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第797話

Auteur: 似水
二宮おばあさんはゆっくり持ち上げた手をそっと下ろし、濁った目でじっと里香を疑うように見つめた。

「本当にそうなのかい?」

おばあさんが動かなくなったのを見て、里香はそっと支えながらベッドのヘッドボードにもたれさせた。

「うん、もうすぐ離婚するの」

「それで……いつ?」

「あと7日だよ」

二宮おばあさんは指を折りながらぽつりぽつりと数え、それから再び里香を見つめた。

「本当に?騙してないね?もし騙したら、また叩くからね!」

里香は思わず顔をしかめた。叩くなら叩けばいいじゃないの!

ため息まじりに椅子を引き寄せ、腰を下ろすと、おばあさんのしわだらけの顔をじっと見つめた。

「本当に私のこと、全然覚えてないの?」

おばあさんは仏頂面のまま、ぷいっと顔を背けた。

「なんで覚えなきゃいけないんだい?あんた、そんなに大事な人なの?」

その言葉に、里香の胸がぎゅっと締め付けられた。

そうだよね。私はそんな大事な人じゃない。覚えてるかどうかなんて、どうでもいいんだ。

部屋にしんと静寂が広がった。里香は目を伏せたまま、何も言わずに座っていた。

その時、ふわりと頭に何かが乗る感触がした。

「そんなに気を落とすなよ。これ、あげるよ」

ぎこちない声で、二宮おばあさんがぽつりと言った。

「ちゃんと大事にしなよ。壊れたら怒るからね」

まるで子どもみたいな口ぶりだった。

里香は一瞬驚いて、そっと手を伸ばし頭の上の物を取った。

花冠。

「これ……誰がくれたの?」

おばあさんはつんとそっぽを向いて、「知らないよ!」と一言。

ちょうどその時、介護士が部屋に入ってきた。

「それは以前小松さんが編んで差し上げたものですよ。おばあさまはずっと大切に保管されていました。でも、ある時から花冠のことを口にしなくなって……代わりに保管していたんです。今日突然『花冠が欲しい』っておっしゃったので、お渡ししたらずっと手に持って眺めていらっしゃいましたよ」

介護士の言葉を聞いた瞬間、里香は目を見開いた。

私が編んだものだったの?

すっかり忘れてた……

手のひらに載った花冠は、乾いてすっかり色褪せていた。丁寧に保管されていたのが伝わるけど、枯れた花びらはもうかつての美しさを留めていなかった。

胸の奥がじんわり熱くなった。気づいた時には、目に溜まった涙がぽろぽろと零
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    ゆかりは自分の部屋に戻るなり、スマホを取り出して苛立った様子で電話をかけた。「前に助けてくれるって言ったよね?それなのに、どこにいるの?なんとかしてよ!まさか、私を騙してるんじゃないでしょうね?」電話の向こうからは、いつもの落ち着いた男の声がゆっくりと返ってきた。「そんなに焦るなよ。お前、もう誰かに目をつけられてるの、分かってるか?この前やったこと、もう調べがついてるぞ」「ありえない!」ゆかりは勢いよく立ち上がり、強気な表情を作って言い返した。「あの時は完璧にやったの。バレるはずがない!あんた、まさか私を脅すつもりじゃないでしょうね?」「はっ!」電話の向こうで、みなみが鼻で笑ったのが聞こえた。「お前、雅之が何者か分かってるのか?アイツは自分の親父から二宮グループを奪い取って、挙句に親父を脳卒中で入院させるような男だ。あんな奴の実力を甘く見たら、痛い目見るぞ」ゆかりの表情が強張った。「それじゃ、もう私がやったってバレてるの?すぐに暴露されたりしない?」「今のところはまだな。でも、いずれバレるのは確実だ。ただの時間の問題だな。だから今はおとなしくしてろ。俺からの知らせを待ってな」ゆかりの心はひどく乱れていた。もし自分のしたことが父に知られたら、どれほどの怒りを買うか、想像するだけで震えが止まらない。この二年間、父は何度となく自分の顔をじっと見つめては、ため息をつきながら首を振っていた。その理由なんて分かってる。亡き母の面影を自分に重ねようとしていたからだ。でも、失望するのも無理はない。自分は母にはまるで似ていないのだから。もし父が、身分を偽っていたこと――それどころか、里香を殺そうとしていたことまで知ったら、烈火のごとく怒り狂い、自分が手に入れたすべては一瞬で崩れ去るだろう。そんなの……絶対に許されない!必死に手に入れたものを失うわけにはいかない。「分かった。言う通りにする」今、頼れるのはみなみだけ。彼の言うことを聞くしかない。電話が無言のまま切れると、ゆかりはソファへと腰を下ろし、とにかく様子を見ることにした。---里香が家に帰ると、ちょうど玄関先で雅之と鉢合わせた。「何か用?」不思議そうに問いかけると、雅之は壁にもたれかかり、片手をポケットに突っ込みながら煙草をふ

  • 離婚後、恋の始まり   第793話

    妹の話題になると、景司の顔にはどこか甘やかしと無奈が入り混じった表情が浮かんだ。里香はそんな彼の様子をじっと見つめ、少し間を置いてから口を開いた。「実は……聞きたいことがあるの」「何?」景司は穏やかな眼差しで里香を見つめた。なぜか分からないけど、里香といると、不思議と親しみを感じる。どこか懐かしいような、心がほっとする感覚。だからなのかもしれない。彼女の前では、いつもより少しだけ優しくなれる気がしていた。里香はしばらく考え込んだあと、ぽつりと話し始めた。「知り合いの話なんだけど、その人の身分が誰かに乗っ取られたの。それで、全部奪われた上に、命まで狙われてる。放火されたり、薬を使われたり、あらゆる手を尽くしてね。そういう場合って……どうすればいいと思う?」景司の眉がわずかに寄った。話を聞くうちに、表情が少しずつ険しくなっていった。「そりゃ、相手の悪事を暴いて、本来の自分の人生を取り戻すべきだろ」里香はじっと彼を見つめたまま、ゆっくり問い返した。「本当にそう思いますか?」「もちろんだよ」景司は迷いなく即答した。「そんなやつ、ろくでもない人間だ。他人の身分も家族の愛情も奪った挙句、それでも足りなくて命まで狙おうとするなんて。そんなの、絶対に許されるはずがない」静かな声の中に、はっきりとした怒りが滲んでいた。里香はふっと目を伏せ、長いまつ毛が感情を隠すように影を落とした。「そう思ってくれるなら、いいんです」「その知り合いって、誰?もし助けが必要なら、俺に言ってくれ」里香はかすかに微笑み、首を横に振った。「大丈夫。もう対処する方法は考えてあるから」「そうか……なら、よかった」景司は軽く頷くと、そのまま話題を変えるように切り出した。「さっきの話に戻るけど、言ったこと、ちゃんと考えてくれないか。雅之は、君には釣り合わない」里香は淡々とした表情のまま答えた。「考えてみます」その瞬間、ちょうど店員がノックをして料理を運んできた。不思議なことに、里香と自分の好みはかなり似ていた。それが妙に嬉しくて、彼女への親近感がまた少し強くなった。食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。街の灯りがきらめく中、景司は車で里香をカエデビルまで送り届けた後、そのままホテルへ戻った。部

  • 離婚後、恋の始まり   第792話

    深冬に入り、初雪が舞い始めた。里香はマフラーで小さな顔をすっぽり包み込みながら、ビルのエントランスを出た。空はすでに薄暗く、少し離れた場所に停まっている車が目に入った。ふと足を止めると、黒いコートを着た景司の姿を目にした。「瀬名さん」声をかけながら近づき、微笑みながら言った。「お待たせしちゃいました?」景司は穏やかに微笑み、車のドアを開けた。「いや、ちょうどよかった。とりあえず乗って」「はい」里香は頷いて車に乗り込んだ。今日、景司が突然連絡をくれて「会いたい」と言ってきた。正直、少し驚いた。でも、断る理由もなかった。血の繋がりでいえば、景司は自分の兄。だったら、彼の本当の考えを探るには、ちょうどいい機会かもしれない。車内は暖房が効いていて、寒さで冷えた体がじんわり温まっていく。マフラーを外しながら、自然と肩の力が抜けた。二人は車でそのままレストランへ向かった。レストランに着いて個室に入ると、景司が口を開いた。「急に戻ってきて驚かせなかった?」「ううん。安江でのお仕事、もう片付いたんですか?」里香が尋ねると、景司は頷いた。「ああ、全部終わったから戻ってきた」そう言いながら、真正面からじっと里香を見つめた。端正で上品な顔立ち。ナチュラルメイクが基本だけど、ときどき鮮やかなリップを引くことがある。それでも――いや、むしろだからこそ、彼女の美しさは際立っていた。柔らかな眉、澄んだ瞳。今も何の警戒心もなくまっすぐ自分を見つめている。景司は、一瞬言葉を飲み込んだ。本題を切り出そうとしていたのに、この瞳の前では妙にためらいが生まれてしまう。沈黙が流れ、耐えかねたように里香が口を開いた。「瀬名さん、私に会いたいって……何かご用ですか?」景司は軽く息をつき、ゆっくりと切り出した。「君は……雅之と別れるつもりはないの?」里香はスプーンを持つ手を止めた。話したかったのは、それ?「どうして?」静かに問い返すと、景司は少し申し訳なさそうに目を伏せ、それでも真剣な顔つきで答えた。「君はアイツと一緒にいても幸せになれない。きっと辛い思いをするだけだ。だから、別れたほうがいい」まさか、離婚を勧めに来たの?あと半月もすれば、離婚の手続きは終わる。それさえ済めば、正式に婚姻関係は解消

  • 離婚後、恋の始まり   第791話

    里香はかおるを見て、優しく声をかけた。「先にお風呂に入って、それからゆっくり寝なよ。他のことは起きてから考えればいい」「うん……」かおるは小さく頷くと、そのまま以前泊まっていた客室へ向かった。里香も主寝室に戻り、シャワーを浴びた後、ドレッサーの前に座ってスキンケアをしながらぼんやりとかおるのことを考えていた。かおる、自分の考えた方法を受け入れてくれるかな……でも、今は他に方法はない。月宮が家族のプレッシャーに耐えてでも、かおると一緒にいるって決断してくれれば話は別だけど。でも、それができるの?月宮は雅之とは違う。幼い頃から厳しい教育を受けて育ち、そのすべてを月宮家に与えられてきた。彼の今の立場も、財産も、生活のすべてが家族に支えられたもの。そんな月宮が、自分のすべてを捨ててまでかおるを選ぶ覚悟があるのか?それは、天に昇るより難しいことかもしれない。考えれば考えるほど答えの出ない堂々巡りに、里香はそっとため息をついた。もう考えるのはやめよう。布団をめくってベッドに入り、ゆっくりと目を閉じた。うとうとと眠っていた真夜中、スマホの振動音で目が覚めた。眉をひそめながら手探りでスマホを掴み、目を細めて画面を確認してから通話ボタンを押した。「誰?」眠気と不機嫌さが入り混じった声で問いかけると、通話の向こうから低くて落ち着いた声が返ってきた。「里香、会いたい」雅之だった。いつものように心地よい声。でも、どこか掠れている。里香は目を閉じたまま、深いため息をついた。「頭おかしいんじゃない?」そう言い捨てて、容赦なく通話を切った。夜中に何やってんの、ほんとに。スマホを枕元に放り投げ、そのまままた眠りに落ちた。朝、しっかり熟睡できたおかげで目覚めは悪くなかった。キッチンに立ち、朝食の支度をしていると、ベランダからふらふらと魂の抜けたようなかおるが降りてきた。パジャマ姿にボサボサの髪、目の下にはくっきりとしたクマ。「一晩中、寝てないの?」驚いたように尋ねると、かおるは小さく頷き、そのままふにゃっと抱きついてきた。ひんやりとした体温が肌に伝わった。「一晩中考えてた。私、本当に月宮のことが好き。でも、彼はきっと、そんなに私のことを好きじゃないの。私に対する気持ちは『興味』

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