「い、 Ign:s のコンサート?」「そう!実はチケットを当てちゃったんだ~!」緩む顔をおさえきれない、という表情で私を誘うクウちゃん。困った顔の私とは反対に、クウちゃんは発光するばかりの輝く笑顔!すごく幸せそうで、私まで笑顔になっちゃう。周りの人までも幸せにしちゃうんだから、クウちゃんから出る推しパワーってスゴイ。肝心のコンサートは、正直行きたい。クウちゃんをここまで虜にさせる Ign:sがどんなものか、一度見てみたい。でも行ったら最後、私の嫌いなデビュー曲は絶対に流れるだろうな。コンサートに行く前から、これほど幸せそうに笑うクウちゃん。当日、隣で暗い顔をする私を見て、彼女のテンションを下げてしまわないか。それだけが心配。「あのねクウちゃん、私……」「あ……そっか。言わなくても大丈夫だよ、萌々!」「!」私が断ると分かったらしい。クウちゃんは、サッとチケットを引っ込め気丈に笑う。クウちゃんは、私が「行く」と返事すると思ったんだ。私が「Ign:sについて教えて」と言ったから、もう誘っても大丈夫だろうと、一歩を踏み出してくれたんだ。そんな彼女の勇気を無駄にしてしまったみたいで、心に大きなしこりが残る。……なんか嫌だな。クウちゃんの期待に応えたいよ!「く、クウちゃん!」パシックウちゃんの……いや、クウちゃんが持っているチケットを握り締める。「絶対にお金は返すから!私もコンサートに連れて行ってください!」「え、でも無理は良くないよ?」「大丈夫!無理じゃない!」「ちょっと震えているよ?」「これは武者震い!」「合戦にいくわけじゃないよ?癒されに行くんだよ⁉」「わ、わわわ、分かっているよ!」引き下がらない私を見て、クウちゃんは体の力を抜く。いつの間にか上げていた腰を、ストンとイスへ戻した。「前日でも当日でも、無理だったら正直に言ってね?私は萌々と一緒に楽しみたいだけだから」「クウちゃん……うん、分かったよ。約束する!」そうして私とクウちゃん、二人でコンサートに行くことが決まった。内心「大丈夫かなぁ」とドキドキがおさまらない。だけどクウちゃんが「楽しみだなぁ」と顔を綻ばせている姿を見て、私も勇気を出して良かったと思えた。◇その日の帰り道。下校前にクウちゃんが教えてくれた事を思い出す。『でもレオって本当に天才なんだよ~』『なん
パチパチと燃え盛る炎に包まれる、私のアパート。季節は一月。冬特有の乾いた空気と、たまに吹き抜ける突風。それにより……「格安木造のアパートが全焼とは……」火の勢いってスゴイ。何がスゴイって、炎がどんどん大きくなっていって、あっという間にアパートを飲み込んでしまう所だ。「出て行ってて良かったね、お母さん……」誤解がないように言うと「ちょっと用事で留守中」とか、「少し買い物に出ている」とかではなく。お母さんは永遠に出て行った。幼い頃に両親が離婚して以来、母に育てられた私。だけど今朝、母は書き置き一枚で、アパートから姿を消していた。『冷蔵庫におにぎりあるからね』そのおにぎりも、アパートが燃えた今は炭になってるわけだけど。「おにぎり、食べたかったなぁ……」栗色ロングの私の髪に、空中を舞う灰が絡まる。黒色の斑点が、髪に浮かび上がった。「はぁ、今日のお風呂が大変だよ。髪が長いと、ただでさえ洗うの面倒なのに」言いながら、燃え上がる自分の部屋を見つめる。そういえば、私の部屋が燃えているということは、お風呂もないってことだよね?寝るところも無いんだよね?どこかのお焚き上げみたいに眺めていたけど、燃えているのは、私の全財産だ。あの炎の中に、(微々たる額とはいえ)私の全財産があるよね?お金だけじゃなくて、学校のカバンや制服も何もかも全部だ。「や、ヤバいかも……!」今さらになって、自分の身に起きた〝最悪の出来事〟を自覚する。ヤバい、本当にヤバい。何も手元に残らない!今日は土曜日。起きた私は意味もなく、ダルダルの部屋着を着て外を散歩していた。だから今、私の手の中には、アパートの鍵が一つあるだけ。「じゃあお風呂とか言う前に、下着も燃えた……?」その時、消防士さんに「下がって!」と注意される。「わ……!!」慌てた私がコケそうになった、 その時――ガシッ「あっぶねぇな」あれ?誰かにギュッてされている感覚。いま私、誰かに包み込まれている?大きな手が、私の腰を掴んでいる。いとも簡単に引き寄せ、倒れそうだった私を真っ直ぐ立たせた。「あ、ありがとうございます……」 「ん、気をつけろよ」 「は……い!?」ペコリとお辞儀をした後。ビックリしすぎて、声が裏返っちゃった。だって!「(なんと言う顔の小ささ!ううん、服が大きいだけ? ひょっとして来年以降
記憶を手繰り寄せている私に、イケメンが「おい」と話しかける。「もしかして、この家、お前の?」 「はい、私の住んでいた部屋があるアパートです」 「げ、マジかよ……」男の人は顔を歪めて、まるで自分に起きた事のように絶望の表情を浮かべた。もしかして、哀れんでくれているのかな?ズキンッ優しい人なんだろうけど、同情はされたくない。だって「可哀想な目」で見られると、胸がキュッと苦しくなるから苦手だ。今までもそうだった。お父さんがいないと分かったら、みんなが私を見る目が変わった。「可哀想」って言う子もいた。なんて言ったらいいか分からなくて、私はただ笑っていた。今だってそう。だから、こういう時は逃げるに限る。「さっきはありがとうございました。では、これで!」 「え……あ、おい!」向きを変えてダッシュ――しようとしたけど、今日の私はとことんツイてないようで。ドンッ誰かにぶつかって、今度こそ尻もちをついた。すると、さっきとは別の人の声で「ハイ」と、私に救いの手が伸びる。「うわ!君、めっちゃカワイイね!なに?家が燃えちゃった感じ?」 「は、はい。そんな感じです」 「マジ!?やっべー超やべーじゃん!!」すっごくチャラそうな男の人。「そっかそっか〜」って相槌の仕方までチャラい。「家が燃えちゃったかー、そりゃ大変だ。じゃあね、俺についてきて!今日タダで泊まれる所を教えてあげる!」 「ほ、本当ですか!?」昔、お母さんに「タダより怖いものは無いけど状況に寄っては乗るのもあり」と教えられた!たぶん、今がその時だよね!チャラ男が「こっちだよ〜」と路地裏を指さす。あっちに家があるのかな?大人しくついて行こうとした、その時。「はぁ。まさか、お前がこんなに悪い子だったとはな」 「へ?」 グイッさっき助けてくれたイケメンに、腕を引っ張られ、そして抱きしめられた。しかも、それだけじゃない。イケメンは私のアゴに手をやって、クイッと角度を上げる。まるでキスする直前のしぐさだ。「俺とケンカしたからって、当て付けみたいに他の男にホイホイついていくなんて……」 「へ!?」かお近!ってか顔が良すぎるよ。それにまつげ長いし、唇も薄い!だけど興奮する頭の隅で、やっぱり「どこかで見た事ある」という気持ちもあって。晴れないモヤモヤが、心の中に積もっていく。うーん、喉まできて
なんで?どういうこと!?だけど、こっちがパニック状態であるのをいい事に、イケメンのキスの長いこと。怒った私がイケメンの体を叩くと、まるで「仕方ねぇなぁ」と言わんばかりの顔で離れていった。もちろん私は酸欠。ハァハァって肩で息をする私を見て、イケメンがニヤリと笑う。「まだまだ。続きは帰ってから、だろ?」 「はい……」あぁ、ダメだ。酸欠で上手く頭が働かない。というか、なんなの、この人。しかも人生初のファーストキスが〝外で〟なんて!草葉の陰から見守ってくれてるお母さんに、何て報告したらいいのか。「(いや、お母さんはただ失踪しただけだ……)」あぁダメだ、パニックで頭が働かない。実の母を勝手に昇天させるなんて、相当どうかしてる。ってか、チャラ男がいつの間にかいない。あの人、逃げたな!反対に、人のファーストキスを奪ったイケメンは、未だに私を抱きしめている。どうしよう、逃げ場なしだ。「あぁ……もう好きにしてください」家が焼け、ファーストキスが奪われたパニックに加え、極限まで減ったお腹。これ以上、もう何も考えられない。だんだんと、体の力が抜けていく。腕の中でぐったりしていく私を見て、さすがのイケメンも慌てた声を上げた。「え、マジで? おい、お前!」薄れゆく意識の中、ふと聞こえてきたのは音楽。男の子たちが、元気な声で歌っている。あぁ、本当に勘弁してほしいよ。だって私は、アイドルが嫌いなんだから――その言葉を口にしたか、していないか。それはハッキリと覚えていない。だけど意識を手放す中。「好きにしてください、なんて……。冗談でも言うんじゃねぇよ」私の唇を強引に奪ったイケメンが弱々しく喋り、切ない声を出した。そして最後に、とびきり優しく私を抱きしめる。「(あったかい……)」完璧に意識を失う前の、ささいな一時。困惑しながらも私は、その温もりを確かに感じ取っていた。◇「……ん?」長い時間眠っていた気がする。 というか、ここはどこ?自分の家じゃない事は分かる。だって燃えて、消し炭になったもん。「(じゃあ、ここは……?)」綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。たった一つだけ色があるのは、赤い時計。オシャレな壁掛け時計だ。それは白の部屋に、かなり目立っている。「センスが良いのか悪いのか。っ
「なんで、あなたが……」外で会った時は帽子があって分からなかったけど、イケメンはマッシュボブの黒髪をしていた。少し猫っ毛だ。そして透き通る黒の瞳。その“黒”がイケメンの邪悪さに拍車をかけてる。「つれないなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラだ。「キスまでした仲だってのにな?」 「だからです!”警戒”っていう言葉を知っていますか?私は一ミリたりとも、あなたを信用していませんから」喋りながら、ドアを出たリビングにあるソファに、クッションがあるのを見つける。私は一気に扉を押し開き、むんずとクッションを掴んだ。「もし私に近づくなら、このクッションであなたをボコボコにします!」 「そのクッションで?」「はい!」 「できんの? ボコボコに」「……」無理かもしれない。だって柔らかすぎるもん、このクッション。フカフカ過ぎてダメージゼロだ。しょんぼりと落ち込む私とは反対に、勝ち誇った顔をしたイケメン。「ふっ」と口角を上げ、私の横に広がるソファを指す。「じゃ、とりあえず話をするか」 「……」こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくない……だけど仕方ない。話をするためだもんね。どうして私がココにいるのか、ちゃんと教えてもらわなきゃ。「……座ります」 「ん、良い子」 「っ!」良い子――思いもしなかった言葉に、不意を突かれる。ちょっとドキドキしちゃった。だけど頬を染めた私とは反対に、イケメンは涼しい顔で「こっち」と私の手を引いた。いつの間に私に近づいていたのか、全然わからなかった。早業に驚きながら、引っ張られるままに彼の横へ腰を下ろす。ギシッ「それにしても、座るって隣同士ですか」 「ソファ一個しかないんだから、横並びなのは当たり前だろ。まさか床に座りたいのか?」 「そ、そうじゃなくて……っ」思った以上の至近距離に、ビックリした。立っている時も「大きい」と思ってたけど、近くに座ると私との体格差がよくわかる。長い足、線は細いのに筋肉ありそうな体に、大きな手。おまけに、小さな顔は超がつくイケメン。まるで芸能人かモデル並に整った顔だ。そんな事を考えていると、イケメンが「何から聞きたい」と私を見る。「あ、じゃあ名前を教えてください」 「名前?もっと聞きたいことあるだろ」「名前が分からないと色々不便だなって思って。ダメですか?」 「いや、い
ムダにぎこちない空気だけが、私たちの間を漂う。さっきの皇羽さんに倣って、私も咳払いして自己紹介を始める。「私は夢見 萌々(ゆめみ もも)と言います」 「ゆめみ、もも……」「はい。皇羽さんと同じく高校一年生です。さっき皇羽さんが言っていた”目の前の駅”って、何ていう駅ですか?私は電車通学なのですが、駅を降りてすぐなんですよ。もしかしたらお互い、近い高校かもしれないですね!」 「……」「皇羽さん?」私が自己紹介をした後、皇羽さんは私を見たまま動かなくなってしまった。どうしたのかな、もしかして調子が悪い?「皇羽さん失礼します」と、皇羽さんのおでこに手をかざす。だけど、ギュッ「わぁ⁉」伸ばした手は皇羽さんに握られ、そのまま体ごと抱きしめられる。すると柔らかいソファの上で態勢を保っていられなくなった皇羽さんが、私を抱きしめたまま後ろへ倒れ込んだ。「こ、皇羽さん……?」 「……」皇羽さんは、いつまで経っても起き上がらない。どころか、私を離そうともしない。ギュッと力強く、抱きしめたままだ。「皇羽さん、どうしたんですか……?」訳が分からない。それなのに、だんだん上がっていく自身の体温に困惑する。まさか私、皇羽さんにドキドキしているの?いや、くっ付いているから暑いんだ。それなら、すぐに離れてもらわないと!「皇羽さん」と、とりあえず名前を呼んでみる。離して欲しいのに彼はそうはせず、なぜか私の名前を呟く。「夢見萌々……」 「はい」「そっか。そう言うんだな、お前」皇羽さんは片腕を自分の顔に置き、わざと表情を隠す。「萌々」と噛み締めるように私の名前を繰り返す皇羽さんが、どんな気持ちでいるのか気になった。彼はどんな顔をしているのだろうかと、好奇心がうずく。「皇羽さん、失礼します」彼の顔を隠す、大きな手をどかす。その時、私の目に写ったのは……「なんだよ、こっち見んな……っ」 「っ!」ドクン皇羽さんの顔を見た瞬間。私の心臓が、大きく跳ねる。皇羽さんは強気な口調ではあるものの、表情は全くの逆。深く刻まれた眉間のシワ。下がった眉。キュッと我慢するように固く結ばれた口。その表情は、まるで――「夢見萌々」 「はい」「萌々……」 「~っ」あまりに気持ちがこもった皇羽さんの呼び方に、なぜだか分からないけど涙腺が緩む。声が震えているようにも聞こえる
「なんか夢みたいだ」 「夢?」夢とは?首を捻ると「何でもない」と、皇羽さんは再び私を抱きしめる。ぶっきらぼうな言葉とは反対に、まるで雪に触れるような優しい手つき。過保護とも言えるその行動に、また私は戸惑う。「(皇羽さんって、一体……)」漠然と抱いた疑問を、口にしようか迷っていた時。壁にかかるテレビが急に作動した。静かだったこの場に、突如としてテレビの賑やかな声が響き始める。「すごい。初めて見ました、壁掛けテレビ!」興奮する私。だけど、反対に青い顔をしたのが皇羽さんだ。「げ、視聴予約の時間か。ヤバいな」 「何がですか?」皇羽さんは私の話を聞かず「早くどけろ」の一点張り。もう、そっちから抱きしめたくせに!当の本人、皇羽さんは「リモコンがない!」とクッションを持ち上げたり、テーブルの下を覗いたりと、何とも慌ただしい。「リモコンを探してるんですか?」 「そーだよ! 萌々も手伝ってくれ!」「いきなり呼び捨てですか!しかも乱暴な物言いで、」 「あとでいくらでも謝るから、とりあえず探してくれ!」え?「あとでいくらでも謝る」なんて、やっぱり皇羽さんは変な人だ。何をそんなに焦っているんだろう?もしかして、いやらしい系の番組が流れてくるのかな?もしそうなら、皇羽さんを茶化せるじゃん!これは面白いことになりそう!私はリモコンを探すふりをしつつ、チラチラと画面へ目をやる。いやらしい番組、まだ始まらないのかな?だけど私の期待とは裏腹に、流れ始めたのは音楽番組。どうやら旬なアーティストが順番に歌うらしい。テレビの中で、出演グループの自己紹介が始まった。なーんだ、音楽番組かぁ。まぁいいや。焦る皇羽さんが珍しいから、このままテレビを見ちゃえ。でもただの音楽番組なら、どうして焦る必要があるんだろう?そう思った私は三秒後。今までにないくらい後悔することになる。『それではまず一組目。今一番人気のアイドルグループ Ign:s (イグニス)です!』「……は?」Ign:s?今の聞き間違い?でも画面に「 Ign:s 」の文字が出てる。「ウソ、最悪だ……!」テレビを見て固まる私を見て、あれだけ忙しくなく動いていた皇羽さんが、全く動かなくなった。誰もしゃべらない部屋に、司会者二人の声だけが響く。『デビューして一年、最近は知名度がグングン上がってきましたね!』 『デ
「違うんだ、萌々。落ち着け、聞け」「いや。ちょっと、無理です……‼」私に近づいた皇羽さん。おずおずと伸ばされた手が、真っすぐ私に向かって伸びて来る。だけど私は、その手を勢いよく叩き落した。 パシッ「私、この世の中に一つだけ嫌いな物があります」「嫌いな物?」コクンと頷く私を、皇羽さんは黙って見た。テレビの中では、キラキラした笑顔を浮かべて歌って踊っているレオ……もとい皇羽さんがいる。その姿を見て、熱狂するファン――私もそうであったら、どんなに良かっただろう。「皇羽さん、ごめんなさい。私、 Ign:s が大嫌いなんです……!」「……」皇羽さんは無言だった。十秒ほど目を瞑って「考える人」のポーズをとる。だけど、遅れて私の言葉を理解したらしい。閉じていたまぶたを、ゆっくりと持ち上げた。「Ign:sが嫌い?マジで?」今までで一番、間の抜けた声。信じられない、という目で私を見る皇羽さんに、容赦なく私は頷いた。「ムリです、ごめんなさい。家を出ます!」「はぁ?ちょっと待てよ、話が!」「ありません、さようなら!」ソファを越えて、その先の玄関へダッシュする。後ろからバタバタと足音が聞こえて、おまけに「待て!!」って怒鳴り声まで聞こえる!ここはホラーハウスなの?怖すぎるよ!だけど「ここにずっといるよりはマシ!」と、玄関に並ぶ靴から私の物を探す。だけど目を皿のようにして見ても、全く見当たらない。どこに行ったの?私の靴!すると後ろから「奥の手を取っておいて良かった」と声がした。振り向くと、皇羽さんが私の靴を掴んでいた。「コソコソ逃げられないように、最初から隠しといたんだ」「ひ、卑怯ですよ!」「ふん、何とでも言え。こうでもしないとお前、絶対に逃げていくだろ」逃げていくだろ、と言った時の皇羽さんの顔。少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいなのかな?「それに、まだ話は終わってない。部屋に戻れ。聞きたいことがたーっぷりあるんだ。例えばIgn:s が嫌いとか」「ひ……っ」悲しそうに見えたなんて、絶対に気のせいだ!だって皇羽さん、怒りすぎて般若の顔をしているもん!笑っているのに超怖いよ!その時、キッチンの方から「チン」と音がした。同時に美味しそうな香りが漂う。すると気が緩んでしまったのか、私のお腹が元気よく鳴った。 グ~「……萌々が靴を探してる間に
「い、 Ign:s のコンサート?」「そう!実はチケットを当てちゃったんだ~!」緩む顔をおさえきれない、という表情で私を誘うクウちゃん。困った顔の私とは反対に、クウちゃんは発光するばかりの輝く笑顔!すごく幸せそうで、私まで笑顔になっちゃう。周りの人までも幸せにしちゃうんだから、クウちゃんから出る推しパワーってスゴイ。肝心のコンサートは、正直行きたい。クウちゃんをここまで虜にさせる Ign:sがどんなものか、一度見てみたい。でも行ったら最後、私の嫌いなデビュー曲は絶対に流れるだろうな。コンサートに行く前から、これほど幸せそうに笑うクウちゃん。当日、隣で暗い顔をする私を見て、彼女のテンションを下げてしまわないか。それだけが心配。「あのねクウちゃん、私……」「あ……そっか。言わなくても大丈夫だよ、萌々!」「!」私が断ると分かったらしい。クウちゃんは、サッとチケットを引っ込め気丈に笑う。クウちゃんは、私が「行く」と返事すると思ったんだ。私が「Ign:sについて教えて」と言ったから、もう誘っても大丈夫だろうと、一歩を踏み出してくれたんだ。そんな彼女の勇気を無駄にしてしまったみたいで、心に大きなしこりが残る。……なんか嫌だな。クウちゃんの期待に応えたいよ!「く、クウちゃん!」パシックウちゃんの……いや、クウちゃんが持っているチケットを握り締める。「絶対にお金は返すから!私もコンサートに連れて行ってください!」「え、でも無理は良くないよ?」「大丈夫!無理じゃない!」「ちょっと震えているよ?」「これは武者震い!」「合戦にいくわけじゃないよ?癒されに行くんだよ⁉」「わ、わわわ、分かっているよ!」引き下がらない私を見て、クウちゃんは体の力を抜く。いつの間にか上げていた腰を、ストンとイスへ戻した。「前日でも当日でも、無理だったら正直に言ってね?私は萌々と一緒に楽しみたいだけだから」「クウちゃん……うん、分かったよ。約束する!」そうして私とクウちゃん、二人でコンサートに行くことが決まった。内心「大丈夫かなぁ」とドキドキがおさまらない。だけどクウちゃんが「楽しみだなぁ」と顔を綻ばせている姿を見て、私も勇気を出して良かったと思えた。◇その日の帰り道。下校前にクウちゃんが教えてくれた事を思い出す。『でもレオって本当に天才なんだよ~』『なん
衝撃的な一夜が明けた翌朝。隣を見ると、既に皇羽さんはいなかった。リビングにはメモが残されていて、『今日も帰りは遅い。10時ごろ』とだけ書かれていた。昨日玲央さんが「コンサートが近い」と言っていたし、きっと最後の大詰めをしてるんだろうな。……でも引っかかるんだよね。「ピンチヒッターがいらないくらい玲央さんが体調に気を付けて頑張れば、わざわざ皇羽さんが練習しなくてもいいんじゃない?」よく考えれば〝コンサート当日に呼ばれるか呼ばれないか分からない〟皇羽さんが必死に練習するって変な話だ。だって下手したらピンチヒッターの出番ナシかもしれないんだよ?もしそうなったら練習が全てムダじゃん。それとも〝絶対に出ると決まっている〟から練習しているのかな?「う~ん、あの双子の考えている事が分からなさすぎる」顔をしかめながら身支度を開始する。立ち上がるためにベッドに手を乗せると、皇羽さんが寝ていた場所に彼の体温が少しだけ残っていた。その時、昨日の皇羽さんの言葉を思い出す。――俺はお前が好きなんだ。ずっと変わらず好きなんだよ「……あつ」冬だというのに顔が火照る。ダメだ、昨日から皇羽さんのことを意識しすぎている。もしかしたら、その場限りの冗談かもしれないのに。「皇羽さんのことを考えたらドキドキするなんて嫌だな。認めたくない……」顔を洗って、ついでに頭も冷やそう。煩悩を払うように、急いで洗面台を目指した。◇その後。遅刻せずに登校し、現在はお昼休み。昨日は「皇羽さんの親戚の夢見さん!」と騒がれたけど、一日経ったらその波も落ち着いてきた。おかげで友達と机を合わせて、ゆっくりとランチができている。と言っても……「では私こと白樺 空(しらかば くう)が Ign:s について説明しましょう!」「……よろしくお願いします。先生」あぁ、購買で買ったあんパンが苦くなりそう……。実はクウちゃんに「 Ign:s について知りたい」と頼んだ。理由は単純で、玲央さんに言われたことがきっかけ。――萌々ちゃんが”嫌い”というその二文字の中に俺たちの見えない努力がある事を、頭の片隅で覚えておいてほしいなまるで私が悪者みたいじゃん!と思ったのが半分。だけど確かに玲央さんの言う通りだなと思ったのが半分。彼らを嫌うことと、彼らの努力までを軽んじることは別物だ。だから「ここまで脚光を浴び
あれは告白なのかな?それとも友達に言うノリで言った?……ダメだ。皇羽さんのことが、清々しいくらい分からない。答えの出ない堂々巡りをしていると、玲央さんが「さーて帰ろうかな」と席を立つ。来るのも帰るのも突然な人だ。っていうか、何か用があって来たんじゃないの?「今日はどうしてここへ?ナイスタイミングで来てくださって助かりましたけど」 「タイミングが悪かった、の間違いじゃなくて?」「へ?」 「俺が邪魔しなければ、今ごろ萌々ちゃんは皇羽と♡」「!」バシッと腕を叩くと、玲央さんは「顔は避けてくれるようになったんだね」と憎たらしく笑う。前、会った時に顔を叩こうとしたことを根に持っているらしい。玄関に移動して靴を履く玲央さんが、私の顔をマジマジと見る。「萌々ちゃんはすごく可愛いよね?どこかの事務所に入っているの?」 「おそらく借金のブラックリストには入っていますが……」 「ふふ、聞かなかったことにしとく」なんだそりゃと呆れる私に「さっきの”なんでここに来たのか”っていう質問だけど」と玲央さん。「今日ここに来たのは、なんとなく。双子の勘だよ。最近の皇羽は”家に来るな”の一点張りでさ。だからこの前お忍びで突撃すれば、なんと野良猫がいた。さすがにビックリしたよ」 「野良猫?」「萌々ちゃんのこと」 「⁉」の、ののの、野良猫なんて!間違ってはいないけど、すごく嫌だよ!嫌悪感を顔に出す私とは反対に、玲央さんは優しい目つきで私を見る。そして「そっか、君が萌々ちゃんか」とゆるりと頭を撫でた。「萌々ちゃんが Ign:s を嫌う理由は分かった。だけど萌々ちゃんが”嫌い”というその二文字の中に俺たちの見えない努力がある事を、頭の片隅で覚えておいてほしいな」 「どういう……?」 「いずれ好きになってほしいって事だよ。 Ign:s をね」玲央さんがウィンクをきめる。トップアイドルのキメ顔、まぶしすぎる!目を細めていると、玲央さんの小さな声が耳に入る。「まずは Ign:s を好きになって。次はレオ、そして最終的に俺。順番に好きになってくれたらいいなって思うよ。皇羽よりも、たくさんね」 「え?」チュッ「⁉」「じゃ、またね~」隙を見て私の頬にキスをした後。玲央さんはマンションを後にした。残された私は、キスされた頬を無言で拭く。玲央さんめ……。皇羽さんと双子
玲央さんに手を引っ張られながらリビングへ移動する。その後、玲央さんが作ってくれた温かいココアを飲みながら仲良く談笑――ということはなく。やっと落ち着いた二人が、リビングにて向かい合って座った時。玲央さんが口にしたのは、なんと私の愚痴だった。「初めて萌々ちゃんに会った時は驚いたよ~。 Ign:s 嫌い!って言うんだもん。さすがの俺も傷ついて、その日は食欲が出なかったなぁ」「すみません、まさかご本人とは知らず……」玲央さんは「いいんだよ~」と言いはするけど、どこか含み笑いだ。何か裏があるのでは?と疑っていると案の定。玲央さんは上目遣いで、とんでもない事を懇願する。「傷ついたけど、萌々ちゃんに頭をヨシヨシされたら元気になれるかもね?」「力になれません。他の方をあたってください」どうしてレオのファンでもなければ Ign:s のファンでもない私が慰めないといけないの。傷つけたことは謝るけど、慰める義理はない。それに十中八九、私をからかうためだろうし。といっても……この光景をクウちゃんを初めとするファンが見たら、さぞ羨むだろうなぁ。アイドルの頭をなでるなんて、滅多に経験できることじゃないもんね。それに玲央さんのキラキラとした瞳……変に断るより、思い切って頭を撫でた方が(後々の私にとって)よさそうだ。「仕方ない。犬を撫でていると思おう……」「いま失礼なこと言わなかった?」「と、とんでもない」噓八百で話をはぐらかした後。「一度だけですよ?」と念を押して、玲央さんの隣へ移動する。皇羽さんとは違う髪を、まじまじと見下ろした。猫っ毛な黒髪の皇羽さん、マッシュ型のアッシュ系金髪の玲央さん。二人を見分けるには髪しかないのでは?なんて思っちゃう。「皇羽さんがレオになる時はカツラをつけているんですか?」「カツラって……ウィッグね。そうそう、俺たちほぼ同じ顔だから助かるんだよ~」「こんな美形を二人も産んだお母さまが素晴らしいですね……」「あははー。伝えておくよ」髪をなでながら他愛ない会話をした後。私から視線を逸らした玲央さんが、さっきとはうって変わって真剣な声色を発する。「 Ign:s を嫌いな理由。皇羽には話したらしいけど、俺も聞いていい?」「……皇羽さんにも言いましたが、聞いて楽しい話ではないですよ?」「いいよ。今を時めく俺たちがどんな理由で嫌われて
皇羽さんが二人?どういうこと?訳が分からなくて口をパクパクさせる私に、もう一人のレオは王子様のごとく、ベッドへ倒れる私へ手を伸ばす。私に乗る皇羽さんを乱暴に押しやった後、お姫様を扱うように私の背中に手を添え丁寧に起こした。「やっほー野良猫ちゃん。この前ぶりだね」「この前?」ハテナを浮かべていると、もう一人の皇羽さんは「忘れちゃった?」と首をかしげる。「元気な俺を看病してくれた時があったでしょ?あの時はおかゆを食べなくてごめんね~」「看病、おかゆ……」ふと――脳裏に過去が蘇る。そう言えば、皇羽さんの存在に違和感を覚えた日があった。皇羽さんが熱で倒れた日だ。――いま皇羽さんがつけているニット帽を初めて見る。それにさっき出かける時は、いつもの帽子を被ってなかった?――あと皇羽さんの表情がいつもと違う気がする。獰猛な野獣のオーラから、可愛い小動物へ変わっているというか熱があるって言っていたのに元気そうだったり、そうかと思えばやっぱり熱があったり。あの日の皇羽さんは何か様子が違っていた。……ん?もしかして、あの時の皇羽さんって!「あの日ココにいたのは、あなただったんですか⁉」「ピンポーン♪」驚いて目を白黒させる私を、さもおかしそうに笑って見るもう一人の皇羽さん。そうかと思えばふっと真剣な顔になり、私の手の甲へ口づけを落とした。「初めまして萌々ちゃん。俺は玲央(れお)。知っての通り Ign:s のレオだよ。そして皇羽は、俺の双子の兄だ」「……は?」この二人が双子?皇羽さんが兄で、この人が弟?「世間には内緒にしているけど、俺の調子が悪いときや気分がノらない時……おっと。気分が悪い時は、皇羽に〝レオ役〟をしてもらっている。代打、影武者……う~ん、なんて言ったらいいかな。そうだ、ピンチヒッターだ」「ピンチヒッター……」繰り返す私に大きく頷いた玲央さんは、話を続ける。「最近の皇羽の無茶には手を焼いていてね。コンサートを控えている大事な時期だっていうのに、熱があるのを黙ってテレビに出るわ、手首を痛めているのにダンスをするわ。もうメチャクチャだよ。ピンチヒッターがピンチになってどうするのって話だよね」「えっと……」頭がこんがらがる。そんな中でも玲央さんの言葉に引っかかりを覚えた。「聞いてもいいですか?」目を細めてアイドルスマイルを浮かべ
私に伸ばし掛けた手を皇羽さんは引っ込めた。「萌々……」と、悲しそうな声色と共に。ズルい。どうして皇羽さんが悲しそうなの。傷ついた顔をするの。騙されたのは私で、利用されていたのも私だよ?「今日はもう寝ます。明日から新しい家を探しますね」「!出て行くって事かよ……」皇羽さんが顔を歪めたのが分かる。見なくても分かる。あなたの声色だけで大体の気持ちが分かる……ううん。分かっている、はずだったの。でも違った。私はあなたのことを何も分かってはいなかった。あなたがレオだと見破れなかった。でも、それでよかったんだ。所せん私たちは友達にもなっていない浅い関係。お別れなんて痛くもかゆくもないでしょう?だからバイバイです。私がこれ以上、皇羽さんの温もりを知ってしまう前に――「私が Ign:s 嫌いって知っているでしょう?これまで通りなんて無理ですよ」「……~っ、チッ」荒々しい皇羽さんの舌打ちが聞こえ、両頬を掴まれる。いつもより強い力で上を向かされた。「萌々だって、俺のこと分かっていないくせに……っ」「皇羽さん……?」すごく真剣で、これまでにない真っすぐな瞳が悲しそうに揺れている。そうかと思えばいきなり私を抱き上げ、移動を始めた。いくら「降ろして!」と声を上げようが全てスルー。見上げると、どうやら怒っているらしい。皇羽さんの口がへの字に曲がっている。連れて行かれた先は寝室。柔らかいキングサイズのベッドに勢いよく降ろされる。「きゃっ!」「……俺が、」倒れ込んだ私に、皇羽さんが覆いかぶさった。慈しむように、私の両頬に再び手を添える。「俺がどんな気持ちでレオをやってるか、少しも知らないくせに」「……へ?」「俺が……なんでもない」そう言って口を閉ざした皇羽さん。何か言葉を飲んでいるように見えたのは気のせいだろうか。「それにな、俺だって傷ついたよ。Ign:s が嫌い、デビュー曲が嫌いって言いやがって……。だけどな、そんな事を言われても俺はお前が好きなんだ。ずっと変わらず好きなんだよ」「⁉」皇羽さん、今なんて言った?ジワジワと目に涙がたまっていく。どうして涙が出るのか分からない。だけど皇羽さんの言葉に、確かに胸を打たれた私がいる。まるで「誰かに必要とされる」この瞬間を、ずっと待ちわびていたように。「~っ」「こっち向いて、萌々」私の涙が零れる前に、
衝撃の展開を迎えた後。これ以上見て居られなくてテレビを消す。完全に伸びてしまったラーメンを何とか胃に納め、ただソファに座っていた。「力が入らないな……」皇羽さんはアイドルだったという事実が、私を抜け殻にしていく。それに「裏切られた」こともショックだ。「皇羽さんと一緒に住んだら楽しい毎日になりそうだなって、そう思い始めてきていたのに」もちろん勝手に転校してきたり、あらぬ設定を付加されたのは予想外だったけど。だけど「いってらっしゃい」と言ってくれたり、一緒にご飯を食べたり。そんな何気ない日常が温かくで、好きだった。「……」これからどうしようか。皇羽さんがアイドルである以上、私が一番に嫌っている Ign:s である以上、もうココにはいられない。アパートを探さないと。だけど未成年に貸してくれるかな?そう考えていた時だった。ガチャと玄関から音がする。時計を見ると夜の九時を過ぎていた。そうか、皇羽さんが帰ってきたんだ。「萌々ー?寝ているのか?」皇羽さんは、いつもと同じように帰って来た。いつもと同じように鍵を玄関へ置き、コートをかけ、足音を響かせ廊下を歩く。何もかもがいつもと同じ。たった一つ違うのは、私が「皇羽さん=レオ」と知ってしまったこと。「わ!なんだよ、ここにいたのか。〝おかえり〟くらい言ってくれよ」「……」リビングに入るや否や、膝を抱えて小さくなる私を見つける。そんな私から何かを察したのか、皇羽さんは「萌々?」と不思議そうに近寄った。「どうした、腹でも痛いのか?」「……」この人は、さっきまでテレビに出て歌って踊り、何人ものファンを魅了してきた。それほどスゴイ人って分からないくらい、今の皇羽さんは〝いつもの皇羽さん〟だった。レオを悟らせない完璧な演技。皇羽さんは、レオの存在を隠すのが上手すぎる。「おい、本当にどうしたんだよ。ご飯は食べたのか?まだなら何か買って来るけど?」「……」一言も喋らず表情さえも崩さない私を見て、いよいよ皇羽さんは焦ったらしい。私の傍をグルグルと周り、額に手をあて熱を確かめる。いつものように優しい手つき。だけど全然、嬉しくない。いつもの皇羽さんなのに、頭の中でレオがちらつく。さっき見たアイドルが頭から離れない。いくら皇羽さんが「日常」を装ったって、もうどうしたって私の中で皇羽さんはレオなのだ。私が嫌いなアイド
「テレビで Ign:s を見ない日はないよね。どれだけ多忙なんだろう」テレビだけじゃない。SNSを初めとする動画にも引っ張りだこだ。それにコラボキャンペーンとかいって、企業とコラボなんぞしているのを今朝の電車広告で見た。「クウちゃんが言うには〝レオは私たちと同い年〟なんだっけ?」私なんて学校が終わったら疲れてもぬけの殻になっているのに、レオはこうやって朝から晩まで仕事をしているんだもんね。素直にスゴイや。「 Ign:s の事は嫌いだけど、尊敬してる所はあるんだよね」っていうか今日の私が疲れている理由って、皇羽さんの噓八百の設定のせいだよね?皇羽さん激似のレオを見ると、学校でのことを思い出してカチンとくる。あらぬ設定のせいで学校で引っ張りだこになった私の苦労。皇羽さんが帰宅次第、たんまりと聞かせてやるんだから!「お腹もすいたし、晩ご飯を食べながら見るとしますか。本当は消したいけど親友のクウちゃんのためだ、我慢して見るぞ……!」簡単に即席ラーメンを作る。カップにお湯を注いで三分待つ間、テレビではおなじみトークショーが繰り広げられていた。メンバー皆がにこやかに受け答えしている。だけど、その中でもひときわ輝いているのがレオだ。思わず目を瞑りたくなりそうなほどキラキラした笑顔で、楽しそうに司会者と話している。「今日は何を聞かれるんだろう」呑気に考えていると、三分のタイマーが鳴る。リビングへ移動し、どんぶりの中で泳ぐ麺を箸で掴んだ。昨日は雑炊、今日はラーメン。ご飯作りは明日から頑張るつもり。するとタイムリーに、テレビの中でもご飯の話で盛り上がる。『レオくんは昨日の夜、何を食べたの?』 『昨日は雑炊!めちゃくちゃ美味しかったです!』ピタリ掴み上げた麺が、重力に従いカップの中へ戻って行く。だって今、レオは何て言った?「雑炊?」そう言えば昨日、皇羽さんが食べた晩ご飯も雑炊だ。まさかねとか、偶然だよねとか。それらの言葉を強引に頭へ流し込む。そう。偶然に違いないんだ。皇羽さん、私は信じていますからね。あなたががレオじゃないってことを。「それに雑炊なんて家でよく作る料理じゃん」箸から滑り落ちた麺を拾う。「フーフー」と息を吹きかけ湯気を飛ばした。その時、自分の中に湧いた「最悪の予想」も一緒に吹き飛ばす。私の体から、冷や汗なのかただの汗なのか分からない物が
もしも大事なことだったらいけないし、今すぐ確認した方がいいよね?机の下、不慣れな手つきでメールを確認する。えぇっと、なになに。『ということだから俺は帰る。後はよろしく。居眠りせずにノートとっとけよ。帰ってから写させてもらうからな』「は?」なに、このパシリのような文面。いや「ような」じゃなくて、絶対にパシリだ。そうか。私が在学する高校に、わざわざ皇羽さんが転校してきた理由がやっと分かった――便利だからだ。私がいれば、自分が授業に出なくていいからだ。ようは使い勝手がいいんだ。……なんだ。私は体のいいコマにすぎないのか。それなのに私ったら、さっき「私のそばにいたいから転校してきたのかな?」なんて。己惚れたことを言っちゃった。恥ずかしい。本人に話す前で本当に良かった。……と言っても、胸に開いた僅かな隙間から冷たい風が吹いて止まない。しっかり着込んで来たはずなのに、寒い。頭の後ろでキュッとしばられた髪が、なんだかズキズキと疼いて痛い。触ると、今朝皇羽さんがプレゼントしてくれたばかりのリボンに触れた。そのリボンさえも冷たく感じてしまうのは、どうしてだろう。「……ってダメダメ。元気を出すんだ、萌々」ここで落ち込んだら、皇羽さんの思いのツボだ。「もしかして俺のこと好きになった?」って、ドヤ顔する皇羽さんが脳裏をかすめる。好きになんか、なっていない。ときめいてなんかいない。私の心は奪われていないもん。カチッと電源ボタンを押して、完全にスマホを切る。今日くらいスルーしても怒られないよね?皇羽さんにはやられっぱなしだから、これくらいの反撃は可愛い方だ。それよりも何よりも。口にしがたいこの恨み、どう晴らしてくれようかな。「今日の夜、しっかり覚えといてくださいね。皇羽さん……っ」復讐に闘志を燃やす私を見て、隣の席の男子が「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。 ◇それからは本当に大変だった。休み時間と放課後、驚くことに授業中までも。ちょっとした隙間時間があれば、女子たちに皇羽さんのことを聞かれた。本人がいないなら親戚の私に聞いちゃえ!ということだ。だけど親戚でも何でもない私からしたら、とんでもない話だ。迷惑千万!まさか私が学校で女子に追われる日が来るなんて!なんとか女子の目をかいくぐり、やっとこさ逃げながら。ようやくマンションに到着する。迂回を繰り返したおかげで現在は