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nagi yuzuki
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nagi yuzukiの小説

彩雲華胥

彩雲華胥

暉の国。 夜になると妖者と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する地。かつて国を脅かしていた邪悪な鬼術を操る一族が、伏魔殿に封じられてから数百年が経った今も、その影響は止むことはなく。 国の各地方を守護する五つの一族は、妖者によって日々絶え間なく起こされる怪異に手を焼いていた。 紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。 名を無明。 高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、運命が回り出す――――――。 ※表紙イラストはAIで作成したイメージ画像です
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Chapter: 1-10 ふたりだけの戦い
「これはものすごくよくないかも」「この状況、どう見てもよくないだろっ!」 いつもの賑やかしさもなく、珍しくここまで無言だった無明が、初めて口を開いた。なにかを察したように、真面目な顔で見つめてくる。「璃琳はここから離れた方がいい。これを、」 袖から符を取り出し、ふぅと無明は息を吹きかける。すると黄色い符が緑色の仄かな光を帯び、璃琳の胸にすっと貼りついた。「絶対に、剝がしちゃだめだよ?」「だ、大丈夫なの? あんな数、ふたりだけでなんとかなる数じゃないわっ」 震えた声で璃琳は小声で叫ぶ。「幸い、明日の奉納祭のために各一族の公子たちや宗主が、紅鏡に集まってる。お節介な誰かが、騒ぎに気付いて来てくれるのを願うしかない。それまでなんとか持ち堪えてみせるさ」 落ち着かせるように璃琳の肩をそっと抱いて、竜虎は頷く。「お前は無明の言う通りここから離れろ。ゆっくり、急いで、だ」「大丈夫。竜虎は俺が守るし、璃琳も俺の符が守るから」「や、約束よ! 絶対、ね」 ふたりが頷くのを確認してから、決心したように璃琳は背を向け、灯を消して速足で駆けて行く。 それを背にしたまま見送り、竜虎は左手をぐっと目の前で握る。右手の中指と人差し指を立て、まるで見えない剣の刃を這わせるように横に、すっと素早く払った。 すると、なにもなかった空間から白銀の刃と柄が現れ、手の中にしっかりと収まった。霊気の宿ったその剣は、霊剣と呼ばれるもので、人によって全く異なった姿形を取るという。 竜虎のそれは細身の霊剣で、王華と名付けられていた。「璃琳にはとりあえずああ言ったが、勝算はあるんだろうな?」 霊剣を構え、今にも飛び掛かってきそうな殭屍の群れを前に、視線を向けずに無明に問いかける。「考えるより動け、だよ!」 その言葉がまるで合図だったかのように、殭屍たちが一斉にこちらを向き、瞬く間に距離を詰めて飛び掛かってきたのだ。 無明は腰に差していた横笛を、指を使って器用にくるりと回転させて口元に運ぶと、仮面の奥で眼を閉じ、ふっと笑みを浮かべた。 途端に、甲高い音色が鳴り響き、殭屍たちの足元が大きな音を立てて陥没した。 突然上から大きな力で圧し潰されているかのように、身動きが取れなくなったその十数体のすべての殭屍が、重力に抵抗するように、皆揃って曲がった身体をぐぐっと起こそうとしてい
最終更新日: 2025-03-11
Chapter: 1-9 晦冥の怪異
 夜が更けても灯りの絶えない、様々な屋台や店が立ち並ぶ、賑やかな紅鏡の中心地は平地で、その全体を見下ろせる丘側に、金虎の一族やその親族、従者の住まういくつかの邸がある。 門下生や術士たちは、平地に用意された邸に数人ずつ均等に配属されていて、怪異を鎮めるのが日々の務めとされている。 民に依頼されて成功報酬を貰うか、宗主から直々の命令を受けるか、もしくは無償で修練の一環として退治するかである。 北側は夜になれば妖者が徘徊する、暗く深い森が広がっており、森を抜けるとふたつの渓谷がある。 手前には、ただ深く底の見えない不気味な渓谷があり、吊り橋を越えた先に、大きな滝の流れる渓谷が現れる。 この渓谷の長い吊り橋を越えると、湖水の都、碧水である。 紅鏡から西側に進み、広い山間地帯に入ると、竹林に囲まれた古都、玉兎が見えてくる。 東側は整えられた道が続いていて、しばらく歩くと草原へと出る。そこから山を越え五日ほどで、豪華な楼閣が立ち並ぶ都、金華に辿り着く。 南下し数日険しい道を歩けば、高い岩壁に囲まれた要塞、光焔がある。 東西南北に位置する四つの土地にそれぞれの一族が治める都があり、この紅鏡はちょうどその真ん中に位置しているのが解る。 そして、北東側は大小様々な岩場に囲まれた広大な土地で、数百年前の大きな争いの爪痕が今もなお残っており、その一帯だけは常に薄暗く、淀んだ空と草の一本も育たない穢れた地が広がっている。「晦冥と紅鏡の境目のこの辺りに出没するらしいが、やけに静かだな?」 文には三、四体ほどの殭屍が彷徨っていて、紅鏡側に結界を越えて入ってきたのだという。 殭屍は陽の出ている間はのろのろと大人しく、同じ場所を動き回っているだけだが、夜になれば活動的になり、昼のそれとは比べ物にならないほど凶暴化し、人を喰らう危険な奴らである。 特にこの場所は、かつて数千人の術士が無惨に命を落とした地であり、この土の下にはその亡骸が今も眠っているという。 それが時を経て負の養分を吸い取り、殭屍となり彷徨っているのだから報われない話だ。 広い範囲で境界に巡らされた結界は、こちら側に入って来れないように張られていたが、殭屍はただ喰らいたいという本能のまま歩き回り、身体がぼろぼろになってもなにも感じないため、結界に何度も体当たりをする。 塵も積もれば綻びも生まれてし
最終更新日: 2025-03-11
Chapter: 1-8 いつもの光景
 ふと、あの日の出来事を思い出していた竜虎は、無明の返事を待つ。 あれから五年経ち、十五歳になった。もう自分は大人だと自負している。妖者退治に関しては無明の方が勝っているが、背丈と同じように追い抜いてやる予定だ。「明日は早いから、近場のこっちかなっ」「よし、決まりだな」 仲の良いふたりの横で、むうっと璃琳は頬を膨らませる。「ちゃんと私を守ってよねっ!」「そんなこと言うくらいなら、ついてくるなよ」「誰かを守りながら退治しなきゃならない状況だってあるでしょっ!」 はいはい、と竜虎は自分の肩の高さ辺りにある璃琳の頭をぽんぽんと叩く。 単に一緒にいたいだけのくせに、と素直じゃない妹の性格に同情する。兄としては応援してやりたいところだが、この恋は成就しないだろう。 なんせ義兄だから。「大丈夫。璃琳も竜虎も俺が守るよ、」 ふたりの会話を聞いていた無明が、璃琳の前にいつの間にかさっと立ち、見返りも悪気もなく、いつものように笑った。 仮面の奥の瞳は相変わらずよく見えず、璃琳は馬鹿っ! 痴れ者! と竜虎を盾にして怒鳴りだす。しかし当の本人は怒られている理由がわからないため首を傾げた後、早くも興味をなくしたのかくるりと背を向けて歩き出した。(なんなのよー! もうっ!! ばかっ) 暗闇のおかげで、耳まで真っ赤になった顔を晒さないで済んだのが、せめてもの救いだ。 夜に相応しくない賑やかしい一行が向かうのは、紅鏡の北東の外れ。遠くに見える北の森の奥で、他の術士たちが今夜も妖者退治を行っている中、三人は北東の方へと歩を進める。 月明かりと、仄かな灯。 澄んでいるはずの夜空にあるものがないことを、三人は気付いていなかった。  それが、この先に待つモノの不吉さを物語っていたことを知るのは、もう少し後のことである。
最終更新日: 2025-03-11
Chapter: 1-7 三人だけの秘密
「虎珀、あなたは余計なことをしないでっ」「夫人、相手はまだ幼い子どもです。手をあげるのは感心しません」 虎珀は義弟たちの間に立ち、夫人を諭そうとするが、十五歳の少年に言われたことで、ますます姜燈夫人の顔が苛立ちを顕にする。 いつまでも収集がつかない現状に宗主は、仕方なくこほんとひとつ大きな咳をした。このままではここに集まっている従者や他の術士たちに、恥を晒すだけだ。「とにかく、無事だったのだから良いだろう。落ち着いてからふたりに事情を聞けば、なぜこのようなことになったか解る。決めつけるのはよくない」「なんですって!?」「虎珀、三人を邸まで頼む」 宗主は有無を言わさず、夫人の肩を抱いて先に去って行った。続いて他の術士、従者たちがやれやれという顔で去って行く。 残された四人もその後をついて行く。前を歩く虎珀の後ろで、三人は大人しく綺麗に縦一列になって歩いていた。 弾むような足取りで、一番後ろを歩いている無明を、こっそりとふたりは振り向きながら歩く。「なあ······本当にだいじょうぶか? 母上の平手打ちは最強に痛いんだ。俺も一回されたことがあるからわかるよ、」 大切にしていた花瓶を割ってしまった時、竜虎はそれをくらっていた。頬ではなくその時は手の甲だったが。 璃琳はおずおずと竜虎の袖を掴み、俯いているようだ。そもそもこうなったのは、璃琳が森に行ってみたいという駄々を、竜虎が同じく興味本位で叶えてしまったせいだった。 森は危ないというのは知っていた。しかし昼間なら妖者もいないので、問題ないと思ったのだ。 その結果道に迷い、宛もなく彷徨ってしまったせいで、このような事態になってしまった。「こんなの、全然へーきだよっ」 いつもなら自分たちをいらっとさせるへらへらした笑い方が、今はなぜかふたりを安心させる。「でも、俺が術を使ったのは内緒にしてね?」 人差し指を立て自分の唇にあてると、ふたりだけに聞こえるように耳打ちする。理由は聞かず、こくりとふたりはただ大きく頷いた。 この瞬間、この夜のことは、三人だけの秘密となったのだ。思えばこの時から、無明の才能は開花していたのだ。たった十歳で、しかも符だけで、あの凶暴な妖者を倒したのだから。 竜虎はこの日を境に、自分からすすんで厳しい修練に励むようになるのだった。
最終更新日: 2025-03-11
Chapter: 1-6 五年前、北の森にて
 五年前。北の森で迷子になり、そのまま陽が沈み辺りが暗闇に包まれる中、大きな木の下でふたりでぴったりくっつきながら、助けを待っていた。 ざわざわと木々がざわめく音さえ恐ろしく、仄かに空を照らしていた月明かりも、遂に暗い雲に隠れてしまう。 すぐ目の前をよろよろと彷徨い歩く、陰の気を浴びて本能のままに動く死体である殭屍に、思わず声を上げそうになった。 ふたりはお互いの口を交互にしっかり押さえて、青ざめる。 その時だった。背にしていた木の上から、ふたりと殭屍の丁度真ん中に降り立った影が、符を数枚投げ、印を結んで緑色の炎で闇夜を照らしたのだ。 殭屍は、人のそれと違う、獣に似た大きな悲鳴を上げてもがいた後、見たこともないその緑の炎に焼き尽くされ、跡形もなく灰へと化し風で散った。(父上? ······ん? 虎珀兄上? ········誰?) 自分も子供だが、確かに同じくらいか少し背の低い子供が、人を喰う凶暴な殭屍をいとも簡単に倒したのだった。 頭の後ろで手を組んで、くるりと振り向いた子供は、従者が纏う黒い衣を纏い、白い仮面を付けていた。ゆっくりと雲が晴れ、闇夜がうっすらと明るさを取り戻す。 へへ〜と笑ったその子供は、おまたせ~と楽しそうに笑うと、組んでいた手を闇夜に掲げて万歳をしてみせた。 普段だったら「誰がお前なんか待つかっ!」と突っ込んでいただろうが、竜虎はその時ばかりは大泣きした。つられて璃琳もわんわん泣き出す。「ふたりとも、無事か!?」 ざっざっざっと大勢の足音が駆け寄ってきて、宗主である父が先頭をきって姿を現した。 その後ろからふたりの姿を見つけた夫人が、宗主を追い抜いて恐ろしい形相で駆け寄ってきて、有無を言わさずに無明の頬を思い切りぶった。「なんてことっ! あなた、私の大事な子どもたちになにをしたのっ」「やめなさい!」「なぜ止めるの!? あなたは自分の子どもたちが心配じゃないのっ」「無明も私の子だ。君はそこのふたりだけが私の子で、無明は他人か従者だとでも言いたいのかい?」 もう一度手を振りかざした夫人の手首を、思わず宗主が掴んで止める。姜燈夫人のその言い方に、さすがに宗主も呆れた。夫人が無明に従者の衣を着せた時から薄々感じていたが、そこまでだとは思っていなかった。 無明本人はまったく気にしていなかったが。「どうせこの子が、ふ
最終更新日: 2025-03-11
Chapter: 1-5 竜虎と璃琳
 こつん。 ————こつん。 ————こつん。 真夜中に小さく響くその音はいつもの合図で、無明はぱちっと仮面の奥の瞼を開くと、身体を起こし、近くにあった衣を纏い、寝床を後にする。 こそこそと庭に出て、不規則に騒がしく鳴いている蛙の声を聴きながら池の前を通り過ぎると、低い塀の天辺から顔を覗かせた顔馴染みを発見し、大きく手を振った。 月明かりが暗い夜の闇を照らす中、しーっと人差し指を立てて慌てるその少年は、同い年だが生まれた月がふた月だけ早い三番目の公子、竜虎である。 見るからに几帳面そうな彼は、無明とは対照的で、頭の上できっちりと髪をまとめ、銀色の飾りで解けないようにとめている。 長めの前髪は丁度真ん中で分けられており、形の良い額と、整った顔立ちがよりその秀麗さを際立たせていた。金虎の一族の特徴である紫苑色の眼は、切れ長で凛々しいが優しさも垣間見える。 低い塀をひょいと片手を付いて乗り越え、地面に着地した無明は、あれ? と首を傾げて珍しいものでも見るように腰を屈めた。「璃琳お嬢様、こんな夜更けにお散歩ですか?」 竜虎とよく似た、けれどもそれよりも大きな瞳の少女に対し、わざとらしく敬語を使い、丁寧にお辞儀をして様子を窺う。 綺麗に整えられた黒髪は肩の辺りまであり、そのひと房を括って飾られた、薄紫の花が付いた髪飾りがとても良く似合っている。 少女は右手に灯を、左手は兄である竜虎の衣の袖を遠慮なく強く掴み、きっと睨むように無明を見上げた。彼女はふたりの三つ年下の十二歳。竜虎と同じ母、つまり姜燈夫人の子で、無明の義妹でもある。「なにがお散歩ですか? よっ! そんなの見ればわかるでっ······もぐっ」「璃琳、声が大きいっ」「ふたりとも大きいよ~あはは」 けらけらと笑って無明はふたりに教えてやるが、ふたりは同時にこちらを睨んで牽制してくる。金虎の一族が纏う、袖と裾に朱と金の糸で複雑な紋様が描かれた白い衣を羽織っている竜虎と、薄桃色の外出用の動きやすい上衣下裳を纏った璃琳。 無明はといえば、袖や裾の紋様は竜虎のそれと同じだが、黒い衣を纏っている。一族の直系や親族が纏う白に対して、黒の衣は従者の纏う色だった。「私はふたりの監視役よ。明日は奉納祭だし、なにかあったら大変でしょ?」 今度は声を潜めて得意げに見上げてくる。それはこっちの台詞だ、と竜
最終更新日: 2025-03-11
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