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1-24 痴れ者、強要する

Author: 柚月なぎ
last update Last Updated: 2025-04-14 11:40:21

 改めて正面から本邸に入ることを許されると、なんだか逆に後ろめたさが残った。強行突破した時の方が生き生きとしていた気がする。

 いつもの若い従者ではなく、本邸の中年の従者の後ろを間隔をあけてついて行く。すれ違う従者たちは、仮面があろうがなかろうが、相変わらず珍しいものでも見るような眼差しで無明を見てくる。

 そういう眼をされるといつもの調子でへらへらと笑ってみたり、手をひらひら振ってみたり、くるくると回ってみたりと、どうしてもふざけたい気持ちがわいてきてしまうのだが····。なんとかその衝動を抑えて大人しくついて行くと、立派な部屋の扉の前に案内された。

「宗主、連れて参りました」

 入りなさい、と奥の方から声がして、従者は「失礼します」と扉を開いた。そこには宗主、夫人、義兄たち、竜虎や璃琳、そして他の親族たちが揃っていた。

 無明は部屋に入り、宗主に向かって挨拶をすると、一族の者たちがこちらに注目する中、部屋の真ん中で立ち止まる。

 奉納舞の衣裳のままでやって来た無明を、なにか言いたげな様子で睨んでくる虎宇だったが、無暗に発言すれば面倒だと察したのか珍しく大人しくしていた。

「では、改めて説明してもらおう。あの奉納祭の前に何が起こっていたのか」

「はい、父上」

 親族たちに囲まれた中心で、無明は臆することなくまずは一礼する。

「その前にひとつ、お願いがあります」

 なんだ、と宗主は問う。立ち上がり宗主の目の前まで歩きその場に跪くと、無明は懐から小物入れを取り出す。

「ここにいるみんなに、この紅を塗ってもらいたいのです。男も女も関係なく、みんなに、です」

「······なんのために?」

 さすがに唐突すぎたのか、宗主も驚きを隠せないようだった。まあ確かに理由くらいは知りたいだろう。男が紅を塗るのは抵抗があるだろうから。

 案の定。

「まさか、お前の気色の悪い趣味に俺たちを付き合わせる気か? 俺は絶対に嫌だからな!」

 第二公子の虎宇が大声で怒鳴る。それに合わせるように他の親族たちも各々声を上げる。まあそういう反応にならない方がおかしいだろう。

「父上、何も言わず、俺の言う通りにしてもらえばすべてが解決されるはずです」

 まだなんの事情も聴いておらず、それなのに言う通りにしろというのも横暴だ。しかしふざけているわけでも、趣味に付き合わせているわけでもない。これはとても大事なことだった。真剣な眼差しが宗主に通じたのか、小物入れを受け取り、自ら指に紅を付けた。

「父上、やめてください!」

「あ、まだ塗らないでください。この紅をみんなに回して、指に付けて待ってて欲しいんだ」

 唇にもっていこうとした矢先、無明は制止する。わかった、と宗主はその指を止めた。

「この紅がなんだというの?」

 宗主から受け取り怪訝そうに眺める夫人は、同じように指先に真っ赤な紅を付けて、隣にいる虎宇に回す。

「母上まで、なんでこいつに従うんですかっ」

「この子に従っているのではないわ。宗主に従っているだけよ」

 ふん、と横を向いて夫人は珍しく素直に応じていた。奉納舞の一件が、無明に対しての態度に変化をもたらしたのかどうかは解らないが、あくまで宗主に従うという名目で応じてくれたようだ。

 覚えていろよ、と言わんばかりに睨んでくる虎宇だったが、仕方なく紅を指に付けた。そして虎珀にそのまま渡した。

「これは、君が舞の時に付けていた紅かな?」

「そうだよ、虎珀兄上。綺麗でしょ?」

 ふふっと笑って、そうだねと虎珀《こはく》は笑いかける。特に抵抗はないのか、紅をすっと指に付けた。

 竜虎は紅を受け取りさっさと指に付け、璃琳も同く付けた。そうやって次々に回されていく紅は、最後のひとりに回り、無明に戻ってきた。

 無明は自らも紅を指に付け、そのまま唇に塗った。真っ赤に彩られた下唇を見せるように、にっと笑う。

「では、紅を塗ってください。上でも下でも好きな方に」

「こんなことをして、いったい何の意味があるんだ? これでただのお遊びだなんて言ったら、絶対に赦さないからな!」

 宗主や夫人が言われるがままに指を唇にもっていくのを見て、もうどうにでもなれ! と虎宇は自らも紅を乱暴に塗る。それに続いて、虎珀が特に気にすることもなく唇に指を運んでいたその時、

「おやめくださいっ!」

 彼のその手を必死に掴んで、声を荒げて制止させる者がいた。

✿〜読み方参照〜✿

璃琳《りりん》、虎宇《こう》、虎珀《こはく》

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