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第六話。

Author: 愛月花音
last update Last Updated: 2025-02-20 18:16:22

 店長がニコッと笑いながら丁重に案内してくれた。

奥の席に座ると、亜季はメニュー表を見る。いろんな料理が書いてあった。

 チラッと見ると櫻井課長も真剣な表情で選んでいた。

(いつも思うけど櫻井課長って、真剣な表情って怖いわよね。あれが素だったのね)

 機嫌が悪いだけなのかと思ったが、もともとの表情なのだろう。誤解してしまったことに申し訳なくなる。

 そう思っていたら目が合ってしまう。亜季は慌ててメニュー表に目線を戻した。

 見つめてしまったことに気づかれてしまっただろうか?

「決まったか?」

「あ、えっと…この鮭と野菜のホイル蒸しと、後は豆腐サラダにします」

「ビールか何か飲むか?」

「あ、はい。ならビールも一緒に」

 ついでに注文して貰った。注文をすると沈黙が続く。

見ていたことは気づかれなかったようだが、どうしよう。

 何か話した方がいいだろうか? でも何を話したらいいのか分からない。

 そもそも櫻井課長とは世間話をしたことがなかった。

「えっと~素敵なお店ですね。上品な感じで。課長もこういうお店によく来るのですか?」

「まぁな。料理も美味しいが何より落ち着く。君は、こういうお店は苦手か? あまりお洒落なお店とか知らなくて。悪いな」

「いえ、私もこういう落ち着く感じが好きです。ただ、あまり行った事がなくて」

 恥ずかしい……。

実は小料理屋とかは、行ったことがなかった。行ってみたいと思ったことはあるが、何だか女性1人で行くには敷居が高くて。

「普段は、どんなお店に行ったりするんだ?」

「そうですね。同僚の美奈……玉田さんとはイタリアンとか居酒屋などに。色々なお店に行きます。ただ安いお店ばかりですが」

「そうか…」

 櫻井課長はそう言うと、また黙ったままになってしまった。

 会話が続かない。櫻井課長は、普段口数が少ないタイプだし、もっと自分から話の幅を広げなくては。

「あの~課長は、料理とか作りますか?」

亜季はオドオドしながら何故だか、料理関係の話をふってしまった。

 あまり作るイメージは無いけど、作ったりするのだろうか?

「あぁ、作るぞ。一人暮らしが長いからか結構こだわりが強い方だ」

 櫻井課長はあっさりとした表情で、そう言ってきた。作るらしい。

こだわりとか強そうな雰囲気ではあったが、意外なことで亜季は驚いた。

「君は、料理とか作るのか?」

「たまに……で
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    「えっと……雰囲気とか、話し方とか色々。あ、そんなことを言われても不愉快ですよね。すみません」「あんた。謝ってばかりだな」「えっ? 謝ってばかり?」 彼の言葉に驚いてしまった。そんなに謝っているのだろうか?「えっ……そうですか? すみません……あっ」 確かに本当だった。また謝っている。 申し訳ないと思っているせいかも知れないが。なんだか、余計に恥ずかしくなってきた。「……その櫻井課長って人。もしかして、あんたの好きな人か?」 何気ない青柳って人の発言にドキッとした。 返事に困っていると青柳は、「悪い。図星だったか?」と言って、謝ってきた。「いえ……好きな人ってよりも以前付き合っていた人です。残念ながら別れてしまいましたが」 亜季は寂しそうに苦笑いをする。 もう過去になってしまった人なのに、思い出して落ち込む自分が情けない。「ちょっと、そこの二人。何、葬式みたいに辛気くさい雰囲気を出しているのよ? せっかくの合コンなんだから、もう少し話して盛り上がりなさいよ!?」「……そう言われても」 美奈子に叱る亜季は困ってしまう。ガツガツしているわけでもないため、盛り上がれと言われても。 チラッと見ると青柳は気にすることもなく、お酒を飲み始めていたけど。 結局、その後も話が盛り上がる事もなく終わってしまった。 美奈子には呆れられてしまったが、どうしても次の恋愛がしたいと踏み切れなかった。意外と自分は未練が残る性格らしい。 情けないと思うけど、こればかりは、どうしようもない。 それから数日後。 何もないまま、ただ時間が過ぎて行く。窓から外を見ると、青空が広がり天気がいい。課長…元気だろうか? まだ、そう経っていないから変わらないと思うけど、会いたいと思ってしまう。。 別れを切り出したのは、自分のくせに会いたくて堪らない。 涙が溢れそうになりながらも、ただ青空を眺めていた。 夕方。仕事が終わり駅近くを歩いていた。 あの小料理屋には最近は行っていない。 行くと櫻井課長のことを思い出してしまうため遠慮していた。 亜季は一人でトボトボと歩いていると、向こうから見覚えのある人が歩いてきた。(あれ? あの人は……?) 合コンで出会った青柳って人だった。彼も亜季に気づいて立ち止まった。「あれ? あんたは……あの時の」「えっと……あの

  • 鬼課長とのお見合いで   第四十七話。

     お昼休み。喫茶店でランチを食べていたところ。 見かねた美奈子がそう言ってくる。(失恋って。美奈子……その言葉は傷つく) それに合コンって。彼女の突然の発言に驚いてしまった。 行ったこともないのに。「いくら何でも……合コンは、ちょっと」「何を言っているのよ。、もしかしたら新しい出会いだってあるかも知れないじゃない。このまま失恋に浸っているよりも全然いいわよ!」「……美奈子」 失恋に浸る。確かに、このままだといけないと思う。 自分で終わらせた以上は、もう櫻井課長のことは忘れないといけないだろう。「合コンのセッテングなら、私が他の子に頼んであげるから。行くだけ行ってみなさい」 美奈子の強くそう言われてしまった。 そして、やや強引でもあるが亜季は合コンを引き受けることに。 そこに出会いがあるとは思えない。それでも櫻井課長を忘れる、きっかけになるのならと思ったからだ。 3日後。仕事が終わると美奈子に案内されて、お洒落な居酒屋に向かった。 フレンチ料理が多く、若い世代が人気そうなお店だ。 中に入ると、既に数人の男女が集まっていた。「お待たせ~」「美奈子~遅いわよ。ほら、座って座って」 1人の女性がそう言って招き入れてくれた。席に座ると、それぞれ自己紹介とアピールを始める。 美奈子はノリノリでアピールをするが、場慣れしていない亜季は完全に浮いてしまっていたが。 周りが慣れ始めた頃。私は1人の男性に目が行く。彼も慣れていないようだ。 皆と話していることもせずに1人でちびちびと隅で、お酒を飲んでいた。(あ、何だか智和さんに似ている) 怖くて近寄り難い雰囲気で物静かなところとか。顔立ちも似ている。 この彼は眼鏡をかけているが……。 少し寂しそうに見えるのは、自分とも似ている気がする。 亜季は少し彼のことが気になって、チラチラと見ていた。 (やっぱり似ているかも……智和さんに) すると酔った美奈子が亜季に声をかけてきた。「ちょっと、亜季。誰か気になる人でも居た? あ、もしかして、あの人が気になるの?」「えっ!?」 亜季は美奈子の言葉に驚いた。 ただ櫻井課長に似ていたから、少し見ていただけだ。慌てて首を振った。「違う、違う。そんなことないわよ」「いいじゃん。よし、席替えターイム」「ちょっ……美奈子!?」 美奈子

  • 鬼課長とのお見合いで   第四十六話。

     そして私達は別れる。 別れたと言っても会社に行けば、変わらずに上司と部下の関係。普通に顔を合わせるし、必要なら会話だってする。「課長。企画書のことですが。このような感じで、どうでしょうか?」「あぁ、そこに置いておいてくれ。電話の後で見るから」「はい。お願いします」 櫻井課長は電話をしながら、そう言ってきた。 亜季は返事をするとデスクに企画書を置く。自分の席に戻った。 いつもと変わらない櫻井課長の姿だ。 しかし、その姿を見られるのは……あと少しだけ。 部長になる話は引き受けたと別の人から聞いた。これで良かったのだ! これで櫻井課長は何も障害がなく前に進める。 部長として新たなスタートが切れると言うものだ。「ねぇ、あんた本当に後悔していないの? 別れて」 仕事帰りに久しぶりに美奈子と食事をした。いつものイタリアンのお店で。 バスタを食べていると美奈子が心配そうに亜季に尋ねてきた。「……後悔していないと言ったら嘘になるわね」「だったら別れなかったら良かったのに……」「無理よ。そうでもしないと彼は、あの話を断るわ。あの人は優しいから」 今でも胸が痛む。無意識に櫻井課長のことばかり考えてしまうぐらいに。 でも櫻井課長は亜季の気持ちを優先するばかりに、自分の気持ちを犠牲にする。 それだけは、してほしくなかった。「私から見たら……亜季。あんたも十分優しいわよ?」「えっ?」「今時、自分の気持ちを優先して揉めるカップルが多い中で、あんた達は、お互いに譲り合っているじゃない。それって……お互いに優しいからで、相手を想い合っているからよね。本当……お似合いだったと思うわよ。あんた達は」 呆れつつも美奈子は、そう言って励ましてくれた。「ありがとう。本当ね。支え合えるような恋人同士になりたかったな」 だけど別れてしまった自分たちには、もう何もできない。 自宅に着くとスマホを覗き込む。メッセージの着信0件。 あれから櫻井課長とはメッセージをしなくなった。 別れたのだから当たり前だけど……寂しい。 アドレスを消す人。未だに残したり、連絡を取り合う人。亜季は、ずっと消さずに残してある。 もしかしたらメール来るかも……とか、そんなことをつい考えてしまう。 櫻井課長は生真面目で気遣う人だから遠慮して、送って来るわけがないのに。(未練

  • 鬼課長とのお見合いで   第四十五話。

     私は、その夜。櫻井課長にメッセージを送った。大事な話があると。 待ち合わせた場所は小料理屋にするか迷ったが、綺麗な夜景が見える場所にした。  最後に彼と見たかったからだ。「大事な話って、何だ?」 櫻井課長から口を開いてきた。 亜季は静かに決心すると櫻井課長の目を見て話した。 星が見える美しい夜景を見ているはずなのに。亜季の心は真っ暗で、ずっと曇り空のようだ。 でも言わなくては……櫻井課長のためにも。「課長……私と別れて下さい」「……えっ?」 それを聞いた櫻井課長は驚いて一瞬固まっていた。しかし、すぐに我に返って否定してくる。 「どうしてだ!? もしかしてアメリカに行くことで決めたのか? 俺は断わると言っているだろう。君は、それでいいのか?」 いい訳がない。でも、このままではいけない。 自分と一緒に居ては、櫻井課長の負担になるだけで、ダメにしてしまう。 別れ時なのだ。「私……昔から智和さんのことが苦手でした。いつも怒ってばかりで怖いと、美奈……玉田さんと噂をしていて。だから智和さんとお見合いをすると知った時は地獄かと思いました。でも少しずつ、いろんな性格が知れました。優しさや温かさとか……」 いろんなことが思い出して行く。 けして怖い人ではなかった。本当は誰よりも優しくて気遣いができる温かい人。 この人のことを知れば、知るほど好きになった。かけがえのない人になっていくのが分かった。 でも…それだけではダメ。好きになるだけでは。 亜季が彼にしてあげられるのは、これぐらいしかない。「でも……ダメなんです。智和さんでは、私は幸せになれない。だから……もう終わりにして下さい。そして、海外に行って下さい」 亜季は泣きたいのを必死に我慢しながら伝えた。 涙なんて引っ込め。櫻井課長に後悔させないためにも我慢しないと。 亜季は後ろを向いた。 涙に気づかれないように。「……亜季……お前」「……私、昔から諦めのいい方なんです。 立ち直りも早いし。きっと課長のことなんて、すぐに忘れて他に好きな人ができているかも。八神さんも、まだ私のことを好きだと言ってくれてるし。乗り換えようかなぁ~なんて……」 お願い。受け入れて……心が揺らぐ前に。 その時だった。櫻井課長は亜季を後ろから抱き締めてきた。 亜季は驚くが、彼はボソッとこう言った。

  • 鬼課長とのお見合いで   第四十四話。

    八神の言葉が、ずっと亜季の頭の中に残っている。 あれから八神と別れて、自宅に帰ってもずっと亜季は考え込んでいた。 どうしたらいいのだろうか? 次の日。会社に行くと、既に噂が部署の中まで広まっていた。 櫻井課長が姉妹会社に大抜擢されて、アメリカに課長として行くと。 いつの間に聞きつけたのだろうか。「亜季。本当なの?櫻井課長がアメリカの会社で大出世するって話って」「ちょっと……美奈子。声大きいから!?」 美奈子が亜季が来たのを確認すると、大きな声で真相を聞いてくる。 亜季は慌てて止めるが周りに聞かれてしまい、さらに騒ぎになってしまった。 どうしよう。こんなに騒ぎになってしまうなんて。「あの、まだ櫻井課長は迷っているみたいで。断わるかもしれないし」「どうして? こんな大出世の話を断る奴なんていないだろ? いたら、ただの馬鹿じゃん」 そう言ったのは、美奈子ではなくて一人の男性社員だった。そう言われると亜季の胸が痛んだ。 確かにそうなのだ。 こんな出世を断る人の方がおかしいのだろう。「……私では何も言えませんが、そういう話はあるみたいです」 周りは、さらに騒ぎ出した。驚く人や喜ぶ人も多く、なおさら否定もしにくい。 やはり櫻井課長は部長になるべき人なのだろう。断わるような馬鹿なことはしてはならない。「だとすると亜季は……どうするの? ついて行くの?」「私は、行かないわ。大きな仕事があるし。そのために頑張ってきたんだもの。それに、英語だって話せない。とても無理よ」「どうして? じゃあ、遠距離になるの? 亜季……それでいいの?」 美奈子は、それを聞いて驚いていた。 良くはない。でも、ついて行く勇気は亜季には難しかった。 それに大切な仕事がある。 そうしたら櫻井課長がいつものように出勤してきた。「おはよう。何だ? また、お前らは騒ぎを起こしているのか?」「おはようございます。課長、聞きましたよ!? 海外で部長になることが決まったらしいですね?」「凄いです。さすが課長」 皆は尊敬の眼差しで、そう言ってきた。 課櫻井長は既に知っていることに驚いていたが。「お前ら……いつの間に、そんな情報を知ったんだ? まったく、噂だけは仕入れるのが早いな」 呆れながら言っているのを、私亜季は後ろで黙って眺めていた。 これが櫻井課長の本来

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