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第三話

Author: おまゆた
last update Last Updated: 2025-01-28 18:30:43

「ふぅ、やりきったぁ」

 ルーナと別れたジセルは、すっきりとした顔で屋敷の門をくぐる。すると家の玄関から、何やら焦った様子の両親が勢い良く飛び出してきた。

「「ジセル(ちゃん)っ!」」

「うわぁッ! どうしたの?」

「『どうしたの?』じゃありません! 一体今まで何処に行ってたの! 凄く心配したのよ!」

「……一応、メイド達には伝えてから出たんだけど」

「はぁ……使用人に伝える前に私達に伝えなさい。今日の仕事が一段落して|漸《ようや》くジセルと会えると思ったら、屋敷のどこにもいなくて……朝に一人で出ていったと言う話を聞いてどんなに心配したか」

「そうよ? まだパパもママも……ジセルちゃんが一人で外出するなんて事許せる程強くないの! お願いだから、もしどうしてもお外に出たいのなら……この家の使用人を一人でもいいから連れていって?」

 流石のジセルも知らない女の子と|べろちゅー《あんなん》している所を誰かに見られる訳にはいかない。そして彼は一つ言い訳を思い付く。

「僕……実は今日、友達ができたんだ! でも、僕はあくまでその子とは対等でいたくて……使用人なんか連れて行ったら、僕がどんな風に接しても多分……意識させちゃうんじゃないかなって」

「「……ジセル(ちゃん)」」

「だからさ、ほら……見習いの……僕と同じくらいの子がいたでしょ? その子を友達として連れていくとかならどうかな?」

「ふむ、だがそれは結局のところ……大人を連れて行かないで子供だけで出かけることになる。危険な事に変わりはないだろう?」

 そう、もはや護衛を雇いたいとまで考えている両親からしたら、ジセルと歳の近い子供を連れて行ったところで、心配する気持ちを消し去る事は出来ない。

 しかし、今ここ求められているモノはお互いの『妥協点』だ──と、そこまで思考したジセルはまだ諦めてなどいなかった。

(一人で出掛けるのは無理でも、複数……俺個人以外の人間を介入させたい二人には、まだ交渉の余地があるッ!)

 そう意気込みながら、その気持ちを隠して交渉を続けるジセル。

「でも、僕は大人を連れていって相手を怖がらせたくない。子供だとしても、使用人……僕以外の人間から話を聞けるなら、僕が相手の子を|友達贔屓《ともだちびいき》して話さない事とかでも聞けるんじゃないかな?」

 安全面の話をしていても恐らく話は平行線だ。それならばと、別の落としどころを探し始めるジセル。

「そうね、でも……」

「──ふむ、分かった。そうしよう」

 それでも頷きそうに無かった母の言葉を遮って、腕を組んで頷きながら彼の言葉に同意する父。力強くジセルを見つめる翡翠色の両眼は、実の息子にもしっかりと受け継がれている。

「え?」

「……あなた?」

「まぁまぁ……もういいじゃないかソフィア。あのジセルがこんなにも難しい言葉を勉強していて、ここまで食い下がるのには……何やら私たちには譲れない思いがあるのだろう」

 そんな父の言葉を聞いた、聞いてしまったジセルは──”譲れない思い”というか”|譲れない思い《せいよく》”なんだけど。と思いながら内心、罪悪感を浮かべ始める。

「ふふ、分かりました。それなら私も、息子の成長を祝って……その程度のお願いくらいは聞いてあげましょう!」

 両手を合わせながらニコニコと目を細めるソフィア。ジセルは視線の先で揺れるブロンドの長髪を憂鬱な気分で見つめていた。

(──あ"あ"胸がッ! っ苦しい!)

 交渉が成立した結果、ニッコニコの両親の横で……罪悪感による苦しみに胸を押さえながら、悟られない様に笑顔を浮かべる事となってしまったジセル。

「話は終わったことだし、お家に入りましょうか!」

「ああ、そう言えばずっと外で話していたんだったな」

(いや、そうだよッ!! なんでこんな長い間ここに縛られないといけないんだ!! 別に中に入ってから話すのでも良かったよな!?)

 ジセルは一瞬、キレて表情を崩しそうになるが──、

(──まぁ、それだけ心配してくれてたってことだよなぁ。今言うと面倒臭いことになりそうだから、また今度にでも二人に感謝を伝えておくか)

 本来であれば今の自分に向けられるモノではない筈の感情、”両親の愛情”が伝わってしまい思わず苦笑する。

 ──そうして三人が仲良く屋敷に入って行くのを見て、話し合いをハラハラとした気持ちで見ていた使用人達はホッと安心して勤務を再開するのであった。

 

***********************

「……ふわぁ〜あ、もう朝か」

 昨日、両親との攻防を終えた後──ジセルは普段通り夕食を取り、普段通り入浴し、普段通り就寝した。

(交渉が成立したのは良いが、そんな直ぐに話が進む訳がない。家に帰ったのは大分遅い時間になってしまったし、見習いの子や家の人達に話を通さなければならないはずだ。それまでは一人で外出する事になっても問題はないだろう? 何故なら、そちらの準備が出来ていないのが悪いのだから!!)

 ──などと、無駄な思考を回しているジセルの横で、先程からせっせと部屋の片付けをしている人物がいるのだが、その事に彼はまだ気付いていない。

「おや、お目覚めになりましたか」

 ──あ〜、ん? えっと〜……ん? 

 と突然の事に状況を飲み込めていないジセルは、まるで壊れかけの機械の様にカクカクと声の聞こえた方向へと首を向ける。

「おはようございます、ジセル様。今日からジセル様と行動を共にさせて頂く、レアと申します。えっと……宜しくお願い致します」

「あ〜なるほどなるほど、なるほどね。……ふむ、一旦タンマだ!」

 ──え、誰? 

 そう言えればまだ希望はあった。しかし、ジセルには理解できてしまう。

 ──もう……どこからどう見ても見習いちゃんなんですけどッ!! 

 その姿は”瑠璃川 眞であった”という前世の記憶を思い出す以前のジセル・エリナスの脳にガッツリと刻まれており、どう頑張っても現実から逃れる事ができなくなっていた。

(あの〜、パパンママン……仕事早過ぎじゃない? もうその辺の手続きとかは済んじゃってるの? そういうの良いって〜。はぁ、最低でも今日だけは大丈夫だと思っていたのにッ!)

 そう内心で落胆しつつも、笑顔を維持したまま一度外した視線をレアの方へと戻すジセル。

「あ〜っと……レアちゃん、ね? うん、今日から宜しく!」

(──まぁ、こんなに可愛いメイドが俺の専属になってくれるって言うんなら、文句は……クッ! 悔しいがもう一ミリも出そうにない! 負けたッ!)

 『可愛いは大正義』──そんな本能を持つタイプの人間である彼は、自身のセンサーが反応する程の容姿を持つこの水色の髪をしたメイドになら、ちょっとやそっと自分の予定が狂わされた所で、もはや何も気にならない。

「……『ちゃん』ですか」

 レアはそう呟くと、何かを思い出したのか少し不快そうに顔を顰める。

「あ、ごめん……ちょっと馴れ馴れしかった? といっても……そうだなぁ。『レア』って呼び捨てにしても余計馴れ馴れしいし、雇い主である俺……僕が『さん』とか『様』とか付ける訳には行かないし」

「いえ、そういう訳ではなくて……僕、こんな格好をさせられてはいますが……一応男でして、差し支えなければ……レア『くん』と呼んで頂いても宜しいでしょうか?」

 ──さて。

 と、直後……本日二回目のタンマを発動するジセル。

(今日はスパンが短いなァ、えっと何があったんだっけ? 少し記憶が曖昧で……あ、ソウダソウダ! この激カワ見習いちゃんは女の子じゃなくて男の子……え?)

 顎をハンマーで殴られたのかと錯覚する程の衝撃を脳に受け、少しだけ記憶が飛ぶ。ゆっくりと情報を咀嚼し、彼はたった今自分が何を言われたのかを理解していく。

「アイェ"エ"ッ!?」

「……ど、どうかされましたか?」

(どうかされましたか? じゃなくて……いや、どうかはしてるんだけどもね? どうかしてるのは俺じゃなくて、この世界だ! 見習いちゃんの容姿は何処からどう見ても女の子なのだが、これは服とか髪型とか顔のパーツがとかそういうレベルじゃない!)

 この家の使用人見習いはどんなに幼くても10歳からでなければ仕事を教わる事ができないと、以前に本来のジセルが母ソフィア専属の使用人に聞いていた。そして、そのジセルが前世の記憶を取り戻す前にレアを見たのは──丁度1年前。つまりレアの年齢は最低でも11歳以上になり、それよりも更に上の可能性もあるという事になる。

「い、いや……なんでもないよ! 分かった、レアくんと呼ぶことにするね」

 そんな人間が、男性的な骨格の片鱗すら見当たらないレベルで女の子なのだ! 良くある『股間にアレが生えてるのを確認しないと確信できない』レベルで女の子なのだッ! 腐っても恋愛ゲー世界に登場するジセルの容姿は、物語のラスボスで極悪難易度の謎エンド用キャラクターであるにも関わらず──睫毛が長く、パーツも整っていて、中性的且つかなり美形と言える様なモノとなっている。そんなジセルでさえ、肩幅等に男性的な骨格が見えるのだが、このレアという少年にはそれらが見当たらない。

(流石異世界……メイク無しでリアル男の娘が存在してしまうとは。まぁ、染めてもいないのに髪の色が青だったり緑だったりしてるみたいだし、魔力の関係かなんかで遺伝子に影響が出たりでもしてるんかな? 知らんけど)

 こちらを見つめる美しい白銀色の眼を視界に捉えながら、ジセルはそんな結論を出して深く考えない事に決めた。

「……あ、ありがとうございますッッ!」

「うおっ、びっくりしたッ!! ナニ!?」

「あっ……す、すみませんっ! ……今までずっと可愛い可愛いって言われ続けて、こんな格好までさせられて……皆僕の事をレアちゃんレアちゃん呼ぶのを止めてくれないのに……ジセル様はちゃんとレアくんって呼んでくれて……嬉しくて」

 ──また何か重い話が飛んできた。

 と、表情を固めるジセル。ルーナの話と比べたらまだ軽い方だが、かなりの期間悩んでいたのだろうという事がその様子から読み取れる。そう感極まるレアに一つ──まぁでも、そうか。と言葉を置いてジセルは続ける。

「う〜ん、じゃあ……これから俺と二人の時は、お互い遠慮なしで行こう」

「……へ?」

「俺はお前の事をレアと呼ぶから、お前は俺の事をジセルと呼べ。あ、敬語とかも要らないぞ? なんたって今日からお前は俺の初めての男友達になるんだからな」

「えっ、えっ、はっ?」

「俺って普段、他の人と話す時は大分仮面被ってるんだよなぁ。 ……何か本当に気の置ける人がいないというか、両親でさえもな?」

「ソ、ソフィア様とリオネル様の前でも……」

「そ、だから俺の素をさらけ出せるような友人が欲しいと思ってたんだよなぁ〜! レアが女の子だったらこうは行かなかったが……──お前が男で良かった!!」

「……っ」

 本心からそう言っているのだという事がジセルのその表情から理解できてしまい、レアの息が詰まる。

(流石に俺とレアの事を知っている人達の前では難しいと思うけど、今みたいにこの部屋に居る時とか……それこそ後で俺達だけで外出した時とか、そういう時は大丈夫だよな?)

「ぐすッ……ひぐッ」

「ふぁッ!?」

 既に先の事を考え始めていたジセル。しかし、これでもかという程に無表情を貫いていたレアが突如号泣するという状況があまりにも予想外過ぎたのか『ふぁッ!』などという奇声が脊髄反射で口から飛び出る。

「うぇええ!? 何で泣いてんの! 俺、何かヤバいこと言っちまった!?」

「……だっでッ! ぼぐっひぐ……男で良かっだなんでッ!」

「あ〜……分かった。分かったから落ち着け!」

「……んぐっ」

 ジセルの言葉で、どうにか泣くのを我慢している様子のレア。

「男なら直ぐ泣くな……っていうのは時代に合わないな。えっと〜……あー、そうなるのは……今まで色々あって、誰にも聞いて貰えなくて、ずっと心にのしかかるモノがあって、相当キツかったんだろう。悪いけど同じ経験をした事がないから共感はしてやれん。だけどな、そういうのはもう終わりだ」 

 レアが必死に堪えていた涙は、驚きからなのか一瞬だけ引っ込む。

「お前が今まで聞いて貰えなかった事は全部俺が聞くし、これからお前が聞いて欲しいと思った事も全部俺が聞いてやるよ。だから、お前も俺が今まで聞いて貰えなかった事とか、これから俺が聞いて欲しいと思った事を聞いてくれ」

「……っ!!」

「いやまぁ、別にそれを聞く事も強制じゃないんだけど……簡潔に言うと、俺はレアと男友達になって色々話したいと思ってる」

 常日頃からエロトークが出来る相手が欲しいと思い続けていたこの男は、前世の記憶を持った状態でこの世界に転生をしてしまい、思った以上に孤独を感じてしまっていた。

(この孤独感も……多分エロトークが出来れば解消される気がするな。……いや、解消される気しかしないッッ!! はやく俺にさせろ! エロトークをッッ!)

「どうだ?」

「……うん! ジセルさ……ジセルからじゃなくても、僕からお願いしたいくらいで……だよ!」

「……ははっ! んじゃあ、改めて宜しくな! レア!」

「ああ、宜しくね! ジセル!」

 ジセルが差し出した手を──目尻に残る涙を片手で拭いながらも、とても嬉しそうな表情で握り締めるレア。

「んじゃ、さっそくだが……今日、この後の段取りを手短に話すから良く聞いてくれよ?」

「えぇ!? 急に……? う、うん……分かったよ!」

「俺は今から……ある女の子とべろちゅーをしに行くので、一緒に着いてきてください! はい分かりましたかよし行こうッすぐ行こうッ!」

「……へ?」

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    Last Updated : 2025-02-11
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    「──さて、レア君。何をしているのカナ?」「はぁ……え?」 目の前に現れたジセルの顔に、レアはふと戸惑いの色を浮かべる。ジセルはどこか冷徹でありながらも、どこかいたずら心を滲ませる口調で返す。「こんばんは♪」 その声に、レアは一瞬にして体が硬直する。慌てた様子で、レアは口ごもりながらも問い返す。「こ、こんばんは……って! え、お、起きてる?」「ウン、そりゃ起きてるヨ。寝言でこんな事言わないヨ」「……ご、ごめッ! これは、違くてッ!」 ジセルはゆっくりと掌を動かし、ベッドシーツの乱れた皺を丁寧になぞるように伸ばしながら、レアの動揺する表情をまるで解剖するかのような冷静な眼差しで観察していた。壁際に映る影が、レアの背中に罪人の烙印のように濃く刻まれているかのようだ。(ふむ……何かを誤魔化す時に大体『違くてッ!』ってセリフを言うのは、フィクションの世界だけじゃなかったんだな) ジセルは無言のままじっとレアを見据える。その眼差しに、レアは次第に言い訳の言葉を飲み込み、肩を落として項垂れるようになった。「うっ……い、いつから起きてたの?」 レアの震える声にジセルは一瞬の間を置くと、冷静な口調で答える。「『ジセルばっかべろちゅーできてズルい……僕だってしたいのに』とかいうセリフのちょっと前からだな」 それを聞いたレアの顔は一気に赤く染まり、恥じらいと苛立ちが交錯する表情を浮かべた。「え、それって……最初からじゃないかぁ〜ッ! 起きてたなら言ってよ!」 ジセルは軽くため息をつくような口調で問い返す。「……言ったとして、今お前がここにいる事をどう誤魔化すつもりだ?」 レアは言葉を失い、口ごもるばかり。ようやく、震える声で呟く。「ぐっ」「どっちにしろ『べろちゅー』も出来なくて、苦しいままお前は自室に戻る事になるなぁ〜?」 ジセルの言葉は冷徹ながらもどこか茶目っ気を帯び、レアの内面に潜む欲望と葛藤を容赦なく突きつける。レアの体は次第に抵抗できぬ衝動に震え始め、心の奥底で押し込めた感情が噴出しようとしているかのようだ。「うぅ」「で、次の日とかに……完全に俺が眠った後で発散しに来るつもりだったんだろうが。そうなったとしても……夜、俺に対してレアが何かしてるっていうのは、ちゃんと分かるぞ?」 ジセルの一言一言が部屋に響くたびに、レアの顔は次第に

    Last Updated : 2025-02-12

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  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十七話

     彼と初めて出会ったのは七年前──私が六歳の頃だった。この日は、父の旧友であるリオネル様と久しぶりの再会を果たせると、嬉しそうな父に連れられてエリナス領まで足を運んでいた。 父が旧友との談笑を楽しんでいる間、私は屋敷の中を探検することにした。広々とした廊下には、格式高い絵画や美しい花瓶が並び、絨毯を踏むたびに柔らかく沈む感触が心地よい。背伸びをしながら額縁に触れてみたり、飾られた騎士の甲冑にそっと手を伸ばしてみたりと、興味の赴くままに歩き回る。 気がつけば、ひんやりとした空気が頬を撫でた。知らぬ間に、裏庭へと続く扉を抜けていたのだ。 庭には鮮やかな草花が咲き誇り、風にそよぐ木々が心地よい木陰を作っている。優雅に噴水が流れる音が響くなか、私はふと、芝生の上にぽつんと座る少年の姿を見つけた。 銀色の髪が陽光を受けて輝き、澄んだ青玉の瞳が手元のカードをじっと見つめている。風に吹かれた髪がさらりと揺れたが、彼はそれを気にする様子もなく、静かにゲームへ没頭していた。その姿に、私は思わず足を止める。「ねぇ、何をしてるの?」 唐突に話しかけると、少年は少し顔を上げた。陽の光を受けて透き通る瞳が、ちらりとこちらを見やる。「カードゲームさ。何やら、父様の友人が家に来ているらしいからね。僕は自ら気を使って遊びに勤しんでるってワケ」 淡々とした口調に、小さなため息まで添えられる。話しぶりからして、彼がリオネル様の息子──ジセル・エリナスなのだろう。「へぇ。剣術より楽しいの?」 彼の隣にちょこんと腰を下ろし、興味深げにカードを覗き込む。 ジセルは肩をすくめると、カードを手の中で切り直した。「それは分からないな。剣術は習ったことがないから」「私もない!!」 勢いよく答えると、ジセルが訝しげにこちらを見た。「……なんでさ、まるでやったことがある人の質問だったのに」 ジセルが呆れたようにこちらを見上げる。私はむっとして腕を組んだ。「パパが私にはまだ危ないからって教えてくれないの。いつもあんなに楽しそうに門下生とかいうのと戦ってるのに……ねぇ、アンタ! 私と勝負しなさい!」 そう言いながら、腰に差していた細剣を引き抜く。 鋼が陽光を受け、きらりと光を反射した。「……いや、何で? そもそもナニで?」「剣術で!」 私は剣の切っ先をぴんと向け、気合十分に構え

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十六話

    (図書館で剣を抜くなよ……クソ!) 必死に逃げるジセル。普段の鍛錬のおかげで逃げ足の速さには自信がある彼は、彼女の追跡を振り切り大図書館の外に出ると、そのまま茂みに飛び込んだ。バラの棘が袖を引き裂き、蜘蛛の巣が頬に張り付くのも構わず隠れる。「……どこに行った?」 同じく図書館から出てきた”アデライトの姉”が辺りを見回しているのを、ジセルはじっと隠れながら観察する。彼女の革靴が石畳を叩くリズムが、狩人の足音のように不規則に変化している。 夕焼けが石畳を琥珀色に染め、彼女の腰にある鞘が鈍く光る。やがて諦めたのか、彼女は周囲に咲いている『シビゲル』という花へと注意を向ける。ジセルは蔦の絡まる柱陰へと移動し、彼女の指先がシビゲルの花弁を撫でる様を覗き見ていた。花びらに付いた朝露が、彼女の指に砕けるのが見える。 ──その瞬間、ジセルの脳裏にゲームの記憶がよみがえった。(この花……ヒロイン限定任務に出てきたイベント特効薬の材料じゃないか? たしか主要キャラの名前は──シルヴィア) シルヴィア──『プリンセス・ジ・グランドハーツ』のヒロインの一人。未来の勇者の仲間にして、凛々しき女騎士。(……彼女の母親は病気を患っていて、それを治すには特定の薬草が必要だった。シビゲルという青い花はその主要な材料の一つであり、正しい調合法を知っていれば、効果的な治療薬を作れる) ジセルはそっと茂みから抜け出し、慎重に彼女へと近づいた。「なぁ……君、名前は?」 不意に声をかけると、彼女が驚いて振り向く。すぐに剣を抜かれそうになったが、ジセルは手を上げて制した。「待て待て、敵意はない。ただ、君の役に立てるかもしれないと思って」「何故貴様のような変態如きに私の名前を教える必要がある」「……いいから」 ジセルの真剣な眼差しに、ため息を吐きながら鞘から手を離すシルヴィア。「……シルヴィア・ランスロッドだ」(やっぱり……ヒロインか) シビゲルの花を手に持つ彼女を見ながら、ジセルは内心でそう結論付ける。「──なぁ……その花、大切なものなんだろ?」「……何の話だ?」 警戒する彼女に、ジセルは微笑みながら告げた。「君の母親の病気……それを治す方法を知ってる」 その言葉に、彼女の表情が一瞬揺らぐ。 ジセルは続けた。「この青い花は、治療薬の材料の一つだ。でも、ただ煎じる

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十五話

     鋭い金色の瞳がジセルをじっと見据えている。その表情には確固たる意志が宿り、場違いなほどの気迫を感じさせた。眉間の皺が、尋問官のような厳しさを醸し出している。右手の人差し指が剣の鍔を撫でる動作に、長年の剣術修行で培われた無意識の癖が見える。「……俺に何か用?」 とぼけた口調で返すジセル。しかし、声の奥に潜む微かな震えが、本心の動揺を露わにしていた。左手の小指が痙攣するのを、右手で隠すようにポケットに突っ込む。 少女は一歩踏み出し、革靴の踵が石床を叩く音が館内に反響した。書架の影から小動物が逃げ出す音がして、緊迫した空気が更に濃密になる。「妹が『変な銀髪の男を見かけた』と言っていた。何やら領民の小さな女の子へと変態行為を働いていたらしいが……おそらくそれは貴様だろう?」 声の端に刃のような響きを含ませながら、少女は懐から皺になった紙片を取り出す。羊皮紙の端が擦り切れたその資料を広げると、そこには銀髪の人物を描いた似顔絵が──明らかにジセルをモデルにしたと思われる絵が、稚拙な筆致で描かれていた。右目の位置に鼻が描かれたデフォルメが、作者の不器用さを痛烈に物語っている。(身分はバレてないが、身分がバレるより見られてはいけないところを見られてたんだが……!) ──領民の小さな女の子へと変態行為を働いていた……というのは恐らく、ジセルがルーナと『べろちゅー』をしていた時のことだろう。その光景を彼女の”妹”とやらに見られていたのかもしれない。(──いや、ルーナの見た目はほぼ女の子だとしても、肉体の性別的には男の子……きっと別人のことだ、そうであってくれ!) 剣の鍔に触れる指先が微妙に震える。心当たりがあり過ぎるジセルだが、喉仏を上下させて唾液を飲み込み、何とか無反応を保つ。瞼を一度ぱちりと閉じ、過去の失敗を脳裏に再生する。「その絵……誰が書いたの? めちゃめちゃヘタくそだし、俺だって判別できる要素はないと思うんだけど&hell

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十四話

    ──『レア夜這い事件』から一週間が経った。 ジセルは異世界の風に身を任せ、かつての記憶を仄めかすように静かに歩を進めていた。靴底が砂利道を軋ませる音が、領主邸を離れた解放感を強調するかのように響く。「勉強漬けなのも疲れるし……たまには気分転換でもしないとな」 セントラム学園に入学すると決めてからというもの、彼の生活は勉学と鍛錬の繰り返しだった。 ──記憶を思い出す前のジセルは更に多くの勉強と鍛錬を求められていたというのは、しっかりと脳内に刻まれているため、今のジセルが無責任に放り出すのは憚られる。領主の息子であるという重い秘密を胸に秘めながら、自らの過去を隠し、広大な領地の片隅を彷徨うように歩く。左手で懐中時計を開け確認する仕草に、元の世界の名残が滲んでいた。 銀色に輝く髪が陽光を浴びてきらめきながらも、その哀愁を帯びた色彩は、彼の内面に渦巻く葛藤を映し出すようだった。ふと指先で髪の毛を撚る癖が、無意識の焦燥を物語っている。「クソ、失敗だった…………あれからほぼ毎日、寝る前のハグをする羽目になったから無駄な精神疲労の原因が増えたわ」 ふと顔をしかめ、ジセルは先日の一件を思い出す。額に浮かんだ皺が少年の年齢を不自然に老けさせた。 ──あの"レア夜這い事件"の結果、彼の平穏な夜は消し飛んだ。あれ以来、妙に距離感の近い夜が日常化し、精神的な疲労は増すばかりだった。夜毎に押し寄せる甘い香りと体温の記憶が、今も後頭部を鈍く疼かせる。 彼はため息混じりに視線を上げる。首筋に絡みつく初夏の湿気が、領主邸を離れた実感を曖昧にしていた。 薄曇りの空の下、木々のざわめきが風に乗って響く。その音に導かれるように、ジセルは街道の脇に広がる茂みを抜け、やがて見慣れた建物へと足を踏み入れた。石畳に刻まれた深い轍が、この図書館が多くの知識を求める者たちに利用されている証左だった。 ──大図書館。領地の外からも多くの者が訪れる、知識の宝庫である。尖塔を思わせるゴシック様式の建築物が、知識の重みを無言で表現していた。外壁を覆う蔦が年月を刻み、ステンドグラスに描かれた賢者の図像が薄日を受けて幽かに輝いている。「魔法関連の書物は見飽きたし……剣術系統のモノを読んでみるか」 館内は静寂に包まれていた。分厚い書物をめくる音、遠くで囁き交わされる低い会話の声が、静謐な空間に溶け込ん

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十三話

    「……実は僕の家族、もう皆死んじゃってるんだ」(アァ、まっずい! 数ある可能性の中で一番重いヤツ来た!)「文字通り天涯孤独になっちゃった僕は、両親が残してくれた貯金を切り崩しながら生活してたんだけど……その貯金も底をついちゃって、住んでた家まで売って無理矢理お金を作ったんだ」 レアの頬がジセルの肩口で微かに動く。涙の痕ではなく、かすかな笑みの形を作っているのが痛々しい。(……なるほどな。暫くはそれを使って仕事を探しながら生活してた訳か) 当時は今よりももっと幼かっただろう……仕事の探し方すら分からなかったから、とりあえず食べる為に家を売ってしまった……という可能性もある事に気付いたジセルは、無意識にレアを抱く力を少しだけ強める。「そのお金も無くなりそうになっていた時、僕は運良くソフィア様に拾って頂いたんだ。どうやら僕が一人で家を売る所を見てくれていたみたいで」(ほぇ~、そうだったのか~……ん? それって、雇い主は母上になる訳だから……俺がレアをクビにするなんて事は出来なくね? 俺の我儘でレアを見殺しにするような選択を母上が取る筈ないし)「ここは住み込みで働ける上に、ご飯も食べれる。もしも出て行くことになってしまったら、何処にも行く所がなくなって……また前の生活に戻る事になる。でも、そうなったら多分……僕はもう生きる為に頑張れない」 そう断言するレアの言葉を聞いて……ジセルは無言のまま思考する。「……」 幼い身でありながら……突然、天国から地獄へと堕とされ、そしてその地獄から奇跡的に這い上がって来る事が出来たのにも関わらず、また落とされるなどという事になってしまったら……レアの身に襲い掛かる絶望は計り知れないものになるだろう。「だから、何としてもクビになる訳にはいかなかったんだけど……うぅ」 想像した最悪の事態への不安から、身体が震えてしまうレア。(初めて経験する事への我慢は難しいからな。この様な状況になった今、これからはその辺の自制はちゃんと出来るようになるだろう)「なるほど……それならまぁ、これからはそんな悩みを抱く必要はなくなるな」「……え?」 そんなジセルの言葉を聞いて、驚きからか身体をビクッとさせる。「まず……雇い主が母上である以上、俺が直接お前をクビにする事は出来ない。そもそも俺がお前をクビにしたいと思う事自体……今まで

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十二話

     薄明かりが差し込む静かな部屋。窓の外では夜風が微かに木々を揺らし、その音が遠くから届く。ジセルの低く鋭い、そして少し照れを含んだ声が、夜の静寂を切り裂くように響く。「俺が寝ている間にするんじゃなくて、起きてる間だったら……ハグまではさせてやってもいいぞ」 その言葉には、不意に混じった照れ隠しのような気持ちが滲んでいる。ジセルは少し顔をそらし、耳がほんのり赤くなっているのがわかる。それでも、口元にはどこか余裕を感じさせる微笑みを浮かべていた。(日頃のストレスは、ハグだけでもかなり解消されると実証されているらしいし……別にソレ自体は良い。『べろちゅー』で口の周りどころか枕までベトベトにされるよりはマシだ。問題は、加減をしてくれないせいで朝起きた時に俺の身体がバキバキになる可能性がある事。それも、力加減をレアに任せるんじゃなくて俺側が調整すれば解決できる)「ほ、ほんとにッ!?」 その返事にレアの顔が一瞬で輝き、驚いたような声をあげながら無防備にジセルの目の前に顔をズイっと寄せる。満面の笑顔でジセルを見つめる彼の目はキラキラと輝き、無邪気な期待と興奮が溢れていた。「あ、あぁ」 ジセルは何とか冷静を保とうとしたが、思わず声が少し震える。レアのあまりにも近い距離に、心の中で少し焦りが広がる。レアが急に大きな声を上げたことで、ジセルはつい表情を崩しそうになりながらも、彼の突き出された顔に目をそらすことなく──ほ、本当だ……と、言葉を続けた。(うむ、この食い付き方は前に一度見たから今度は驚かなかった。おれえらい。まぁ、正直こんなに可愛い子と『ハグ』するなんて事は……本物の変態であるこの俺ならば、例え相手にお〇ん〇んが|ついていた《・・・・・》としてもッ! 余裕でこちらからお願いするレベルではあるッ! その上……レアがして欲しいって言うのなら仕方がないよなぁ?)「じゃ、じゃあ、さささ早速っ──」 ──と元気いっぱいに宣言するレアの目はキラキラと輝き、ハグを待ちわびるその顔に、今までの迷いや戸惑いは影を潜めていた。ジセルは一瞬、目を閉じ、しばらく静かにレアの様子を見つめた後、勢いよく彼を抱き締める。 抱擁が落ち着いた瞬間、ジセルは温かさを含んだ声で呟く。「…………お前は見習いなのに、いつも頑張っているな」 その言葉に、レアは急に困惑の表情を浮かべ、震える声で

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十一話

    「──さて、レア君。何をしているのカナ?」「はぁ……え?」 目の前に現れたジセルの顔に、レアはふと戸惑いの色を浮かべる。ジセルはどこか冷徹でありながらも、どこかいたずら心を滲ませる口調で返す。「こんばんは♪」 その声に、レアは一瞬にして体が硬直する。慌てた様子で、レアは口ごもりながらも問い返す。「こ、こんばんは……って! え、お、起きてる?」「ウン、そりゃ起きてるヨ。寝言でこんな事言わないヨ」「……ご、ごめッ! これは、違くてッ!」 ジセルはゆっくりと掌を動かし、ベッドシーツの乱れた皺を丁寧になぞるように伸ばしながら、レアの動揺する表情をまるで解剖するかのような冷静な眼差しで観察していた。壁際に映る影が、レアの背中に罪人の烙印のように濃く刻まれているかのようだ。(ふむ……何かを誤魔化す時に大体『違くてッ!』ってセリフを言うのは、フィクションの世界だけじゃなかったんだな) ジセルは無言のままじっとレアを見据える。その眼差しに、レアは次第に言い訳の言葉を飲み込み、肩を落として項垂れるようになった。「うっ……い、いつから起きてたの?」 レアの震える声にジセルは一瞬の間を置くと、冷静な口調で答える。「『ジセルばっかべろちゅーできてズルい……僕だってしたいのに』とかいうセリフのちょっと前からだな」 それを聞いたレアの顔は一気に赤く染まり、恥じらいと苛立ちが交錯する表情を浮かべた。「え、それって……最初からじゃないかぁ〜ッ! 起きてたなら言ってよ!」 ジセルは軽くため息をつくような口調で問い返す。「……言ったとして、今お前がここにいる事をどう誤魔化すつもりだ?」 レアは言葉を失い、口ごもるばかり。ようやく、震える声で呟く。「ぐっ」「どっちにしろ『べろちゅー』も出来なくて、苦しいままお前は自室に戻る事になるなぁ〜?」 ジセルの言葉は冷徹ながらもどこか茶目っ気を帯び、レアの内面に潜む欲望と葛藤を容赦なく突きつける。レアの体は次第に抵抗できぬ衝動に震え始め、心の奥底で押し込めた感情が噴出しようとしているかのようだ。「うぅ」「で、次の日とかに……完全に俺が眠った後で発散しに来るつもりだったんだろうが。そうなったとしても……夜、俺に対してレアが何かしてるっていうのは、ちゃんと分かるぞ?」 ジセルの一言一言が部屋に響くたびに、レアの顔は次第に

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第十話

    「ごちそうさま」「あら〜? 今日はジセルの大好きな、えーっと……『チキン南蛮?』なのに、もう食べないのぉ〜?」 父リオネルは今、書斎で仕事に没頭している。その為ジセルが食卓のある部屋に戻ると、母ソフィアはひとり静かに夕食を済ませなければならない。そんな状況を憂うように、ソフィアはどこか寂しげな表情でジセルに声をかける。(確かに俺はチキン南蛮が大好きだ。前世の世界で、赤坂の〇ん〇んでんというお店のチキン南蛮を初めて食べた時の事は……今でも忘れられない。あれはまるで、心の奥底から『食ってみな、飛ぶぞ!!』という熱い衝動が溢れ出すほどだった)「ごめん、ちょっと今日は疲れてて……できれば早めに横になりたいんだ」(だが今日は何故か全然食欲が湧かない。母が食べ終わるまでここで座って待っていてもいいが……起きていると脳内に近頃の様子がおかしいレアの映像が浮かび続けるため、早めに寝たい) ジセルは寂しげな表情を浮かべる母と、皿に残されたチキン南蛮に一度だけ視線を向けると──心の中で小さな葛藤を抱えながらも、後ろ髪を引かれる思いで部屋の入口へと向かう。「そうなの〜? ならしっかり休んで、ルーナちゃんが来る時に備えないとねぇ〜」 ソフィアの温かい声がやや物憂げな夕暮れの空気に溶け込む。そしてジセルは──その言葉だけは聞き流すように、静かに足早に歩き始めた。****** 廊下に出ると、ジセルの足音が硬い床材に響く。夕陽が窓から差し込み、長い影を廊下の壁に映し出している。かすかな風が通り抜け、時計の針の音とともに、彼の心のざわめきを映し出すかのようだった。    心の中では昼間の出来事の記憶が静かに渦巻き、未来への不安とともにじわじわと広がっていた。彼の肩は重くどこか疲れた表情を浮かべながらも、先へ進む決意を秘めているのが感じられる。 ジセルは部屋と部屋の間にある広い廊下を通り抜けた。廊下の先には幼い頃から見慣れた自室のドアが控えており、そのドア越しに静かな光と、どこか安心感を呼び覚ます温もりが漏れている。 ドアの前に立つと、ジセルは一度深く息を吸い込んだ。心の中で今日の出来事を整理しようとするかのように、彼は手でドアノブに触れ、そっと開ける。中に入ると、薄暗い照明が部屋全体に柔らかな影を落とし、机の上には散乱した受験参考書やノートが、今にも彼の思考を吸い込

  • 〜恋愛ゲームのラスボス転生〜   第九話

     ジセルの部屋は、柔らかな午後の日差しが窓から斜めに差し込み、埃がキラキラと舞う中、どこか懐かしく温もりを感じさせる空間になっている。壁には今より幼い頃の写真や思い出の品々が飾られ、木の温もりを感じる床には、日常の静けさと共に、どこかしら不穏な期待が漂っている。  そんなことはさておき──先程からレアの様子がおかしい。「ふんふふーん♪」 ルーナが来るまでの間、ジセルはこの部屋で静かに待機していた。いつも通りの自室、見慣れた風景──だが、今日の空気は普段とは違っている。何故かレアが、部屋の隅々まで目を輝かせながら鼻歌を奏でつつ掃除を始めたのだ。その姿は、部屋に降り注ぐ柔らかな光と相まって、まるで春風に誘われた花びらのように軽やかだった。「お〜お〜随分とルンルンしてるなぁ、レア。めちゃめちゃ上機嫌じゃないか?」「え〜? そうかな? ふふっ」 ──やべぇ……やべぇよぉ! ジセルの胸の中で、どうしてこんなにも異様な空気が漂うのか理解し難く、不安と苛立ちが渦巻いている。 相手の心の奥に何が潜んでいるのか、全く読めない。こんなにも機嫌が良いレアは、決して慣れ親しんだ姿ではない。(一体何がそんなに楽しいんだよ、こいつは! レアがこんなんになっちまう事なんて、今までに無かっただろうがッ!) ジセルの心臓は不規則なリズムを刻みながら、警戒と戸惑いで大きく膨れ上がっていた。「ル、ルーナが家に来る事がそんなに嬉しいのか?」「へ? ふふっ、なんでルーナが来ることで僕が嬉しくなると思うの? あははっ! ジセルったら、面白いこと言うね! あ〜おかし!」(……おかしいのはお前だよバカっ!!) レアの言葉に、ジセルの心の中では怒りと不安が交錯する。(どう考えても、レアは普段この程度事で笑い転げるような奴じゃない。どこも面白くない事で腹抱えてるお前の方がオモ……いや、もはや冗談でもオモロいなんて言えないわ。正直怖い、非常に怖い!) 部屋の窓からは、木々のざわめきと遠くで聞こえる鳥のさえずりが、平穏な午後のひとときを彩っている。しかしその平穏さとは裏腹に、ジセルは今──自分の内側で荒れ狂う感情を抑えきれずにいた。「そ、それにしてもルーナ遅いなぁ? 別れてからもう数時間は経ってるし。あまりにも時間がかかりすぎだと思わないか?」「う〜ん、確かにそうだね。もしかしたら今日

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