ジンクス・不運な私を拾ってくれたのは・ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 22

22 チャプター

第二十一話

 その段ボール箱いっぱいの駄菓子が全て食べ尽くされた頃、咲月は大学生活最後のイベントでもある卒業式の日を迎えた。太陽は隠れていたが、とても暖かく過ごし易い日だった。「成人式は地元に帰っちゃって、写真しか見せて貰えなかったじゃない。だから卒業式は叔母ちゃんに任せなさいっ」 そう言ってくれた敦子の言葉に甘え、袴のレンタルに美容院での着付けとヘアメイク、事前の段取り全てを任せきりにしていた。だから、まさか当日の朝、ホテルの美容室へ連れて行かれた後、写真館での撮影まであるとは思ってもみなくて、敦子と共にタクシーで到着してからずっと戸惑いが隠せない。  カーペットが敷きつめられた廊下をホテルの人の後ろを付いて、慣れない草履で恐る恐る移動する。 今日の敦子は深いグレーの仕事用スーツを着ていた。バッジを胸に付けて颯爽と歩く姿は大きなホテルの中でも全く場違い感がない。これから大きな会合でもあるかのような、堂々とした佇まい。老舗ホテルの雰囲気に押されて、完全に委縮しまくりな咲月とは正反対だ。「本当は式にも付いて行きたいところなんだけど……」 姪っ子の晴れ姿に満足そうに頷きながら、敦子が寂しい声で呟く。今日は午後からどうしても立ち会わなければならない仕事が入っているらしく、本気で残念がっている。「終わった後には謝恩会もあるから」 「そうよね。私とのお祝いはまた今度ね。食べたい物を決めておいて頂戴」 「やった、今度は焼肉が食べたい」 「分かった。とっておきの店を押さえておくわね」 写真館では通常の撮影とは別に、敦子も一緒に並んでスマホで撮ってもらうと、叔母はそれを咲月の父であり、彼女の実兄でもある泉川博也にメールで早速送りつけていた。離れた場所に住む父親への近況報告もあるけれど、可愛い姪っ子の傍に今は自分がいるというマウントだ。「あ、兄さんから、何でお前も写ってるんだって、お怒りのメールが届いた。あはは、咲月だけの写真を送れって。お正月から帰ってないでしょ、寂しがってるわ」 「もうっ、入社前に一回帰るっていってるのに……」 3月は卒業式や友達との旅行、帰省などの予定が入っているせいで、H.D
last update最終更新日 : 2025-03-11
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第二十二話

「仕事、もう始まってるって聞いてたから、今日は来ないかと思ってた」 不意に隣に人が座ってきたと思ったら、よく聞き慣れた声。そっと左隣に視線を送ると、同じ森本ゼミの新垣絢人が片手でスマホを操作しながら、何かもの言いたげにもじもじしている。反対の手に持っている中ジョッキのビールは、すでに半分近く減っていて、目の周りがほんのり赤く染まっている。「あー、うん、今月いっぱいまではアルバイトだから、気にせず休んでいいって言ってもらってる」 「へー、いい会社だな」 「まあ、そうだね」と軽く受け流して、咲月はウーロン茶をゴクゴクと飲む。一刻も早く飲み切って、すぐにでも席を立ちたい一心だったが、氷をたっぷり入れたウーロン茶はキンキンに冷えていて一気飲みには向いてない。急激に身体の温度が下がり、ぶるっと震える。「……ほら、最近お互いに会うことがなかっただろ。卒業前にちゃんと話さないと、とは思ってたんだけど」 絢人のこういう勿体ぶった遠巻きな言い方が、咲月はずっと嫌いだった。まるで自分は全然悪くないとでも言うかのような、保守的で、自分本位な。  ジョッキ片手に話しかけてきたのは、何か自分にとって不都合なことがあった時に全部お酒のせいにできるから? ――今更、何言ってんだろ、こいつ……? 二人の間に話し合うことで解決するような問題は何もない。彼の中で、彼の過去の行いはどう湾曲して記憶されているんだろうか?「えっと……何の話?」 私からは何も話すことなんてないよ、とでも言いたげに、咲月はわざと欠伸を堪えているような表情をつくる。絢人と一緒にいると、退屈で仕方ないとでも言うように。「俺は別に、咲月のことが嫌いになったって訳じゃないんだよね。ただほら、あの頃ってさ、内定決まった奴と、まだの奴とでかなり温度差があっただろ?」 絢人の手元を覗き見ると、SNSのグループでやり取りしている最中らしく、喋っている間もメッセージ画面がどんどん流れていっていた。悪ふざけのようなスタンプが勢いよく羅列されていく。 絢人とは同じゼミになった3年の夏から付き合い始めた。それまでの2年間も同じ講義をとる
last update最終更新日 : 2025-03-12
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