家へと入るとあまり関わりのなかったメンバーがいた。
「おおカナタ、ゼンが世話になったな……。お前とあまり関わりがなかったから覚えてないかもしれないが俺はガイラ。ゼンの兄貴分だ」「いえ……ゼンはしっかりと役目を果たしてくれました」「そうだな……俺も見てたがあいつはよくやってくれたよ。とにかくお前が無事で良かった」もう一人近づいてくるがこの女性は一度も話したことがない。
「…………リサ」それだけ言うとまた元の場所へと戻っていった。無口なのかそれとも嫌われているのか……分からなかったが、横からセラが補足してくれた。「リサさんは無口なんですよ。だから誰が相手でもあんな感じです!」
「そうなのか、良かった……のか?」全員が顔合わせを済ますとアレンさんが遂に僕の右眼のことを言及してきた。
「カナタくん、その赤眼はなにかわかってるのかい?」口調は優しいが、明らかに怒気が含まれている。「はい……禁呪を使った証……ですよね?」
「分かっているんだね。そもそもなぜ君が禁呪なんてものを使えたのかは置いとくとして。禁呪を使った者の代償は知っているのかい?」「はい。上級魔法以上は使うことができず、次に禁呪を使えば死に至る……とアカリから教えてもらいました」アレンさんは言葉を選ぶためか、一度目を瞑り少し考える素振りを見せた。「アカリ、何故カナタくんが禁呪を使うことを許した?」
「見てられなかったから……カナタの憔悴した姿を……」「なぜだ!!!!彼の魔法への未来は閉ざされたんだぞ!?もしも彼が異世界へ共に来る事を選べば茨の道になるのがわかっていたのか!?」「返す言葉もない&he困ったような顔でため息をつくアレンさん。「はぁ、そこまで言うのなら分かったよボクの負けだ。アカリはそのまま護衛を続行ってことでいこうか」「ありがとうございます!!」「ありがとう、カナタ……」アカリは少しだけ涙目だった。「いやーそれにしてもカナタくんがアカリに惹かれていたとは……陰ながら二人の事は応援させてもらうよ」「えっ!?」「ん?違うのかい?パートナーとして寄り添ってほしいって事じゃないのかい?」「あ、その、えと……」「彼方!お姉ちゃんも応援してるからね!アカリちゃんとも家族になりたいしね」アカリに好意を持っていたことが皆にバレてしまい少しからかわれたが、アカリは顔を俯かせている。「良かったねアカリちゃん!一目惚れって言ってたもんね!」何?一目惚れだと?アカリとセラに目を向け、驚いているとアカリの顔は少しずつ赤くなってくる。「う、うるさいうるさい!もう寝る!」アカリは怒って別の部屋へと逃げて行った。あれが照れ隠しというものか。少しだけ平和な日常を感じる事ができて皆の張り詰めていた心もほぐされたようだった。――――――仮の家屋で全員目を覚まし朝を迎えた。朝食を済ませ、僕ら8人でアレンさん達が隠れ家として使っているという場所に向かうこととなった。しかし、ここ最近魔族からの追手もないことが不安を募らせる。「もしかしたらもう僕らを見つけたかもしれない。でもこの戦力を見て逃げたかもね」ここにいる8人を改めて見てみると、殲滅王、剣聖、神速と強者しか居なかった。確かにこれほどの実力者が居るところに襲撃するなんて自殺行為でしかない。歩いていると姉さんに裾を引っ張られた。「ねぇ彼方。私も魔法使いたいんだけど」小声で耳打ちしてきた内容がそれか。「アレンさんに頼んでみようか、まあ姉さんに才能が
「さあ!皆集まってくれ!」アレンさんが手を叩き皆を集める。集まった事を確認し、説明が始まった。「まず、最初の目標だった重要人物との合流。これはクリアした。次の目標はこの世界の魔族、魔物の殲滅だ。しかし、その為には力がいる。ボク達だけでは到底不可能だ」アレンさんは一拍置いて、話を続ける。「だから、ボクらの世界から仲間を呼び寄せる」それを聞いた皆はざわつき始めた。「はいはい、静かにしてください。まだ団長の話は終わっていませんよ」レイさんの叱責が飛び、また周囲は静かになる。「これは異世界ゲートに辿り着く事が大前提だが、レイを向こうの世界に送り込む。そして仲間を引き連れ戻ってきてもらう。そこからは反撃の時間だ」「これは既に決定事項です。ゲートの開いた先は魔族領。戦闘能力的にも私が適任なので」「なので、まず第一の目標は異世界ゲートに辿り着くこと。辿り着ける目処が経てばその後を話し合おう。各々考えて準備をするように。では解散」すごいな、団長らしく皆をまとめ上げ次の目的を簡潔にみんなへと伝えた。それに各々自分で考えて行動?結構団長の方針は厳しめなんだな。「おいアレン。魔物の皮は分厚く拳銃程度では傷つけられないって言ってたな」「ああ、何か思いついたのかい紅蓮」「対戦車ライフルだったらどうだ?お前も見ただろ?ごつい装甲を纏った戦車ってやつを。あれの装甲をブチ抜けるライフルがある」「それは……すごいな。魔物どころか魔族にも傷を付けられるかもしれない」「こっちの世界の武器ってやつもバカには出来ねぇな。お前らに見せてやる、こっち来い」そう言われ紅蓮さんに着いていくと、そこは大会議室のような広さのある部屋があった。厳重に鍵がされてあり、それら全てを紅蓮さんが開けていく。最後の鍵が開く音がし、扉が半開きになる。「さあ見せてやるよ、この隠れ家の総戦力ってやつを」扉を開くと何処を見渡しても兵器。数えきれない兵器が綺麗に
あの凄惨な事故から2ヶ月が経っただろうか。各国は協力し、魔族殲滅に力を入れているが大きな戦果は未だない。強力な兵器があったとしても、たった一体で国を相手取れる魔族相手では難しいだろう。とはいえ、魔物の数は激減した。高威力な兵器の前では魔物の防御はあまり役に立たないようだ。噂によると魔族は数百、魔物は数十万体が世界各国に散らばっているとのこと。魔神は異世界ゲートの側から動く気配はない。話は変わるが、事故以前から大きく変わったことがある。それは諸悪の根源として城ヶ崎彼方、つまり僕へと憎悪の全てが向けられる事となったことだ。そのお陰か、各国が協力しあう結果が生まれたというのは皮肉だろうか。この世界の人類が目指す終わりというのは、魔物魔族の殲滅及び僕の処罰といったところか。しかし、|公《おおやけ》には僕の行方は知れず。人類が躍起になって探しているが自国を守る必要もありあまりそちらに人を割けない事が原因となっている。「と、ここまでがこの世界で起きている事柄だ」アレンさんは、僕の身の安全を危惧してか隠れ家から僕と紫音姉さんを出さないよう徹底している。お互いに護衛はいるが、たった一人の護衛で守れるものなんてたかが知れている。「よし、お前らに紹介しておく」紅蓮さんがホテルの配膳で使うようなカートを更に3倍ほど大きくしたカートを押しながらやって来た。上には大量の銃器が乗っている。もちろん僕ら一般人はお目にかかれないものが大半である。「一つずつ紹介していく。まず一つ目はこれだ」紅蓮さんが両手で掴んだ銃は中学生の背丈はあるのではなかろうかというほどの長物。「これは長距離対戦車ライフルだ。こいつなら数センチのぶ厚い鉄板
紅蓮さんが居ない間に僕らは各々武器を手に持ち眺めたりする。暫くすると紅蓮さんがなにやら大きな兵器を持ってきた。見た目はロケットランチャーのように見える。「これは世界に1つしかない代物だ。試作型反重力放射火砲、その名もグラビティブラスト」それを聞いた五木さんは驚愕した声を出す。「完成していたのか!?まだテスト段階だと思っていたが……」「まあな。ちと伝手を辿って手に入れたやつだ。お目にかかる事すらレアだぜ?まあ俺もまだ撃ったことはないがな」五木さんだけは知っている物のようだが、我々には何がすごいのかも分からない。「ああ、皆さんには私が説明しましょう」五木さんが僕らの方を振り向く。「これは、私が開発した反重力装置を応用した戦略兵器です。国と内密に制作していたのですがまさかここで見ることとなるとは……」「あの……五木さん。これってどんな兵器なんですか?」「ああ、言ってませんでしたね。これは重力波を強制的に発生させ圧縮した重力波を前方へと射出する兵器です」何を言ってるかよく分からなかったがとにかく凄いらしい。「五木さん、これはどれ程の威力があるんだい?」アレンさんはその凄い兵器の威力が一番気になっているようだ。「そうですね……分かりやすく言えば……私の研究所、異世界ゲートがあるあの建物を丸ごと消し飛ばせるでしょう」なんだそれは。もはや魔法じゃないか。発展しすぎた科学は魔法と区別が付かないとは言うがまさか本当に実現させるとは思わなかった。「それは、恐ろしい兵器だね……でもとても頼もしい兵器じゃないか。使わないに越したことはないけれどそれほどの威力なら魔神にも通用するかもしれない」アレンさんはあまり使いたくなさそうだが、いざという時の切り札になるとのことだ。「言っておくがこれは試作型だ。使い切りの兵器だと思ってくれ
五木さんも武器を見ているがもしかして一緒に戦うのだろうか。少し気になり僕は声をかけた。「五木さんも一緒に行くんですか?」「いやいや、私は戦えないよ。足手まといになっても申し訳ないからね。武器を見ているのは今後の開発の参考にしようと思ってね」どこまで行っても科学者らしい返答に納得する。「彼方君は行くのだろう?無事に帰って来てくれよ、君に死なれたら研究も行き詰まってしまうからね」大らかに笑い僕の身を案じてくれた。しかし結局の所無事に帰ってこれる保証はない。だから僕はこう答える事にした。「出来るだけ後悔しない選択をしようと思います」優しく頷くのを見て少しだけ胸が傷んだ。――――――研究所内、異世界ゲート前。1人の男がじっとゲートを眺めて突っ立っている。「まあ良くもこんなものが創れたものだな……」感慨に浸っていたのは、魔神リンドール。彼ですら感嘆を漏らすほど、異世界ゲートというものは常識外の物であった。「リンドール様、偵察に出ていた魔族が戻りました」配下のゾラが恭しく膝を付きながら報告に来る。その後ろには偵察に出ていた魔族が共に膝を突いている。「報告しろ」「はっ。黄金の旅団及びカナタの所在が判明いたしましたことをここに報告させて頂きます」「ほう、もう見つけたか。続けろ」「廃工場の地下に隠れ家を作りそこに身を隠しておりました」見つからないわけだ。まさか地下に隠れていたとは、とリンドールは忌々しそうに眉を顰める。「即刻襲撃部隊を送り込め」「リンドール様、奴らは全戦力がそこに集まっております。並大抵の戦力では蹴散らされるだけでしょう」そうなれば剣聖もその場に居るということになる。「ならばグリードを筆頭に部隊を編成せよ」「畏まりました」四天王の1人をつければ、打撃を与えることが出来るだろう。それすら出来ぬのな
世界各国では――「防衛はどうなっている!!首都へと攻め込まれるとは何事だ!」「申し訳ございません!我が軍は壊滅的打撃を受け数を減らしております!」「魔族……だったか……化け物どもがッ!」殆どの国は首都へと攻め込まれ、首脳陣は対策に追われていた。想定外の戦力差により、軍はほぼ壊滅。防衛もままならない状態へと陥っていた。「全ての元凶は、あの異世界ゲートではないか!!あんな物……防衛省に連絡しあそこに核を落とせ!」「それはいけません!!日本に核など落とせばそれこそ戦争になってしまいます!」異世界ゲートさえなければ……それは全ての人間が思っている事ではあったが、今となってはもう手遅れである。「日本へと繋げ、会談を行う」「既に繋いでおります」仕事の早い秘書官であることが唯一の救いに思えてくる。「これは佐藤首相。ご無沙汰しておりました」「いえこちらこそ連絡が遅くなり申し訳ございません」「本題に入りますが、異世界ゲートの対策についてです」「ええ、そうですね。こちらもその手はずが整いましたので今世界各国へと連絡していた所でした」なにやら日本は既に動きがあるようだった。興味本位にアメリカ大統領は問い掛ける。「して、その内容とは?」「異世界ゲート及び研究所に蔓延る魔物の軍勢に総攻撃を仕掛けます」「なんと!それは日本の総意でしょうか?」「もはや国民の声を聞く余裕はありません。国家の意地をかけた戦いなのです」「全滅も覚悟と?」「もちろん覚悟しております。ただこの悲劇を招いたのは日本の意志ではないということだけ覚えておいて頂きたい」「分かりました、では我が国も少ないですが支援を送りましょう」「それはありがたい。ではいい結果を報告出来ることを祈っていて頂ければと思います」会談はそこで終わった。まさか日本が総攻
「全員、装備に問題はないか再度確認しておけ!」観客のいなくなったスタジアムに響く大声。そこかしこに銃器を持った兵士がいる。日本軍は突撃する前に仮拠点をスタジアムに設置し、準備が整い次第総攻撃を掛ける作戦を打ち立てていた。スタジアムには野営テントが所狭しと広がっている。各国の国旗が、増援部隊として参加してくれている事を意味していた。人類のかき集めた総戦力約10万人。防衛に手を回したり、襲撃で数を減らした兵力の中ここまで集まれば御の字である。アレンはその様子を遠目から見ていた。「この世界の戦力も馬鹿にはできないものだな。ここまで集めるとは。これなら協力すれば異世界ゲートは奪還できそうだ」「……………………」リサも無言ながら頷く。二人で偵察に出てきていたのは、総攻撃を明日に控えており念の為味方の数を把握しておきたかったから、という理由である。突如、そんな彼らの元に連絡が入った。携帯がポケットで震えている。アレンはこんな時になんだと面倒くさそうに取り出すと耳に当てた。「団長!!直ぐに!すぐに戻ってください!魔族の襲撃です!!!」「十分で戻る」リサと顔を見合わせ、二人は即座に移動を開始した。――――――廃工場地下隠れ家。「おい!アレンに連絡は繋がったか!?」「繋がりましたが、最短でも十分はかかるとのことです!」まさかここに襲撃を仕掛けてくるなんて誰も思っていなかった為、全員に緊張が走る。「団長がいない今は私が指揮を取ります。セラは結界を展開。団長が戻るまで一歩たりともここに奴らを入れさせないようにして」「はい!堅牢結界陣、ガーディアス!!」基地が薄く青白い光に覆われる。曇りガラスのような、向こう側が透けて見えるが本当に頑丈なのだろうかとみな不安そうな表情を浮かべていた。「十分耐えればなん
「もう!持ちません!!」そんな言葉を発したセラは手が震えている。刹那、ガラスの砕けた音が周囲に響き渡り結界は崩れセラは尻餅をつく。「や……破られました……」肩で息をしているセラは全力を出し切ったようで、立てないほどに疲労していた。「総員!迎撃せよ!!!」レイさんの掛け声と共に隠れ家への入り口に団員が集まる。「よお、やっと会えたなぁカナタ!」随分懐かしい声が聞こえ入り口を凝視すると、そこには異形の姿をしたグリードがいた。「くっ!なぜここに四天王が!!」「全員全力でやるぞ!!」「アカリは護衛に集中してろ!」各々声を掛け合いグリードに立ち向かうが、魔力障壁で弾かれ決定打は一切入っていなかった。「雑魚に用はねぇ!!そこの神速と再戦だぁ!!」団員を弾き飛ばしこちらに向かってこようとするグリードに相対するようアカリは前に立つ。各自に渡された銃器の類は四天王にはなんの意味も成さずただ無意味に弾薬を消費していく。「小賢しい!こんな豆鉄砲がオレに効くわけねぇだろぅがぁぁ!」「五木さんにカナタくん。貴方がたは後ろに。ここは私達が引き受けますので」レイさんも魔導銃を構え立ち塞がる。僕は足手まといにならないようその言葉に従い五木さん達と後ろへと下がった。そこからはグリード対アカリ&レイさんの戦闘が始まった。アカリは速さで翻弄しつつレイさんの狙撃で動きを阻害する。完璧な連携というものを見せられ、僕は魅入ってしまっていた。言葉のやり取りはない。しかし、彼女らは事前に味方の動きが分かっているかのような行動をする。アカリが右に逸れたらレイさんが狙撃。レイさんが足を撃てば、アカリは頭上から攻撃。旅団はいつもこうして戦っていたのかと思い、魅入っていると不意に後ろから叫び声が響く。「ギィィヤァァァァ!!!」何事かと振り返ると、男が血塗れで倒れていた。
山登りを始めて一時間。まだ中腹にも到達しておらず、僕らは一旦休憩を取ることになった。少し開けた場所で腰を下ろすと、水を一気飲みする。一時間も山登りしていれば流石に喉が渇く。大して動いているわけではないが、運動をあまりしていない僕にしてみれば山登りも十分激しい運動だ。「あら、そんなに疲れたのかしら?」「あまり山登りの経験もないので……」「男ならもっと体力をつけなさいな」ソフィアさんは息一つ乱れていない。お姫様なのに凄い体力をしているな。戦う皇女って、なんかカッコいい。「ここから日が暮れるまで登って、野宿。次の日には到着って感じかな?」「頂上に家があるんですか?」「そうなんだよ。面倒だろう?偏屈な爺さんだからねぇ」アレンさんは呆れたような表情で肩を竦める。食料とか自給自足なのかな。頂上だったら街へ買い出しに行くのも一苦労のはずだ。また、僕らは山を登り続ける。やがて日が暮れると、テントを張りキャンプファイアーをする。辺りは真っ暗でいつどこから魔物が襲って来るか分からない恐怖からか僕は全然落ち着かなかった。「あまり食が進まないかい?」アレンさんはそんな僕の様子を見てか、話し掛けて来た。正直、落ち着かないせいであまり食欲が湧かなかった。「それは安心していいよ。魔物が近づいてきたらアカリが対処するから」「うん」アカリを見るとドヤァと顔に書いてあった。気配察知に関してはこの中でアカリが一番優れているらしい。なんだかそれを聞いたからか急に食欲が湧いてきた。安心感ってやっぱ大事なんだな。食事を終え、近くの川で身体を洗った後僕はアレンさんと同じテントへと入った。既に気が緩んだ格好で寝転がっているアレンさんもまだ寝てはいない。「どうだい?初めての冒険は」「そうですね…&hell
「ここが……クロウリーさんが住まれている山、ですか」山の麓へと到着した僕らは馬車を降りると、高くそびえる山頂を見上げた。変わり者とアレンさんからは聞いているけど、わざわざこんな山の中に籠もらなくても。「ここからは気を引き締めていこう。魔物もそれなりに出てくるしね」そう言うアレンさんは欠伸までしていて全然やる気が感じられなかった。アレンさんからしてみればここに出てくる魔物は雑魚でしかないのだろう。ただ、一応警告してくれているという事は僕にとっては強敵であるはず。エネルギーパックの充電を確認し肩からかけると、短剣をいつでも引き抜けるよう手を添わせる。山の中に入ると木が生い茂っていて、ほんの少し薄暗かった。「カナタ、ワタクシの側を離れないように」「は、はい」僕の横には辺りを警戒しながら進むソフィアさんの姿がある。一番前はアレンさんとフェリスさんだ。|殿《しんがり》はアカリが務めていた。凄く男として情けない状況ではあるが、僕が一番弱いから仕方がない。「前方二体、後方三体だね」「後ろは私がやる」「前はボクとフェリスで問題なさそうだ」真ん中でソフィアさんに守られている僕は何もやる事がない。「カナタ、武器は構えておきなさい。ワタクシがもしも取りこぼせば自分で対処しなければならないわ」「分かりました」ソフィアさんに促され僕はライフルを構えた。できればこっちまで魔物がこないことを祈ろう。もしも誤射しようものなら悲惨な事になる……。「フェリス、きたよ」アレンさんが口を開くと同時に影からヌッと姿を現した黒い狼が大口を開けて飛び掛かって来る。「遅いわね!アイスエッジ!」影から飛び出してきた狼を狙い撃つかのようにフェリスさんの魔法が直撃すると断末魔を上げて地面に転がった。「もう一体!」「アイススラッシュ!」
引き金に指をかけると、そのまま引き絞る。バシュッと風切り音と共にレーザーが発射されると魔物の身体を貫き遥か後方まで伸びていった。しかし倒せたのは一体だけだ。まだ何体もこちらへと向かってきている。「次ッ!」今度は別の魔物に照準を合わせて引き金を引く。焦りからか外してしまい、更に射撃を行う。二発目で命中したが既にかなり距離を詰められてきていた。これ以上ライフルでの戦闘は効率が悪い。僕はすぐさま魔導具である短剣を抜くと魔物に向かって振った。すると、短剣の先から炎が生まれ魔物達を一気に殲滅する。あまりの火力に僕は棒立ちになってしまった。だがこれで全滅だ。やったぞ、と後ろを振り返るとソフィアさんが咄嗟に僕の前に出た。「油断は禁物よ。アイスエッジ!」ソフィアさんは魔物がいた方向に手を翳すと魔法名を唱える。氷の刃が煙の中に飛び込んでいくと、魔物と思わしき断末魔が聞こえた。どうやら一体倒しそこねていたらしく、ソフィアさんが飛び出さなければ僕は背後から攻撃を受けていた所だ。「すみません……」「やっぱりカナタはワタクシの後ろに隠れておくように。でないと危なっかしくて見てられませんわ」結局ソフィアさんのお眼鏡には叶わなかったようで、僕の後方待機が決まった。その後も何度か魔物と遭遇したが、全てアカリとフェリスさんが始末していた。僕はアレンさん、ソフィアさんと共に馬車内で待機である。「カナタ、そのライフルとやらはどれだけ連続で攻撃が可能なの?」「僕も良く分かっていないんです。ただ連射は無理だという事くらいしか」「自分の武器の事も分かっていないのかしら?駄目よそんなの。自分の命を守る物なんだから」現在僕はソフィアさんからお叱りを受けていた。自分の持つ武器の事くらい知っておけという内容を既に三十分以上にわたって、コンコンと詰められている。
「それじゃあ行ってくるよ。留守番よろしくー」「団長もお気を付けて。カナタさんも怪我をしないように」「はい、いってきます!」宿り木で留守番を任せられたレイさんと挨拶を交わすと僕らは馬車に乗り込んだ。馬車に揺られる事およそ一時間。景色は街の風景から草原へと変わりとてものどかな道を走る。「いやぁのどかな風景だねぇ」アレンさんは今にも寝そうな顔つきで窓の外を眺めている。かくいう僕も眠気が襲ってきていた。「呑気な奴ね……カナタ、昨日色々聞かせて貰ったけど戦闘経験はゼロではないという事よね?」「そうですね。一応は経験しています」そもそも相手が悪かったからまともに戦えてなかっただけで、そこらに現れる雑魚の魔物なら多分問題なく対処できるはずだ。「まあワタクシがいるから問題ないと思うけれど」大した自信だなソフィアさん。余程腕に自信があるのか、少し胸を張ってドヤ顔を見せてくれる。女性に守られるというのもちょっと恥ずかしいけどな……。「私もいる」ソフィアさんの横にいるアカリも会話に参加してきた。女性二人に守ってもらう男ってどうなんだろうか……。「アタシもいるわ!だから安心していいからねカナタ君!」フェリスさんまで参加してきた。姫プの男版かな?「まあ、あの……自分で対処できる時は大丈夫です」「それは危険よ。ワタクシより前には出ないようにしなさい」「えっ」「だって弱いのでしょ?下手に前に出られた方が戦いにくいわ」言わんと
出発を明日に備えみんな自室でしっかりと睡眠を取る。皇女殿下も何故か宿り木に泊まっているそうだが、皇女なのにあまりに自由過ぎないだろうか。明日から皇女殿下に守られながら旅をすると思うとなかなか寝付けなかった。皆が寝静まった頃、僕は喉が渇き一階へと降りた。一階にはラウンジがあり、ちょっとした軽食なら自分で作る事もできる。置かれてあるパンを一つとりジャムを塗る。水を一杯汲むと席に着いた。誰もいないラウンジだが、たまには一人でこうやってゆっくりするのも悪くない。「ん……誰かいるのかしら?」ふと背後から声が掛かり振り向くと皇女殿下が寝巻き姿で立っていた。僕はすぐに立ち上がり頭を下げる。「し、失礼しました。気付かなかったもので……」「いや気にしなくていいわ。ああ、カナタね。何してるのこんな時間に」「なかなか寝付けなくて……ちょっと小腹でも満たそうかなと」「あらそう。ならワタクシもご一緒しようかしら」皇女殿下と一緒のテーブルにつくなんて勘弁してくれ!ゆっくりしようと思っていたのに……。皇女殿下は僕と同じようにバケットの中のパンを一つ掴むと水を汲み僕の目の前の席に座った。「こうして顔を合わせて食事を摂るのは初めてね。カナタの事色々聞いてもいいかしら?」「え、ああはい。僕が答えられる事ならなんでも」「そう。じゃあ貴方のいた世界はどんな所だったの?」「日本っていう国だったんですけどこの世界とは違って魔法が存在しない国でして――」その後皇女殿下と話は弾み夜も深まっていった。
パーティ―メンバーが決まると早速旅程の調整が始まった。クロウリーさんの住処となる山まで馬車で三日。そこから徒歩で山を登り頂上付近に建てられている住処までおよそ二日。計五日の旅になる。準備はしっかり行わないと後で痛い目を食らうのは自分達だ。フェリスさんを交えての会議が始まると、真っ先に皇女殿下が手を挙げた。「アレンがいるなら戦力は申し分ないでしょう。ただ、カナタがどれだけ戦えるのか知っておきたいのだけど」「あー、それなんだけどカナタは戦力に入れてはいないよ」「どうしてかしら?眼帯まで着けて歴戦の冒険者感が溢れているのに?」それを言われると恥ずかしい。僕は見た目だけは歴戦の冒険者かもしれないが実態は一般人と差異がない。赤眼のせいで魔法は中級魔法までしか使えないし、実戦経験も希薄だ。「カナタは弱い」「あら、そんなハッキリと言ってしまうのアカリ」「だって本当の事だから」アカリが心に刺さる言葉を発言すると皇女殿下は僕に憐みの目を向けてきた。やめてくれ、凄く傷つくから。「貴方……それほどまでに弱いのかしら」「まあ……はい、そうです、ね」「よくそれで今まで生きてこられたわね」日本では本来戦闘力なんて重視されないんだから仕方がないだろう。この世界では魔物が跋扈しているから理解できるけどそれを僕に当てはめるのは間違っている。「じゃあ主な戦闘はワタクシ含めて四人ね」「いやいやいや、ソフィアも守られる対象だけど?」「なぜかしら?ワタクシが戦える事くらいアレンは知っているでしょ」「ソフィアは皇女、だから守られる対象」「アカリも知
皇女様がなぜここに!?僕は驚きのあまり固まってしまった。そんな僕などお構いなしに皇女様はアレンさんの机に手を置くとニヤッと笑う。「ワタクシもそのパーティーに参加します」「いやいやいや!皇女様を連れまわしたら流石にオルランドに怒られるよ!」アレンさんがかなり気を遣っている。皇帝陛下にすらタメ口なのになぜ目の前の皇女様にはタジタジなのかが気になった。「この国に帰ってきて一度も挨拶しに来なかったのは誰だったかしら?」「そ、それについては申し訳ない……。ほら、ボクも帰って来たばかりだったしさ、そこにいるカナタの案内もかねて各所を回っていたんだよ」「カナタ?」アレンさんはあろう事か僕に振って来た。皇女様と会話なんて何話したらいいんだ。「えっと……カナタと申します」「あら?新顔ですわね。新しいクランメンバーかしら?」「そ、そんなところかと」「ふ~ん」皇女様はジッと僕を見つめる。やがて興味が薄れたのか目を逸らすとまたアレンさんの方へと向き直った。「それで?彼とワタクシに挨拶がなかったのとどんな関係があるのかしら?」「カナタはこの世界の人間じゃないんだよ」「今何と?」「だからこの世界の人間じゃないんだ。ボクらが無事この世界に帰って来れたのもカナタあってこそだよ」アレンさんがそう言うとまた皇女様は僕の方を見た。今度は上から下まで舐めまわすように見てくる。「ワタクシはソフィア・エリュシオン第一皇女、貴方の名は?」さっき言ったけどもっかい言えってことかな。「城ケ崎彼方と申します」「カナタですわね。別世界から来たというのは本当なの?」「はい。日本という国から来ました」「ニホン……聞いた事がないわね。どうしてこの世界に来たのかしら?」「僕のいた世界を元に戻すため、です」「いまいち意味が分からないわ。アレン、説明して
「さっきのは……」彼方達が図書館から去ると同時に一人の女性が興味深そうに彼らを見ていた。「殲滅王に神速……もう一人の男は見たことなかったけれど、"黄金の旅団"ね。こんな所になんの用だったのかしらね?」女性は読んでいた本を棚に仕舞うと司書の所まで向かう。「ねえ、司書さん。さっきの人達って何の本を探してたのかしら?」「先程と申しますと……アレンさんの事でしょうか?」「そうそう。アレン達が何探してたのかなって。もしあれだったら手伝おうと思って」「ええと……確か神域についてだったと思います」「神域……分かったわありがとう」それだけ聞くと女性はアレン達の後を追うように図書館を出て行った。「あれ?さっきの人ってもしかして……」司書は先程話し掛けてきた人物を知っていた。誰もが知っている女性。直接会話してしまったと司書は喜びに打ち震えていた。誰にも聞こえない声量で司書は彼女の名前を零す。「ソフィア第一皇女様……」――――――宿り木に戻った僕達はまずパーティーメンバーの選出から始まった。アレンさんとアカリ、そして僕ではあまりに貧弱すぎる。というのも僕が殆ど役に立たないからだ。戦闘要員として数えられない為、後二人は必要になるとの事だった。「さてと、誰を連れて行こうかな」クランマスターの部屋で僕らはメンバーを選ぶ。名前と能力が書かれた紙を手渡され僕も一応目を通す。フェリスさんは入れたほうがいいだろう。数日の旅になるなら多少気心しれた人を入れたほうが僕としても楽だ。「フェリスさんはどうですか?」「ああ、そうだね。彼女なら戦闘力も問題ないし……それにカナタもいるから入れた方が良いね」
帝都大図書館は帝国内でも最大級の大きさらしく見上げるほどの高さがあった。日本でも国立図書館はあるがそれを遥かに凌駕する建物の大きさだ。さぞかし蔵書の数は多いのだろうと僕は胸を弾ませた。中に入るとこれまた巨大な棚に本がギッシリと詰められていて何処を見ればいいのか悩んでしまう程だった。「さてと、この中から目的の本を見つけるのは至難の業だ。というわけで司書の所に行こうか」図書館には司書がおり、特殊な魔法を習得しているらしい。なんでも求める本が何処にあるか分かるという司書としての職業でなければ役に立たない魔法だそうだ。「ああ、君。ここに神域に関する事が書かれた本はあるかな?」「はい、少々お待ち下さい」司書は頭の上に魔法陣を浮かべると目を瞑る。しばらく待つと司書の目が開き手元の紙に本のタイトルと場所を記してくれた。「こちら神域について書かれた本は全部で三冊となります」これだけ膨大な数の本があったたったの三冊。それだけに神域は謎に包まれているという事だ。紙に記された場所で本を取るとその場で数ページ捲る。悲しい事に僕は文字が読めない。代わりにアレンさんに読んでもらうと、少し難しい表情になった。「うーん……抽象的な事しか書かれていないね。他の二冊も探してみよう」どうやら満足いく内容ではなかったらしい。目的の本を探すのもなかなか大変だ。何処を見渡しても本の壁。場所は紙に記載してくれているとはいえ、その場所にも何冊もの本が並べられている。やがて見つけた二冊目もやはりアレンさん曰くあまり必要としない情報しか載っていなかったらしい。