もし本当に仲直りするなら、俺も止めはしないよ」翔太は笑って言った。「今、紀美子は怒ってるよ」佳世子が注意した。翔太は少し驚いた。「どうしたの?」「あいつの他に、誰が紀美子を不快にさせるっていうの!」佳世子は唇を尖らせ、「静恵に決まってるじゃん」と言った。翔太の表情が少し暗くなった。晋太郎と静恵がまた一緒になったのか?もしそうなら、晋太郎にきちんと話をするつもりだった。絶対に、紀美子に辛い思いをさせたくない!ホテル。晋太郎はビデオ会議をしていた。数日間会社を離れていたため、多くのことを急いで決定しなければならず、紀美子のメッセージを見ることができなかった。会議が終わると、すでに1
骨スープを飲んだ後、紀美子の気分はかなり良くなった。「紀美子さん」舞桜は食器を片付けながら言った。「上に行って寝た方がいいよ。頭を怪我しているから、油断しちゃいけない」紀美子は頷いた。「じゃあ、先に上がって寝るね。子供を迎えに行く時は声をかけて!一緒に行きましょう」「わかった」紀美子は階段を上がり、浴室でシャワーを浴びた。パジャマに着替えた後、ベッドに横になった。目を閉じた途端、携帯が鳴り始めた。紀美子は携帯を手に取り、次郎からの電話だとわかると、イラつきが垣間見えた。「何か用?」彼女は不機嫌な声で尋ねた。「帰ってきたの?」次郎は笑いながら言った。「退院おめでとう」紀美子は理解できなかった。次郎はどうして彼女の帰りを知っているのか?「私の動きをずっと監視する必要はないわ!」「そんなに敵意を持たないで」次郎は笑って言った。「今夜、食事に行こう。どう?」「行かない!」紀美子はきっぱり拒否した。「帰ってきたばかりで出かける時間はない!」「わかった、それなら明日の晩会おう。君がもう俺を拒絶しないことを願っている。君も知っているだろう、俺があのことを暴露するのを望んでいないよね」次郎が言い終わる前に、紀美子は電話を切った。彼女は次郎と一言も話したくなかった!舞桜が頑張って作ってくれたスープを吐き出すのが怖かったのだ。彼のような卑劣で恥知らずな人間は、脅迫することしかできないのか?!午後4時半。舞桜が紀美子を起こしに上がってきた。「子供を迎えに行く時間です」紀美子は苦労しながら左手で顔を洗い、舞桜と一緒に出かける準備をした。階段を下りると、悟の姿が窓の外に見えた。「どうやら、運転手がいるみたい」紀美子は舞桜に向かって言った。「紀美子さん、彼とは仲がいいの?」舞桜は眉をひそめた。「どうしたの?」紀美子は疑問に思った。「もし、そんなに仲が良くて、彼も本当に子供を愛しているなら、どうしてまだ……」言いかけたその時、悟がドアを押し開けて入ってきた。話が中断され、舞桜は口を閉じた。「後で話そう」紀美子は頷いて、悟を見て言った。「どうして急に来たの?」悟は失望したふりをした。「君に歓迎されてないみたいだね、それなら帰るよ」紀美子は仕方なく彼を見つめた。「あなた、ます
「俺は何も文句はない。自分の言葉に責任を持つのは基本的なことだから」悟は笑いながら言った。紀美子は、悟が間髪を容れずその言葉を言えるとは思ってもみなかった。彼女は思わず振り返って尋ねた。「あなたは悔しくないの?」「悔しい」悟は前を見つめたまま静かに答えた。「でも、感情のことで他人を無理に強いるのは好きじゃない」「あなたは本当に気楽だね」紀美子は言った。「君の口調から、俺のことを名残惜しく思っているのが伝わってくる」悟は軽快な調子でからかった。紀美子は額を押さえた。「ふざけないで。本気で言ってるの。私は晋太郎に対する気持ちをこんなに長い間、なかなか手放せずにいるの……」「感情は双方向のものだ。もし彼が本当にダメな人なら、君はとっくに忘れていたはずだ。でも君は帰ってきてからもまだ忘れられないということは、彼があなたを感動させるようなことをしたに違いない」「……」紀美子は言葉に詰まった。まあ、そうかもしれない。しかし、正直に悟に言った後、彼女の心の中のもやもやはかなり和らいだ。結局、彼女は、悟と一緒になる準備を心から望んではいなかったのだ。午後5時半。校門に到着し、悟は子供たちを迎えに車を降りた。彼が子供たちを連れて車に戻ってくると、紀美子は明らかな変な雰囲気を感じ取った。二人の子供は、悟と以前ほど親密に会話を交わさなくなったようだった。悟の表情はいつも通り淡々としていた。ゆみは助手席の紀美子を見つめ、驚いた表情を浮かべた後、すぐに声を上げた。「ママ!帰ってきたの!!」車に乗り込んだ佑樹もその声に振り向いた。「ママ、退院できたの?」紀美子は頷きながら笑った。「そうよ、ママも長い間会えないのは嫌だったわ」ゆみは歓声を上げた。「やった!ママ、今夜は一緒に寝られる……」言いかけて、ゆみは一瞬言葉を止め、怯えた目で悟をちらりと見た。紀美子はゆみの気持ちに気づき、悟を見た。だが彼女は多くは尋ねず、ゆみに向かって言った。「ママと一緒に寝るよ」「ママの休みには影響しないかな?」ゆみは不安そうに尋ねた。「まだママにくっついて寝る年齢なのか?」佑樹は言った。ゆみはふんと鼻を鳴らした。「兄ちゃん、私が女の子だから、ママと寝るのを嫉妬してるんでしょ?あなたは男の子だから恥ずかしいのよ」
晋太郎はメニューを静恵に渡した。「何か注文して」静恵は受け取って、ステーキを選び、再びメニューを晋太郎に返した。「あなたも注文して」晋太郎は冷たく拒否した。「俺は食べない」そう言って、彼はウェイターに向かって言った。「これ一つ」ウェイターはコップを二人の前に置いた。「かしこまりました」ウェイターが去った後、静恵は疑問の目で晋太郎を見つめ、「何か用事があるの?」と尋ねた。「念江のこと、ありがとう」晋太郎は言った。「契約に書かれたお金は払う。今は……」「ちょっと待って!」静恵は晋太郎を遮り、彼を乞うような目で見つめた。「晋太郎、そんなに早く私を切るつもりなの?」「100億円で骨髄も十分買える」晋太郎は言った。「私はお金なんか気にしない!」静恵は興奮して言った。「私はただ念江ともっと一緒にいたいだけ!」晋太郎は冷たい目で静恵を見つめたが、彼女の顔に虚偽の色は見えなかった。静恵は前のめりになり、手を伸ばして晋太郎の手を握りしめた。「お願い、こんなに早く私を追い出さないで。少なくとも念江が出てくるまで待たせて、いい?彼が無事でいるのを見たら、私は去るから!」晋太郎はまるで電撃を受けたように、眉をひそめて手を引っ込めた。「話はわかったけど、手を出さないで……」「晋太郎!」言いかけたその時、隣から突然怒鳴り声が聞こえた。彼は声の方を振り向くと、翔太が怒りに満ちた顔で彼の方に近づいてくるのが見えた。晋太郎は目を細めた。翔太がここにいるとは!静恵は何かおかしいと感じ、急いで立ち上がり、晋太郎の前に立ちはだかった。彼女は翔太を見つめ、警戒して言った。「兄さん、何をするつもり?」「俺は君の兄じゃない!」翔太は静恵を嫌悪の目で見つめ、「どけ!」と叫んだ。そう言って、翔太は静恵を押しのけた。静恵はバランスを崩し、ソファにそのまま座り込んだ。一方、翔太は晋太郎の襟を掴んで、目に怒りを宿していた。「静恵と絡むつもりなら、なぜ紀美子に近づくんだ?!」翔太の叫び声がレストラン全体に響き渡った。すべての客が彼らの方を振り向いた。晋太郎の顔は瞬時に曇った。もし、翔太が紀美子の実の兄でなければ、絶対に一発殴っていたところだった。「放せ」晋太郎の声は氷のように冷たかった。翔太はさらに力を
朔也は元気いっぱいに言った。「晋太郎は武道を嗜んでいたと聞いているけど、翔太もすごいな!普段は和やかな感じだから、彼が怒って殴り合うとは思わなかった!」紀美子は顔をしかめ、携帯を投げ捨てて立ち上がった。「今は彼らの強さを論じている場合じゃない!朔也、兄さんを探しに行きましょう!」そう言って、紀美子は子供たちと悟を見た。「悟、子供たちを任せる。ちょっと行ってくる」悟は頷いた。「わかった」紀美子は外に向かって歩き出し、朔也は呆然としながらもついて行った。「G、どこに行って彼らを探すの?ねえ、そんなに急がないで!服を着てから行けよ!」二人が去ると、ゆみは緊張した様子で佑樹を見た。「お兄ちゃん、パパとおじさんが喧嘩したって!」佑樹はゆっくり食事をしながら、「大人のことに首を突っ込むな」と答えた。彼は何が起こったのかわからないが、叔父さんの状況を心配していた。しかし、今は騒ぎに加わる時ではなかった。ゆみは悟をちらりと見て、低い声で言った。「パパは怪我しないかな?」佑樹はエビを一つゆみの皿に乗せて、「肘を外に曲げるな」と返した。「ダメ!」ゆみは急いで言った。「パパもおじさんも心配!」「彼らは大丈夫だ」佑樹は呆れてゆみを見つめながら、「ちゃんと食べて」と言った。「ゆみ、まずはご飯を食べてお母さんが戻るのを待って。心配しても意味がないよ」悟もゆみに言った。ゆみは小さな唇を尖らせて、再びスプーンを手に取った。「わかった……」警察署。紀美子は途中で翔太に居場所を尋ねた後、最速で到着した。警察署に入ると、紀美子は明らかに冷たい、不気味な気配を感じた。案の定、彼女が入ると、冷たい顔をした晋太郎が翔太の向かいに立っていた。その間に局長が立っていて、無力な笑顔で調整を試みていた。紀美子は大きく前に進み、翔太の隣に立って、声を張り上げた。「兄さん、何で急に喧嘩なんかしたの?」翔太が振り返り紀美子を見ると、傷だらけの鋭い眉目が一瞬柔らかくなった。「紀美子、来るなって言ったじゃないか」翔太は優しい声で尋ねた。紀美子は彼の傷がそれほど深くないことを見て、ほっと息をついた。「来なかったら、警察署で続けて喧嘩するの?」紀美子は苛立った口調で晋太郎を見た。彼の顔に傷が全く見えなかったので、紀美子は局
紀美子はこれ以上説得することもできず、ただ翔太が去るのを見ているしかなかった。晋太郎は横に移動し、彼女に尋ねた。「夕飯は食べた?」紀美子が答えようとしたその瞬間、朔也が言った。「彼女はまだ食べてない。ここにくる前、彼女はちょうど家で夕飯を食べようとしていたところだった」紀美子は朔也を睨み、続けて晋太郎に向かって言った。「舞桜が料理を作ってくれたの。それより、どうして兄さんと喧嘩したの?」「どうして最初に手を出したのが誰か聞かないんだ?」晋太郎は眉をひそめた。「静恵と一緒にいるのを見て、兄さんがそれを見て喧嘩になったんじゃないの?」紀美子は彼を問い詰めた。「動画でははっきり映っていたわ」晋太郎は胸に詰まった思いを飲み込み、「静恵とのことを説明したい」と言った。「もう聞きたくない!」紀美子は冷たく拒否した。彼女は、監視カメラの映像を通して、静恵が晋太郎の手を握ろうとしたのも確認していた。さらに何を説明する必要があるのか?晋太郎は唇をわずかに開き、説明を続けようとしたが、朔也が遮った。「森川さん、紀美子は説明なんて聞きたくないみたいだ。どうしてわざわざ話そうとするの?彼女は頭の怪我も治ってないし、これ以上彼女を困らせない方がいいんじゃない?」晋太郎は氷のような冷たい目つきで朔也を見た。朔也はその視線に少し怯えた。晋太郎は、視線を紀美子戻し、彼女の表情が自分に対する拒否感でいっぱいなのを見た。彼女の額にはまだ包帯が巻かれていて、自分は彼女を不機嫌にさせるわけにはいかなかった。胸の中の不快感を抑え込み、晋太郎は冷たく言った。「回復してから、また説明に来る」そう言って、彼は振り返らず、車に乗って去っていった。藤河別荘。紀美子と朔也は別荘に戻った。紀美子が帰ると、悟が積み木の側から立ち上がった。「どうだった?」紀美子は慎重に右手からコートを脱ぎながら説明した。「兄さんが怪我した」悟は微かに眉をひそめた。「晋太郎があんな強いとは思わなかった」「彼は武道もやったことがないわ」紀美子はリビングに入りながら言った。「たぶん、兄さんが彼の体を殴ったんだと思う」そう言って、彼女は子供たちのそばに座った。ゆみは大きな目を心配そうに潤ませながら紀美子に向けた。「ママ、じゃあおじさんは?」「お
「わかった!」ゆみは言った。「お兄ちゃん、安心して。絶対に言わないから!」夜明け。舞桜は五時半に入ってきて、子供たちを下に呼びに来た。佑樹とゆみは、ぴったりとベッドに横たわり、動こうとしなかった。舞桜は目を細めた。「ん?おかしいぞ。サボろうとしてる?」ゆみは目をこすりながら言った。「舞桜姉ちゃん、ゆみはお腹が痛い」「僕もお腹が痛い」佑樹は力なさそうに装った。舞桜は驚いた。お腹が痛いのが一人だけならともかく、二人とも?どこかおかしい気がする……舞桜はドアを閉め、腕を組みながら二人をじっと見つめた。「言いなさい、何か企んでいるんでしょ」ゆみは無邪気な顔で舞桜を見た。「舞桜姉ちゃん、ゆみは本当に具合が悪いのよ」舞桜は前に出て、ゆみの額に手を伸ばした。「熱はない、舌を出して見せて」ゆみは反応が遅れ、舌を出して舞桜に見せた。舞桜は一瞥して冷笑した。「病気のふりをしてるでしょ?ん?ゆみが悪いことを学んで、佑樹も一緒に乗っかってるのね」見破られて、二人は顔が真っ赤になった。舞桜は無理に来ることはせず、ソファに座った。「理由を言いなさい」ゆみと佑樹は素直にベッドから起き上がり、きちんと座った。ゆみはうつむいた。「舞桜姉ちゃん、パパに会いたい。お兄ちゃんを責めないで。これはゆみの考えなのよ」舞桜は驚いた。「お父さんとおじさんが喧嘩しているのを知って、会いに行きたいと思ったの?」舞桜が尋ねた。ゆみは頷いた。「舞桜姉ちゃん、ママが知ったらきっと悲しむから、私たちはこっそりパパを探しに行こうと思った」舞桜は黙った。この二人の子供たちが心配しているのを見て、彼女も昨晩、翔太の様子をずっと尋ねていたのを思い出した家族を心配するこの気持ちは本当に貴重だ。「わかった、今回はあなたたちの仮病を認めるよ」舞桜は言った。ゆみと佑樹は驚いて目を丸くした。舞桜が拒否して、ママに言うと思っていたが、まさか同意するとは!あっという間に七時半になった。舞桜は下で朝食を用意していた。紀美子が下に降りてくると、子供たちがいないのを見て、疑問に思った。「佑樹とゆみは?」舞桜はため息をついた。「二人はあまり具合が良くないみたいで。前にちゃんと食べなかったから、昨晩お腹が痛くて休めなかったみたい」紀美子
「三日後に会おう」小林は言った。電話を切った後、紀美子は物思いに沈んだ様子でソファに座り、黙り込んだ。そんな彼女の様子を横目で見ながら、晋太郎は少し胸が痛んだ。「何を言われたんだ?顔色が悪いぞ」紀美子は小林の言葉をそのまま晋太郎に伝えた。話を聞き終えた晋太郎は軽く目を伏せた。こういう類のことは彼にもわからず、どう慰めればいいのかわからなかった。翌朝。晋太郎はいつもより早く起きて別荘を出た。目が覚め、彼は俊介から深夜に送られてきたメッセージを確認していた。今朝7時の便で帝都に到着し、9時半に都江宴で会おうというものだった。晋太郎が都江宴に着くと、ちょうど俊介も到着したところだった。二人は駐車場で会った。俊介の手には線香の入った籠が提げられていた。晋太郎は眉をひそめ、その線香から視線を上げて俊介を見た。「俺の母親とかなり親しかったようだな」俊介は笑みを浮かべただけで、直接には答えなかった。「まずは朝食を食べよう」晋太郎は何か考えながらも、彼とともにホテルの中へと足を踏み入れた。席に着くと、晋太郎は俊介が何か説明してくれると思っていたが、予想に反して俊介はこう言った。「晋太郎、このホテル、そろそろ拡張したほうがいいんじゃないか?」晋太郎は気のない口調で答えた。「元々お前のものだ。好きにすればいい」「法人はもうお前に変わったんだぞ」「俺はホテルなんかに時間を割く気はない。ここが人脈作りに便利だとしても、自分の手で育てたものじゃないから興味はない」俊介は苦笑し、首を横に振った。「俺ももう歳だ。体力的にもきつくなってきたし、こういう仕事からは手を引いて、のんびり余生を過ごしたいんだ」「それで?」晋太郎は詰め寄った。「お前が持ってる全ての事業を俺に託したのは、一体どういうつもりなんだ?」「晋太郎、お前がいろいろ知りたがってるのは分かってる。だが、焦りすぎだ」晋太郎の目が冷たく光った。「誰も、お前の行動は理解できない」ちょうどその時、美月が朝食を運んできた。二人の間に漂う異様な空気を感じ取り、彼女は傍らに座り、にっこりと俊介を見つめた。「ボス、戻ってくるなら、もっと早く知らせてくださいよ。A国まで迎えに行ったのに」俊介は苦笑いをした。
どうして、この二人は顔を合わせると争いが止まらないのだろうか?初めて会ったときも、彼らはこんなふうに皮肉を言い合っていた。待って……紀美子はふと晋太郎を見た。彼が初めて龍介君に会ったときも、今日と同じような話し方をしていた。だが、記憶を失った後の彼は、一度も今日のような強い嫉妬心をにじませることはなかった。紀美子は一瞬考え込んだ。晋太郎は記憶が戻っていないと言っていたはずでは?今の彼の様子は、まるで完全に記憶を取り戻したかのようだ。その目に浮かんでいる独占欲は、演技で出せるようなものではない。まさか、クルーズのあの夜、彼にあまりにも強い刺激を与えすぎたせいで……性格は元に戻っているが、記憶はまだ少しずつ回復している途中なのか?龍介はしばらくすると席を立ち、先に帰っていった。紀美子の視線は、晋太郎に向けられた。「晋太郎、話があるの」晋太郎は顔を上げ、彼女を見つめた。「何?」紀美子は探るように言葉を紡いだ。「実際もう記憶、戻ってるんでしょ?どうして正直に言わないの?」晋太郎は、いつか紀美子からこう問われる日が来ることは分かっていた。そのため彼は動揺することもなく、ただ静かに答えた。「はっきり言ったはずだ。記憶は戻っていない」紀美子はじっと彼を観察した。紀美子には確信があった。それなのに、晋太郎には微塵の動揺もない。まさか、本当に勘違いか?紀美子は納得がいかず、さらに続けて言った。「こんなことで私に隠し事をしてほしくないの。もし騙していたことがわかったら……本気で怒るからね」「そんなことより、その家をどう売るか考えた方がいい」その一言で、紀美子は気を取られた。あの家は、短期間で何人もの人が亡くなっている。そのため、売れるかどうかも分からなかった。そのまま放置しておいても意味がないし、かといって自分が住むなんて……そんなの、絶対に無理だ。紀美子はしばらく考えた後、つぶやくように言った。「お祓いをしたほうがいいかな?」晋太郎の脳裏に、ふとゆみの顔が浮かんだ。彼は眉を上げ、紀美子を見つめて言った。「相談相手は、すぐそばにいるだろう?」紀美子には、その言葉の意味がすぐにはピンとこなかった。「誰のこと?」「小林さんだ」…
晋太郎が彼を一瞥すると、冷ややかに言った。「吉田社長、充分休めただろうに、なぜ戻らないんだ?悟が来るのを待つつもりか?」紀美子は晋太郎の口調に含まれる嫉妬をはっきりと感じ取った。来てすぐ追い返そうとするなんて、彼ぐらいしかいないだろう。紀美子は慌てて話を逸らした。「龍介君、気にしないで。さあ、座って」龍介は笑みを浮かべ、ソファに腰を下ろした。「誰だって一度くらいは判断を誤ることがあるだろう。森川社長、そうじゃないか?」「自発的と強制では話が別だ」晋太郎は鼻で笑った。「でも結果は同じじゃないか」龍介は晋太郎の嫌味を切り返した。「……龍介君、怪我はどう?」龍介の顔には少し後悔の色が浮かんだ。「すまない、俺のせいで君たちにまで迷惑をかけてしまった」「そんなことない!」紀美子は慌てて否定した。「そんなことないよ、龍介君。迷惑かけたのはこっちの方だよ。私が手伝ってって頼まなきゃ、悟と関わることなんてなかったのに……きっとこんなことにならなくて済んだ」龍介は静かに首を振った。「それは違うよ。結局のところ、俺が油断していたんだ」二人が互いに謝罪し合う様子を見て、晋太郎の顔色はみるみる曇っていった。「……もう話は済んだ?」彼は堪えきれず、割り込むように言った。紀美子は晋太郎の言葉に気にせず、龍介に続けて言った。「私、藤河別荘の家を売ろうと思ってるの」龍介は、この間何があったのかまだ知らなかった。「どうして売るんだ?」紀美子は苦笑しながら、昨夜の出来事を彼に説明した。龍介は真剣な顔つきで言った。「となると、事故物件になってしまうな。売らなくても、もうあそこに住むのはお勧めできない」紀美子は頷いた。「そうよ。龍介君はまだそこに住むつもり?」龍介は晋太郎の険しい顔をちらりと見た後、静かに答えた。「君がいないなら、俺もあそこにいる意味はない」晋太郎は、思わず口元を引きつらせた。こいつ、本気で紀美子とくっつくつもりか?俺が目の前にいるってのに、何も気にしないのか?「そうね」紀美子は言った。「私がいないのに、これから紗子が来て住むのは不便だわ」「今はどこに住んでいるんだ?」龍介は尋ねた。紀美子は頬を少し赤らめて答えた。「潤ヶ
「吉田社長、しっかりして。悟みたいな腹黒い人間、どう頑張っても避けきれないわ」そう言うと、龍介は不思議そうに瑠美を見つめた。「そういえば、どうして俺がここにいることを知っているんだ?」「悟をずっと追ってたのよ」瑠美はさらりと答えた。「でも、あなたがいつ連れ去られたかは本当に知らないの。たまたまその時は家に帰って寝てたのよ」「何はともあれ、助かったよ。必ず恩は返す」「そんなの、私たちが無事にここを出てからの話よ」瑠美は龍介の言葉をあまり気にしていない様子だった。「俺のズボンのポケットにある携帯を取ってもらえないか?」瑠美は頷くと、慎重に周囲のワイヤーを避けながら携帯を取り出した。「次は?」「この携帯、悟に仕込まれたソフトがあってまともに使えないんだ。それを削除してくれればいい」「……それ、暗号化されてるんじゃないの?」龍介は頷いた。「俺の携帯には技術スタッフの連絡先が入ってる。君の携帯からメッセージを送れば、向こうで対処してくれるはずだ」「分かったわ」瑠美が作業をしている間に、晋太郎が手配した人が紀美子の会社に突入した。指示された場所に到着すると、彼らは部屋の扉を押し開けた。龍介の体に仕掛けられた爆弾を目にすると、すぐさま特殊部隊を呼んで解体を依頼した。特殊部隊が到着し爆弾の型式を確認すると、難しい顔をした。彼らの話によれば、この爆弾は、一度爆発すればこのビルを完全に崩壊させるほどの威力があるということだった。やがて、瑠美と龍介は無事に救出され、晋太郎の手配で病院へと運ばれた。翌日。紀美子は病室のベッドで目を覚ました。最初に目に入ったのは、ソファに座り、目を閉じて休んでいる晋太郎の姿だった。彼女は両腕を支えにして身を起こし、彼の名前を呼んだ。「晋太郎……」その声に、晋太郎はぱっと目を開けた。充血したその瞳を見て、紀美子は胸が少し痛んだ。晋太郎は立ち上がり、紀美子の横に座って尋ねた。「どうだ?少しは良くなったか?」紀美子は頷いたが、昨夜の出来事を思い出し、目を伏せた。「頭がまだちょっとぼんやりするけど、それ以外は大丈夫」「君が眠っている間に、龍介は救出されたよ」紀美子は驚いて彼を見た。「どこで見つかったの?悟は?!」「まだ見
「そうよ!」瑠美は言った。「とにかく早く連絡して、龍介を連れ出して。あ、私も!」念江は疑問を抱きながら尋ねた。「おばさん、自分で逃げ出せないの?」瑠美はため息をついた。「怖くて出られないの。悟の部下がまた戻ってくるかもしれないと思って、ずっとダンボールの中に隠れてたの」佑樹と念江は何も言わなかった。二人が黙り込んでいるのを見て、瑠美は思い出したように言った。「あっ……忘れてた。一階の奥から二番目の部屋よ」「分かった」佑樹は答えた。電話を切ると、佑樹はすぐに晋太郎にこの件を報告した。その後晋太郎は美月に状況を説明し、警察に龍介の救出を手配させた。ダンボールの中でじっとしていた瑠美は、外が静まり返っているのを確認するとようやく箱の外に顔をのぞかせた。彼女はそっと、殴られて全身傷だらけの龍介のもとへと歩み寄った。「吉田社長?」瑠美が呼びかけたが、龍介は何の反応も示さなかった。仕方なく、彼女はしゃがみ込み、龍介の太ももを叩いた。「吉田社長??起きて!!」声が届いたのだろう、龍介は眉をわずかに動かし、ゆっくりと頭を持ち上げた。しかし、部屋があまりにも暗く、自分の目の前にいる人物が誰なのか、全く判別できなかった。龍介は弱々しく咳払いをしたが、その衝撃で傷口が激しく痛んだ。彼は顔をしかめながら、かすれた声で尋ねた。「……誰だ?」彼の返事を聞いた瑠美は、ほっと息をついた。「私は紀美子のいとこ、瑠美よ。あなたを助けに来たの!」その名を聞いた途端、龍介は慌てて言った。「すぐにここから出ろ!危険だ!」「今は出られないわ。悟の部下に見つかるかもしれない。この部屋には監視カメラがないから、今のところ私は安全よ」龍介は前に視線を向け、胸元に巻きつけられた爆弾を見下ろした。「これは……かなりヤバいぞ」「もう少し我慢して。すぐに助けが来るから」瑠美は励ますように言った。龍介は自嘲した。「長年かけた努力が、こんなあっけなく終わるとはな……」「そういえば、吉田社長ほどの実力と影響力を持ってる人が、どうして悟なんかに捕まったの?あなたの部下たちはなぜ助けに来ないの?」「帝都から連れてきた部下は少ないし、そもそも俺はこのエリアでは大したことない。それに、悟はや
晋太郎は答えた。「わかった。君たちも早く寝ろ。今夜は遅くなる」佑樹はまだ何か言おうとしたが、晋太郎たちが忙しそうだったため先に電話を切った。晋太郎は携帯を置いて佳世子に言った。「グループで社員に伝えて。明日明後日の二日間は会社に行かないように」「どうして?」佳世子は慌てた声で言った。「この二日間で新商品の予約販売が始まるのに!」晋太郎は眉をひそめた。「新商品の予約販売が大事なのか、それとも百人以上の命が大事なのか?」「一体何があったの?」「佑樹が調べたところによると、龍介が紀美子の会社にいるかもしれないんだ。これからすぐに人を派遣して、悟がそこにいるかどうか確認させる」晋太郎はそう言うと、すぐに電話をかけ、部下に紀美子の会社に向かうよう指示した。佳世子は不安を感じてつぶやいた。「まさか悟が龍介を紀美子の会社に連れてきたなんて……」「おかしくない?」晴は佳世子に問いかけた。「龍介ってやつ、どうやって悟に連れ去られたんだ?」佳世子は答えた。「そんなこと、悟には簡単よ」「どうしてだ??」晴は理解できなかった。「ボディーガードがいっぱいいるのに、どうしてそんなことができる」佳世子は首を横に振った。「ボディーガードなんて、どうにでもなるわ。悟にもいるでしょう?それに、悟は医者だし、人間の体の構造に精通している。タイマンでも間違いなく有利よ」それを聞いて晴は、以前悟を殴ろうとしたとき、いとも簡単にかわされたことを思い出した。その身のこなしと能力を合わせれば、龍介を連れて行くのは、確かに難しくない。その頃、潤ヶ丘。佑樹は、もちろん早めに寝るようなことはなく念江と紀美子の会社のファイアウォールを突破し、龍介がいるかどうかを徹底的に調べていた。監視カメラの映像を一つずつ確認していったが、龍介の姿はどこにも見当たらなかった。二人が頭を悩ませていたその時、佑樹の携帯が鳴った。画面を見ると、発信者は瑠美だった。佑樹は疑問を抱きつつも、通話ボタンを押した。「おばさん?」佑樹は呼びかけた。「こんな夜遅くに、どうしたの?」瑠美の声は焦りに満ちていた。「佑樹、緊急事態よ!今すぐビデオ通話して!」佑樹は一瞬驚いたが、すぐに応じた。「わかった、すぐ
病院に向かう途中、晋太郎は晴から電話を受けた。電話を受けなかったために、晴は再びかけてきた。晋太郎は苛立ちながらも電話に出た。「何か重要なことがあるなら簡潔に言え!」晴は電話越しの晋太郎の険しい口調に驚いた。「おい、どうした?なんでそんなに苛立ってるんだ?何かあったのか?」晋太郎は心配そうに腕の中の紀美子を見つめて言った。「紀美子が気を失った。今病院に向かっているんだ!」晴は驚いたが返事をする間もなく、そばにいた佳世子が携帯を奪った。「紀美子が気を失った?!」佳世子は慌てて尋ねた。「どうしたの?!」「今詳しく話してる時間はない!」「どこの病院?」「帝都病院だ!」そう言うと、晋太郎は電話を切った。三十分後、病院に到着すると、ボディーガードがすぐに医者を呼び、紀美子を救急処置室へ運び込んだ。「精神的ショックが原因で、一時的に意識を失っただけです。心配しないでください」医者は晋太郎に言った。その後、彼らは紀美子に点滴をつなぎ、VIP病室に運び込んだ。しばらくすると、晴と佳世子が慌ただしい様子で駆けつけた。紀美子が赤く腫れた目をして苦しそうに寝ているのを見て、佳世子はベッドのそばに座って紀美子の手を握っている晋太郎に聞いた。「いったい何があったの?」晋太郎は唇をかみしめ、今夜の出来事を彼らに話した。佳世子と晴はしばらく呆然と立ち尽くし、言葉が出なかった。やがて晴が言った。「それで……悟は? まさか、逃げられたのか?あんなことをしたのに、好き勝手させる気か?」「捜索中だ。彼はまだ帝都を出ていない。俺はすでに美月にすべての空港と連絡を取らせた。絶対に見落としはない」晴はソファに座り込んだ。「やつの狂気は知っていたが……まさかここまでとはな」「あの人たちはどうやって殺されたの?」佳世子が尋ねた。晋太郎は彼女をちらりと見て答えた。「全員、首を切られていた」それを聞いて佳世子は首筋に寒気を覚え、そっと手を当てた。「……この件、報道した方がいいのでは?」「いや、しない」晋太郎はきっぱりと否定した。「報道されれば、紀美子に余計な迷惑をかける。遺体が彼女の別荘で発見された以上、メディアに追われるのは避けられない」「じゃあ……亡くなった人
角を曲がった瞬間、紀美子の目に飛び込んできたのは、二階から流れ落ちてくる鮮血だった。彼女の体はビクッと震え、顔は一瞬で青ざめた。どうして……どうしてこんなに大量の血が……二階の状況を知っていたはずの晋太郎でさえ、この光景を目の当たりにして、表情が険しくなった。彼は息をついて、そっと紀美子の手を取って言った。「帰ろう」紀美子は首を振った。「いや……」晋太郎は眉をひそめ、低い声で言った。「こんなに血が流れているんだ。君ももう分かっているだろう?」「分からない!」紀美子は震える声で叫んだ。「直接見に行く!」そう言うなり、紀美子は足を踏み出し、再び二階へ向かおうとした。しかし、彼女は足がもつれ、その拍子に血の海に転びそうになった。晋太郎はすかさず紀美子の腰を抱え、冷徹な口調で言った。「見ても、何か変わると思うか?!」紀美子の涙は止まらずにこぼれ落ちた。「晋太郎、私を上に連れて行って!!お願い……」晋太郎は歯を食いしばり紀美子の体を起こすと、彼女の手を握り、二階に向かって歩き出した。二階には二人のボディーガードが立っていた。彼らは紀美子を見ると晋太郎に疑問の表情を向けた。しかし特に何も言わず、二人は後ろに二歩下がり道を空けた。紀美子は晋太郎の手をぎゅっと握りしめ、前に一歩踏み出した。彼女はすでに中がどんな状況か予想していた。晋太郎は黙って紀美子のそばに立ち、何も言わずに彼女を待った。紀美子は呆然と立ち尽くし、三分ほど動かなかった。そして、ついに意を決したように、もう一歩、また一歩と足を踏み出した。部屋のドアの前まで来て、中の光景を見た瞬間、彼女の心は一気に壊れた。かつての温かい部屋は、今や壁中に飛び散った血で覆われていた。何体もの遺体が重なり合って床に横たわっており、惨たらしく命を落としたボディーガードたちや珠代の目には、恐怖と無念が色濃く浮かんでいた。紀美子は硬直したまま首を振り、思わず後ろに一歩退いた。「いや……」紀美子は恐怖で目を見開いて言った。「こんなはずじゃ……」晋太郎は紀美子を抱き寄せようとしたが、紀美子はまるで触れられるのを拒むかのように、晋太郎の手を振り払った。彼女は両手で頭を抱え込み、顔には恐怖が溢れ出していた。
念江は椅子から飛び降り、紀美子の腕を支えて言った。「ママ、ソファに座っていて。僕は監視カメラを修復できるか見てくる」「大丈夫よ」紀美子は声を詰まらせながら頭を振った。「家は安全だと思う」そう言いながら、紀美子は立ち上がった。「あなたたちはここで悟の手がかりを探してちょうだい。私はボディーガードを連れて戻るわ」「ママ!」佑樹は紀美子を止めようとした。「悟がいないからといって、家が安全だとは限らないよ!」紀美子は足を止めて言った。「彼が言ったわ。私を狙うつもりはないって」佑樹は紀美子がどうしても行こうとするのを見て、念江に目配せした。念江はうなずき、携帯を取り出して晋太郎にメッセージを送った。その時晋太郎は、すでに別荘に戻っていた。念江のメッセージを見て、彼は眉をひそめた。ドアを開けると、階段を下りてくる紀美子の姿が目に入った。彼はすぐに言った。「藤河別荘に行くつもりか?」紀美子は驚いて一瞬目を見開いた。「どうして戻ってきたの?」「俺が戻ってなかったら、君はボディーガードを連れて先に行くつもりだったのか?」晋太郎は不満げに問いかけた。「そうよ!」紀美子ははっきりと言った。「別荘にあれだけの人がいたのに、一晩で全員消えたのよ。じっとしてなんていられない!」その言葉を聞いて晋太郎は紀美子の声がかすれていることに気づいた。彼女の瞳もわずかに赤く腫れていた。「一体、何があったんだ?」紀美子は、目の当たりにしたすべてを晋太郎に詳細に説明した。晋太郎はしばらく沈黙して言った。「わかった。なら俺が一緒に行く」藤河別荘へ、晋太郎は20人のボディーガードを引き連れて向かった。約40分後、彼らは到着した。車が停まると同時に、紀美子はドアを開けようとした。しかし晋太郎が素早く彼女の腕を掴んだ。「待て」紀美子は不思議そうに彼を見つめて言った。「どうして?」晋太郎は別荘に視線を向けた。「ボディーガードに先に中を確認させるから」紀美子は頷いた。「わかった」晋太郎の指示でボディーガードたちが先に別荘に入って調査を始めた。10分も経たないうちに、彼の携帯にメッセージが届いた。そのメッセージを見て、彼の顔は一瞬曇った。紀美