森下瑛太(もりした えいた)が記憶を失った。周りの人は全員覚えているのに、なぜか池田美月(いけだ みつき)のことだけ忘れていた。かつての対立関係も忘れ、彼は一目で美月に恋をして、彼女を熱狂的に追いかけ始めた。初日、彼は9999本のバラを用意し、町中の話題になるほど派手な告白イベントを開いた。二日目、彼は三日三晩にわたって花火を打ち上げ、美月への愛を世界中に宣言した。三日目、彼は美月のそばを片時も離れず、「ハニー、ハニー」と甘い声で囁き続けた。瑛太が目を覚ました日から、彼は外せないお守りのように、毎日美月にべったりとくっついていた。ついに美月も彼の熱烈なアプローチに心を動かされ、宿敵というわだかまりを捨て、彼の恋人になった。付き合って三年目のこと。美月が瑛太に会いに行った日、部屋の前で偶然、彼と仲間たちの会話を耳にしてしまった。「もう三年経つけど、美月ってまだ何も気づいてないの? 瑛太、いつになったらこの芝居を終わらせるつもり?」「だよな。そもそも美月のあの偉そうな態度を懲らしめるために、瑛太に記憶喪失のフリをさせたんだよな。あの偉そうな女が、今じゃ瑛太にメロメロな恋愛バカになってるなんて、見てて笑いが止まらないよ」「最初は百回イタズラしたら終わりって決めてたよな。一回目は瑛太が『南町の抹茶ケーキが好き』って嘘ついて、美月が三日も並んで買ってきたとき。二回目はバイク事故で怪我したって騙して、彼女が人生で一番大事な試合を投げ出して駆けつけたとき......前回で96回目だから、もうネタも尽きてきたし、次はどうする?」「いいこと思いついた!最近大雪だし、瑛太が胃痛だってメール送って、薬を届けさせようぜ。タクシーも拾えないし、絶対転びまくって惨めな姿になるぞ!」半開きのドア越しに響く笑い声を聞いて、美月の顔は青ざめた。目を閉じると、長年封印していた記憶が一気に蘇ってきた。周りはみんな知っていた。美月と瑛太が水と油のように相容れない宿敵だったことを。幼稚園から大学まで、彼女は学校一の美女、彼は学校一のイケメン。成績はいつもトップを争い、互いを目の敵にしてきた。それが、瑛太の事故と記憶喪失をきっかけに、二人は心の壁を取り払い、思いがけず恋人同士になった。美月はずっと、それを運命の恋だと思って
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