二階堂拓弥から電話がかかってきたのは、ちょうど家に戻った瞬間だった。手に握りしめていた診断書は、いつの間にかぐしゃぐしゃになっていた。「今どこにいる?」電話越しの拓弥の声は冷たく、まるで氷の刃のようだった。答えようとする前に、彼は一方的に続けた。「今日は【朝暮】の発表会だ。急いで来い。遅れるな」言い終わると同時に、通話は素っ気なく切られた。いつも通りの態度だ。必要最低限のことしか言わない、相変わらず冷たい人だ。窓の外から差し込む夕焼けが、部屋の隅をほんのり染めていた。私はデスクの前に腰を下ろし、診断書を無言で引き裂いた。紙片がひらひらと机の上に舞い落ちる。そんな時、彼から発表会の会場の住所が届いた。深い息を吐き出し、クローゼットから一番豪華なドレスを選び出す。そして、唯一の高価な宝石を身につけた。今日はどんなことがあっても、完璧な姿で臨みたかった。何と言っても【朝暮】は、母が遺した設計図をもとに、私が心血を注いで完成させた作品だ。母の希望を裏切ることなく、最高の形で刺繍を仕上げた自負がある。しかし、司会者がステージでこう紹介した時、私の動きは止まった。「それではご登壇いただきましょう。【朝暮】の作者、森島瑠香様です」ドレスの裾を掴み、立ち上がろうとした私は、まるで滑稽な道化のようだった。周りの視線が突き刺さり、手が震え出した。仕方なく座り直し、苦々しい表情を浮かべるしかなかった。壇上では瑠香がマウスを操作し、私の作品を紹介するためのプレゼン動画を流していた。司会者に【朝暮】という名前の由来を聞かれた瑠香は、ひとつ穏やかな微笑みを浮かべながら私の方を見た。「皆さんもご存じの通り、このデザイン図は生前の叔母が遺した唯一の原稿です。この名前は、叔母と叔父の愛を記念してつけました。叔母は生前、何度も『朝から晩までずっと一緒にいたい』と語っていました」少し間を置いた後、彼女はわざとらしく目を伏せ、感傷に浸る素振りを見せた。「この刺繍の一針一針には、叔母が叔父へ向けた愛情と、私の叔母への思いが詰まっています」その言葉が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。中でも右手側から聞こえる拓弥の拍手が、一際大きく響いていた。彼は壇上の瑠香に優しい眼差しを向け、その目には誇らしさと称賛の色が溢れていた。私は
Last Updated : 2024-12-10 Read more