牧野明凛は意外そうに尋ねた。「本当に?フラワーガーデンが高級マンションってのは間違ってないけど、まさかロールスロイスを運転してる人までいるとはね。なんでその人って一戸建ての大きい家に住まないんだろ?」「結城さんが、近くの学校に通ってる子供がいるから、通学に便利なようにフラワーガーデンの部屋を買って住んでるんじゃないかって言ってた。もしかしたら、その人いくつも家を持ってるかもよ?」牧野明凛は笑った。「それもそうだね。さあ、スーパーに行こう。あ、そうだ、結城おばあさんが来るって言ってたよね?」「来ないって」「なんで?」「家の持ち主が同意しなかったんでしょうね」牧野明凛「……」親友の家の持ち主と言えば結城理仁じゃないのか?彼は結城おばあさんの孫だろう。おばあさんが週末来たいというのに、孫がそれを拒否するなんて……祖母不孝者め!二人は牧野明凛の車に乗り込むと、カフェ・ルナカルドを後にした。少し車を走らせて、大きなショッピングモールに車をとめた。モール内をぶらぶらして、二人は両手にたくさんの買い物袋をぶら下げて出て来た。この時、内海唯花は以前、結城理仁と一緒にモールを回ったのを懐かしく思っていた。彼がいれば、彼女がどれだけ買っても、代わりに持ってくれた。牧野明凛は荷物を車に載せた後、ぜえぜえ息を切らして言った。「ショッピングする時は、男性がいればいいのにって思っちゃうわね。買い物してる時は、あれもこれもってなるけど、いざ荷物を持つとなると、まったく、重くて死んじゃう。なんであんなに買っちゃったんだろうって後悔しかないわ」内海唯花はそれを聞いて思わず笑った。さすが、彼女と牧野明凛が親友になるはずだ。二人の考え方はまったく同じだった。これって、彼女がさっき考えていた結城理仁と一緒にスーパーを回った時の良いところを、親友が口に出したんじゃないか。「だったら、早く彼氏を見つけることね。これから先ショッピングする時は楽ちんでしょ」牧野明凛は運転席に座り、シートベルトを締めながら言った。「見つけたいと思ってすぐ見つかると思うの?自分に合った人を見つけないといけないし、いいなって思うような人じゃないといけないじゃない。そんなに簡単に見つかるんなら、私だってずっと独り身でいないわよ。家族から結婚の催促ばかりされて家に帰りたく
内海唯花と牧野明凛は佐々木唯月の住むマンションに到着した。唯花が車から降りると、見慣れた車が目に飛び込んできた。そして、彼女の顔に緊張が走った。「どうしたの?」「あれは佐々木俊介の姉の車よ。またお姉ちゃんのところに押しかけてきたらしいわ。あの人は紛れもなくクズ中のクズよ。うちのあの親戚たちといい勝負なの」牧野明凛はそれを聞いて慌てて言った。「早く上に行きましょう。もしその人が唯月さんをいじめてたら、うちらで追い出してやるわよ」内海唯花はすでに荷物を持って歩き出していた。牧野明凛は急いでその後を追った。佐々木家の人たちがまたやって来た。来たのはやはり佐々木英子たち母娘だった。彼女たちは佐々木俊介を迎えに唯月を佐々木家に行かせたいのだ。佐々木俊介は実家に帰っている。しかし、両親は姉の家に孫たちの世話に行っているので、ご飯は姉の家に行って食べていた。ちょうど両親の家から姉の家まで近い。同じコミュニティ内で、マンションは向かい側にある。毎日両親が弟に美味しい物をたくさん買って食べさせていた。もちろん彼女一家もそれを一緒に食べることはできるが、心の中ではやはり両親のその様子が不愉快だった。両親は弟に対してひいきしていると思っているのだ。弟が帰ってきたとたんに、高い物をたくさん買ってくるから。佐々木英子は確かに最低な人間であるが、幸いにも身の程はわきまえていて、その不愉快だと思っている心のうちを見せることはなかった。両親のサポートを長い事受けていた佐々木英子は両親からの恩恵を独占することに慣れきってしまっているのだ。弟が家に数日泊まっていて、彼女が一番積極的に弟夫婦の仲直りをさせようとしているのは、この弟を自分の生活圏から早く追い出したいからだ。「唯月さん、夫婦が一生一緒にいるからには口喧嘩や手が出ることだって避けられないことよ。一生全く喧嘩をしない夫婦なんてごく稀よ。すれ違いで喧嘩して、冷戦も数日続いたんだし、もう十分でしょう。これからも一緒にやっていかないといけないんだし、そうでしょう?俊介も男だから、プライドも高いけど実際はちょっと後悔しているのよ。あの日はあの子が先に手を出したんだから、あの子が悪かったの。私たちもわけを聞かずに彼に合わせて喧嘩しちゃって、間違えてたわ。彼の面子も考えて、迎えに行ってやってち
佐々木陽はパパが恋しいとも恋しくないとも言わず、ただ「パパおしごと」と言った。彼は母親と叔母が世話をしている。普段、彼が朝起きると父親は仕事で家にはおらず、夜寝てから帰って来る。だから、父親という生き物は週末にやっと会える程度なのだ。佐々木陽の父親への感情はまったく深くない。父親が家にいたとしても、息子と一緒に遊ぶことはなく、ただ携帯をいじっているだけだった。「唯月さん、見てごらんなさい。陽ちゃんは数日パパに会ってないから、こんなに冷たい態度になっちゃってるわ。このままじゃ、子供の成長に悪影響しかないわ。男の子は成長過程で父親からの愛がなくちゃいけないのよ。多くのことはパパから教えてもらわなくちゃいけないんだから」佐々木母は本来、孫が父親が恋しいと返事すると思っていた。そして彼女はそれを利用して嫁に息子のためにプライドを捨てさせようとしたのだ。だが、まさか孫が想像したような返事をしないとは。しかし、幸いなことに彼女の頭は冴えていて、孫のその対応にも上手に唯月を言いくるめようとした。佐々木唯月は義母を見て、冷ややかな口調で言った。「佐々木俊介が家にいたとして、あなた達は彼が息子の世話をするのを見たことある?陽は私と彼の子だけど、ずっと私一人で面倒を見て来たのよ。子供の世話をしないのはまだいいとして、一緒に遊ぶこともしないのよ。週末家にいて暇でも、携帯を持ってずっと誰かとしゃべったり、動画を見たりしてバカみたいに笑って息子とはまったく遊ばないわ。こんな父親、この子が彼に対して情が深くなるとでも言うの?」親子の情というものは培っていかなければならない。血の繋がった父子だとしても、コミュニケーションを取って関係を築き上げていかなければ、うまくいくはずはないのだ。佐々木母は口を開いたが、何も言葉が出なかった。やはり佐々木英子がその言葉に続けて言った。「俊介は普段、仕事がとても忙しいでしょう。週末家にいる時だってリラックスして休みたいのよ。あんたは仕事もせず、ずっと家で子供の世話をしてさ。家事が多いなんて言わないでよね、前は妹がここにいてほとんどの家事は妹がやっててあんたは何もしてなかったじゃない。あんたの専門は食べることで、見てごらん、今のこの醜態をさ」彼女の弟だけが佐々木唯月が太って醜くなったのを嫌っているのではなく、佐々木英
内海唯花は買い物袋をテーブルの上に置き、佐々木陽を抱き上げて優しく尋ねた。「陽ちゃん、お粥食べてるの?」佐々木陽は頷き「うん、たべてる」と返事した。「じゃあ、お腹いっぱいになった?」佐々木陽は自分の小さなお腹をさすり、少し考えてから首を横に振った。彼はまだご飯を食べてなくて、ちょっとお腹が空いていると思った。内海唯花は笑ってソファの前に座り、姉の手から半分残ったお粥を受け取った。「おばちゃんが食べさせてあげようか?」「いいよ」牧野明凛は佐々木唯月に挨拶をし、同じように荷物をテーブルの上に置いた。佐々木家の母娘に対しては、少し会釈をしただけで、それを挨拶代わりにした。佐々木唯月は妹が代わりに息子に食事をさせてくれているので、義母と義姉のほうを向いて言った。「私は俊介を迎えにいったりしないわ。彼が帰って来たいなら、帰って来ればいい。帰りたくないっていうなら、悪いけどお二人に彼の世話は任せるわ」彼は生活費でさえも彼女に返すよう要求してきた。夫婦がもうこんなに冷めた関係になったら、後は他に何が言えるというのだ?佐々木唯月は自分も間違っていたとわかっていた。それは佐々木俊介をあまりに信用しすぎたことだ。佐々木英子はまだ何か言いたそうだったが、それを母親に止められてしまった。佐々木母は無理やり笑顔を作って言った。「わかったわ。帰って俊介に帰るように伝えるから。唯月さん、俊介が戻って来たら、あなた達はもう喧嘩したり手を出したりしないでちょうだいね。俊介は外ではちゃんとした仕事があるんだから、面子がとても重要なのよ。あなたが彼をあんな顔にしちゃったら、誰かに会ったりできないから、仕事にも行けなくて収入も減るでしょうが。損をするのはあなたたち一家なのよ」佐々木唯月は冷たく笑った。「彼は以前一か月に六万円の生活費しかくれなかった。それ以上は少しでも拒んでたし。今割り勘制にして、彼は三万円しかくれてないから、それで陽を養っているだけよ。彼の給料がいくらなのかなんて、今の私には関係のない話ね」彼女も以前、仕事をしていなかったわけではない。結婚前は彼女と佐々木俊介は同じ会社にいた。佐々木俊介が今就いている役職は、一か月に数十万円の給料がある。しかも副収入もあるから、それよりもずっと多く稼いでいるのだ。少なくても一か月に百五十万前
佐々木唯月にこのように言われて、佐々木母は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。なんと言っても、息子と嫁の割り勘制を提案したのは彼女だ。割り勘にしていなかったとしても、息子の金は嫁が管理することはないと知っていた。「お母さん、もう行こう」佐々木英子は唯月の態度が気に入らず、これ以上は母親に話をさせたくなかったので、母親を引っ張って行った。出て行く前に、内海唯花と牧野明凛が持ってきた荷物をちらりと見た。下に降りて、佐々木英子は母親に言った。「お母さん、内海唯花のスピード結婚相手の旦那さんって大企業で働いてるでしょ、給料ってすごく高いんじゃない?あの子、結婚してからいっつもあんなにたくさん買ってくるでしょう。さっきちょっと見たけど、買って来たあのフルーツってどれも高いやつだったわよ。メロンとかイチゴとかよ。ああいうのって高いじゃん。メロンだって一つ三千円くらいするでしょ。イチゴだって一パック安くても五百円はするし」佐々木母は言った。「あなたの弟の収入を考えてみて。唯花の旦那さんは結城グループで働いているのよ。俊介があの会社は東京でも一、二を争う大企業だって言ってたでしょ。そんな会社に入れる人はエリート中のエリートよ。俊介の能力でも結城グループに入って働くのは難しいって言ってたわ。唯花の旦那さんの能力が高いってのは明らかよ。収入も俊介よりもかなり多いに決まってる。彼女は昔から姉によくしてたから、今俊介が唯月にお金をあげないのを知って、姉にお金を渡して助けているのでしょうね。今は彼女とあの結城さんって人は新婚よ。新婚の時は相手は必ず彼女のためにお金を使うでしょう。だけど、彼女がいっつも姉を助けるためにお金を渡していたら、彼だっていつかは不満が出てくるはずよ。どこの誰が自分の妻がいつも実家のほうにお金を渡すのを喜ぶ?」佐々木母はあくどく誹謗した。「そのうちわかることよ。内海唯花はすぐに夫から捨てられるわ。あんなごくつぶしの女たちなんか誰が欲しがるのよ。帰ったら俊介に言うのよ、絶対に唯月にお金を渡しちゃだめだって。唯月にはずっと妹に金を恵んでもらって、唯花の旦那の機嫌を損ねさせるのよ。それでも偉そうにしていられるかしらねぇ?彼女のあの店だって、共同経営者がいるだろう、いくら稼げると思う?唯月のあの気丈な態度は唯花が助けてくれるって思っ
「私はまだ気がかりがあるのよ。俊介は今莉奈さんの言うことをなんでも聞いてるでしょう。あのお嬢さん、頭が良いわ、ずっと俊介とは関係を持とうとはしないもの。彼女がなかなか手に入らないと、もっと求めるようになるものだわ。彼女は俊介をもっともっと自分に溺れさせようとしているのよ。二人が結婚することになって、俊介の給料を彼女が管理するようになったら、私たちの生活は厳しくなるわよ」佐々木英子は毎月弟が両親に結構な生活費をあげていることを思い出した。両親はそのお金で彼女の家を支えてくれているわけだから、彼女が得ている利益も少なくはない。だから、新しい弟の嫁にこの美味い汁を取られてしまうわけにはいかず、こう言うしかなかった。「いいわ、これは俊介と唯月二人のことだもの。彼ら夫婦に任せましょ。俊介がずっと唯月に不倫を隠して気づかれない限り、私も彼のことには関わりたくないわ。男は一度成功してお金を持ってしまえば、外でやりたいようにやるもんだし」佐々木母は息子が父親になっても、外で若くてきれいな女の子を捕まえられるくらい、よくできた男だと思っていた。どのみち彼女の子供は男だから、何があっても損することはないだろうという昔の男尊女卑的考えを持っている。佐々木唯月は義母と義姉が彼女の悪口を言っていることは知っていたが、この母娘が俊介の不倫を隠しているとは知らなった。人の気分を害するこの母と娘が去った後、唯月は妹と明凛に言った。「唯花、明凛ちゃん、あなた達またどうしてこんなにたくさん買ってきたのよ」「唯月姉さん、ただのフルーツとお菓子だから、別に高いものじゃないですよ」牧野明凛は笑って言った。「お姉さんと陽ちゃんが家にいるって思って、二人に食べてもらいたくて買ってきたんです。今はおうちに二人だけで、誰にも取られることはないから、たくさん買ったんですよ。食べきれなかったら、冷蔵庫に入れてゆっくり食べてください」彼女は佐々木英子が家を出る前にこの買って来た買い物袋をちらりと見ていたのを気にしてこう言ったのだ。この間、内海唯花夫婦が姉に持って来た物は、佐々木俊介が両親と姉にあげてしまい、唯月はあまりの怒りで失神しそうなくらいだった。内海唯花は甥にご飯を食べさせると、新しいおもちゃを取って彼に渡した。甥は傍で遊ばせておいて、姉に言った。「お姉ちゃん、佐々木
内海唯花はそれにうんと返事した。「ただちょっとこのことを頭の隅に置いといてもらいたくて。仕事に関しては、あまり焦らないで」牧野明凛も言った。「ゆっくり探してください。なかなか自分に合った仕事が見つからなかったら、私と唯花の店を手伝ってください。私がお給料を出しますから。それか、唯月さんも自分のお店を出しませんか?」佐々木唯月は息子が遊んでいるのを見て、どうしようもないといった様子で言った。「私にはそんな資金はないもの。それに、どんな店を開いたらいいのかもわからないし。実店舗経営はやっぱり難しいでしょうし」妹の本屋は星城高校の目の前に開いているから、生徒たちが来ることも多く、まあまあ儲かっている。もしも他の場所で商売をすれば、うまくいくかはわからない。星城高校付近にある店はどれも家賃がとても高い。しかも、誰でもそこで店を借りられるというわけではない。やはりコネがなければ難しいのだ。内海唯花のあの店は牧野明凛の家族が表に出て話をつけてくれたおかげでやっと借りることができたのだ。「お姉ちゃん、だったら、ビーズ細工の作り方を教えるから、ネットでお店を開いたらいいじゃない。そうすれば家でお金も稼げるし、陽ちゃんの面倒を見ることもできるでしょ。私のネットショップは今売れ行きが良くて、ほとんどの商品は予約しないと買えないくらいよ。予約がたくさん入ってるから、私は毎日作るのに忙しいの」今月彼女がネットショップで稼いだお金は本屋での自分の稼ぎ分をはるかに上回っていた。高校生の試験が近いため本屋で売れた参考書の数も多かったのだが、それにしても彼女のネットショップの売り上げのほうが多かった。内海唯花は人生において金運が今まさにやってきたのだと思った。ネットショップも商売を始めてから数年経っている。売り上げはずっと良くも悪くもなく平坦なものだったが、なぜか今月は爆発的人気が出て、評価も五つ星ばかりだ。「ネットショップをもっと大きくしたいと思ってて、ハンドメイドの置物だけじゃなくて、ヘアアクセサリー作りも勉強したいの。ちょっとレトロな雰囲気のが好きだから」牧野明凛は親友の話には大賛成だった。親友のこの考えはとても良いと思ったのだ。佐々木唯月は苦笑いして言った。「唯花、お姉ちゃんにはそんな創作センスはないわ。あなたのハンドメイドで使う材料を見ただけで
今すでに結婚してから一か月過ぎていて、あと五か月の期間がある。それを過ぎれば夫婦は独身に戻ることができるのだ。離婚した後、それぞれ結婚したい人と結婚して、もう赤の他人になる。九条悟と東隼翔は顔を見合わせた。東隼翔は言った。「お前ら結城家の男子は離婚しちゃいけないんじゃなかったか?」「俺だけ例外だ」結城理仁は低く冷たい声で言った。「俺と内海さんとの結婚はどういう経緯なのか二人も知っているだろう。俺が離婚したとしても、ばあちゃんも何も言えないさ。それ以外の人間なんてさらに俺に何か言う資格はない。俺の本当のことを知れば可哀そうだと思うだろ」そうだ。彼は本当に辛いのだ。祖母の恩返しのために、彼が全く知らない内海唯花という女性を妻とし、結婚した後は彼女に気前よく、寛大に接していたというのに、一方の彼女はどうだ?姉の家に行くと嘘をつき、結局金城琉生と一緒に食事していたじゃないか。自分がヤキモチを焼いているのを断固として認めない結城坊ちゃんは、自動的に牧野明凛の存在を消し去っていた。それに牧野明凛と金城琉生がいとこ同士で仲が良いという事実も無視していた。九条悟、東隼翔「……」「今後は彼女を社長夫人と呼ぶなよ、あいつにそんな資格なんかないからな!」結城理仁は低く冷ややかな声でそう言った。端正な顔も氷のように冷たく厳しくなった。九条悟は彼に言った。「二日前は奥さんからもらった服を来て会社に来て、一日中自慢していたじゃないか。今日になって態度がガラッと変わるなんて、君たちもしかして喧嘩したのか?」結城理仁は九条悟を睨みつけた。「あまり調子に乗って余計なことを言わないほうが身のためだぞ」九条悟にこのように言われて、彼は少し恥ずかしさで怒りが込み上げてきた。彼があのスーツを着たことに関して、生まれてはじめてあのような安物を身に着けたのは、彼女が買ってくれたものだし、二人はまだある程度の期間パートナーとして一緒に過ごしていくからだ。彼女の顔を立てて、彼女からプレゼントされた服を着たまで。その結果はどうだ?丸一日中、彼女は彼がその服を着ていることに気づかなかったじゃないか。彼は彼女が自分で贈った服がどんなものだったか覚えていないのではないかと、ものすごく疑っていた。「彼女と喧嘩なんかしている暇すらないさ!行こう、俺の経営するホ
「あなたへのサプライズよ」結城理仁はその袋を受け取って見た後「また服か?」と言った。彼は服を取り出して見た。今回彼女はとても気前が良く、彼にブランドの服を買ったのだった。「私男の人に何かプレゼントしたことないから、すごく喜ばせることできなくて、こういうささやかなものだけどね。この間あなたにあげた服は高いものじゃないの。ひとセットで二万円ちょっとくらい。今回のはブランドのものを買ったから、ひとセットで二十万以上するものよ。つまりたくさんのお金を身にまとっているようなものよ。これでもサプライズにならない?私、この年になってもこんな高い服はお金がもったいなくて着られないよ」結城理仁は笑った。「君の性格とお財布事情からみれば、こんな高い服を俺に買ってくれるのは、確かにサプライズだな」以前彼にプレゼントした服と比べれば、何倍も良いものだ。うん、確かにサプライズだ。「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれてありがとう」「大したことじゃないよ。君のお姉さんは俺のお姉さんと同義だ。自分の姉の手伝いをするんだから、それは当然のことだろう。それなのにわざわざ俺に服を買ってお礼をするなんて水臭いよ」突然彼に服を買ってきたと思ったら、なるほど彼が手伝ってくれたことに対する感謝だったわけだ。彼女は彼にとても気を使っていて、家族として見ていないのだ。彼が彼女を助けたら、彼女はいつもこのような方法でお返しをし、彼に貸しを作ろうとしなかった。そう気づいて、結城理仁は自分が悲しめばいいのか、喜べばいいのかよくわからなかった。結婚したばかりの頃、彼女がこのようにしてきたら、彼は彼女が常識を持っている人だと感じていたことだろう。今は、彼は彼女がかなり他人行儀だと感じてしまう。彼女の世界には彼がいないかのように。でもそれは彼女を責められることではない。一体どこのどいつが彼女に契約させたのだ?「お姉ちゃんがいっつも私にあなたには良くしなさいって言うの。あなたに新しい服を買ったこと、もしお姉ちゃんが次こんなこと言ってきたら、あなたから教えてあげてよね」結城理仁は失笑して言った。「わかったよ。今後君のお姉さんに会ったら、俺から彼女に伝えるよ。俺が着ている服はみんな君が俺にプレゼントしてくれたものだってね。もし君が俺に下着も買っ
高橋おじさんもこう言っているので、内海唯花も「おじさん、お気をつけて」と言うしかなかった。おじさんは三輪のバイクに乗って来ていた。おじさんは笑って内海唯花に手を振り、三輪バイクに跨って去って行った。彼が帰った後、内海唯花は結城理仁に電話をかけた。「どうしたの?」結城理仁の低く落ちついた声が聞こえてきた。「結城さん、もうすぐ仕事終わる?」結城理仁は少し沈黙し、ドキドキしていた。彼女は恋しくなったのか?しかしすぐに結城理仁はそれを否定した。内海唯花が彼を恋しいと思うわけがない。彼は最近、多くのことを考え過ぎだ。「何か用かな?」結城理仁は彼女に直接答えなかった。彼女が彼にいつ仕事が終わるのか聞いてきたその理由を聞いてから答えを出そうと思ったのだ。「その、私急いで外に出ちゃったものだから、鍵を持って出るのを忘れたのよ。玄関のドアはもう閉めちゃって、うちってオートロックにしてるでしょ、だから今家に入れないの。もし残業があるなら、今からタクシーであなたの会社に鍵を取りに行くわ。もうすぐ仕事が終わるなら私玄関の前で待ってる」結城理仁は少し考えてから言った。「今から帰るよ。タクシーで来なくていいから」「わかったわ。家の前で待ってるね」結城理仁は一言うんと返事し、電話を切った。九条悟は結城理仁の話を聞いた後、自分がまた上司の代わりに引き続き顧客とビジネスの提携について話さなければならないとわかった。彼は結城理仁が口を開く前に、物分かり良く言った。「急いで行きな。ここは俺が対処するから」結城理仁は親友の肩をポンポンと叩くと、トイレに行っている顧客が戻って来てから、申し訳なさそうに急用ができたので先に失礼すると顧客に言い、理解をもらってからボディーガードを引き連れてスカイロイヤルホテルを後にした。九条悟は思った。家族から今後結婚の催促をされ、お見合いの場を設けられたら、絶対に行ってみよう。そうすればもしかしたらお見合い相手を気に入り、上司のようにスピード結婚できるかもしれないから。妻ができたら、彼は上司と同じように妻から電話が来るとすぐに仕事を全て放り投げて家に帰り奥さんと一緒にいられるのだ。この世で一番大事なのは妻なのだ!内海唯花はあまり待たずに結城理仁が帰ってきた。「ペットを連れて散歩に行って
義母から知り合いではないふりをされても、内海唯花はそれが理解できた。それにあまり気にしなかった。歩いて車を止めているところまで戻り、鍵を開けて助手席に結城理仁に買った服を置くと、彼女は運転してそこを離れていった。少ししてトキワ・フラワーガーデンに帰ってきた。結城理仁はまだ帰ってきておらず、彼女はベランダに行き彼女の小さな花壇をきれいに整えた。バラがたくさん咲いていたので、彼女はハサミを持ってきて何本か切り取り、捨てるのはもったいないのでリビングに持って来ると必要ない枝を切り落とし花瓶に挿した。「プルプルプル……」内海唯花の携帯が鳴った。彼女がその電話に取ると、それは彼女の店のお隣さんからだった。彼女はさっき結城理仁に服を買いにショッピングに出かけ、ペットを連れていくのは不便だったので隣の店に世話をお願いしていたのだ。「高橋さん、私すっかり忘れていました。すみません、今すぐペットを迎えに行きます」内海唯花はもしこの電話がかかってこなかったら、完全にペットのことを忘れていただろう。悪いけど、彼女はかなり忙しかったのだ。それに今日ペットが来たばかりだったから、慣れておらず、犬と猫のことなどすっかり頭になかったのだ。「内海さん、ワンちゃんたちはマンションの入り口まで送って行くよ。下に降りてきてくれればいいから」高橋おじさんは電話で言った。「あなたが暫く経っても迎えに来ないもんだから、たぶん忘れちゃってるんだろうと思ってね。ちょうど私もやることがないし、ワンちゃんたち連れてきたよ」高橋おじさんとはあの占いの本を見て、自分でも運命占いができると思っているあのお隣さんのことだ。彼はいつも内海唯花には金持ちの相が見えていて、最初は苦労するが、後々成功して幸せになれると思い込んでいた。だから将来は彼らと彼女は全く違う世界の人間になると思っている。彼ら夫婦が星城高校の前に小さなお店を始めてから、彼は内海唯花たちと衝突したことは一度もなかった。牧野明凛のことも高橋おじさんの目には高い地位と財産を手に入れる運命の女性に映っていた。もちろん、牧野家という家柄があるのだから、牧野明凛はすでにそうではあるのだが。「高橋さん、すぐに出ますね」内海唯花は高橋おじさんに感謝しながらも、申し訳なく思った。急いでそう言うと、すぐに電話を切
結城麗華も後ろを振り返り、彼女たちとは反対方向に進んでいく内海唯花を見た。「あの子が私たちに微笑んでた?知らない子よ」「じゃあ、私の勘違いね。てっきり彼女が私たちに笑いかけてるものだと思ったのよ」結城麗華の友人も多くは考えなかった。彼女はまた後ろを向いてちらちら見た。内海唯花がすでに遠くに行ってしまったのを見ると笑って言った。「私ったら、本当に勘違いしたのね。あのお嬢さんとっても綺麗な子だったわ。気品もあるし、ちょっと見ただけでも、どこかの家のご令嬢かと思うくらいよ。あなたのお知り合いだと思ったわ」友人は結城麗華をからかって言った。「私たち星城の名家の娘だったら、あなたを見かけたらすぐに微笑みかけるでしょ」結城麗華には三人の息子がいる。一番有名なのはもちろん長男だ。その長男は結城グループの当主であり、結城家の地位で言えば結城おばあさんを除いて一番重要な位置にいる人間だ。結城家の男たちはまだ若者の二人を除いて、みんな才能のずば抜けた人達だ。一人はまだ高校生で、もう一人は成人したばかりだから結婚は早い。この二人以外の結城家の七人の坊ちゃんは結婚適齢期になっている。結城家なのだ。星城のトップクラスの富豪で、正真正銘の名家だ。だから、この結城家にお嫁に来て「若奥様」という身分を手に入れたい女性がどれほどいるだろうか?それで結城麗華と彼女の二人の相嫁は社交界で最も注目される貴婦人なのだった。結婚適齢期の娘がいる家は必死に結城麗華とその相嫁たち三人とコネを作りご機嫌取りをしていた。彼女たち結城家の親戚になろうと夢を見ているのだ。結城麗華は淡々と笑って言った。「私に笑いかけたって無駄よ。我が結城家は古臭い考え方なんて持っていないもの。子供たちの結婚に関しては私たち年長者はアドバイスはするけど、子供に代わって結婚相手を決めたりなんかしないわ。息子たちが好きになった女性が、品行方正であれば同意するつもりよ」彼女は長男の嫁である内海唯花をあまり気に入っていなかった。しかし、唯花の人柄は良いことを知っていた。長男が内海唯花を妻として迎え入れると決めたからには、母親として唯花のことが嫌いでも息子の前で文句を言ったりはしなかった。さらにこの結婚を強制的に決めた義母である結城おばあさんに対しても不満は持たなかった。彼女は内海唯花の悪口も言わなかっ
俊介は母親に言った。「母さん、姉さんと一緒にショッピングして来なよ。何か好きな物があったら買えばいい」そう言うと、彼は携帯を取り出してペイペイを開き母親にショッピング用に十万円送金した。「わかったわ、後でお姉ちゃんと買い物に行って新しい服でも買って来る。あなたは早く仕事に戻って、仕事が終わったら早めに帰ってくるのよ」佐々木母は息子を玄関まで行って見送り、仕事が終わったら唯月にプレゼントを買うのを忘れないように目配せした。佐々木唯月はベビーカーを押してきて、息子を抱きかかえてその上に乗せ、淡々と言った。「私は陽を連れて散歩してきます」「いってらっしゃい」佐々木母は慈愛に満ちた笑顔を見せた。佐々木唯月はその時、瞬時に警戒心を持った。義母がこのような様子の時は絶対に彼女をはめようとしているのだ。はっきり言うと、義母と義姉が何か彼女に迷惑をかけようとしているのだろう。彼女たちがどんな要求をしてこようとも、唯月は絶対にそれに応えることはしない。そう考えながら、佐々木唯月はそれ以上彼女たちに構うのも面倒で、ベビーカーを押して出て行った。一方、内海唯花のほうは夜の店の忙しさが終わり、夕食を済ませていた。牧野明凛は先に家に帰っていて、彼女はハンドメイドの商品をきれいに包み、宅急便に電話をかけて荷物の回収をしてもらおうとしているところだった。今日発送ができるハンドメイド商品をお客に送った後、内海唯花は十一時になる前に店を閉めた。結城理仁がこの日の昼、佐々木俊介の不倫の証拠を持って来てくれた。また姉妹を助けてくれたから、内海唯花は理仁にお礼をしようと思い、理仁にまた新しい服を二着買いに行こうと決めたのだ。今度は彼にブランドのスーツを二着買おうと決めた。彼はカッコイイから、ブランドの良いスーツを着ればそのカッコよさに更に磨きがかかるだろう。夫がカッコイイと皆に褒められると、妻である彼女も鼻が高い。内海唯花は店を閉めた後、車を運転して行った。某ブランド服の店に着いた後、内海唯花は駐車場に車をとめ、携帯を片手に結城理仁にLINEをしながら車を降りた。結城理仁はこの時、まだスカイロイヤルホテルで顧客と食事をしながら商談をしていた。内海唯花からLINEが来ても彼の表情は変わらなかった。細かく見てみると、彼がLINEを見た後、
佐々木英子は声をさらに抑えて言った。「ちょっとお金使って何か彼女にプレゼントを買ってさ、ご機嫌取りをすればすぐに解決するわよ。どう言ったって、彼女は陽君の母親よ。その陽君のこともあるし、あんたの甥と姪の世話が必要なんだってことも考慮して、あんたから先に頭下げて、あいつをなだめるのよ。大の男は臨機応変な対応をしていかないと」佐々木母もやって来て娘の話に続いて小声で息子を説得した。「俊介、陽ちゃんのためにもあんた達二人は一緒に暮らしていったほうがいいわ。お姉ちゃんの言うことを聞いて、唯月に何か買ってやって、機嫌でも取ってきなさいよ。以前彼女があんたのことをしっかり世話してくれていたでしょ。それなのに今あんたはどう変わったかしっかり考えてみなさい。ちょっとくらい頭を下げたって、損ないでしょ」佐々木母は今日息子の家に来てみて、息子が一家の大黒柱としての威厳で嫁を制御できないことにとても心を痛めていた。しかし、こうなってしまったのも彼女と娘が俊介を唆した結果なのだ。もし彼女たち二人が息子に唯月と割り勘制にしたほうが良いと唆したりしなければ、唯月だって彼らと本気になって細かいところまでケチになったりしなかったのだ。「それか、お母さんとお父さんが一緒にここに住んで、子供の送り迎えをしてあげようか?」佐々木母は「陽ちゃんが幼稚園に上がったら、私も英子の子供たちと一緒に送り迎えできるし、唯月は仕事に行けばいいじゃない」と言った。佐々木英子は口を尖らせて言った。「あいつがどんな仕事するっての?陽君が幼稚園に上がったら、第二子を産むべきよ。佐々木家には男が少ないんだからさ。私には弟の俊介しかいなくて、もう一人多く弟が欲しくたってそれも叶わないんだから。今陽君には弟も妹もいないのよ。今国の出生率も落ちてるし、俊介、あんた達も二人目を考えないとだめよ。早めに唯月と二人目産みなさい。今ちょうどいいわ、来年には陽君は幼稚園に上がるから、次を産むのにはタイミングが良いのよ」佐々木英子は唯月に仕事をさせたくなかった。あの女は結婚する前はなかなか能力があった。もし唯月が仕事に復帰したら、すぐに結婚前のあの自信を取り戻し、高給取りとなり勢いに乗るはずだ。そんなことになれば、彼らは彼女をコントロールすることなどできなくなってしまう。だから佐々木唯月に二人
佐々木英子は自分の家族がどれだけ悪いことをやっているのかはっきりとわかっていたが、ただ反省する気などまったくなかった。高学歴女子だったとしても、一度結婚して子供を産んでしまえば、結婚生活や情というものに囚われてしまい、どんな理不尽なことに遭っても手を放すことができなくなってしまうものだ。「姉さん、俺あいつには言ったよ。断られた」佐々木俊介は今この状況では姉に胸を張って保証ができなかった。この間の家庭内暴力をきっかけに、夫婦関係は全く改善されていない。彼は成瀬莉奈がいて、その浮気相手のご機嫌取りばかり考えているので、家にいる見た目の悪い妻に構っている暇などなかったのだ。佐々木唯月も頑固だった。以前の彼女であればすぐに謝ってきたのに、今回は何がなんでも自分から頭を下げるつもりがないらしい。それ故、この夫婦二人の関係はずっとこのように硬直状態が続いていた。一緒に住んでいるが、別々の部屋で休み、各々自分のことをやっている。子供のこと以外で二人はお互いに話などしたくなかった。「こんな簡単なこともやってくれないって?私だって別にタダで手伝ってくれって言ってるんじゃなくて、毎月二万あげるってのに。あの子今稼ぎがないんだから、二万円は彼女にとってとっても多いでしょ」もし弟夫婦が喧嘩して、彼女もそれに加担して彼女と義妹である唯月の関係が更に悪化していなければ、佐々木英子は一円たりともお金を出したくはなかった。「俺もあいつにあと三万の生活費を出してやるって言ったのに、あいつそれでも首を縦に振らないんだ。家の名義については問題ないよ。俺の姉さんなんだし、同じ母親から生まれたんだから、姉さんを信じてるよ。この家は俺が結婚する前に買ったやつで、今も毎月ローン俺が返してるんだ。唯月はリフォーム代だけしか出してないから、家の名義を書き換えることになったとして、彼女が反対してきても意味はないさ」佐々木唯月は彼が家の名義を姉にするつもりなら、リフォーム代を返せと言ってきたのだ。それに対して彼もそんなの受け入れられず、一円たりとも返さないと反発した。もし佐々木唯月に度胸があるというなら、壁紙も全部剥がしてみるがいい。佐々木英子は言った。「うちの子の送り迎えやご飯の用意、宿題の指導とか誰もしてくれないなら、私にこの家を譲ってくれても意味ないじゃ
野菜炒めは昨日作った時に余った材料を半分冷蔵庫に入れていたのだった。ただその量は多くなく、彼女一人が食べる分しかなかった。これは彼女のお金で買ったものだから、あの母子三人にはあげなかった。佐々木英子「……」このクソデブ女、まさか先に自分の分のご飯とおかずを残しておいただなんて。これじゃお腹を空かすことはないじゃないか。佐々木唯月はご飯とおかずを持って出て行き、テーブルに座ると、優雅に自分の夕食を楽しんだ。内海唯花は姉がいじめられないか心配で忙しい中時間を作って彼女に電話をして尋ねた。「お姉ちゃん、あいつら手を組んでいじめてきてない?」「この前包丁で俊介を追いかけ回した件からは、あいつらは今ただ口喧嘩しかしてこないわ。夫のことなんか気にしなくなった女性はその夫とその家族の不当な行いに二度と寛容ではいなくなるのよ」内海唯花は姉がそのように言うのを聞いて、安心した。「お姉ちゃん、ご飯ちゃんと食べた?」「今食べてるわ。あなたはご飯まだなの?」「一区切りついたら食べるわ。お姉ちゃん、じゃ、電話切るわね」「うん」佐々木唯月はこの時間帯、妹はとても忙しいのがわかっていた。妹との電話を終えた後、彼女は引き続き夕食を食べ始めた。佐々木英子が食器を洗い終わってキッチンから出て来た時に佐々木唯月はもうお腹いっぱい食べていた。子供ができてから、彼女がご飯を食べるスピードはとても速くなった。「俊介、あなたに話したいことがあるのよ」佐々木英子は弟のところまでやって来て横に座ると小声で言った。「あなたが仕事終わって帰ってくる前、唯月が唯花に何か渡していたわ。大きな袋よ。ちょっと家の中でなくなったものがないか確認してみて。何か美味しい物でも買って家に置いていたりした?私が思うにあの中は食べ物だと思う」佐々木俊介は眉間にしわを寄せた。唯月が内海唯花にこの家から何かをあげるのは好きではないのだ。姉が何か食べ物ではないかと言ったので、彼は眉間のしわを元に戻し言った。「姉さん、俺は今何か食べ物を買ってきて家に置いたりしてないから、俺が買ったものじゃないよ」「そうなんだ。それならいいけどね。もしあなたが買った物をあいつの妹に持っていかれたりしたら、それを取り返さないと。損しちゃうわよ」「姉さん、俺は損したりなんかしないって。ねえ、姉
内海唯花がご飯を食べる速度はとても速く、以前はいつも唯花が先に食べ終わって、すぐに唯月に代わって陽にご飯を食べさせ、彼女が食べられるようにしてくれていた。義母のほうの家族はそれぞれ自分が食べることばかりで、お腹いっぱいになったら、全く彼女のことを気にしたりしなかった。まるで彼女はお腹が空かないと思っているような態度だ。「母さん、エビ食べて」佐々木俊介は母親にエビを数匹皿に入れると、次は姉を呼んだ。「姉さん、たくさん食べて、姉さんが好きなものだろ」佐々木英子はカニを食べながら言った。「今日のカニは身がないのよ。小さすぎて食べるところがないわ。ただカニの味を味わうだけね」唯月に対する嫌味は明らかだった。佐々木俊介は少し黙ってから言った。「次はホテルに食事に連れて行くよ」「ホテルのご飯は高すぎるでしょ。あなただってお金を稼ぐのは楽じゃないんだし。次はお金を私に送金してちょうだい。お姉ちゃんが買って来て唯月に作らせるから」佐々木英子は弟のためを思って言っている様子を見せた。「それでもいいよ」佐々木俊介は唯月に少しだけ労働費を渡せばいいと思った。今後は海鮮を買うなら、姉に送金して買ってきてもらおう。もちろん、姉が買いに行くなら、彼が送金する金額はもっと多い。姉は海鮮料理が好きだ。毎度家に来るたび、毎食は海鮮料理が食べたいと言う。魚介類は高いから、姉が買いに行くというなら、六千円では足りるわけがない。佐々木家の母と子供たち三人は美味しそうにご飯を食べていた。エビとカニが小さいとはいえ、唯月の料理の腕はかなりのものだ。実際、姉妹二人は料理上手で、作る料理はどれも逸品だった。すぐに母子三人は食べ終わってしまった。海鮮料理二皿もきれいに平らげてしまい、エビ半分ですら唯月には残していなかった。佐々木母は箸を置いた後、満足そうにティッシュで口元を拭き、突然声を出した。「私たちおかず全部食べちゃって、唯月は何を食べるのよ?」すぐに唯月のほうを向いて言った。「唯月、私たちったらうっかりおかずを全部食べちゃったのよ。あなた後で目玉焼きでも作って食べてちょうだい」佐々木唯月は顔も上げずに慣れたように「わかりました」と答えた。佐々木陽も腹八分目でお腹がいっぱいになった。これ以上食べさせても、彼は口を開けてはくれない。佐々木