桐葉、自由の空へ
結婚十周年記念日のその日、私は旦那・大蔵栄一(おおくら えいいち)と息子・裕之(ひろゆき)の秘密を知ってしまった。
毎年繰り返される「記念日のアクシデント」は、偶然なんかではなかった。
全ては裕之の仕組んだ茶番劇だったのだ。この子は意図的に私を家に縛りつけ、栄一が初恋の人とデートできるように手伝っていたのだ。
ドアの向こうから、普段ちやほやしている裕之の声が冷たく響いてくる。
「パパ、立花(たちばな)さんに会ってきてね。いつものように、僕がママを引き止めとくから。
毎年こんなことするのめんどくさいよね。ママもう大人だってのに、なんで結婚記念日とか気にするんだろう。
立花さんのほうが新しいママにぴったりだよ。今のママはわがまま過ぎる」
その夜、遅くなって帰ってきた栄一は知らない女の香水の香りを纏っていた。私は彼に離婚を告げた。
彼らは忘れていたのだ。
私は妻でも母親でもあるが、まず「私」という人間であることを。