「黒澤さん、本当に全身の臓器を提供するおつもりですか?」「はい、間違いありません」そう言いながら、黒澤真希(くろさわ まき)はまるで解放されたかのように微笑んだ。医師は一瞬言葉を失い、再び説得を試みた。「確かにがんは末期に進行していますが、適切な治療を受ければ、少しでも命を延ばせる可能性があります」でも、真希はますます笑みを深め、迷うことなく首を横に振った。「必要ありません。先生、私は毎日、死を待ち望んでいます。おそらくあと一ヶ月の命でしょう。その日が来たら、病院に連絡しますので、全身の臓器を提供してください。多くの人を助けられれば、それで十分です。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」穏やかにそう言い、真希は微笑んだまま立ち上がって去っていった。医師は呆然と彼女の背中を見送った。これほどまでに死を望む患者に出会ったのは初めてだった。――病院を出ると、スマホが鳴った。画面に表示された名前を見て、真希の指先が一瞬固まった。「もしもし」「今日はなんで休みを取って、どこへ行ってた?」冷たく低い声が、電話の向こうから聞こえてきた。真希は一瞬迷い、正直に答えなかった。「ちょっと風邪をひいて」相手は明らかに関心がない様子で淡々と告げた。「琵琶ホテルの314室に」真希は何も言わず、すぐに向かった。個室の扉を開けると、中には古川万尋(ふるかわ まひろ)のビジネス関係者が大勢いた。「おっ、黒澤さんの登場か!噂には聞いてるよ。酒にはめっぽう強いらしいね?」「酒を武器に数々の契約を取ったって話だ。今日はぜひその腕前を見せてほしいな」「ここに九十九杯の酒がある。一気に飲み干せたら、契約を結んでやるぞ!」それに、ソファに座る万尋は、意味ありげな笑みを浮かべ、静かに口を開く。「期待を裏切るなよ」周囲の視線が一斉に注がれるから、真希は一瞬の迷いも見せず、微笑みながらグラスを手に取った。「では、僭越ながら」――一杯、また一杯と飲み干していく。胃が焼けるように痛む。胃がんに蝕まれた身体には、痛みが何十倍にも増幅されると感じられた。真希の顔色はどんどん青ざめ、指先まで震えていた。それでも、彼女は止まらなかった。そして――九十九杯目。万尋は最後まで、一言も発
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