『え⁉』「え⁉」私と司会者の反応が同じだったことはさておき。ニコリと笑うレオを、他のメンバーさえも驚いた顔で見ている。あの黒髪の人は〝かげろう〟って名前だったかな?あの人だけは無表情。だけどその他のメンバーは、これでもかと目を見開いている。『ちょ!またまた爆弾発言だよレオくん!じゃあズバリ聞いちゃおうかな⁉そのお相手とは⁉』興奮する司会者の隣で、焦った様子のリーダー・ミヤビが「まぁまぁその辺で」と穏便に済ませようとしている。だけどミヤビの努力もむなしく、愛想よく笑うレオがパカッと口を開いた。『それはですね、ウチに住み着いている野良猫です!』 『は……はは。なーんだ、野良猫かぁ~』明らかに残念そうな司会者と、やや顔に青線が入ったミヤビ。しかし当の本人はというと「驚きました?」って、悪気なしにケラケラと笑っている。これには、さすがの私もミヤビに同情しちゃう。『すみません司会者さん、ウチのレオはヤンチャなもので、ははは』「……ははは」つられて乾いた笑いが出る。無意味にドキドキしちゃった。口から心臓が出るかと思ったよ。「と言っても、私が焦る必要なんて全くないんだけどね……」だけど今日のレオがやたらと皇羽さんに見えて、変にドキドキしちゃう。告白の件以来、自分のペースを狂わされっぱなしだ。「でも野良猫の話なら良かったよ。これで安心してテレビを見られる……ん?」そう言えば――と、いつか玲央さんと話したことを思い出す。 ――野良猫? ――そ、萌々ちゃんのこと ということは、さっきレオが言った「野良猫」って……。「つまり私の事だ!じゃあレオは〝私に必要とされたい〟と思っているの?な、なんでぇ?」顔を青くしたり赤くしたり。オロオロと一人で百面相をする私に、レオは容赦なかった。まるで「私が混乱している事はお見通し」と言わんばかりに、一瞬だけカメラへ目を向ける。そして―― 『今、家で俺の事を見てくれていたら、帰ってたくさんヨシヨシしてあげるからね』 「!!」名前を呼ばれたわけじゃないのに、いきなり名指しされたかのような勢いのあるストライク。その破壊力の大きさに、バックンバックンと心臓が唸り始める。ここまで言われて、気が付かない私じゃない。そんな表情で言われて、分からない私じゃない。いま画面越しに目が合った人。その正体に、やっと気づいた
こういうこと、皇羽さんに聞きたいよ。直接「どういう事ですか?」って聞いてみたい。私に対する皇羽さんの思いを聞いたら、ソワソワした私の心も少しは落ちつく気がするから。「だけど家にいないんだから、聞きようがないよね」気になった事を放置するのは性に合わないんだけどな――と。ここで何気なくテーブルに転がる物を見る。そういえば、この前からずっと転がっている。どこかで見たような。何だっけ?もしや皇羽さんの物?と、少しワクワクしながら手に取る。目に入ったのは「バイト」という文字。そこでスゴイ速さで記憶が戻って来た。「これ、私が貰って来たバイトの情報誌だ!」なにが「気になったことを放置するのは性に合わない」だ。思いっきり放置している物があるじゃん!クウちゃんにコンサートのチケット代を返さないといけないし、皇羽さんには言わずもがな色々買ってもらってるし、そして玲央さんにも!仮病でウチにいた日にお金を借りている!私、かなりの人に借金しているヤバい人だよ! 「バ、バイト!バイトしなきゃ!時給の高いバイト~!!」再びリビングに戻り、ペンを片手にハイスピードで情報誌をめくる。自分に合いそうな求人を見つけ、片っ端から丸をしていった。「スマホがあって良かった!スグに電話ができる!」皇羽さんのことで憂う余裕は一気になくなり、情報誌とスマホを行ったり来たりと大忙し。気になるバイトはいくつかあったけど、夜遅くまでの勤務だったり、保護者の同意が必要だったりと。様々なことが原因で自ずと絞られていった。「これが最後の一件だ!」意を決して電話をかける。そのお店の採用方法は「電話で軽い面接をする」だった。つまり電話が繋がった瞬間から選考が始まるってこと!ガチャと音がして、男の人の声がする。私は頭が真っ白になりながらも、一生懸命受け答えをした。すると……「明日から?本当ですか、ありがとうございますッ!」結果は、なんと採用!明日、一応履歴書を持ってお店へ行き、そのまま働くことになった。「何とかバイトを見つける事が出来たよ~……」良かった、まずは一安心だ!スマホをテーブルに置いて、ほぅ~と脱力する。あ、皇羽さんに「バイト決まりました」って報告した方がいいよね?皇羽さんが帰ってきた時に私が家にいなかったら、絶対に心配するし。「メールで言うのもいいけど、直接いいたいなぁ」バイ
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降
記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。「もしかして、この家、お前の?」 「はい、私の住んでいた部屋があるアパートです」 「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれているのかな?ズキンッ優しい人なんだろうけど、同情はされたくない。だって「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手だ。今までもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。今だってそう。だから、こういう時は逃げるに限る。「さっきはありがとうございました。では、これで!」 「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。ドンッ誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」 「は、はい。そんな感じです」 「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」 「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!たぶん、今がその時だよね!チャラ男が「こっちだよ〜」と路地裏を指さす。あっちに家があるのかな?大人しくついて行こうとした、その時。「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」 「へ?」 グイッさっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。まるでキスする直前のしぐさだ。「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」 「へ!?」かお近!ってか顔が良すぎるよ。それにまつげ長いし、唇も薄い!だけど興奮する頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。うーん、喉まできて
なんで?どういうこと!?だけど、こっちがパニック状態であるのをいい事に、イケメンのキスの長いこと。怒った私がイケメンの体を叩くと、まるで「仕方ねぇなぁ」と言わんばかりの顔で離れていった。もちろん私は酸欠。ハァハァって肩で息をする私を見て、イケメンがニヤリと笑う。「まだまだ。続きは帰ってから、だろ?」 「はい……」あぁ、ダメだ。酸欠で上手く頭が働かない。というか、なんなの、この人。しかも人生初のファーストキスが〝外で〟なんて!草葉の陰から見守ってくれてるお母さんに、何て報告したらいいのか。「(いや、お母さんはただ失踪しただけだ……)」あぁダメだ、パニックで頭が働かない。実の母を勝手に昇天させるなんて、相当どうかしてる。ってか、チャラ男がいつの間にかいない。あの人、逃げたな!反対に、人のファーストキスを奪ったイケメンは、未だに私を抱きしめている。どうしよう、逃げ場なしだ。「あぁ……もう好きにしてください」家が焼け、ファーストキスが奪われたパニックに加え、極限まで減ったお腹。これ以上、もう何も考えられない。だんだんと、体の力が抜けていく。腕の中でぐったりしていく私を見て、さすがのイケメンも慌てた声を上げた。「え、マジで? おい、お前!」薄れゆく意識の中、ふと聞こえてきたのは音楽。男の子たちが、元気な声で歌っている。あぁ、本当に勘弁してほしいよ。だって私は、アイドルが嫌いなんだから――その言葉を口にしたか、していないか。それはハッキリと覚えていない。だけど意識を手放す中。「好きにしてください、なんて……。冗談でも言うんじゃねぇよ」私の唇を強引に奪ったイケメンが弱々しく喋り、切ない声を出した。そして最後に、とびきり優しく私を抱きしめる。「(あったかい……)」完璧に意識を失う前の、ささいな一時。困惑しながらも私は、その温もりを確かに感じ取っていた。◇「……ん?」長い時間眠っていた気がする。 というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。「(じゃあ、ここは……?)」綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは、赤い時計。オシャレな壁掛け時計だ。それは白の部屋に、かなり目立っている。「センスが良いのか悪いのか。っ
「なんで、あなたが……」外で会った時は帽子があって分からなかったけど、イケメンはマッシュボブの黒髪をしていた。少し猫っ毛だ。そして透き通る黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪さに拍車をかけてる。「つれないなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。「キスまでした仲だってのにな?」 「だからです!”警戒”っていう言葉を知っていますか?私は一ミリたりとも、あなたを信用していませんから」喋りながら、ドアを出たリビングにあるソファに、クッションがあるのを見つける。私は一気に扉を押し開き、むんずとクッションを掴んだ。「もし私に近づくなら、このクッションであなたをボコボコにします!」 「そのクッションで?」「はい!」 「できんの? ボコボコに」「……」無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎてダメージゼロだ。しょんぼりと落ち込む私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、私の横に広がるソファを指す。「じゃ、とりあえず話をするか」 「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくない……だけど仕方ない。話をするためだもんね。どうして私がココにいるのか、ちゃんと教えてもらわなきゃ。「……座ります」 「ん、良い子」 「っ!」良い子――思いもしなかった言葉に、不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメンは涼しい顔で「こっち」と私の手を引いた。いつの間に私に近づいていたのか、全然わからなかった。早業に驚きながら、引っ張られるままに彼の横へ腰を下ろす。ギシッ「それにしても、座るって隣同士ですか」 「ソファ一個しかないんだから、横並びなのは当たり前だろ。まさか床に座りたいのか?」 「そ、そうじゃなくて……っ」思った以上の至近距離に、ビックリした。立っている時も「大きい」と思ってたけど、近くに座ると私との体格差がよくわかる。長い足、線は細いのに筋肉ありそうな体に、大きな手。おまけに、小さな顔は超がつくイケメン。まるで芸能人かモデル並に整った顔だ。そんな事を考えていると、イケメンが「何から聞きたい」と私を見る。「あ、じゃあ名前を教えてください」 「名前?もっと聞きたいことあるだろ」「名前が分からないと色々不便だなって思って。ダメですか?」 「いや、い
ムダにぎこちない空気だけが、私たちの間を漂う。さっきの皇羽さんに倣って、私も咳払いして自己紹介を始める。「私は夢見 萌々(ゆめみ もも)と言います」 「ゆめみ、もも……」「はい。皇羽さんと同じく高校一年生です。さっき皇羽さんが言っていた”目の前の駅”って、何ていう駅ですか?私は電車通学なのですが、駅を降りてすぐなんですよ。もしかしたらお互い、近い高校かもしれないですね!」 「……」「皇羽さん?」私が自己紹介をした後、皇羽さんは私を見たまま動かなくなってしまった。どうしたのかな、もしかして調子が悪い?「皇羽さん失礼します」と、皇羽さんのおでこに手をかざす。だけど、ギュッ「わぁ⁉」伸ばした手は皇羽さんに握られ、そのまま体ごと抱きしめられる。すると柔らかいソファの上で態勢を保っていられなくなった皇羽さんが、私を抱きしめたまま後ろへ倒れ込んだ。「こ、皇羽さん……?」 「……」皇羽さんは、いつまで経っても起き上がらない。どころか、私を離そうともしない。ギュッと力強く、抱きしめたままだ。「皇羽さん、どうしたんですか……?」訳が分からない。それなのに、だんだん上がっていく自身の体温に困惑する。まさか私、皇羽さんにドキドキしているの?いや、くっ付いているから暑いんだ。それなら、すぐに離れてもらわないと!「皇羽さん」と、とりあえず名前を呼んでみる。離して欲しいのに彼はそうはせず、なぜか私の名前を呟く。「夢見萌々……」 「はい」「そっか。そう言うんだな、お前」皇羽さんは片腕を自分の顔に置き、わざと表情を隠す。「萌々」と噛み締めるように私の名前を繰り返す皇羽さんが、どんな気持ちでいるのか気になった。彼はどんな顔をしているのだろうかと、好奇心がうずく。「皇羽さん、失礼します」彼の顔を隠す、大きな手をどかす。その時、私の目に写ったのは……「なんだよ、こっち見んな……っ」 「っ!」ドクン皇羽さんの顔を見た瞬間。私の心臓が、大きく跳ねる。皇羽さんは強気な口調ではあるものの、表情は全くの逆。深く刻まれた眉間のシワ。下がった眉。キュッと我慢するように固く結ばれた口。その表情は、まるで――「夢見萌々」 「はい」「萌々……」 「~っ」あまりに気持ちがこもった皇羽さんの呼び方に、なぜだか分からないけど涙腺が緩む。声が震えているようにも聞こえる
「なんか夢みたいだ」 「夢?」夢とは?首を捻ると「何でもない」と、皇羽さんは再び私を抱きしめる。ぶっきらぼうな言葉とは反対に、まるで雪に触れるような優しい手つき。過保護とも言えるその行動に、また私は戸惑う。「(皇羽さんって、一体……)」漠然と抱いた疑問を、口にしようか迷っていた時。壁にかかるテレビが急に作動した。静かだったこの場に、突如としてテレビの賑やかな声が響き始める。「すごい。初めて見ました、壁掛けテレビ!」興奮する私。だけど、反対に青い顔をしたのが皇羽さんだ。「げ、視聴予約の時間か。ヤバいな」 「何がですか?」皇羽さんは私の話を聞かず「早くどけろ」の一点張り。もう、そっちから抱きしめたくせに!当の本人、皇羽さんは「リモコンがない!」とクッションを持ち上げたり、テーブルの下を覗いたりと、何とも慌ただしい。「リモコンを探してるんですか?」 「そーだよ! 萌々も手伝ってくれ!」「いきなり呼び捨てですか!しかも乱暴な物言いで、」 「あとでいくらでも謝るから、とりあえず探してくれ!」え?「あとでいくらでも謝る」なんて、やっぱり皇羽さんは変な人だ。何をそんなに焦っているんだろう?もしかして、いやらしい系の番組が流れてくるのかな?もしそうなら、皇羽さんを茶化せるじゃん!これは面白いことになりそう!私はリモコンを探すふりをしつつ、チラチラと画面へ目をやる。いやらしい番組、まだ始まらないのかな?だけど私の期待とは裏腹に、流れ始めたのは音楽番組。どうやら旬なアーティストが順番に歌うらしい。テレビの中で、出演グループの自己紹介が始まった。なーんだ、音楽番組かぁ。まぁいいや。焦る皇羽さんが珍しいから、このままテレビを見ちゃえ。でもただの音楽番組なら、どうして焦る必要があるんだろう?そう思った私は三秒後。今までにないくらい後悔することになる。『それではまず一組目。今一番人気のアイドルグループ Ign:s (イグニス)です!』「……は?」Ign:s?今の聞き間違い?でも画面に「 Ign:s 」の文字が出てる。「ウソ、最悪だ……!」テレビを見て固まる私を見て、あれだけ忙しくなく動いていた皇羽さんが、全く動かなくなった。誰もしゃべらない部屋に、司会者二人の声だけが響く。『デビューして一年、最近は知名度がグングン上がってきましたね!』 『デ
こういうこと、皇羽さんに聞きたいよ。直接「どういう事ですか?」って聞いてみたい。私に対する皇羽さんの思いを聞いたら、ソワソワした私の心も少しは落ちつく気がするから。「だけど家にいないんだから、聞きようがないよね」気になった事を放置するのは性に合わないんだけどな――と。ここで何気なくテーブルに転がる物を見る。そういえば、この前からずっと転がっている。どこかで見たような。何だっけ?もしや皇羽さんの物?と、少しワクワクしながら手に取る。目に入ったのは「バイト」という文字。そこでスゴイ速さで記憶が戻って来た。「これ、私が貰って来たバイトの情報誌だ!」なにが「気になったことを放置するのは性に合わない」だ。思いっきり放置している物があるじゃん!クウちゃんにコンサートのチケット代を返さないといけないし、皇羽さんには言わずもがな色々買ってもらってるし、そして玲央さんにも!仮病でウチにいた日にお金を借りている!私、かなりの人に借金しているヤバい人だよ! 「バ、バイト!バイトしなきゃ!時給の高いバイト~!!」再びリビングに戻り、ペンを片手にハイスピードで情報誌をめくる。自分に合いそうな求人を見つけ、片っ端から丸をしていった。「スマホがあって良かった!スグに電話ができる!」皇羽さんのことで憂う余裕は一気になくなり、情報誌とスマホを行ったり来たりと大忙し。気になるバイトはいくつかあったけど、夜遅くまでの勤務だったり、保護者の同意が必要だったりと。様々なことが原因で自ずと絞られていった。「これが最後の一件だ!」意を決して電話をかける。そのお店の採用方法は「電話で軽い面接をする」だった。つまり電話が繋がった瞬間から選考が始まるってこと!ガチャと音がして、男の人の声がする。私は頭が真っ白になりながらも、一生懸命受け答えをした。すると……「明日から?本当ですか、ありがとうございますッ!」結果は、なんと採用!明日、一応履歴書を持ってお店へ行き、そのまま働くことになった。「何とかバイトを見つける事が出来たよ~……」良かった、まずは一安心だ!スマホをテーブルに置いて、ほぅ~と脱力する。あ、皇羽さんに「バイト決まりました」って報告した方がいいよね?皇羽さんが帰ってきた時に私が家にいなかったら、絶対に心配するし。「メールで言うのもいいけど、直接いいたいなぁ」バイ
『え⁉』「え⁉」私と司会者の反応が同じだったことはさておき。ニコリと笑うレオを、他のメンバーさえも驚いた顔で見ている。あの黒髪の人は〝かげろう〟って名前だったかな?あの人だけは無表情。だけどその他のメンバーは、これでもかと目を見開いている。『ちょ!またまた爆弾発言だよレオくん!じゃあズバリ聞いちゃおうかな⁉そのお相手とは⁉』興奮する司会者の隣で、焦った様子のリーダー・ミヤビが「まぁまぁその辺で」と穏便に済ませようとしている。だけどミヤビの努力もむなしく、愛想よく笑うレオがパカッと口を開いた。『それはですね、ウチに住み着いている野良猫です!』 『は……はは。なーんだ、野良猫かぁ~』明らかに残念そうな司会者と、やや顔に青線が入ったミヤビ。しかし当の本人はというと「驚きました?」って、悪気なしにケラケラと笑っている。これには、さすがの私もミヤビに同情しちゃう。『すみません司会者さん、ウチのレオはヤンチャなもので、ははは』「……ははは」つられて乾いた笑いが出る。無意味にドキドキしちゃった。口から心臓が出るかと思ったよ。「と言っても、私が焦る必要なんて全くないんだけどね……」だけど今日のレオがやたらと皇羽さんに見えて、変にドキドキしちゃう。告白の件以来、自分のペースを狂わされっぱなしだ。「でも野良猫の話なら良かったよ。これで安心してテレビを見られる……ん?」そう言えば――と、いつか玲央さんと話したことを思い出す。 ――野良猫? ――そ、萌々ちゃんのこと ということは、さっきレオが言った「野良猫」って……。「つまり私の事だ!じゃあレオは〝私に必要とされたい〟と思っているの?な、なんでぇ?」顔を青くしたり赤くしたり。オロオロと一人で百面相をする私に、レオは容赦なかった。まるで「私が混乱している事はお見通し」と言わんばかりに、一瞬だけカメラへ目を向ける。そして―― 『今、家で俺の事を見てくれていたら、帰ってたくさんヨシヨシしてあげるからね』 「!!」名前を呼ばれたわけじゃないのに、いきなり名指しされたかのような勢いのあるストライク。その破壊力の大きさに、バックンバックンと心臓が唸り始める。ここまで言われて、気が付かない私じゃない。そんな表情で言われて、分からない私じゃない。いま画面越しに目が合った人。その正体に、やっと気づいた
だからね、クウちゃん。「私、レオのうちわが作れて良かったよ」「萌々……!!」口からぽろりと出た私の言葉に、クウちゃんは感激のあまり泣いてしまう。もしかして私が思っているよりも、クウちゃんは「推しのことを話せない寂しさ」を感じていたのかもしれない。「クウちゃん。これからは、もっとレオの話をしていいからね!」「も、萌々ぉ……」クウちゃんは涙を拭きながら「ありがとう」と、たった今作ったうちわを振った。彼女の喜びが全身で伝わって来る。だから私も「へへ」と、つられて笑ってしまった。まさか Ign:s の話をしている時に、自分が笑う日が来るなんて――クウちゃんとの仲が深まったし、 Ign:s の耐性がついて良かったな。騙されて嫌な気分になったけど、皇羽さんには感謝だね。「じゃあ萌々、お昼休みも残り三分となったところで。私の〝レオ愛〟を語らせて頂きます」「へ?」「まずはオーディションの時のレオなんだけど、もうすっごく緊張して可愛くてね!」「ははは……」乾いた笑いは漏れたけど、話を聞くのは嫌じゃなかった。前よりも Ign:s に慣れたというのもあるけど、私の知らなかった皇羽さんの話を聞いているようで……むしろ少しだけ嬉しくなっちゃう。まさかレオが緊張していたなんて。今の二人を見る限り想像つかない。皇羽さんはレオをする時、今でも緊張したりするのかな?もしもコンサートで皇羽さんが出てきてスゴク緊張していたら、その時こそうちわを使おう。せっかくクウちゃんと作った物だし、コンサートに向けて全力で頑張っている皇羽さんを知っているからこそ応援したい。「……なんて。スッカリと毒されちゃって、私ったら」熱弁していたクウちゃんが「ちょっとお水休憩」とお茶を飲む間、私も自分へ風を送る。火照った頬が、クウちゃんに気付かれそうだ。そうしたら私、根掘り葉掘り喋っちゃいそう。……いや、言いたいよ。もういっそ全てのことをクウちゃんに話したい。だけどレオを推しているクウちゃんだからこそ「実はレオは美形の双子で成り立っていて」なんて説明したら、泡を吹いて倒れかねない。「まだまだ言えそうにないな……」「萌々、何か言った?」私は「ううん」と首を横へ振る。遠くの席にある皇羽さんの席は当たり前だけど空っぽで、今この時間も練習を頑張っているだろう彼のことを少しだけ考えた。◇バタ
◇翌朝。しかけたアラームが、耳の横でけたたましく鳴っている。どっぷりと夢の中にいた私は、重たい瞼をなんとか開けた。「朝……」目を開いて瞬きをした、その瞬間に思い出す。――萌々、大好きだ昨日、私に二度目の告白をした皇羽さんを思い出す。あの皇羽さんの顔が、寝ても覚めても忘れられない。「……皇羽さんがいなくて良かった」鏡を見ると、たるんだ顔の私と目が合う。なんという顔だ。こんな顔、絶対に皇羽さんには見せられない!自分にため息をついていると、部屋に誰の気配もないことに気付いた。隣へ目をやると皇羽さんはおらず、昨日と同じくもぬけの殻。今日も早くからコンサートの練習かな?「まさか夜通し居なかった?いやいや。確かに夜、皇羽さんの気配を感じたもん」昨日、告白の後。皇羽さんは「そういうことだから」と、戸締りをしっかりするよう私に強く言い、再び練習に戻った。残された私は寝るまで皇羽さんの告白を脳内で繰り返し、いつ寝たか覚えていないくらいの〝上の空ぶり〟。だけどふと夜中に目覚めると、隣で皇羽さんの温もりを感じた。いつ一緒のベッドで寝るようになったか分からないけど、これも慣れだろうか。「いるんだ」と思ったら安心して、無意識のうちに皇羽さんへ体を寄せる。すると、すかさず腕を回された。心の中で「温かいけど重たいなぁ」と唸っていると、フッと小さな笑い声が横から聞こえた。あの時、皇羽さんは起きていたんだろうか。ベッドに入っていながら寝ていなかったのかな?まさか寝る前に私の顔を眺めていた?……って、自意識過剰すぎか。何にしろ、皇羽さんが帰ってきていたことは確かだ。「だけど一緒に住んでいるのに全然会わないっていうのも変な話だよね」一応、皇羽さんは家に帰って来ている。だけど如何せん滞在時間が短いから、しばらく皇羽さんを見ていない気分になる。今日の帰りも遅いのかな?「コンサートまであと五日。長いなぁ、早く終わらないかな。終わるまで、ずっと皇羽さんがいないじゃん」……ん?無意識に出た言葉に「私ったら何を言っているの」と一人ツッコミをいれる。だって今の言葉は「皇羽さんがいなくて寂しい」と言っているようなもの。「ないない、ない。寂しくない。大丈夫」まるで呪文のようにぶつくさ言いながら寝室を後にする。リビングに出ると視界の端で皇羽さんの部屋が目に入った。途端に、昨日の
背中から温かな体温が伝わる。そして耳元で聞こえる、聞き慣れた声。それは「今日は夜10時まで帰らない」と私に置手紙をした人のもの。「皇羽さん、ですね……?」 「ん、ただいま」後ろからハグをされる。皇羽さんの大きな手が、私の体を包み込む。「なんで、今日は遅いって……」 「抜けて来た、またすぐ戻る」 「え……」いったい何のために帰って来たんだろう?忘れ物かな?不思議そうに振り返る私を見て、皇羽さんは不機嫌に眉を寄せる。「どっかのネコがちゃんと帰ってきたか確認しに来たんだけど、まさか泥棒ネコがいるとはな」「ネコって、また私をネコ呼ばわりですか!……だけどコッソリ部屋に入った私が悪いですよね、すみません。引き出しも勝手に開けようとしました。ごめんなさい。鍵がかかっていると、どうしても気になってしまって……つい出来心で開けようとしました」まさかどこかの犯人みたいなセリフを言う日が来るなんて。だけど悪いことをしたのは私だから、皇羽さんの腕の中で体の向きを変える。彼の目を見ながら謝罪した。だけど皇羽さんは泥棒ネコの私を怒るばかりか、ぎゅっと抱きしめる力を強くした。「そんなことはいいんだ」と、私の肩にオデコを置きながら。「萌々が今日ここに帰ってきてくれるか心配で、いてもたってもいられなかった。だから様子を見に来たんだ」 「え、そんなことで?」「そんなこと?じゃあ萌々は、昨日俺が無理やりキスしたことを許してくれるのかよ。レオの代役を隠していたことを許してくれるのかよ」「そ、それは……」そうか、皇羽さんは私が怒っていると思っているんだ。だから学校に行ったまま私が帰って来ないと思ったんだ。確かに昨日「新しい家を探します」って宣言しちゃったもんね。「私だって怒りたいですよ、色々と悲しかったし」「……うん」「でも……」何も言わなくなった私を、僅かに潤んだ瞳で皇羽さんは見つめた。私だって、本当は皇羽さんを怒りたい。私にウソをついてきたことやキスしたことを怒りたい。だけど、こんな弱った顔をされたら怒るに怒れなくなってしまう。「~っ」やっぱり皇羽さんはズルい。あなたを前にすると、私の気持ちはちょっとだけカヤの外へ行っちゃって、目の前にいるあなたへ必死になってしまう。ヒドイことをされたのは私なのに、それなのに……。私を拾ってくれたこと学校に行けるようにし
部屋に入ってビックリ。なんとココは一面ガラス張り!しかも部屋に入った途端、何の音もしなくなった。静かすぎて怖いくらいだ。「まるで防音室みたい」病院で聴力検査をした時、こういう部屋に通された。重たくて頑丈な扉、中に入った途端に包まれる静寂――この部屋と瓜二つだ。試しに音楽をかけてみようか?もしココが防音室なら、いくら爆音で曲を流しても外からは聞こえないはずだから。「ミュージックスタート……わ、うるさ!」スマホを最大音量にして曲を流す。爆音に耐えきれなくて、スマホを置いて部屋の外へ出た。するとやっぱり何も聞こえない。少しでも重たい扉を開けると、とんでもない音で曲が流れているというのに。ということは、やっぱりココは防音室なんだ。「そういえば皇羽さんが学校に休みの連絡をしてくれた時、全く声が聞こえなかったなぁ」 ――連絡しといたからな――早!皇羽さんと私の学校、二校へ電話をしたんですよね?話し声が全く聞こえませんでしたよ⁉――ちゃんとしたっての。それに、この部屋の中の音が聞こえるわけないだろ。この部屋は…… あの時ははぐらかされたけど、きっと「この部屋は防音だから中の声が聞こえるわけない」って言いたかったんだ。あの時の私は、皇羽さんがレオをしていると知らなかった。それなのに部屋が防音室だと知ったら、私が怪しむに決まっている。だから皇羽さんは内緒にしていたんだ。部屋に入らせないようにしていた。自分がレオをしていると、少しでも私に悟られないため。「この部屋は練習部屋ってことか」机上にはタブレットが一つ置いてある。パスコードは設定されていないらしく、手が当たっただけで画面が開いた。慌てて閉じようとすると、曲が流れ始める。歌いながら踊る Ign:s が、画面いっぱいに写った。「ずっと練習していたんだ。何も知らなかった」部屋が防音なのは歌の練習のため。一面鏡張りなのはダンスの練習のため。そこまでして玲央さんの代わりを務めているなんて……。皇羽さんが健気すぎて切ない。ここまでして相手に尽くす理由は、玲央さんが双子の兄弟だから?だけど、もし私に妹か姉がいたとして……ここまで身を粉にして動ける?うぅーん、自信が無いよ。「ん?机に紙が散らばっている。書かれているのは Ign:s が出演した番組名?箇条書きだ。うわ、長いレシートみたい。一体いくつあるんだ
「い、 Ign:s のコンサート?」「そう!実はチケットを当てちゃったんだ~!」緩む顔をおさえきれない、という表情で私を誘うクウちゃん。困った顔の私とは反対に、クウちゃんは発光するばかりの輝く笑顔!すごく幸せそうで、私まで笑顔になっちゃう。周りの人までも幸せにしちゃうんだから、クウちゃんから出る推しパワーってスゴイ。肝心のコンサートは、正直行きたい。クウちゃんをここまで虜にさせる Ign:sがどんなものか、一度見てみたい。でも行ったら最後、私の嫌いなデビュー曲は絶対に流れるだろうな。コンサートに行く前から、これほど幸せそうに笑うクウちゃん。当日、隣で暗い顔をする私を見て、彼女のテンションを下げてしまわないか。それだけが心配。「あのねクウちゃん、私……」「あ……そっか。言わなくても大丈夫だよ、萌々!」「!」私が断ると分かったらしい。クウちゃんは、サッとチケットを引っ込め気丈に笑う。クウちゃんは、私が「行く」と返事すると思ったんだ。私が「Ign:sについて教えて」と言ったから、もう誘っても大丈夫だろうと、一歩を踏み出してくれたんだ。そんな彼女の勇気を無駄にしてしまったみたいで、心に大きなしこりが残る。……なんか嫌だな。クウちゃんの期待に応えたいよ!「く、クウちゃん!」パシックウちゃんの……いや、クウちゃんが持っているチケットを握り締める。「絶対にお金は返すから!私もコンサートに連れて行ってください!」「え、でも無理は良くないよ?」「大丈夫!無理じゃない!」「ちょっと震えているよ?」「これは武者震い!」「合戦にいくわけじゃないよ?癒されに行くんだよ⁉」「わ、わわわ、分かっているよ!」引き下がらない私を見て、クウちゃんは体の力を抜く。いつの間にか上げていた腰を、ストンとイスへ戻した。「前日でも当日でも、無理だったら正直に言ってね?私は萌々と一緒に楽しみたいだけだから」「クウちゃん……うん、分かったよ。約束する!」そうして私とクウちゃん、二人でコンサートに行くことが決まった。内心「大丈夫かなぁ」とドキドキがおさまらない。だけどクウちゃんが「楽しみだなぁ」と顔を綻ばせている姿を見て、私も勇気を出して良かったと思えた。◇その日の帰り道。下校前にクウちゃんが教えてくれた事を思い出す。『でもレオって本当に天才なんだよ~』『なん
衝撃的な一夜が明けた翌朝。隣を見ると、既に皇羽さんはいなかった。リビングにはメモが残されていて、『今日も帰りは遅い。10時ごろ』とだけ書かれていた。昨日玲央さんが「コンサートが近い」と言っていたし、きっと最後の大詰めをしてるんだろうな。……でも引っかかるんだよね。「ピンチヒッターがいらないくらい玲央さんが体調に気を付けて頑張れば、わざわざ皇羽さんが練習しなくてもいいんじゃない?」よく考えれば〝コンサート当日に呼ばれるか呼ばれないか分からない〟皇羽さんが必死に練習するって変な話だ。だって下手したらピンチヒッターの出番ナシかもしれないんだよ?もしそうなったら練習が全てムダじゃん。それとも〝絶対に出ると決まっている〟から練習しているのかな?「う~ん、あの双子の考えている事が分からなさすぎる」顔をしかめながら身支度を開始する。立ち上がるためにベッドに手を乗せると、皇羽さんが寝ていた場所に彼の体温が少しだけ残っていた。その時、昨日の皇羽さんの言葉を思い出す。――俺はお前が好きなんだ。ずっと変わらず好きなんだよ「……あつ」冬だというのに顔が火照る。ダメだ、昨日から皇羽さんのことを意識しすぎている。もしかしたら、その場限りの冗談かもしれないのに。「皇羽さんのことを考えたらドキドキするなんて嫌だな。認めたくない……」顔を洗って、ついでに頭も冷やそう。煩悩を払うように、急いで洗面台を目指した。◇その後。遅刻せずに登校し、現在はお昼休み。昨日は「皇羽さんの親戚の夢見さん!」と騒がれたけど、一日経ったらその波も落ち着いてきた。おかげで友達と机を合わせて、ゆっくりとランチができている。と言っても……「では私こと白樺 空(しらかば くう)が Ign:s について説明しましょう!」「……よろしくお願いします。先生」あぁ、購買で買ったあんパンが苦くなりそう……。実はクウちゃんに「 Ign:s について知りたい」と頼んだ。理由は単純で、玲央さんに言われたことがきっかけ。――萌々ちゃんが”嫌い”というその二文字の中に俺たちの見えない努力がある事を、頭の片隅で覚えておいてほしいなまるで私が悪者みたいじゃん!と思ったのが半分。だけど確かに玲央さんの言う通りだなと思ったのが半分。彼らを嫌うことと、彼らの努力までを軽んじることは別物だ。だから「ここまで脚光を浴び
あれは告白なのかな?それとも友達に言うノリで言った?……ダメだ。皇羽さんのことが、清々しいくらい分からない。答えの出ない堂々巡りをしていると、玲央さんが「さーて帰ろうかな」と席を立つ。来るのも帰るのも突然な人だ。っていうか、何か用があって来たんじゃないの?「今日はどうしてここへ?ナイスタイミングで来てくださって助かりましたけど」 「タイミングが悪かった、の間違いじゃなくて?」「へ?」 「俺が邪魔しなければ、今ごろ萌々ちゃんは皇羽と♡」「!」バシッと腕を叩くと、玲央さんは「顔は避けてくれるようになったんだね」と憎たらしく笑う。前、会った時に顔を叩こうとしたことを根に持っているらしい。玄関に移動して靴を履く玲央さんが、私の顔をマジマジと見る。「萌々ちゃんはすごく可愛いよね?どこかの事務所に入っているの?」 「おそらく借金のブラックリストには入っていますが……」 「ふふ、聞かなかったことにしとく」なんだそりゃと呆れる私に「さっきの”なんでここに来たのか”っていう質問だけど」と玲央さん。「今日ここに来たのは、なんとなく。双子の勘だよ。最近の皇羽は”家に来るな”の一点張りでさ。だからこの前お忍びで突撃すれば、なんと野良猫がいた。さすがにビックリしたよ」 「野良猫?」「萌々ちゃんのこと」 「⁉」の、ののの、野良猫なんて!間違ってはいないけど、すごく嫌だよ!嫌悪感を顔に出す私とは反対に、玲央さんは優しい目つきで私を見る。そして「そっか、君が萌々ちゃんか」とゆるりと頭を撫でた。「萌々ちゃんが Ign:s を嫌う理由は分かった。だけど萌々ちゃんが”嫌い”というその二文字の中に俺たちの見えない努力がある事を、頭の片隅で覚えておいてほしいな」 「どういう……?」 「いずれ好きになってほしいって事だよ。 Ign:s をね」玲央さんがウィンクをきめる。トップアイドルのキメ顔、まぶしすぎる!目を細めていると、玲央さんの小さな声が耳に入る。「まずは Ign:s を好きになって。次はレオ、そして最終的に俺。順番に好きになってくれたらいいなって思うよ。皇羽よりも、たくさんね」 「え?」チュッ「⁉」「じゃ、またね~」隙を見て私の頬にキスをした後。玲央さんはマンションを後にした。残された私は、キスされた頬を無言で拭く。玲央さんめ……。皇羽さんと双子