暉の国。 夜になると妖者と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈する地。かつて国を脅かしていた、邪悪な鬼術を操る一族が、伏魔殿に封じられ数百年が経った今も、その影響は完全に止むことはなく。国の各地方を守護する五つの一族は、妖者によって日々絶え間なく起こされる災厄に、手を焼いていた。 紅鏡、碧水、光焔、金華、玉兎。 国は五つに大きく分かれており、それぞれ金虎、白群、緋、雷火、姮娥という一族が治めている。 一族の長は宗主と呼ばれ、その嫡子を公子と呼ぶ。一族に仕える者を従者、また一族の門下に入り術を修めた者を、総じて術士と呼んだ。**** 紅鏡。金虎の邸。同じ敷地の中にいくつかの大小様々な邸が存在した。 その中でも一番小さく質素な造りで、中心に存在する宗主の邸から一番離れた場所に在るのが、第四公子とその母が住まう邸である。 小さいが手入れの行き届いた庭には、年季の入った桜の木が一本と、赤と白の模様の鯉が二匹泳ぐ小さな池があり、その周りには季節ごとに色とりどりの花が咲き乱れ、そこに住む者の穏やかさを感じさせた。 邸からはいつものように奇妙な笛の音と、繊細な琴の音が奏でられている。 春。疎らな薄紅の花衣をつけた桜の木の下で、目を閉じ、適当な音程で気のままに横笛を吹いているのは、額から鼻の先を覆う白い仮面を付けている少年だった。 少年は十代半ばくらいの見た目で、上下黒い衣を纏っている。長い黒髪は赤い髪紐で結んでおり、細身で小柄な印象があった。 そこからさほど離れていない向かい側の邸の縁側で、そのでたらめな音程に合わせて琴を奏でているのは、少年の母である。 大きな翡翠の瞳が特徴的な、美しい容貌の穏やかな女性だが、少女のようなあどけなさも垣間みえる、不思議な魅力があった。 ふいに琴の音が止まり、少年の笛の音も遅れて止まる。見れば母が立ち上がり両手を胸の前で組み、丁寧に頭を下げる仕草をしていた。(珍しいな。父上がこんな時間にここに来るなんて。奉納祭の打ち合わせとか? にしては、なんだか難しそうな顔をしてるみたい······) 母の視線の先に現れた人物に、少年も慌てて同じように立ち上がり、やや雑だが胸の前で腕を上げて囲いを作り、頭を下げてお辞儀をする。 まだ朝から昼の間くらいの刻であった。事前の連絡もなく突然訪問してきた宗主を、母が縁側から降りて自ら歩み寄り、
最終更新日 : 2025-03-11 続きを読む