相手の運転手は二人が車から降りて手伝ってくれるのにとても感激していた。調べた後、結城理仁の運転手が言った。「この車を直すには数時間はかかりますよ。我々は急いでいるので、修理の手伝いはできません。後から来た車の邪魔になってしまわないように、車の中の者たちを呼んできて車を端へ移動させましょう。後で電話して牽引車を呼んでください」一台の車はみんなの力を合わせれば、押して押して少しは移動させることができた。少しずつ移動させれば、後続車の邪魔にならないところまで移動できるだろう。相手の運転手は感謝して言った。「それでは、先にお礼を言っておきます。あのう、うちのお嬢様は少し急用がありまして、そちらの車に途中まで乗せていただけないでしょうか?」七瀬と運転手は勝手にその返事をすることができなかったが、七瀬はロールスロイスの前まで行き、恭しく結城理仁に尋ねた。「若旦那様、あちらの車にお乗りのご令嬢の方がお急ぎらしく、車は修理する必要があるのでこちらの車に乗せてもらえないかとお尋ねでいらっしゃいます」結城理仁は冷ややかに聞き返した。「どこの令嬢だ?」七瀬「……お尋ねしていません」「どこの令嬢なのかはっきり聞いてから、決め……いや、その必要はない。誰なのかわかった」結城理仁はその車からお嬢様が降りて来たのを見て誰なのかがわかった。それは彼に纏わりついて離れず、公開告白をして彼を追いかけ回している神崎姫華だった。内海唯花は彼に神崎姫華は海へバカンスに行ったと言っていたが、こんなに早く戻ってきたのか?神崎姫華が彼の車に向かってくるのを見て、結城理仁の端正な顔がこわばった。不思議と内海唯花が彼に言った言葉を思い出した。神崎姫華が内海唯花に彼をどうやって追いかければいいか教えてもらいに来た話だ。内海唯花のあのバカ娘が、親切にも彼女が思いつく方法を神崎姫華に教えて、神崎姫華が彼を手に入ようとする行動力に大きな追い風を吹かせてやったのだ。こんなに寛容な妻を見たことはない。自分の夫を追う女の手助けをするなんて。結城理仁は瞬時に神崎姫華の車が故障したのはわざとだと気づいた。いつもなら、神崎姫華は自分で車を運転して出かけている。今日に限って運転手に運転させているのだから、完全に彼をここで引き留めようとしてのことなのだ。七瀬は神崎姫華を見て、ま
「理仁、理仁……」神崎姫華は結城理仁の車を数歩追いかけて、諦めてしまった。結城理仁はどうしても彼女を車に乗せてくれなかった。彼女が彼の車のタイヤに滑り込んでいっても、彼はきっと車を止めることはなく、そのまま彼女を天国送りにしてしまうだろう。目を見開いて結城理仁の専用車がボディーガードの車に守られて長い列になり去っていくのを見つめていた。神崎姫華は怒って足を踏み鳴らしていた。彼女は朝早くにここまでやって来て、結城理仁の道を塞いだのだ。道を塞ぎはしたが、彼も彼女を助けてくれたと言える。なんといっても車は彼のボディーガードたちが力を合わせて押してくれたおかげで、道の端まで移動させることができ後ろの車の邪魔にはならずにすんだのだ。しかし、結城理仁の車に乗ることができず、神崎姫華はとても悔しかった。もちろん神崎姫華がこんなことで簡単にあきらめてしまうわけはない。長い時間かけて追いかけても彼女は絶対にあきらめたりしない。彼女が公開告白をしてからどのくらいが経った?粘るのよ。いつかはきっと彼女は結城理仁の車に乗せてもらえるはずだ。彼の専用車は将来、この神崎姫華という若い女性だけが乗ることができるのだ。そのポジティブな夢を見ている神崎姫華はすぐにテンションが上がってきた。彼女は自分の家の執事に電話をかけ、車を彼女のところに寄越すよう指示をした。「昨日の夜持って帰ってきたあの海鮮水槽に入れてあるわよね?死んでない?死んでないなら、それも梱包して一緒に持って来て。人にあげるつもりなの」神崎姫華は内海唯花にバカンスから帰って来たら、新鮮な海鮮を食べさせてあげると約束していたのを覚えていたのだ。彼女は昨夜海辺の別荘から帰って来る時、特別にたくさんの海鮮を持って帰って来た。両親は彼女と内海唯花が仲良くしているのを知っていた。内海唯花が娘の友達になるのに相応しくないなどとは思っておらず、逆に唯花と友達になるのに賛成していた。おそらく、彼女の友達がとても少ないのが理由だろう。両親はお目の高い娘が喜んで友人になろうとする女の子なら、良い子なんだろうと思っていた。神崎姫華が内海唯花に海鮮を持って帰ろうとするので、神崎夫人も自ら娘と一緒にたくさん用意してあげた。神崎夫人はまだ内海唯花本人に会ったこともなく、ネットに公開され
おばあさんは内海唯花のぺたんこなお腹をちらちらと見た。そうだ、彼女のあのプライドが高く、少し煮え切らない態度の孫が言っていたじゃないか。彼はまだ一度も内海唯花に触れておらず、夫婦二人は今はどちらも純潔なのだ。おばあさんがひ孫を抱きたいという夢を見るにはまだ早すぎる。内海唯花は結城理仁のあの冷たさがあまり好きではない。彼を押し倒すことも、服を脱がせて寝る勇気もない。唯花はその勇気がなくて、結城理仁もあんな性格だから……おばあさんは心配で気が気でない。彼女は突然、結城理仁が外で噂されているように男が好きだとか、体に欠点があるからアッチ方面は無理だとかなのではないかと思った。そうでなければ内海唯花と結婚して一か月余り、一緒に住んでいて、まさかまだ夫としての権利を存分に行使していないとは考えられない。おばあさんは家のシェフに依頼して、昼食はスッポン料理でも作らせて内海唯花にお願いし結城理仁に届けてもらおうと決めた。滋養強壮効果を期待して、ひ孫が生まれないか試してみようじゃないか。ちょうどこの夫婦が冷戦を休戦させる良いチャンスになるだろう。もうこれ以上このように別居を続けていてはいけないのだ。「陽ちゃん、おばあちゃんって呼んでごらん」内海唯花も甥っ子はとても良く育ててもらっていると思っていた。「ゆーきおばあたん、おはよ」おばあさんは結城理仁の祖母だ。佐々木陽にとっては曾祖母の年齢にあたる。おばあさんは笑顔で佐々木陽にお利口さんだと褒めた。そして、彼女と内海唯花は一緒に店の中へ入っていった。「結城おばあさん、いらっしゃったんですね」牧野明凛が迎えた。おばあさんが三人分のお弁当を持っているのを見て、急いでそれを受け取った。「あなた達に朝食を持って来たわよ。いらっしゃい、一緒に食べましょう。私あなた達二人の娘さんと食べるのが大好きなの、食欲が増すわ」おばあさんは店に入ると、自分の家かのように慣れた様子で手を洗いに行き、お椀と箸を持った。牧野明凛はすでに弁当箱の蓋を開けて中の朝食を見ていた。明凛はキッチンから出て来たおばあさんに尋ねた。「おばあさん、もしかして五つ星ホテルにでも行ってテイクアウトしてきたんですか?」どのおかずも見栄え良く、美味しそうな香りがした。五つ星ホテルの料理じゃないなら牧野明凛
おばあさんはとても焦っていた。退散してしまおうと思ったが、あ、それはできない。神崎姫華はもう店の入り口にやって来たのだ。今ここでおばあさんが外に出て行けば、神崎姫華に包み隠さず自分をさらけ出してしまう。ひとまず隠れるしかない。そして、おばあさんは落ち着いた様子で箸を置き、内海唯花と牧野明凛に告げた。「お腹いっぱいになったわ、ちょっとお手洗いをお借りするわね」そう言いながら彼女は立ち上げり、トイレのほうへ歩きながら言った。「年取っちゃって、一回お手洗いに行ったら、三十分はかかっちゃうのよねぇ」内海唯花、牧野明凛「……」「唯花、いるの?」おばあさんがトイレに行ってすぐ、神崎姫華が入ってきた。彼女は左手に網に入ったエビを下げ、右手にはカニを下げて勢いよく中へ入ってきた。「唯花、早く受け取って、重くて死んじゃう」神崎姫華はお嬢様だ。普段、家の中で何をするのも誰かがやってくれるから、自分で家事すらしたことのない人間だ。エビやカニの入った袋を二つもぶら下げるだけで重くて死にそうに感じるのだ。内海唯花と牧野明凛はそれを見て、急いで彼女のもとへ行き、彼女の手から海産物の入った大きな網の袋を受け取った。「神崎さん、これって?」神崎姫華は両手が空になったが、その手はまだプルプル震えていた。「ホント重くて死んじゃうわ、手がしびれちゃった。バカンスに行く前にあなたに言ったでしょ。帰って来たら海鮮を持って帰って食べてもらうって。これはね、海に出て釣りをしている時に、捕まえたものだから、本当に新鮮なものよ。特別に人に頼んで一番大きいものを水槽に入れておいたの。帰って来る時にあなたの分も持って来たのよ」内海唯花は大きな二つの袋に入ったエビとカニを見て笑って言った。「神崎さん、これ多すぎるわよ」「そんなことないわ。水槽に入れてゆっくり食べたらいいじゃない。それか、先に下処理しちゃって冷凍して食べたいときに食べてもいいと思うわ。車の中にまだあるのよ。あなた達二人で取りに行って、私は力がないから。この子とっても可愛いわね、どこの家の子?」神崎姫華は手を伸ばして佐々木陽の小さな顔を触った。「私のお姉ちゃんの子よ。お姉ちゃんは時間がないから、ここに陽ちゃんを連れてきて、私が代わりに面倒見てるの」「とってもカワイイ。ちょっと見覚えが
「さっき食べ終わったところよ」牧野明凛は急いで食器を片付け始めた。神崎姫華は興味津々で尋ねた。「四人分みたいだけど、他に誰かいるの?」牧野明凛は片付けながら言った。「唯花の旦那さんのおばあさんが来てて、今トイレに行ってるんです」神崎姫華は「そっか」と言い、それ以上は尋ねてこなかった。内海唯花が結婚していることを神崎姫華は知っていた。あのネット炎上事件に関して、彼女が兄に頼んで内海智文をクビにしようとしたこともある。内海家と唯花の親族争いを神崎姫華は他の人よりも多く知っていた。だから、唯花が結婚していることも自然と知ることになったのだった。無関係な人は、もちろんこのことを知っている人はほとんどいない。神崎姫華は他人のプライベートに踏み込むのが好きではない。内海唯花の結婚生活に関しては何も聞かないのだ。牧野明凛がテーブルを片付け終わってから、内海唯花は神崎姫華にお茶を出した。「神崎さん、バカンスに行ってこんなに早く帰ってきたの?」「私って好きな人のこといっつも考えちゃうでしょ、両親に付き合って海で二日遊んで昨日の夜ここへ帰ってきたの。唯花、あのね、今朝あなたが教えてくれた方法を使って結城社長の車を遮って来たの。ホントにできちゃったわ」神崎姫華は内海唯花に早く自分の戦績を伝えたくてたまらなかった。内海唯花は笑って言った。「本当に?あなた達話ができた?結城社長は助けてくれたの?」「助けてくれはしたけど、助けてくれなかったとも言えるわね」神崎姫華は瞬時に悲しそうになって言った。「彼とはお話できなかったわ。まるで私に食べられるのを怖がってるみたいに車から降りてもくれなかったの。私の車が故障したでしょ、本当は彼の車に乗りたかったんだけど、拒否されて、彼の車には乗れなかったのよ。幸い彼がボディーガードたちに指示して、わざと故障させた車を端のほうに移動させたの。他の車の邪魔にならないようにって。これは私を助けてくれたことになるでしょ。でも、その助けも半分ってところね、教えてもらった方法だと、半分成功、半分失敗って感じ」そう言い終わると、神崎姫華はまたすぐに元気を取り戻した。少なくとも結城理仁は彼女の車をあの場に放置するようなことはせず、ボディーガードに車を端まで移動させたのだから、彼女に全くの無関心というわけではないのだ。
内海唯花は彼こそが結城家の御曹司で神崎姫華の片思い相手なのだということはまったく知らない。神崎姫華はいつも結城社長と言っていて、理仁という名前を口にしたことがなかった。だからこの二人は話しているのが同一人物だとは気づいていなかった。「これぞ、ざまあね!」おばあさんはトイレの中でこっそり笑っていた。「これはなかかな面白くなってきたじゃないの」高みの見物をしているおばあさんは、耳を立てて、引き続き外にいる二人の女子の会話を聞いていた。内海唯花はおばあさんのことを気にかけていて、神崎姫華と一通り話した後、親友に言った。「明凛、おばあちゃんの様子見てきて、トイレに入ってから結構経つでしょ」牧野明凛は了解して、トイレの方に向かっていった。佐々木陽はすぐそばにいて、おもちゃで遊んでいた。彼に構ってくれる人がいない時は、店の中で大人しく遊んでいて、外に出たりはしないのだ。とても利口な子供だ。神崎姫華は自分の今回の作戦が失敗したと思っていたが、内海唯花の話を聞いた後、目から鱗が落ち、笑ながら唯花に言った。「唯花って本当に素晴らしい策士だわ。ありがとう。今すぐ結城社長に会いに行ってご飯に誘うわ。また拒否しようものなら、会社のゲートで待っているわ。彼がデリバリーでも頼まない限り、私からは絶対逃れられないわよ。そうだ、唯花、あなたっていつも旦那さんにどんな贈り物をするの?」内海唯花は正直に答えた。「彼には数セットの洋服とか、私が作った招き猫や鶴とか、あと、亀もね。これくらいだわ。特に高価なものは贈ったことないよ」それに、彼女が贈った服も結城理仁が着たかどうかわからない。ネクタイなら彼がつけてくれているのを一度だけ見た。結城理仁は自分の奥様がこのように考えていることを知ったら、きっと憤慨するだろう。あの日、彼はわざわざ彼女からプレゼントされた新しい服を着て、ネクタイまで締めていた。そして、会社に行って一日中その格好で回っていたのだ。その日、幹部役員でさえも彼のその姿を見てブランドを換えたのだとすぐにわかった。噂好きの九条悟だけがその理由を知っているが、他の者は何も知らない。しかし、どっちみち、みんな理仁がブランドを換えたことに気づいていたじゃないか。なのに内海唯花は一日中まったく気づかなかった。今でも彼女が贈った服
「白鳥のオスとメス一体ずつなんだけど」内海唯花は立ち上がってビーズ細工を入れている大きな箱のところまで行った。そして、とても綺麗なプレゼントボックスを持って神崎姫華の前に置き、言った。「この中に入ってるよ」神崎姫華はその箱を開けて、中から白鳥二体を取り出すと、褒めて言った。「本当にキレイね。唯花、あなた本当に手先が器用だわ。いくらかしら?買うわ」「私たち仲良くなったし、あなたは友達だから、材料費だけくれればいいよ」神崎姫華はその白鳥を箱の中に戻して言った。「友達だからこそ、お金のことはちゃんとしなくちゃダメ。これはこれ、それはそれよ。この商品の売値で買い取るわ。材料費だけじゃいけないわよ。あなたのネットショップの商品、値段を見たことあるわ。この白鳥二体は確か数千円はするわよね、具体的な値段は覚えてないけど」彼女はエルメスの鞄の中から財布を取り出し、その財布から何枚かお札を取り出した。いくら分なのか彼女は数えず、それをそのまま内海唯花の手に押し込んだ。「おつりはいらないし、いくらあるかも数えなくていいわよ。そのまま受け取って。もし結城社長がこのプレゼントを受け取ってくれたら、またお店の宣伝をしてあげるね。必ず売り上げが何十倍にもなるわよ。じゃ、先にお礼言っておくわね」神崎姫華がこんなに気前が良いので、内海唯花も遠慮しないことにした。本当におつりも返さないし、もらったのがいくらなのかも数えず、そのままお札をレジの引き出しに入れた。「唯花、それじゃ、私はプレゼントしに行って来るわね。私が結城社長を手に入れたら、必ず厚く策士さんにお礼するわ」内海唯花はニコニコ笑って言った。「いってらっしゃい、成功するといいね、がんばって!」神崎姫華が内海唯花に車いっぱいの魚介類をあげた後、惜しまずお金を使い手に入れたカップルの白鳥を引っさげ、結城理仁に求愛アピールをしに向かった。ふふ、対の白鳥なんてこれには大きな意味がある。神崎姫華はそう思うと、内海唯花のことがもっと好きになった。彼女は内海唯花を本当に自分の愛の策略家だととらえていた。おばあさんは神崎姫華が去ってから、ようやくトイレから出てきた。牧野明凛は言った。「結城おばあさん、これ以上出て来なかったら、唯花と一緒にドアをこじ開けるところでしたよ」おばあさんは年を取って
星城総合病院からそう遠くないホテルで、内海陸の両親は内海家の長男である兄の部屋のドアを叩いた。彼がドアを開けると、一番下の弟夫婦が焦った様子でそこに立っていて、彼は心配して尋ねた。「どうしたんだ?なんだか顔色が悪いけど」「兄さん、陸が昨日出かけてから帰って来てないんだ。何かあったんじゃないかって心配で」内海陸の父親は内海家の兄弟姉妹の中で一番年下だ。あの内海家のじいさんとばあさんが溺愛しているのが彼で、名前を瑛慈とつけた。慈しむという漢字を使い、一番愛される大切な子供だという気持ちを込めている。「陸はどこに何しに行くとか言ってなかった?」内海民雄は内海家の長男だ。一番年上だから冷静で落ち着いている。内海瑛慈は少しためらった後言った。「陸は内海唯花のところにケリつけに行くとか言って出てったんだ。あの女にばあちゃんの医療費出させるんだとかなんとか言ってた。昨日それっきり、今まで帰ってこないんだよ。携帯にかけても電源が切れてるし」内海陸は今勾留されている身だ。このことを家族はまだ知らない。彼の携帯はちょうど電池がなくなり自動的に切れてしまったのだ。内海民雄はそれを聞きすぐに顔を暗くし、弟夫妻を怒鳴りつけた。「お前らなんで陸を内海唯花のところに行かせたんだ。この間あいつらがあの女の所に行った時、あの女、一歩も譲らなかったろ。なのに、陸が一人で行ってあの女に頭下げさせられるとでも思うか?」姪っ子と話してみて、内海民雄は三番目の弟が残していった二人の姉妹はただ者ではないとそこではじめて知ったのだ。姉のほうは置いておいて、内海唯花とかいう姪っ子は本当に目の上のたん瘤だ。彼ら一族全員が大損したのだから。彼女から金を巻き上げられなかったのはいいとして、名声も底まで叩き落されてしまった。一族の子供たちはあのせいで停職処分にまでなり、商売にも影響が及んだ。元々、彼ら兄妹たち数人で内海唯花にもう一度直談判に行こうと思っていたが、二人の妹が時間がなく、日を改める必要があり、週末になってようやく皆時間が持てるから、それから一緒に内海唯花のところに話に行くことにした。どう言っても、彼らは全員内海唯花と比べて年長者だ。もしかしたら、彼女は彼らの面子を考慮してくれるかもしれない。「陸がどうしても唯花のところに行くって言うもんだから、止めたくて
内海民雄「……」内海唯花め、このクソ女全く始末に悪い。この女の結婚相手もまさかこんなに手に負えない野郎だとは。結城理仁はレジ台に寄りかかり、両手をポケットの中に突っ込んだ。内海唯花は瞳をキラキラさせた。わあ、彼のこの動作、すっごく魅力的!ゴホンッ、今はイケメンを鑑賞している場合ではない。内海唯花は急いで真面目におじとおば達を見た。「言え、お前ら妻を呼び出して何の用だ?そっちの数が多いのをいいことに彼女に手を出す気か?それとも、脅迫して大金を無理やり出させてそっちのばあさんの医療費を出させようとでも?それから、お前らの宿泊代、ガソリン代、高速代も要求するって?」「こいつのような野蛮な女、私たちに敵うとでも?」内海瑛慈の妻は怒って言った。彼女がここに来たのは、カタをつけるためだ。息子の内海陸が勾留されたとわかってから、一族たちはみんな先に陸を留置所から救い出してから、内海唯花に決着をつけに行こうと言っていた。しかし、彼らが内海陸を留置所から出してあげようとした時、保釈できないと言われてしまったのだ。内海陸の母親はそれで焦って怒り、また心を痛めていた。息子の顔すら見ることができなかった。彼女は内海唯花の後ろ盾になっている人間が手を回したのだと疑っていた。でなければ、息子以外の不良たちはみんな保釈されたのに、どうして陸だけが許可されないのか。そもそも内海唯花と対立している一族たちだ。内海陸が勾留されるという事件が起こってから、その対立はさらにヒートアップしてしまった。それで年長者たちは、やはり一団となって内海唯花に会いに来た。この前は、若い世代の者たちが表に出てきて、年長者は内海唯花に電話をする程度のものだった。「唯花、お前に聞くが、あんたが陸を警察に通報したんだろ?なんでこんな悪辣なことができるんだい?陸は一体いくつだと思う?まだ子供じゃないか。あんたがこんなことをして、彼の人生を台無しにしたんだよ。前科がついちゃ、どうやってこれから生きていけってんだい!あんた達は従姉弟同士なんだよ。あんたは姉として弟を許してやることだってできたのに、警察に通報して勾留までさせて、ひどすぎると思わないのか。何か恨みがあるんだったら、私にかかってきなさいよ!」頭に一気に血が上り、内海陸の母親は結城理仁など怖くなかっ
結城理仁の顔は瞬時にいつもの氷のように冷たくなった。そして、彼は落ち着いて顔色を変えずにレジから出てきた。内海唯花は背筋を伸ばし、少し乱れた髪を整えた。結城理仁の何事もなかったかのような様子に内海唯花は心の中で何百回と彼にぶつくさ文句を言っていた。そして彼女は座り、あのクズな親戚が入って来るのを待っていた。あのように彼女を大声で呼ぶのは、絶対に内海家のクズな親戚どもと決まっていた。一分もせず、内海瑛慈夫妻がすごい剣幕で入ってきた。その夫婦二人の後ろについて来たのは、内海唯花の二人のおじとおばだった。内海唯花は口角を上げにやりと笑った。まあまあ、みなさん、よくお揃いで。内海瑛慈夫妻が勢いよく入って来ると、レジに座っている内海唯花を見て、彼女のほうへと押し寄せようとしたが、結城理仁にその行く手を阻まれてしまった。結城理仁は背が高く、かなりのイケメンだが、異常なまでに冷酷な空気でそこに立っていて、そのオーラは周りにいる者をおじけさせてしまう高貴さがあった。またその冷たさが無意識に彼らを尻込みさせた。内海瑛慈夫妻はその冷徹な結城理仁に向かい合い、驚いてしまった。それで本能的に後ろに二歩後ずさった。「お、お前は誰だ?こんなところに突っ立ってて、我々を脅かす気か?」内海瑛慈が尋ねた。結城理仁は彼を一瞥し、唇をきつく結んで何も言わなかった。彼はこのようなクズ人間とは話をしないのだ。「あなた、彼ってもしかしてこのクソ女の旦那で、結城とかいう人じゃないの」内海瑛慈の妻は小声で夫に言った。彼らもただ村の人から内海唯花が結婚したということを聞いたことがあるだけで、その夫とは会ったことがない。村人たちは内海唯花の夫がとてもハンサムで、性格は見たところあまり良くないようだと言っていた。人を見るその目はまるで刃のように鋭く、良い人そうに見えなかったと。まさかヤクザ関係者じゃないだろうね?内海瑛慈の妻はそれを考えると、慌てて夫の腕を掴み、彼の後ろに身を隠した。内海民雄は内海家の長男だ。この時、彼が前に出てきて結城理仁をじろじろと見ると、なんとか笑顔を絞り出し、遠慮がちに尋ねた。「あなたが唯花の旦那さんですかね?私は内海唯花のおじの内海民雄と申します。どうぞよろしく」結城理仁は内海家の面々をちらりと見て、冷
結城理仁「……俺の目つきから何も感じられない?金城琉生が君を見つめる時、さっき俺が君を見つめていたのと同じ感じなんだが。俺は男だから、男の考えがわかるんだ。彼は君にかなり長い間片思いしているようだぞ」このバカ娘、そんなことも知らずに本当にバカみたいに彼を自分の弟として見ているのだから。金城琉生のほうは彼女から弟扱いされたいわけではなく、彼女の大事な人になりたいと思っているのだ。内海唯花がまた理仁をからかい、彼にマウントを取ってくるのに対して結城理仁はそれにツッコミは入れなかった。「さっきの目つきに何か感情があった?ただの殺気しか感じられなかったけど」結城理仁の顔は曇った。演技して損した。内海唯花は恥ずかしそうに笑った。「今のあなたではいくら演技しようとしても無理なのかも。目にはその人の心が映るっていうでしょう。あなたは私のことを愛していないし、だから私を見たって、なんの感情も映らないのよ」結城理仁は手をあげた。そして、彼女のその好き勝手する両手をペシッと叩いて払った。「結城さん」「なんだ?」「私、えっと、その、今すっごくあなたにキスしたいんだけど」それを聞いた結城理仁の顔がこわばり、真っ黒な瞳で彼女をじいっと見つめた。内海唯花は相変わらず恥ずかしそうにまた言った。「あなたが本当にカッコいいから」と言った。以前キスをした後、彼女は彼からの熱いキスが忘れられなかった。ん?まさか彼女、はまってしまったの?「したくないっていうならいいの。仕事に戻って、私も引き続き店番するわ」と内海唯花は言いながら、再び携帯を取り出しそれを見るふりをして、彼から視線を外した。すると突然、力強い大きな手が彼女をレジの前まで引っ張ってきて立たせた。そして、その手は彼女の両肩に置かれ、彼女の体を彼の傍に引き寄せ、麗しい唇にキスをした。内海唯花は目をぱちぱちとさせた。この男、女性から積極的に動くのに絶対慣れていないんだ。何をするのも優位に立ちたいとするその彼の態度に笑いたくなった。「いたっ」唇が痛い。彼は彼女の唇を咬んだ。血は出ていないが、それでも痛かった。「あなた躾のなってない子犬かなにか?人に噛みつくなんて!」「君も俺に噛みついただろ」キスの途中で他のことを考えている彼女のほうが悪い。
内海唯花が視線を携帯に集中させたのを見ると、彼女からその携帯を奪ってしまいたい衝動に駆られた。幸い、彼は自制心が強いのでそのような行為には及ばなかった。そんなことをしてしまえば二人の関係がまたさらに悪化してしまうから。彼は彼女に近づき、内海唯花の前に立つと、低く落ち着いた声で「唯花」と呼んだ。「ドタンッ!」内海唯花は彼に「唯花」と呼ばれて驚き、携帯を床に落としてしまった。彼女は急いで腰をかがめて携帯を拾い、携帯ケースが割れているのを見て「私の携帯ケース二千円したのよ」と悲しがっていた。結城理仁は彼女の携帯を受け取り見てみた。確かに、ケースが割れて見た目がよくなかった。彼女が携帯ケースが壊れて悲しんでいるのを見て、彼は言った。「後で十個買ってあげるよ」「ちょっと多めにちょうだい。またあなたが急におかしくなって私を親しく『唯花』って呼んだら、携帯ケースがあと何回壊れることやら」結城理仁は口角をピクピクと引き攣らせ、また黙ったまま彼女を暫く見た後、低い声で言った。「内海さん、俺たちは夫婦だろ」夫婦なのだから、彼が彼女を呼び捨てにするのも当たり前のことで変ではないだろう。内海唯花は彼の手から携帯を取り、おかしそうに彼に言った。「何?何か言いたいことあるんでしょう?今後は名前で呼ぶなら『さん』をつけて呼んで。私もあなたを呼び捨てにするのは慣れないし、呼び捨てにされるのもなんだか落ち着かないわ」「俺は、君に謝りたいんだ」結城理仁は厳しい顔つきで言った。彼はこの時、自分の過ちを認め申し訳ないという表情になっているだろうと自分では思っていた。しかし内海唯花の目には、彼はまるで学校で生活指導をする生活指導の先生のように厳しい顔つきで、生徒たちも逃げ出してしまうくらい怖い顔に映っていた。「あの日の夜は、あまりに衝動的に動いてしまった。君に悪いことをして、間違っていたよ。君に謝りたい」内海唯花は彼を見つめ、その続きの言葉を待っていた。しかし、彼はそう言うと、彼女と目を合わせたままで続きの言葉を出さなかった。彼は彼女に失礼な行為をしたことを謝っていて、決して彼女と金城琉生の関係を誤解したことを謝っているわけではない。「私と金城琉生とは何も怪しい関係じゃないわ」内海唯花はすでにこう説明していた。しかし、もう一度は
「君が行きたいなら、俺たちも週末は海で過ごしてもいいよ。海で獲った新鮮な魚介類が食べられるし」これは結城理仁が夫婦二人で週末プチ旅行をしようというはじめての誘いだった。「今って十一月よ」「星城の十一月は昼間太陽が出ればまだまだ暑い。海にバカンスに行くのにちょうどいいよ。寒くもないし暑すぎもしないから」内海唯花はお腹をさすりながら言った。「その話はまたにしましょう。今はまだ週末何か予定が入るかわからないし」結城理仁はうんと一言答えた。食器を片付けてキッチンに入り食器を洗った。そして、妻から注意の言葉を聞いた。「そんなにたくさん洗剤を使わないで、泡だらけになっちゃうわよ」結城理仁は顔をこわばらせ、何も言わなかった。十分ほどで結城理仁は食器をきれいに洗ってしまった。さっき冷蔵庫を見た時、その中にはフルーツが入っていた。彼は大きめのお皿を洗い、冷蔵庫に入っていたいくつかのフルーツを取り出して水洗いし、一口サイズに切って皿に盛りつけ、爪楊枝も添えてキッチンから出てきた。「食後のフルーツをどうぞ」彼はそのお皿をテーブルの上に置いた。内海唯花「……あなた、本気で私をお腹いっぱいで殺す気?」結城理仁は軽く彼女の額をつついた。「後でちょっと散歩して消化させればいいだろう」星城高校の前は広々としていて、長く続く二車線に沿って大きな川が流れている。その道沿いを歩けば消化ができるというわけだ。内海唯花は彼が突然親しい態度を取ってきたのに驚き、反射的に彼の手を叩き払おうとしたが、それをする前に彼のほうがその手を引っ込めた。それで彼女の手は空を切った。「少ししたらちょっと散歩しよう」内海唯花は姿勢を正して座って彼に聞いた。「今夜は会社の接待はないの?」「本当はあったけど、ばあちゃんがここに来て君と一緒にご飯を食べるよう言ってきたから、その予定をキャンセルしたんだ」内海唯花は、ばつが悪そうに言った。「私がおばあちゃんにそうしてって言ったわけじゃないからね」彼女とおばあさんの関係は良好だ。彼と結婚したのもおばあさんが原因だ。おばあさんを利用してこうしていると彼がまた誤解するんじゃないかと心配して、内海唯花は一言説明して言ったのだ。結城理仁は瞳をキラキラと輝かせて彼女を見つめ、穏やかな声で言った。「それは
結城理仁はおかずは買ってくる必要はないと言っていたが、内海唯花はおかず二つとご飯を二つ買った。支払いを済ませた後、彼女はそれを持って店を出て、車に戻った。「プルプルプル……」携帯にまた電話がかかってきた。今度は結城理仁からだった。金城琉生が来て去って行き、結城理仁はまた色々余計なことを考えて、我慢できずに内海唯花に電話したのだった。「今すぐ戻るわ」結城理仁が何か言う前に内海唯花が一言そう言い、電話を切った。妻にさっさと電話を切られてしまった結城理仁は携帯を見つめ、暫くの間無言だった。彼は内海唯花が心の中ではまだ怒っているとわかった。夫婦二人はまだ和解していない。ただおばあさんが関わってきて、おばあさんの顔を立てるために今こうしているだけなのだ。内海唯花はその電話を切ってから本当にすぐに店へと戻ってきた。「温め終わってる?ご飯食べられるよ」内海唯花は買ってきたおかずを持って店へと入っていき、歩きながら座っていた結城理仁に尋ねた。「できているよ」結城理仁は彼女が戻ってきたのを見て、すぐに立ち上がりレジから出てくると店の奥へと入って行き、食器と温めなおしたおかずをテーブルに置いた。内海唯花も買ってきたおかずをテーブルの上に置いた。結城理仁はそれを見て言った。「おかずは買ってこなくてよかったのに」「昼の残りは嫌かなって思って、だからおかず二つ買ってきたの。この店の料理とっても美味しいのよ。普段デリバリーを頼む時には、よくこの店にお願いしているの」彼女が彼のためにわざわざおかずを二つ買って来たと聞いて、結城理仁が彼女を見つめる瞳は優しくなった。夫婦の関係というのはお互い様なのだ。彼が少しずつ自分を変えていくように、実は彼女も変わっていっているのだ。「そうだ、さっき誰か男の人が君に用があると言って店に来たよ。俺をお義兄さんと呼んできたけど」結城理仁は内海唯花を手伝って、ご飯とおかずを食器に盛っている時、何気ない様子を醸し出しながら言った。「君に用があるとかなんとか。彼に聞いたんだけど、何も言わなくて、二分くらいしてすぐ帰っていったよ。君に電話してこなかった?何か急用だったんじゃないかな?」それに対して内海唯花は包み隠さず本当のことを言った。「それは琉生君よ。そんな大した用があるわけじゃな
結城理仁はその足音が遠ざかっていくのを聞いてから、トイレから出てきた。おばあさんにここへ来るよう言われ、その理由がわかっていながら、思い切ってそのおばあさんの策略に乗っておいてよかった。でなければ、金城琉生に内海唯花と二人きりになるチャンスを与えてしまうところだった。金城琉生は店から出ると、車を運転して行ってしまった。しかし、少ししてから車道の端に車をとめ、内海唯花に電話をかけた。そして、内海唯花はすぐに彼の電話に出た。「琉生君、何か用?」「唯花さん、後でちょっと時間がありますか?だいたい七時半くらいなんですけど」「なんの用?」内海唯花は時間があるかどうかは答えず、彼が一体何の用なのかを直接尋ねた。金城琉生は少し言葉を詰まらせたが、やはり彼女に言った。「後でスカイロイヤルで開かれるビジネスパーティーに行くんですけど、女性のパートナーが必要なんです。唯花さん、俺ってまだ彼女がいないでしょう?だから、唯花姉さんに一緒に参加してもらえないか聞きたかったんです」内海唯花は少しも迷わず断った。「明凛にお願いしたらどう?私は時間がないの。夫がお店で一緒にご飯を食べるために待ってるのよ」彼女の金城琉生に対する感情は姉弟としてのそれでしかない。しかし、結城理仁は彼女が金城琉生を次に狙っていると誤解している。彼女にその意思があるかないかは置いておいて、彼女は今後、金城琉生と二人きりになることはできるだけ避けたかった。二人きりにならないのが一番だ。彼女がこの間、金城琉生にご馳走した時には牧野明凛も一緒にいて、決して彼と二人きりではなかったが、結城理仁はそれを見た後、彼女と金城琉生ができていると誤解してしまった。それで彼女はとても腹が立った。どうして結城理仁の目には、彼女が離婚を待てずに次の相手を探すような人物に映っているのだろうか?内海唯花が夫の話をしたので、金城琉生は心が苦しくなった。でも、それを表には出さず、引き下がらずにお願いした。「唯花姉さん、お二人は七時過ぎまで食事をするんですか?姉さん、お願いします、明凛姉さんは今日用事があるらしくて、来てくれないんです」「あなた達、パーティーに参加するのに絶対女性のパートナーを連れていく必要があるの?もちろん七時過ぎまでご飯を食べることはないわ。でもね、私は店番もしないといけない
内海唯花は車を運転して行った。結城理仁は彼女が遠ざかるのを目で送ってから店の中に戻り、まだ片付けられていないハンドメイドの材料を少し見つめた。そして、見てもよくわからないので見るのをやめて、キッチンへと入って行った。店には電子レンジがなかったので、鍋を取り出して水ですすいだ後、水を少し張り、昼食の残りが入った皿もその鍋の中に入れた。そして火をつけておかずを温めることにした。特にすることもなかったので、何気なく冷蔵庫の中を開けてみると、そこにいっぱい詰められた魚介類があった。それは神崎姫華が持って来たものだ。神崎姫華はとても気前よく、車いっぱいの大量の魚介類を持ってきた。内海唯花が神崎姫華に彼の落とし方を教えたので、神崎姫華がこんなに多くの魚介類を持って来たのだ。そして、それを彼が昼食にたくさんいただいたという謎の状況……「唯花さん、唯花姉さん」外から金城琉生が彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。結城理仁はすぐに火を弱火にし、すぐにトイレへと駆け込み、ドアを閉めた。特別な理由はなく、ただ金城琉生は彼に会ったことがあるだけだ。もし金城琉生が彼を見たら、その正体が内海唯花にばれてしまう。結城理仁は金城琉生から彼の正体を唯花にばらされたくなかった。金城琉生は店に入っても誰の姿も確認できず、再び何度か呼んだ。結城理仁は鼻をつまみ、トイレの中から声を高めにして言った。「誰ですか?内海さんは今店にいませんよ。何か用でしょうか?」金城琉生は知らない人の声を聞き、入って来る前に店の前にとまっている一台の車を見た。それは恐らく内海唯花の旦那の車だろう。彼は暫く黙ってから、結城理仁に返事をした。「あなたは唯花姉さんの旦那さんですか?姉さんはどこにいます?そんな大した用事じゃないんです。直接彼女に電話することにします」結城理仁はトイレの中から言った。「妻は今車の運転中だと思います。何か用があるなら私に言ってくれればいいですよ。彼女が戻って来たら伝えておきますから」金城琉生は結城理仁に正直に話せるわけがなかった。彼が今ここにやって来たのは、内海唯花にお願いして、スカイロイヤルホテルで行われるビジネスパーティーに一緒に参加してもらうためだったのだ。金城グループは星城のビジネス界において、一定の地位を得てはいるが、金城琉生は会社
「義姉さん、これは何ですか?」結城辰巳は魚介類の独特な匂いを嗅いだ。「魚介類よ。私の友達が海にバカンスに行って帰ってきた時にたくさん持って来てくれたの。ほとんど新鮮なものよ。私もあなたのお兄さんもそんなにたくさん食べられないから、あなた達におすそ分けしたくて」結城辰巳はおばあさんをちらりと見て、拒否しない様子だったので彼は「こんなにたくさんですか」と言った。彼の家では魚介類は普段よく食べているので他所からもらう必要はない。でも、義姉からもらったものだから、やはり大人しく受け取って家に持って帰ることにした。「おばあちゃん、家族のみなさんにもおすそ分けして食べてね」内海唯花はとても気が利いていて、それぞれの家庭用に袋を分けて入れていた。帰ってからその小分けされた袋をそのまま渡すだけでいい。中に入っている量はどれも同じだから。「わかったわ、みんなに分けるわね」おばあさんは結城辰巳が魚介類を車の上に乗せた後、自身も車に乗り、忘れずに内海唯花に言った。「唯花ちゃん、さっき理仁にメッセージ送ったの。後でここに来てあなたと一緒にご飯を食べるようにってね。その後また会社に戻って仕事しなさいって。今頃ここに来ている途中のはずよ。辰巳はあの子と同じ会社で働いてて、辰巳はもう来たでしょ。早く戻ってご飯を作って、見送りは不要よ」内海唯花「……おばあちゃん、そんなことならもっと早く言ってくれればいいのに。後で食べ残しを温めて食べようかと思ってたの、私一人分がちょうどあるから」おばあさんは言った。「今から作り始めれば間に合うわ。さあさあ、作りに行ってちょうだい。理仁はいつも遅くまで残業しているから、多めに料理を作ってたくさん食べさせてやってちょうだい」おばあさんの前だから、内海唯花も断りづらかった。おばあさんを見送った後、店には内海唯花一人になった。彼女は急いで携帯を取り出し、結城理仁にLINEを送って店に来ないように言おうと思った。彼のためにご飯を作るのが面倒だったのだ。しかし、彼女はLINEを開いてからすでに彼のLINEを消していたことを思い出した。いや、そうではなく、彼が先に彼女のを消したのだ。少し考えてから、内海唯花はブロックしていた結城理仁の電話番号を元に戻した。結城理仁は電話番号をこれまで誰からもブロックされたこと