3年間塩対応してきた夫は、離婚の話をされたら逆に泣きついてきた
私と紀戸八雲(きど やくも)との結婚は、最初から秘密だった。
結婚したことを隠してきたこの3年間、私は外に言えないくらい誇れない妻として八雲のそばにいた。
外から見れば、八雲は東市協和病院第一の執刀医で、冷酷無情で、唯我独尊の存在だ。いわゆる高嶺の花である。
したし私は、ただそのそばに立っているちっぽけな麻酔科のインターン生だった。
無数の真夜中で、私はいつも1人で家でその人の帰りを待っていた。広い部屋の中、寒くてたまらなかった。
自分がもっと頑張れば、もっと優しくなれば、いつかきっと振り向いてくれると思い込んでいた。
しかし現実は無慈悲で、残酷だった。
「あの人のところにもう行かないでくれない?」私は八雲の裾をギュッと掴んで、細い声で何度もお願いをしていた。
なのに八雲ただ笑った。その笑い声から明らかな嫌味を感じた。「ただの契約なのに、紀戸の奥さんは随分役に入り込んでるね」
*
月日が経ち、八雲のあの娘の前でしか表れない優しさを見てきた。
何も言わずに、私は静かに離婚協議書1枚だけ残して、家を出た。
それから、白銀の東市で、知れ渡ったあの紀戸先生は雪に埋もれた道端で膝をついて、涙目で復縁をお願いしてきた。「優月(ゆづき)、離婚しないでくれ」
その頬からぽつりと落ちた涙は、私の目から、すでに雪のような冷たいものになった。淡々と微笑みながら、私はこう答えた。
「もしかして紀戸先生も役に入り込んでるの?ごめんね、芝居に付き合う暇はないの。契約期限はもう過ぎたわ。告白したいなら、まず列に並んでちょうだい」