内海唯花は買い物袋をテーブルの上に置き、佐々木陽を抱き上げて優しく尋ねた。「陽ちゃん、お粥食べてるの?」佐々木陽は頷き「うん、たべてる」と返事した。「じゃあ、お腹いっぱいになった?」佐々木陽は自分の小さなお腹をさすり、少し考えてから首を横に振った。彼はまだご飯を食べてなくて、ちょっとお腹が空いていると思った。内海唯花は笑ってソファの前に座り、姉の手から半分残ったお粥を受け取った。「おばちゃんが食べさせてあげようか?」「いいよ」牧野明凛は佐々木唯月に挨拶をし、同じように荷物をテーブルの上に置いた。佐々木家の母娘に対しては、少し会釈をしただけで、それを挨拶代わりにした。佐々木唯月は妹が代わりに息子に食事をさせてくれているので、義母と義姉のほうを向いて言った。「私は俊介を迎えにいったりしないわ。彼が帰って来たいなら、帰って来ればいい。帰りたくないっていうなら、悪いけどお二人に彼の世話は任せるわ」彼は生活費でさえも彼女に返すよう要求してきた。夫婦がもうこんなに冷めた関係になったら、後は他に何が言えるというのだ?佐々木唯月は自分も間違っていたとわかっていた。それは佐々木俊介をあまりに信用しすぎたことだ。佐々木英子はまだ何か言いたそうだったが、それを母親に止められてしまった。佐々木母は無理やり笑顔を作って言った。「わかったわ。帰って俊介に帰るように伝えるから。唯月さん、俊介が戻って来たら、あなた達はもう喧嘩したり手を出したりしないでちょうだいね。俊介は外ではちゃんとした仕事があるんだから、面子がとても重要なのよ。あなたが彼をあんな顔にしちゃったら、誰かに会ったりできないから、仕事にも行けなくて収入も減るでしょうが。損をするのはあなたたち一家なのよ」佐々木唯月は冷たく笑った。「彼は以前一か月に六万円の生活費しかくれなかった。それ以上は少しでも拒んでたし。今割り勘制にして、彼は三万円しかくれてないから、それで陽を養っているだけよ。彼の給料がいくらなのかなんて、今の私には関係のない話ね」彼女も以前、仕事をしていなかったわけではない。結婚前は彼女と佐々木俊介は同じ会社にいた。佐々木俊介が今就いている役職は、一か月に数十万円の給料がある。しかも副収入もあるから、それよりもずっと多く稼いでいるのだ。少なくても一か月に百五十万前
佐々木唯月にこのように言われて、佐々木母は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。なんと言っても、息子と嫁の割り勘制を提案したのは彼女だ。割り勘にしていなかったとしても、息子の金は嫁が管理することはないと知っていた。「お母さん、もう行こう」佐々木英子は唯月の態度が気に入らず、これ以上は母親に話をさせたくなかったので、母親を引っ張って行った。出て行く前に、内海唯花と牧野明凛が持ってきた荷物をちらりと見た。下に降りて、佐々木英子は母親に言った。「お母さん、内海唯花のスピード結婚相手の旦那さんって大企業で働いてるでしょ、給料ってすごく高いんじゃない?あの子、結婚してからいっつもあんなにたくさん買ってくるでしょう。さっきちょっと見たけど、買って来たあのフルーツってどれも高いやつだったわよ。メロンとかイチゴとかよ。ああいうのって高いじゃん。メロンだって一つ三千円くらいするでしょ。イチゴだって一パック安くても五百円はするし」佐々木母は言った。「あなたの弟の収入を考えてみて。唯花の旦那さんは結城グループで働いているのよ。俊介があの会社は東京でも一、二を争う大企業だって言ってたでしょ。そんな会社に入れる人はエリート中のエリートよ。俊介の能力でも結城グループに入って働くのは難しいって言ってたわ。唯花の旦那さんの能力が高いってのは明らかよ。収入も俊介よりもかなり多いに決まってる。彼女は昔から姉によくしてたから、今俊介が唯月にお金をあげないのを知って、姉にお金を渡して助けているのでしょうね。今は彼女とあの結城さんって人は新婚よ。新婚の時は相手は必ず彼女のためにお金を使うでしょう。だけど、彼女がいっつも姉を助けるためにお金を渡していたら、彼だっていつかは不満が出てくるはずよ。どこの誰が自分の妻がいつも実家のほうにお金を渡すのを喜ぶ?」佐々木母はあくどく誹謗した。「そのうちわかることよ。内海唯花はすぐに夫から捨てられるわ。あんなごくつぶしの女たちなんか誰が欲しがるのよ。帰ったら俊介に言うのよ、絶対に唯月にお金を渡しちゃだめだって。唯月にはずっと妹に金を恵んでもらって、唯花の旦那の機嫌を損ねさせるのよ。それでも偉そうにしていられるかしらねぇ?彼女のあの店だって、共同経営者がいるだろう、いくら稼げると思う?唯月のあの気丈な態度は唯花が助けてくれるって思っ
「私はまだ気がかりがあるのよ。俊介は今莉奈さんの言うことをなんでも聞いてるでしょう。あのお嬢さん、頭が良いわ、ずっと俊介とは関係を持とうとはしないもの。彼女がなかなか手に入らないと、もっと求めるようになるものだわ。彼女は俊介をもっともっと自分に溺れさせようとしているのよ。二人が結婚することになって、俊介の給料を彼女が管理するようになったら、私たちの生活は厳しくなるわよ」佐々木英子は毎月弟が両親に結構な生活費をあげていることを思い出した。両親はそのお金で彼女の家を支えてくれているわけだから、彼女が得ている利益も少なくはない。だから、新しい弟の嫁にこの美味い汁を取られてしまうわけにはいかず、こう言うしかなかった。「いいわ、これは俊介と唯月二人のことだもの。彼ら夫婦に任せましょ。俊介がずっと唯月に不倫を隠して気づかれない限り、私も彼のことには関わりたくないわ。男は一度成功してお金を持ってしまえば、外でやりたいようにやるもんだし」佐々木母は息子が父親になっても、外で若くてきれいな女の子を捕まえられるくらい、よくできた男だと思っていた。どのみち彼女の子供は男だから、何があっても損することはないだろうという昔の男尊女卑的考えを持っている。佐々木唯月は義母と義姉が彼女の悪口を言っていることは知っていたが、この母娘が俊介の不倫を隠しているとは知らなった。人の気分を害するこの母と娘が去った後、唯月は妹と明凛に言った。「唯花、明凛ちゃん、あなた達またどうしてこんなにたくさん買ってきたのよ」「唯月姉さん、ただのフルーツとお菓子だから、別に高いものじゃないですよ」牧野明凛は笑って言った。「お姉さんと陽ちゃんが家にいるって思って、二人に食べてもらいたくて買ってきたんです。今はおうちに二人だけで、誰にも取られることはないから、たくさん買ったんですよ。食べきれなかったら、冷蔵庫に入れてゆっくり食べてください」彼女は佐々木英子が家を出る前にこの買って来た買い物袋をちらりと見ていたのを気にしてこう言ったのだ。この間、内海唯花夫婦が姉に持って来た物は、佐々木俊介が両親と姉にあげてしまい、唯月はあまりの怒りで失神しそうなくらいだった。内海唯花は甥にご飯を食べさせると、新しいおもちゃを取って彼に渡した。甥は傍で遊ばせておいて、姉に言った。「お姉ちゃん、佐々木
内海唯花はそれにうんと返事した。「ただちょっとこのことを頭の隅に置いといてもらいたくて。仕事に関しては、あまり焦らないで」牧野明凛も言った。「ゆっくり探してください。なかなか自分に合った仕事が見つからなかったら、私と唯花の店を手伝ってください。私がお給料を出しますから。それか、唯月さんも自分のお店を出しませんか?」佐々木唯月は息子が遊んでいるのを見て、どうしようもないといった様子で言った。「私にはそんな資金はないもの。それに、どんな店を開いたらいいのかもわからないし。実店舗経営はやっぱり難しいでしょうし」妹の本屋は星城高校の目の前に開いているから、生徒たちが来ることも多く、まあまあ儲かっている。もしも他の場所で商売をすれば、うまくいくかはわからない。星城高校付近にある店はどれも家賃がとても高い。しかも、誰でもそこで店を借りられるというわけではない。やはりコネがなければ難しいのだ。内海唯花のあの店は牧野明凛の家族が表に出て話をつけてくれたおかげでやっと借りることができたのだ。「お姉ちゃん、だったら、ビーズ細工の作り方を教えるから、ネットでお店を開いたらいいじゃない。そうすれば家でお金も稼げるし、陽ちゃんの面倒を見ることもできるでしょ。私のネットショップは今売れ行きが良くて、ほとんどの商品は予約しないと買えないくらいよ。予約がたくさん入ってるから、私は毎日作るのに忙しいの」今月彼女がネットショップで稼いだお金は本屋での自分の稼ぎ分をはるかに上回っていた。高校生の試験が近いため本屋で売れた参考書の数も多かったのだが、それにしても彼女のネットショップの売り上げのほうが多かった。内海唯花は人生において金運が今まさにやってきたのだと思った。ネットショップも商売を始めてから数年経っている。売り上げはずっと良くも悪くもなく平坦なものだったが、なぜか今月は爆発的人気が出て、評価も五つ星ばかりだ。「ネットショップをもっと大きくしたいと思ってて、ハンドメイドの置物だけじゃなくて、ヘアアクセサリー作りも勉強したいの。ちょっとレトロな雰囲気のが好きだから」牧野明凛は親友の話には大賛成だった。親友のこの考えはとても良いと思ったのだ。佐々木唯月は苦笑いして言った。「唯花、お姉ちゃんにはそんな創作センスはないわ。あなたのハンドメイドで使う材料を見ただけで
今すでに結婚してから一か月過ぎていて、あと五か月の期間がある。それを過ぎれば夫婦は独身に戻ることができるのだ。離婚した後、それぞれ結婚したい人と結婚して、もう赤の他人になる。九条悟と東隼翔は顔を見合わせた。東隼翔は言った。「お前ら結城家の男子は離婚しちゃいけないんじゃなかったか?」「俺だけ例外だ」結城理仁は低く冷たい声で言った。「俺と内海さんとの結婚はどういう経緯なのか二人も知っているだろう。俺が離婚したとしても、ばあちゃんも何も言えないさ。それ以外の人間なんてさらに俺に何か言う資格はない。俺の本当のことを知れば可哀そうだと思うだろ」そうだ。彼は本当に辛いのだ。祖母の恩返しのために、彼が全く知らない内海唯花という女性を妻とし、結婚した後は彼女に気前よく、寛大に接していたというのに、一方の彼女はどうだ?姉の家に行くと嘘をつき、結局金城琉生と一緒に食事していたじゃないか。自分がヤキモチを焼いているのを断固として認めない結城坊ちゃんは、自動的に牧野明凛の存在を消し去っていた。それに牧野明凛と金城琉生がいとこ同士で仲が良いという事実も無視していた。九条悟、東隼翔「……」「今後は彼女を社長夫人と呼ぶなよ、あいつにそんな資格なんかないからな!」結城理仁は低く冷ややかな声でそう言った。端正な顔も氷のように冷たく厳しくなった。九条悟は彼に言った。「二日前は奥さんからもらった服を来て会社に来て、一日中自慢していたじゃないか。今日になって態度がガラッと変わるなんて、君たちもしかして喧嘩したのか?」結城理仁は九条悟を睨みつけた。「あまり調子に乗って余計なことを言わないほうが身のためだぞ」九条悟にこのように言われて、彼は少し恥ずかしさで怒りが込み上げてきた。彼があのスーツを着たことに関して、生まれてはじめてあのような安物を身に着けたのは、彼女が買ってくれたものだし、二人はまだある程度の期間パートナーとして一緒に過ごしていくからだ。彼女の顔を立てて、彼女からプレゼントされた服を着たまで。その結果はどうだ?丸一日中、彼女は彼がその服を着ていることに気づかなかったじゃないか。彼は彼女が自分で贈った服がどんなものだったか覚えていないのではないかと、ものすごく疑っていた。「彼女と喧嘩なんかしている暇すらないさ!行こう、俺の経営するホ
内海唯花は結城理仁からの返事がもらえず、姉に言った。「結城さんはたぶん友達と楽しく遊んでるんでしょうね。メッセージを送ったけど全然返事がないわ」「明日はここに来る必要はないから、時間をつくって結城さんと一緒にいなさい」佐々木唯月は自分の結婚が失敗したので、妹には自分より良い結婚生活を送り、長く続いてほしいと願っていた。彼女はやはり妹の夫である結城理仁を認めていた。妹に対して心から良くしてくれていて、佐々木俊介よりも気前が良い。彼女と佐々木俊介二人は知り合って、お互いを知り、恋愛して結婚にまで至ったが、彼は今経済的に余裕があっても彼女が自由に使える車すら買うのを惜しんでいる。電動バイクは妹が彼女に買ってくれたものだ。「お姉ちゃん、わかったわ。そうだ。あの親戚たちがまたお姉ちゃんに連絡してきてない?今彼らがどうなってんのか知らないよね?おばあさんはもう手術をしたはずよ」内海唯花はあの内海家の親戚たちについて尋ねた。「この前和解したいって言ってきてから、それっきりよ。たぶん気まずいからじゃないの。私たちのことで炎上した記事は新しいニュースでかき消されちゃって、もう跡形もなくなってるじゃない。彼らへの影響も限度があるだろうし、自然と私たちには言ってこなくなったんでしょ」内海唯花は結城理仁が彼女の代わりに裏で解決してくれていることは知らなかった。だから、親戚たちは申し訳ないと自覚するようになって来なくなったと勘違いしているのだ。佐々木唯月はほっと一安心した。夕方、夕食を食べた後、佐々木唯月は妹に早く帰るよう促した。牧野明凛は家に帰って意地悪な継母のようになっている実母と顔を合わせたくないと思い、内海唯花と一緒にトキワ・フラワーガーデンにくっついて行き、唯花が住んでいる部屋を見学した。「唯花、あなたと結城さんの家って本当に広くて明るいし、日当たりも良さそうね。このベランダが一番気に入ったわ。暇な時にハンモックチェアに座って本読んだり、花を観賞したりして、リフレッシュできそう。あの椅子の前に小さいテーブルでも置いて、お茶を飲んだらもっと気分が良いでしょうね」内海唯花は笑って言った。「それは名案ね。明日買いに行ってあそこに置くことにするわ。ここにある花たちは、一部は自分で買って来たんだけど、残りは全部結城さんが買ってくれたの。
結城理仁は冷ややかに一言絞り出した。内海唯花は胸がつかえたように苦しくなった。彼女が口うるさいと思ったのか?ただ夫婦という関係だから、彼女は彼に関心をよせてああ言っただけなのに。内海唯花は後ろを向いて去っていった。結城理仁は彼女が本当にそれ以上何も聞かないし、彼に構わないでそのまま行ってしまったので、さらに不愉快になった。「今後はパジャマで玄関のドアを開けるな!」内海唯花はキッチンに向かって行った。「下着は着ているわよ」今は彼女は寝る前に下着を外すようにしている。さっきのような状況があれば、ドアを開けてあげなければならないからだ。「私がどう服を着ようが、結城さんだってどうこう言えないはずよ。確か契約書には二人は生活するうえでお互いに干渉しないって書いていたわよね」結城理仁は怒って何も言わなかった。当初書いてあった契約書は完全に彼に都合が良い内容であると言える。一つ一つの項目が全て彼女への要求で、彼女を縛りつけるものだ。しかし、今は彼のほうが縛られているような感じがするのはどういうことだ?内海唯花はキッチンに行くと、お湯を一杯用意し、少し冷ましてからその中に少しハチミツを入れてかき混ぜた。それからそのハチミツ水を持って出て来た。結城理仁はソファにもたれかかり、寝てはいなかった。内海唯花がキッチンから出てくるのを依然として冷ややかな目つきで見ていた。内海唯花はそのハチミツ水を持って来て、彼の目の前に置いた。「お酒を飲み過ぎたんでしょうから、あなたとこれ以上言い合う気はないわ。これを飲んだら部屋に戻ってシャワーを浴びて寝て」そう言い終わると、彼女はまた後ろを向いて去ろうとした。すると、大きな手が伸びて彼女を腕を掴んだ。彼女はその大きな手に力いっぱい引っ張られて、不意を突かれ結城理仁の懐に引き込まれた。理仁はかなりの量飲んでいたが、その動作は機敏で内海唯花に反応するチャンスを与えなかった。彼女が下になるように彼女の体をソファに押し付けた。内海唯花は一瞬にして天と地が逆さまになったように感じ、状況が理解できた時にはすでに結城理仁にソファの上に押さえつけられていた。「結城さん、酒癖が悪いわよ。何してるかわかってるの?」彼はずっと彼女に襲われないか警戒していなかったか?今、彼のほうが彼女の上に覆い
結城理仁は彼女の両手を掴み、彼女の頭の両側に力強く押さえつけ、素早く彼女の唇を塞いだ。今回のキスは全く優しいものではなかった。彼は怒りを発散させているようだった。まるで獣が噛みつくかのような強制的で荒いキスだった。内海唯花は彼のこの行為に怒りが込み上げてきて、彼の唇を血が出るほど力いっぱい噛んだ。彼はその痛みでようやく彼女から離れた。彼が呆然としている隙に、内海唯花は素早く彼を押し返し、床に突き落とした。そして彼女は跳ね起きると、彼からかなりの距離を取り、警戒した様子で彼を見ていた。結城理仁はゆっくりと起き上がり、唇の血を拭った。彼はとても機嫌が悪そうだった。「結城さん、おかしくなったの?お酒を数杯飲んだだけで、逆にお酒に吞まれてるわよ」結城理仁は陰気な顔つきで彼女を睨んでいた。そしてまた冷ややかな声で言った。「もう一回おまえに聞くが、今日は本当に義姉さんの家に行っていたのか?」「だから私はお姉ちゃんの家に……」内海唯花はそう言いかけて止まった。結城理仁は冷たく笑った。「どうした、何か思い出したのか?おまえと金城琉生はビストロ・アルヴァで食事してただろ。おまえらは楽しそうに笑って話して、あいつに料理を分けてやってたじゃないか。あの親しそうな雰囲気ときたら、俺たちよりよっぽど夫婦らしかったぞ。内海唯花、俺は前言ったよな。俺たちが契約結婚期間中は、おとなしくしていろと。俺がいながら、浮気など許さんぞ!俺にも我慢の限界というものがある。また同じような真似をしたら、おまえに容赦しないからな!」内海唯花はようやくどういうことなのか理解した。なるほど彼が酒に酔って暴れるわけだ。つまり、彼女と金城琉生が一緒に食事しているところを見られたわけだ。また彼女が金城琉生を離婚後の次の男にしようとしていると疑い、彼女に仕返ししようとしたと。普段、彼は彼女に襲われるのではないかと警戒しているくせに、今夜は逆に……なるほど彼の男としてのプライドが彼をあのようにさせたのか。彼女は自分の唇を触った。彼にさっき噛みつかれてまだ少し痛みを感じた。「あなた、私と金城琉生が一緒にご飯を食べているのを見たの?」結城理仁は何も言わなかった。「明凛も一緒にいるのを見なかった?あなたってどうしてそう変な方向に物事を考えるの
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら