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第六十三話。

Author: 愛月花音
last update Last Updated: 2025-04-04 17:40:47

 ガーンと、どうしようもないショックを受ける亜季。

 いや自分でも最初から上手くやれるなんて、思ってはいない。それでも、もう少しはマシだと思っていた。

(私ってこんなに下手なの?)

 改めて認識すると、余計に落ち込んでしまう。そうしたら、

「まあ、初めてなんだし。上手くやれなくて当然だ! 少しずつ教えていくから覚えて行こう」と、言って励ましてくれた。

 優しい言葉をかけてもらい亜季は嬉しくなる。

 今日の講習は、これで終わった。帰る身支度をしてから、青柳にお礼を言うために頭を下げた。

「今日は、ありがとうございました。明日もよろしくお願い致します」

「あぁ、こちらこそ。じゃあ、また明日」

「あ、待って下さい」

 立ち去ろうとする青柳を何故だか慌てて止めてしまう亜季。

(あぁ、またやってしまった……)

 どうしても青柳を見ると引き留めてしまう。止めた理由は思いつかないのに。

「……何?」

「あ、えっと~今度改めてお礼をさせて下さい。色々とお世話になったので」

「……いいよ。別に。それより明日も頑張って」

 素っ気なく、それだけ言うと行ってしまった。

 あっさりと断られてしまった。 でも彼らしいと思う。

 まさか、あの人が担当教官として再会するなんて思わなかったから。不思議な気分だ。

 そのことは、夜に自宅で櫻井課長にも話した。

「えっ?担当教官だった? 青柳さんって……確か、君が背中を押してくれたと言っていた人か?」

「そうそう、その人。もう驚いちゃって、やっと、ちゃんとお礼が言えたの」

 亜季は嬉しそうに話した。

 櫻井課長は、ふーんと曖昧な返事をしながら、和季に離乳食を食べさせていた。

(どうしたのかしら? 何だか興味なさそう)

 不思議そうに首を傾げた。せっかく恩人の話をしているのに。

 すると櫻井課長は、ため息交じり

「まだ肉食系ではなくて良かったかもな」と、小さな声でボソッと呟いた。

「えっ? 今なんて?」

「いや、何も。それよりご飯にするか? 和季も離乳食を食べ終わったし」

「あ、今すぐ準備するわね」

 亜季は慌ててキッチンに戻って行く。一体、何を言いたかったのか分からないままだったが。

 出来上がった料理をよそって持っていく。

 今日は、カレーライスとツナとトマトのサラダにした。

 ダイニングテーブルに置くと、櫻井課長が亜季に聞いてきた。

「それよ
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     それが会ってハッキリすると、無性に腹が立ってきた。 ウジウジしていないで、ちゃんと向き合ってほしい。その櫻井課長にも。 「まぁ……簡単に忘れられるものではないだろう。焦らずに居ることだな。いずれは時間が解決してくれる」「青柳さん……」「……そう言って欲しいのか? 俺に」「えっ?」 そう思ったら、自分でも驚くぐらいに亜季に説教をする青柳。 そこまで言うつもりはなかったが、口が動いたら止まらなかった。そこで、ようやく気づいた……自分の気持ちに。(俺は、吹っ切ってほしかったんだ)と……。 ずっと櫻井課長のことを考えないでほしい。そのためにも、ハッキリさせてほしかったのだろう。 上手くいけば仕方がないが、もしダメだったら。踏ん切りがつくはずだ。本気でぶつかった相手なら、言わないよりも言った方がスッキリする。 なんより、彼女に笑ってほしかった。沈んだ姿は似合わないと思った。「やり直したいと思うなら動け。君が動かない限りは何も変わらない」「……まだ……やり直せるでしょうか?」「さあな。そんなの俺に聞いても分からない。で、どうするんだ?」 青柳の言葉に、亜季は静かに前を見る。 動かないと何も変わらない。それは自分自身にも言っていることだ。「私……追いかけます。課長とやり直したいから」「……そうか」 青柳は、これ以上は何も言わなかった。彼女が決めたことだからだ。 食事を済ませてお店を出ると、亜季は頭を深く下げて、お礼を伝えてきた。「ご指摘ありがとうございました。私……目が覚めました!」「どうやら、ちゃんと前を向く気になれたようだな」「青柳さん……」 青柳は静かに微笑んでみせる。 亜季の顔を見ると、どこかスッキリしていた。きっと、自分のやるべきことを見つかったのだろう。(ああ、彼女は笑うと魅力的な人だな)  やっと彼女の微笑む姿を見ることができたのに、気持ちは切なかった。 でも……これで良かったのかもしれない。そう青柳は思った。「もし、ぶつかってみてダメなら、また俺に連絡して来い。相談でも愚痴でも聞いてやる」「ありがとうございます!」 青柳はそう言ったが、そこに本音が隠れていた。でも、それは言わないつもりだ。 彼女が、ちゃんと向き合って、会いに向かうまでは。 そして亜季は頭を下げると、青柳とそのまま別れた。 

  • 鬼課長とのお見合いで   番外編①・第二話。

     さらに聞いてみると、ビクッと肩を揺らす亜季。頬を一瞬赤く染めたと思ったら、しゅんとなってしまった。 青柳は質問を間違えたかと思い、謝罪をする。「いえ……好きな人ってよりも以前付き合っていた人です。残念ながら別れてしまいましたが」 亜季は寂しそうに苦笑いをしていた。 その後は、対して話をしないまま終わってしまったが、青柳は印象に残る出来事だった。あの表情がずっと頭に浮かんでしまうほどに。 そして、そんな亜季が再会したのは思ったよりも早まった。 仕事帰りに、ばったりと会っただけなのだが。 表情は変わらなかったが、青柳は内心では動揺していた。まさか再会するとは思わなかった。 しかし、元気になったのかと確認しただけで泣かせてしまう。 そんなつもりで聞いていない。これでは自分が泣かしたみたいだと、戸惑ってしっまう青柳。 何とかして近くの喫茶店で入って亜季が落ち着くまで待った。 ハンカチで涙を拭う姿は、どこか儚げに見えた。 落ち着いてくると彼女は世間話に年を聞いてきた。二十八だと答えたら驚かれた。  失礼だとは思う。 しかし、老け顔がこんな時に役に立つとは思わなかった。そのお陰で亜季の表情は少しでも和らいでくれた。 微妙な空気だったのが少しだけでも良くなったような気がする。 そうしたら帰り側、亜季の方からメッセージアプリのⅠDを聞いてきたのだ。 それは青柳にとって、予想外の出来事。本来の自分なら教えることはなかったが、言ったことに慌てる彼女を見ていたら、青柳は教えることに抵抗はなかった。 むしろ心臓の鼓動が速くなっていく。 それはどういことなのか青柳は分からなかったが、小さな変化の兆しだろう。 それから数日が過ぎたが亜季からメッセージが来ることはなかった。いくら待ってもだ。 勢いで言ってしまっただけだろうか?  それとも何かあったのだろうか? 気になる……。 自宅でも気づいたらスマホを片手にメッセージアプリを開いている自分が居た。普段はメッセージなんて、ほとんどやらない。電話がほとんどなのに。「自分から送ってみたら迷惑だろうか?」 別にそれから、どうにかなりたいわけではない。 ただ気になっただけ。元気なら、それでいい。 思い切って送ったら、思ったよりも早くメッセージが届いた。 その後も、メッセージは続く。 相談や個人

  • 鬼課長とのお見合いで   番外編①・青柳視点。

     青柳真一郎(あおやなぎ しんいちろう)。二十八歳。教習所の教官として働いている。 昔から無口で表情が硬いと言われてきた。それと言葉がキツいと。 別に青柳自身も、お喋りの方ではないと自覚はしている。面白くもないのに笑うことはできない。思ったことを口にしているだけだ。 顔立ちも鋭い目つきと年の割には老けているせいか、よく年齢より上に見られた。 さすがに学生の頃。教師に間違われたのはショックだったが。 それでも青柳は、それが自分だと割り切っていた。 恋愛も得意な方ではない。そもそも恋愛に興味がなく、どう扱っていいのかも分からない。女性も怖がられることも多かった。 教官に就職したのは、車や運転が好きだったから。だた、それだけ。 そう考えると自分は、つまらない男だと青柳は思えた。パッとしない人生を歩んできただけの。 しかし、ある女性と知り合ったことで自自分の人生が少し変わった気がした。 それは友人に無理やり連れて来られた合コン。 数合わせだったから、お酒を飲んでさっさと帰ろう。 青柳は、そう思っていた時だった・  ある女性が目に写った。ジッとこちらを見ていたからだ。(俺に……気があるのか?) 最初は、そんな風に考えていた。気にしないようにしていると、深いため息を吐きながら下を向く。 そして、またこちらをチラッと見ては、ため息を吐くの繰り返し。(一体、何だ?) 青柳は、気にしないようにしているが、逆に気になってしまった。 (たしか名前は松井亜季と言っていたような?) それが松井亜季(まつい あき)だった。 青柳は名前も適当に聞いただけだったら当たっているのかも分からない。そうしたら亜季の友人・玉田美奈子(たまだ みなこ)が席替えだと言い出した。 亜季は青柳の隣に強制的に座らされる。 オロオロしている姿は、どこか危なっかしい。慣れていないように見えた。 すると亜季の方から話しかけてきた。「あの……慣れませんね? こういう場って」 ハハッと笑い亜季を見て、青柳はやっぱりと思った。「そうだな。無理やり連れて来られたから、よく分からないけど」 青柳は、そう思ったら自然と冷たい言い方になってしまった。 本当だったら、もう少し気の利いた台詞を言った方がいいのかもしれない。 しかし、そこで言えるほど青柳は器用ではなかった。 

  • 鬼課長とのお見合いで   第七十五話。

    「フフッ……もうですか? まだ産まれるのは先ですよ」「何を言うか。名前は大切なんだから、今から慎重に選ばないと。次は娘がいい。俺に似ではなくて、亜季に似てくれたらいいのだが」 櫻井課長はブツブツと、独り言を呟いている。 その姿が可笑しくて、つい亜季は笑ってしまった。 やっぱり家族と一緒に居る、この空間がとても幸せに感じる。 だから早く産まれておいで。 そう言いながら、優しく自分のお腹を撫でる。櫻井課長と寄り添いながら……。 それから1年後。 櫻井課長は、いつもの通りに帰宅する。 「ただいま」と言うと、真っ先に走って出迎えたのは和季だった。 櫻井課長は和季を抱き上げる。「パパ。おかーしゃい」「あなた。お帰りなさい」 その後から亜季が出迎えた。もちろん、あの時にお腹に宿してた娘の結花(ゆか)を抱っこして。 まだ生後五ヶ月。「ただいま。亜季、結花……」 嬉しそうに微笑む櫻井課長。しかし彼の手に持っている紙袋に気づいた。 「あら? あ、智和さん。また買って!?」「いや、たまたまお店に入ったら、結花に似合いそうな服を見つけてな」「これで、何度目!? 毎回、毎回。すぐに大きくなっちゃうのに」 最近の櫻井課長は、スポーツ器具の代わりに結花の服をたびたび衝動買いするようになった。 私似なので可愛くて仕方がないらしい。「仕方がないだろ?  結花は何を着ても可愛いのだから」 最近これが口癖のようになっている。 まったく。鬼課長が呼ばれていた人だと思えない行動だ。 ハァッ……と亜季は、ため息を吐いた。「さて、和季。一緒にお風呂に入るぞ」「やぁ……かず。キレーだもん」「そうか。それは、確かめてみないとな」 櫻井課長はそう言うと、和季を連れてお風呂を入りに行ってしまった。 もちろん、和季の泣き声が聞こえてきたが「あらあら」 亜季はクスクスと笑いながら櫻井課長の持っていたカバンと紙袋を持ち上げる。 我が家は、いつも明るく賑わしい。 お見合いで始まった恋だけど。その幸せをくれたのは、間違いなく櫻井課長だ。 (ありがとう。私の大好きな鬼課長様)「さて、夕食の支度を早くしなくては。和季が出てきちゃうわ」 亜季はそう言うと、慌ててリビングの方に向かうのだった。                                

  • 鬼課長とのお見合いで   第七十四話。

     そして慌ててタクシーを呼び、亜季と和季が居る大学病院に向かう。 その頃。私は、おでこを包帯で巻かれていた。「はい。出来ましたよ!」「ありがとうございます」 亜季はニコッとお礼を言う。車は凹んでしまった。 幸いなことに車がクッションになり、おでこの怪我と首の痛み程度で済んだ。 精密検査をしたので、その結果待ちだ。 和季もチャイルドシートで守られていたため無傷。驚いて大泣きするぐらいで済み、ホッとする。 今は、泣き疲れてベッドでスヤスヤと眠っている。警察の人の話だと、事故をした車は飲酒運転だったそうだ。 櫻井課長に事情を説明してくれたから、 こちらに来るだろう。 どうしよう。無事に助かったから良かったけど……。 櫻井課長に、どうやって説明したらいいのだろうか。 車もダメにしてしまった。 きっと凄く怒られるだろう。もしかしたら二度と車にも乗らせてくれないかもしれない。 そう思うと、亜季は落ち込んでしまう。まだ首がズキズキと痛むし、最悪だ。「櫻井さん。先生から診断結果が出たようなので診察室までお越し下さい」「あ、はい!」 亜季は慌てて診断室に入る。そして驚く真実を聞かされた。「えぇっ? それって本当ですか!?」「えぇ、間違いありません」 医師の診断報告に動揺する亜季。 そうしたらガチャッとドアが突然開いた。入ってきたのは櫻井課長だった。「亜季。和季も無事か!?」「と、智和さん!?」「亜季。怪我は!? どこも悪くないか? 和季は?」 必死に亜季の肩を掴み、無事かどうか確かめようとする櫻井課長。 動揺していてパニックになっていた。「智和さん。落ち着いて。私も和季も無事よ。少し首とか痛めてしまっただけ。和季も奥で眠っているわ。怪我も無いし、無事よ!」 そう言うと櫻井課長は、ホッとしたのか肩の力が抜けていた。へなへなと座り込んでしまう。 こんな風に青ざめて動揺する櫻井課長は初めて見た。「大丈夫?」「丁度良かった。ご主人にも診断結果をお伝えしておきますね? 事故後で失礼かと思いますが、おめでとうございます。奥様は、おめでたですよ!」 ニコッと医師がそう伝えてきた。 そう、診断結果は妊娠報告だった。 亜季のお腹に2人目の子供が宿っている。吐き気などが、和季の時と比べて軽かったので気づかなかった。「えっ……おめでた?

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