愛は二度と振り返らない
「私、星市に行って先生の下で医学を学ぶことに決めました」
佐藤奈々の言葉が終わるか終わらないかのうちに、受話器の向こうから鈴木教授の年老いた、しかし喜びに満ちた声が聞こえた。
「奈々はあのバカのことを諦められたのかい?」
奈々はひそかにスカートの裾を固く握りしめ、言葉を発する前から苦い思いが込み上げてきた。
「諦めるも何も、その頃には彼のことなんてすっかり忘れているでしょうから」
風が奈々の呟きをかき消し、鈴木教授ははっきり聞き取れなかった。
「何だって?何を忘れるって?」
「いえ、何でもありません。では、仕事に戻ります。月末に星市でお会いしましょう」
電話を切った後、奈々は目の前にある東洋医学クリニックを見上げた。
美しいアーモンド形の目には、隠しきれない緊張と不安が宿っていた。