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All Chapters of 池中のもの: Chapter 11 - Chapter 20

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第 11 話

しばらくして、京司は手を引っ込め、澪を見ないようにした。彼は沙夏に向き直り、優しい声で言った。「病院に送ってあげるよ」「でも……」沙夏は諦めきれずに口を開きかけたが、京司の冷たい視線に気づき、言葉を飲み込んだ。彼は今、まるで刃を包んだマシュマロのようだ。見た目は優しいが、噛みつけば血が流れる。沙夏はそれ以上何も言えなかった。「足が痛いから、抱いて」京司は身をかがめ、澪の目の前で沙夏を抱き上げた。沙夏は彼の首に腕を回し、澪に挑発的な視線を送った。まるで「ほら、彼にとってあんたなんてまるで存在していないようだわ」とでも言うように。京司は沙夏を抱えたまま、振り返ることなく澪の横を通り過
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第 12 話

幸いにも玲央は素早く澪を支えた。彼女の肩に触れると、異様な熱さを感じ、驚いた顔で凛を見た。「この子、熱がある」凛は一瞬固まり、すぐに声を上げた。「早く医者を呼んで!」澪は、まるで永遠に続くような長い夢を見ていた。夢の中で、彼女は幼い頃に戻っていた。優奈に暗い貯蔵室に閉じ込められ、周囲は闇に包まれていた。彼女はその闇に飲み込まれ、まるで底の見えない黒い渦に落ちていくような感覚だった。必死に扉を叩いたが、応答はなかった。彼女が絶望した時、その閉じられた扉がゆっくりと開き、光が隙間から差し込んできた。その光はますます大きく、明るくなり、彼女の暗い瞳を照らした。光の中には、高く堂々とした姿
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第 13 話

凛は医者を呼ぼうと立ち上がったが、澪に腕を掴まれた。凛は動きを止め、怪訝そうに彼女を見つめる。「まさか……産むつもり?うそでしょ、なんであんなクズ男のために子供なんか産まなきゃいけないのよ!」澪は首を振り、手で示した。[彼は子供を欲しがっていない]「じゃあ、それでいいじゃない!おろせばいいんだよ!」澪はぎこちなく指を動かした。[私は欲しい]凛は納得がいかないように眉をひそめた。「……なんで?」[私の子だから]凛はしばらく黙った。どう言葉を返せばいいのか分からず、再びゆっくりとベッドに腰を下ろす。そうだね、この子は京司だけのものじゃない。澪の子供でもある。今の彼女には、身寄りも
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第 14 話

澪の指が瞬時に強張り、妊娠検査の紙をぎゅっと握りしめた。紙は無造作に皺が寄り、慌ててそれを裏返してソファの上に置く。彼女は深く息を吸い込み、落ち着きを装いながらソファから立ち上がった。ゆっくりと振り返り、京司を見上げる。[……離婚届だけど、見る?]京司の視線が彼女の指先を捉え、ゆっくりと顔へ移る。その黒い瞳は、どこか冷たく、まるで部屋の温度ごと下げてしまうかのようだった。彼は歩を進め、堂々と彼女の目の前で立ち止まる。すらりとした指を伸ばし、低く一言。「見せてもらおうか」澪の身体がこわばる。彼の目はまるで底知れぬように、それを見て拳を握りしめた。「離婚するんじゃなかったのか?見せてく
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第 15 話

澪のお腹にはすでに彼の子供がいる。けれど、彼の目に映る彼女は、まだアニメを好む子供のままだった。京司は何かに気付いたのか、ふと彼女を見つめた。「……あまり興味がないのか?」そう言って、伸ばした指が彼女の頬に触れ、指先が目尻をそっとなぞる。澪は我に返って微笑みを浮かべ、うなずいてジェスチャーを送った。[見ているよ]彼女は慌てて顔をそらし、テレビに視線を戻す。無意識に頬に手をやると、指先に触れたのは、冷たい雫だった。彼のスマートフォンが、ずっと鳴り続けている。10分おきに、規則正しく。2話が終わったころ、彼はようやくスマートフォンを手に取り、通話ボタンを押した。スピーカーから、沙夏の
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第 16 話

京司は澪の手を軽く振り払い、立ち上がった。「……いい」それだけ言い残し、浴室へ向かう。しばらくすると、水音が聞こえてきた。澪はほっと息をつき、そっとお腹を撫でた。だが、次の瞬間、全身を冷たい不安が駆け巡る。生理が十ヶ月も続くわけがない。その恐怖が、優しさという名の沼から彼女を引き戻した。どれだけ温かくても、それは沼に過ぎない。彼が彼女を愛することはない。まるで、泥の中に花が咲かないように。彼女の愛は、彼にとってただの子供の遊びなのだから。約20分後、京司が浴室から出てきた。さっきまでの冷えた雰囲気は消え、表情も落ち着いている。スマートフォンを手に取り、ちらりと時間を確認する。「
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第 17 話

澪は目を大きく見開いた。――インフルエンサーって、お金を稼げるの?そんなこと、一度も考えたことがなかった。凛は説明する。「アカウント作って、動画投稿してフォロワー増やして……あとは商品紹介とか広告案件とかやれば、稼げるんだよ」澪はしばらく呆然としていたが、やがて手を動かし、ゆっくりと手話を送る。[……そんなに稼げるの?]「もちろん! フォロワーが増えれば増えるほど、収入も増えるからね」凛はにっと笑いながら、澪のお腹にそっと手を置いた。「お金貯めて赤ちゃん育てるんでしょ?」澪は静かに頷く。そう、お金を稼がなきゃ。たくさん、たくさん稼いで、この子を守る。そして、京司と離婚する。小池家が自
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第 18 話

カフェの中で。凛は、自身がよく使うカフェで打ち合わせを設定した。澪は窓際の席に座り、ふと凛の額の傷に目をやる。心配だった。京司は、彼女が凛と会うことを許していない。もし知られたら、きっと怒られるだろう。凛は彼女が緊張していると思い、軽く肩を叩いて、にっこり笑う。「大丈夫。話は私が進めるから」凛の笑顔を見つめながら、澪もぎこちなく微笑んだ。どれだけの年月、孤独だっただろう。京司以外、友達と呼べる人は一人もいなかった。みんな、彼女のことを遠ざけていた。でも、昨日の凛の行動は、かつての京司と同じだった。突然、彼女の人生に現れ、暗く貧しい世界に光を差し込んだ。待つこと十数分。外から足早
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第 19 話

澪のスマホの画面に映るのは、たった短い一言のメッセージ。【帰ってこい】澪は一瞬、心臓がぎゅっと縮む。ちらりと隣を見ると、凛はまだ喜びに浸っている。澪は何も言わず、スマホをそっとポケットに戻した。凛は彼女の肩を抱きながら笑って言った。「澪ちゃん、自分でお金を稼いで、自分で赤ちゃんを育てられるよ。あんなクソ男なんか、もう必要なくない?」澪はわずかに口角を引き上げ、無理に笑顔を作る。そして、静かに手話を送る。「凛、私、帰るね」「え、なんで?夜ご飯でも一緒に食べて、お祝いしようよ」澪はそっと手を振り、お腹を軽く撫でる。「薬、飲まないと」「ああ、そうだった!まだ安定してないんだっけ。じゃあ、
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第 20 話

京司の声は決して大きくなかった。それでも、澪の身体はビクリと震えた。動揺しながら、必死に手話を送る。[わ、私は……買いたいものがあって……]「何を買うんだ?」澪は喉を鳴らし、唾を飲み込む。[服を……あなたに、服を買うの]京司はじっと澪の目を見据えたまま、不意に笑みを零す。「俺に、服?」澪は頷いた。「澪ちゃん」彼は突然子供の時にように彼女の名前を呼んだ。彼女をこう呼ぶのは久しぶりだった。彼の指がそっと頬を撫でる。けれど、その声は冷たかった。「最近、悪くなったな。嘘をついても、目を瞬かない。凛に教えられたのか?」澪の瞳が揺れた。手をぶんぶんと振り、必死に否定する。しかし、京司の手
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