結婚十周年記念日のその日、私は旦那・大蔵栄一(おおくら えいいち)と息子・裕之(ひろゆき)の秘密を知ってしまった。毎年繰り返される「記念日のアクシデント」は、偶然なんかではなかった。全ては裕之の仕組んだ茶番劇だったのだ。この子は意図的に私を家に縛りつけ、栄一が初恋の人とデートできるように手伝っていたのだ。ドアの向こうから、普段ちやほやしている裕之の声が冷たく響いてくる。「パパ、立花(たちばな)さんに会ってきてね。いつものように、僕がママを引き止めとくから。毎年こんなことするのめんどくさいよね。ママもう大人だってのに、なんで結婚記念日とか気にするんだろう。立花さんのほうが新しいママにぴったりだよ。今のママはわがまま過ぎる」その夜、遅くなって帰ってきた栄一は知らない女の香水の香りを纏っていた。私は彼に離婚を告げた。彼らは忘れていたのだ。私は妻でも母親でもあるが、まず「私」という人間であることを。部屋の中の話し声は次第に小さくなっていった。外で立ち尽くす私は、頭から冷水を浴びせられたように全身が凍りついた。この瞬間でさえ、「疲れすぎて空耳だったかな?」と自分を疑っていた。力を抜いた手からマグカップが滑り落ちた。熱いミルクが床に飛び散り、跳ねたしずくが肌をひりつかせた。きしり……ドアが内側から開かれた。裕之は私を見て、一瞬目を泳がせたが、すぐに不快そうに言った。「何してんの?盗み聞き?パパの言う通りだよ。ママってほんと、僕らを犯人扱いして監視してるよね」八歳の彼はすでに背が高く、栄一にそっくりな鋭い目元をしていた。眉をひそめ、私を見下すその表情は、記憶の中の栄一が苛立っていた時の顔と瓜二つだった。確かに、栄一は私に優しくしてくれたことなど一度もなかった。だが、裕之までもが、いつしか栄一と同じ冷たい人間に育っていたとは。あの愛たしかった子は、とうに消えていたのだ。胸の奥で沸き上がる感情を必死に押さえ込み、私は静かに裕之を見つめた。一瞬、激しく怒鳴りたい衝動に駆られた。でも、もうそんな気力さえ湧いてこなかった。私は裕之に向かって、作り笑いを浮かべた。「今来たところよ。転びそうになって……聞いてなんかいないわ」「そう?」彼は疑い深げに私を見つめ、怒る気配がないと
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