All Chapters of 私たちを隔てるもの: Chapter 11 - Chapter 20

日和という名前を聞いた湊は、数秒間呆然としていた。ここ2年で彼女の話を何度も耳にした。仕事において非常に優秀な女性だと評価されている。酒にも強く、会話も弾む。春日に似ている。ただ、残念なことに彼女は春日ではない。「顔を出してみよう」「かしこまりました」翌朝、朝食の席で、千秋はゆっくりとミルクをかき混ぜながら何気なく口を開いた。彼の穏やかな仕草には、上位者特有の威厳が漂っている。彼の目は隣でサンドイッチを食べている春日に向けられていた。「聞いたところによると、最近彼は落ちぶれていて、林ノ城のパーティーには欠かさず出席しているらしい」「今夜、君は顔を出さないほうがいいかもしれない」春日は手を止めて一瞬考えたが、首を振った。離婚してからの2年間、彼女は余計な悩みがなくなり、以前よりも健康的な顔色をしていた。頬は赤く染まり、唇は艶やかで歯並びも美しい。「ううん、出席するよ」林ノ城に戻ると決めた時点で、湊と再会することは避けられないと思っていた。どうせ避けられないなら、自然に会ったほうがいい。もし今日彼と再会したら、この機会に離婚届にサインしてもらおうと思っている。今回もまとまらないなら、訴訟を起こしてでも離婚を成立させるつもりだ。パーティーが予定通り開かれ、招待客が次々と到着した。湊は酒杯を片手に、一人一人に挨拶しながら酒を注いで回っていた。しかし、2年前とは違い、彼の会社の利益は年々減少しており、彼に構う者はほとんどいなかった。その場で最も話題になっていたのは、やはり今日の主役である日和だった。招待客たちはこぞって彼女の若さと才能について語っていた。女性でありながら、ビジネスの場で男性に引けを取らない。酒にも強く、鋭い洞察力を持ち、商才に優れているという評判だった。その話を聞いていると、湊は皆が話している日和が、ますます春日に似ているように感じた。彼がかつて事業を成功させられたのは、実際には春日の助けが大きかったのだ。やがて入口の方でざわめきが起こり、皆が一斉に振り向いた。白いスーツを身に纏った千秋が、まるで絵に描いたような優雅さで現れた。彼の右手には、若い女性がそっと寄り添っている。その女性は白いサテンのロングドレスに身を包み、高くまとめられた

ほぼ同時に、千秋から電話がかかってきた。電話の向こうで、千秋の声は冷たく響いた。「おそらく君を待ち伏せに来たんだろう。来たばかりだ」春日は冷たい目で言った。「いいタイミングね。湊は、私が帰ってくる時間を計算していたのね」千秋は数秒黙ってから、低く落ち着いた声で続けた。「彼らに会いたくないなら、俺が追い払う」少し間を置いて、彼はさらに言った。「おそらく説得役として来たんだ。君を戻させようとしている」春日はしばらく考えてから、首を横に振った。湊の家が裕福でないことは確かだった。でも、彼女が結婚してから、二人の親はそれなりに良くしてくれた。時々、良い農産物を送ってくれるし、彼女の好きな食べ物を栽培してくれた。だから、すでに弁護士に離婚訴訟を依頼していたとしても、礼儀は守らなければならない。「丁度いい。彼らと話すよ」春日は車を停めて、車内で10分ほど待った後、ゆっくりとリビングルームに足を踏み入れた。二人は彼女を見ると、立ち上がった。千秋が予想した通り、彼らは彼女と湊の復縁を説得しに来たのだった。彼らの言い分は、十二年も付き合った二人なら、お互いのことはよく知っている。新しい相手を探しても、どんな人柄か保証はできない。それに今、湊は雪葉と完全に連絡を断っているし、湊の会社の80%の株はまだ春日さんのものだ。物質的に、湊はこれまで春日さんに何も不自由させていなかった......などなど。夏山の二人は、春日を見つめて、何とも言えない表情を浮かべた。二人は理解していた。湊が春日のような素晴らしい女性と出会えたのは、運が良かっただけだからと。もし二人が復縁できたら、湊の行動をしっかりと監視するつもりだった。話し終わると、春日は首を横に振り、離婚協議書を取り出した。「おじさん、おばさん、もし私が湊で、湊が私だったらどう思いますか？」「娘が、9年間も浮気していた男と復縁することを、あなたたちはそれでもいいと？」実際、これまでの年月、春日は夏山父と夏山母にも親切にしていた。二人が病院に行く時はいつも彼女が手配していたし、良い健康食品を見つけると、それを買って送っていた。その言葉を聞いて、夏山父と夏山母は顔を見合わせ、仕方ないというようにため息をついた。別荘の前で、湊

雪葉が刑務所に入ってから間もなく、湊の会社は経済危機に陥った。最近の経営判断のミスに加え、ここ2年間の利益減少が重なり、今月の従業員の給料を支払えなくなっていた。この知らせを聞いた湊は、一晩中オフィスから出てこなかった。彼の頭には、かつて春日が彼の起業を支えていたときの情景が浮かんでいた。5年前、クライアントとの交渉の仕方がわからなかった彼に対して、春日はネットで資料を調べ、辛抱強く教えてくれた。3年間連続して起業に失敗しても、彼が家のお金を使うのを拒んでいたことを知りながら、春日は表向きには同意し、裏ではこっそり栄養剤を買っていた。後悔の感情が押し寄せ、湊は両手で頭を抱え、突然声をあげて泣き崩れた。彼は本当に間違っていた。大きな過ちを犯した。2か月が経って、湊は消えた。その日、燕が春日を誘ってアフタヌーンティーを楽しんでいたとき、彼女が何かのニュースを見て突然驚きの声をあげた。「湊が行方不明だって！」春日はミルクティーを混ぜる手を止め、無関心な声で「うん」と答えた。通りで最近彼の姿が見えなかった。ようやく悟ったのかと春日は思った。燕はさらにニュースを見ながら、舌打ちしつつ首を振った。「湊、2か月も姿を消してるのよ。会社が経営難に陥って、従業員が2か月も給料をもらえてないんだって」「今、社員たちはネットで彼を非難していて、早く姿を現さないと身元を暴露するって騒いでるわ」春日は瞬きをしながら、嫌悪感を込めた表情を浮かべた。その夕方、春日が家に戻ると、衝撃的なニュースを聞かされた。雪葉が保釈されたという。千秋がそのことを伝えたとき、彼の整った顔は険しい表情をしていた。「弟が金を使って保釈したらしい。しばらく会社や工場には行かず、家にいるんだ」春日は目を伏せた。千秋が言いたいことはわかる。彼女が復讐してくることを懸念しているのだろう。「うん」春日は気に留めることなく答えた。彼女が階段を上ろうとしたとき、千秋が彼女の服の裾を引っ張った。深い瞳が彼女を見つめる。「春日、本気で言ってるんだ。俺の言うことを聞け」春日は振り返ると、彼の優しい瞳には心配の色がにじんでいた。彼は一瞬も目を離さず、彼女が同意するまで視線をそらさなかった。春日は胸の奥が少し震えるのを感じ、声

「言わないわ」春日は首を振った。もう少しだ、もう少しで縄を解ける。雪葉は目を細め、冷ややかな声で言った。「そう......言わないなら、あんたを徹底的に壊してやる」「この顔をめちゃくちゃにしてやる。そしたら、もう二度と男を誘惑できないでしょ？今、天罰を代行してあげるわ！」雪葉は完全に狂気に飲み込まれていた。彼女は刃物を手に取り、春日の顔を傷つけようと振りかざした。その瞬間、春日は縄を解くことに成功し、素早く身を翻して攻撃を避けた。雪葉は状況が変わったことに気づき、すぐさま春日を掴もうとしたが、春日は体に滲む血を無視して全力で逃げ出した。しかし、血が流れる体では走る力も限界があり、数歩進むと雪葉に追いつかれそうになった。その時だった。暗闇の中から黒い影が飛び出してきた。「春日！」春日の前に立ちはだかったのは千秋だった。彼は鋭い蹴りを繰り出し、雪葉を突き飛ばし、春日をその腕の中にしっかりと抱き寄せた。「病院に連れて行くよ」その声には緊張、心配、後悔、そして強い自責の念が滲んでいた。春日は彼の顔を見上げた。涙が瞳の中で揺れていた。その瞬間、彼女は限界を超えた感情に耐えられなくなり、堰を切ったように泣き崩れた。「痛い、千秋、本当に痛いよ......」千秋は冷酷な目つきで地面に倒れ込む雪葉を睨みつけ、無慈悲に再び蹴り飛ばした。これでもまだ足りないのようで、彼は背後の秘書に命じた。「俺は女を殴らない。お前がやれ。徹底的に叩きのめせ」「承知しました」秘書は頷くと首を鳴らし、雪葉の前に屈み込んだ。彼女は目の前の筋肉質な男を見て、怯えながら後ずさった。しかし秘書は容赦なく拳を振り下ろした。わずか数分の間に数十発の拳が雪葉の体を打ち据え、その攻撃は全て急所を狙っていた。殴られた雪葉は力なく地面に転がり、瀕死の状態で春日を見上げた。「なんでよ......？湊が破産したっていうのに、また湊より良い男を捕まえたの？なんであんたばっかり......！」わからない。一体春日のどこが、彼女よりマシというの？春日は千秋の腕の中に縮こまりながら、彼の胸を押して言った。「彼女に話したいの」千秋は唇を引き締め、彼女の判断を尊重することにした。春日は雪葉を冷たく見下

春日は静かに首を横に振った。「私たちはきっと、こうなる運命よ。雪葉がいなければ、他の女を囲うだけだったでしょうね」「湊、あなたは愛を理解していないわ」彼女の言葉を聞いた湊は、彼女の手に輝く大きなダイヤモンドの指輪に視線を移し、全身を震わせた。かすれた声で尋ねる。「......結婚式に、招待してくれる？」春日は冷たく首を振り、きっぱりと断った。「もう二度と会いたくないわ」その時、千秋が一歩前に出て、春日の手をしっかりと握り締めた。「夏山社長、これ以上俺の婚約者に近づかないでください。次は容赦しませんよ」その言葉には明確な警告が込められていた。もし湊が再び春日にちょっかいを出すなら、彼は決して許さないだろうという意志が伝わる。湊はうなだれたまま、千秋が春日を抱えて立ち去るのを見送った。彼は市役所の椅子に座り込み、小さな声でつぶやく。「終わった......すべてが終わった......」「金も、家も、会社も、妻までも......俺にはもう何も残ってない......」翌日、千秋は春日と一緒に小鳥遊家を訪れた。彼は事前に大量の贈り物を準備していたが、それだけでは足りず、別の車で贈り物を運ばせた。春日がインターホンを押すと、小鳥遊母が出迎えた。彼女は千秋と春日が手をつないでいるのを見ると、一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべた。「春日、千秋、帰ってきたのね」小鳥遊母は小鳥遊父の腕を引っ張りながら声をかける。「ちょっと、见て。帰ってきたわよ」小鳥遊父も顔を上げ、目尻に笑い皺を刻みながら頷いた。千秋は家に上がり、贈り物をリビングに並べた後、まっすぐ切り出した。「叔母さん、叔父さん、俺は春日と結婚したいと思っています」「結納金として1億円を用意しました。また、俺名義の車や不動産もすべて春日に譲渡します」「もしそれでも足りなければ、さらに追加することもできます」小鳥遊母と小鳥遊父は互いに視線を交わし、満面の笑みを浮かべた。「十分よ、十分。春日があなたを気に入っているなら、私たちは何も口を出さないわ」彼らは千秋の春日を見る目に、明らかな愛情が込められていることを見逃さなかった。どうやら彼は、もう待てない。「できれば今日、春日と結婚届を出したいと思っています」小鳥遊