Semua Bab 愛は星影に抱かれて: Bab 11 - Bab 20

34 Bab

第2章 光と影の間で 第1話

「先ほど下の方でお見かけしましたが、わざわざこんな上まで何かご用が?」  七華さんに問われ、男性は穏やかに答えた。 「近くに住んでいましてね。湖まではちょうどいい距離なので、時々足を伸ばすんです」  嘘は言っていないように思う。私は、無意識のうちにそう判断した。 「私たちをご存じなんでしょうか。だって、くノ一って」  私の問いに、七華さんがクスッと笑った。男性は、心なしか目が優しくなったような。 「舞台装置に敬意を表したまでですよ。聞き流してください」  笑いを含む落ち着いた声に、気持ちが和む。彼は歩み寄り、私たちに近付いてきたかと思うと、すっと通り越した。靴を履いていることを計算に入れても、やはり晧司さんより背が高い。彼はそれから数メートル進んで立ち止まり、振り返った。 「いつもは湖の反対側を歩いています。今日は新たなルートを開拓しようとこちらへ来てみたんですが、幸運でした」 「どういう意味でしょう」  七華さんの声には、いまだ警戒心がこもっている。春日さんが話していた「若い男」が彼なら、不審者ではないと一度は判断したはずなのに。  七華さん、何を心配しているの? 「美しい女性に山の中で巡り会う。最高の幸運でしょう。あなたがたは、狸にもあやかしにも見えませんしね」 「泥のごちそうを食べさせられることも、生き肝をとられることもなさそうだと?」  昔話の例を出してみると、彼は眩しそうに目を細めた。 「そういうことです。では、いずれまた」  草を踏むかすかな音。背筋をまっすぐに伸ばし、休日を楽しむ青年にしてはややまじめすぎる印象を与えて、曲り道の向こうへと消えていった。  その日、私の心の底に、言葉にならない温かいものが生まれた。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-04
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第2章 光と影の間で 第2話

「お帰り、リン。おや、何かいいことがあったようだね」  玄関に出迎えてくれた晧司さんは、私に手を差し伸べながらそんなことを言った。 「ただいま、晧司さん。特別に何かあったわけじゃないけど……ふふ」  言われてみれば、いいことかな? アポロンでディオニュソスな彼との出会い。風貌からは、絵画などで見る太陽神を連想した。理知的な雰囲気や、ロマンの香りも漂わせている。けれど彼の内面は激情でいっぱい。現実的なあらゆる衝動を、容貌で上手に隠している人。私に、湖の底から水面の光を覗かせてくれた気がする。 「私には内緒か? 寂しいな」 「あとで話しまーす。手を洗ってきますね」  洗面所に向かう私の後ろで、晧司さんと七華さんが話していた。 「誰に会った? 春日が言っていた男か」 「はい、間違いございません。地元の青年で、この辺りを散歩で訪れることがあるとか」 「……ではないのだな?」 「見た限りでは……」  あとの方は、よく聞こえなかった。 二人だけの時間が戻ってきて、私は無性に本を読みたくなった。 「晧司さん、お部屋から本を借りてもいい?」 「ああ、もちろん。取れないのがあれば言いなさい」 「はい」  彼はリビングでお仕事。散歩での出会いのことは、まだ話していない。何となく、もうちょっと、心にしまっておきたい気がして。  彼の寝室は、私の居室の隣。大きな本棚から、好みの本を選んで手に取った。何冊か机に置き、また次のを選ぶ。机も本棚も大きくて、寝室というよりは書斎のよう。けれど書斎は別にある。もとは書斎だったところに、ベッドを入れたかのような違和感。机も、晧司さんには低いんじゃないかな……。椅子で調整しているようだけど。 「これも、そのうちわかるのかな」  違和感を覚えるところには、私の記憶が眠っている。無理に起こすことはせず、自室へ戻った。  運んできたのは、神話を含む、様々な昔話の本。謎の青年がもたらしたのは、説明のつかない温かさだけではなかった。本を読みたい。物凄く読みたい。そこから、私の活動範囲が一気に広がっていく予感がある。今日は朝から調子がよかったからそういう時期にきていたのだろうけど、彼を見て、彼と話して脳が刺激されたことは明らか。  またすぐに会えたらいいなと願う、この気持ちは……恋?
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-05
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第2章 光と影の間で 第3話

 本をじっくり読むには時間がかかる。私は、気に入った文章を抜き書きしてみたり、感銘を受けた箇所にメモを貼ったりするから、なおさら。自分の本なら直接感想を書き込んでしまいたいくらい、本にのめり込む。一冊の本と、恋をするようにじっくり向き合うのが、天霧鈴という人物の癖らしい。……ううん、私の癖、だよね。  私を天霧鈴だと教えたのは、晧司さん。病院の人にもこの名前で呼ばれたし、保険証などの書類もそうなっていた。  だけど、もしも。病院の人も巻き込んで、私を騙しているとしたら? ミステリーなら、あり得なくはない展開。よほど手が込んでいないと病院の書類なんてごまかせないし、明るみに出たら大騒ぎになると思うけど……私が、何かの事件の被害者で身を隠す必要があるなら、できないことではないのかもしれない。あんな夢も見たことだし……。その場合、私は、騙されているというより、守られていることになる。  この説明で齟齬が生じるのは、晧司さんが最初から私に「リン」と呼びかけていたこと。目覚める前から記憶喪失だと確信していなければ、使えない手だ。  または、よく似た別人。晧司さんの従妹の天霧鈴は別にいるけど行方知れずで――あるいは死んでいて ――私をその人と思い込んでいるか、身代わりにしている。ほかの人に会わせると嘘の世界が壊れるから、会わせないよう閉じ込めた。 「うーん……それだと、七華さんの反応と矛盾する」  私のために見せた涙は、演技にしてはできすぎていた。  考え始めると止まらない。三か月以上、言われるままに受け入れてきたことに、今初めて疑念を抱いている。  私は、どこの誰なのか。  疑いは、歩き始める第一歩。私は今ようやく、自分の頭と心を未来へ向けて動かそうとしている。この探索の旅を、晧司さんは共に歩んでくれるだろうか。それとも、私は栗色の髪のアポロンを頼るのだろうか。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-10
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第2章 光と影の間で 第4話

 次から次へと考えてしまうのは、よほどあの青年が気になるのか……実は私の前に現れた二人目の身内だとでもいうのだろうか。 「生き別れになった双子の片割れ……なんてね」  思いつきを呟いて、自分で笑ってしまった。双子って、それこそアポロンとアルテミスじゃないんだから。  途中まで読んだ一冊目の表紙には、ギリシャ神話の太陽神と月の女神が描かれている。二人とも意志が強く、怖いものなどなさそう。今開いているのは、関連することが書かれている別の本。ギリシャ神話の世界を、すべて現実の事象として説明しようと試みている。ページをめくると、鉛筆で直接、細かい字が書き込まれていた。 「あ……また」  誰かが読んで、考えた足跡。私が今、正に引き込まれた箇所に、私の思考を写し取ったかのような言葉で書かれている。しかも、この字。 「私の字……だよね」  急いだり夢中になったりすると、細く、小さくなる。前に本を借りた時にも見かけた。その時は、仲のいいいとこ同士なら本の貸し借りをしていても不思議はないよねと、無邪気に思っただけだった。今はそうはいかない。 「おかしいでしょ……」  ここは晧司さんの別荘で、本は晧司さんの寝室から借りたもの。私の持ち物なら躊躇なく書き込むだろうけど、借りた本にそういうことはしないと思う。せいぜい、付箋を貼るに留めるだろう。  では、本は私の所有物だったのか? 記憶がなく管理が難しい私の代わりに、晧司さんの部屋に置いてある?   共同の本棚という可能性もあるけど、それならリビングか、晧司さんの書斎に置くんじゃないだろうか。わざわざ男性の寝室に置き、女の私を出入りさせるのは不自然。 「不自然といえば……」  あの机。晧司さんには、やはり低いと思う。では……私なら? あの部屋はもともと、私の勉強部屋か何かで……大人になってあまり使わなくなったから、晧司さんが自分のベッドを入れて寝室にしている? それか、私が使わせてもらっているこの部屋が晧司さんの寝室だったけれど、私を静養させるために譲り、自分は隣へ移った。 「部屋が余ってるのに、そこまでする?」  矛盾点は、すぐに見つかってしまう。使っていない部屋があるのだから、私をそ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-11
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第2章 光と影の間で 第5話

「時間を忘れて本を読んでしまいました」 「それだけ元気になってきたということだね。本を読むのは根気がいるから」  にこにこと言葉を返してくれる従兄は、目の下に疲れが見える。食べる手を止めて、右隣の彼の頬に手を伸ばした。 「晧司さんこそ、お仕事のしすぎでは?」 「構ってくれるかわいい子がいないとね、頑張りすぎてしまう」  言われてみれば。ここへ来てから、自分の部屋に籠もりきりで夕食まで過ごすのは、今日が初めてだった。 「ごめんなさい。こんなにお世話になっておきながら、少し動けるようになった途端、自分のことばかりで」  彼の手が私の手に重なった。 「いいんだよ。君はもともと……ふふ」  思い出し笑い。気になる。私が、おとなしい人間ではないと知ってしまっただけに。 「もともと、何ですか?」 「夢中で何かをしている時が、一番かわいい」 「詳細は秘密?」 「すまない」 「ううん。大丈夫です」  期待通りの答えはもらえないけど、もう焦らないと決めている。あなたを笑顔にできる私の思い出、必ず取り戻しますから、待っていてください。  そのためにも、あのアポロンと接触したい。さて、どう切り出したものかしら。 チャンスは、二人で夕食の後片付けをしている時に訪れた。お皿を洗い終わった彼が、「それで? 今日は大変な宝物を見つけた!という顔で帰ってきたのに、まだ教えてくれないのかな?」と尋ねてきた。聞いてうるさがられるのもいけないから我慢していたけど、気になってもう我慢の限界だよ、と顔に書いてある。  私は布巾を広げて干し、エプロンを外した。まどろっこしい言い方はやめよう。 「明日から……一人の時でも、長い散歩をしてもいいですか? 私の中の、宝箱の鍵が開くかもしれないの」  彼の目の届く範囲を外れて、一人で歩きたいという意味だ。  驚いて、問い質すか。悲しそうに微笑むか。抱きしめて、思いとどまらせるか。彼の反応はどれでもなかった。私の両手を取り、「よかった」と言った。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-13
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第2章 光と影の間で 第6話

「過保護になりすぎて、君を私に依存させはしまいかと……これでも一応、気にしていたんだよ。記憶がなくても、やはり君は君だな。思うままに進んでいく」  彼はもう一度「よかった」と言い、涙ぐんだ。  私は自分の間違いを悟った。一番近くにいるつもりで、一体彼の何を見ていたんだろう。私のよさを損なうまいと願いながらも、閉じ込めてしまっていたこと。晧司さんには晧司さんの事情があり、そうせざるを得なかった。心配でたまらないはずなのに、私が腕の中から飛び出すことを喜んでくれる。  おかしなもので、こうなると、甘えて彼の巣で眠っていたい気持ちが生まれてくる。けれど今度は、彼がそれを許さない。 「君は冒険家だ。誰にも止められない。ただし、約束してくれないか。その日の出来事のうち、何かひとつは私に話してくれること」 「ひとつでいいんですか?」 「秘密にしたいこともあるだろうからね。……おや。子供みたいだな」  思わず、抱きついていた。何て素敵な人!  「約束します。晧司さんに話したいこと、たくさん見つけてきます」 「ひとつでいいと言っているのに」  抱きしめてくれた晧司さんの声は嬉しそうで、この先何が起きても、何を思い出しても、絶対に百パーセント、彼を信じると決めた。 次の日、私は意気揚々と出かけた。アポロンが今日もこの辺りまで来る保証はない。住んでいる家も知らない。 「いずれまた、とは言ってたけど……」  一か月先かもしれない。一年先かも。 「ううん、きっと……」  彼も、私を探しに来る。その予感は、的外れではなかった。  昨日会った場所から少し下ったところで、のんびりと景色を楽しみながら登ってくる彼と出会った。昨日と同じで身軽な服装。優しい色合いは、私が今日選んだ、クリーム色に小花の刺繍が施されたワンピースと対になっているかのよう。 「こんにちは」 「こんにちは。今日もこちらのルートなんですね」 「ええ。二日続けて幸運に恵まれるかどうか、試してみたくなりましてね」  昔からの知己であるかのように微笑みを交わせば、知り合ってからの時間など問題ではなかった。彼が昨日見つけたという
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-14
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第2章 光と影の間で 第7話

 私たちは、本当に子供みたいだった。ほかの別荘が数軒立ち並ぶところまで来ると、管理事務所と広場があり、いくつかの遊具が置かれていた。  彼は長い枝を探してきて、砂の上に字を書き始めた。 『影野夕李』  縦に並んだ四文字は、宝石のように綺麗。一番星が見えてきそう。あなたの名前?と聞くまでもなかった。彼は照れ臭いのを咳払いでごまかすようにして、私にも書けと目で促した。どこへ書こうかと一瞬考え、隣に並べることにした。 『天霧鈴』  天と夕、影と霧。晴れた空に薄雲がかかり、その中でかすかに鈴が鳴っているような、私たちの名前。勝手にロマンチックな想像をして楽しんだ。 「天霧……すずさん、でいいのかな」 「あ、いえ。リンと読むんです」 「それは失礼」 「ふふ、『すず』もかわいいですね」 「では、そう呼んでも? 僕だけ特別に」  即座に頷くことができない理由を、彼は誤解した。 「さすがに、馴れ馴れしかったかな」 「違うんです。そうじゃなくて……」  枝を地面に落とし、赤いベンチに腰かけた。隣に座った影野さんに、これ以上誤解させたくない。ゆっくりと、事情を離した。 「私、記憶がないんです。事故に遭って……意識不明で。目が覚めたのは、今年の三月の半ばでした。自分の名前も、家族のことも、何も……」 「落ち着いて。わかったよ、わかったから。無理に話さなくていい」 「大丈夫……話そうとしても、わかっているのはここまでなんです」  彼は水筒のコップを外し、水を飲ませてくれた。 「ありがとうございます」  体中に染み渡る水。影野さんに打ち明けることが、これほどまでに緊張を伴うものだとは思わなかった。記憶喪失だから、私をすずと呼ぶ人がほかにいるかどうかもわからない。影野さんは特別だと頷きたいのに……。  私の思いを、彼は読み取ってくれた。 「今のあなたにとって『特別』でいられるなら、僕はそれでいい」 「ありがとうございます。じゃあ、『すず』で」  心の中で、チリンと鈴が鳴った。  影野さんは水をもう一杯注いでくれて、鞄から予備のコップを出し、自
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-15
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第2章 光と影の間で 第8話

 私の方も、影野さんに聞きたいことがある。昨日は手ぶらだったのが、今日は水筒に、二人分のコップまで用意して。 「ああ、これですか。今日は楽しい遠足になりそうな予感がしたもので」  乾杯でもするようにコップを掲げる仕草が、かわいいなと思った。  記憶がなくても、優しい人たちと心を通わせることはできる。毎日、教えられている。  風がそよぐ。木陰でじっとしていると、少し涼しい。バッグからスカーフを出して肩にかけた。 「綺麗だ」 「ありがとうございます。ここの柄が特に好きで」  胸の前で軽く結んだ先を示すと、彼はフッと笑みを浮かべた。 「もちろん、そのスカーフもね。……この辺りは、古くから知られている別荘地なんですよ。上の方は、私有地ですけどね」  さり気なく話題を変える。もしかして「綺麗」って、私に言ってくれたのかな。変な反応をしたから、呆れてる? 「私のこと?」と聞くのもおかしいし……彼の方こそ、爽やかな木の香りに包まれてゆったりと寛ぐ様子は、お忍びの王子様のようで絵になる。胸元に視線を導いてしまったことが急に恥ずかしくなり、この話題に乗ることにした。 「私たちが出会った場所は?」 「ギリギリ、私有地の外です。でなければ僕は、不審者で通報されてもおかしくない」 「ふふっ。私と一緒なら大丈夫でしょう?」 「もっと上まで行けと?」 「心配性の私の保護者に、あなたを一目見てもらいたいの」  ああは言っていたけれど、晧司さんは私が出かけている間、気を揉んでいるだろう。一緒にいるのが影野さんのような人なら、危険はないと安心してくれるはず。 「僕を見たら、ますます心配して、あなたを外へ出さなくなるかもしれないな」 「どうして?」 「さあ……。ま、どう転ぶか試してみましょうか。そろそろ、時間も時間だしね」  ちらりと腕時計を見た彼に、寂しさを覚えた。 「そんな顔しないで。確かに、これでは心配性にもなる」  俯いた私の髪にかすかに触れる。両手の中から抜き取られたのは、これを返さなければ引き止められると信じているかのように抱えていたコップ。行かないで。もっと、あなたといたい。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-16
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第2章 光と影の間で 第9話

 管理事務所の敷地の外れに、大きな案内図があった。別荘地の大まかな区画を示すものらしく、私有地はほぼ省略されている。 「ここに、展望台があります」  指で示された場所は、晧司さんの別荘の対岸に位置している。 「僕はいつも、ここを目標に歩いていたんですよ。湖を一望できる。ただし、観光客が湖に入ることはできません。なぜなら」 「私有地だから?」 「その通り。尤も、所有しているのは土地を独占するためではなく、景観を保全するのが目的だと聞いています」  晧司さんらしい、と感じた。あの人には、奢ったところがない。退院の日に湖を見せてくれた時、声を震わせていた。「君は、ここにいるんだ。私と一緒に」と。  大切にしている景色の中に……あなたの宝物の中に、私を連れてきてくれたんですね。晧司さん。  案内図を見て微笑む私の隣で、影野さんがぽそっと呟いた。 「強敵だな」 「え?」 「いえ。行きましょうか」 別荘の敷地内へ戻ると、影野さんは息を飲み、ちょっと立ち止まった。 「緊張してます?」 「それはね。事業に利用するでもなく、ただ美しいというだけで守るために景色を所有する。スケールが違うというか……純粋すぎる。そんな人物の領域に足を踏み入れるのはね」  純粋。あの人を言い表すのにぴったりの言葉。 「不思議ですね」 「何がです?」  別荘が見えてきた。 「影野さんは彼と会ったことがないのでしょう? なのに、私よりもよく知っているみたい」 「簡単なことですよ。あなたの従兄がどのような人間なのか……あなたを見ていれば、わかります」 「そういうものですか?」 「ええ」  窓辺に人影。晧司さんの書斎だ。カーテンが開いている。もうじき、私に気付いてこっちを向く。その前に、何か言わなければならない気がした。 「すずさん、これを」  差し出されたのは小さな紙。十一桁の数字が書かれている。ゼロで始まるこれは……。 「僕のプライベートの番号です」 「私がかけてもいいんですか?」 「なかなか鋭い質問ですが、ほかにこの番号
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-17
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第2章 光と影の間で 第10話

「すずさん、あまり思い詰めないで。僕でよければ、いくらでも気分転換の相手になりますから」 「ありがとうございます……あ、でも私」 「電話を持っていない?」 「ええ。だから、メールや、メッセージを送るのも……」  現状では、したくてもできない。  これまで、通信手段がなくても困ることはなかった。私の世界は、晧司さんで完結していたから。病院で渡されたタブレットも、配信サービス以外のサイトを閲覧することはできなかった。おそらくは、私を守るためと、余計な先入観を与えないため。 「わかっています」  影野さんが驚く様子もなく頷いた時、窓辺の影が動いた。晧司さんが、私たちを見ている。 「写真を撮るのに、デジタルカメラを使っていましたからね。……保護者が待ちくたびれているようだ。早く行って、あの足跡を見せてあげてください。彼に見せたくて撮ったのでしょう?」  影野さんと、一分一秒でも長く一緒にいたい。同時に、晧司さんのもとへと駆けていきたい気持ちも沸き起こる。スカーフの角度を直してくれた影野さんは、「綺麗だ」と……アイスクリームなら一瞬で溶けてしまいそうな熱を込めて、私を見つめた。 「その番号は、お守りにでもしてください」 「ええ。ありがとう」  メモをバッグにしまい、瞳の中に光る星を見上げた。 「また、明日。すずさん」  チリンチリンと、胸の中で鈴が鳴る。ひとつ鳴るごとに、世界が一歩広がる。 「また、明日。影野さん」  はちきれそうな喜びに、飛び上がりたい気持ち。はにかんで、表情を取り繕うことができず、玄関へと駆けた。  記憶がなくても明日は来る。約束を交わせる。私は、未来を望んでいい。そのことが嬉しくてたまらなくて、走れるほど回復したのも夢のようで。ドアを開ける前に振り向くと、影野さんは手を上げて小さく振ってくれた。私も手を振り、いつまでも中に入らないのを見て、彼は笑って背を向け歩いていった。見えなくなるまで、見送った。「お帰り、リン。うん、いい顔だ。素敵な一日だったかい?」  出迎えてくれた晧司さんは、私が靴を脱ぐのを待ちかねて抱きしめた。 「ええ、とっても!」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-03-18
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