第六話

「俺は──恋人が欲しい！」

　ジセルの心からの叫びを聞いて首を傾げたままではあるが、一応は耳を傾けているルーナ。

「ある日、思い出したんだ……──俺は変態だった、とッ！」

　そう、ジセルは思い出した。自分が|瑠璃川 眞《へんたい》だと言う事、その過去を。

「俺自身、かなり性欲がある。今は理性で抑える事が出来ているが、将来の自分がこの欲望を抑えることができるのかどうかを確信できなかったッ！」

　──この男、本音である。自身が変態であるという事実も、前世から己の魂に存在するモノの事であり、自身の未来に関わる重要な話と言えなくもないが──真に伝えるべきはそちらでは無い。

　将来の伴侶にすべき人物は決まっており、”その人物を恋人とするために協力して欲しい”と……そう伝えなければならないはずであった。

　

「……」

「……」

　ルーナもレアも真剣に聞いてくれてはいるが、少々呆れ気味なのが顔に出てしまっている事にジセルはまだ気付かない。

「そして俺は考えたッ！　将来、その性欲を解消できるくらいラブラブな彼女でも作れば良いんじゃね？　……と。一体どうすればそんな事ができるのか。俺は領主の息子だから、普通に過ごしていれば両親に選んで貰った人間と結婚して、子孫くらいは余裕で作れただろう……だが果たしてそこに愛はあるのか？　俺は相手にも幸せになって貰わないと興奮しないタイプなんだッ！」

「──わぁ、変態だぁ」

　ジセルの事を変態だと言うレアの顔は何故か少し嬉しそうだ。自分だけではなく、親友であるこの男までもが変態だったという事実に喜びを感じているのだろう。

「じゃあどうすれば、女の子とラブラブになれる？　将来暇があったらイチャイチャできるくらいラブラブな伴侶を作れる？　と、その方法を考えた。そうそれがッ！　『今から幼馴染でも作って、相手をべろちゅーで依存させればイけるんじゃね』作戦だった！」

「ふーん」

「……僕の初めての親友がこんなクズだなんて嫌だよ！」

　口ではそう言っているが──レアの顔がみるみる悦びに満ちているのが、ジセルの水晶体にはハッキリと映っている。

「そしてッ！　……アレ？　そういや……前に領民と顔を合わせる目的で領内を回った時に、めちゃめちゃ可愛い子いたな？　と思った俺は、その子を見かけたこの庭園へとやってきた」

「……へぇ」

「ジセル……僕の横から伝わってくる負のオーラ、ちゃんと感じてる？」

（あぁ、感じてるぞ。だがそれは勘違いによって生まれてしまった負のオーラだッ！　それならばッ！　その勘違いを正してやればいいだけ！）

　と、ジセルは己を奮い立たせるように心の中でそう呟く。そしてそれを冷めた態度で──無言のまま見詰め続けているルーナ。

「やはりそう簡単には出会えないか……と、一度帰ろうとしたその時ッ！　ついに会うことが出来たんだ……その女の子とッ！」

「──」

「……それが誰の事だか分かるか？」

「誰の事って……え？　えっ、え？」

　理解が追いつかないのか、戸惑いの声をあげるルーナ。

「そう、ルーナ……君の事だよ。俺は、君を探してここへ来た。君とべろちゅーしたかったからここに来たんだッ！」

「……そう、だったんだ」

「……ああ」

　ジセルはドラマチックな展開に出来たと思っているのか、安心したような表情で額の汗を拭うが、その安心も束の間──笑顔のルーナによる追及がジセルを襲う。

「それで、そこの女の子は誰なの？」

「……へ？」

　そう言って、レアの事を指差すルーナ。

「ぼ、僕は男だよ！」

「そうなんだ、信じられないかもしれないが……レアは男だよ」

「噓！　どう見ても女の子だもんっ！」

「……っ」

（マズイッ）

　ショックを受けた様子で、顔を下へ向けて表情を隠そうとするレア。

「この子が男の子だって証明してよッ！」

「証明っつったってなぁ……レア自身が男だ言ってたし、しっかりついてるもんな？」

「もちろんついてるさッ！　でもジセルは証明なんかなくても信じてくれた……この見た目で『女の子だったら完璧なのに』って言われ続けてきた僕に──お前が男で良かった……そう言ってくれたんだッ！！」

　目元に涙を浮かべながら声をあげる彼の表情は真剣そのもの。しかしその間、レアの下半身がこれでもかというほどに漢を主張し続けているのを見てしまったジセルは──弁も股間も立ってるなぁ……、などとくだらないことを考えていた。

「つーかレア、お前……」

（ただ単にエロトークができる友達ができて良かった程度の言葉だったんだけど……そんなに刺さってたのか）

　──しかしまぁ、レアがドデカいもんを持ってることは見ればわかるし……これだけ説明すれば納得してくれるだろう。などと楽観的なことを考えながらアホ面を浮かべているジセル。

「……もん」

「ん？」

　ゆっくりと立ち上がったルーナは、震えを交じらせた声色で何かを呟く。

「私は──お○ん○んがついてるけど、女の子だもんッ！！」

　彼女はそう声を荒げると、困惑した表情を浮かべるジセルの眼前で──猛々しい下半身を聳え立たせていた。

「……ッ！？」

　理解することを拒否したいジセルだが、眼前の巨大な塔を視界から外すことができない。あまりの存在感に視線を吸い寄せられている彼の双眸は、既にパンクしそうな自身の脳みそへと情報を送り続ける。

　ルーナが男であるという証明、到底理解できない──否、したくはない｜禁忌の知識《○ん○ん》を。

「こ、これは……一体！　ル、ルーナが男の娘？　俺が今までべろちゅーしていたのも男の子……？」

　違和感は確かにあった。ジセルが初めてルーナと『べろちゅー』をした時、何故か感じた膝上への少し不思議な柔らかい感触。聡明なはずのルーナが相手なのにも関わらず、あまりにもスムーズに事が運びすぎたのもおかしかった。

「し、ジセル～？　一旦、落ち着こう！　まずは、ゆっくり息を吸って……」

　パニックを起こし、呆然とうわ言を呟き始めるジセルをどうにか正気に戻そうとするレア。

「──違うっ！　私は……男の子じゃないッ！　ついてたって……心が女の子なら女の子だって、お母さんが言ってたもんッ！！　 私は男の子が、ジセル好き……だし、可愛いものが好き……でッ……ひっぐッ！」

　涙を堪えきれなかった彼女は嗚咽を漏らしながら、両袖で顔を隠す。

　──あぁ、なるほど。

　心が震えるような、彼女の訴えを聞いたジセルは理解した。

（そうか……ルーナは男の子でも男の娘でもないんだな。彼女は正真正銘の女の子──ジセルの両親も、ルーナの母親も……揃って人格者な訳だ。俺だって前世での人生経験を合わせれば立派な大人で、本来であればルーナやレアのような子供の心を守らなければならない側──ならば今、ここでルーナに投げかけるべき言葉は彼女を否定するものじゃなくてッ！）

　目を瞑り思考を整理しながら、身体をゆっくりと立ち上がらせる。

「ルーナ、俺は……」

「ぐすっ……ジセル？」

　おもむろに立ち始めたジセルを、不安げな表情で見つめる二人。そして──

「俺は──俺はッ！　相手が男でも女でも……○ん○んがついていても、ついてなくても関係ないッ！　俺自身が可愛いと思えるならば、どんなやつでも愛することができる男だッッ！！」

　そう高らかに宣言した彼の下半身には──それはそれは大きな竜が宿っていた。

「え、えぇぇぇ！　ジセル！？」

　流石のレアもこれにはドン引き──かと思いきや。

「はぁ……はぁ」

　何故かより一層呼吸を荒らげている様子だ。

「「「───」」」

　三人はパンパンに膨れたまま静かに向き合った下半身達に、まるで三竦みの関係でお互いを牽制し合っている凶悪な魔物を幻視する。しかし、最早それぞれが主張し続けているモノに視線を奪われることは無いのだろう。

　何せ彼等は今──|本気《マジ》なのだからッ！！

「じゃ、じゃあ……私のこと、可愛いと思う？」

「ああッ！」

　彼の強い意志が籠った言葉を聞いて、表情を明るくするルーナ。

「○ん○んついてるけど……私と結婚できる？」

「…………ああッ！！」

「……ジセル？」

　ルーナは彼の返事が少しだけ間を置いた後に来たことで、胸の前で腕を組みながら訝しげな反応を見せる。

「まぁまぁ、ルーナちゃん！　結婚とかそういうのは、まず二人が恋人になった後にする話だよ」

「……部外者が私に話しかけないで！」

「うわ～ん！」

　レアは号泣しながら、ジセルの胸に飛び込んで抱き着いた。

「おお～ヨシヨシ、どうした～」

　──あの子、言葉強いぃ！　と震えるレアの頭を優しく撫でるシセル。

「……また、私より仲良さそうにしてッ！」

（あぁ、マッズ〜いッ！）

「ふふ、でもそっか。……ジセルは身体が男の子でも良いんだ。その子と『べろちゅー』してないっていうのは信じれないけど……今はおいておく」

「え？　あ……そ、そうか」

　一度も落ち着く気配の無かったルーナが更に激昂したかと思ったのも束の間、突然冷静な言葉を発し始めた彼女にジセルは思わず狼狽えた。

「じゃあ私、お母さんと話したい事が出来たから先に帰るねっ！　また明日！」

　今にもこちらへと襲い掛かって来そうな下半身をそのままに、彼女は自宅があるのであろう方向へと疾走して行く。

　その様子をただ呆然と見つめるしかなかった、いや──何か変なことでも口走って、あの狂乱の権化をこの場所に留めてしまうことを避けた二人。

「なぁレア……知ってるか？　あの子、昨日までは純朴な少女だったんだぜ？」

「……そうなんだ」

　しかし、次の瞬間には”本能で突き進む狂乱の少年へと変貌していた"と。

「……話したいことって何なんだろうな」

「さぁ？　……分からないけど、覚悟はしておいた方がいいかもね」

「……帰るか」

　──明日の俺、どうなっちゃうのかな。

　彼はそんな不安を抱えながら帰路につく。

「うんッ！」

　レアはやたらテンションの高い返事をあげると共に、気力を消耗した様子でトボトボと歩き始める背中へぴったりと着くように追いかけた。

「はは……なんかお前、元気だな」

　──そしてジセルは気付けない。

　既に勢いが収まっている自身の竜とは裏腹に、背後を追うように歩く親友の下半身が今もなお──天高く聳え立ち続けていたという事実に。