内海唯花はうんと一言答えた。彼女は甥っ子にキスをし、あやしていた。「陽ちゃん、幼稚園に行きたい?」「やだ」この年齢の子供はなんといっても母親にべったりな年頃なのだ。内海唯花は笑って、姉に言った。「お姉ちゃん、陽ちゃんをどの幼稚園に通わせるか決めてるの?もし決めてるなら、週末陽ちゃんをそこに連れて行って遊ばせてみよう。そこの環境になれさせるのよ。たくさん遊んで楽しかったら、幼稚園に行くのも嫌がらないわ」週末、多くの幼稚園が親が子供を連れてきて見学し、遊べるように開放しているのだ。佐々木唯月はうんと一言返事し、また続けて言った。「もう一つ死にそうなくらい腹立たしいことがあるの。あの義姉さんが俊介に自分の二人の子供をこの街に連れて来て、ここで学校に通わせるって言うのよ。私の家に一緒に住んで、その子供の送り迎えとご飯、宿題の面倒まで見ろですって。私のことを都合の良いタダの家政婦だとでも思ってるのかしら?俊介はそれなら喜んで三万円の食費を出すって。今子供一人面倒みてるんだから、あと一人二人増えたくらいなんともないって。自分のお腹を痛めて生んだ子供ならいくら大変でも、きつくてもお世話はできるわ。でも、他所の子供の面倒って、こんなんじゃ骨折り損で何の割にも合わないわ。しかも、家の名義を姉に譲るですって。こうすれば彼女の子供も地区の学校に通えて、二人の子供が通うのにも便利だからって。本当に馬鹿なんじゃないの、家の名義を他人に譲って、後から取り戻せるとでも本気で思ってるのかしら?」内海唯花と牧野明凛はもはや何も言えなかった。「......」普段彼女たちはネット上で、一部のネット民がこのような事を言っているのを見たことがあったが、まさか佐々木唯月も彼らと同じような目に遭っているとは。佐々木唯月は一度口を開けたら、もうなりふり構わず、全てをぶちまけた。彼女はまた二口お茶を飲み、続けた。「唯花、私も義兄さんに言ったのよ、もし家の名義を義姉さんに譲るって言うなら、私が出した内装代を返せって。もし家を取り戻せなかったら、私にとっては損でしかないもの。当時内装代に800万も私使ったんだから」彼女が長年仕事で稼いだお金は、全部その家のために使ってしまっていた。「もしその費用を私に返さないって言うなら、即離婚よ。離婚しても絶対にあの内装代は返し
そして、すぐに佐々木唯月は言った。「でも、全ての男性が佐々木俊介みたいな人じゃないわ。明凛ちゃん、私がこうだからって怖くなって結婚を諦めちゃダメよ。これは私のせいでもあるんだから」彼女は妹のこの親友がまだ結婚しておらず、家族から結婚の催促をされていることを覚えていた。牧野明凛は笑って言った。「男でも女でも頭おかしい奴はいるって分かってます。結婚するかしないかは、やっぱり相手のことを好きかどうか、人生を捧げたい相手かどうかをしっかり見なきゃですよね。唯月姉さんの影響を受けたりしませんから安心してください。でも、もし将来結婚するなら、相手の一家がどのような人たちなのかしっかり見極めてから決めようと思います」彼女の母親は結婚するということは、その相手の男性だけ見ればいいということではないといつも言っていた。相手の男性の家族、それから彼の友人たちとも親交を深めていく必要があり、学ばなければならないことは多い。牧野明凛はちらりと親友を見た。そして、心のうちでとても感服していた。佐々木唯月のこのような結婚は、誰が見ても明らかなほど、決して良いものだとは言えない。子供の佐々木陽がいることで、離婚をしたいと思っても衝動に駆られてできるようなものではないのだ。離婚するに当たって、いざというときの逃げ道も確保しておかなければならない。母親である自分のさまざまな条件も整え、子供の親権を取るための資格と気力をもって男性側と争ってこそ離婚することができるのだ。内海唯花と結城理仁はスピード結婚で、結婚する前はお互いの詳細も知らなかったし、会ったことすらなかった。このような結婚にはとても勇気が必要だろう。牧野明凛は自分にはこのような勇気はないと思った。会ったこともない面識のない男性とスピード結婚するなんて。今のところ、結城理仁は佐々木俊介よりも立派な人で、内海唯花が何か困っていれば彼は全力で彼女の手助けをし、決して手を抜いたりしていない。しかし、彼は内海唯花と半年で離婚するという契約を交わしているのだから、この点だけが牧野明凛は納得いかなかった。親友の将来をとても心配しているのだ。内海唯花は何も言わなかった。言いたいことは姉と二人きりになった時に言うつもりだったのだ。「リンリンリン......」内海唯花の携帯が鳴った。彼女は携帯を取り出し画
結城理仁は、軽く返事をし、続けて言った。「今回の件で、やつらはもうしつこく付き纏ってくることはないだろう」内海家の人間は後悔するしかない。「普段昼食はどこでとってるの?」「外で食べてるよ」結城理仁は返事をして、すぐ聞き返した。「奢ってくれるつもりか?」内海唯花は笑って言った。「あなたに時間があるなら、奢ってあげてもいいわよ。いろいろ助けてもらって、すごく感謝してるもの。ご飯を奢るくらいしか他に何も恩返しできないし、でも、高級なお店はお金出せないかもしれないから、無理よ」結城理仁はそれがおかしく思えた。感謝して彼に食事をご馳走したいと思っているけど、高級なレストランは彼女には無理だと言うのだから、はたして誠意があるのかないのかわからなかった。「昼休みはそんなに長くないし、昼休憩は近くのレストランに人も多いから、もし本当に奢ってくれるなら、夜早めに帰って来て何か美味しいものを作ってくれればいいよ。でも俺たち夫婦二人なんだから、そんなにたくさん作らないでくれよ」彼は今後、絶対に結城辰巳に彼女の料理を包んで食べさせるつもりはない。どうして彼の奥さんが作った手料理をわざわざ結城辰巳の奴に持って行ってやらなきゃならないんだ?彼の従弟だからってなんだっていうのだ?家庭料理が食べたいと言うなら、辰巳自身が結婚して奥さんを作ればいいだけの話だ。そうすれば妻お手製の家庭料理を毎日毎日味わうことができるのだから。結城辰巳:兄貴、やっぱりヤキモチ焼いてんじゃん!はははは、面目丸潰れだな!ちょっと前まで絶対にヤキモチなんか焼かないって言ってなかったっけ?ヤキモチがどんなものかも分からないとかなんとか。今やっとそのヤキモチってものが何なのか兄貴は分かったのかな?内海唯花は笑って「いいよ、今日は早めに帰ってご飯用意するから帰ったら一緒に食べましょう」「ありがとう」結城理仁は妻が必ずしも夫のためにご飯を作らなければならないとは思っていない。内海唯花が自分から進んで彼に作ってくれると言うのだから、彼もそれを嬉しく思っていた。彼も唯花もどちらも同じように働いているのだから、どちらのほうが大変か、楽かなんてないのだ。家庭が円満で幸せな生活を送るためには、夫婦どちらも同じように努力し、共同で歩んでいかなければならない。夫婦二人は5分も話さ
内海唯花は携帯をポケットに突っ込み、店に戻ろうとしたところに姉が出てくるのが見えた。「お姉ちゃん、どこ行くの?」「ちょっと買い物してくるわ、あなたたちにご飯作ってあげる。昼はデリバリー頼まなくていいわ、やっぱり自分で作ったほうが健康的だし」「唯花、陽のことちょっと見ててね」唯花は姉の言うことを聞き、ただ電動バイクで行くのに気をつけてとだけ伝えた。彼女は新車で出勤しておらず、いつもの電動バイクで来ていた。なんといってもそのほうが便利で早いからだ。通勤ラッシュで道が混むのが本当に困る。「お姉ちゃん、送金するね」姉が夫からもらっている生活費を使わせたくなかったので、唯花は姉に送金した。佐々木唯月は電動バイクに乗って遠くまで行った。妹のために食材を買うお金くらいなら彼女にはあるのだ。遠ざかっていく姉を見送り、内海唯花は店に戻った。佐々木陽がここに来たのは初めてのことではないので、牧野明凛のこともよく知っていて、母親が彼を置いていっても泣き喚くことはない。それとは逆に店の中をあちこち歩き回り、本を手に取ったり、ペンを触ったりしていた。とても好奇心旺盛な様子だった。「あんたんとこの旦那さん、何か用事だったの?」牧野明凛は探りを入れているのだ。「仕事中にあなたに電話かけてくるなんて、会いたくなったんじゃないの?」「私のクズ親戚がなにか言ってきてないか聞いてきただけよ」牧野明凛は「あら」と一言漏らし「ってことは自分のことのようにあなたを心配してるってことでしょ。唯花、あなたと結城さん、本当の夫婦になれるように頑張ってみてもいいんじゃないの」結城理仁は依然として彼女に警戒心を持っていて、彼女が近づくのを拒んでいる。だから彼女も急速に彼に近づきたいとは思っていない。自然に任せるのが一番だろう。今朝のあのキスを思い出した。あれは実際、ただお互いの唇と唇が触れた程度で、どちらもそれ以上の関係になろうとしているわけではなかったが、十分に彼女をびっくりさせた。結城理仁が男女関係において純粋であるのを思うと、内海唯花は自分が宝物を手に入れたような気分だった。このご時世、あの年齢の男性でこんなに純粋な人なんて、もはや絶滅危惧種でしょ!また別の角度から見てみれば、結城理仁という人間は、感情というものに対して本当に冷めた人であ
結城おばあさんは内海唯花が孫の好みを聞いてきたので、すぐに夫婦二人に進展があったのだと思った。嬉しそうに孫の数少ない好みを唯花に教えた。孫が普段何色のトランクスを着るのが好きなのかという秘密まで全て彼女に教えてくれた。結城理仁が着ているものはすべてオーダーメイドで、出来上がると家まで届けてくれるのだ。おばあさんはその時に、孫がどんな色のトランクスを着るのが好きなのか観察していたのだ。「唯花ちゃん、理仁が特に好きなものってそんなに多くないの。あなたもそんなに悩まないでいいわ。適当に服を選べばいいのよ。服のサイズはあなたに教えてあげるから」「もし私が買った服を彼が気に入らなかったら?」おばあさんは笑って「あなたの贈り物をしたいというその気持ちが大切でしょ。彼がそれを受け取って着るか着ないかは彼が決めることよ。でも、私は理仁はもらったものを絶対に着ると思うわ」と言った。あの子は思うことを絶対口に出さないところがあるんだよ。おばあさんが彼に買った服を、彼は嫌いな素振りを見せるが、実際はその服を着て会社に行き見せびらかしているのだ。おばあさんは彼の会社のことには一切関わらないが、孫が会社で何をしているのか知りたいと思えばいつでも知ることができるのだ。結城理仁はいつも九条悟の前で、自分に奥さんがいることを自慢している。おばあさんの話を聞いて、内海唯花は新しい服を二着と、ネクタイを二本買うことに決めた。結城理仁の数少ない好みの物は彼女のお財布の状況を見ると、到底プレゼントできるようなものではないからだ。彼女は昔から現実を見て何事も決める性質の人間なのだ。自分にいくら使えるかを先に考えてから、それに見合うものを買う。その実力がないのに見栄を張るようなことは絶対にしない。そう決めてから、昼の忙しい時間帯が過ぎた後、昼食を食べて電動バイクに乗ってショッピングへと出かけて行った。そのついでに姉と甥っ子を家まで送り届けた。「お姉ちゃん、帰った後、たぶん義兄さんがまた喧嘩し始めると思う」彼女たちが忙しくしていた時、姉に夫から電話がかかってきて、どうしてご飯を作っていないのかと詰問していた。彼女は姉が答えるのを聞いて、考えるまでもなく義兄は姉からご主人様のような待遇を受けていることが分かり、腹が立っていた。佐々木唯月は少し黙った後
「義兄さんは、お姉ちゃんと割り勘にするつもりですよね。お姉ちゃんは今仕事をしていないし、家で義兄さんとの子供を世話してます。義兄さんがこんなふうにするなら、じゃあ私の姉は夫がいるのといないのと、何が違うんですか?義兄さんは姉が家で何もしていないっていつも言いますけど、今日確かに姉は何もしてないですかね。あれ、でも姉は半分はしてるはずですよ。少なくとも食材を買ってきて、お米もあらって炊飯器に水も入れて、義兄さんはボタンを押すだけだし、残りの半分をするだけでいいじゃないですか」佐々木俊介は何か言おうと口を開いたが、内海唯花は彼が話す機会を与えず、続けた。「義兄さんは家の中が毎日きれいなのは、箒に足が生えて勝手に床掃除してるとでも思ってるんですか?陽ちゃんはまだ小さいし、おもちゃで遊んだ後は部屋中散らかってるんですよ。陽ちゃんだって自分で片付けはまだできないし。義兄さんはまさか、あのおもちゃたちにも足が生えて、自分で元の場所に戻ってるとでも思ってるんですか?それから、義兄さんが食べたり、飲んだり、使ったりしてるもの、他はさておき、あなたが毎日着替えている汚れた服も、お姉ちゃんが洗ってないっていうんですか?あなたが毎日食べてる三食のご飯も姉が作ったものじゃないって?いっつも姉が今、お金を稼いでなくて収入がないのを煙たがってるけど、もし姉が家でこの家のことを何もしてなかったら、安心して会社で真面目に働くことなんてできませんよね?この家庭はあなたと姉が共同で築き上げていくものでしょう。あなたは外で働いて、姉は家庭を守る。あなたたち二人は、どっちもこの家庭のために努力してるじゃないですか。姉は今働いてお金を稼いでいないからって、この家庭のために何も努力していないとでも思ってるんですか。実際問題、姉はあなたが会社で働くよりも疲れる仕事をしているんですよ。だったら、あなたと姉と立場を入れ替えてみたらどうです?あなたが家で洗濯、食事の準備、子供の世話、部屋の片付けをして、姉に仕事に行ってもらったら?」姉の結婚前の収入も義兄とそこまで変わらないのだ。佐々木俊介は内海唯花に何度も反論しようと試みたが、何も言い返せなかった。しばらくして、彼はばつが悪そうにこう言った。「唯花ちゃん、俺は一言しか言ってないのに、君はこんなにまくし立ててきて、まるで俺が君のお姉さん
クソ不味い!しかも甘いぞ!なんで甘い?まさか彼は塩と砂糖を入れ間違えたのか?佐々木俊介はキッチンに戻り、調味料入れを持ち上げて見てみると、砂糖と塩、そして味の素が同じケースに入っていた。さっき彼が作っている時、絶対に砂糖と塩を入れ間違えたのだ。結婚する前、佐々木俊介は家にいて母親が食事を作ってくれていて、結婚した後は唯月姉妹が作っていたのだ。だから彼は全くと言っていいほど料理を作ることができない。砂糖と塩を間違える人が作り出した料理を食べられるほうがおかしいだろう。そして炊飯器のご飯を見てみると、それは佐々木唯月が水を入れて用意していたものだから、食べることができる。でも、おかずがないのでは、美味しい物を食べ甘やかされてきた佐々木俊介には白米だけを食べることはできないのだ。自分が会社で半日働き、家に帰って熱々の料理を食べることができないことを思い、佐々木俊介は怒りがどっとこみ上げてきた。頭に血が上ったまま部屋まで行き、唯月がベッドの上で携帯をいじっているのを見て、怒りが更に燃え上がった。急ぎ足で彼女のもとへ向かって行き、片手で唯月の携帯を叩き落とすと、髪を引っ張り、そのまま床に引きずり下ろした。そして、彼女に殴る蹴るの暴行を加えた。その時、彼は子供が目を覚まさないように、怒鳴ったりしなかった。佐々木唯月は油断していて、彼に髪を掴まれて床に倒されてしまったのだ。彼女はハッと我に返ると、すぐに彼に抵抗した。佐々木俊介は男でもあるし、先手を取った側だから、唯月がいくら抵抗しても不利な状況だった。佐々木俊介に殴られて顔に青あざができ、鼻が腫れても、唯月は負けを認めようとはしなかった。彼女は以前、同僚から夫婦が殴り合いの喧嘩になった時に、何があっても勝て、負けてはいけないと言っていたのを覚えていた。男に自分は簡単にはいじめられない女なのだと分からせるためなのだと。そうすれば、男を抑え込むことができる。もし負けてしまえば、男のほうは暴力に覚えて癖になってしまうのだ。家庭内暴力は、一度許してしまえば、それは永遠に繰り返されることになる。佐々木俊介がまた拳を振り下ろして、彼女が激痛を感じている時でも必死に彼のその手を掴み、腕を思い切り噛み付いた。力いっぱいに噛み付かれて俊介は叫び声を上げ、もう片方の手で彼女の髪の毛を引っ張った
佐々木唯月は包丁を握りしめ彼を追いかけた。佐々木俊介は唯月が、まさかここまでやるとは思っていなかった。結婚してから、彼女はいつも優しく思いやりがあった。ここしばらくの間、彼がいつも彼女を怒鳴っても、あまりにひどい場合を除いて、彼女が怒って彼と喧嘩をすることなどなかった。今回彼が手を出すと、彼女は狂人のようになってしまった。彼に殴り返してきただけでなく、包丁まで持ち出してきた。佐々木俊介は家を出て、外に逃げていった。佐々木唯月も引き続き、包丁を握り彼を追いかけて行った。夫婦二人は追いつ追われつで、下の階まで走っていった。この騒ぎが同じコミュニティに暮らす人たちをとても驚かせた。唯月が包丁を持って佐々木俊介を五つの通りを過ぎるまで追いかけ、疲れて動けなくやってようやく息を切らせて道端に座り込んだ。佐々木俊介も疲れていた。彼女とかなり距離を取って座った。彼の両親と姉が急いで駆けつけ、彼らを見た時、佐々木俊介はどれほど辛い思いをしたことか。佐々木家の父親と母親は自分の可愛い息子が狼狽しきった様子で、両頬が大きく腫れ上がっているのを見て、死ぬほど怒り狂った。姉のほうは服のそでをまくり上げて、怒鳴った。「このクソ女、うちの弟に手を出しやがって、殴り殺してやろうか!」母親は息子の様子に心を痛めて涙を流し、佐々木唯月を怒鳴りつけた。「息子に何か恨みでもあるのか?うちの息子をこんなひどい有様にして、前言ったでしょ、彼女の両親が死んでから誰もちゃんと教育する人がいなかったのよ。彼女はがさつで嫁には相応しくないって。それでも結婚するって言うんだもの。あなたは一人の立派な大人の男性よ。たった一人の女にすら勝てないなんて。いつも私たちの前では彼女に教育してやるんだなんて大きな態度を取っておいて、今の自分の状況を見てごらんなさいな」佐々木家の母親は当時、家族全員が唯月に早く嫁いで来いと願っていたことなど忘れてしまっていた。その時、唯月の収入がとても高かったからだ。それが今は彼女を嫌って相手にしていない。佐々木家の父親は「うちの息子をここまで育て上げた俺ですら殴ろうとはしないのに、唯月の奴、酷すぎるぞ。彼女は今どこにいるんだ、父さんが行ってお前の敵をとってやろう。あいつが降参するまで、こてんぱんに叩きのめしてやるから。お前の
俊介は母親に言った。「母さん、姉さんと一緒にショッピングして来なよ。何か好きな物があったら買えばいい」そう言うと、彼は携帯を取り出してペイペイを開き母親にショッピング用に十万円送金した。「わかったわ、後でお姉ちゃんと買い物に行って新しい服でも買って来る。あなたは早く仕事に戻って、仕事が終わったら早めに帰ってくるのよ」佐々木母は息子を玄関まで行って見送り、仕事が終わったら唯月にプレゼントを買うのを忘れないように目配せした。佐々木唯月はベビーカーを押してきて、息子を抱きかかえてその上に乗せ、淡々と言った。「私は陽を連れて散歩してきます」「いってらっしゃい」佐々木母は慈愛に満ちた笑顔を見せた。佐々木唯月はその時、瞬時に警戒心を持った。義母がこのような様子の時は絶対に彼女をはめようとしているのだ。はっきり言うと、義母と義姉が何か彼女に迷惑をかけようとしているのだろう。彼女たちがどんな要求をしてこようとも、唯月は絶対にそれに応えることはしない。そう考えながら、佐々木唯月はそれ以上彼女たちに構うのも面倒で、ベビーカーを押して出て行った。一方、内海唯花のほうは夜の店の忙しさが終わり、夕食を済ませていた。牧野明凛は先に家に帰っていて、彼女はハンドメイドの商品をきれいに包み、宅急便に電話をかけて荷物の回収をしてもらおうとしているところだった。今日発送ができるハンドメイド商品をお客に送った後、内海唯花は十一時になる前に店を閉めた。結城理仁がこの日の昼、佐々木俊介の不倫の証拠を持って来てくれた。また姉妹を助けてくれたから、内海唯花は理仁にお礼をしようと思い、理仁にまた新しい服を二着買いに行こうと決めたのだ。今度は彼にブランドのスーツを二着買おうと決めた。彼はカッコイイから、ブランドの良いスーツを着ればそのカッコよさに更に磨きがかかるだろう。夫がカッコイイと皆に褒められると、妻である彼女も鼻が高い。内海唯花は店を閉めた後、車を運転して行った。某ブランド服の店に着いた後、内海唯花は駐車場に車をとめ、携帯を片手に結城理仁にLINEをしながら車を降りた。結城理仁はこの時、まだスカイロイヤルホテルで顧客と食事をしながら商談をしていた。内海唯花からLINEが来ても彼の表情は変わらなかった。細かく見てみると、彼がLINEを見た後、
佐々木英子は声をさらに抑えて言った。「ちょっとお金使って何か彼女にプレゼントを買ってさ、ご機嫌取りをすればすぐに解決するわよ。どう言ったって、彼女は陽君の母親よ。その陽君のこともあるし、あんたの甥と姪の世話が必要なんだってことも考慮して、あんたから先に頭下げて、あいつをなだめるのよ。大の男は臨機応変な対応をしていかないと」佐々木母もやって来て娘の話に続いて小声で息子を説得した。「俊介、陽ちゃんのためにもあんた達二人は一緒に暮らしていったほうがいいわ。お姉ちゃんの言うことを聞いて、唯月に何か買ってやって、機嫌でも取ってきなさいよ。以前彼女があんたのことをしっかり世話してくれていたでしょ。それなのに今あんたはどう変わったかしっかり考えてみなさい。ちょっとくらい頭を下げたって、損ないでしょ」佐々木母は今日息子の家に来てみて、息子が一家の大黒柱としての威厳で嫁を制御できないことにとても心を痛めていた。しかし、こうなってしまったのも彼女と娘が俊介を唆した結果なのだ。もし彼女たち二人が息子に唯月と割り勘制にしたほうが良いと唆したりしなければ、唯月だって彼らと本気になって細かいところまでケチになったりしなかったのだ。「それか、お母さんとお父さんが一緒にここに住んで、子供の送り迎えをしてあげようか?」佐々木母は「陽ちゃんが幼稚園に上がったら、私も英子の子供たちと一緒に送り迎えできるし、唯月は仕事に行けばいいじゃない」と言った。佐々木英子は口を尖らせて言った。「あいつがどんな仕事するっての?陽君が幼稚園に上がったら、第二子を産むべきよ。佐々木家には男が少ないんだからさ。私には弟の俊介しかいなくて、もう一人多く弟が欲しくたってそれも叶わないんだから。今陽君には弟も妹もいないのよ。今国の出生率も落ちてるし、俊介、あんた達も二人目を考えないとだめよ。早めに唯月と二人目産みなさい。今ちょうどいいわ、来年には陽君は幼稚園に上がるから、次を産むのにはタイミングが良いのよ」佐々木英子は唯月に仕事をさせたくなかった。あの女は結婚する前はなかなか能力があった。もし唯月が仕事に復帰したら、すぐに結婚前のあの自信を取り戻し、高給取りとなり勢いに乗るはずだ。そんなことになれば、彼らは彼女をコントロールすることなどできなくなってしまう。だから佐々木唯月に二人
佐々木英子は自分の家族がどれだけ悪いことをやっているのかはっきりとわかっていたが、ただ反省する気などまったくなかった。高学歴女子だったとしても、一度結婚して子供を産んでしまえば、結婚生活や情というものに囚われてしまい、どんな理不尽なことに遭っても手を放すことができなくなってしまうものだ。「姉さん、俺あいつには言ったよ。断られた」佐々木俊介は今この状況では姉に胸を張って保証ができなかった。この間の家庭内暴力をきっかけに、夫婦関係は全く改善されていない。彼は成瀬莉奈がいて、その浮気相手のご機嫌取りばかり考えているので、家にいる見た目の悪い妻に構っている暇などなかったのだ。佐々木唯月も頑固だった。以前の彼女であればすぐに謝ってきたのに、今回は何がなんでも自分から頭を下げるつもりがないらしい。それ故、この夫婦二人の関係はずっとこのように硬直状態が続いていた。一緒に住んでいるが、別々の部屋で休み、各々自分のことをやっている。子供のこと以外で二人はお互いに話などしたくなかった。「こんな簡単なこともやってくれないって?私だって別にタダで手伝ってくれって言ってるんじゃなくて、毎月二万あげるってのに。あの子今稼ぎがないんだから、二万円は彼女にとってとっても多いでしょ」もし弟夫婦が喧嘩して、彼女もそれに加担して彼女と義妹である唯月の関係が更に悪化していなければ、佐々木英子は一円たりともお金を出したくはなかった。「俺もあいつにあと三万の生活費を出してやるって言ったのに、あいつそれでも首を縦に振らないんだ。家の名義については問題ないよ。俺の姉さんなんだし、同じ母親から生まれたんだから、姉さんを信じてるよ。この家は俺が結婚する前に買ったやつで、今も毎月ローン俺が返してるんだ。唯月はリフォーム代だけしか出してないから、家の名義を書き換えることになったとして、彼女が反対してきても意味はないさ」佐々木唯月は彼が家の名義を姉にするつもりなら、リフォーム代を返せと言ってきたのだ。それに対して彼もそんなの受け入れられず、一円たりとも返さないと反発した。もし佐々木唯月に度胸があるというなら、壁紙も全部剥がしてみるがいい。佐々木英子は言った。「うちの子の送り迎えやご飯の用意、宿題の指導とか誰もしてくれないなら、私にこの家を譲ってくれても意味ないじゃ
野菜炒めは昨日作った時に余った材料を半分冷蔵庫に入れていたのだった。ただその量は多くなく、彼女一人が食べる分しかなかった。これは彼女のお金で買ったものだから、あの母子三人にはあげなかった。佐々木英子「……」このクソデブ女、まさか先に自分の分のご飯とおかずを残しておいただなんて。これじゃお腹を空かすことはないじゃないか。佐々木唯月はご飯とおかずを持って出て行き、テーブルに座ると、優雅に自分の夕食を楽しんだ。内海唯花は姉がいじめられないか心配で忙しい中時間を作って彼女に電話をして尋ねた。「お姉ちゃん、あいつら手を組んでいじめてきてない?」「この前包丁で俊介を追いかけ回した件からは、あいつらは今ただ口喧嘩しかしてこないわ。夫のことなんか気にしなくなった女性はその夫とその家族の不当な行いに二度と寛容ではいなくなるのよ」内海唯花は姉がそのように言うのを聞いて、安心した。「お姉ちゃん、ご飯ちゃんと食べた?」「今食べてるわ。あなたはご飯まだなの?」「一区切りついたら食べるわ。お姉ちゃん、じゃ、電話切るわね」「うん」佐々木唯月はこの時間帯、妹はとても忙しいのがわかっていた。妹との電話を終えた後、彼女は引き続き夕食を食べ始めた。佐々木英子が食器を洗い終わってキッチンから出て来た時に佐々木唯月はもうお腹いっぱい食べていた。子供ができてから、彼女がご飯を食べるスピードはとても速くなった。「俊介、あなたに話したいことがあるのよ」佐々木英子は弟のところまでやって来て横に座ると小声で言った。「あなたが仕事終わって帰ってくる前、唯月が唯花に何か渡していたわ。大きな袋よ。ちょっと家の中でなくなったものがないか確認してみて。何か美味しい物でも買って家に置いていたりした?私が思うにあの中は食べ物だと思う」佐々木俊介は眉間にしわを寄せた。唯月が内海唯花にこの家から何かをあげるのは好きではないのだ。姉が何か食べ物ではないかと言ったので、彼は眉間のしわを元に戻し言った。「姉さん、俺は今何か食べ物を買ってきて家に置いたりしてないから、俺が買ったものじゃないよ」「そうなんだ。それならいいけどね。もしあなたが買った物をあいつの妹に持っていかれたりしたら、それを取り返さないと。損しちゃうわよ」「姉さん、俺は損したりなんかしないって。ねえ、姉
内海唯花がご飯を食べる速度はとても速く、以前はいつも唯花が先に食べ終わって、すぐに唯月に代わって陽にご飯を食べさせ、彼女が食べられるようにしてくれていた。義母のほうの家族はそれぞれ自分が食べることばかりで、お腹いっぱいになったら、全く彼女のことを気にしたりしなかった。まるで彼女はお腹が空かないと思っているような態度だ。「母さん、エビ食べて」佐々木俊介は母親にエビを数匹皿に入れると、次は姉を呼んだ。「姉さん、たくさん食べて、姉さんが好きなものだろ」佐々木英子はカニを食べながら言った。「今日のカニは身がないのよ。小さすぎて食べるところがないわ。ただカニの味を味わうだけね」唯月に対する嫌味は明らかだった。佐々木俊介は少し黙ってから言った。「次はホテルに食事に連れて行くよ」「ホテルのご飯は高すぎるでしょ。あなただってお金を稼ぐのは楽じゃないんだし。次はお金を私に送金してちょうだい。お姉ちゃんが買って来て唯月に作らせるから」佐々木英子は弟のためを思って言っている様子を見せた。「それでもいいよ」佐々木俊介は唯月に少しだけ労働費を渡せばいいと思った。今後は海鮮を買うなら、姉に送金して買ってきてもらおう。もちろん、姉が買いに行くなら、彼が送金する金額はもっと多い。姉は海鮮料理が好きだ。毎度家に来るたび、毎食は海鮮料理が食べたいと言う。魚介類は高いから、姉が買いに行くというなら、六千円では足りるわけがない。佐々木家の母と子供たち三人は美味しそうにご飯を食べていた。エビとカニが小さいとはいえ、唯月の料理の腕はかなりのものだ。実際、姉妹二人は料理上手で、作る料理はどれも逸品だった。すぐに母子三人は食べ終わってしまった。海鮮料理二皿もきれいに平らげてしまい、エビ半分ですら唯月には残していなかった。佐々木母は箸を置いた後、満足そうにティッシュで口元を拭き、突然声を出した。「私たちおかず全部食べちゃって、唯月は何を食べるのよ?」すぐに唯月のほうを向いて言った。「唯月、私たちったらうっかりおかずを全部食べちゃったのよ。あなた後で目玉焼きでも作って食べてちょうだい」佐々木唯月は顔も上げずに慣れたように「わかりました」と答えた。佐々木陽も腹八分目でお腹がいっぱいになった。これ以上食べさせても、彼は口を開けてはくれない。佐々木
佐々木俊介は彼女を睨んで、詰問を始めた。「俺はお前に一万送金しなかったか?」それを聞いて、佐々木英子はすぐに立ち上がり、急ぎ足でやって来て弟の話に続けて言った。「唯月、あんた俊介のお金を騙し取ったのね。私には俊介が六千円しかくれなかったから、大きなエビとカニが買えなかったって言ったじゃないの」佐々木唯月は顔も上げずに、引き続き息子にご飯を食べさせていた。そして感情を込めずに佐々木俊介に注意した。「あなたに言ったでしょ、来たのはあなたの母親と姉でそもそもあんたがお金を出して食材を買うべきだって。私が彼女たちにご飯を作ってあげるなら、給料として四千円もらうとも言ったはずよ。あんた達に貸しなんか作ってないのに、タダであんた達にご飯作って食べさせなきゃならないなんて。私にとっては全くメリットはないのに、あんた達に責められて罵られるなんてありえないわ」以前なら、彼女はこのように苦労しても何も文句は言わなかっただろう?佐々木俊介はまた言葉に詰まった。佐々木英子は弟の顔色を見て、佐々木唯月が言った話は本当のことだとわかった。そして彼女は腹を立ててソファに戻り腰掛けた。そして腹立たしい様子で佐々木唯月を責め始めた。「唯月、あんたと俊介は夫婦よ。夫婦なのにそんなに細かく分けて何がしたいのよ?それに私とお母さんはあんたの義母家族よ。あんたは私たち佐々木家に嫁に来た家族なんだよ。あんたに料理を作らせたからって、俊介に給料まで要求するのか?こんなことするってんなら、俊介に外食に連れてってもらったほうがマシじゃないか。もっと良いものが食べられるしさ」佐々木唯月は顔を上げて夫と義姉をちらりと見ると、また息子にご飯を食べさせるのに専念した。「割り勘でしょ。それぞれでやればいいのよ。そうすればお互いに貸し借りなしなんだから」佐々木家の面々「……」彼らが佐々木俊介に割り勘制にするように言ったのはお金の話であって、家事は含まれていなかったのだ。しかし、佐々木唯月は徹底的に割り勘を行うので、彼らも何も言えなくなった。なんといっても割り勘の話を持ち出してきたのは佐々木俊介のほうなのだから。「もちろん、あなた達が私に給料を渡したくないっていうのなら、ここに来た時には俊介に頼んでホテルで食事すればいいわ。私もそのほうが気楽で自由だし」彼女も今はこの気分を
しかも一箱分のおもちゃではなかった。するとすぐに、リビングの床の上は彼のおもちゃでいっぱいになってしまった。佐々木英子は散らかった部屋が嫌いで、叫んだ。「唯月、今すぐ出てきてリビングを片付けなさい。陽君がおもちゃを散らかして、部屋中がおもちゃだらけよ」佐々木唯月はキッチンの入り口まで来て、リビングの状況を確認して言った。「陽におもちゃで遊ばせておいてください。後で片づけるから」そしてまたキッチンに戻って料理を作り始めた。陽はまさによく動き回る年頃で、おもちゃで遊んだら、また他の物に興味を持って遊び始める。どうせリビングはめちゃくちゃになってしまうのだ。佐々木英子は眉間にしわを寄せて、キッチンの入り口までやって来ると、ドアに寄りかかって唯月に尋ねた「唯月、あんたさっき妹に何を持たせたの?あんなに大きな袋、うちの俊介が買ったものを持ち出すんじゃないよ。俊介は外で働いてあんなに疲れているの。それも全部この家庭のためなのよ。あんたの妹は今結婚して自分の家庭を持っているでしょ。バカな真似はしないのよ、自分の家庭を顧みずに妹ばかりによくしないで」佐々木唯月は後ろを振り返り彼女を睨みつけて冷たい表情で言った。「うちの唯花は私の助けなんか必要ないわ。どっかの誰かさんみたいに、自分たち夫婦のお金は惜しんで、弟の金を使うようなことはしません。美味しい物が食べたい時に自分のお金は使わずにわざわざ弟の家に行って食べるような真似もしませんよ」「あんたね!」逆に憎まれ口を叩かれて、佐々木英子は卒倒するほど激怒した。暫くの間佐々木唯月を物凄い剣幕で睨みつけて、佐々木英子は唯月に背を向けてキッチンから出て行った。弟が帰って来たら、弟に部屋をしっかり調べさせて何かなくなっていないか確認させよう。もし、何かがなくなっていたら、唯月が妹にあげたということだ。母親と姉が来たのを知って、佐々木俊介は仕事が終わると直接帰宅した。彼が家に入ると、散らかったリビングが目に飛び込んできた。そしてすぐに口を大きく開けて、喉が裂けるほど大きな声で叫んだ。「唯月、リビングがどうなってるか見てみろよ。片付けも知らないのか。陽のおもちゃが部屋中に転がってんぞ。お前、毎日一日中家の中にいて何やってんだ?何もやってねえじゃねえか」佐々木唯月はお椀を持って出て来た。先
それを聞いて、佐々木英子は唯月に長い説教をしようとしたが、母親がこっそりと彼女の服を引っ張ってそれを止めたので、彼女は仕方なくその怒りの火を消した。内海唯花は姉を手伝ってベビーカーを押して家の中に入ってきた。さっき佐々木英子が姉にも六千円出して海鮮を買うべきだという話を聞いて、内海唯花は怒りで思わず笑ってしまった。今までこんな頭がおかしな人間を見たことはない。「お母さん」佐々木英子は姉妹が家に入ってから、小さい声で母親に言った。「なんで私に文句言わせてくれないのよ!弟の金で食べて、弟の家に住んで、弟の金を浪費してんのよ。うちらがご飯を食べに来るのに俊介の家族だからってはっきり線を引きやがったのよ」「あんたの弟は今唯月と割り勘にしてるでしょ。私たちは俊介の家族よ。ここにご飯を食べに来て、唯月があんなふうに分けるのも、その割り勘制の理にかなってるわ。あんたが彼女に怒って文句なんか言ったら、誰があんたの子供たちの送り迎えやらご飯を作ってくれるってんだい?」佐々木英子は今日ここへ来た重要な目的を思い出して、怒りを鎮めた。しかし、それでもぶつぶつと言っていた。弟には妻がいるのにいないのと同じだと思っていた。佐々木唯月は義母と義姉のことを全く気にかけていないと思ったのだった。「唯月、高校生たちはもうすぐ下校時間だから、急いで店に戻って店番したほうがいいんじゃないの?お姉ちゃんの手伝いはしなくていいわよ」佐々木唯月は妹に早く戻るように催促した。「お姉ちゃん、私ちょっと心配だわ」「心配しないで。お姉ちゃんは二度とあいつらに我慢したりしないから。店に戻って仕事して。もし何かあったら、あなたに電話するから」内海唯花はやはりここから離れたくなかった。「あなたよく用事があって、いつも明凛ちゃんに店番させてたら、あなた達がいくら仲良しの親友だからって、いつもいつもはだめでしょ。早く店に戻って、仕事してちょうだい」「明凛は理解してくれるよ。彼女こそ私にお姉ちゃんの手伝いさせるように言ったんだから。店のことは心配しないでって」「あの子が気にしないからって、いつもこんなことしちゃだめよ。本当によくないわ。ほら、早く帰って。お姉ちゃん一人でどうにかできるから。大丈夫よ。あいつらが私をいじめようってんなら、私は遠慮せずに包丁を持って街中を
両親が佐々木英子の子供の世話をし、送り迎えしてくれている。唯月は誰も手伝ってくれる人がおらず自分一人で子供の世話をしているから、ずっと家で専業主婦をするしかなかったのだ。それで稼ぎはなく彼ら一家にこっぴどくいじめられてきた。母と娘はまたかなり待って、佐々木唯月はようやく息子を連れて帰ってきた。母子の後ろには内海唯花も一緒について来ていた。内海唯花の手にはスーパーで買ってきた魚介類の袋が下がっていた。佐々木家の母と娘は唯月が帰って来たのを見ると、すぐに怒鳴ろうとしたが、後ろに内海唯花がついて来ているのを見て、それを呑み込んでしまった。先日の家庭内暴力事件の後、佐々木家の母と娘は内海唯花に話しに行ったことがある。しかし、結果は唯花に言いくるめられて慌てて逃げるように帰ってきた。内海唯花とはあまり関わりたくなかった。「陽ちゃん」佐々木母はすぐにニコニコ笑って彼らのもとに行くと、ベビーカーの中から佐々木陽を抱き上げた。「陽ちゃん、おばあちゃんとっても会いたかったわ」佐々木母は孫を抱きながら両頬にキスの嵐を浴びせた。「おばあたん」陽は何度もキスをされた後、小さな手で祖母にキスされたところを拭きながら、祖母を呼んだ。佐々木英子は陽の顔を軽くつねながら笑って言った。「暫くの間会ってなかったら、陽君のお顔はぷくぷくしてきたわね。触った感じとても気持ちいいわ。うちの子みたいじゃないわね。あの子は痩せてるからなぁ」佐々木陽は手をあげて伯母が彼をつねる手を叩き払った。伯母の彼をつねるその手が痛かったからだ。佐々木唯月が何か言う前に佐々木母は娘に言った。「子供の目の前で太ってるなんて言ったらだめでしょう。陽ちゃんは太ってないわ。これくらいがちょうどいいの」佐々木母は外孫のほうが太っていると思っていた。「陽ちゃんの叔母さんも来たのね」佐々木母は今やっと内海唯花に気づいたふりをして、礼儀正しく唯花に挨拶をした。内海唯花は淡々とうんと一言返事をした。「お姉さんと陽ちゃんを送って来たんです」彼女はあの海鮮の入った袋を佐々木英子に手渡した。「これ、あなたが食べたいっていう魚介類です」佐々木英子は毎日なかなか良い生活を送っていた。両親が世話をしてくれているし、美味しい物が食べたいなら、いつでも食べられるのに、わざわざ弟の家に来