「笑わないでくれ……正直。赤ん坊を抱いたことがなくて、戸惑っているんだ」「すみません…フフッ」 青柳は複雑そうな表情をしていたが、やっぱり笑ってしまう。 何だか櫻井課長を見ているようで微笑ましい。 青柳は、恥ずかしいのか頬を染めていた。その雰囲気まで、そっくりだった。 そしてレストランに着くと店内に入った。和季は亜季が受け取り、抱っこした。 注文すると話すことがなく、沈黙してしまう。この雰囲気、前にもあった。 自分の櫻井課長に対する後悔や悲しさでいっぱいの時に。 青柳の言葉で、自分は勇気をもらった。叱り飛ばしてくれて良かったと、心から感謝をしたい。 あの時は叱り飛ばしてくれなかったら、櫻井課長のもとに行けなかった。 そして、ずっと後悔ばかりして情けない人生を送っていた。 「あの……あの時は叱り飛ばしてくれて、本当にありがとうございました!」 もう一度、深々と頭を下げた。感謝をしても仕切れないぐらいに、彼には感謝をしている。「謝らなくていいって言っただろ? 俺は、曖昧な関係を君にはしてほしくなかったから言ったんだ。むしろ言い過ぎたかもと思ったほど。悪かったな……不愉快な気持ちにさせて」 逆に謝られてしまう。そんなことはない。 不愉快に思うだなんて……罰が当たってしまう。大切な恩人なのに。「不愉快だなんて…そんな。むしろ、とても感謝しています。背中を押してくれたのは、間違いなく青柳さんですから」 すると青柳は「君は……よく鈍感とか言われないか?」と、言ってきた。「えっ? 鈍感……私がですか?」 その台詞、前に櫻井課長にも同じようなことを言われたような……?「どうですかね? そそっかしいとかなら、友人と主人に最近言われましたけど」「あぁ、それなら俺も同意だ!」 納得する青柳にショックを受けた亜季。(まさか彼まで同意するなんて……酷い。いくらなんでも、そこまでそそっかしくないわよ! もう) 亜季が頬を膨らませると、青柳はそれを見てクスッと口元が緩んでいた。 (あ、笑った) 青柳の笑顔は貴重だと思う。あんまり笑顔を見せない人だからだ。「君の旦那は大変だな。こうも鈍感な奥さんを持つと、安心ができないだろう」「それって、どういう意味ですか? あ、もしかして馬鹿にしてます? 私のこと」「さあな?」 青柳は、そう言いまた
青柳に自宅を招待したら驚いた表情をされた。 それでも、ぜひ家に来てっもらいたいと思った。櫻井課長にも会わせてあげたい。 櫻井課長も、きっと彼にお礼を言いたくて仕方がないはずだろう。「いや……それは、さすがに……ちょっと」「何でですか? 家は全然構いませんし、それに主人もお礼を言いたがっています」 櫻井課長は直接会いたいとは言ってはいないが、そう思っているはずだ。律儀な人だし。 それに、お互いに似ている部分がある。もしかしたら会えば仲良くなれるかもしれない。どうしても来てほしいと思ったら誘ってしまった。「君は……思いっきりがいいな? 分かったから」「本当ですか!?」 亜季は、やや強引に家に来ることを承諾してもらう。 これぐらい強引にしないと、来てくれないと思ったからだ。遠慮気味なところも櫻井課長に似ているから。 さすがに実感、引かれたような気もするが。それでも、おもてなしをしたい。 亜季は承諾してくれたことが嬉しくて、その夜に、帰宅した櫻井課長に話した。「はぁっ? 呼んだのか!? その……青柳さんっていう人を」「えぇ、もちろん。智和さんの方からも、きちんとお礼を言って下さいね? 私たちの恩人の方なんですから」 亜季はニコニコしながらそう言った。そうしたら何故だが、櫻井課長は大きなため息を吐いてくる。どうしてだろうか? 不思議に亜季は首を傾げる。 「相変わらず、思いっきりがいいと言うか何と言うか……」 と、さらにため息を混じりになる櫻井課長。眉間にシワまで寄っている。 まったく意味が分からない。 恩人なのだから、喜んでくれると思っていた。彼だってお礼を伝えたいはずだと。「分かった。で、いつ来るんだ? その……青柳さんは?」「明後日の水曜日に来て頂けるみたい。住所を教えたら、多分智和さんと同じぐらいの時間帯になると思うわ」「……そうか。なら、なるべく早く仕事を終わらせて帰宅する」 櫻井課長は渋々だが、そう言って納得してくれた。 とりあえず良かった……これを彼を自宅に呼べる。もう呼んでしまった後だったから、きちんと許可を貰いたかった。 気合いを入れて、ご馳走を作らなくては。 亜季は、のんきにそう考えていた。 しかし、それを見ながら櫻井課長は、軽くため息を吐いた。「青柳さんには申し訳がない……」と言いながら。 そ
「えっ? そうなんですか? あの……はじめまして。青柳真一郎(あおやなぎ しんいちろう)です。奥様には……その」「あぁ、それなら妻から聞いています。 色々と、ご迷惑と助言をなさってくれたそうですね? 本当にありがとうございます」 櫻井課長は頭を下げて、丁重にお礼を伝えた。 それに対して青柳は慌て出した。まさか、そんな風にお礼を言ってもらえるなんて思わなかったからだ。「あ、いえ…頭を上げて下さい。俺は、あくまで気持ちを言ったまでです。決断を出したのは、奥様です!」「いえ……お陰様で私達はもう一度、やり直せることができました。あなたのお陰だと思って、今でも感謝しています! どうぞ、自宅まで案内します。妻が張り切って、待っていると思いますので」「あ、はい。すみません……」 櫻井課長は、青柳さんを自宅まで案内する。しかし、やっぱりお互い気まずい雰囲気になってしまったが。 どちらも無口で似たような性格のため、会話が続かなくて無言のまま。ただ歩いているだけだった。 そんな事を知らない亜季は、まだかまだかと待っていた。 数分後。 ガラッとドアが開いた。いつものように帰ってきたようだ。「ただいま~」「お帰りなさい」 亜季は慌てて和季を抱き上げて、リビングから出ると玄関に向かっていく。そうしたら櫻井課長と青柳が一緒だった。 思わない組み合わせに驚いてしまった。「まぁ、青柳さんまで? いらっしゃいませ」「……こんばんは。今日は、お招きありがとうございます」「さっき駅で偶然に会って、一緒に歩いて来たんだ」 気まずそうに言う青柳に対して櫻井課長が代わって説明をしてくれた。 なんて偶然だろうか。やっぱり何かと縁があるらしい。 亜季は、それを聞いて嬉しくなっていく。「まぁ、そうだったんですか? フフッ……ゆっくりして行って下さいね。さあ、どうぞ」「……お邪魔します」 緊張気味に青柳は中に入ろうとする。すると抱っこしていたはずの和季が、「パパ、パーパ。パパ……パパ?」と2人を指す。 交互に見ながら不思議そうに言ってきた。似ている二人を見て驚いたのかもしれない。櫻井課長と青柳は、お互い顔を見合わせる。「フフッ、確かにパパが2人に見えるわね。和季の場合は」「そんなに……似ているか?」「えぇ、とても。さあ、それより夕食にしましょう」 不思議
雰囲気だけではなく、性格や価値観とかが似ているような気がする。 フフッと亜季は微笑んでいると、和季がテーブルをバンバンと叩きながら、手を伸ばしてきた。「まんま~まんま~」「あ、はいはい。和季は、こっちね」 そう言いながら和季に離乳食を食べさせた。それに気づいた櫻井課長と青柳は食事を食べ始めた。「あ、美味しいです」「本当ですか? 良かった~お口に合わなかったら、どうしようかと不安だったから」 気合いを入れて作ってみたけど、まだ料理に自信があるわけではない。 お世辞かもしれないが、青柳に美味しいと言ってもらえて嬉しかった。「味付けも丁度いい……」 「良かった。妻は結婚してから随分と料理を頑張って、覚えましたからね」「あ、もう。智和さんったら。青柳さんの前で変なことを言わないで下さいよ。恥ずかしい」「アハハッ……悪い、悪い」 櫻井課長は、謝るが笑っていた。 亜季は頬を膨らませると、それを見た青柳が静かに微笑んでいた。「仲良さそうで安心しました。俺が最初に松井さんに会った時は、かなり落ち込んでいたので……」「あれは……。でも確かにそうでしたね。最初に会った時は、本当に主人に似ているなって思って」 あの時は、思わず青柳ばかり見ていた。 別れた傷が癒えていない時だったし、櫻井課長と青柳を重ねてばかりだった。「俺は、お前が合コンに行ったという真実を後から聞かされて、驚かされたぞ?」 ムスッとした表情で言う櫻井課長。そうだった。 海外に追いかけた後に櫻井課長に彼のことを話した。追いかける、きっかけをくれた人でお世話になったと。 その時も合コンに行くなんて、と説教されそうになったっけ……。「ごめんなさい。でもお陰で、追いかける勇気をもらったから。結果オーライですよ!」「結果オーライって……まったく。相手が青柳さんだったからいいものの……」「いえ、俺は…本当に何もしていませんよ。あれは、俺の意見を松井さ……奥様が素直に受け取り、実行してくれたからですし」 亜季と櫻井課長のやり取りに、青柳は謙虚気味に言ってきた。 そんなことはない……彼の言葉があってこそだ!「でも、あの時は青柳さんが叱ってくれなかったら、自分に言い訳をしてばかりで。気持ちを告げられませんでした。本当にありがとうございます!」 亜季は深々と頭を下げると、櫻井課長
そして数ヶ月後。私は、少し遅れながらも無事に免許が取ることができた。 喜んでいると青柳がこちらに来た。「無事に合格ができて良かったな。おめでとう」「ありがとうございます。青柳さんが辛抱強く教えて頂いたお陰です。本当にお世話になりました」 亜季は深々と頭を下げてお礼を伝える。 これも辛抱強く教えてくれた彼が居たからだろう。もちろん櫻井課長のことも忘れていないが。「俺も一安心だよ。君は、あまりにも下手だったから」「アハハッ…すみません」 そう言ってきた青柳を見ながら亜季は苦笑いする。 確かに、免許を取れるなんて不思議なぐらいに下手だった。よく取れたと、自分でも思う。「では、本当にお世話になりました」「あの……櫻井さん」「はい?」「いや……何でもない。元気でな」 行こうとしたら青柳に呼び止められた。しかし振り返ったが、何もないと言われた。 他に何か言いたそうだったが一体、何だったのだろうか?「はい。青柳さんこそ……お元気で」 亜季はニコッと微笑み返した。 教習所に、まさか彼が働いていたなんて思わなかったけど。これも何かの縁だったのだろう。 せっかくなんだし、また家に来てくれたらいいのだが。 そう亜季は、のんきに考えているのだった。 そして数日後には、無事に免許が届いた。 自分の名前と写真が貼ってあり、真新しい。何だか嬉しい気持ちになった。 しかし、そんな亜季に早くも運転するチャンスが訪れた。「おめでとうございます。一等の温泉旅行無料招待券です!」 カランカランと鐘を鳴らされた。 今日、商店街で買い物をしていたら、福引き券を数枚を貰う。 丁度一回なら引けると、亜季はクジを引いた。すると奇跡的に一位の温泉旅行が当たってしまったのだ。「嘘っ……やった。和季。温泉旅行が当たったわよ!」「うっ……?」 意味の分からない和季は、きょとんとしていた。 まだ和季には分からないだろうけど、亜季は大はしゃぎだった。 嬉しくてその夜。帰宅した櫻井課長に、そのことを話した。「温泉旅行?」「はい。1泊2日なんですが、今度の休みに家族で行きませんか? もちろん。私が運転します」 こんなチャンスは、なかなかない。 高速に乗るのは不安はあるが、せっかくのチャンスだ。遠出がてら運転をしてみたい。「うむ。悪くないな。丁度、仕事も
「素敵……あ、窓から綺麗な景色が見えるのね。ほら、和季。綺麗ね~」 亜季は、はしゃぎながら和季に話しかける。和季もキャッキャッと喜んでいた。 どうやら気に入ったようだ。 すると櫻井課長は荷物を下ろして、一息入れる。「ふぅ……いろんな意味で疲れた。さてと、浴衣に着替えるか。その後に旅館や庭を見学しながら、温泉にでも入りに行くか」 と、ため息混じりにそう言ってきた。「そうですね~」 亜季は申し訳ないと思いつつも、温泉に入るのが楽しみだった。 そして浴衣に着替えて、大浴場に向かうことにした。 和季は、いつものように櫻井課長に任せる。亜季は1人で、のびのびと女湯に入っていく。中には年配な女性が多かった。 大きな湯船と外には露天風呂が。露天風呂から見える海は、とても綺麗だった。 亜季は露天風呂に入る前に体を洗おうとした。そうしたら隣の男湯から、和季のギャン泣きが聞こえてきた。(あ、また嫌がっている……) いつものことなのだが、恥ずかしくなるほど泣き声が大きかった。「あらあら、元気な赤ちゃんだこと」 年配のお婆さんがクスクスと笑いながら話していた。 亜季は頬が熱くなってしまう。迷惑に思われたかもしれない。「すみません。私の子なんです。今、主人が入れていまして……」「あら。あなたのお子さんだったの?」「……はい。どうも着替えが嫌みたいで」 申し訳なさそうに周りの人に謝った。すると向こうから、「ひぎゅああ……まんま~」と泣き叫ぶ声が。「こら。和季。そこでママを呼ぶな。俺が変に思われるだろ!?」 和季が泣きながら母である亜季のことを呼んでいたため、櫻井課長は戸惑っていた。 苦労している櫻井課長の顔が目に浮かんで、亜季は申し訳ない気持ちになってくる。 これでは、ゆっくり入れないだろう。「フフッ……あなたも大変ね。でも男の子は、あれぐらいではないと」「そうそう。ウチの子もあれぐらい元気に泣いていたわよ」 年配の女性たちが笑いながらも、快く許してくれた。 それどころか逆に励ましてもらったり、色々とアドバイスをしてくれた。 こういう交流も温泉旅行の楽しみの一つだろう。 温泉から出ると、櫻井課長も和季を抱っこして男湯から出てきた。「お疲れ様。隣からでも和季の泣き声が聞こえていたわよ。ごめんなさい……入れてもらって」 亜季は謝り
「うわぁ~美味しそう」 亜季は目をキラキラさせながら喜んだ。すると和季も、美味しそうな料理に興味があるのか必死に手を伸ばしていた。 小さな体を必死に伸ばして、茶碗蒸しの器に触ろうとする。「あ、和季。メッ」 慌てて止めようとしたら櫻井課長が、ひょいっと和季を抱き上げた。 叱られたので和季は、ぐずりだしてしまう。「ふぇぇ~ん」「こら。お前は、こっちだ!」 そう言いながら膝元に座らせると、持ってきた離乳食を食べさせる櫻井課長。 しかし、これだと料理が食べられない。 いつもは助かるけど、さっきもお風呂に入れてもらったばかり。せめて食事ぐらいは……。「和季は、私が食べさせますから。智和さんは先に食べていて下さい」「あぁ、大丈夫。それに君も食べたいだろ? あんなに楽しみにしていたんだから。ゆっくり食べろ」「ですが……」「子育ては、やれる奴がやればいい。普段は、亜季が面倒を見ているんだ」 櫻井課長はクスッと笑うと和季に、もう1口食べさせてくれた。 彼の優しさに亜季の胸がキュンと高鳴る。 そし、そのお陰で、ゆっくりと食事を楽しみことができた。 小さい子が居ると、なかなか落ち着いて食事ができないから助かる。 食べ終わると、交代する。 その後も櫻井課長は和季を寝かせてくれた。疲れたのか和季は、すんなりと寝てくれた。「今日は、寝付きがいいな。たくさん、はしゃいでいたから疲れたのだろうな」 櫻井課長は布団をかけ直すと、こちらに来てくれた。 亜季は、その間にお茶を淹れる。窓側にある椅子に座るのを確認すると、櫻井課長にお茶を差し出した。「すみません。旅行まで、色々と任せてしまって。後で、ゆっくりと露天風呂に入り行って下さい」「何、大したことはない。それよりも、やっと大人の時間が楽しめるな」「えっ……あっ!?」 確かに。今は和季がすんなりと寝てくれたから、二人の時間がゆっくりとできる。 意識をすると、何だか恥ずかしくなってくる亜季。 初めての旅行に、こんな素敵な部屋に泊まれた。そして今は2人きり。 まるで付き合った頃を思い出してしまう。「……そうですね。付き合っていた頃は、旅行だなんて考えてもみませんでしたし」 亜季はそう言うと、櫻井課長はお茶を飲んだ。 あの頃は、とにかく櫻井課長のことが知りたくて、新しい発見ができることが嬉し
「もう……驚かさないで下さいよ」「ふん。笑った仕返しだ」 そう言いながら櫻井課長はクスッと笑うと、亜季にキスをしてくれた。 何だか甘い雰囲気に。 唇の角度を変えながら深くなっていくと、櫻井課長はゆっくりと亜季の浴衣を脱がしていく。「……今日は、和季もよく寝ている。邪魔されずに済みそうだ」 確かに最近は、いいところで和季が泣いてしまことが続いていた。 今日は2人の時間を十分に楽しめるかもしれない。「せめて……布団で」「いい……ここで抱く」 そう言いながらも櫻井課長は亜季の胸を弄ってくる。「んっ……でも、露天風呂は?」「後で入る。亜季を抱いてからな」 そう言って、また深いキスをされてしまう。 その後も久しぶりだったせいか、お互いに気持ちが燃え上がる。海や夜景を眺めている余裕はないぐらい求められてしまった。「あっ……智和……さん」「亜季……愛している」「んんっ……私も……」 お互いに見つめ合いながらキスをする。繋がった状態で。 こうして家族の楽しい温泉旅行は、、あっという間に終わったのだった。 しかし私達に新たな出来事が起きた。 それは、何ヶ月が経ち。和季を連れて、車で買い物に出かけようとした時だった。「和季~お買い物に行こうか? ブーブー乗って」「ブーブー」 喜びながらこちらに寄ってきた。今では和季も、よちよちだが歩けるようになった。 亜季の運転はともかく、車は好きなようだ。 和季を車に設置してあるチャイルドシートに乗せる。「よし。さあ、行こうね」 ニコッと微笑むと、亜季も車の運転席に乗り込んだ。向かった先はデパート。 デパートに着くと、櫻井課長のワイシャツと和季の子供服を購入。帰りにはケーキを買って駐車場まで戻った。 夕食の材料は、近くのスーパーの方が安いから、そこにしよう。 そう思いながらエンジンをかけて、走り出した。 和季は機嫌よく窓を見ながらキャッキャッとはしゃいでいた。「ブーブー」「そうね。ブーブーたくさんあるねぇ~」 和季に話しかけながら運転する。 その時だった。危ない運転をする車が隣を横切った。もう少し寄っていたら、ぶつかるところだった。(危ないわよねぇ~あの車) 亜季はそう思ったが、信号が赤になったので車を止めた。 しかし、危ない運転をしていた車は、そのまま止まらずに信号を無
美奈子は「ただ」の意味が分からなかった。好みはあるから可愛いとだけなら分かるけど。八神はフフッと笑う。「泣いている姿を見ていた時は守ってあげたいと思ったし、相手のことを悪く言わないところとか、好印象を抱いた。それを含めて可愛いなって。人って、何かのきっけで好きになったりするから。分からないものだよね。今だって、友人思いの君のことを純粋で可愛いと思っているしさ」「はっ? 意味分からない!?」 亜季のいいところは、美奈子は十分理解しているつもりだ。八神が彼女に惹かれる部分があっても仕方がないと思っている。 しかし、どうして。そこで自分が可愛いと思うのだろうか? 美奈子は顔を耳まで真っ赤にして動揺してしまう。可愛げのない発言をしてしまった。言われ慣れていないので心臓がドキドキと高鳴ってしまう。 そうしたら八神はハハッと大笑いする。「耳まで真っ赤だよ? なんてね……驚いた?」「はっ? もしかして、からかったの!? 信じられない」 せっかく少し同情したのに、台無しだ。 やっぱりチャラい。あと性格が悪い気がする。美奈子はムスッとしてしまう。 八神はハハッと笑いながら、涙を拭った。「ごめん、ごめん。からかい過ぎた。でも……君に純粋なのは本当だよ。友人のことで、そこまで怒れる人はなかなか居ないと思う。上辺ばかりの女性と違って、純粋で優しいと思うよ」「えっ……そんなことは」 やはり言われ慣れていない。だからか、余計に体が熱く火照ってしまう。 例え冗談だとしても心臓に悪い。「だからと言って、からかわないで下さい。私は恋愛でも、手を抜きたくないんです」「いやだなぁ~俺だって、手を抜くつもりはないよ。いつだって本気だし」「どうだか!」 あー言えば、こう言う。なんだかお互いに言いたいことをぶつけているような気がする。まるで喧嘩友達のように。 おかしいと美奈子は思っていた。 イケメンを見ると、キャーキャー言う方だ。どちらかと言えばミーハー。それなのに、イケメンのはずの八神には素になってしまっている。 すると、八神はハハッと笑う。「なんだか、いいね。こういうの。俺に媚びとか売ってこないし。素で話せる人って、なかなか居なかったんだよね」「……確かに、友人とか居なさそう」「うわ~酷いな」 そう言い合いながらも、いつの間にか、お酒の席が賑やかにな
(落ち着け……自分。相手は軽い男よ。彼の好きなタイプは亜季みたいな子だし) 自分を落ち着かせるために、心で言い聞かす。 八神の好きなタイプは亜季みたいな素直な子みたいだ。真面目で一途な。「もしかして、俺のこと……警戒しています?」「えっ!? そ、そんなことないけど……」 そうしたら八神は美奈子にそんなことを聞いてきた。心の声が聞こえてしまったのかと思って、美奈子は焦る。警戒しない方が無理もないが。すると八神はハハッと笑ってきた。「ハハッ……警戒しているのがバレバレですよ? でも、仕方がない。俺、亜季にしつこく迫っていたから」 どうやら自覚はあるらしい。 余計なことを言うから、亜季は気にして櫻井課長を別れを切り出してしまったのだ。 結局のところは、合コンで会った、青柳って人に助言をしてもらったお陰で、上手くいっただけで。その間は落ち込み過ぎて美奈子は相当心配していた。 だから八神のしたことは、余計なおせっかいだと思っている。「……そうですよ。しかも余計なことまで言うし。そのお陰で亜季は、凄く泣いて落ち込んでいたんですよ」 美奈子は、彼の発言に少しムッとする。簡単に言っているからだ。 八神は、美奈子の発言に苦笑いをしていた。「そうだね……ごめん。でも、俺も真剣だったんだよ。別に彼女を傷つけるつもりはんかった。でも、苦しんでいる彼女を見ていたら……言うしかなかった。落ち込ませるような奴より俺にしたらいいのにって」「それが、余計なおせっかいなんです!」 美奈子は、ドンッとカウンター席のテーブルを思いっきり叩いた。周りは驚いた顔をしていたが。 彼は何も分かっていない。亜季は本当はそんなことは望んでいなかった。亜季が言っていた青柳っていう人の方が理解をしている。 そうしたら八神は、とても悲しそうな表情をする。「……そうだね。俺は……彼女を傷つけた。確かに、おせっかいだったかもしれないね」 今にも泣きそうだ。「あ、あの……ごめんなさい。言い過ぎました」 思わず言い過ぎてしまった。彼だって本気だったかもしれないのに。 自分も人のことが言えないだろう。そうしたら八神は苦笑いする。「気にしないで。俺は……昔から誤解されやすいから。女遊びが激しいとか、性格がチャラいとかさ。ただ一途なだけなのにね」 美奈子は言葉を失う。 彼は、本当に亜
玉田美奈子(たまだ みなこ)は昼下がりに会社の窓から見える景色を見ながら、ため息を吐いていた。 真夏の日差しは眩しくて、とにかく暑い。(今頃、亜季は何をしているのかしら?) 同期で友人の松井亜季(まつい あき)が櫻井課長を追いかけて、海外に行ってから半年が経った。 色々あった二人だったが、結ばれて結婚した。今では彼女のお腹には子供が宿しているとか。 最初は心配していた美奈子だったが、上手くやっていると聞いてホッと胸を撫で下ろしていた。しかし同時に羨ましく思う自分も居た。 彼氏が欲しい。そう思っていても、なかなか気になる相手が現れなかった。 合コンに積極的に行ったり、友人に紹介してもらってこともあったが、どれもピンッとこない。結局、すぐに別れてしまう。 多分そこまで好きではなかったか、恋愛に向いていないのかもしれない。 明るいが気が強い。そして、はっきりとした性格。飛びぬけて美人でもない。 そのせいか、友人止まりになってしまうこともしばしば。 亜季みたいにちょっと危なっかしいが、大人しく。真面目な性格だったり、後輩の澤村梨香みたいな少しぶりっ子な可愛い女性だったら、また違ったのかもしれないが。(あ~どこかに居ないかしら? カッコ良くて、エリートの一途な男性は) 高望みだと分かっていても、フッとそんなことを考えてしまう。 美奈子も28歳になる。そろそろ結婚しろと両親がうるさい。しかし相手が居ないと始まらない。また合コンで行くしかないかと思った。 そう思いながら、パソコンのキーボードを打って仕事を再開させる。 (今日は一人で飲みに行こっと) 仕事を定時に終わらせて、最近見つけたバーに向かった。駅から少し歩いたところにある。 ビルの地下にあるバーなのだが薄暗い店内だが、ジャズの曲が流れていてお洒落だ。 物腰の柔らかい年配のバーテンダーがいろんなカクテルを作ってくれる。 美奈子は、カウンター席に座って、お任せでカクテルを頼む。少し、その年配のバーテンダーと話していると、カラッと音を立ててドアが開いた。 誰が来たのかと振り向くと、その人物に驚いた。入ってきたのは、八神冬哉(やがみ とうや)だったからだ。 彼は、我が社の海外営業部で働いているエリート社員。顔立ちもいいのでモテる。 しかし彼は、亜季の猛アプローチしていた過去を持つ。
どうやら彼女の両親は離婚していたようだ。 青柳のところは両親が忙しかったので、祖父母が代わりに面倒を見てくれることが多かった。そのせいか、考え方が少し年寄りみたいだと言われることはあったが。「俺は両親が共働きだったせいか、祖父母に育てられた。だから夫婦のことは分からない。だが……あの夫婦は、確かに暖かかった」 俺にはないものを持っている。そう青柳は感じていた。 もしかしたら、どこか羨ましかったのかもしれない。「私は、そういう夫婦になりたかったんです。だから、基紀……元カレに言われ時に、違うなと思ったのだと思います。別れが言えたのも……それが影響したのかも。自分に自信がないのもありますが」 モジモジしながらも話す彩美。それを聞いて青柳は彼女なりの信念があるのだろうと感じた。 どうしても譲れないもの。それは自分にもあるように。 店長がビールが入ったジョッキーを持ってきたので一口飲んだ。「いいのではないか? それが君の信念だ。譲りたくないものがあれが、譲らなくてもいい。俺は……いいと思うぞ」「あ。ありがとうございます」 彩美は頬を赤く染めながらもビールを飲んでいた。 そういうところが真っ直ぐなのかもしれない。青柳は彼女に好印象を持つ。 その後。食事を済ませて、お店を出る。お礼だからと、彩美が奢る形で。「ご馳走様。本当に良かったのか? 奢ってもらって」「はい、お礼のつもりで誘ったので、大丈夫です。あ、あの……それよりもメッセージアプリのⅠDを聞いてもいいですか?」「えっ?」 青柳は彩美の言葉に驚いてしまった。まさかメッセージアプリのⅠDを聞いてくるとは思わなかったからだ。「あ、あの……ダメでしょうか?」「あ、いや……別に、いいけど」「本当ですか!?」 嬉しそうな顔をする彩美。その表情を見た時、青柳は嫌な気持ちにはならなかった。 それよりもドクッと確かに心臓の鼓動が速くなったのを感じた。 その後。青柳と彩美の交流は続いていた。 もちろん教習所の生徒と教官の関係制としてもだが。それ以外でもメッセージを送り合ったり、会う回数が増えていく。「青柳さ~ん」「ああ、おはよう」 日曜日に彩美と会う約束をする。彼女が観たがっていた映画を観に行く予定だ。 隣で歩く彼女が当たり前になっていくのを感じる青柳。自然と手をつなぐことも慣れて
「人の価値は相手に決めてもらうものではない。俺も無口で不愛想とか言われることもあるが、それが自分だから変える気はない。君も、そのくだらない相手の意見ばかり聞いて、どうする。教習所でミスをしても、めげずに通ってくる勇気と一生懸命な君のほうが、何よりも価値があると思うぞ」 青柳は自分は間違ったことは言っていないと思っている。言葉はキツいが、それが本心だった。 彩美は大人しい性格ではあるが、真面目で一生懸命だ。失敗しても、必ず予習をしてくるし、嫌なことは嫌だと言える勇気はある。 ちょっと危なっかしいところも、人の見方によっては守りたくなる分類だろう。 そう考えると、青柳は少しずつだが彼女の存在が大きくなっていくのが分かった。 それは……あの亜季に似ているからかもしれないが。 すると彩美は何か考え事をしていた。そして青柳を見るとモジモジとしている。「……私、変われるでしょうか? もっと価値のある人間に」「……さあな。それも俺が決めることではない。しかし、俺は……あんたみたいな性格の人間は嫌いじゃない」 これも本心だった。 彩美はそれを聞いて。モジモジとしながら、ほんのりと頬を赤く染めていた。その意味は分からなかったが。 コーヒーを飲んで、その帰り際。「それでは」と言って、帰ろうとする。すると彩美が声をかけてきた。「あ、あの……お礼をさせて下さい。い、一緒にご飯とかどうですか?」 途中で嚙んではいたが彼女の方から食事のお誘いがくる。まさか誘われるとは思わなかったので青柳は驚いてしまった。「あの……ダメですか?」「あ、いや。構わないけど……」 彼女とは教官と生徒としての関係だ。あまりプライベートでは会うべきではないのだが、どうしてか断わる理由が見つからなかった。 そうこうしているうちに一緒に食事をすることになってしまった。 向かった先は駅から少し離れた場所にある小料理屋。落ち着いた雰囲気のある、お店だ。ここに入るのは初めてだが。 中には入ると店長らしき人が出迎えてくれた。しかし青柳の顔を見ると驚いた顔をされる。どうしたのだろう? と思っていたら「あ、すまない。知り合いの顔に似ていたから」「えっ?」 知り合いの顔に似ていると聞かれたのは初めてではない。まさか?「その方って、櫻井さんですか?」「おや、知っているのかい?」 青柳が
青柳が亜季と合コンの後に再開した時に、何故か泣かしてしまった。 もちろん、そんなつもりはない。だから動揺してしまう。「す、すまない、泣かせるつもりはなかったのだが」「あ、いいえ。違うんです。安心したら涙が……すみません。すぐに涙を引っ込ませますので」「いや……別に、無理に引っ込めなくても」 青柳は慌ててカバンからハンカチを取り出して、差し出した。「これを」「あ、ありがとうございます」 彩美は申し訳なさそうにハンカチを受け取った。それでも、なかなか泣き止まないので、仕方がなく近くの喫茶店に入ることに。 ここも光景も同じ経験していた。 彼女はオレンジジュースを頼み、青柳はコーヒーを注文する。しばらくしたら彩美は落ち着いてきたようだった。「……落ち着いたか?」「はい。お見苦しいところをお見せして、すみませんでした」「……こういうところも似ているかもな」「えっ?」「いや……こちらの話だ。それよりも、あの男性は彼氏だったのか? 別れを切り出していたが」 青柳は亜季を重ねつつも、彩美にさっきのことを尋ねた。そうしたらビクッと肩を震わした。「……悪い。聞いたら、まずかったか?」「あ、いいえ。そんなことはありません。あの人は……元カレです。以前付き合っていたのですが……お恥ずかしながら浮気をされてしまって。別れても、しつこくやり直そうと言われています」 どうやら元カレで間違いなさそうだ。浮気をしておいて、関係を続けたいとは勝手な話だ。「なるほどな。で? 君は、あの男に本当に未練はないのか?」「えっ……?」 さっきの態度だと、別れたそうにしていたが。 しかし以前のことがある。ちゃんと割り切れるかが問題だろう。 そうしたら言葉に詰まらせる彩美。 青柳は店員が持ってきたコーヒーに口をつける。「実際に別れたと思っているなら、それでいい。だが、まだ未練があって、やり直したいと思っているなら話は別だ。相手に分かってほしいは、通用する相手はないと思うが?」 恋愛とはよく分からない青柳だったが、これだけは分かる。あの男は自分勝手だと。 人より観察眼はある方だ。だから余計に思ってしまう。 亜季と櫻井課長みたいに純粋に相手を想い合っているとは思えなかった。あえて聞いたのは、確かめたかった。 彩美はスカートの裾をギュッと握り締める。「…
(ここにも居た……運転の下手なやつが) まさか、亜季みたいなタイプを担当するとは思わなかった青柳。これでは彼女の二の舞だ。 ため息を吐いている姿を見て、彩美はしゅんと落ち込んでしまう。「……すみません」「謝らなくても大丈夫。初めてなんだから仕方がないことだ」 そう言ってみせるが、どうやら彼女は謝る癖があるようだ。そういうところは、どこか亜季に似ていると思う青柳。 その後も通ってきて運転の講習を受ける彩美。 細かいミスを連発するが、他の生徒と比べて真面目だった。一生懸命で、どこか危なっかしい。少しずつではあるが、上手くなっていく。「出来ました」「ああ、良くなったと思う」「本当ですか!?」 そして上手くやれると、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。やはりどこか似ている。 諦めたはずの彼女に……。 青柳は彩美に亜季の面影を重ねるようになっていく。(俺も……どうにかしている。彼女は松井さんではないのに) 本来なら距離を置きたいところだった、これ以上重ねないためにも。 しかし担当教官な以上は、責任を持って最後まで指導しないといけない。 青柳はギュッと胸の辺りが苦しくなっていく。 そんなある日。仕事が終わって帰る途中だった、。青柳は駅の辺で揉めている男女を発見する。その女性は彩美だった。(あれは……真中さん!? 彼氏と喧嘩でもしているのか?) 本来なら他人の揉め事に関わることはない。興味はないし。 しかし、彩美は恐怖でガタガタと震えているようだった。すると男性の方が声を上げる。「お前、いい加減にしろよ。せっかく俺がやり直してやるって言っているのに」「だから……無理なの」「何でだよ? 別に、ちょっと他の子と遊んだだけじゃないか? あれぐらいは男なら当たり前だし」 どうやら別れ話で揉めている様子だった。聞いたところだと、彼氏が浮気をしたのだろう。 そして彼女が別れを切り出したら、ここまで待ち伏せさせられた感じだろうか。 彩美は恐怖で目尻に涙を溜めていた。「基紀(もとき)が平気でも……私は辛い。だから別れて」「くっ……お前、生意気なんだよ。地味で冴えないから、付き合ってやっているのに」 そう言うと、キレたその男性は手をあげようしてきた。このままだとぶたれてしまう。 そう思ったら、自然と青柳の足は動いてしまった。ガシッと、基紀と
どこか危なっかしい。 本人は悪気がないというより、少し抜けているところがある。天然とういうのだろうか? 結局、自宅に招かれることになってしまった。 その時に青柳が驚いたことは、亜季の言っていた櫻井課長だ。似ているとは言っていたが、まさかここまで似ているとは思わなかった。亜季の息子である和季が勘違いするほどに。 お互いに気まずくなる。だから、自分を重ねるわけだと納得してしまう。 それなのにニコニコしている亜季を見て青柳は、ため息を吐いた。(これは……彼女の旦那も大変だな)と……。 どうも放っておけない。だからこそ、気になってしまったのだろう。 そして、これほど積極的で真っ直ぐに感情を向けてくるのだから、意識しない方が無理である。 亜季は深々と頭を下げると、櫻井課長も同じく頭を下げてくれた。「俺の方からもお礼を申し上げます」「2人共…頭を上げて下さい。それに俺、そんな立派なものではないです。ただの卑怯な奴ですから」「どうしてですか?」 亜季は不思議そうに尋ねるが、少し寂しそうな表情を見せる青柳だった。 自分は、それを言ってもらえるような人間ではない。「それは、秘密です。墓まで持って行くつもりなので」 青柳は、自分ことを卑怯な人間だと思っていた。 本当は、その先を期待していた。亜季が振られて帰ってきた際は、慰めたいと思っていたからだ。 上手くいったら諦めるはずだった。だが……もし。 彼女はダメだった時は、吹っ切れてほしい。そうしたら改めて交際を申し込める。 それは振られることを期待すること。それが……自分が持っている感情だった。(俺って……最低だな。彼女に笑ってほしいと思いながら、こんなことを望むなんて。だから、これは墓まで持っていくつもりだ) そう青柳は心に誓った。 自分の恋は、こうしてあっけなく終わってしまった。でも、それで良かったのかもしれないしれない。笑ってくれるのなら。 それから何ヶ月が経った頃。青柳は、いつもの日常を過ごしていた。 今回から、また新しい生徒を担当すること。青柳は資料を見る。 名前は真中彩美(まなか あやみ)大学2年生らしい。 学生のうちに免許を取得する人は多い。(真面目な子だといいのだが) 青柳は、そんな風に思っていた。そして実際に会ってみると、小柄で大人しい雰囲気の女性だった。
それが会ってハッキリすると、無性に腹が立ってきた。 ウジウジしていないで、ちゃんと向き合ってほしい。その櫻井課長にも。 「まぁ……簡単に忘れられるものではないだろう。焦らずに居ることだな。いずれは時間が解決してくれる」「青柳さん……」「……そう言って欲しいのか? 俺に」「えっ?」 そう思ったら、自分でも驚くぐらいに亜季に説教をする青柳。 そこまで言うつもりはなかったが、口が動いたら止まらなかった。そこで、ようやく気づいた……自分の気持ちに。(俺は、吹っ切ってほしかったんだ)と……。 ずっと櫻井課長のことを考えないでほしい。そのためにも、ハッキリさせてほしかったのだろう。 上手くいけば仕方がないが、もしダメだったら。踏ん切りがつくはずだ。本気でぶつかった相手なら、言わないよりも言った方がスッキリする。 なんより、彼女に笑ってほしかった。沈んだ姿は似合わないと思った。「やり直したいと思うなら動け。君が動かない限りは何も変わらない」「……まだ……やり直せるでしょうか?」「さあな。そんなの俺に聞いても分からない。で、どうするんだ?」 青柳の言葉に、亜季は静かに前を見る。 動かないと何も変わらない。それは自分自身にも言っていることだ。「私……追いかけます。課長とやり直したいから」「……そうか」 青柳は、これ以上は何も言わなかった。彼女が決めたことだからだ。 食事を済ませてお店を出ると、亜季は頭を深く下げて、お礼を伝えてきた。「ご指摘ありがとうございました。私……目が覚めました!」「どうやら、ちゃんと前を向く気になれたようだな」「青柳さん……」 青柳は静かに微笑んでみせる。 亜季の顔を見ると、どこかスッキリしていた。きっと、自分のやるべきことを見つかったのだろう。(ああ、彼女は笑うと魅力的な人だな) やっと彼女の微笑む姿を見ることができたのに、気持ちは切なかった。 でも……これで良かったのかもしれない。そう青柳は思った。「もし、ぶつかってみてダメなら、また俺に連絡して来い。相談でも愚痴でも聞いてやる」「ありがとうございます!」 青柳はそう言ったが、そこに本音が隠れていた。でも、それは言わないつもりだ。 彼女が、ちゃんと向き合って、会いに向かうまでは。 そして亜季は頭を下げると、青柳とそのまま別れた。