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第三話

Author: おまゆた
last update Last Updated: 2025-01-28 18:30:43

「ふぅ、やりきったぁ」

 ルーナと別れたジセルは、すっきりとした顔で屋敷の門をくぐる。すると家の玄関から、何やら焦った様子の両親が勢い良く飛び出してきた。

「「ジセル(ちゃん)っ!」」

「うわぁッ! どうしたの?」

「『どうしたの?』じゃありません! 一体今まで何処に行ってたの! 凄く心配したのよ!」

「……一応、メイド達には伝えてから出たんだけど」

「はぁ……使用人に伝える前に私達に伝えなさい。今日の仕事が一段落して|漸《ようや》くジセルと会えると思ったら、屋敷のどこにもいなくて……朝に一人で出ていったと言う話を聞いてどんなに心配したか」

「そうよ? まだパパもママも……ジセルちゃんが一人で外出するなんて事許せる程強くないの! お願いだから、もしどうしてもお外に出たいのなら……この家の使用人を一人でもいいから連れていって?」

 流石のジセルも知らない女の子と|べろちゅー《あんなん》している所を誰かに見られる訳にはいかない。そして彼は一つ言い訳を思い付く。

「僕……実は今日、友達ができたんだ! でも、僕はあくまでその子とは対等でいたくて……使用人なんか連れて行ったら、僕がどんな風に接しても多分……意識させちゃうんじゃないかなって」

「「……ジセル(ちゃん)」」

「だからさ、ほら……見習いの……僕と同じくらいの子がいたでしょ? その子を友達として連れていくとかならどうかな?」

「ふむ、だがそれは結局のところ……大人を連れて行かないで子供だけで出かけることになる。危険な事に変わりはないだろう?」

 そう、もはや護衛を雇いたいとまで考えている両親からしたら、ジセルと歳の近い子供を連れて行ったところで、心配する気持ちを消し去る事は出来ない。

 しかし、今ここ求められているモノはお互いの『妥協点』だ──と、そこまで思考したジセルはまだ諦めてなどいなかった。

(一人で出掛けるのは無理でも、複数……俺個人以外の人間を介入させたい二人には、まだ交渉の余地があるッ!)

 そう意気込みながら、その気持ちを隠して交渉を続けるジセル。

「でも、僕は大人を連れていって相手を怖がらせたくない。子供だとしても、使用人……僕以外の人間から話を聞けるなら、僕が相手の子を|友達贔屓《ともだちびいき》して話さない事とかでも聞けるんじゃないかな?」

 安全面の話をしていても恐らく話は平行線だ。それならばと、別の落としどころを探し始めるジセル。

「そうね、でも……」

「──ふむ、分かった。そうしよう」

 それでも頷きそうに無かった母の言葉を遮って、腕を組んで頷きながら彼の言葉に同意する父。力強くジセルを見つめる翡翠色の両眼は、実の息子にもしっかりと受け継がれている。

「え?」

「……あなた?」

「まぁまぁ……もういいじゃないかソフィア。あのジセルがこんなにも難しい言葉を勉強していて、ここまで食い下がるのには……何やら私たちには譲れない思いがあるのだろう」

 そんな父の言葉を聞いた、聞いてしまったジセルは──”譲れない思い”というか”|譲れない思い《せいよく》”なんだけど。と思いながら内心、罪悪感を浮かべ始める。

「ふふ、分かりました。それなら私も、息子の成長を祝って……その程度のお願いくらいは聞いてあげましょう!」

 両手を合わせながらニコニコと目を細めるソフィア。ジセルは視線の先で揺れるブロンドの長髪を憂鬱な気分で見つめていた。

(──あ"あ"胸がッ! っ苦しい!)

 交渉が成立した結果、ニッコニコの両親の横で……罪悪感による苦しみに胸を押さえながら、悟られない様に笑顔を浮かべる事となってしまったジセル。

「話は終わったことだし、お家に入りましょうか!」

「ああ、そう言えばずっと外で話していたんだったな」

(いや、そうだよッ!! なんでこんな長い間ここに縛られないといけないんだ!! 別に中に入ってから話すのでも良かったよな!?)

 ジセルは一瞬、キレて表情を崩しそうになるが──、

(──まぁ、それだけ心配してくれてたってことだよなぁ。今言うと面倒臭いことになりそうだから、また今度にでも二人に感謝を伝えておくか)

 本来であれば今の自分に向けられるモノではない筈の感情、”両親の愛情”が伝わってしまい思わず苦笑する。

 ──そうして三人が仲良く屋敷に入って行くのを見て、話し合いをハラハラとした気持ちで見ていた使用人達はホッと安心して勤務を再開するのであった。

 

***********************

「……ふわぁ〜あ、もう朝か」

 昨日、両親との攻防を終えた後──ジセルは普段通り夕食を取り、普段通り入浴し、普段通り就寝した。

(交渉が成立したのは良いが、そんな直ぐに話が進む訳がない。家に帰ったのは大分遅い時間になってしまったし、見習いの子や家の人達に話を通さなければならないはずだ。それまでは一人で外出する事になっても問題はないだろう? 何故なら、そちらの準備が出来ていないのが悪いのだから!!)

 ──などと、無駄な思考を回しているジセルの横で、先程からせっせと部屋の片付けをしている人物がいるのだが、その事に彼はまだ気付いていない。

「おや、お目覚めになりましたか」

 ──あ〜、ん? えっと〜……ん? 

 と突然の事に状況を飲み込めていないジセルは、まるで壊れかけの機械の様にカクカクと声の聞こえた方向へと首を向ける。

「おはようございます、ジセル様。今日からジセル様と行動を共にさせて頂く、レアと申します。えっと……宜しくお願い致します」

「あ〜なるほどなるほど、なるほどね。……ふむ、一旦タンマだ!」

 ──え、誰? 

 そう言えればまだ希望はあった。しかし、ジセルには理解できてしまう。

 ──もう……どこからどう見ても見習いちゃんなんですけどッ!! 

 その姿は”瑠璃川 眞であった”という前世の記憶を思い出す以前のジセル・エリナスの脳にガッツリと刻まれており、どう頑張っても現実から逃れる事ができなくなっていた。

(あの〜、パパンママン……仕事早過ぎじゃない? もうその辺の手続きとかは済んじゃってるの? そういうの良いって〜。はぁ、最低でも今日だけは大丈夫だと思っていたのにッ!)

 そう内心で落胆しつつも、笑顔を維持したまま一度外した視線をレアの方へと戻すジセル。

「あ〜っと……レアちゃん、ね? うん、今日から宜しく!」

(──まぁ、こんなに可愛いメイドが俺の専属になってくれるって言うんなら、文句は……クッ! 悔しいがもう一ミリも出そうにない! 負けたッ!)

 『可愛いは大正義』──そんな本能を持つタイプの人間である彼は、自身のセンサーが反応する程の容姿を持つこの水色の髪をしたメイドになら、ちょっとやそっと自分の予定が狂わされた所で、もはや何も気にならない。

「……『ちゃん』ですか」

 レアはそう呟くと、何かを思い出したのか少し不快そうに顔を顰める。

「あ、ごめん……ちょっと馴れ馴れしかった? といっても……そうだなぁ。『レア』って呼び捨てにしても余計馴れ馴れしいし、雇い主である俺……僕が『さん』とか『様』とか付ける訳には行かないし」

「いえ、そういう訳ではなくて……僕、こんな格好をさせられてはいますが……一応男でして、差し支えなければ……レア『くん』と呼んで頂いても宜しいでしょうか?」

 ──さて。

 と、直後……本日二回目のタンマを発動するジセル。

(今日はスパンが短いなァ、えっと何があったんだっけ? 少し記憶が曖昧で……あ、ソウダソウダ! この激カワ見習いちゃんは女の子じゃなくて男の子……え?)

 顎をハンマーで殴られたのかと錯覚する程の衝撃を脳に受け、少しだけ記憶が飛ぶ。ゆっくりと情報を咀嚼し、彼はたった今自分が何を言われたのかを理解していく。

「アイェ"エ"ッ!?」

「……ど、どうかされましたか?」

(どうかされましたか? じゃなくて……いや、どうかはしてるんだけどもね? どうかしてるのは俺じゃなくて、この世界だ! 見習いちゃんの容姿は何処からどう見ても女の子なのだが、これは服とか髪型とか顔のパーツがとかそういうレベルじゃない!)

 この家の使用人見習いはどんなに幼くても10歳からでなければ仕事を教わる事ができないと、以前に本来のジセルが母ソフィア専属の使用人に聞いていた。そして、そのジセルが前世の記憶を取り戻す前にレアを見たのは──丁度1年前。つまりレアの年齢は最低でも11歳以上になり、それよりも更に上の可能性もあるという事になる。

「い、いや……なんでもないよ! 分かった、レアくんと呼ぶことにするね」

 そんな人間が、男性的な骨格の片鱗すら見当たらないレベルで女の子なのだ! 良くある『股間にアレが生えてるのを確認しないと確信できない』レベルで女の子なのだッ! 腐っても恋愛ゲー世界に登場するジセルの容姿は、物語のラスボスで極悪難易度の謎エンド用キャラクターであるにも関わらず──睫毛が長く、パーツも整っていて、中性的且つかなり美形と言える様なモノとなっている。そんなジセルでさえ、肩幅等に男性的な骨格が見えるのだが、このレアという少年にはそれらが見当たらない。

(流石異世界……メイク無しでリアル男の娘が存在してしまうとは。まぁ、染めてもいないのに髪の色が青だったり緑だったりしてるみたいだし、魔力の関係かなんかで遺伝子に影響が出たりでもしてるんかな? 知らんけど)

 こちらを見つめる美しい白銀色の眼を視界に捉えながら、ジセルはそんな結論を出して深く考えない事に決めた。

「……あ、ありがとうございますッッ!」

「うおっ、びっくりしたッ!! ナニ!?」

「あっ……す、すみませんっ! ……今までずっと可愛い可愛いって言われ続けて、こんな格好までさせられて……皆僕の事をレアちゃんレアちゃん呼ぶのを止めてくれないのに……ジセル様はちゃんとレアくんって呼んでくれて……嬉しくて」

 ──また何か重い話が飛んできた。

 と、表情を固めるジセル。ルーナの話と比べたらまだ軽い方だが、かなりの期間悩んでいたのだろうという事がその様子から読み取れる。そう感極まるレアに一つ──まぁでも、そうか。と言葉を置いてジセルは続ける。

「う〜ん、じゃあ……これから俺と二人の時は、お互い遠慮なしで行こう」

「……へ?」

「俺はお前の事をレアと呼ぶから、お前は俺の事をジセルと呼べ。あ、敬語とかも要らないぞ? なんたって今日からお前は俺の初めての男友達になるんだからな」

「えっ、えっ、はっ?」

「俺って普段、他の人と話す時は大分仮面被ってるんだよなぁ。 ……何か本当に気の置ける人がいないというか、両親でさえもな?」

「ソ、ソフィア様とリオネル様の前でも……」

「そ、だから俺の素をさらけ出せるような友人が欲しいと思ってたんだよなぁ〜! レアが女の子だったらこうは行かなかったが……──お前が男で良かった!!」

「……っ」

 本心からそう言っているのだという事がジセルのその表情から理解できてしまい、レアの息が詰まる。

(流石に俺とレアの事を知っている人達の前では難しいと思うけど、今みたいにこの部屋に居る時とか……それこそ後で俺達だけで外出した時とか、そういう時は大丈夫だよな?)

「ぐすッ……ひぐッ」

「ふぁッ!?」

 既に先の事を考え始めていたジセル。しかし、これでもかという程に無表情を貫いていたレアが突如号泣するという状況があまりにも予想外過ぎたのか『ふぁッ!』などという奇声が脊髄反射で口から飛び出る。

「うぇええ!? 何で泣いてんの! 俺、何かヤバいこと言っちまった!?」

「……だっでッ! ぼぐっひぐ……男で良かっだなんでッ!」

「あ〜……分かった。分かったから落ち着け!」

「……んぐっ」

 ジセルの言葉で、どうにか泣くのを我慢している様子のレア。

「男なら直ぐ泣くな……っていうのは時代に合わないな。えっと〜……あー、そうなるのは……今まで色々あって、誰にも聞いて貰えなくて、ずっと心にのしかかるモノがあって、相当キツかったんだろう。悪いけど同じ経験をした事がないから共感はしてやれん。だけどな、そういうのはもう終わりだ」 

 レアが必死に堪えていた涙は、驚きからなのか一瞬だけ引っ込む。

「お前が今まで聞いて貰えなかった事は全部俺が聞くし、これからお前が聞いて欲しいと思った事も全部俺が聞いてやるよ。だから、お前も俺が今まで聞いて貰えなかった事とか、これから俺が聞いて欲しいと思った事を聞いてくれ」

「……っ!!」

「いやまぁ、別にそれを聞く事も強制じゃないんだけど……簡潔に言うと、俺はレアと男友達になって色々話したいと思ってる」

 常日頃からエロトークが出来る相手が欲しいと思い続けていたこの男は、前世の記憶を持った状態でこの世界に転生をしてしまい、思った以上に孤独を感じてしまっていた。

(この孤独感も……多分エロトークが出来れば解消される気がするな。……いや、解消される気しかしないッッ!! はやく俺にさせろ! エロトークをッッ!)

「どうだ?」

「……うん! ジセルさ……ジセルからじゃなくても、僕からお願いしたいくらいで……だよ!」

「……ははっ! んじゃあ、改めて宜しくな! レア!」

「ああ、宜しくね! ジセル!」

 ジセルが差し出した手を──目尻に残る涙を片手で拭いながらも、とても嬉しそうな表情で握り締めるレア。

「んじゃ、さっそくだが……今日、この後の段取りを手短に話すから良く聞いてくれよ?」

「えぇ!? 急に……? う、うん……分かったよ!」

「俺は今から……ある女の子とべろちゅーをしに行くので、一緒に着いてきてください! はい分かりましたかよし行こうッすぐ行こうッ!」

「……へ?」

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  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十話

    「ごちそうさま」「あら〜? 今日はジセルの大好きな、えーっと……『チキン南蛮?』なのに、もう食べないのぉ〜?」 父リオネルは今、書斎で仕事に没頭している。その為ジセルが食卓のある部屋に戻ると、母ソフィアはひとり静かに夕食を済ませなければならない。そんな状況を憂うように、ソフィアはどこか寂しげな表情でジセルに声をかける。(確かに俺はチキン南蛮が大好きだ。前世の世界で、赤坂の〇ん〇んでんというお店のチキン南蛮を初めて食べた時の事は……今でも忘れられない。あれはまるで、心の奥底から『食ってみな、飛ぶぞ!!』という熱い衝動が溢れ出すほどだった)「ごめん、ちょっと今日は疲れてて……できれば早めに横になりたいんだ」(だが今日は何故か全然食欲が湧かない。母が食べ終わるまでここで座って待っていてもいいが……起きていると脳内に近頃の様子がおかしいレアの映像が浮かび続けるため、早めに寝たい) ジセルは寂しげな表情を浮かべる母と、皿に残されたチキン南蛮に一度だけ視線を向けると──心の中で小さな葛藤を抱えながらも、後ろ髪を引かれる思いで部屋の入口へと向かう。「そうなの〜? ならしっかり休んで、ルーナちゃんが来る時に備えないとねぇ〜」 ソフィアの温かい声がやや物憂げな夕暮れの空気に溶け込む。そしてジセルは──その言葉だけは聞き流すように、静かに足早に歩き始めた。****** 廊下に出ると、ジセルの足音が硬い床材に響く。夕陽が窓から差し込み、長い影を廊下の壁に映し出している。かすかな風が通り抜け、時計の針の音とともに、彼の心のざわめきを映し出すかのようだった。   心の中では昼間の出来事の記憶が静かに渦巻き、未来への不安とともにじわじわと広がっていた。彼の肩は重くどこか疲れた表情を浮かべながらも、先へ進む決意を秘めているのが感じられる。 ジセルは部屋と部屋の間にある広い廊下を通り抜けた。廊下の先には幼い頃から見慣れた自室のドアが控えており、そのドア越しに静かな光と、どこ

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第九話

     ジセルの部屋は、柔らかな午後の日差しが窓から斜めに差し込み、埃がキラキラと舞う中、どこか懐かしく温もりを感じさせる空間になっている。壁には今より幼い頃の写真や思い出の品々が飾られ、木の温もりを感じる床には、日常の静けさと共に、どこかしら不穏な期待が漂っている。  そんなことはさておき──先程からレアの様子がおかしい。「ふんふふーん♪」 ルーナが来るまでの間、ジセルはこの部屋で静かに待機していた。いつも通りの自室、見慣れた風景──だが、今日の空気は普段とは違っている。何故かレアが、部屋の隅々まで目を輝かせながら鼻歌を奏でつつ掃除を始めたのだ。その姿は、部屋に降り注ぐ柔らかな光と相まって、まるで春風に誘われた花びらのように軽やかだった。「お〜お〜随分とルンルンしてるなぁ、レア。めちゃめちゃ上機嫌じゃないか?」「え〜? そうかな? ふふっ」 ──やべぇ……やべぇよぉ! ジセルの胸の中で、どうしてこんなにも異様な空気が漂うのか理解し難く、不安と苛立ちが渦巻いている。 相手の心の奥に何が潜んでいるのか、全く読めない。こんなにも機嫌が良いレアは、決して慣れ親しんだ姿ではない。(一体何がそんなに楽しいんだよ、こいつは! レアがこんなんになっちまう事なんて、今までに無かっただろうがッ!) ジセルの心臓は不規則なリズムを刻みながら、警戒と戸惑いで大きく膨れ上がっていた。「ル、ルーナが家に来る事がそんなに嬉しいのか?」「へ? ふふっ、なんでルーナが来ることで僕が嬉しくなると思うの? あははっ! ジセルったら、面白いこと言うね! あ〜おかし!」(……おかしいのはお前だよバカっ!!) レアの言葉に、ジセルの心の中では怒りと不安が交錯する。(どう考えても、レアは普段この程度事で笑い転げるような奴じゃない。どこも面白くない事で腹抱えてるお前の方がオモ……いや、もはや冗談でもオモロいなんて言えないわ。正直怖い、非常に怖い!) 部屋の窓からは、木々のざわめきと遠くで聞こえる鳥のさえずりが、平穏な午後のひとときを彩っている。しかしその平穏さとは裏腹に、ジセルは今──自分の内側で荒れ狂う感情を抑えきれずにいた。「そ、それにしてもルーナ遅いなぁ? 別れてからもう数時間は経ってるし。あまりにも時間がかかりすぎだと思わないか?」「う〜ん、確かにそうだね。もしかしたら今

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第八話

     現在、彼が居るのは大庭園内。いつもルーナと会っている木製の椅子がある所──付近の草むらの中だ。「やべぇ……緊張してきた。学園に誘うなんて……一体どう誘えば良いんだ!」 などと脳を無駄にフル回転させることで、緊張を和らげようとしているジセル。「普通に誘えばいいじゃん……」「は、は〜? 普通ってナンデスカ~? 貴方が言う普通っていうのは所詮貴方の普通であって俺にとっての普通とは違うというか、そもそも貴方にとっての普通どころか俺にとっての普通が分からないから悩んでいるわけで……たった今俺の脳内で、どうせこのまま時間を浪費するだけだという結論がでたため──実家に帰らせていただきますッ!」「……めんどくさっ」 Uターンをして帰宅しようとしたジセルの首根っこを掴んで、元の位置に戻すレア。もはや遠慮という物は無くなっている様だ。「……何すんだよ」「……ジセルの方こそ何してるのさ。このまま帰ったらソフィア様に怒られるんじゃない?」「そんなに言うなら俺の代わりにレアが誘ってくれれば良いじゃん」「……やだ!」 そんなジセルの態度を見たレアは、その整った綺麗な水色の眉を少し寄せ──プイッとそっぽを向く。「なんでやねんッ! 別に俺が誘ってもお前が誘っても変わらないだろ!? そうすれば俺は怒られずに済むし、もし失敗したとしてもレアがフラれただけで俺がフラれた判定にはならないし!」「いや、別にそれは良いさ。ただ……ルーナちゃんのことを考えると、ね。というか、こんな話してて良いの? ルーナちゃん、さっきからずっとあそこで魔法の練習してるみたいだけど」 そう言って──いつの間にか木製の椅子の横に立ち、球体状の水を掌で弾ませて遊んでいるルーナへと指を向けるレア。「ホントだぁ。スゴイな〜」「いや……『スゴイな〜』じゃなくて!」(いやぁ〜良く見てみると本当にスゴイ。前は『べろちゅー』の事しか考えていなかったから、細かい技術まで意識を向けるということはできなかったけど)「ルーナは頭が良い……失敗しても常にその原因を考えて、同じ失敗をしない為に思考錯誤しているのが分かる。そしてそれを専門の知識無しで、感覚で理解出来る運動神経というか……肉体制御が上手く、勘もある」 おそらく前世の世界でFPSゲームでもやらせたら、時間さえあればトッププロのレベルまで到達できる程の才能

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第七話

    「……ふわぁ……あ?」「あ、ジセル。おはよう!」「んあぁ? あぁ……おはよう、レア」 昨日は流石に疲れたのか、帰宅直後に爆速で眠ってしまったジセル。「随分とぐっすり寝てたね。もうお昼だよ〜!」(それはヤバいな。俺が寝たのは昨日の夕方とかだったから……)「……マジか。う~わ──口がベトベトじゃん……相当爆睡しちまったなぁ」 口から流れ出た涎は枕に大きなシミを作っている。夕飯も食べずに寝た為、昼に起きた彼はもう既に夕食に加えて朝食も抜いてしまっている。現在進行形で非常にお腹が空いていて、なかなか体を動かす事ができない。「お昼はどうする?」 ──ちょっと夫婦みたいな雰囲気を出して言うな。 と、ジセルは内心でツッコんだ。「あぁ……食べる」「分かった! ちょうどランチの時間だから厨房の人に伝えて来るね!」「あ、うん。ありがとうレア」(物凄く助かるし、有難いという気持ちでいっぱいではあるが──何故当たり前のようにレアが俺の部屋にいるのか) そう困惑した様子でレアの方へと視線を向けるジセル。レアが担当している仕事のメインは一応『ジセル専属の付き添い人』である。ではあるのだが、別に同じ部屋で一緒に寝ている訳ではない。 幾ら専属と言えど、通常は──主人の部屋に入る際にノックをして『返答がない場合は勝手に入室せず、後ほどまた伺う』というようにしなければならないはずだ。しかし、彼にそのような事をされた記憶などジセルには微塵も無い。(──一体、俺の世話をどこまで担当しているのだろうか。そう言えば以前も……目が覚めたら既にこの部屋に居た。あの時は初めまして且つ、自己紹介やら……あと他にも色々あったせいで気にする暇が無かったな) |昨日《さくじつ》にて──帰宅後、ジセルの眠気が流石に限界だったため直ぐに自室へと向かったが、彼と別れたレアがエリナス夫妻の部屋へと向っていった様子を確認した……というのは鮮明に覚えている。(……そういやそういう約束でレアをつけて貰ったんだっけ。嘘をつけとまでは言わないが……全てを話すのはやめて欲しいという俺の気持ちをレアは汲んでくれているだろうか) ──昼食を食べる時にでも軽く探ってみるかぁ。 と、自室の扉へと手をかけるジセルであった。 食卓に着いた彼は長いテーブルにある7つの椅子の内、普段座っている──端から3番目の椅

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第六話

    「俺は──恋人が欲しい!」 ジセルの心からの叫びを聞いて首を傾げたままではあるが、一応は耳を傾けているルーナ。「ある日、思い出したんだ……──俺は変態だった、とッ!」 そう、ジセルは思い出した。自分が|瑠璃川 眞《へんたい》だと言う事、その過去を。「俺自身、かなり性欲がある。今は理性で抑える事が出来ているが、将来の自分がこの欲望を抑えることができるのかどうかを確信できなかったッ!」 ──この男、本音である。自身が変態であるという事実も、前世から己の魂に存在するモノの事であり、自身の未来に関わる重要な話と言えなくもないが──真に伝えるべきはそちらでは無い。 将来の伴侶にすべき人物は決まっており、”その人物を恋人とするために協力して欲しい”と……そう伝えなければならないはずであった。 「……」「……」 ルーナもレアも真剣に聞いてくれてはいるが、少々呆れ気味なのが顔に出てしまっている事にジセルはまだ気付かない。「そして俺は考えたッ! 将来、その性欲を解消できるくらいラブラブな彼女でも作れば良いんじゃね? ……と。一体どうすればそんな事ができるのか。俺は領主の息子だから、普通に過ごしていれば両親に選んで貰った人間と結婚して、子孫くらいは余裕で作れただろう……だが果たしてそこに愛はあるのか? 俺は相手にも幸せになって貰わないと興奮しないタイプなんだッ!」「──わぁ、変態だぁ」 ジセルの事を変態だと言うレアの顔は何故か少し嬉しそうだ。自分だけではなく、親友であるこの男までもが変態だったという事実に喜びを感じているのだろう。「じゃあどうすれば、女の子とラブラブになれる? 将来暇があったらイチャイチャできるくらいラブラブな伴侶を作れる? と、その方法を考えた。そうそれがッ! 『今から幼馴染でも作って、相手をべろちゅーで依存させればイけるんじゃね』作戦だった!」「ふーん」「……僕の初めての親友がこんなクズだなんて嫌だよ!」 口ではそう言っているが──レアの顔がみるみる悦びに満ちているのが、ジセルの水晶体にはハッキリと映っている。「そしてッ! ……アレ? そういや……前に領民と顔を合わせる目的で領内を回った時に、めちゃめちゃ可愛い子いたな? と思った俺は、その子を見かけたこの庭園へとやってきた」「……へぇ」「ジセル……僕の横から伝わってくる負の

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第五話

    「……ところで、さっきからジセルの後ろの方でこっちを見てる人ってだれ?」「えっ」 (あぁ……もしかしてレアか? ……ってレアかッ!? いぃ〜や、バレるの速過ぎッ!)「え? そんな人居るの?」 恐らくレアをガン見しているのであろうルーナ。背後のレアへとどうしても身体を向けることが出来ないまま──どうにかしてルーナの気を逸らそうと恍け始めるジセル。「うん、あっちの木の所に……こっちを見てる女の子がいる!」「え、マジ? 女の子!? どこどこッ!」「……ねぇ、どうして女の子って聞いた途端にそんな反応するの?」 しかし『女の子』という単語が耳を掠めた瞬間、コンマ1秒で振り向いてしまう|この男《バカ》。ルーナはそれにより、シセルを簡単に動かす為の言葉を一つ覚えてしまった。(さて何処にいるのかな〜……って、やっぱりレアじゃねーかッ! アイツ……隠れていないにも程があるだろ! ルーナの発言が『木の後ろに〜』や『隠れて見てる〜』とかじゃなくて、後ろの方やらあっちの木の所やら抽象的な事ばかりだったという事に、少しだけ違和感を感じてはいたが……もはや何も遮蔽物がない道のド真ん中に棒立ちしてんじゃねぇかお前!)「あの女の子……もしかして、ジセルの……知り合い?」「へ? あ、あぁ。アイツは……」 ジセルはレアを友達と紹介して、普段から『べろちゅー』をしていると勘違いされる訳にはいかないが──レアの事を|女の子《・・・》と言ったルーナに対しての返答を考えようとした時、シセルの脳内に今朝の記憶が駆け巡る。 ──……だっでッ! ぼぐっひぐ……男で良かっだなんでッ! ──うん、分かった! 親友の僕に任せてッ!! 初めは怖い程の無表情を浮かべ、水色という髪の色も相まってより冷たい雰囲気を醸し出していたのにも関わらず、爆速で泣き顔から笑顔まで晒す事となったレア。 詳しくは知らない、知らないが──そうなってしまうということは、女の子扱いされるのが嫌になる程の相当な理由があるのだろう。 ──ならばジセルが取れる選択は一つしかない。「……はぁ〜」「ジセル……?」「アイツはただの知り合いじゃなくて……僕の男友達で、親友なんだ」 そう、例え普段から男同士で『べろちゅー』をしていると思われたとしても──素直にレアを男友達として紹介するという選択しか。「……しんゆう?」

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第四話

    「……へ? べろちゅーって……はぁっ!?」「お? その感じ……やはりお前もしっかり男だって所が良く出てて良いぞ! ナイス童貞感ッ!」「いや、そうなんだけどうるさいよ!? というか、ある女の子とべっ……べろちゅーって、昨日外出してたって話を聞いたけど、もしかして……え、もしかしてッ!?」(ふむ……『べろちゅー』って単語は、ルーナくらいの歳の子が知らなかったってだけで、一般的には浸透してるんだなぁ。なんでだろう、この世界では俺の造語なはずなのに) ジセルは『造語』などと言っているが誰でも思い付けそうな程に簡単なモノである為、ルーナの様に幼い子供でも無い限り基本的には大体の人間が理解できるだろう。つまり、別に『べろちゅー』を知らなかったとしても大半には伝わる。問題は──「あらあらレア君……君は今一体ナニを想像しているのカナァ? ハッハッハッ、そうッ! まさにその想像通りの事をしてきたのだよッ!!」「子供という事を利用して……外出ついでに大人の女性とべろちゅーした挙句、その女性の家に上がり込んで……〇〇〇してッ!! 終いには、その人の恋人にバラされたくなかったら、明日も同じ事をしろだって? ダメだよ、ジセル! そんな事ッ!」 ──その単語から自力で意味を読み取った場合、内容には個人差が出てしまうという事だ。「なぁ俺、女の子って言わなかった? そこまでしてねぇよッ! というかべろちゅー以外何一つ合ってねーよ! バカがッ!」 ──いや、子供という事を利用したという点においては間違っていないか。と付け加えようとしたジセルだが、ある事に気付き口にしようとしていたモノとは別の言葉が飛び出る。「──つーかそれ、NTRじゃねえかッ!!」 そのようなツッコミも、自分の世界に入っている様子のレアには届かない。「えぇッ! 大人の女性じゃなくて相手は子供ってこと!?」(いや、子供が子供を好きになるのは普通じゃないのか? 本能的には大人を好きになる事が多いというのは良く聞くが。レアお前……もしかしてそれ、お前の性癖が入ってるんじゃないのか? 想像力豊か過ぎるというか、過激過ぎるというか、なんというか……へんたいだぁ〜) ジセルが発言した『べろちゅー』という単語一つから、ここまで妄想を膨らませる事が出来るというのは最早一種の才能と呼べるだろう。というか、このような知識を

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第三話

    「ふぅ、やりきったぁ」 ルーナと別れたジセルは、すっきりとした顔で屋敷の門をくぐる。すると家の玄関から、何やら焦った様子の両親が勢い良く飛び出してきた。「「ジセル(ちゃん)っ!」」「うわぁッ! どうしたの?」「『どうしたの?』じゃありません! 一体今まで何処に行ってたの! 凄く心配したのよ!」「……一応、メイド達には伝えてから出たんだけど」「はぁ……使用人に伝える前に私達に伝えなさい。今日の仕事が一段落して|漸《ようや》くジセルと会えると思ったら、屋敷のどこにもいなくて……朝に一人で出ていったと言う話を聞いてどんなに心配したか」「そうよ? まだパパもママも……ジセルちゃんが一人で外出するなんて事許せる程強くないの! お願いだから、もしどうしてもお外に出たいのなら……この家の使用人を一人でもいいから連れていって?」 流石のジセルも知らない女の子と|べろちゅー《あんなん》している所を誰かに見られる訳にはいかない。そして彼は一つ言い訳を思い付く。「僕……実は今日、友達ができたんだ! でも、僕はあくまでその子とは対等でいたくて……使用人なんか連れて行ったら、僕がどんな風に接しても多分……意識させちゃうんじゃないかなって」「「……ジセル(ちゃん)」」「だからさ、ほら……見習いの……僕と同じくらいの子がいたでしょ? その子を友達として連れていくとかならどうかな?」「ふむ、だがそれは結局のところ……大人を連れて行かないで子供だけで出かけることになる。危険な事に変わりはないだろう?」 そう、もはや護衛を雇いたいとまで考えている両親からしたら、ジセルと歳の近い子供を連れて行ったところで、心配する気持ちを消し去る事は出来ない。  しかし、今ここ求められているモノはお互いの『妥協点』だ──と、そこまで思考したジセルはまだ諦めてなどいなかった。(一人で出掛けるのは無理でも、複数……俺個人以外の人間を介入させたい二人には、まだ交渉の余地があるッ!) そう意気込みながら、その気持ちを隠して交渉を続けるジセル。「でも、僕は大人を連れていって相手を怖がらせたくない。子供だとしても、使用人……僕以外の人間から話を聞けるなら、僕が相手の子を|友達贔屓《ともだちびいき》して話さない事とかでも聞けるんじゃないかな?」 安全面の話をしていても恐らく話は平行線だ。そ

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第二話

    「あなたは、領主様の……息子?」(──まっずい、向こうから話し掛けてキタァァァァァァ! 俺の脳よ、捻り出せ、思い出せ……幼馴染ジャンルのエロ漫画主人公の行動を!) ジセルは脳内に──いや、魂に刻まれている数万冊程の漫画知識を呼び起こし、無駄な数式と共に脳裏を駆け巡るそれらの中から、この状況を打開する為の最善手を捻り出す。わざわざエロ漫画である必要などないのだが、彼は”変態”であるため通常ジャンルからの知識を取り入れようという考えは頭に無い。「う、うん。そうだよ、僕の名前はジセル。ジセル・エリナス。君の名前は何ていうの?」「私はルー……ルーナ・マリウス!」 ──あ、この世界……貴族じゃなくてもラストネームがあるんだぁ。  などと前世の記憶が戻る以前からこの身体は今まで平民の名を聞いたことが無かったが故、その事を知らなかったジセル。今の所は大して重要にはならないであろうその無駄な情報で脳内が圧迫される。「ルーナは今何してるの?」「私はね、今は……魔法の練習をしてるの」「え? 凄いじゃないか! こんなに小さい頃から魔法の練習なんて……努力家なんだね!」 ルーナは少し考える様な仕草をして身体を硬直させた後──思考が纏まったのか、続けて話し始めた。「ううん違うの……家にいても、お母さんが知らない男の人と仲良くしないといけないから、外で遊んできなさいって言うの。それで、一人でもやれることないかなって思ってたらね? できるようになったの!」 ジセルは──これはもしや、俺の苦手な”|あのジャンル《NTR》”か? という様な、訝しげな表情を浮かべる。「えっと……お父さんはその事を知ってるの?」「……お父さんは、ずっと前に死んじゃったんだって」 ”|あのジャンル《NTR》”では無かった為、ホッと安心したのも束の間──、(──ただちっちゃい子の事を褒めただけなのに、気付いたらクッソ重い話飛んできてたアァ!) と、先程ルーナに初めて話し掛けられた時と同様に心で叫び声をあげるジセル。「ジセル……様は」「あ、ジセルでいいよ?」「ジセルは、今何してるの?」「僕は……そうだなぁ。友達になってくれる子を探してるんだ。ルーナが良かったらなんだけど、僕と友達にならない?」「え? ……なる! 私、ジセルと友達になる!」「やった! これから宜しくね!」「うん

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