結城理仁は、軽く返事をし、続けて言った。「今回の件で、やつらはもうしつこく付き纏ってくることはないだろう」内海家の人間は後悔するしかない。「普段昼食はどこでとってるの?」「外で食べてるよ」結城理仁は返事をして、すぐ聞き返した。「奢ってくれるつもりか?」内海唯花は笑って言った。「あなたに時間があるなら、奢ってあげてもいいわよ。いろいろ助けてもらって、すごく感謝してるもの。ご飯を奢るくらいしか他に何も恩返しできないし、でも、高級なお店はお金出せないかもしれないから、無理よ」結城理仁はそれがおかしく思えた。感謝して彼に食事をご馳走したいと思っているけど、高級なレストランは彼女には無理だと言うのだから、はたして誠意があるのかないのかわからなかった。「昼休みはそんなに長くないし、昼休憩は近くのレストランに人も多いから、もし本当に奢ってくれるなら、夜早めに帰って来て何か美味しいものを作ってくれればいいよ。でも俺たち夫婦二人なんだから、そんなにたくさん作らないでくれよ」彼は今後、絶対に結城辰巳に彼女の料理を包んで食べさせるつもりはない。どうして彼の奥さんが作った手料理をわざわざ結城辰巳の奴に持って行ってやらなきゃならないんだ?彼の従弟だからってなんだっていうのだ?家庭料理が食べたいと言うなら、辰巳自身が結婚して奥さんを作ればいいだけの話だ。そうすれば妻お手製の家庭料理を毎日毎日味わうことができるのだから。結城辰巳:兄貴、やっぱりヤキモチ焼いてんじゃん!はははは、面目丸潰れだな!ちょっと前まで絶対にヤキモチなんか焼かないって言ってなかったっけ?ヤキモチがどんなものかも分からないとかなんとか。今やっとそのヤキモチってものが何なのか兄貴は分かったのかな?内海唯花は笑って「いいよ、今日は早めに帰ってご飯用意するから帰ったら一緒に食べましょう」「ありがとう」結城理仁は妻が必ずしも夫のためにご飯を作らなければならないとは思っていない。内海唯花が自分から進んで彼に作ってくれると言うのだから、彼もそれを嬉しく思っていた。彼も唯花もどちらも同じように働いているのだから、どちらのほうが大変か、楽かなんてないのだ。家庭が円満で幸せな生活を送るためには、夫婦どちらも同じように努力し、共同で歩んでいかなければならない。夫婦二人は5分も話さ
内海唯花は携帯をポケットに突っ込み、店に戻ろうとしたところに姉が出てくるのが見えた。「お姉ちゃん、どこ行くの?」「ちょっと買い物してくるわ、あなたたちにご飯作ってあげる。昼はデリバリー頼まなくていいわ、やっぱり自分で作ったほうが健康的だし」「唯花、陽のことちょっと見ててね」唯花は姉の言うことを聞き、ただ電動バイクで行くのに気をつけてとだけ伝えた。彼女は新車で出勤しておらず、いつもの電動バイクで来ていた。なんといってもそのほうが便利で早いからだ。通勤ラッシュで道が混むのが本当に困る。「お姉ちゃん、送金するね」姉が夫からもらっている生活費を使わせたくなかったので、唯花は姉に送金した。佐々木唯月は電動バイクに乗って遠くまで行った。妹のために食材を買うお金くらいなら彼女にはあるのだ。遠ざかっていく姉を見送り、内海唯花は店に戻った。佐々木陽がここに来たのは初めてのことではないので、牧野明凛のこともよく知っていて、母親が彼を置いていっても泣き喚くことはない。それとは逆に店の中をあちこち歩き回り、本を手に取ったり、ペンを触ったりしていた。とても好奇心旺盛な様子だった。「あんたんとこの旦那さん、何か用事だったの?」牧野明凛は探りを入れているのだ。「仕事中にあなたに電話かけてくるなんて、会いたくなったんじゃないの?」「私のクズ親戚がなにか言ってきてないか聞いてきただけよ」牧野明凛は「あら」と一言漏らし「ってことは自分のことのようにあなたを心配してるってことでしょ。唯花、あなたと結城さん、本当の夫婦になれるように頑張ってみてもいいんじゃないの」結城理仁は依然として彼女に警戒心を持っていて、彼女が近づくのを拒んでいる。だから彼女も急速に彼に近づきたいとは思っていない。自然に任せるのが一番だろう。今朝のあのキスを思い出した。あれは実際、ただお互いの唇と唇が触れた程度で、どちらもそれ以上の関係になろうとしているわけではなかったが、十分に彼女をびっくりさせた。結城理仁が男女関係において純粋であるのを思うと、内海唯花は自分が宝物を手に入れたような気分だった。このご時世、あの年齢の男性でこんなに純粋な人なんて、もはや絶滅危惧種でしょ!また別の角度から見てみれば、結城理仁という人間は、感情というものに対して本当に冷めた人であ
結城おばあさんは内海唯花が孫の好みを聞いてきたので、すぐに夫婦二人に進展があったのだと思った。嬉しそうに孫の数少ない好みを唯花に教えた。孫が普段何色のトランクスを着るのが好きなのかという秘密まで全て彼女に教えてくれた。結城理仁が着ているものはすべてオーダーメイドで、出来上がると家まで届けてくれるのだ。おばあさんはその時に、孫がどんな色のトランクスを着るのが好きなのか観察していたのだ。「唯花ちゃん、理仁が特に好きなものってそんなに多くないの。あなたもそんなに悩まないでいいわ。適当に服を選べばいいのよ。服のサイズはあなたに教えてあげるから」「もし私が買った服を彼が気に入らなかったら?」おばあさんは笑って「あなたの贈り物をしたいというその気持ちが大切でしょ。彼がそれを受け取って着るか着ないかは彼が決めることよ。でも、私は理仁はもらったものを絶対に着ると思うわ」と言った。あの子は思うことを絶対口に出さないところがあるんだよ。おばあさんが彼に買った服を、彼は嫌いな素振りを見せるが、実際はその服を着て会社に行き見せびらかしているのだ。おばあさんは彼の会社のことには一切関わらないが、孫が会社で何をしているのか知りたいと思えばいつでも知ることができるのだ。結城理仁はいつも九条悟の前で、自分に奥さんがいることを自慢している。おばあさんの話を聞いて、内海唯花は新しい服を二着と、ネクタイを二本買うことに決めた。結城理仁の数少ない好みの物は彼女のお財布の状況を見ると、到底プレゼントできるようなものではないからだ。彼女は昔から現実を見て何事も決める性質の人間なのだ。自分にいくら使えるかを先に考えてから、それに見合うものを買う。その実力がないのに見栄を張るようなことは絶対にしない。そう決めてから、昼の忙しい時間帯が過ぎた後、昼食を食べて電動バイクに乗ってショッピングへと出かけて行った。そのついでに姉と甥っ子を家まで送り届けた。「お姉ちゃん、帰った後、たぶん義兄さんがまた喧嘩し始めると思う」彼女たちが忙しくしていた時、姉に夫から電話がかかってきて、どうしてご飯を作っていないのかと詰問していた。彼女は姉が答えるのを聞いて、考えるまでもなく義兄は姉からご主人様のような待遇を受けていることが分かり、腹が立っていた。佐々木唯月は少し黙った後
「義兄さんは、お姉ちゃんと割り勘にするつもりですよね。お姉ちゃんは今仕事をしていないし、家で義兄さんとの子供を世話してます。義兄さんがこんなふうにするなら、じゃあ私の姉は夫がいるのといないのと、何が違うんですか?義兄さんは姉が家で何もしていないっていつも言いますけど、今日確かに姉は何もしてないですかね。あれ、でも姉は半分はしてるはずですよ。少なくとも食材を買ってきて、お米もあらって炊飯器に水も入れて、義兄さんはボタンを押すだけだし、残りの半分をするだけでいいじゃないですか」佐々木俊介は何か言おうと口を開いたが、内海唯花は彼が話す機会を与えず、続けた。「義兄さんは家の中が毎日きれいなのは、箒に足が生えて勝手に床掃除してるとでも思ってるんですか?陽ちゃんはまだ小さいし、おもちゃで遊んだ後は部屋中散らかってるんですよ。陽ちゃんだって自分で片付けはまだできないし。義兄さんはまさか、あのおもちゃたちにも足が生えて、自分で元の場所に戻ってるとでも思ってるんですか?それから、義兄さんが食べたり、飲んだり、使ったりしてるもの、他はさておき、あなたが毎日着替えている汚れた服も、お姉ちゃんが洗ってないっていうんですか?あなたが毎日食べてる三食のご飯も姉が作ったものじゃないって?いっつも姉が今、お金を稼いでなくて収入がないのを煙たがってるけど、もし姉が家でこの家のことを何もしてなかったら、安心して会社で真面目に働くことなんてできませんよね?この家庭はあなたと姉が共同で築き上げていくものでしょう。あなたは外で働いて、姉は家庭を守る。あなたたち二人は、どっちもこの家庭のために努力してるじゃないですか。姉は今働いてお金を稼いでいないからって、この家庭のために何も努力していないとでも思ってるんですか。実際問題、姉はあなたが会社で働くよりも疲れる仕事をしているんですよ。だったら、あなたと姉と立場を入れ替えてみたらどうです?あなたが家で洗濯、食事の準備、子供の世話、部屋の片付けをして、姉に仕事に行ってもらったら?」姉の結婚前の収入も義兄とそこまで変わらないのだ。佐々木俊介は内海唯花に何度も反論しようと試みたが、何も言い返せなかった。しばらくして、彼はばつが悪そうにこう言った。「唯花ちゃん、俺は一言しか言ってないのに、君はこんなにまくし立ててきて、まるで俺が君のお姉さん
クソ不味い!しかも甘いぞ!なんで甘い?まさか彼は塩と砂糖を入れ間違えたのか?佐々木俊介はキッチンに戻り、調味料入れを持ち上げて見てみると、砂糖と塩、そして味の素が同じケースに入っていた。さっき彼が作っている時、絶対に砂糖と塩を入れ間違えたのだ。結婚する前、佐々木俊介は家にいて母親が食事を作ってくれていて、結婚した後は唯月姉妹が作っていたのだ。だから彼は全くと言っていいほど料理を作ることができない。砂糖と塩を間違える人が作り出した料理を食べられるほうがおかしいだろう。そして炊飯器のご飯を見てみると、それは佐々木唯月が水を入れて用意していたものだから、食べることができる。でも、おかずがないのでは、美味しい物を食べ甘やかされてきた佐々木俊介には白米だけを食べることはできないのだ。自分が会社で半日働き、家に帰って熱々の料理を食べることができないことを思い、佐々木俊介は怒りがどっとこみ上げてきた。頭に血が上ったまま部屋まで行き、唯月がベッドの上で携帯をいじっているのを見て、怒りが更に燃え上がった。急ぎ足で彼女のもとへ向かって行き、片手で唯月の携帯を叩き落とすと、髪を引っ張り、そのまま床に引きずり下ろした。そして、彼女に殴る蹴るの暴行を加えた。その時、彼は子供が目を覚まさないように、怒鳴ったりしなかった。佐々木唯月は油断していて、彼に髪を掴まれて床に倒されてしまったのだ。彼女はハッと我に返ると、すぐに彼に抵抗した。佐々木俊介は男でもあるし、先手を取った側だから、唯月がいくら抵抗しても不利な状況だった。佐々木俊介に殴られて顔に青あざができ、鼻が腫れても、唯月は負けを認めようとはしなかった。彼女は以前、同僚から夫婦が殴り合いの喧嘩になった時に、何があっても勝て、負けてはいけないと言っていたのを覚えていた。男に自分は簡単にはいじめられない女なのだと分からせるためなのだと。そうすれば、男を抑え込むことができる。もし負けてしまえば、男のほうは暴力に覚えて癖になってしまうのだ。家庭内暴力は、一度許してしまえば、それは永遠に繰り返されることになる。佐々木俊介がまた拳を振り下ろして、彼女が激痛を感じている時でも必死に彼のその手を掴み、腕を思い切り噛み付いた。力いっぱいに噛み付かれて俊介は叫び声を上げ、もう片方の手で彼女の髪の毛を引っ張った
佐々木唯月は包丁を握りしめ彼を追いかけた。佐々木俊介は唯月が、まさかここまでやるとは思っていなかった。結婚してから、彼女はいつも優しく思いやりがあった。ここしばらくの間、彼がいつも彼女を怒鳴っても、あまりにひどい場合を除いて、彼女が怒って彼と喧嘩をすることなどなかった。今回彼が手を出すと、彼女は狂人のようになってしまった。彼に殴り返してきただけでなく、包丁まで持ち出してきた。佐々木俊介は家を出て、外に逃げていった。佐々木唯月も引き続き、包丁を握り彼を追いかけて行った。夫婦二人は追いつ追われつで、下の階まで走っていった。この騒ぎが同じコミュニティに暮らす人たちをとても驚かせた。唯月が包丁を持って佐々木俊介を五つの通りを過ぎるまで追いかけ、疲れて動けなくやってようやく息を切らせて道端に座り込んだ。佐々木俊介も疲れていた。彼女とかなり距離を取って座った。彼の両親と姉が急いで駆けつけ、彼らを見た時、佐々木俊介はどれほど辛い思いをしたことか。佐々木家の父親と母親は自分の可愛い息子が狼狽しきった様子で、両頬が大きく腫れ上がっているのを見て、死ぬほど怒り狂った。姉のほうは服のそでをまくり上げて、怒鳴った。「このクソ女、うちの弟に手を出しやがって、殴り殺してやろうか!」母親は息子の様子に心を痛めて涙を流し、佐々木唯月を怒鳴りつけた。「息子に何か恨みでもあるのか?うちの息子をこんなひどい有様にして、前言ったでしょ、彼女の両親が死んでから誰もちゃんと教育する人がいなかったのよ。彼女はがさつで嫁には相応しくないって。それでも結婚するって言うんだもの。あなたは一人の立派な大人の男性よ。たった一人の女にすら勝てないなんて。いつも私たちの前では彼女に教育してやるんだなんて大きな態度を取っておいて、今の自分の状況を見てごらんなさいな」佐々木家の母親は当時、家族全員が唯月に早く嫁いで来いと願っていたことなど忘れてしまっていた。その時、唯月の収入がとても高かったからだ。それが今は彼女を嫌って相手にしていない。佐々木家の父親は「うちの息子をここまで育て上げた俺ですら殴ろうとはしないのに、唯月の奴、酷すぎるぞ。彼女は今どこにいるんだ、父さんが行ってお前の敵をとってやろう。あいつが降参するまで、こてんぱんに叩きのめしてやるから。お前の
佐々木唯月は冷ややかに笑った。「彼がどうしても割り勘にするって言うから、彼が言った通りにやっただけよ。彼が怒ったからって私に手を出してもいいわけなの。あなたたち彼のあんな姿を見て心を痛めてるけど、私が彼にボコボコにされたのが見えないわけ?あなたたちの息子は両親がいて、産んで育ててくれたのよね。まさか私には私を産んで育ててくれた親がいないとでも?そうよ、私の両親は亡くなったわ。でも、親がいない孤児だからって、あなたたちにいじめられて殴られる筋合いなんかないわよ。あなたたち一人ずつ?それともまとめて?どうでもいいからかかってきなさいよ。今まで言えなかった事を今日全部吐き出すわ。私と一緒にいたくないなら、直接言いなさいよ。家庭内暴力をするつもり?私はそう簡単にやられたりしないわ!あんたたちまだ私をいじめて殴ろうって言うなら、死んでもおまえらを地獄に引きずり下ろしてやる!佐々木俊介、前に言ったわよね。私を殴ろうっていうなら、その場で私を殴り殺さないかぎり、寝ない方が身の為だってね。寝ている隙に私があんたをズタズタに切り刻んでやるんだから!」唯月は凶悪な目つきで佐々木一家を睨みつけた。彼らが彼女に手を出そうものなら、彼女は共に滅びる覚悟なのだ!佐々木家の面々「......」「こんの気性の荒いクソ女が、理屈が通じなくて手の付けようがないよ!」佐々木家の父親は唯月を罵ると、息子に向かって言った。「俊介、行こう。私たちと一緒に家に帰ろう」佐々木俊介も今日の唯月にとても驚いていた。知り合ってから今まで、12年は経っているが、彼は彼女がこんなに反骨精神を持っているとは知らなかった。唯月の凶悪な様子を思い出して、俊介は両足をガタガタと震わせていた。そして両親と姉と一緒に帰って行った。同時に会社に連絡し、数日間休みを取った。彼は家でゆっくりと傷を癒さないといけないからだ。佐々木家の姉は車で来ていた。一家四人は車に乗ると、姉は「俊介、彼女と離婚しちゃいなさいよ。陽くんの親権を取って、あんな女は捨ててしまいましょう。そうなればあの女はまだ偉そうにしていられるかしらね」と言った。佐々木俊介は口元の血を拭うと、両親に向かって言った。「あの女と離婚することになったら、父さんと母さんは陽の面倒を見てくれる?」「父さんと母さんは私の子の世話
佐々木俊介は家族が知っていても、彼を責めないのを見て言った。「唯月は子供の出産の後、だんだん太っていったもんだから嫌いになったんだ。莉奈は人の気持ちが分かる子だし、若くてきれいだ。彼女に対する愛こそ本物の愛だと感じるんだよ」佐々木家の母親は「相手はあなたの身分や地位、収入に惹きつけられたのよ。以前のように普通のサラリーマンだったら、誰があなたを好きになるの?」と急所をずばりと言い当てた。「唯月は確かにちょっと凶暴であなたをこんな有様にしちゃったけど、まじめな話、彼女は結婚して長年、あなたのお世話をしっかりしていたわ。あの家もきれいに片付けてるしね。苦労を耐え忍んで暮らして、家事をこなせる人だわ。あの女性は唯月には及ばないわ」佐々木母は確かに息子を贔屓しているが、唯月への評価は的を射ている。「良い妻と結婚しなくちゃ。俊介、あなたが外でどう遊ぼうが、母さんは何も言わないわ。でもね、あのお嬢さんと結婚したいと思うなら、絶対に慎重になりなさいよ。将来後悔したくなかったらね」多くの男が離婚して浮気相手を妻として迎えた後、こんなはずじゃなかったと後悔するのだ。母親は実際は息子の現状に非常に満足していた。だから、息子が愛人を娶って幸せになれず報いを受けるのは望んでいなかった。しかし姉はこう言った。「唯月のどこが良いって言うの?俊介がこんな目に遭ったんだから、私たち家族はこんな嫁を許しちゃダメよ。俊介、お姉ちゃんはあなたと莉奈ちゃんのことを応援してるからね。うまく暮らしていけるかなんて、一緒に生活し始めてからようやく分かるものよ。誰にも分からないでしょ?結婚する当初だって唯月は教養もあるし、礼儀正しかったでしょう。その時、誰も彼女がまさか包丁を持って、街中を俊介を追い回すなんて思ってもみなかったじゃない。あの子が俊介をどんな姿にした?」佐々木家の親二人は何も言わなかった。「俊介、数日は家に戻らないで。お金もあの子にあげちゃダメよ。彼女に謝ったりしないで、彼女から先に過ちを認めて謝罪されるのよ。今度こんなことは絶対しないと約束させてから戻りなさい」姉は「今離婚しないとしても、彼女を調子に乗らせてはいけないわ。さもないと、あなたは家庭内での立場が落ちちゃうわ。大の男は家庭内でも外でも上に立たなくちゃ。女になめられちゃダメなんだって」とアドバイ
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら