牧野明凛はそう言った後、従弟をいぶかしそうに見つめ尋ねた。「琉生、なんでこんなこと聞くのよ?金城琉生はもちろん自分が内海唯花に密かな恋心を抱いていて、彼女が離婚するのを期待しているとは言えず、でたらめを言った。「ただ唯花姉さんの心配してるだけだよ。それ以外の何でもないってば。唯花さんはあんなに優秀な女性なんだ、もし旦那さんが彼女を好きにならないなら、早めに離婚するのも良いと思ってさ。彼女のよさを良く理解してる男性を見つければ幸せになれるに決まってるよ。「それはそうよ。唯花はとっても良い子なんだから、私は結城さんが唯花のことを愛するようになるって思うわ。もしかしたら唯花が彼を好きになるより、彼のほうが先に唯花のことを好きになっちゃうかもよ」牧野明凛は親友が幸せな日々を過ごしていくことを望んでいるのだ。金城琉生はそれを聞いて気が塞いだ。従姉にも彼が内海唯花に片思いしているなんて告白できないし。従姉がそれを母親に言うのが怖いのだ。彼が内海唯花より年下なのは言うまでもなく、内海唯花が既婚者だからだ。もし彼女が離婚したとしても、彼の母親はすぐには彼女を受け入れてはくれないだろう。十分に状況把握ができるまでは、金城琉生は自分の気持ちをしっかりと隠しておいて、誰かに知られないようにしているのだ。夕日が西の空に沈み、黒の帳が人々が暮らす大地に降りる。夜がこうして静かに訪れた。トキワ・フラワーガーデンにて。内海唯花はキッチンで忙しくしていた。キッチンから時折香る美味しそうな匂いにつられて、結城理仁がキッチンの入口までやってきた。彼は手伝いをしようと思っていたが、内海唯花がご馳走する側なんだから自分一人でやると言って、彼には休んでてもらったのだ。それで彼はやることがなく、リビングでテレビを見ていたが、特に面白くないと思い、妻が料理を作る様子を見ているほうが面白いと思って来たのだった。内海唯花の賢く優しい様子に、結城理仁は彼女から目を離さずじっと見つめて、ますます柔らかい目つきになった。彼自身がそれに気づいていないだけで、ただ内海唯花の良いところはたくさんあると思っていた。「内海さん」結城理仁はあることを思い出し、突然彼女を呼んだ。唯花は頭を彼のほうへ向けて目線を送り、引き続き料理に取り掛かって尋ねた。「結城さん、なにかある
結城理仁は少し悶々としていた。しかし、考えを変えれば弟が内海唯花のハンドメイドの販路拡大をしたことで唯花が儲かったわけで、彼女は今、彼の妻でもあるのだから、利益が他人に流れていったわけではないから、そう思うと、もやもやしていた気持ちは良くなってきた。内海唯花は出来上がった料理を持ってキッチンから出て来ると、食卓の上に並べた。夫婦二人は席につくと、一緒に夜ご飯を食べ始めた。彼は機嫌も良く、美味しそうに食べていた。唯花の料理の腕はとても高く、褒める言葉しか出てこなかった。彼は本当にご馳走に恵まれている。食事の後、皿洗いを済ませると、唯花はソファに置いていた彼に買ったプレゼントの袋を持ち上げ、中から服を取り出して理仁に手渡して言った。「結城さん、これサイズが合うか試してみてもらえない?あなたはあんなに私を助けてくれたのに、ただ料理をご馳走するだけじゃ私が納得できないくて、新しい服を二セット買ったの。それから、ネクタイも二本。服は全部あなたが好きな黒よ」結城理仁はそれが彼に買った服だと気づいていたが、それを表情には出さず、服を受け取ってめくって見てから彼女に尋ねた。「君はどうして俺の服のサイズを知ってるんだ?」「おばあさんに聞いたのよ」理仁は何も言わなかった。「試してみる?」「いいよ、ちょうど良いと思う」彼女は全部彼の好きな色を選んだ。「今度俺に買ってくれる時、何を買ったらいいか迷ったら、直接聞いてくれていいから」おばあさんには聞いてほしくなかった。おばあさんが知ったら、裏でどんな企みを抱いているか分かったもんじゃないからだ。「あなたは仕事が忙しいし、いつも邪魔するわけにはいかないよ」結城理仁は黙ってしまった。彼は確かにとても忙しい。こまごまとした煩わしい事は確かに彼女から聞かれるのはあまり好きじゃない。「結城さん、まだ時間も早いし一緒に散歩しよう。そういえば、私がここに引越してきてからしばらく経つけど、まだ近所を散策してなかったもの」結城理仁は少しためらってから、一緒に行くことにした。彼もトキワ・フラワーガーデンの周りはよく知らないのだ。当初、彼に代わってこの家を買ったのは執事だったのだ。それから、夫婦二人は初めて一緒に散歩に出かけた。結城理仁は寡黙で口数の少ない人だし、この二人は
コミュニティを散歩している人たちはたくさんいた。そのほとんどは子供連れの家族で、手を繋いで歩いている若い夫婦もいて、とても熱々な様子だった。二人は他の夫婦がとても仲むつまじいのを見ていた。それとは反対に、彼らは相変わらず肩を並べて歩いているだけで、自分から手を繋ごうとはしなかった。なのに、すれ違った人がこの夫婦を振り向く割合は非常に高かった。美男美女カップルだからだ。最後に内海唯花はコミュニティ内にある子供遊園地に来て足を止め、隣にいる男性に言った。「ここでちょっと休みましょ、子供がたくさんいるし」彼女は大の子供好きなのだ。甥っ子の佐々木陽のことも非常に可愛がっている。結城理仁は何も言わず黙ったまま彼女に付いて、石で作られたスツールに腰掛けた。「陽ちゃんがここにいたら、絶対楽しく遊んでいるでしょうね」理仁は、うんと答えた。唯花は頭を傾けて彼を見た。理仁は彼女にこのように見つめられて、なんだかそわそわした。ところが、警戒心を持って彼女に尋ねた。「そんなふうに俺を見つめて、どうしたんだ?」「カッコイイから、たくさん見つめて、目の保養してるだけ」結城理仁「......」「結城さんって、ハンサムだし、優秀だし、素晴らしい遺伝子を持っているってことよ。もし将来子供ができたら、きっと利口で賢い子が生まれるでしょうね」「俺の子供が欲しくなった?」唯花は笑って「おばあちゃんったら、いっつも私にあなたを襲えって言うのよ。女の子のひ孫が欲しいんだって」と言った。それを聞いて、理仁はこっそり彼女のほうにおしりをずらし、唯花との距離を縮めた。唯花はそれに気づいておらず、続けて言った。「結城さんが私のことをなんとも思ってないって分かってる。実際、私自身もあなたに対して愛なんて持ってないし、お互いに気持ちのない夫婦なのに、本当に私があなたを襲ったら、夫婦同士のプラトニックな心の触れ合いじゃないわ。もしお金を出したらあなたを買ったみたいになるわね」結城理仁はそれを聞いて不機嫌になった。「私たちには、子供なんてできっこないわ。おばあちゃんのために、辰巳君たちに頑張ってもらいましょ」彼らに本当に子供ができる可能性がないだろうか?結城理仁はこの言葉を聞いて、とても不機嫌になった。しかし、彼女に何か言い返すわけでもなく、依然
結城理仁「......」彼は実際、彼女と何を話せばいいのか分からないのだ。周りにいるあの若い夫婦は結婚して間もなく、はちみつのように甘くラブラブで手を絡め合わせて歩いている。子供のいる夫婦は主に子供の話題で話は途切れないだろう。彼ら二人のように、感情も子供もない者同士が何か話そうと思っても、それは難しい話だ。結城理仁の言葉に詰まった様子を見て、内海唯花は笑って立ち上がると、理仁を引っ張った。「さあ、そろそろ帰りましょう。なんだか、あなた、ぎこちない感じだし、まるで私がいつでもあなたを襲おうとしているみたいだわ」「内海さん、君は女の子だろ!」「女だからってどうしたの?言っただけで何も失うものなんかないわよ」内海唯花は彼を引っ張って行った。引っ張ると言っても、彼の服を掴んでいるだけで実際には彼の手には触れていない。もし彼に触れでもしたら、彼は帰ってから百回手を洗うかもしれない。「二日前のトレンドワードを見てないよね。結城御曹司と神崎グループのご令嬢のゴシップよ。神崎さんは結城御曹司のことが好きで、みんなの前で彼に告白して追いかけてるの。男の人が好きな子に出会ったら、もちろん追いかけるだろうし、女の人が好きな人に出会ったら、それももちろん追いかけるでしょ。どちらも本当の愛を追い求めてるんだわ。私は神崎さんのこと、とてもすごいなって思うの。彼女は間接的にだけど私を助けてくれたわ。彼女は私のことなんて知らないけど、私は裏で彼女が本当の愛を手に入れて彼と結婚できるように応援してるわ。今は彼になかなか振り向いてもらえなくて大変だと思うけど、いつか彼が彼女に振り向いて彼女を好きになったら、立場が逆転して溺愛されるはずよ」神崎姫華が間接的にだが『不孝者の孫娘』の注目検索をランキングから押し下げてくれて、内海唯花姉妹への影響が軽減されたのだ。だから、唯花は神崎姫華に対して好感を持っていた。さらに神崎姫華の自分の気持ちに正直に恐れず突き進むストレートな性格に、唯花は彼女を気に入っていた。結城理仁は自分の妻の話を聞いて、眩暈がするほど呆れてしまった。そして、心の中で否定した:もしその結城御曹司とやらが自分の夫だと知っていたら、まだそんなふざけた話ができるのか?「結城御曹司は神崎さんのことを嫌っているようだけど」結城理仁は自分に代わ
内海唯花は「......あなたは会社でもチーフでしょ?社長に会う機会もそんなに少ないなんて、あなたたちの社長って本当に……うん、お高くとまってて、謎が多いわね」ネット上にも全く結城御曹司の写真は出回っていない。結城御曹司はどこへ行くにもボディーガードがついている。以前パーティーでもボディーガードの数が多すぎるし、みんな背も高く体格が良くて彼女と親友がつま先立ちしても彼を一目見ることすらできなかった。結城理仁が結城グループで働いていて、しかもホワイトカラーであっても結城御曹司に会う機会が少ないのを思い、内海唯花の心が落ち着いた。結城理仁は彼女の話に返事をしなかった。誰かが彼をどう評価しようとも彼は全く気にしなかった。彼は何をするのも自分の意向に従って行っているからだ。結城御曹司の話題を夫婦で話しながら彼らの住むB棟に帰ってきた。結城理仁のボディーガードは付近を一緒に歩き回っていた。自分たちの主人とその奥さんにくっついて回ってはいなかったが、夫婦二人が行く場所には彼らもついて行き、ひと時も視線を彼らから離していなかった。もちろん、内海唯花は常に誰かから見張られているということは知らなかった。彼女が何気なくあたりを見回すと、そう遠くないところにいるあるボディーガードが見えた。その瞬間、その人に見覚えがある気がして立ち止まり、結城理仁に「あの男の人、なんだか見覚えがあるんだけど」と言った。結城理仁はギクリとした。そのボディーガードは、あの七瀬だ。七瀬は自分の主人と奥さんが自分を見ていることに驚き、すぐに何事もなかったかのように歩いて来た。「こんばんは。あなたはあの時の代行業者の方ですよね?」内海唯花は思い出した。この見覚えのある男性は、結城理仁が酔っ払った時、運転代行で彼を連れて帰って来た運転手だった。七瀬「はい、そうです」若奥様は視力も記憶力もピカイチだ。「あなたもここに住んでいるんですか?」「ええ、でも私はただ借りているだけです。普段は配車サービスをしていて、たまに運転代行の仕事もしているんです」内海唯花は「そうなんですね」とひとこと言った。彼女はこの代行業者の男を覚えていたが、知り合いでもないし、たまたま会っただけなので軽く挨拶しただけで、特に気にはしなかった。結城理仁は七瀬をチラ
結城理仁は弁当箱を下げて出かけた。会社に行く途中、彼は車の中で妻が彼のために作ってくれた愛妻弁当を味わった。美味しそうに食べていて、とても満足そうだった。運転手と同乗していたボディーガードは少しおかしいと思っていた。若奥様が作った朝食はとてもシンプルなものなのに、若旦那様のようなグルメな人がこんなに味わって食べているのだから。恐らく、若奥様の料理の腕は相当高いのだろう。結城理仁が出かけてから、内海唯花はいつものように姉に電話をかけ、姉に何も問題ないことを確認してから彼女も出かけた。彼女が出かけた時間帯は、すでに通勤通学ラッシュで、道は混み始めていた。彼女が半分まで来たところでさらに渋滞が激しくなった。多くの出勤時間に焦っている人たちが、イライラしていた。そして神崎姫華も悪態をつこうとしていた。彼女は兄と義姉がイチャつきながら朝食を食べている隙をついて、こっそりと家から出てきていた。そして、彼女はこっそりと結城理仁にも朝食を弁当箱に詰めて用意していた。それは彼女が特別に家のシェフにお願いして作らせたものだった。そして、家の庭園から花を摘み取り大きな花束まで用意していた。花束を抱え、愛のこもった朝食をぶら下げ、神崎姫華は家を出ると、すぐに結城グループへと向かって行った。結城理仁が会社に到着する前にたどり着きたかったのだ。そして、いつもの方法で理仁の車を妨害し、彼のために心を込めて用意した愛を詰めた朝食を渡そうとしていたのだ。義姉からも結城理仁を諦めるように諭されたが、神崎姫華はこんな形で彼のことを諦めたくなかったのだ。彼女の言葉を借りて言えば、彼女が結城理仁のことを忘れられるものなら、もうとっくに忘れているのだ。忘れられないから、このような方法で試してみているわけだ。三年から五年追いかけてみないと、彼女はどうしても諦めきれない。この時、前方の渋滞がひどく、みるみる時間だけが過ぎていった。だから神崎姫華はこのように焦っているのだ。これ以上渋滞が続くと、彼女が結城グループに到着する頃には、結城理仁はすでに会社に着いているだろう。彼女はこんなところで渋滞しているところではないのだよ。ダメだ、こうやってただ待っているだけでは。神崎姫華はまずボディーガードに電話をかけ、彼女が路肩に車を止めるから、ボディーガードに家か
内海唯花は電動バイクだから、渋滞もなんのそのだ。たった十数分で結城グループに到着した。内海唯花はバイクを止めると、後ろを振り向いて神崎姫華に言った。「着きましたよ」神崎姫華はヘルメットを外して唯花に手渡し、彼女にお礼を言った。「大した事じゃないですから、お礼なんていりませんよ」神崎姫華は内海唯花を見ながら言った。「あなたのお名前を伺ってもいいかしら?なんだかあなたに見覚えある気がするんだけど、以前どこかでお会いしたことある?」「私は内海です。あなたには好感を持ってますけど、残念ですが、以前お会いしたことはないかと思いますよ」きれいな女性に出会えば、必ず覚えているはずだ。でも、この美人さんには全く印象がなかった。「内海さんて言うんだ。あ、思い出した。最近話題になった不孝者の孫娘の話、あの責められてた子も確か内海だったわね。その時、写真もあったけど、その写真に映ってた女の子にちょっと似ているわ。もしかしてあなたなの?」神崎姫華にとって、あの自分のゴシップ記事を押しのけた『不孝者の孫娘』の話題はとても印象に残っていたのだ。アップされた内海家のあの姉妹二人の写真も覚えていた。その時、彼女は自分への注目度を下げたあの話題にぶち切れしただけでなく。内海唯花姉妹へも悪態をついていた。しかし最後に真実が明るみになり、今度は内海家の人たちを罵ることになるとは。母親は彼女に、もう二十歳過ぎだというのに、物事をちゃんと見極めることもできないで、ただ物事の一面だけを見て簡単に内海姉妹をみんなと同じように貶すなんてと注意していた。彼女が家で内海姉妹を何度も批判しているので、母親は少し興味が出てあのトレンド記事を見たいと思ったのだ。しかし、状況が真逆になった後、内海家の人たちは怒ったネット民たちによって責め立てられると、耐えられずすぐにそれに関するツイートをネット上からきれいさっぱり消したのだ。どうやら内海家の人たちも少しはコネがあるようだ。そうだ、内海家の次男の息子は神崎グループ傘下の子会社の重役だ。内海家と姉妹の状況が逆転した後、怒りを爆発させた多くのネット民たちがネット上で内海家の親族を探し出し、内海智文がどのような人物なのかまで探り、神崎グループの公式サイトで本社に内海智文を解雇するように求めるメッセージまで送ったのだった。内
彼女は内海唯花とは貸し借りなしにしたいのだ。また唯花とは、まるで昔からの知り合いのように感じでいた。だから、神崎お嬢様は内海唯花に名刺まで渡したのだ。内海唯花もあの高級車の列が見えて、状況を理解して言った。「神崎さん、頑張って。成功するといいですね」「ありがとう」神崎姫華は花束を抱え、弁当箱を下げてあの高級車の列の方にではなく、会社のゲートまで行き、その真ん中に立った。内海唯花はそれを見て驚きあっけにとられてしまった。神崎家のお嬢様は本当に勇猛果敢だなあ。さて、結城理仁は今朝早くに家を出た。彼は別荘に必要なものを取りに帰って出てきた後、しばらく車を走らせ、また渋滞に引っかかってしまった。渋滞に巻き込まれたら、どんな車を運転していても、どんな地位の人間だとしても、誰もが無力だ。それで結城理仁は、この時ようやく会社に到着したのだ。助手席に座っていたのはちょうどあのボディーガード、七瀬だった。彼の視力はとても良いので、内海唯花を見つけて理仁のほうを向いて言った。「理仁様、奥様と神崎のお嬢さんが一緒にいますよ」それを聞いて、結城理仁は眉間にしわを寄せた。彼女たち二人がどうして一緒にいるんだ?全くつながりのない二人だろう。彼は前方を見た。彼は神崎姫華を認識することはできなかったが、内海唯花のことはすぐに分かった。なんと言っても、彼らはひとつ屋根の下でしばらくの間一緒に生活したし、キスまでした仲なのだ。もし、それでも彼女を見分けられないのであれば、彼の目は節穴と同然だ。「彼女たちのことは無視しろ」結城理仁は冷たくそう言い放つと、座席に寄りかかった。そしてだんだん彼女たちのほうへと近づいていった。七瀬は内海唯花に気づかれないように、わざと顔を背けて反対のほうを向いて唯花から顔を見られないようにした。車の列は内海唯花の前では止まらなかった。唯花は結城御曹司の派手な登場シーンを見ながら、心の中で感嘆した。あのロールスロイスを彼女は見覚えがあった。彼女のマンションで何度も見かけたあの車に似ていた。結城社長の身分を考えると、内海唯花はその車がマンションで見かけるあの車ではないとそのまま否定した。彼女は結城御曹司の車の列が神崎姫華の死を恐れず車を無理やり止めるという手段と対峙し、最終的に車を止めるところを見て笑
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら