結城理仁は、軽く返事をし、続けて言った。「今回の件で、やつらはもうしつこく付き纏ってくることはないだろう」内海家の人間は後悔するしかない。「普段昼食はどこでとってるの?」「外で食べてるよ」結城理仁は返事をして、すぐ聞き返した。「奢ってくれるつもりか?」内海唯花は笑って言った。「あなたに時間があるなら、奢ってあげてもいいわよ。いろいろ助けてもらって、すごく感謝してるもの。ご飯を奢るくらいしか他に何も恩返しできないし、でも、高級なお店はお金出せないかもしれないから、無理よ」結城理仁はそれがおかしく思えた。感謝して彼に食事をご馳走したいと思っているけど、高級なレストランは彼女には無理だと言うのだから、はたして誠意があるのかないのかわからなかった。「昼休みはそんなに長くないし、昼休憩は近くのレストランに人も多いから、もし本当に奢ってくれるなら、夜早めに帰って来て何か美味しいものを作ってくれればいいよ。でも俺たち夫婦二人なんだから、そんなにたくさん作らないでくれよ」彼は今後、絶対に結城辰巳に彼女の料理を包んで食べさせるつもりはない。どうして彼の奥さんが作った手料理をわざわざ結城辰巳の奴に持って行ってやらなきゃならないんだ?彼の従弟だからってなんだっていうのだ?家庭料理が食べたいと言うなら、辰巳自身が結婚して奥さんを作ればいいだけの話だ。そうすれば妻お手製の家庭料理を毎日毎日味わうことができるのだから。結城辰巳:兄貴、やっぱりヤキモチ焼いてんじゃん!はははは、面目丸潰れだな!ちょっと前まで絶対にヤキモチなんか焼かないって言ってなかったっけ?ヤキモチがどんなものかも分からないとかなんとか。今やっとそのヤキモチってものが何なのか兄貴は分かったのかな?内海唯花は笑って「いいよ、今日は早めに帰ってご飯用意するから帰ったら一緒に食べましょう」「ありがとう」結城理仁は妻が必ずしも夫のためにご飯を作らなければならないとは思っていない。内海唯花が自分から進んで彼に作ってくれると言うのだから、彼もそれを嬉しく思っていた。彼も唯花もどちらも同じように働いているのだから、どちらのほうが大変か、楽かなんてないのだ。家庭が円満で幸せな生活を送るためには、夫婦どちらも同じように努力し、共同で歩んでいかなければならない。夫婦二人は5分も話さ
内海唯花は携帯をポケットに突っ込み、店に戻ろうとしたところに姉が出てくるのが見えた。「お姉ちゃん、どこ行くの?」「ちょっと買い物してくるわ、あなたたちにご飯作ってあげる。昼はデリバリー頼まなくていいわ、やっぱり自分で作ったほうが健康的だし」「唯花、陽のことちょっと見ててね」唯花は姉の言うことを聞き、ただ電動バイクで行くのに気をつけてとだけ伝えた。彼女は新車で出勤しておらず、いつもの電動バイクで来ていた。なんといってもそのほうが便利で早いからだ。通勤ラッシュで道が混むのが本当に困る。「お姉ちゃん、送金するね」姉が夫からもらっている生活費を使わせたくなかったので、唯花は姉に送金した。佐々木唯月は電動バイクに乗って遠くまで行った。妹のために食材を買うお金くらいなら彼女にはあるのだ。遠ざかっていく姉を見送り、内海唯花は店に戻った。佐々木陽がここに来たのは初めてのことではないので、牧野明凛のこともよく知っていて、母親が彼を置いていっても泣き喚くことはない。それとは逆に店の中をあちこち歩き回り、本を手に取ったり、ペンを触ったりしていた。とても好奇心旺盛な様子だった。「あんたんとこの旦那さん、何か用事だったの?」牧野明凛は探りを入れているのだ。「仕事中にあなたに電話かけてくるなんて、会いたくなったんじゃないの?」「私のクズ親戚がなにか言ってきてないか聞いてきただけよ」牧野明凛は「あら」と一言漏らし「ってことは自分のことのようにあなたを心配してるってことでしょ。唯花、あなたと結城さん、本当の夫婦になれるように頑張ってみてもいいんじゃないの」結城理仁は依然として彼女に警戒心を持っていて、彼女が近づくのを拒んでいる。だから彼女も急速に彼に近づきたいとは思っていない。自然に任せるのが一番だろう。今朝のあのキスを思い出した。あれは実際、ただお互いの唇と唇が触れた程度で、どちらもそれ以上の関係になろうとしているわけではなかったが、十分に彼女をびっくりさせた。結城理仁が男女関係において純粋であるのを思うと、内海唯花は自分が宝物を手に入れたような気分だった。このご時世、あの年齢の男性でこんなに純粋な人なんて、もはや絶滅危惧種でしょ!また別の角度から見てみれば、結城理仁という人間は、感情というものに対して本当に冷めた人であ
結城おばあさんは内海唯花が孫の好みを聞いてきたので、すぐに夫婦二人に進展があったのだと思った。嬉しそうに孫の数少ない好みを唯花に教えた。孫が普段何色のトランクスを着るのが好きなのかという秘密まで全て彼女に教えてくれた。結城理仁が着ているものはすべてオーダーメイドで、出来上がると家まで届けてくれるのだ。おばあさんはその時に、孫がどんな色のトランクスを着るのが好きなのか観察していたのだ。「唯花ちゃん、理仁が特に好きなものってそんなに多くないの。あなたもそんなに悩まないでいいわ。適当に服を選べばいいのよ。服のサイズはあなたに教えてあげるから」「もし私が買った服を彼が気に入らなかったら?」おばあさんは笑って「あなたの贈り物をしたいというその気持ちが大切でしょ。彼がそれを受け取って着るか着ないかは彼が決めることよ。でも、私は理仁はもらったものを絶対に着ると思うわ」と言った。あの子は思うことを絶対口に出さないところがあるんだよ。おばあさんが彼に買った服を、彼は嫌いな素振りを見せるが、実際はその服を着て会社に行き見せびらかしているのだ。おばあさんは彼の会社のことには一切関わらないが、孫が会社で何をしているのか知りたいと思えばいつでも知ることができるのだ。結城理仁はいつも九条悟の前で、自分に奥さんがいることを自慢している。おばあさんの話を聞いて、内海唯花は新しい服を二着と、ネクタイを二本買うことに決めた。結城理仁の数少ない好みの物は彼女のお財布の状況を見ると、到底プレゼントできるようなものではないからだ。彼女は昔から現実を見て何事も決める性質の人間なのだ。自分にいくら使えるかを先に考えてから、それに見合うものを買う。その実力がないのに見栄を張るようなことは絶対にしない。そう決めてから、昼の忙しい時間帯が過ぎた後、昼食を食べて電動バイクに乗ってショッピングへと出かけて行った。そのついでに姉と甥っ子を家まで送り届けた。「お姉ちゃん、帰った後、たぶん義兄さんがまた喧嘩し始めると思う」彼女たちが忙しくしていた時、姉に夫から電話がかかってきて、どうしてご飯を作っていないのかと詰問していた。彼女は姉が答えるのを聞いて、考えるまでもなく義兄は姉からご主人様のような待遇を受けていることが分かり、腹が立っていた。佐々木唯月は少し黙った後
「義兄さんは、お姉ちゃんと割り勘にするつもりですよね。お姉ちゃんは今仕事をしていないし、家で義兄さんとの子供を世話してます。義兄さんがこんなふうにするなら、じゃあ私の姉は夫がいるのといないのと、何が違うんですか?義兄さんは姉が家で何もしていないっていつも言いますけど、今日確かに姉は何もしてないですかね。あれ、でも姉は半分はしてるはずですよ。少なくとも食材を買ってきて、お米もあらって炊飯器に水も入れて、義兄さんはボタンを押すだけだし、残りの半分をするだけでいいじゃないですか」佐々木俊介は何か言おうと口を開いたが、内海唯花は彼が話す機会を与えず、続けた。「義兄さんは家の中が毎日きれいなのは、箒に足が生えて勝手に床掃除してるとでも思ってるんですか?陽ちゃんはまだ小さいし、おもちゃで遊んだ後は部屋中散らかってるんですよ。陽ちゃんだって自分で片付けはまだできないし。義兄さんはまさか、あのおもちゃたちにも足が生えて、自分で元の場所に戻ってるとでも思ってるんですか?それから、義兄さんが食べたり、飲んだり、使ったりしてるもの、他はさておき、あなたが毎日着替えている汚れた服も、お姉ちゃんが洗ってないっていうんですか?あなたが毎日食べてる三食のご飯も姉が作ったものじゃないって?いっつも姉が今、お金を稼いでなくて収入がないのを煙たがってるけど、もし姉が家でこの家のことを何もしてなかったら、安心して会社で真面目に働くことなんてできませんよね?この家庭はあなたと姉が共同で築き上げていくものでしょう。あなたは外で働いて、姉は家庭を守る。あなたたち二人は、どっちもこの家庭のために努力してるじゃないですか。姉は今働いてお金を稼いでいないからって、この家庭のために何も努力していないとでも思ってるんですか。実際問題、姉はあなたが会社で働くよりも疲れる仕事をしているんですよ。だったら、あなたと姉と立場を入れ替えてみたらどうです?あなたが家で洗濯、食事の準備、子供の世話、部屋の片付けをして、姉に仕事に行ってもらったら?」姉の結婚前の収入も義兄とそこまで変わらないのだ。佐々木俊介は内海唯花に何度も反論しようと試みたが、何も言い返せなかった。しばらくして、彼はばつが悪そうにこう言った。「唯花ちゃん、俺は一言しか言ってないのに、君はこんなにまくし立ててきて、まるで俺が君のお姉さん
クソ不味い!しかも甘いぞ!なんで甘い?まさか彼は塩と砂糖を入れ間違えたのか?佐々木俊介はキッチンに戻り、調味料入れを持ち上げて見てみると、砂糖と塩、そして味の素が同じケースに入っていた。さっき彼が作っている時、絶対に砂糖と塩を入れ間違えたのだ。結婚する前、佐々木俊介は家にいて母親が食事を作ってくれていて、結婚した後は唯月姉妹が作っていたのだ。だから彼は全くと言っていいほど料理を作ることができない。砂糖と塩を間違える人が作り出した料理を食べられるほうがおかしいだろう。そして炊飯器のご飯を見てみると、それは佐々木唯月が水を入れて用意していたものだから、食べることができる。でも、おかずがないのでは、美味しい物を食べ甘やかされてきた佐々木俊介には白米だけを食べることはできないのだ。自分が会社で半日働き、家に帰って熱々の料理を食べることができないことを思い、佐々木俊介は怒りがどっとこみ上げてきた。頭に血が上ったまま部屋まで行き、唯月がベッドの上で携帯をいじっているのを見て、怒りが更に燃え上がった。急ぎ足で彼女のもとへ向かって行き、片手で唯月の携帯を叩き落とすと、髪を引っ張り、そのまま床に引きずり下ろした。そして、彼女に殴る蹴るの暴行を加えた。その時、彼は子供が目を覚まさないように、怒鳴ったりしなかった。佐々木唯月は油断していて、彼に髪を掴まれて床に倒されてしまったのだ。彼女はハッと我に返ると、すぐに彼に抵抗した。佐々木俊介は男でもあるし、先手を取った側だから、唯月がいくら抵抗しても不利な状況だった。佐々木俊介に殴られて顔に青あざができ、鼻が腫れても、唯月は負けを認めようとはしなかった。彼女は以前、同僚から夫婦が殴り合いの喧嘩になった時に、何があっても勝て、負けてはいけないと言っていたのを覚えていた。男に自分は簡単にはいじめられない女なのだと分からせるためなのだと。そうすれば、男を抑え込むことができる。もし負けてしまえば、男のほうは暴力に覚えて癖になってしまうのだ。家庭内暴力は、一度許してしまえば、それは永遠に繰り返されることになる。佐々木俊介がまた拳を振り下ろして、彼女が激痛を感じている時でも必死に彼のその手を掴み、腕を思い切り噛み付いた。力いっぱいに噛み付かれて俊介は叫び声を上げ、もう片方の手で彼女の髪の毛を引っ張った
佐々木唯月は包丁を握りしめ彼を追いかけた。佐々木俊介は唯月が、まさかここまでやるとは思っていなかった。結婚してから、彼女はいつも優しく思いやりがあった。ここしばらくの間、彼がいつも彼女を怒鳴っても、あまりにひどい場合を除いて、彼女が怒って彼と喧嘩をすることなどなかった。今回彼が手を出すと、彼女は狂人のようになってしまった。彼に殴り返してきただけでなく、包丁まで持ち出してきた。佐々木俊介は家を出て、外に逃げていった。佐々木唯月も引き続き、包丁を握り彼を追いかけて行った。夫婦二人は追いつ追われつで、下の階まで走っていった。この騒ぎが同じコミュニティに暮らす人たちをとても驚かせた。唯月が包丁を持って佐々木俊介を五つの通りを過ぎるまで追いかけ、疲れて動けなくやってようやく息を切らせて道端に座り込んだ。佐々木俊介も疲れていた。彼女とかなり距離を取って座った。彼の両親と姉が急いで駆けつけ、彼らを見た時、佐々木俊介はどれほど辛い思いをしたことか。佐々木家の父親と母親は自分の可愛い息子が狼狽しきった様子で、両頬が大きく腫れ上がっているのを見て、死ぬほど怒り狂った。姉のほうは服のそでをまくり上げて、怒鳴った。「このクソ女、うちの弟に手を出しやがって、殴り殺してやろうか!」母親は息子の様子に心を痛めて涙を流し、佐々木唯月を怒鳴りつけた。「息子に何か恨みでもあるのか?うちの息子をこんなひどい有様にして、前言ったでしょ、彼女の両親が死んでから誰もちゃんと教育する人がいなかったのよ。彼女はがさつで嫁には相応しくないって。それでも結婚するって言うんだもの。あなたは一人の立派な大人の男性よ。たった一人の女にすら勝てないなんて。いつも私たちの前では彼女に教育してやるんだなんて大きな態度を取っておいて、今の自分の状況を見てごらんなさいな」佐々木家の母親は当時、家族全員が唯月に早く嫁いで来いと願っていたことなど忘れてしまっていた。その時、唯月の収入がとても高かったからだ。それが今は彼女を嫌って相手にしていない。佐々木家の父親は「うちの息子をここまで育て上げた俺ですら殴ろうとはしないのに、唯月の奴、酷すぎるぞ。彼女は今どこにいるんだ、父さんが行ってお前の敵をとってやろう。あいつが降参するまで、こてんぱんに叩きのめしてやるから。お前の
佐々木唯月は冷ややかに笑った。「彼がどうしても割り勘にするって言うから、彼が言った通りにやっただけよ。彼が怒ったからって私に手を出してもいいわけなの。あなたたち彼のあんな姿を見て心を痛めてるけど、私が彼にボコボコにされたのが見えないわけ?あなたたちの息子は両親がいて、産んで育ててくれたのよね。まさか私には私を産んで育ててくれた親がいないとでも?そうよ、私の両親は亡くなったわ。でも、親がいない孤児だからって、あなたたちにいじめられて殴られる筋合いなんかないわよ。あなたたち一人ずつ?それともまとめて?どうでもいいからかかってきなさいよ。今まで言えなかった事を今日全部吐き出すわ。私と一緒にいたくないなら、直接言いなさいよ。家庭内暴力をするつもり?私はそう簡単にやられたりしないわ!あんたたちまだ私をいじめて殴ろうって言うなら、死んでもおまえらを地獄に引きずり下ろしてやる!佐々木俊介、前に言ったわよね。私を殴ろうっていうなら、その場で私を殴り殺さないかぎり、寝ない方が身の為だってね。寝ている隙に私があんたをズタズタに切り刻んでやるんだから!」唯月は凶悪な目つきで佐々木一家を睨みつけた。彼らが彼女に手を出そうものなら、彼女は共に滅びる覚悟なのだ!佐々木家の面々「......」「こんの気性の荒いクソ女が、理屈が通じなくて手の付けようがないよ!」佐々木家の父親は唯月を罵ると、息子に向かって言った。「俊介、行こう。私たちと一緒に家に帰ろう」佐々木俊介も今日の唯月にとても驚いていた。知り合ってから今まで、12年は経っているが、彼は彼女がこんなに反骨精神を持っているとは知らなかった。唯月の凶悪な様子を思い出して、俊介は両足をガタガタと震わせていた。そして両親と姉と一緒に帰って行った。同時に会社に連絡し、数日間休みを取った。彼は家でゆっくりと傷を癒さないといけないからだ。佐々木家の姉は車で来ていた。一家四人は車に乗ると、姉は「俊介、彼女と離婚しちゃいなさいよ。陽くんの親権を取って、あんな女は捨ててしまいましょう。そうなればあの女はまだ偉そうにしていられるかしらね」と言った。佐々木俊介は口元の血を拭うと、両親に向かって言った。「あの女と離婚することになったら、父さんと母さんは陽の面倒を見てくれる?」「父さんと母さんは私の子の世話
佐々木俊介は家族が知っていても、彼を責めないのを見て言った。「唯月は子供の出産の後、だんだん太っていったもんだから嫌いになったんだ。莉奈は人の気持ちが分かる子だし、若くてきれいだ。彼女に対する愛こそ本物の愛だと感じるんだよ」佐々木家の母親は「相手はあなたの身分や地位、収入に惹きつけられたのよ。以前のように普通のサラリーマンだったら、誰があなたを好きになるの?」と急所をずばりと言い当てた。「唯月は確かにちょっと凶暴であなたをこんな有様にしちゃったけど、まじめな話、彼女は結婚して長年、あなたのお世話をしっかりしていたわ。あの家もきれいに片付けてるしね。苦労を耐え忍んで暮らして、家事をこなせる人だわ。あの女性は唯月には及ばないわ」佐々木母は確かに息子を贔屓しているが、唯月への評価は的を射ている。「良い妻と結婚しなくちゃ。俊介、あなたが外でどう遊ぼうが、母さんは何も言わないわ。でもね、あのお嬢さんと結婚したいと思うなら、絶対に慎重になりなさいよ。将来後悔したくなかったらね」多くの男が離婚して浮気相手を妻として迎えた後、こんなはずじゃなかったと後悔するのだ。母親は実際は息子の現状に非常に満足していた。だから、息子が愛人を娶って幸せになれず報いを受けるのは望んでいなかった。しかし姉はこう言った。「唯月のどこが良いって言うの?俊介がこんな目に遭ったんだから、私たち家族はこんな嫁を許しちゃダメよ。俊介、お姉ちゃんはあなたと莉奈ちゃんのことを応援してるからね。うまく暮らしていけるかなんて、一緒に生活し始めてからようやく分かるものよ。誰にも分からないでしょ?結婚する当初だって唯月は教養もあるし、礼儀正しかったでしょう。その時、誰も彼女がまさか包丁を持って、街中を俊介を追い回すなんて思ってもみなかったじゃない。あの子が俊介をどんな姿にした?」佐々木家の親二人は何も言わなかった。「俊介、数日は家に戻らないで。お金もあの子にあげちゃダメよ。彼女に謝ったりしないで、彼女から先に過ちを認めて謝罪されるのよ。今度こんなことは絶対しないと約束させてから戻りなさい」姉は「今離婚しないとしても、彼女を調子に乗らせてはいけないわ。さもないと、あなたは家庭内での立場が落ちちゃうわ。大の男は家庭内でも外でも上に立たなくちゃ。女になめられちゃダメなんだって」とアドバイ
今すでに結婚してから一か月過ぎていて、あと五か月の期間がある。それを過ぎれば夫婦は独身に戻ることができるのだ。離婚した後、それぞれ結婚したい人と結婚して、もう赤の他人になる。九条悟と東隼翔は顔を見合わせた。東隼翔は言った。「お前ら結城家の男子は離婚しちゃいけないんじゃなかったか?」「俺だけ例外だ」結城理仁は低く冷たい声で言った。「俺と内海さんとの結婚はどういう経緯なのか二人も知っているだろう。俺が離婚したとしても、ばあちゃんも何も言えないさ。それ以外の人間なんてさらに俺に何か言う資格はない。俺の本当のことを知れば可哀そうだと思うだろ」そうだ。彼は本当に辛いのだ。祖母の恩返しのために、彼が全く知らない内海唯花という女性を妻とし、結婚した後は彼女に気前よく、寛大に接していたというのに、一方の彼女はどうだ?姉の家に行くと嘘をつき、結局金城琉生と一緒に食事していたじゃないか。自分がヤキモチを焼いているのを断固として認めない結城坊ちゃんは、自動的に牧野明凛の存在を消し去っていた。それに牧野明凛と金城琉生がいとこ同士で仲が良いという事実も無視していた。九条悟、東隼翔「……」「今後は彼女を社長夫人と呼ぶなよ、あいつにそんな資格なんかないからな!」結城理仁は低く冷ややかな声でそう言った。端正な顔も氷のように冷たく厳しくなった。九条悟は彼に言った。「二日前は奥さんからもらった服を来て会社に来て、一日中自慢していたじゃないか。今日になって態度がガラッと変わるなんて、君たちもしかして喧嘩したのか?」結城理仁は九条悟を睨みつけた。「あまり調子に乗って余計なことを言わないほうが身のためだぞ」九条悟にこのように言われて、彼は少し恥ずかしさで怒りが込み上げてきた。彼があのスーツを着たことに関して、生まれてはじめてあのような安物を身に着けたのは、彼女が買ってくれたものだし、二人はまだある程度の期間パートナーとして一緒に過ごしていくからだ。彼女の顔を立てて、彼女からプレゼントされた服を着たまで。その結果はどうだ?丸一日中、彼女は彼がその服を着ていることに気づかなかったじゃないか。彼は彼女が自分で贈った服がどんなものだったか覚えていないのではないかと、ものすごく疑っていた。「彼女と喧嘩なんかしている暇すらないさ!行こう、俺の経営するホ
内海唯花はそれにうんと返事した。「ただちょっとこのことを頭の隅に置いといてもらいたくて。仕事に関しては、あまり焦らないで」牧野明凛も言った。「ゆっくり探してください。なかなか自分に合った仕事が見つからなかったら、私と唯花の店を手伝ってください。私がお給料を出しますから。それか、唯月さんも自分のお店を出しませんか?」佐々木唯月は息子が遊んでいるのを見て、どうしようもないといった様子で言った。「私にはそんな資金はないもの。それに、どんな店を開いたらいいのかもわからないし。実店舗経営はやっぱり難しいでしょうし」妹の本屋は星城高校の目の前に開いているから、生徒たちが来ることも多く、まあまあ儲かっている。もしも他の場所で商売をすれば、うまくいくかはわからない。星城高校付近にある店はどれも家賃がとても高い。しかも、誰でもそこで店を借りられるというわけではない。やはりコネがなければ難しいのだ。内海唯花のあの店は牧野明凛の家族が表に出て話をつけてくれたおかげでやっと借りることができたのだ。「お姉ちゃん、だったら、ビーズ細工の作り方を教えるから、ネットでお店を開いたらいいじゃない。そうすれば家でお金も稼げるし、陽ちゃんの面倒を見ることもできるでしょ。私のネットショップは今売れ行きが良くて、ほとんどの商品は予約しないと買えないくらいよ。予約がたくさん入ってるから、私は毎日作るのに忙しいの」今月彼女がネットショップで稼いだお金は本屋での自分の稼ぎ分をはるかに上回っていた。高校生の試験が近いため本屋で売れた参考書の数も多かったのだが、それにしても彼女のネットショップの売り上げのほうが多かった。内海唯花は人生において金運が今まさにやってきたのだと思った。ネットショップも商売を始めてから数年経っている。売り上げはずっと良くも悪くもなく平坦なものだったが、なぜか今月は爆発的人気が出て、評価も五つ星ばかりだ。「ネットショップをもっと大きくしたいと思ってて、ハンドメイドの置物だけじゃなくて、ヘアアクセサリー作りも勉強したいの。ちょっとレトロな雰囲気のが好きだから」牧野明凛は親友の話には大賛成だった。親友のこの考えはとても良いと思ったのだ。佐々木唯月は苦笑いして言った。「唯花、お姉ちゃんにはそんな創作センスはないわ。あなたのハンドメイドで使う材料を見ただけで
「私はまだ気がかりがあるのよ。俊介は今莉奈さんの言うことをなんでも聞いてるでしょう。あのお嬢さん、頭が良いわ、ずっと俊介とは関係を持とうとはしないもの。彼女がなかなか手に入らないと、もっと求めるようになるものだわ。彼女は俊介をもっともっと自分に溺れさせようとしているのよ。二人が結婚することになって、俊介の給料を彼女が管理するようになったら、私たちの生活は厳しくなるわよ」佐々木英子は毎月弟が両親に結構な生活費をあげていることを思い出した。両親はそのお金で彼女の家を支えてくれているわけだから、彼女が得ている利益も少なくはない。だから、新しい弟の嫁にこの美味い汁を取られてしまうわけにはいかず、こう言うしかなかった。「いいわ、これは俊介と唯月二人のことだもの。彼ら夫婦に任せましょ。俊介がずっと唯月に不倫を隠して気づかれない限り、私も彼のことには関わりたくないわ。男は一度成功してお金を持ってしまえば、外でやりたいようにやるもんだし」佐々木母は息子が父親になっても、外で若くてきれいな女の子を捕まえられるくらい、よくできた男だと思っていた。どのみち彼女の子供は男だから、何があっても損することはないだろうという昔の男尊女卑的考えを持っている。佐々木唯月は義母と義姉が彼女の悪口を言っていることは知っていたが、この母娘が俊介の不倫を隠しているとは知らなった。人の気分を害するこの母と娘が去った後、唯月は妹と明凛に言った。「唯花、明凛ちゃん、あなた達またどうしてこんなにたくさん買ってきたのよ」「唯月姉さん、ただのフルーツとお菓子だから、別に高いものじゃないですよ」牧野明凛は笑って言った。「お姉さんと陽ちゃんが家にいるって思って、二人に食べてもらいたくて買ってきたんです。今はおうちに二人だけで、誰にも取られることはないから、たくさん買ったんですよ。食べきれなかったら、冷蔵庫に入れてゆっくり食べてください」彼女は佐々木英子が家を出る前にこの買って来た買い物袋をちらりと見ていたのを気にしてこう言ったのだ。この間、内海唯花夫婦が姉に持って来た物は、佐々木俊介が両親と姉にあげてしまい、唯月はあまりの怒りで失神しそうなくらいだった。内海唯花は甥にご飯を食べさせると、新しいおもちゃを取って彼に渡した。甥は傍で遊ばせておいて、姉に言った。「お姉ちゃん、佐々木
佐々木唯月にこのように言われて、佐々木母は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。なんと言っても、息子と嫁の割り勘制を提案したのは彼女だ。割り勘にしていなかったとしても、息子の金は嫁が管理することはないと知っていた。「お母さん、もう行こう」佐々木英子は唯月の態度が気に入らず、これ以上は母親に話をさせたくなかったので、母親を引っ張って行った。出て行く前に、内海唯花と牧野明凛が持ってきた荷物をちらりと見た。下に降りて、佐々木英子は母親に言った。「お母さん、内海唯花のスピード結婚相手の旦那さんって大企業で働いてるでしょ、給料ってすごく高いんじゃない?あの子、結婚してからいっつもあんなにたくさん買ってくるでしょう。さっきちょっと見たけど、買って来たあのフルーツってどれも高いやつだったわよ。メロンとかイチゴとかよ。ああいうのって高いじゃん。メロンだって一つ三千円くらいするでしょ。イチゴだって一パック安くても五百円はするし」佐々木母は言った。「あなたの弟の収入を考えてみて。唯花の旦那さんは結城グループで働いているのよ。俊介があの会社は東京でも一、二を争う大企業だって言ってたでしょ。そんな会社に入れる人はエリート中のエリートよ。俊介の能力でも結城グループに入って働くのは難しいって言ってたわ。唯花の旦那さんの能力が高いってのは明らかよ。収入も俊介よりもかなり多いに決まってる。彼女は昔から姉によくしてたから、今俊介が唯月にお金をあげないのを知って、姉にお金を渡して助けているのでしょうね。今は彼女とあの結城さんって人は新婚よ。新婚の時は相手は必ず彼女のためにお金を使うでしょう。だけど、彼女がいっつも姉を助けるためにお金を渡していたら、彼だっていつかは不満が出てくるはずよ。どこの誰が自分の妻がいつも実家のほうにお金を渡すのを喜ぶ?」佐々木母はあくどく誹謗した。「そのうちわかることよ。内海唯花はすぐに夫から捨てられるわ。あんなごくつぶしの女たちなんか誰が欲しがるのよ。帰ったら俊介に言うのよ、絶対に唯月にお金を渡しちゃだめだって。唯月にはずっと妹に金を恵んでもらって、唯花の旦那の機嫌を損ねさせるのよ。それでも偉そうにしていられるかしらねぇ?彼女のあの店だって、共同経営者がいるだろう、いくら稼げると思う?唯月のあの気丈な態度は唯花が助けてくれるって思っ
内海唯花は買い物袋をテーブルの上に置き、佐々木陽を抱き上げて優しく尋ねた。「陽ちゃん、お粥食べてるの?」佐々木陽は頷き「うん、たべてる」と返事した。「じゃあ、お腹いっぱいになった?」佐々木陽は自分の小さなお腹をさすり、少し考えてから首を横に振った。彼はまだご飯を食べてなくて、ちょっとお腹が空いていると思った。内海唯花は笑ってソファの前に座り、姉の手から半分残ったお粥を受け取った。「おばちゃんが食べさせてあげようか?」「いいよ」牧野明凛は佐々木唯月に挨拶をし、同じように荷物をテーブルの上に置いた。佐々木家の母娘に対しては、少し会釈をしただけで、それを挨拶代わりにした。佐々木唯月は妹が代わりに息子に食事をさせてくれているので、義母と義姉のほうを向いて言った。「私は俊介を迎えにいったりしないわ。彼が帰って来たいなら、帰って来ればいい。帰りたくないっていうなら、悪いけどお二人に彼の世話は任せるわ」彼は生活費でさえも彼女に返すよう要求してきた。夫婦がもうこんなに冷めた関係になったら、後は他に何が言えるというのだ?佐々木唯月は自分も間違っていたとわかっていた。それは佐々木俊介をあまりに信用しすぎたことだ。佐々木英子はまだ何か言いたそうだったが、それを母親に止められてしまった。佐々木母は無理やり笑顔を作って言った。「わかったわ。帰って俊介に帰るように伝えるから。唯月さん、俊介が戻って来たら、あなた達はもう喧嘩したり手を出したりしないでちょうだいね。俊介は外ではちゃんとした仕事があるんだから、面子がとても重要なのよ。あなたが彼をあんな顔にしちゃったら、誰かに会ったりできないから、仕事にも行けなくて収入も減るでしょうが。損をするのはあなたたち一家なのよ」佐々木唯月は冷たく笑った。「彼は以前一か月に六万円の生活費しかくれなかった。それ以上は少しでも拒んでたし。今割り勘制にして、彼は三万円しかくれてないから、それで陽を養っているだけよ。彼の給料がいくらなのかなんて、今の私には関係のない話ね」彼女も以前、仕事をしていなかったわけではない。結婚前は彼女と佐々木俊介は同じ会社にいた。佐々木俊介が今就いている役職は、一か月に数十万円の給料がある。しかも副収入もあるから、それよりもずっと多く稼いでいるのだ。少なくても一か月に百五十万前
佐々木陽はパパが恋しいとも恋しくないとも言わず、ただ「パパおしごと」と言った。彼は母親と叔母が世話をしている。普段、彼が朝起きると父親は仕事で家にはおらず、夜寝てから帰って来る。だから、父親という生き物は週末にやっと会える程度なのだ。佐々木陽の父親への感情はまったく深くない。父親が家にいたとしても、息子と一緒に遊ぶことはなく、ただ携帯をいじっているだけだった。「唯月さん、見てごらんなさい。陽ちゃんは数日パパに会ってないから、こんなに冷たい態度になっちゃってるわ。このままじゃ、子供の成長に悪影響しかないわ。男の子は成長過程で父親からの愛がなくちゃいけないのよ。多くのことはパパから教えてもらわなくちゃいけないんだから」佐々木母は本来、孫が父親が恋しいと返事すると思っていた。そして彼女はそれを利用して嫁に息子のためにプライドを捨てさせようとしたのだ。だが、まさか孫が想像したような返事をしないとは。しかし、幸いなことに彼女の頭は冴えていて、孫のその対応にも上手に唯月を言いくるめようとした。佐々木唯月は義母を見て、冷ややかな口調で言った。「佐々木俊介が家にいたとして、あなた達は彼が息子の世話をするのを見たことある?陽は私と彼の子だけど、ずっと私一人で面倒を見て来たのよ。子供の世話をしないのはまだいいとして、一緒に遊ぶこともしないのよ。週末家にいて暇でも、携帯を持ってずっと誰かとしゃべったり、動画を見たりしてバカみたいに笑って息子とはまったく遊ばないわ。こんな父親、この子が彼に対して情が深くなるとでも言うの?」親子の情というものは培っていかなければならない。血の繋がった父子だとしても、コミュニケーションを取って関係を築き上げていかなければ、うまくいくはずはないのだ。佐々木母は口を開いたが、何も言葉が出なかった。やはり佐々木英子がその言葉に続けて言った。「俊介は普段、仕事がとても忙しいでしょう。週末家にいる時だってリラックスして休みたいのよ。あんたは仕事もせず、ずっと家で子供の世話をしてさ。家事が多いなんて言わないでよね、前は妹がここにいてほとんどの家事は妹がやっててあんたは何もしてなかったじゃない。あんたの専門は食べることで、見てごらん、今のこの醜態をさ」彼女の弟だけが佐々木唯月が太って醜くなったのを嫌っているのではなく、佐々木英
内海唯花と牧野明凛は佐々木唯月の住むマンションに到着した。唯花が車から降りると、見慣れた車が目に飛び込んできた。そして、彼女の顔に緊張が走った。「どうしたの?」「あれは佐々木俊介の姉の車よ。またお姉ちゃんのところに押しかけてきたらしいわ。あの人は紛れもなくクズ中のクズよ。うちのあの親戚たちといい勝負なの」牧野明凛はそれを聞いて慌てて言った。「早く上に行きましょう。もしその人が唯月さんをいじめてたら、うちらで追い出してやるわよ」内海唯花はすでに荷物を持って歩き出していた。牧野明凛は急いでその後を追った。佐々木家の人たちがまたやって来た。来たのはやはり佐々木英子たち母娘だった。彼女たちは佐々木俊介を迎えに唯月を佐々木家に行かせたいのだ。佐々木俊介は実家に帰っている。しかし、両親は姉の家に孫たちの世話に行っているので、ご飯は姉の家に行って食べていた。ちょうど両親の家から姉の家まで近い。同じコミュニティ内で、マンションは向かい側にある。毎日両親が弟に美味しい物をたくさん買って食べさせていた。もちろん彼女一家もそれを一緒に食べることはできるが、心の中ではやはり両親のその様子が不愉快だった。両親は弟に対してひいきしていると思っているのだ。弟が帰ってきたとたんに、高い物をたくさん買ってくるから。佐々木英子は確かに最低な人間であるが、幸いにも身の程はわきまえていて、その不愉快だと思っている心のうちを見せることはなかった。両親のサポートを長い事受けていた佐々木英子は両親からの恩恵を独占することに慣れきってしまっているのだ。弟が家に数日泊まっていて、彼女が一番積極的に弟夫婦の仲直りをさせようとしているのは、この弟を自分の生活圏から早く追い出したいからだ。「唯月さん、夫婦が一生一緒にいるからには口喧嘩や手が出ることだって避けられないことよ。一生全く喧嘩をしない夫婦なんてごく稀よ。すれ違いで喧嘩して、冷戦も数日続いたんだし、もう十分でしょう。これからも一緒にやっていかないといけないんだし、そうでしょう?俊介も男だから、プライドも高いけど実際はちょっと後悔しているのよ。あの日はあの子が先に手を出したんだから、あの子が悪かったの。私たちもわけを聞かずに彼に合わせて喧嘩しちゃって、間違えてたわ。彼の面子も考えて、迎えに行ってやってち
牧野明凛は意外そうに尋ねた。「本当に?フラワーガーデンが高級マンションってのは間違ってないけど、まさかロールスロイスを運転してる人までいるとはね。なんでその人って一戸建ての大きい家に住まないんだろ?」「結城さんが、近くの学校に通ってる子供がいるから、通学に便利なようにフラワーガーデンの部屋を買って住んでるんじゃないかって言ってた。もしかしたら、その人いくつも家を持ってるかもよ?」牧野明凛は笑った。「それもそうだね。さあ、スーパーに行こう。あ、そうだ、結城おばあさんが来るって言ってたよね?」「来ないって」「なんで?」「家の持ち主が同意しなかったんでしょうね」牧野明凛「……」親友の家の持ち主と言えば結城理仁じゃないのか?彼は結城おばあさんの孫だろう。おばあさんが週末来たいというのに、孫がそれを拒否するなんて……祖母不孝者め!二人は牧野明凛の車に乗り込むと、カフェ・ルナカルドを後にした。少し車を走らせて、大きなショッピングモールに車をとめた。モール内をぶらぶらして、二人は両手にたくさんの買い物袋をぶら下げて出て来た。この時、内海唯花は以前、結城理仁と一緒にモールを回ったのを懐かしく思っていた。彼がいれば、彼女がどれだけ買っても、代わりに持ってくれた。牧野明凛は荷物を車に載せた後、ぜえぜえ息を切らして言った。「ショッピングする時は、男性がいればいいのにって思っちゃうわね。買い物してる時は、あれもこれもってなるけど、いざ荷物を持つとなると、まったく、重くて死んじゃう。なんであんなに買っちゃったんだろうって後悔しかないわ」内海唯花はそれを聞いて思わず笑った。さすが、彼女と牧野明凛が親友になるはずだ。二人の考え方はまったく同じだった。これって、彼女がさっき考えていた結城理仁と一緒にスーパーを回った時の良いところを、親友が口に出したんじゃないか。「だったら、早く彼氏を見つけることね。これから先ショッピングする時は楽ちんでしょ」牧野明凛は運転席に座り、シートベルトを締めながら言った。「見つけたいと思ってすぐ見つかると思うの?自分に合った人を見つけないといけないし、いいなって思うような人じゃないといけないじゃない。そんなに簡単に見つかるんなら、私だってずっと独り身でいないわよ。家族から結婚の催促ばかりされて家に帰りたく
九条悟も少し呆気に取られていた。この上司は彼の前で何度も妻がいることを自慢していたが、あれは全部演技だったというのか?だけど、結城おばあさんはすでに会社のことは全て孫に任せていて、会社に来ることは稀だ。だから、結城理仁は彼の前でそんな演技をしてみせる必要はないはずだ。ボケちゃったのか?まあいい、それは結城理仁のプライベートな事だ。彼は自分でどうにかできるだろう。彼ら親友たちは何か面白いことがあれば、椅子とポップコーンでも持って来て、かたわらでそれを食べながら座って見ていればいいのだ。何も面白いことがないなら、家に帰って寝るまでだ。二時間後のこと。内海唯花は時間を確認し、もう三時になったので親友に言った。「明凛、そろそろ帰ろっか。お姉ちゃんのとこにも行かないといけないから」「わかったわ」牧野明凛も時間を見て、親友が帰るというのに何も意見はなかった。「後でちょっとスーパーに行こう。フルーツとおもちゃ二つ買って私もお姉さんの家に一緒に行く。家に帰りたくないのよ。母さんのあの意地悪な継母みたいな顔といったら、帰る気なくすわよ」内海唯花は笑って言った。「大塚家のパーティーで誰かさんが床に寝ちゃったせいでしょ?あなた自身も恥かいたのに、牧野のおばさんの面子も潰しちゃって。お母様が怒って当然よ」牧野明凛は自分がやらかした事を思い出し笑って言った。「恥くらいかけばいいのよ。母さんとおばさんに私は大和撫子で優秀な女性だからお妃様にでもなれるっていう妄想を消し去ってもらいましょう。今やあの人たちも大人しくなって、私も静かに過ごせるってもんよ。「あれ、ねえ唯花、あのテーブルに座ってる三人組、あの人あんたんとこの結城さんじゃないの?」牧野明凛が立ち上がって結城理仁を見て親友の手をポンポンと叩き内海唯花に確認させようとした。内海唯花は親友に促されて見てみると、本当に彼女の夫がそこにいた。「彼だわ」結城理仁が全身から漂わせるあの冷たく厳しい雰囲気を持っている人間は滅多にお目にかかれない。内海唯花は一目ですぐ彼だとわかった。「ちょっと挨拶しに行かなくていい?」内海唯花はためらって言った。「彼は友達と一緒みたいだし、彼らとは知り合いじゃないわ。声かけるのもあまり良くないんじゃないかな」実際、結城理仁の友人とは一人も会っ