星河に散りばめた愛 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

翌朝、愛子は大学で指導教授に論文を提出しに行った。「木村さん、君は優秀な学生なのに、もっと学業に専念すべきだ。この論文は何度書き直したんだ？ん？」スーツを着こなした村上教授は、金縁の眼鏡を指で押し上げながら、愛子を見つめ、意味ありげに笑った。「先生、どう直せばいいでしょうか？先生のおっしゃる通りに直します」愛子は顔を伏せ、従順な態度を見せた。「本気かな？」村上教授は立ち上がり、愛子の後ろに回ると、絹のような彼女の長い髪に手を触れた。愛子が動かないのを見て、その手は肩に落ち、薄手の服越しに指が揉みはじめた。愛子は一瞬目を閉じ、小さな声で言った。「先生、私のどこがお気に入りなんですか？」教授は笑った。「分からないのかい？君には男を魅了する矛盾した魅力がある。弱くて、でも芯が強い。それに、清純で、でもエロティック......」そう言いながら、指を下へと這わせた。愛子は突然振り払い、声を張り上げた。「先生、何をするんですか！離してください！論文を提出しに来ただけです。私があなたの要求を受け入れないからって、ずっと困らせるんですか？」教授は何かを察したように、表情を何度か変えた。「俺を計算に入れてたのか？」愛子は恐怖に震える声で、泣き声を混ぜながら言った。「先生、やめてください！お願いします......」教授は顔を険しくした。「てめえ......」「ドン！」という大きな音と共に、研究室のドアが蹴り開けられた。深山が険しい顔で飛び込んでくるのを見て、愛子は一瞬凍りついた。すぐ後に教授が倒れる悲鳴が響いた。深山の拳は容赦なく、骨を砕くような音を立てて次々と打ち下ろされた。数秒の呆然の後、愛子は我に返り、彼に飛びついて引き止めようとした。「拓也！やめて——」床に倒れた男の鼻は歪み、既に気を失っていた。深山はまだ怒りが収まらず、更に蹴りを入れようとした。愛子は彼の腰に抱きついた。「これ以上やったら死んでしまう！」深山は激しく息を切らしながら、愛子の方を向いた。その目が彼女の鎖骨に付いた赤い痕を捉えると、瞳が暗く沈んだ。「あいつがつけたのか？」愛子は彼の視線に気づいて首元を見下ろした。「あなたがつけたのよ」深山は「......」と黙り込んだ。そして愛子の制止を振り切って、倒れている男に更に強く一

物音が大きかったため、深山が音を聞きつけてやってきた。愛子は彼を見て、まず反射的にスマートフォンを隠した。深山は彼女のその仕草に気付かず、床の惨状を跨いで二歩で近づくと、片手で愛子を抱き上げ、もう片方の手で蛇口をひねった。火傷した足の甲は冷水で一瞬痺れたような感覚になり、その後耐えがたい痛みが波のように押し寄せてきた。愛子は唇を噛み、顔は真っ青だった。深山は顔を曇らせ、片手で彼女の足首をしっかりと掴んだまま、「愛子、お前は子供か！お湯を沸かすのも満足にできないのか！」愛子はイライラし、痛みも耐えがたく、深山の肩に噛みついた。深山は奥歯を噛みしめたが、手は離さなかった。「先輩、火傷しちゃったんですか？大丈夫ですか？」咲良が気付いたときにはキッチンの入り口に立っており、表情を急かしげに。「火傷の軟膏を探してきます......」深山は愛子の足を一瞥し、彼女を抱えたまま咲良の傍を通り過ぎた。「病院だ」車が発進する時、咲良が足を引きずりながら追いかけてきて、愛子が心配だからと、どうしても一緒に行きたいと言った。深山は猛スピードで車を走らせた。愛子のスマートフォンがバッグの中で静かに震え、彼女はバッグの外側からスマートフォンを握り、心が落ち着かなかった。二人とも言葉を交わさず、車内の空気は重かった。道半ばで、後部座席の咲良が突然顔を覆って泣き出した。「先輩、私が悪いんです！私が梅干し入りのスペアリブが食べたいなんて言わなければ、先輩も火傷なんてしなかった。私、先輩を見ていると姉のことを思い出して、つい親しくなりたくなって......」深山の瞳が微かに動いた。愛子は何も言わず、深山が咲良を数言で慰めた。咲良はまだ泣いていた。「ごめんなさい先輩、私の考えが浅はかでした。この料理は先輩が拓也さんのために作る特別なものだったのに、他人に作らせようとするなんて......それに、私は人に押されて転んで足を怪我したから、仕方なく拓也さんに頼んだだけなんです。わざと怪我したわけじゃないんです......」深山は何かを思い出したかのように、徐々に表情が暗くなっていった。車は病院の入口で急ブレーキをかけて停止し、愛子は危うくフロントガラスに激突しそうになった。深山の視線には氷のような冷たさが宿っていた。「愛子、面

氷のように冷たい水が肺に流れ込み、ドレスは水を含んで愛子を下へと引っ張った。愛子は水を蹴ろうとしたが、体に絡みついたドレスに動きを制限された。水面に浮かぶこともできず、底にも届かない。心臓が激しく鼓動し、愛子は窒息を感じた。必死に足に絡みついたドレスを引き剥がそうとする中、ようやく足先がプールの底に触れた。全身の力を振り絞って踏ん張り、その力を借りて何とか水面に浮かび上がった。プールサイドには大勢の人が押し寄せ、様々な声が蜂の巣のように響いていた。咳き込む合間に、愛子は深山が群衆を掻き分け、靴も脱がずにプールに飛び込み、懸命に咲良の方へ泳いでいくのを見た。跳ね上がった水しぶきが愛子の顔に掛かり、一瞬視界が曇った。深山はすぐに咲良を抱えて岸に上がった。咲良の顔色は青ざめ、そして深山の顔も彼女に劣らないほど蒼白だった。彼は誰かが差し出したバスタオルで咲良を包み込み、失って取り戻した宝物のように強く抱きしめた。咲良は目を開け、大粒の涙を流した。「拓也さん、怖かった......」愛子は顔の水を拭い、浮き輪につかまりながらゆっくりと岸に向かった。安全用の梯子に手が届き、愛子が一歩を踏み出した時、上から深山の氷のように冷たい顔が見下ろしていた。「謝れ」彼は高みから言い放った。愛子は彼と目を合わせた。「私じゃありません......」「お前じゃないなら彼女が自分から？彼女は水が怖くて、泳げないんだぞ！」咲良は小さく啜り泣き、周りの人々は囁き合いながらこちらを見つめていた。上から巨大なスポットライトが灯り、その白い光が愛子を照らした。まるで尋問を受ける容疑者のようだった。「愛子、謝れ！」深山は必死に怒りを抑えているようだった。「おいおい、何してるんだ？」誕生日の主役の中村が駆けつけ、深山を引き離そうとした。「愛子さんがそんなことするわけない......ほら、自分もこんな状態になってるじゃないか」中村は深山の友人の中で、珍しく陰で愛子を陥れることのない数少ない一人だった。深山は冷笑し、刃物のような目で愛子の顔を切り裂いた。「自分をこんな状態に追い込むのが、彼女の一番得意なことだ」中村がまだ諭そうとした時、愛子は突然笑顔を見せた。「謝ります。ごめんなさい、咲良さん」彼女は顔を上げ、明るく笑

愛子はスマートフォンの写真を見つめていた。目を閉じて寄りかかる深山は、シャツの襟を開け、横顔は端正で、その放蕩な雰囲気と魅力が存分に表れていた。咲良は彼の胸元に寄り添い、得意げな笑みを浮かべてカメラを見つめていた。次の瞬間、送られてきた少しぼやけた写真には、男が女にキスをし、女の目には戸惑いと喜びが生々しく映っていた。半年前なら、こんな写真を見て愛子は心を痛め、黙って涙を流していただろう。今は、深山の陶酔した表情に一瞬目を留めただけで、指先で写真を削除した。この数日間、咲良はサブアカウントから写真やメッセージを送り続け、見せつけるように挑発してきた。愛子が咲良のサブアカウントをブロックしないのは、深山の近況を知るためだった。まだ処理できていない事があり、深山側からの妨害を警戒していた。男性のプライドは時として恐ろしいほど強い。あの日、自分から別れを切り出した時の深山の「やるじゃないか、愛子」という冷笑に、彼女は今でも不安を感じずにはいられなかった。まるで、いつ落とされるか分からない刃物の下に立たされているような気分だった。翌日、愛子は指導教授の研究室を訪れた。「先生、海外博士課程の推薦状はいつ発送していただけますか？来週が締め切りなのですが」教授の顔の腫れは引いていたが、黙ったまま返事をしなかった。愛子は歯を食いしばり、バッグを裏返して中身を全て落とし、録音していないことを証明した。「先生が約束した推薦状を撤回するのはまだしも、なぜ山田教授の推薦状まで止めようとするんですか？」教授は金縁の眼鏡を直し、ゆっくりと言った。「匿名で告発があってね。あなたの品行に問題があると。男女関係が乱れているとか」「大学院生に恋愛禁止なんてルールがありましたか？」「ふん......深山家の跡取り息子との恋愛？愛人関係をそんな上品に言い換えるのか」中年の男は嘲笑した。「本当に恋人同士なら、推薦状くらい彼が手配してくれるだろう。こんなに頭を下げて私に頼む必要もないはずだ」「これは私の問題です。彼とは関係ありません。私は自分の力で留学したいんです。先生が私情を挟んで意趣返しをしなければ、私も無駄な時間を使わずに済んだはずです」教授は顔を曇らせ、突然立ち上がって愛子に迫った。「分かったつもりか？若旦那が飽きて君を捨てたんだ

「拓也さん！私に会いに来てくれたの？」咲良は大学の門で深山のスポーツカーを見つけ、喜色満面で声を上げた。後ろの女子学生たちの羨望の眼差しの中、助手席のドアを開けて乗り込んだ。深山はサングラスをかけ、表情は見えなかったが、いつものように口元に笑みを浮かべていた。「特に用事はない。大学を見学に来ただけだ」咲良の笑顔が一瞬止まり、すぐにより大きな笑顔を作った。「いいですよ、私がガイドします」赤い建物群の前を通った時、深山は何気なく言った。「ここは大学院生の寮か？」「はい、木村先輩の寮もここですよ」咲良は一瞬躊躇い、慎重に続けた。「拓也さん、この数日、先輩についての噂が学内で広まっているんです。言うべきか迷うんですけど......」「話せ」「その......木村先輩が、推薦状を書いてもらうために、指導教授の研究室で......教授を誘惑しようとしたって」咲良は深山の様子を窺った。サングラスの下の深山の表情からは何も読み取れなかった。「それで教授が断ると、先輩が教授の......」咲良は言葉を濁し、恥ずかしそうに顔を覆った。「デリケートな部分を傷つけたんです。教授は入院して、訴えると言ってるそうです」深山はしばらくして振り向き、淡々と尋ねた。「愛子はどこだ？」咲良は内心で喜んだ。この数日で深山の性格をある程度理解していた。表面が穏やかに見えるほど、内側の嵐は激しいのだと。どんな男も女に裏切られることは許せない。深山のような男なら、既に別れた相手でもそれは同じはずだった。「警察署で事情聴取を受けているそうです」言葉が終わる前に、深山は急にハンドルを切り、学外へ向かった。警察署で、深山はすぐに入口に背を向けた愛子の姿を、そして彼女の隣にいる若い男を見つけた。「......こういう状況では、当事者間での示談をお勧めします。現場に証人もおらず、相手方は既に怪我の診断書も取っていますし......」机の向こうの警官が困ったように言った。「私も怪我の診断を受けたいです」愛子が言った。彼女が横を向いた時、深山は突然、彼女の右頬の腫れと口元の傷を目にした。深山は奥歯を噛みしめた。愛子の隣の若い男がまだ警官に何か話しているうちに、深山は既に我慢の限界を超えていた。電話をかけ、「渡辺弁護士を今すぐ川城大学近くの警