All Chapters of 結婚式の日、私は「死」を選んだ: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

第21話

ニュース画面の中に、その面影を見つけた瞬間——尚弥の心臓は、一気に高鳴った。それは、死んだはずの人だった。彼は迷うことなく、すぐに人脈を総動員した。あの人物が、誰なのか。どこにいるのか。どうして生きているのか。朝倉家は海外を拠点とする名門。情報の壁は厚く、国内からではなかなか核心にたどり着けなかった。そして半月後。彼はようやく一つの名前に辿り着く。——朝倉光希。その名前を資料の中で見た瞬間、彼の目が止まった。発表パーティーの写真に写る女性。その姿を見た瞬間、尚弥は確信した。たとえ名前が変わろうと、身分が変わろうと、それが雨音であることに、一片の疑いもなかった。彼はすぐに朝倉家の住所を突き止め、航空便を最短で手配し、一路イギリスへ。機内で彼は、何度も彼女との再会を想像した。きっと彼女は怒っているだろう。口をきいてくれないかもしれない。——それでもいい。生きてさえいてくれれば、それだけで。あの日、彼女が棺の中にいた「死体」だったと信じた瞬間、彼の世界はすべて崩れ落ちた。今ならわかる。自分の人生には、雨音が必要不可欠だったのだと。謝罪しよう。誠意を込めて、過ちを認めよう。もう二度と、他の誰にも心を奪われたりしない。許してくれるなら、今度こそ世界一の結婚式を挙げよう。全てを取り戻そう。だが、現実は——それ以上に残酷だった。彼が庭園の影から目にしたのは、彼女の隣で楽しそうに談笑する、見知らぬ男の姿。二人は笑い合い、肩を並べて語り合い、時が経つのも忘れているようだった。尚弥は、壁の陰からそっとそれを見ていた。まるで、誰かの幸福を盗み見している卑怯な盗人のように。けれど、背中だけでもわかる。それは、どれだけ年月が過ぎようとも、自分が追い続けた人の姿だった。その想いが胸を圧し潰す直前、彼の喉から、ずっと呼びたかった名前がこぼれた。「雨音……!」声は震えていた。涙が滲み、視界が揺れる。「雨音、生きてたんだ……!やっと、やっと会えた、夢じゃない。君は本当にここにいる……!」彼は、その隣に立つ男の存在すら、視界に入れていなかった。その声を聞いた瞬間、光希は静かに、深く、息を吐いた。——いつか、この瞬間は来ると分かっていた。棺に偽装した亡骸では、永遠に彼を
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第22話

その一言で、尚弥の世界は音もなく崩れた。たった一言。けれど、それは鋭く心を貫き、血の気を奪うのに十分すぎた。彼には、理解できなかった。五年間、あれほど深く愛し合い、笑い合い、寄り添ってきたのに。なぜ彼女は「後悔している」と口にしたのか。そして、あの過去形——「愛していた」それはつまり、もう愛していないという意味なのか?そんなはずはない。いや、あってはならない。まだたったの一ヶ月しか経っていない。彼女の愛が、こんなにも簡単に消えるはずがない。きっとまだ怒っているだけ。まだ彼を許していないだけ——そう思いたかった。尚弥はわずかな望みにすがるように、そっと彼女に近づき、その手を取ろうとした。しかし——光希は、瞬時に一歩引き、彼との間に確かな距離を取った。拒絶の意志が、その動作ひとつに宿っていた。その冷たい反応に、尚弥はわずかに顔を歪めたが、すぐに懇願するように言葉を継いだ。「光希……違うんだ。本当に、誤解なんだ。説明させてくれ、お願いだ。信じてほしい。俺の心は最初から、今もずっと……君だけを愛してる。桐谷には、本気なんて一度もなかった頼む……俺と一緒に戻ってきてほしい。もう絶対に他の女なんて近づけない、誓う。君だけを愛する。そして……今度こそ、君のために盛大な結婚式を挙げよう。世界中に、君への愛を誓うよ」その目に浮かんだ光は、希望か、救いか、それとも最後の足掻きか。だが光希は、まるで何も聞こえなかったかのように、表情ひとつ変えず、ただ冷たく見下ろした。「五年前、あなたも同じことを言ってたわね。私だけを愛するって。でも現実はどう?裏切って、他の女を選んだじゃない?もう、あなたの言葉を信じない。そして、決して許さない!……帰って。もう、二度と私の前に現れないで」最初に彼の裏切りを知ったとき、彼女は本当に苦しかった。心が千切れるほど、痛かった。けれどその後も、変わらぬ態度で彼が優しく接してくるたび、一瞬だけ、心が揺れたこともあった。もし見なかったことにして、このまま結婚すれば、少なくとも表面上は、幸せなままいられるかもしれない。だが。重ねられる嘘、幾度も目にした、瑶との密会——彼女の心は、決定的に折れた。もう、無理だった。何もなかったふりなんて、できなかった。見な
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第23話

尚弥の声には、かすかに震えが混じっていた。「雨音、本当にもう僕を許してくれないのか?」光希は一切の迷いもなく頷いた。「ええ。絶対に許さない」そう言い放つと、彼女は尚弥の反応など眼中にない様子で、くるりと背を向け、門の中へと消えていった。翌日、彼女は悠真とコンサートに行く約束をしていた。聴覚が正常に戻って以来、光希はあらゆる「音」に特別な愛情を抱くようになっていた。自然のささやき、楽器の音色、人の声——ちょうど悠真はクラシック音楽の愛好家であり、彼と一緒にコンサートへ行くたびに、新しい知識と感動に触れることができた。その頃、尚弥は邸宅の外で、一晩中じっと立ち尽くしていた。昨日、光希が言い放った言葉が、何度も何度も頭の中でリフレインしていた。瑶と初めて関係を持ったときの、あの満足。それは今や、自らに突き刺さる鋭いブーメランとなって返ってきた。それでも、彼はまだ諦めきれなかった。五年という時間を、光希がそう簡単に手放せるとは思えなかった。悠真からのメッセージを受け取ると、光希は小鳥のように軽やかな鼻歌を口ずさみながら階段を降りてきた。階下で食事をしていた美和が、その姿を見てからかうように声をかけた。「この前は『もう会いたくない』なんて言ってたのに、今じゃ毎日でも会いたそうな顔してるじゃない。あの子どもの頃の婚約、現実になる日も近いかもね」二人は明らかにただの友達でしかなかった。けれど、なぜかその一言に、光希の頬はふわりと赤く染まった。「ママ、私たちはただの友達よ!」そう言い残し、彼女は弾むように外へ駆け出していった。今日のコンサートはとても貴重なチケットで、しかも悠真が大好きなチェリストも出演するという。玄関を出たその瞬間、光希は傍らでじっと立ち尽くす尚弥の姿を認めた。だが、あたかも見なかったかのように、彼女はまっすぐ悠真のもとへと駆けていった。悠真は手に持っていたサンドイッチを、ごく自然な動作で彼女に差し出した。「うちの母が、君にってわざわざ作ってくれたんだ」光希はそれを受け取り、一口かじると目を輝かせた。「やっぱり瞳おばさんの味は最高!」「早く行こう。もうすぐ始まっちゃう」「ねぇ、今日の演奏者って、他に誰が出るの?」……尚弥は、ただその場に立ち尽くし、遠ざかって
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