All Chapters of 思いだけが留まる: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

類の母親は目の前が真っ暗になり、危うく倒れそうになった。里帆が素早く支えた。「お義母さん、大丈夫ですか?」類の母は息を整えると、里帆を鋭い目で睨みつけた。「この淫乱女め......!私の息子を、片平家を滅ぼす気か!」怒りに任せて里帆を突き飛ばし、彼女はよろめきながら巨大なケーキに倒れ込んだ。六歳の桜は突然の騒動に驚いて大声で泣き出した。会場は一瞬にして大混乱に陥った。客に紛れていたパパラッチがここぞとばかりにシャッターを切り、スクープをものにしようとほくそ笑む。本来ならば華やかで祝福に満ちたパーティー会は、類の罵声と客の追い出しで無理やり幕を閉じた。片平家はすぐさま情報を封鎖したが、すでに現場の写真や動画は大量に流出していた。その夜、SNSのホット検索のトップ3はすべて片平家のスキャンダルで占められた。【片平グループ現社長・片平類、婚姻中に不倫か?隠し子の噂も】【養女の歓迎会が修羅場に、豪門の闇が露わに】【信頼筋によれば、類の正妻・夏目遥はすでに帝都を離れ、行方不明とのこと】結弦が興味なさそうにその検索ワードを読み上げたとき、遥は彼の隣に座っていた。「へぇー。片平家ってもっとすごいと思ってたけど、所詮この程度か」「で、夏目さんはどうしてあの遊び人を選んだですか?」遥は彼のからかいに反応したくなかった。婚約を破棄したのは自分だし、立場的に劣勢だと分かっていた。だが、結弦はとことん容赦ない性格だった。遥は窓を少し下げた。「赤間さん、からかうために来たのなら、今すぐ降りるわ。電話したのも忘れて」そう言って車のドアに手をかける。しかしその瞬間、結弦が彼女を抱き寄せ、同時にドアを閉めた。「夏目さんってば、ほんとに俺に対して忍耐力ないな」彼女はふと彼の横顔に目をやる。通った鼻筋、美しい顎のライン。類のような典型的な中国風の端正さとは異なり、結弦の顔立ちにはどこか中性的で妖艶な雰囲気が漂っていた。彼の吐息が耳元をかすめ、遥の背中に戦慄が走る。本物の住民票が彼女の手に渡された。遥は自嘲気味に笑った。「なるほど。ここはこう書くのね」結婚式は来月初め、海原で最も格式高いホテルで執り行われる予定だった。当初、遥は目立つことを避けたがっていた。だが、結弦は「派手にや
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第12話

類は力なくソファに崩れ落ちた。遥は本気で自分に見つからないようにしているのか?つまり、この別れは突発的なものではなく、最初から計画されていた......彼は突然立ち上がり、寝室へと駆け込んだ。だがそこは空っぽだった。この別荘の中で、遥に関するすべての痕跡が、跡形もなく消えていた。彼が贈ったプレゼント以外、彼女の服はもちろん、類自身のクローゼットまで空だった。彼は使用人を呼びつけ、鋭い目つきで睨みつける。「奥様と俺の物はどこへ行った?」使用人は震えながら答える。「奥様が......試着室を整理すると言って、全部......全部燃やしました......」類の頭の中で鈍い音が鳴り響き、数歩後ずさった。彼は使用人の襟を掴んで怒鳴る。「嘘だ!遥がそんなことするはずない!あんなに俺のことを愛してたのに」使用人は怯えた声で続けた。「ほんとうに......奥様が燃やしたんです。裏庭の、あの......旦那様が奥様のために植えたバラ園も......燃やしてしまって......」類の瞳孔がギュッと縮まり、使用人を放して裏庭へ走った。目の前の光景に言葉を失う。かつて見事に咲き誇っていたバラ園は、今や焼け焦げた黒い大地と化していた。そのバラ園は、二人が結婚届を出した日に、彼が自ら植えたものだった。あの日、彼は彼女の手を握って、こう誓った。「君への愛はこのバラのように、永遠に熱く咲き誇る」遥はこのバラ園をとても大切にしていた。毎日水をやり、肥料を施し、枝を剪定していた。主寝室のベッドサイドには、常に一輪のバラが飾られていた。だが今や、バラは跡形もない。彼女は本当に自分を捨てたのか?類は雷に打たれたような衝撃を受け、かすれた声で震えながら叫んだ。「遥......そんなことしないでよ......お願いだから出てきてくれ......」「遥......俺が悪かった!里帆との関係をはっきりさせなかったのは俺の責任だ!だけど俺が愛してるのは君だけなんだ!」彼がどれだけ喉を嗄らして叫ぼうと、返事はなかった。彼女がこれほどまでに徹底して去ったのは、何かを知ったからなのか?その思いが頭の中で渦を巻く。類は急に息を詰まらせ、振り返ってアシスタントに言った。「壊れた住民票の件を調べ
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第13話

類の隠し子スキャンダルは依然として炎上し続け、片平グループの株価も乱高下していた。しかし、類は会社のことなどどうでもよく、あの空っぽで冷え切った別荘に帰る気も起きなかった。本来は温もりに満ちていた家が、遥がいなくなった今ではまるで氷の牢獄のようだ。彼はバーに入り浸り、酒で憂さを晴らしていた。類の昔馴染みの友人たちが、交代で説得を試みた。「結婚届に名前がある正式な妻は里帆だし、桜もお前と里帆の子だ。素直に里帆を妻として迎えてもいいんじゃないか?」「遥が自ら身を引いたんだ。これで面倒なことをしなくて済むよ」「里帆に未練があるって自分で言ってただろ?」酒がまわった類は、グラスをカウンターに叩きつけた。「俺が愛してるのは遥だ!里帆への想いなんて、ただの昔の情だ。遥が戻ってくるなら、桜の親権なんてくれてやる!」場は凍りつき、皆顔を見合わせる。その中の一人が空気も読まずに口を挟んだ。「でもさ、最初に里帆と結婚登録して、遥には偽の住民票渡したのって、いつか正式に遥を捨てるつもりだったんじゃ......?」「ガシャッ!」グラスが床に叩きつけられる。「遥を俺の妻じゃないなんて言う奴がいたら、絶対に許さない!」皆、黙り込むしかなかった。深夜、類は酩酊状態でふらつきながら家へ戻った。扉を開けた瞬間、ソファに誰かが座っているのが見えた。目を見開いて喜び、よろめきながら駆け寄ってその人物を抱きしめる。「遥、戻ってきてくれたのか!やっぱり俺を見捨てられなかったんだな!」暗闇の中で、女性は彼の腕の中に身を沈めながら、抑えきれない失望の声を漏らした。「類、私よ。里帆」類はがっくりと彼女を離し、冷えきった声で言った。「ここは遥と俺の家だ。用がないなら来るな。桜も引き取ってくれ、もう養うつもりはない」里帆は慌てて彼の腕を掴んだ。「類、桜はあなたの実の娘なのよ?遥のために、自分の子まで捨てるの?」「桜、熱出して、ずっとパパに会いたいって言ってるのよ!」類は彼女の手を振り払ったまま、沈黙を守った。里帆は機嫌を取るように、手ずから作ったという酔い覚ましのスープを差し出した。「これ、私が作ったの。一口でも飲んで......」類は苛立たしげに碗を押し戻した。「出ていってくれ。今は遥以外、
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第14話

類はベッドの上で何度も寝返りを打ち、どうしても眠れなかった。うとうとしながらも、彼は無意識に隣にいるはずの人を抱きしめようとしたが、空を抱いてしまった。遥の香りがないと、息すらできないような気がした。類は諦めて起き上がり、バルコニーに出て天体望遠鏡で星空を眺めた。だが、彼は三十分探しても、遥の名前で登録された青い星を見つけることができなかった。胸がざわついた。嫌な予感がした。彼はすぐに電話を取り、イギリスの「Star Name Registry」に電話をかけた。しかし、スタッフの冷たい声が告げた。「申し訳ありませんが、『夏目遥』の星はすでに消滅しました」その瞬間、彼の心はぐしゃぐしゃに握りつぶされたように感じた。信じられなかった。星がそんな簡単に消えるはずがない。「なら、もう一つ買う!いや、十個でもいい!全部『夏目遥』って名前にするから!」彼は必死に叫んだ。だが、スタッフは淡々と「現在、命名可能な星はありません」と告げ、通話は切られた。空がうっすらと白み始めていた。類は裸足のまま、ふらふらと街をさまよい歩いた。小石が足の裏を切っても気にしなかった。彼の頭の中には、あの日、自分が遥を突き飛ばし、彼女の手のひらが石で傷ついた光景がよみがえっていた。きっと、とても痛かったに違いない。ふと、街角のカフェの窓際で、淡いブルーのワンピースを着た女性の姿が目に入った。遥だ!類はカフェに駆け込み、その女性を強く抱きしめた。「遥、話を聞いてくれ。あの住民票の件は誤解なんだ。本当に俺が妻にしたいのは、ずっと君だけだったんだ......!」ブルーのワンピースの女性は驚き、すぐに類を押し返した。「人違いです。私はあなたの奥さんじゃありません!」だが類の頭はもう混乱しており、目の前の女性が誰なのか区別がつかなかった。彼は再び彼女を抱きしめ、今度はさらに強く腕をまわした。「君は遥だ。絶対に間違えない。遥......許してくれ。今すぐ結婚届を出すに行こう」そう言って彼は彼女の手を引き、外へ出ようとした。だが店の出口に差し掛かったところで、不意に拳が彼の顔面に飛んできた。大柄な男性が類の前に立ちはだかった。「どこの酔っ払いだ。俺の彼女に何してんだ!さっさと離れろ!」
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第15話

類はぼんやりと顔を上げ、気づけば涙が頬を伝っていた。金を手に入れてからというもの、彼の周りの人間は皆、媚びへつらい、無数の女が自ら彼の腕に飛び込んできた。だが、彼には分かっていた。彼女たちは皆、彼の金目当てでしかなく、そこに真心はなかった。遥だけは違った。彼女は両親と決裂してまで、迷いなく彼に付き添い、起業を共にしてくれた。彼女はいつだって、彼の最後の逃げ場であり、疲れた時に帰るべき港だった。それなのに。彼は金しか愛さない里帆のために、本当に彼を愛してくれた遥を失ってしまった。その現実に思い至り、類は激しい後悔の念 に駆られ、自らの頬を何度も強く叩いた。そして、彼は人だかりの中へ視線を向け、再び財布を開いて大量の現金をばらまいた。「俺の妻を見つけてくれた人には、二億円を支払う!」その場にいた誰もが沈黙した。そのとき、アシスタントが駆け寄り、興奮した様子で叫んだ。「片平社長!奥様の手がかりが見つかりました!」ストリートフォトを撮っていた写真愛好家が、偶然遥を写していたというのだ。だが、正確な場所までは特定できていなかった。類の沈んだ瞳に、再び光が灯る。「今すぐその人に連絡を取れ。いくらかかっても構わない、遥の居場所を聞き出すんだ!」酔いも吹き飛ぶ勢いで、彼はカフェの損害を弁償し、店主とその恋人に深々と頭を下げて謝罪した。帰りの車中、アシスタントが一枚の封筒を手渡した。「これは?」「あの、ずっと渡しそびれてたのですが......片平社長の健康診断の結果です」類はそれを適当に脇に置いた。だがアシスタントは心配そうに言った。「片平社長、一度目を通された方がいいかと。いくつか異常がありまして......」訝しげに思いながらも、類は封筒を開け、報告書に目を通した。そして。その一部に記された異常値を見た瞬間、心が深い奈落へと突き落とされた。無精子症。類は目を疑った。まさか、自分が!?では、桜は......?「あの女......俺を、騙したのか!」怒りに燃えながら、彼はすぐに里帆に電話をかけた。里帆はちょうど病院で病気の桜の看病をしていた。類からの電話を見た瞬間、彼女は飛び上がるように喜んだ。「類、ついに電話してくれたのね!やっぱり私たちを見
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第16話

類は嵐のように病院へ駆けつけ、「ガタン!」と音を立てて病室のドアを蹴り開けた。里帆はわざわざ体にぴったりとした超ミニスカートに着替え、くねくねと腰を振りながら彼のもとへ歩み寄った。「類、三人で一緒におうちに帰ろう?」類は彼女の髪を鷲掴みにし、歯ぎしりしながら壁に押しつけた。「このクソ女、よくも俺を騙したな!」里帆は目を見開き、必死にもがいて叫んだ。「騙してなんかないわよ、類!手を離して、桜が怖がるでしょ!」類は顔を近づけ、低く問い詰めた。「騙してない?じゃあ聞くが、桜は一体誰の子だ?」里帆の心は一瞬で凍りついた。震える声で言った。「類の娘よ......DNA鑑定書も見たでしょ?」類はその書類を彼女の顔に叩きつけた。「よく見てから答えろ!もう一言でも嘘をついたら、お前をぶっ殺す」里帆は床にひざまずき、散らばった検査報告を拾い上げた。そこで「無精子症」という三文字を目にした瞬間、瞳孔が大きく開いた。顔を上げたとき、彼女の目には恐怖がにじんでいた。「類、それは......」その後ろで、アシスタントがすでに里帆のスマホを解除して、遥とのチャット履歴を見つけ出していた。「社長、高宮さんは奥様に大量の挑発的な写真や動画を送りつけてました。歓迎会の時のあの写真も彼女が送ったもので......」類はアシスタントからスマホを受け取り、メッセージをスクロールし始めた。画面に並ぶ艶かしい画像に、全身が震えた。里帆は遥にプライベートな写真や動画を送りつけただけでなく、桜と遊園地に出かけた写真まで見せつけていた。読み進めるほどに胸が締めつけられ、心が冷えていく。文字が針のように目を刺す。胸がズキズキと痛み、彼は遥がこれを見たときどれだけ傷つき、絶望したか想像もできなかった。それでも自分は、栗入りの味噌汁を彼女に無理やり飲ませた。命に関わると分かっていたのに!遥は彼を心底憎んでいたに違いない、だからこそ、あれほど決然と去っていったのだ。類は怒りで奥歯を噛みしめ、里帆の胸を一蹴りした。怒りを込めて叫んだ。「忠告したはずだ、遥に手を出すなって!コソコソとこんなもの送りつけて、どういうつもりだ!」里帆は全てがバレたことを悟り、ひざをついたまま類のズボンの裾を掴んだ。「桜が類の娘じ
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第17話

類は嫌悪の表情で里帆を振り払うと、手を振って部下に彼女を引きずらせた。ベッドの上の桜は怯えきって、青ざめた顔で「パパ、ママ......」と泣き叫んだ。だが類は一瞥もくれず、アシスタントに命じて養護施設の職員を呼び、桜を引き取らせた。その後、彼は全国規模で人探しの公告を出させた。「懸賞金は40億。奥様に関する情報を提供した者には必ず支払う」これだけの金額を出せば、遥が見つからないわけがない。類はそう信じていた。彼が大々的に遥を探しているという噂は、すぐに海原にまで届いた。結弦は椅子に深く腰かけ、手元の純金製のライターを弄びながら言った。「やっぱり類は成金だな。ここまで大掛かりに動くってことは、君への未練が相当なものってことか」遥はソファに気だるげに身を預け、結弦がわざわざ海外から空輸させたフルーツを口に運んでいた。「赤間さん、それってもしかして嫉妬?」その瞬間、結弦はぐっと身を乗り出した。彼女との距離は数センチ。鼻先が触れ合いそうなほど。「君は今、この赤間家の奥様だ。俺もそこまで馬鹿じゃない。あんな成金に嫉妬するわけないだろ」けれど実際は、嫉妬で気が狂いそうだった。彼女がかつて類を愛していたと思うだけで、怒りで歯を食いしばる。遥は手に持ったブドウを彼の唇に近づけた。「はい、旦那さま。一粒どうぞ?」その一言が、結弦の身体に熱を走らせた。彼は顔を背け、喉仏を動かしながら唾を飲み込んだ。冷静で女慣れしていないと有名な海原の御曹司と、今目の前で耳まで赤く染めているこの青年が、どうしても一致しなかった。「食べないの?じゃあ私が......んっ」彼女の言葉が終わる前に、結弦が突然キスを落とした。片手で彼女の首をしっかりと支える。そのキスは不器用で強引、まるで恋を知らない少年のようだった。息継ぎの合間に、遥は口を開いた。「赤間さんは......もしかして、童貞?」その言葉で、結弦の首まで真っ赤になった。次の瞬間、彼は再び彼女の唇を奪い、勢いよく歯をこじ開けた。そして彼女を抱き上げ、壁の一部を手探りで押すと。そこに隠し扉が現れ、大きなベッドルームが姿を現した。遥は目を見開いたまま思考が停止する。結弦は外線の内線電話を取り、アシスタントに指示した。「今か
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第18話

類は里帆を地下室に三日間閉じ込め、食事も水も一切与えなかった。四日目の朝、彼は部下に命じて地下室の扉を開けさせた。鼻を突く悪臭が一気に漂ってくる。類は鼻と口を押さえながら言った。「俺と離婚の手続きをしに行くか?」里帆は髪は乱れ、全身汚れた姿でかろうじて体を起こし、目をぎらつかせた。「類、出して......なんでも言うとおりにするから......」類はアシスタントからドッグフードを受け取り、それを地面にばらまいた。「これを全部食べたら、出してやる」里帆は這うようにしてドッグフードを拾い、口に押し込む。アシスタントはその様子をスマホで録画していた。「保存しておけ。遥に見せるんだ、俺がどうやってこのクズ女に報いを受けさせたかを」類は里帆の手を足で踏みつけた。里帆は痛みに体を震わせた。「犬がドッグフードを手で食うか?手を使うな!」里帆は地面に突っ伏して泣き叫び、噛み切る前のドッグフードが口から飛び出した。そして類は、服も乱れ、髪もぼさぼさの里帆を市役所の離婚窓口まで無理やり連れて行った。「こんにちは。こいつと離婚したい」窓口の職員は驚きの表情で里帆に目を向けた。「奥様、ご相談が必要では......?」里帆は怯えて手を振った。「いいえ、必要ありません!早く離婚を!」職員の処理は迅速だったが、類は書類審査のことをすっかり忘れていた。「え?そんなの必要ない、今すぐ離婚したいんだ!」職員はこれはルールだと丁寧に説明する。アシスタントが慌てて類の肩を掴んで引き留めた。「社長、まずは奥様を探すのが先決です。今ここで騒ぎを起こして逮捕されたら、奥様を探せなくなりますよ」類はようやく、窓ガラスを叩き割ろうとしていた拳を下ろした。彼は里帆を憎しみに満ちた目で見ながら後ろのボディーガードに突き出した。「地下室に戻せ。水とドッグフードだけ与えて、生かしておけ」そのまま踵を返して去り、里帆は地面にうずくまって泣き叫ぶ。この一部始終を誰かが動画に撮ってネットに投稿し、瞬く間に炎上した。「動画のあの暴力男、片平類って?この前テレビで優秀若手経営者賞を受賞してたよな?」「妻に逃げられてから今更改心して、愛人を虐めても誰も感動しないんだが」「片平グループは道徳的に問題あり。
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第19話

アシスタントはまだ引き止めようとした。「万が一、相手が詐欺師だったら......」だが類の決意は揺るがなかった。「会社なんてどうでもいい。遥が戻ってくれるなら、すべてを失っても構わない」すぐに金は相手の口座へ振り込まれた。五分後、遥とある男が一緒に食事している鮮明な写真が類のスマホに届いた。類は拳を握りしめ、嫉妬で気が狂いそうだった。「あの女と一緒にいる男は誰だ。今すぐ調べろ」アシスタントが数本の電話をかけ、振り返って報告する。「社長、奥様と一緒にいたのは、彼女の元婚約者の赤間結弦です」類は言葉を失った。赤間結弦?あの赤間家の?噂によれば、代々軍人の家系で、彼の代になって初めて商売に転じたという。ネットで結弦や赤間家についてはほぼ情報がなく、非常に神秘的だ。類は以前から、遥と結弦が幼い頃から婚約していたことを知っていた。自分が途中で現れなければ、きっと二人の子供はもう小学生になっていただろう。「でも、遥は海原を離れる前に彼と婚約を解消したはずだ。なぜ一緒に食事をしているんだ」「本当に間違いないのか?」アシスタントは何度も確認した。「間違いありません。赤間家の御曹司で、何人にも確認を取りました」類はだんだん落ち着かなくなった。相手が無名の男なら、まだ遥を取り戻す希望はある。だが、相手が黒白問わず誰も手出しできない赤間家なら、勝算は低い。それでも、彼は諦めなかった。ほどなくして、アシスタントが衝撃的な情報を持ってきた。「赤間さん、結婚するそうです!結婚式は三日後です!」類はその話を聞いて、大声で笑い出した。「結婚しているのに他人の妻に手を出すなんて、赤間家も名家とは思えないな」「もし婚礼前に元婚約者と浮気してるってスキャンダルが出たら、奴に遥を奪う資格なんてなくなるだろう!」「彼の結婚相手の名前を調べろ!」しかし今回は、アシスタントが十数件も電話をかけても、新婦の名前を突き止めることはできなかった。類は顎に手を当て、「まあいい。とにかく、赤間の結婚式の招待状を手に入れろ。直接お祝いに行ってやるんだ、海原の王子様の新婚をな」「それで奥様はどうしますか?」類は両手を広げた。「慌てるな。赤間のスキャンダルが広まれば、遥も俺の良さを思い出して、必ず俺
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第20話

五年間、結弦は誰にも心を許さなかった。次々と近づいてくる女性たちに一切興味を示さず、家族や仲間たちからは性的指向を疑われたほどだった。祖父でさえあからさまに、あるいは遠回しにこう言ったことがある。「孫嫁が男でも女でも構わん。連れてきて見せてみろ」彼も新しい人生を始めようとしたことはあった。別の女性と関係を築こうと努力もした。だが、いざという場面になると、どうしても駄目だった。女性たちが驚いたように目を見開く、その表情が胸に突き刺さった。それで彼は医者に診てもらったこともある。「身体的な異常はありません。精神的なケアをお勧めします」気まずさを避けるため、彼は禁欲を選んだ。一生このまま独りで生きていくのだろうと思っていた。あの電話を、再び遥から受けるまでは。スマホに表示された見慣れた番号を見つめると、息が止まりそうになった。彼は立ち上がり、壁に手をつきながら深呼吸を繰り返し、ようやく震える手で通話ボタンを押した。無理やり声の震えを抑えて、言った。「夏目さんからお電話をいただけるなんて、光栄です」だが遥はその皮肉に反応せず、ただ一言。「結弦、あなたと私の婚約、まだ有効なの?」心臓が跳ね上がるのを押さえつけながら、結弦は答えた。「君はもう人妻じゃないか」遥は焦れたようにもう一度尋ねた。「有効かどうかを聞いてるの」結弦は混乱して、口走った。「俺と不倫でもしたいのか?」遥は無言で電話を切った。その瞬間、結弦は自分の失言を悔いて仕方なかった。すぐに彼女の近況を調べさせると、あの片平類が遥を騙していたことを知った。彼はすぐに電話をかけ直した。「有効だ。ずっと有効のままだ」電話の向こうは数秒の沈黙の後、ふたりは翌週の月曜日に婚姻届を出すことで合意した。彼女が気が変わるのを恐れて、結弦はすぐ付け加えた。「来なかった方がバカな」遥はひと言、「このバカ」と言い捨てた。電話を切った後、結弦はアシスタントに尋ねた。「俺って、バカなのか?」ビジネスの場でしか彼を見たことのなかったアシスタントは、大学生のようにはしゃぐ彼の姿に呆気にとられた。「まあ......」結弦は「しまった」と顔をしかめた。「まずい、彼女に軽く見られたかもしれない。電話で訂正
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