All Chapters of あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した : Chapter 361 - Chapter 370

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第361話

そして何よりも考慮しなければいけないことは、父親が長い間一人ぼっちであったことだ。やっと、今は心から相手に惹かれ、相手からも惹かれているのだから、無理に二人を引き離すのはあまりにも残酷だと弥生は感じていた。その女性もとても素直で積極的だった。弥生が二人の関係を知った後、彼女は密かに弥生の家を訪ねて、誠意を込めてこう伝えた。「洋平から聞いているから、あなたの家庭の状況は理解しているよ。私が洋平と一緒にいるのは、決して何かを狙っているではないからね。でも、もし私のことを信用できないであれば、霧島家のものを一切手にしないことを誓いてもいい。しかし、この約束は私たち二人だけが知るもので、他の人には知られていけない」「わかりました、じゃあそうしましょう」そこで弥生は、弘次の会社の弁護士チームに頼んで契約書を作成し、その女性に署名を求めた。しかし、その女性は契約書に目を通すことなく、ペンを持って署名しようとした。その様子を見て、弥生は彼女の手を止めた。「ちょっと、内容を確認せずに署名するのは......私に騙されるかもしれないとは思わないのですか?」女性は笑顔を浮かべながら答えた。「洋平の人柄を見ると、あなたも私を害するようなことはしないと思うから」彼女の言葉に、弥生は感心せざるを得なかった。そして、父親を傷つけたくない気持ちもあったため、最終的に契約書に署名させることはを止めた。彼女が契約書を片付けると、女性は少し慌てた様子で尋ねた。「えっ、どうして急に契約を取りやめるの?私のことが気に入らないの?」「いいえ、そうではありません」弥生は笑みを浮かべて答えた。「もし今後も父と一緒にいるのなら、これからは私のことを『弥生』と呼んでください。あと、次に契約書に署名する時は、きちんと内容を確認してからサインしてください。何処かで今日みたいなことをしたら、騙される可能性がありますから」契約書を用意させた理由は、娘としての少しばかりの自己中心的な気持ちからだった。自分はシングルマザーで、父親以外に親族はいない。だからこそ、父が一緒に過ごす相手には、それなりに試してみたくなるのだ。二人が結婚した後、弥生は父親と同居しない選択をした。彼女は一戸建てを購入し、自分と子供の三人で住むことにした。それで十分だった。
last updateLast Updated : 2024-12-06
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第362話

冨美子はひなのをしっかり抱きしめた後、陽平の頬を軽くつまんで、彼をおろそかにしていないことを確認してから、ようやく弥生に向いて言った。「風が強いから、先に中に入りましょう」そこで、弥生は冨美子と一緒に家の中へ入った。冨美子は歩きながら話しかけてきた。「あなたのお父さん、ちょうどお風呂に行ったところなのよ。食後すぐに入らないようにと言ったのに、全然聞いてくれないの」冨美子の温かい愚痴に、弥生は微笑みが浮かんだ。「いつも父の面倒を見てくださって、申し訳ありません」その言葉に、冨美子はすぐさま洋平の擁護を始めた。「そんなことないわよ。むしろ、洋平は何でも自分でやっているし、逆に私が世話されている側なのよ」「お互いに支え合っているのは何よりです」冨美子は振り返り、笑いながら弥生を見ていた。そしてひなのを下ろしながら言った。「それじゃあ、お父さんに声をかけて、早くお風呂を終えるように伝えてくるわね」「大丈夫ですよ。今日は急いで帰るわけじゃないので、ゆっくりしてもらってください」その言葉に冨美子の目が輝いた。「今夜はここに泊まるの?」弥生は子供たちの方に顔を向けた。「どう?おばあさんが泊まるかどうか聞いてるけど、どうする?」「泊まりたい」ひなのはすぐに冨美子の足に抱きつき、声を上げた。「今夜はお婆ちゃんと一緒に寝たい。最後だから」冨美子は最初喜んでいたが、「最後」という言葉を聞いた瞬間、その場で固まってしまった。「最後?どういうこと?」「ひなのちゃん、誰がそんなこと教えたの?そんなこと言っちゃダメでしょ?」その言葉に、ひなのは首を傾げた。「ママ、ごめんね」彼女の純真な表情に、弥生は彼女の鼻を指で軽く突きながら答えた。「帰国前の最後の夜ってことよ」「分かった!」そう教えられたひなのはすぐにもう一度言った。「お婆ちゃん、帰国前の最後の夜です」その説明を聞いて、冨美子はすべてを理解したようだった。「帰国するのね?いつ頃?」「ええ、たぶん今週中には......」「どうしていきなり帰国するの?洋平からそんな話は聞いていないわ」「今日ここに来たのは、そのことをお伝えするためでもあります」その言葉に、冨美子はそれ以上何も言わず、ただ静かに頷いた。‐
last updateLast Updated : 2024-12-07
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第363話

弥生は父親が全てを自分に残してくれることを期待していたわけではなかった。しかし、今こうして「会社は全部お前のものだ」と言われると、心の中には感動があふれた。「だから、国内に戻るのはやめて、ここに残って父さんの会社を手伝いなさい」感動しつつも、弥生は軽く眉を上げて答えた。「ごめんなさい」洋平はその答えに少し困惑した様子で尋ねた。「どうして無理なんだ?お前は今、二人の子供を抱えながら会社を立ち上げるつもりなんだろう。それじゃあ、とても大変だろう」「それは分かってる。でも、それなりのやりがいがあるの。お父さん、私は会社を立ち上げたいの」彼女は自分の力で二人の子供により良い生活をさせてあげたいと思っていた。他の人がどう考えているかは分からないが、彼女自身は、母親である以上、できる限り、子供たちのために最善を尽くすべきだと考えていた。そんな事を考えながら、弥生は机の周りを回り込んで父親のそばに行き、まるで幼い頃のように親しげに父の腕にしがみついた。「それに、何よりも大事なのは、お父さんの会社が順調で、私にとって最良の後ろ盾であり続けるってことよ。外で頑張って失敗しても、お父さんが私を支えてくれるって分かってるから、全然怖くないの」この言葉は、洋平の心に深く響いた。父親として、自分は娘にとって確固たる後ろ盾であり、彼女が外でどんな挑戦をしようとも、自分が彼女にとっての避難所であると改めて感じた。彼女がこの選択肢を持っている限り、失敗を恐れることはないのだ。しばらくして、洋平はため息をつきながら言った。「だが、会社を立ち上げるのは本当に大変なことだぞ」その答えを待ち続けていた弥生は、ようやく嬉しそうに笑った。「お父さん、それは分かっているよ」子供を持つと、人は強くなると実感していた。それまでは怖かったこと、やりたくなかったことも、母親になった今では何でも乗り越えられる。「とにかく、覚えておきなさい。父さんの娘はお前一人しかいないんだ。困ったことがあったら、いつでも連絡しなさい」「分かってる、お父さん、ありがとう」数日後、空港で。弥生と子供たちは帰国する前に、洋平と冨美子は別れを告げた。「気を付けてね」「はい」「二人の子供の面倒を見るのは大変だから。お手伝いさんを雇うのが一番いい
last updateLast Updated : 2024-12-07
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第364話

由奈はそれ以上弥生をからかうことはせず、彼女と軽く抱き合って言った。「着いたら連絡してね。いつかあなたのところに会いに行くから」「もう、何度も聞いたから分かっているよ」その時、冨美子に抱かれていたひなのが突然口を開いた。「ママ、お手洗いに行きたい」「私が連れて行くわね」「大丈夫です。私が連れて行きます」弥生は荷物を友作に託し、冨美子からひなのを受け取った。そして息子の陽平に目を向けて尋ねた。「陽平ちゃんも行く?」陽平は少し考えた後、頷いた。「それじゃあ、二人を連れてお手洗いに行ってくるね」由奈はすかさず言った。「分かった。じゃあ私たちは先に保安検査場に行くね」「うん」洋平と冨美子、そして由奈の3人は、一緒に列に並び、弥生たち母子3人分の場所を確保しに行った。弥生は二人の子供を連れて空港のお手洗いを探した。しかし、陽平は男の子であるため、弥生はひなのだけを女性用のトイレに連れて行って、外で待つことにした。そして二人に細かく指示を与えた。「分からないことがあったら、中にある人に聞いてね。終わったら外で手を洗って。ママはここで待ってるから、大丈夫よね?」二人は揃って素直に頷き、それぞれトイレに向かった。ひなのがトイレに入ると、ある声が聞こえてきた。「可愛い!」その褒め言葉に、弥生は思わず唇がほころんだ。空港のトイレは広く綺麗だった。定期的に清掃員が入って清掃を行っているため、どこも清潔だった。一方、陽平はトイレの入り口に向かう途中、黒いスーツを着た背の高い男性が廊下で電話をしているのを見つけた。その男性は横顔が際立っており、鋭い顎のラインと冷たい眼差し、引き締まった口元が彼の厳格さを際立たせていた。電話の相手が何かを言ったのだろう。男性は鼻で笑うような冷たい声を漏らした。陽平は瞬きをしながら歩みを進めて、トイレの入り口の大きな扉に手をかけた。「よいしょ......」小さな体では扉を押し開けるのが難しく、陽平は全力を込めて力を振り絞った。「ギギギギギ......」扉がきしむ音が、静かな廊下に響き渡った。背の高い瑛介は電話をしていたにも関わらず、その音に眉をひそめて、音のする方向に視線を向けた。しかし、誰も見えない。彼が視線をさらに下に移すと、よ
last updateLast Updated : 2024-12-08
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第365話

その少し後、瑛介はふいに顔を下げた。しかし、小さな子供はもう行ってしまっていた。瑛介にお礼を言った後、彼はすぐにトイレの中に入ったので、今はどこにいるのか分からない。瑛介は薄い唇を引き結び、眉を少しひそめながらその場に立ち尽くしていた。電話の向こうで話し続けている声も、彼にはまったく聞こえていなかった。錯覚だったのか?それとも、あの二人の子供が配信をしばらく休むと発表したせいで、つい考えすぎてしまって、いまその子供たちの声を思い出してしまったのか。彼の脳裏には、配信で「陽平」と呼ばれていたあの男の子の声が浮かんでいた。「この件についてなんですが、私としては他にいくつか提案がこざいまして、改めてお時間をいただければ......」相手が話している途中で、瑛介は突然冷たい声で遮った。「さっき、何か音が聞こえなかったか?」いきなり話を遮られた通話相手は、一瞬何が起きたのか分からず、戸惑った様子だった。「え?何ですか?」「こちらから何か聞こえなかったか?」もしあれが幻聴でなければ、電話越しでもあの「ありがとう」という声が聞こえていたはずだ。電話の向こうの協力相手は、一瞬瑛介の言葉の意図を理解できなかった。しかし、瑛介が騒音を嫌う人物だという話を聞いたことがあったため、返事に慎重になった。確かに、さっき何か小さな音が聞こえた気がしたが、それを瑛介に直接指摘するのは問題にならないだろうか?そう考えた末、相手は何もなかったかのように答えた。「特に音は聞こえなかったように思いますが、そちらで何か問題がありましたか?」その慎重な答えに、瑛介は扉に置いた自分の手を見下ろした。やはり錯覚だったのか?その時、健司が息を切らせて駆け込んできた。「社長、資料を取ってきました」瑛介は冷たい視線を一瞬彼に向けた。その視線を受けた健司は、びっくりして唇を引き結んだ。しばらく沈黙が続いた後、健司は提案した。「それなら先に保安検査を通りませんか?中にはカフェもありますし、ここで話を続けるのは少し不便です」その言葉に、電話の向こうの協力相手もすぐに話を合わせた。「そうですね。ご都合が悪ければ、少しお待ちしますので、まずは保安検査を通ってください」一瞬考えた後、瑛介は軽く頷き、電話を切った。そして暗
last updateLast Updated : 2024-12-08
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第366話

もし見間違いでなければ、さっき瑛介はトイレから出てきたのでは?そうだったら......まずい!「弥生!」由奈は急いでトイレの方向に向かって駆け出した。さっき列に並んでいるときに、あることに気づいたのだ。それは、陽平は男の子であるため、弥生が彼を女トイレに連れて行くはずはなく、同時に彼女自身が男トイレに入ることもできないということだ。この状況は少し厄介なため、トイレの外で何か助けることができるかもしれないと思い、急いで向かったのだった。だが、まさかそこで瑛介と出くわすとは思わなかった。瑛介に会うのは本当に久しぶりのことだ。最後に彼を見たのは遙か5年前のことだろうか。今の瑛介は、すっかり男性らしい落ち着きのスタイルを備えて、以前よりもずっとおとなしくなっていた。穏やかさを漂わせつつも、その気迫と冷たさは以前にも増して強まっているように感じた。彼が持つ鋭い目鼻立ちはさらに洗練されて、その圧倒的な存在感が由奈を引きつけた。遠くから見ているだけでも、彼の冷たさを感じ取ることができる。確かに、格好いいな。だから弥生がかつて彼に夢中になったのも当然だった。この5年間、ずっと心の中で彼を思い続けてきたのだろう。もし瑛介が自分の親友の好きな相手ではなかったなら、由奈自身も彼に惹かれていたかもしれない。ようやくトイレの前にたどり着いた由奈は、弥生がひなのを連れてトイレから出てくるのを見つけた。彼女は急いで駆け寄り、息を切らしながら声をかけた。「弥生!」「由奈?どうしてここに?」弥生は彼女を見て、少し驚いたようだった。急いできた上に緊張していたため、由奈は息も絶え絶えで答えた。「二人の子供を連れるのは大変だから、何か手助けできるかと思って。でも、どう?大丈夫?」そう言いながら、彼女は弥生の頭の先からつま先まで注意深く見渡し、さらには彼女の周りを2周して確認した。弥生はそんな彼女の様子に、思わず困惑した表情を浮かべた。「陽平はどこ?」弥生はひなのを由奈に任せ、男の子用トイレの外で陽平を待つことにした。さっき、ひなのが急いで彼女を呼びに来たため、一瞬だけトイレに入ったものの、それほど時間は経っていないので、陽平はまだ出てきていないはずだ。予想通り、1分ほど待つと、小さな姿がトイレから
last updateLast Updated : 2024-12-09
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第367話

弥生が知らないのであれば、彼女が言う必要もない。すでに過去の縁だったのだ。それに、弥生はもっと素晴らしい男性にふさわしいに違いない。そう考えると、由奈は気持ちを落ち着かせることができ、笑顔を浮かべながら冗談を言った。「ええっと、犬を連れたりとか、乞食したりとかしている人見かけた?」「見なかったよ......ところで、あなた大丈夫なの?」弥生は呆れたように答えた。「空港は犬を連れて入れないし、乞食が入るはずもないでしょ」「そうね、確かにそうだわ」由奈はため息をつき、芝居がかった口調で続けた。「ああ、あなたたちがいなくなると悲しすぎて、ちょっとおかしくなったのかも。やっぱりここに留まったほうがいいんじゃない?」弥生は、彼女の冗談にもう構う気もなく、二人の子供の服を整えていた。すると、陽平が話しかけてきた。「ママ、さっきトイレでとってもかっこいいおじさんに会ったよ。僕のために扉を開けてくれたんだ」弥生は、その「おじさん」が誰なのかを知らなかったので、ただ優しく言った。「そうなの。じゃあ、ちゃんとお礼は言ったの?」「言ったよ、ママ」「偉いわね」弥生は微笑み、彼の額にキスをした。陽平の目には、瞬時に満足そうな輝きで満たされた。それを見たひなのはすぐさま母親のそばに駆け寄り、甘えた声で言った。「ママ、私もチューしてほしい!」由奈はそばでこの母子三人のやり取りを見守り、胸の中で羨ましい気持ちが湧き上がった。もし可能なら、私も弥生みたいに、子供だけいて男がいない生活を送りたい。準備が整うと、一同は保安検査のエリアへ戻ることにした。「列に並ぼうと思ったけど、友作が言うには、あなたたちのチケットはファーストクラスだから、優先通路を使えるらしいの。すっかり忘れてたわ」「そっか、分かったわ」保安検査を通過する弥生たちを、由奈や家族たちは少し離れた場所から見守っていた。検査が終わり、弥生たちが通過すると、由奈は感慨深げに手を振りながら言った。「待っててね。また会いに行くから!」弥生たちが去っていくのを見送りながら、彼女はふとある考えが頭をよぎった。そしてその笑顔は徐々に曇り始めた。やばい!もしかして、さっきトイレで見かけた瑛介も、帰国するつもりなのでは?そして、もし彼らが同じ便
last updateLast Updated : 2024-12-09
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第368話

今後、何か問題が起きたときは、もっと冷静になるべきだと彼女は自分に言い聞かせた。「由奈、どうしたの?」だいぶ先まで歩いて行ってから、由奈がまだその場に立ち尽くしていることに気付いた洋平と冨美子は、足を止めて振り返った。彼らの声に我に返った由奈は、笑顔を浮かべながらその場を取り繕った。「弥生と別れて、寂しくなっちゃったの?」冨美子は彼女に近寄り、優しく声をかけた。「でも飛行機に乗ればすぐに会えるじゃない。そんなに悲しまないでね」「分かりました。ありがとうございます」由奈は微笑みながら答えた。「会いたくなったら、すぐに彼女を訪ねに行きますから」「それならよかったわ。さあ、行きましょう」出発する前に、由奈はもう一度だけ保安検査の方を振り返った。どうか弥生が瑛介と会いませんように。あの因縁は、さっきトイレでのすれ違いのように、このまま交わることなく終わればいい。保安検査を通過すると、弥生は二人の子供を連れて前へ進んだ。荷物を持つ必要もなく、手ぶらで歩けた。保安検査を通過した直後、友作がすぐに申し出た。「荷物は全部私に任せてください」「いいわよ。多いし、一人じゃ全部は無理でしょ」「全部お任せください。黒田さんが私を同行させたのは、全力を尽くせということです。もし私がうまくお世話できなかったら、帰国後にボーナスを減らされますから」ここまで言われると、弥生もさすがに断れなかった。仕方なく、彼女は荷物をすべて友作に任せ、自分と子供たちは手ぶらで歩くことにした。三人が前を歩き、友作はその後ろで荷物を運んでいた。振り返らなければ気にならないが、一度でも振り返ると、彼にすべてを任せていることに罪悪感を抱いてしまう。何度か思案した末、弥生は足を緩めて彼を待ち、隣に並んだときに少し荷物を持たせてもらおうと声をかけようとした。しかし、その前に友作が先に口を開いた。「大丈夫ですから、どうか私から荷物を取らないでください。この仕事が私の役目ですし、荷物を押すくらい苦になりません。ボーナスがなくなるほうが、何千倍も苦しいんですから」「でも、弘次はここにいないんだし、後で適当にごまかせばいいじゃない?」その言葉に、友作は驚いた表情を浮かべ、大きく目を見開いて彼女を見つめた。「そんな不正で手に入れたボーナスなんて、私
last updateLast Updated : 2024-12-10
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第369話

ひなのは自分の唇を舐めながら、まだ食べたくてたまらない様子だった。しかし、ママにダメだと言われた以上、彼女は飛行機で出される飲み物を楽しみに待つしかなかった。目を大きくしてで店頭に飾られている写真をじっと見つめている。その様子を見た友作は、彼女が可愛くて仕方なく、見ているだけで何かを買ってあげたくなる衝動に駆られた。「子供って時々こういうものを食べたがるものですよ。私がアイスクリームを買ってあげましょうか?」弥生は微笑みながら冗談を返した。「力を尽くすって言ってましたよね。じゃあ、アイスクリームを買ってあげましょうか?こんなに頑張ってるんですから」「......いやいや、それは結構です」その後、弥生は思い出したように付け加えた。「そういえば。これからは私のことを霧島さんじゃなく、弥生と呼んでください。私はもう会社のマネージャーじゃありませんから」友作は少し考えたあと、うなずいた。「分かりました」彼たちはさらに前へ進み続けた。そのとき、弥生の携帯が鳴った。画面を見ると、弘次からのメッセージだった。「保安検査は通った?」そのメッセージを見て、弥生の唇には微かな笑みが浮かんだ。「通ったよ」送信して数秒も経たないうちに、弘次から電話がかかってきた。「どうだ?友作はちゃんとお世話してくれているか?」その話を聞いて、弥生はさっき友作が言った「力を尽くす」という話を思い出し、思わず笑ってしまった。「あなたが彼に『力を尽くせ』なんて言ったの?さもなければ、ボーナスをカットするぞって?」その言葉を聞いて、友作は顔色を変えた。彼は止めようとしたが、弥生の話すスピードには勝てなかった。終わった......あれはただ弥生に荷物を持たせないように冗談で言っただけなのに、彼女が弘次に伝えてしまうなんて。その結果、弘次が怒って自分の年末のボーナスだけでなく給料までカットするんじゃないかと友作は頭を抱えた。しかし、電話越しの弘次は笑いながらあっさり認めた。「僕がそばにいられないから、代わりにお世話する人を付けたんだ。それで?友作は自分のことをばかだと思ってるのか?」弥生はチラリと友作を見ると、彼が肩を落としているのに気づき、笑いながら答えた。「違うわ。でも彼が荷物を押している姿を見た
last updateLast Updated : 2024-12-10
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第370話

「弥生?」弘次のもとで長年働き、人の顔を読む術を学んだ友作は、弥生の顔色が悪いことに瞬時に気付き、心配そうに尋ねた。「どうしましたか?」友作は男であるため、弥生は少し恥ずかしそうにしながらも、この状況をすぐに対処しなければならなかった。彼女は唇を軽く噛み、少し間を置いてから言った。「すみません、少しお手洗いに行きます」「あなたたちは先におじさんと一緒に行って。あとで追いかけるから」弥生がその場を離れると、友作は残された二人の子供たちを見やり、穏やかに言った。「じゃあ、先に僕と一緒に行こうか?」しかし、陽平は顔に心配そうな表情を浮かべて、何かを思い出したように友作に尋ねた。「おじさん、今日は何日ですか?」友作はスマートフォンを取り出して日付を確認し、教えてあげた。「どうかしたの?」その日付を聞いた陽平は、小さな手で数を数えた後、ぽつりと言った。「今日はママの生理の日かもしれませんよ」その言葉を聞いた友作は表情を固まらせ、すぐに頭をかきながら少し恥ずかしそうにうつむいた。生理だったのか。その時、彼のスマホが振動し、メッセージが届いた。画面を見ると、上司である弘次からのメッセージがあった。「言い忘れたけど、今日は彼女の生理が来る日だ。注意して、冷たいものを飲ませないで」さすが黒田さん。友作は辺りを見回し、前方に装飾が豪華なカフェを見つけた。そして二人の子供たちに提案した。「ねえ、あそこに行って、ママに温かい飲み物を買ってあげない?」生理中の女性には温かい飲み物が必要だと、多少なりとも女性と付き合った経験のある彼には分かっていた。するとひなのは目を輝かせ、期待を込めて言った。「私にも一杯買ってくれますか?」「......もちろんいいよ」数分後、友作は二人の子供を連れてカフェに入った。そのカフェは広々としていて装飾も高級感があり、明るい照明の中、各テーブルはそれぞれ独立した空間を保っていた。カフェ内にはノートパソコンで作業をしている人が多く、それぞれが自分の仕事に集中しており、他のことに気を取られる様子はなかった。荷物を引きながら入店してきた友作の姿に、カフェの隅で作業をしていた健司は目を見開いた。「おお......あんなに多くの荷物を一人で運ぶなんて、
last updateLast Updated : 2024-12-11
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