All Chapters of 生きた魔モノの開き方: Chapter 21 - Chapter 30

31 Chapters

21戦目:魔モノ

 朝焼けのもと、僕たちは再び島の奥へと足を踏み入れた。ネイヴァンの転移魔法で昨日、クラ―グルと遭遇した場所まで一気に移動し、そこからさらに進んでいく。  高い樹々に日光を遮られた森は晴天の朝でも薄暗く、空気は冷たく湿っていて、不気味な雰囲気があった。明確な気配こそ感じないが、どこか草葉の隙間から、僕たちを狙う上級魔物が様子を伺っているのではないかと嫌な想像をしてしまうくらいだ。 「周囲をよく観察しながら進め。普通の魔物の痕跡とは異なるモノが見つかるかもしれない」  エルドリスは僕とネイヴァンにそう指示し、先頭を勇ましく歩いていく。 僕は彼女の背中を見つめながら尋ねた。 「エルドリス、もしも本当に、魔物にされた人間かもしれないモノを見つけたら、どうするんですか」  エルドリスは間髪入れずに答えた。 「捕えて観察する」「それで、元人間かどうかがわかりますか?」「個体によるだろう。会話ができれば間違いない。それが無理でも人間だったころの名残が見受けられれば、そうとわかる。例えば指輪をしているだとか、歯に治療痕があるだとか」「そういうのがまったくなくて、判別できなかったときは?」「……お前が頼りだ」  やっぱりな。 「ねえエルドリス、わかっていますか。人間が人間を食べること――カニバリズムは禁忌です。僕に禁忌を犯させるんです?」「私のために犯してくれ。いや、私たちの目的のために」「あなたには、人の心がないんですね」「すまない。だが他に方法がない。お前に支払わせる代償は大きいが、その分私もあとから同じだけ代償を支払おう」「別に道連れを求めているわけじゃ……」  ネイヴァンが背後で軽薄に笑った。
last updateLast Updated : 2025-04-23
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22説目:可愛いモノには弱い

 捕えた魔物を前にして、僕たちは互いに顔を見合わせた。 「さて、こいつをどうするか」  ネイヴァンが腕を組んで魔物を見下ろす。エルドリスは、僕の俊足の鎖《ラピッドチェイン》でがんじがらめにされている魔物を靴底で蹴って転がし、あらゆる角度から観察しているようだった。  ひび割れた皮膚。位置のズレた不自然な関節。形の歪んだ頭部。白く濁った目。 不気味すぎて到底人間とは思えない、人間に酷似したモノ。  ナイフの刃先で魔物の顎を持ち上げて顔を凝視していたエルドリスはため息をつくと、低く言った。 「やはり見ただけではわからない」  その言葉の意味するところを察し、僕の胃が縮み上がる。  やっぱり、そうなるのか……。  どうやって拒否しようかと考えていた、その時―― 「きゅーぅぅ♪」  思わず全員が固まった。 なんだ今の音……いや、声か? 発生源を三人で見下ろす。 聞き間違いか? 今、この魔物が頓狂な鳴き声を上げたような……。  次の瞬間、魔物の体がぼわんと破裂し、白い煙が立ち上る。 「全員下がれ! 煙を吸うな!」  服の袖を口元に当てて防御しながらエルドリスが鋭く叫ぶ。僕とネイヴァンも同じように口元を覆い、離れた場所から煙が晴れるのを待った。  逃げられてはいない手応えはあった。監獄の監督官が会得する俊足の鎖《ラピッドチェイン》は、そう易々《やすやす》と破れるものではない。僕の鎖はまだ何かを捕らえている。 しかし、その対象物は随分と
last updateLast Updated : 2025-04-24
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23人目:見つけろ、そして、見つかるな

 三人の総意により、フワドルの子どもは逃がしてやることにした。 だが僕が俊足の鎖《ラピッドチェイン》を解いてやると、白くふわふわした小さな魔物は走り去らず、エルドリスの足にぴょんと飛びついた。 「なんだ」  エルドリスが面倒くさそうに見下ろす。 「きゅるる♪」  甘えた声を出して彼女の足にすり寄るフワドル。その小さな前足で彼女のズボンをカシカシと引っかき、まるで注意を引きたいかのようだ。 「おいおい、可愛いじゃあないか。ママになってやれよエリィ」  ネイヴァンが楽しげに笑うが、それも含めてエルドリスには鬱陶しいようで、彼女は大きめの舌打ちをする。 「お前がパパでも何でもなってやれ。……おい、まとわりつくな、離れろ」  エルドリスは足を振ってフワドルを引き剝がそうとしたが、フワドルはまるでそれが遊びの一環であるかのように喜び、ますます彼女にじゃれついた。 「きゅっきゅ♪」「……ああもう、好きにしろ」  諦めた様子でため息をつくエルドリス。 そんな彼女を見ながら、ネイヴァンが「そうだ」と手を打った。 「このフワドルに、擬態してたあの気色悪い魔物をどのあたりで見たのか聞いてみようぜ。案内させれば話が早いだろ」「フワドルって会話できるんですか?」「試してみりゃあいい」  そう言ってネイヴァンは、エルドリスの足にしがみつくフワドルのそばにしゃがみ込んだ。 「おい、チビ助。お前が擬態してたあの魔物、どこで見かけた?」  魔物に人間の言葉が通じるはずがない。それも
last updateLast Updated : 2025-04-25
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24夜目:紅い魔モノの棲む処

「おいおい、新人君、今なんて言った? 俺の聞き間違いか?」「聞き間違いじゃありません。彼はA級殺人犯です」  ネイヴァンは眉をひそめて、少年をまじまじと見つめる。しかし、見たところでわかるものでもない。囚人に、その罪状と等級ごとに刻まれる魔導印は、人道的な理由により監獄の監督官にしか見えないようになっている。 「死刑囚島《タルタロメア》に送られた囚人の生き残りか」  エルドリスが冷静に呟いた。 そうでしかあり得ないと僕も思っているが、疑問は残る。 「最後に死刑囚が送られたのは約一か月前です。仮に彼がそのときの死刑囚だとしても、一か月間この島で生き抜いたことになる。そんなのは前代未聞です。大抵は数日で魔物に襲われて命を落とします」  少年に注意を払いつつ小声で話していると、少年は突然にこりと微笑んだ。 「ねぇ、あなたたちも死刑囚?」  不意に発せられた問いに、僕は思わず違うと答えそうになったが、その前にエルドリスが進み出て答えた。 「そうだ」  僕はぎょっとして彼女の横顔を見る。その表情には何か思惑がありそうだった。 少年は興味深そうに僕たちを見つめながら、 「罪状は?」「連続強盗殺人。三人ともグルだ」  少年の目が楽しげに輝いた。 「へぇ! じゃあ僕と似たようなものだね」  それは笑顔で言う台詞か? 背筋にぞくりと寒気が走った。 「僕はラシュト」  少年――ラシュトに促され、僕たちはエルドリスから順に名乗った。 「ラシュト
last updateLast Updated : 2025-04-26
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25食目:ノルクの干し肉とセフィアベリーのスープ

 ラシュトに導かれ、僕たちは洞窟の中へと入っていった。 ひんやりとした空気。足元の地面は剥き出しの岩肌で、場所によっては水滴で湿っていて滑りやすい。壁面には光る苔や菌類がまばらに張り付いており、それらが様々な色合いでぼんやりとした微光を放っていた。天井は標準的な成人男性の背丈ぎりぎりくらいの高さしかなく、長身のネイヴァンは常にかがみ気味で、何度も頭をぶつけそうになっている。  洞窟の奥へ進むほどに、湿気と冷気が増していく。水の滴る音がどこからかポチャン、ポチャンと反響する中、ラシュトは楽しそうな鼻歌を歌う。  やがて道が開け、僕たちは広々とした空間へと出た。 天井は高く、壁面は無数の岩が積み重なった形状をしている。その岩々の隙間から新鮮な外気が入り込み、ゆるやかな空気の流れを生み出していた。 中央には焚き火の跡があり、奥には乾いた枯草を敷いた簡素な寝床がある。物を入れる木箱や簡素な木の机、革袋のようなものまであり、それなりの生活を営んでいる様子が伺える。 「ここが僕の部屋だよ。まあ、ちょっと狭いけど、十分だよね?」  ラシュトは振り返って、にこりと微笑む。 「なかなか悪くないな」  エルドリスが周囲を見回しながら呟いた。 「きみが一人でここを作ったのか?」  ネイヴァンが少し驚いたように尋ねると、ラシュトは得意げに頷いた。 「そうさ。死刑囚島《タルタロメア》は危険だけど、こうしてちゃんと居場所を作れば生きていけるんだ。さあ、座って」  ラシュトの言葉に従い、僕たちは焚き火の跡の周囲に腰を下ろした。 「さて、晩ご飯の準備をしようかな」  ラシュトは焚き火の残骸に火をつけ直し、部屋の端に置かれていた木箱から干し肉らしきもの
last updateLast Updated : 2025-04-26
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26喰目:グラングの塩焼きとヴェルドのハーフカット

 なんだ? どういうことだ? ラシュトはどこへ消えた? 僕はエルドリスとネイヴァンを起こし、事の顛末を二人へ伝えた。  ネイヴァンが点火魔法で焚き火に火をつけ、洞窟の中に鮮やかな視界が戻ってくる。僕たちは壁面を丹念に調べ始めた。叩いたり、押してみたり、突起に指をかけて引いてみたり。しかし―― 「特に変わったところはないな……」  ネイヴァンが首を水平に振る。壁面を構成する岩は、どれもただの岩でしかない。床も、下に抜け穴がないかと三人で調べてみたが、何も見つからなかった。  僕たちが調査を続けていると、外から小鳥の鳴き声が聞こえてきた。 「朝か」  エルドリスは立ち上がると、部屋の入り口へ向かっていく。 「どこへ行くんです? もう砂浜へ戻りましょう。ネイヴァンさん、転移魔法をお願いします」「少し待て、念のため洞窟の外を確認する」「確認って何を! エルドリス、待ってくださいっ」  僕は洞窟へ入っていくエルドリスを追った。エルドリスは歩きながら僕の質問に答える。 「確認するのはあの部屋の外側だ。私たちはここに入ってくるとき、蔓に覆われた入り口しか見なかった」「それが何なんです?」「あの部屋――あの広い空間には外気が流れていたな。つまり、僅かだが外部と繋がっているということ。その繋がっている場所を外側から見れば、わかるかもしれない。内側を調べてもさっぱりだったが、子どもひとり通り抜けるだけの隙間の手がかりが。あくまで小さな可能性だが」「わかりました。じゃあ、洞窟の周囲をざっと見て、そしたら浜辺へ帰りましょう」「おいおい、新人君。なんだか妙に焦っちゃいねえか」  後ろから付いてきていたネイヴァンが飄々と言う。彼にはわから
last updateLast Updated : 2025-04-27
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27殺目:快楽殺人者の憂鬱

 頭が重い。手足が思うように動かない。体が痛い。 目を開けると、冷たい岩肌の床が視界に入り、その先に、赤々と燃える焚き火が見えた。 「おはよう、怖いお兄さん」  楽しげな声が降ってくる。 顔を動かして声のした方を見ると、ラシュトが焚き火のそばに座り、金属製のナイフを弄んでいた。彼は木製のナイフしか持っていなかったはずなので、それは恐らくエルドリスの持ち物だろう。その唇の端は愉快そうに吊り上がっている。 「あなたたちさ、昨夜食べたセフィアベリーと今朝食べたヴェルド、食べ合わせって考えたことある?」  唐突な問いかけを聞きながら、頭の中で警鐘が鳴り続けている。手足が動かないのは縛られているせいだ。しかも手は背中側で括られているため、身を起こす支えにもできない。  エルドリスとネイヴァンも目を覚ましていたようで、すぐそばで動く気配がする。 「セフィアベリーはね、胃でなかなか消化されないんだ。だからひと晩経ったくらいじゃまだ、胃の中に残ってる。それで、ヴェルドと混ざると……さ、あっという間に有害成分に変わる。そうなると、人間は――」  ラシュトはそこで言葉を止め、ゆっくりと笑みを深めた。 「――昏倒してぐっすり眠っちゃうんだよ」  ネイヴァンが舌打ちする。本当は悪態のひとつも吐きたいところだろうが、彼とて今、この不利な状況で少年を煽るリスクを考えないわけがない。  エルドリスも同様だった。いつもネイヴァン相手に流暢に飛び出す嫌味が今は鳴りを潜めている。だが、彼女の無念は僕ら以上だろう。調理人である彼女にとって、毒の生成に食べ合わせを使われること、そしてそれにまんまと引っかかってしまったことは、屈辱にも近いはず。 「あなたたちは運が悪かった。でも逆に僕はものすごく幸運だ。い
last updateLast Updated : 2025-04-27
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28骨目:おまえはだれだ

 僕たちは光の雨粒に打たれた白骨遺体を見つめていた。人間の形を保ってはいるものの、ところどころ損傷が目立つ。とりわけ頭蓋骨は縦に真っ二つに割れていて、致命傷の跡なのか白骨化後の傷なのかは知れないが、異様だった。  骨の表面には、雨水や泥の跡がうっすらと残っている。  そして絡みつく、僕が放った絶対拘束《トータル・フェター》の蛇。その意味するところはつまり、 「これは囚人の――死刑囚の遺骨です」「誰なんだよ」  とネイヴァン。 「わかりません。でもラシュトの部屋の奥にあったんですから、ラシュトの知り合いなのでは?」「うーむ……でもあいつ、他の死刑囚とつるむようなタイプか? 殺しちまいそうだろ」「知らないですよ」「あ、そうだ。これは聞いた話だが、人間の遺体が雨風に晒された状態で完全に白骨化するには、少なくとも一年かかるらしいぜ。となれば、この遺体は一年以上前にこの島へ送られた囚人のものだ」「そんなの、数えきれないほどいます」「だよなぁ。……新人君、識嚥《シエ》で食ってみろよ。それでわかるだろ」「嫌ですよ! 冗談じゃない!」  この男はなんてことを言うんだ。 エルドリスが小さくため息をついた。 「断られるに決まってるだろ。頭を使え、ネイヴァン・ルーガス」「なんだよエリィ。じゃあ他に方法があるっていうのか?」「だから頭を使えと言っている。これまでの情報を総合的に考えてみるんだ。まず、この場所はラシュトのねぐらの奥にあって、ここに繋がる通路は岩壁によって遮断されていた。だが完全な遮断ではなかった。岩壁には隙間があったし、ここの天井にも隙間がある」「それが何なんだよ」  次に、とエルドリスはネイヴァンの問いかけを無視して続けた。
last updateLast Updated : 2025-04-28
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29戦目:お待たせ

 ラシュトを振り返った僕たちはすぐさま迎撃体勢をとった。そこにいるのは、どう見ても人間の少年。けれどネイヴァンが言ったとおり、人間ならば砂浜からの帰還に数時間は掛かるはず。 十分やそこらで戻ってこられたということはやはり、 「きみは、人間ではないんですかっ……?」  ラシュトは口角を引き上げ、悪戯っぽく笑った。 「怖いお兄さん、僕から見たらあなただって、純粋な人間には見えないよ?」「黙れクソガキ!」  ネイヴァンが吼えるが、少年は意にも解さず楽し気に続ける。 「そうそう、まだ答えを聞いてなかったね。どんなふうに殺されたいか教えてくれる?」「それはこちらの台詞だ。希望どおりの殺し方をしてやろう。こちらには名のある脚本家兼演出家と、魔物を開きなれた調理人、そして万能な調理助手《アシスタント》がいる」「おおっと。あなたたちやっぱり、死刑囚じゃなかったんだね。じゃあそうだなぁ……こんなプロットにしてよ。まずは冒頭で、パーティ全員毒蛇に噛まれて死ぬ、って」  次の瞬間、ラシュトの姿がぐにゃりと歪み、肉が変質する嫌な音が響いた。皮膚が硬質化し、暗い色の鱗が連なっていく。彼の身体は分裂するように長く伸び、それが何本にも分かれていく。  無数の黒い蛇。くわあ、と開かれた口には巨大な牙。そして牙の先から滴る毒液。 硬い鱗を持った蛇たちが地面を這う。 ズズズ……ズズズ……。  この音……!  僕は気づいた。蛇の鱗が岩に擦れる音。これは昨夜聞いた音と同じ。 あれは何かを引き摺った音じゃなく、無数の蛇が、岩壁に開いた隙間を潜った音だったんだ。 ラシュ
last updateLast Updated : 2025-04-29
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30傷目:ホップ、ステップ、ジャンプ

 四、五メートルは上から落ちてきたのにケロリとしているラシュトを見て、僕は寒気を覚えた。やはり、コレと戦うのは無謀だ。 「エルドリス」  逃げましょう、という意味で僕は彼女を呼んだが、反応はない。彼女の碧い眼差しはもはや、人間離れした少年へと釘付けになっている。 「呼ばれてるよ、綺麗でかっこいいお姉さん」  ラシュトがくすくす笑うが、エルドリスの表情は能面のようにぴくりとも動かない。  戦《や》る気なのだ。  僕は覚悟した。そして気持ちを、いかに逃げるか、から、いかに捕らえるか、に切り替える。 ネイヴァンも僕と同じ考えに至ったようで、ラシュトに正対して重心低く立ち、利き手の拳を握っている。 「アハ、そうこなくっちゃ。活きの良い獲物は好きだよ」  ラシュトの笑みが深くなる。 「ぬかせ」  とネイヴァン。その拳が赤い光に覆われる。 それが開戦の狼煙《のろし》となった。  高らかな笑い声とともに、ラシュトの体がねじれて変形する。溶けるように輪郭が崩れ、次の瞬間――エルドリスと瓜二つの姿がそこに立っていた。 「……悪趣味め」  エルドリスは即座に間合いを詰め、ナイフで自分と同じ姿の首を一文字に切り掛かる。後ろに飛び退いた白い喉を刃が掠め、赤い血が僅かに飛び散る。  ラシュトは軽やかに距離を取ると、今度はネイヴァンの姿に変わる。口元を歪めて、挑発するように舌なめずりした。 「なあエリィ。魔物とヤったことあるか? 俺で試してみるのはどうだい」「ネイヴァン・ルーガス、こいつを黙らせ
last updateLast Updated : 2025-04-30
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