私は周りの話を聞きながらも、心の中には何も感じていなかった。 大翔を家の玄関まで連れて行くと、ドアが少し開いていて、中から喧嘩の声が聞こえてきた。 本来なら大翔を置いてさっさと立ち去るつもりだったが、親友の好奇心が燃え上がり、彼女が私を引き止めて「ちょっと覗いていこう」とウズウズしていた。 「なんでさ!母さんがいた時は良かったじゃないか!今じゃ何もかもだまし取られて、すっからかんだよ!恥ずかしくないのか?なんでこんな父親がいるんだろう!」 「俺にどうしろって言うんだよ。お前だって気づかなかったんだろ?それにお前の母さんが出て行ったのは俺のせいじゃないし、お前だって助けてくれなかっただろ?俺も歳だし、もうお前たちが面倒見ろよ」 口論は激しさを増していた。 親友は髪を触りながら、悠然と家の中へと足を踏み入れた。 「おやおや、喧嘩の最中?悪い時に来ちゃったかしら?あら、これは結婚したばかりの茂さん、ねぇ、聞いたわよ。すっからかんになっちゃったって?」 彼女の声で一同がこちらを見た。家の中は私が出て行ったときとはまるで別物で、ゴミだらけ、まるで荒らされた後のようだった。 嫁はやつれた顔で座っており、息子も見る影もなく疲れ果てていた。 私と親友は、二ヶ月前に買ったばかりのドレスにハイヒールで、なんとも言えない場違い感が漂っていた。 私たちが煌びやかに現れると、息子が慌てて飛びついてきた。 「母さん、助けてくれ、本当にもう無理なんだよ。父さんが金を全部あの女にだまし取られたんだ。僕も妻も仕事が催促の連中に邪魔されて、もうどうしようもないんだ。母さんなら何か策があるだろう?」 息子は疲れ果てた様子で、地面にひざまずいて私に助けを求めてきたが、私の心は石のように冷たく固まっていた。無表情で彼を見下ろし、一歩後ろへ下がりながら答えた。 「何の策もないよ。離婚の時に貰ったのはたったの20万円だし、今はそれもほとんど使い果たした」 心の中では、「たとえ持っていても、絶対に使わせない」と思っていたが、言葉には出さなかった。親友も嫌そうに二歩後ろに下がり、彼らの惨めな様子を楽しんでいるかのようだった。 「まあね、当時もう少し彼女に分けていたら、だまし取られる額も少しは減ったんじゃない?
事故の相手の運転手は、家に何度も電話をかけてくれたようだが、誰も電話には出なかった。きっと、家族は皆忙しかったのだろう。孫の誕生日を祝うのに夢中で、私のことはすっかり忘れられていたのだ。簡単な治療が終わると、運転手が私を家まで送り届けてくれた。玄関に近づくと、中から賑やかな笑い声が聞こえてきた。この家には私がいなくても、何も変わらない。ぼんやりとした気持ちで鍵を取り出したとき、手元が緩んで鍵を落としてしまった。すると、その音でようやく家族が私に気づいた。少しは気まずい顔をするかと思ったら、みんな平然と私を一瞥するだけで、特に気にしている様子もなかった。「なんで今頃帰ってきたんだ?どこをほっつき歩いてたんだ?孫の誕生日だってのに、気が利かないな」と、夫が不機嫌そうに文句を言った。私は無理に笑顔を作り、孫の顔を見つめた。「大翔、ばあちゃんがね…」小さな金のロケットを買ってきたんだよと続けたかったが、息子の妻が私の言葉を遮り、「お母さん、遅すぎよ。もう食事は済ませたから、片付けをお願い。それと、キッチンに何か食べるものが残ってるか確認して」と、孫を連れてさっさと席を立ってしまった。息子はスマホに夢中で、私には一切気を配らなかった。夫もまた、歯をほじくりながら、「この手羽先、まずいからお前が食べろ。食べたらテーブルを片付けとけよ」と、私に指示して立ち去った。たった数分で、さっきまでの楽しげな声が消え、あたりは静まり返った。やはり、私の存在が、彼らの楽しさを邪魔してしまったようだった。テーブルには骨の山、クリームがべたべたとついたケーキ、かじられたまま放置された手羽先が残っていた。なんとも皮肉な光景だった。腕に巻かれた包帯を見つめ、自嘲気味に笑った。腕は胸の前に吊られているから、家族が気づかないわけがない。でも、誰ひとりとして「どうしたの?」とは聞いてくれない。私は椅子に腰を下ろしてしばらく休み、ようやく重い体を引き起こして片手で片付けを始めた。片腕が動かせないせいで、普段の倍以上の時間がかかり、ようやくダイニングだけは片付け終えたが、食器はまだ洗えなかった。時刻はすでに深夜12時を過ぎ、家の中は静まり返り、皆が眠りについていた。食器が山積みのシンクを眺めて、深い溜息をつき、洗うの
そう言い終わると、彼はドアを閉めて去っていった。寝室の外からは、嫁の声が聞こえてきた。「ご飯も作れないの?また外で食べなきゃいけないなんて、本当に怠け者なんだから!」息子が小さな声でなだめると、やがてすべてが静かになり、二人は仕事に出かけていった。しかしすぐに、また耳元に夫のいびきが響いてきた。 よくもまあ、こんなに安らかに寝ていられるものだ。 でも、どうして?なぜ私が全ての家事をしなきゃいけないの? どうして、たった一度のケガでご飯を作らなかっただけで、何もしていないと責められるの? 私がしてきた努力や苦労は、誰にも見えないというの?ふと、心が重くなった。 耳元では夫の大きないびきが響き続け、頭の中には今日やらなければならない仕事が浮かんでいた。 まるで40度を超える暑さの中で、密閉された家に閉じ込められているようで、息苦しさを感じた。それでも私は起き上がった。 つらい体を起こして服を着替え、孫を起こしに行った。 うちのぽっちゃり坊やはとりわけ寝坊助で、なかなか起きない。なんとか起こして、時間が迫っていることを気づかせようとした。 濡れタオルで顔を拭いてあげようとすると、彼は怒ってそっぽを向き、私を睨みつけた。「触るなよ!お前なんか大嫌いだ!」私は辛抱強くなだめようとしたが、彼はさらに激しく反発した。「クソババア!お前なんかただの家政婦だろ?何の権利があって俺に構うんだよ!パパに頼んで、お前なんか追い出してやるからな!俺はお前なんかいらない!別の家政婦を雇ってもらうから!」孫のあり得ない暴言に、私の心の中で築いてきたものが一気に崩れ去った! 涙がこぼれそうになり、何もかも諦めたくなった。こんなにも尽くしてきたのに、この家族は誰一人として私のことを見ていない。若い頃は、仕事をこなしながら義両親と夫の世話をしてきた。 一日三食を用意し、洗濯をし、義両親の介護もしてきたし、子どもも自分一人で育てた。 猫の手も借りたいほど、毎日忙しかった。ずっと、退職すれば楽になると信じてきた。 でも今、年老いて退職しても、当時とやっていることは変わらない。 洗濯も料理も、子どもの送り迎えも、毎日忙しく、自分の時間などほとんどない。損をしても構
親友はコンロの火を止めて、腰に手を当て、私に電話に出るよう促した。「お母さん!今朝どうして大翔を学校に送ってくれなかったの?先生から電話があったんだよ!どうしてこんな大事なことを忘れるの?今、大翔にとって勉強がどれだけ大切かわかってる?どうしてこんなミスをするんだよ」口を開いて説明しようとした瞬間、親友がさっと手を伸ばしてスマホを奪い取った。「ふん!あんたの父親は死んだのか?それとも死んだふりか?子どもを送っていくこともできないのか?なんでもかんでも母親にやらせて、彼女を家政婦とでも思っているのか?家政婦には給料があるけど、君は母親をどう扱っているんだ?恥知らずが!言っとくけど、もうあんたのお母さんはやらないってさ!これからは私と一緒に暮らすからね!家のことなんて誰にやらせようと勝手にしな!」親友はもうすぐ六十だが、力強く怒りをぶつけている姿は頼もしかった。その怒りに、私の悲しみが一気に吹き飛ばされた。私は涙をこぼしながら、親友の肩を軽く叩いた。「ご飯にしよう。お腹が空いたわ」余計なことは何も言わなかった。私たちの間には、それ以上の言葉は必要ないのだ。しばらく親友の家に泊まるつもりだったが、持ってきた荷物はほんの少しだけだった。親友は「新しいのを買えばいいじゃない」と言ったが、私は倹約が身についているので、家に戻って少し荷物を取りに行く方がいいと思った。彼女は車で私を家まで送ってくれた。家に入ると、家族全員が食卓で出前を食べていた。孫は楽しそうに食べていて、「おばあさんが作るご飯より、これの方がずっと美味しい!」と叫んでいた。親友は冷たく笑って、いかにも強気な婆さんという感じで言った。「へえ、じゃあ毎日これを食べればいいわね!これから誰が面倒見てくれるんだろうね!」すると息子が口を挟んだ。「森田さん、大翔はまだ子どもですよ?なんでそんなに突っかかるんですか?それに、確かに母さんのご飯よりこっちの方が美味しいんだから、別に言ってもいいじゃないですか」息子がそれをかばうのを見て、私は眉をひそめ、不満を抑えきれなかった。「私に言うならともかく、森田さんにもそんな言い方するの?彼女はあなたより年上なのよ。あなたは礼儀がないの?」夫は、私が息子を叱るのが気に入らないのか、箸を叩きつけて、顔をしかめた。
向こうから大翔の泣き声が聞こえたので、疑うことなくすぐに信じた。心の中は落ち着かない。思い出は本当にフィルターを通していたのかもしれない。頭の中では過去の様々な出来事が騒ぎ立て、すべての思い出が溢れ出した。私が怒っていたことが、なぜか納得できるように感じられた。親友に病院まで送られた。病室では、痩せ細った夫がベッドに横たわっており、息子は世話をしていた。目は青みがかかり、涙に濡れて憔悴していた。親友ももう何も言わず、私は息子の肩を叩いた。「帰りなさい。私が世話するから大丈夫よ」息子は私を見上げ、まるで支えを見つけたかのように涙をこらえてうなずいた。親友の家にこんなに長く滞在していたので、私の傷はすでに癒えていた。一晩ほとんど眠れず、朝起きたらまた用を済ませていた。目が開くこともままならないほど忙しく、息子が煮込んだスープを持ってきてくれ、珍しく私を気遣ってくれた。「母さん、父さんに介護士を雇った方がいいよ。母さんは本当に大変だし、僕たちには時間がない。母さんのことが心配だから」これが、私がほぼ60年間生きてきて、息子に理解されていると感じた初めての瞬間だった。心の中で何を感じているのか、言葉にできなかった。酸っぱいような渋いような。「まあ、私たちはお金に余裕があるけど、できるだけ体を休めた方がいいわ。あなたももう60歳だし、早く休んで。介護士の方が専門的なんだから、そちらに任せるべきよ」隣のベッドにいるほぼ私と同じ年の人が羨ましそうに言っていた。彼女の髪は白く、全体的にもっと憔悴して見えた。息子が私に初めて関心を示したのか、あるいは親友が私の習慣に無意識のうちに変化をもたらしたのか、私は承諾した。息子が夫に食事を与え終えた後、少し困ったように私を見つめた。「母さん、まだお金はあるの?父さんに介護士を雇うには、ちょっと足りないかも」眉をひそめ、警戒しながら私は息子を見つめた。一時的に何と言っていいかわからなかった。私はお金を持っている。しかし、確かに多くはなかった。家の多くの支出は、私の退職金で支えられていて、貯蓄できたのは節約のおかげだった。お金を出したくないのは、惜しいからではなく、今この瞬間、息子の心を疑わざるを得ないからだった。私がまだ話していないうちに
夫は怒って話していた。本来なら声を潜めるべきところを、大きな声で話していたため、私にはっきりと聞こえてしまった。 「父さん!約束したじゃないか、僕が父さんと母さんを離婚させたら、200万円くれるって。僕には本当にこのお金が必要なんだ!」 息子の声が響いた。私の頭はガンガンと鳴り始めた。 離婚?!200万円!? 「もちろんだよ。俺もこの数年、お金は一切使わず貯めてきたんだ。それに、約束だぞ。俺が雪子と結婚するのに反対はしないってな」 その後の話は、もう耳に入らなかった。 なんだか自分がおかしいと思えた。 脳梗塞になったという一言で、またもや大金を騙し取られるなんて。 それに、私がそれを信じてしまった。 私は午後の間、街をさまよい続けた。 いろいろと考えた末に、離婚することを決意した。 親友にも誰にも言わなかった。 今回ばかりは、強い決意が必要だと思ったから。 私は何事もなかったかのように装った。 チキンスープの出前を注文し、タッパーに移して病院へ持って行った。 夫はまだベッドで弱々しいふりをしていた。 息子がやってきて、私を病室の外に連れ出した。 彼は困った顔で私を見て、口ごもっていた。 彼が何を言いたいのかは予想がついたが、私は急かさなかった。 そしてついに、息子は我慢できなくなった。 「母さん、母さんと父さんはこんなに長い間一緒にいるけど、けんかばかりで、もう感情なんてないんじゃない?」 私はため息をつき、自分の服を軽く叩いた。 「長年連れ添った仲だもの、感情があるとかないとか、そんなのはどうでもいいの」 また、しばし沈黙が訪れた。 息子が再び口を開いた。 「父さん、昨日少しだけ目を覚まして、離婚したいって言ってたんだ」 私は息子の方を向いて見つめ、思いがけず沈黙していた。 息子は少し驚いたように私を見つめた。 「母さん、なんで何も言わないの?」 「実は、森田にも最近、離婚を勧められているのよ。でも、私はあなたのことを思うと心が痛むの。離婚したら、あなたが一人で父さんの世話をして、一家を支えることになる。とても大変だもの」 私がそう言うと、息子は目標が達成されそうだと感じたのか、少し興奮し
「20万?」 私は眉をひそめ、即座に首を横に振った。 「あなたのお父さんと私の共有財産には、あの家も含まれているわ。こんなに長く一緒にいたんだから、離婚するなら普通は平等に分けるべきでしょう?20万円なんて、絶対に無理よ」 かつて一番親しかった私たち三人は、数十万円のために言い争いを続けた。 正直、私は本当に大金を求めているわけではなかった。 夫婦の共有財産だって、結局のところ息子一家にとっくに使い果たしていたのだから。 私が欲しかったのは、ただ彼らの胸を少しでも痛ませることだけだった。 お金のやり取りを繰り返し、互いに醜い本性をさらけ出した後、ついに私は折れた。 「こうしましょう。20万円だけいただくわ。残りの共有財産は、息子に譲ることにするわ。残りはあなたが持って行って、どうぞその女を養ってちょうだい。私にはもう関係ないから」 息子の目が輝いた。まさかこんな良い話があるとは思っていなかったようだ。 こうして私たちは円満に離婚し、役所で手続きを済ませた。 三十日後、離婚届を受け取りに行く予定だ。 お互い合意の上の離婚で、揉めることもなかった。 それからようやく私は親友に電話をかけた。 「離婚したわ!手伝いに来て、引っ越しよ!」 親友は車を飛ばして私のところに来てくれた。 年はとっているものの、運転技術は一流だ。 年齢以外は、全くと言っていいほど年配者らしくない。 彼女は太めのヒールの靴を履き、カツカツと小走りでやってきた。私は貴重品だけを運び出し、それ以外は全部捨てた! 「おめでとう!五十八歳で新しい人生を手に入れたのね!」 私は目頭が熱くなり、彼女をぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう」 その後、私はもう過去のことには一切こだわらなくなった。 親友と毎日を楽しむ日々が始まった。 若者が好むレストランやバーにも行ったが、バーは騒がしすぎて好きにはなれなかった。 その代わり、スパに行くのをとても気に入ってしまった。こんなにリラックスする体験は初めてだった。 さらに、親友と一緒に旅行にも出かけ、お互いに写真を撮り合った。金があれば心配事はない。心の中でひっそりと考えた、これはまさに神のような生活だと。 私た
私は周りの話を聞きながらも、心の中には何も感じていなかった。 大翔を家の玄関まで連れて行くと、ドアが少し開いていて、中から喧嘩の声が聞こえてきた。 本来なら大翔を置いてさっさと立ち去るつもりだったが、親友の好奇心が燃え上がり、彼女が私を引き止めて「ちょっと覗いていこう」とウズウズしていた。 「なんでさ!母さんがいた時は良かったじゃないか!今じゃ何もかもだまし取られて、すっからかんだよ!恥ずかしくないのか?なんでこんな父親がいるんだろう!」 「俺にどうしろって言うんだよ。お前だって気づかなかったんだろ?それにお前の母さんが出て行ったのは俺のせいじゃないし、お前だって助けてくれなかっただろ?俺も歳だし、もうお前たちが面倒見ろよ」 口論は激しさを増していた。 親友は髪を触りながら、悠然と家の中へと足を踏み入れた。 「おやおや、喧嘩の最中?悪い時に来ちゃったかしら?あら、これは結婚したばかりの茂さん、ねぇ、聞いたわよ。すっからかんになっちゃったって?」 彼女の声で一同がこちらを見た。家の中は私が出て行ったときとはまるで別物で、ゴミだらけ、まるで荒らされた後のようだった。 嫁はやつれた顔で座っており、息子も見る影もなく疲れ果てていた。 私と親友は、二ヶ月前に買ったばかりのドレスにハイヒールで、なんとも言えない場違い感が漂っていた。 私たちが煌びやかに現れると、息子が慌てて飛びついてきた。 「母さん、助けてくれ、本当にもう無理なんだよ。父さんが金を全部あの女にだまし取られたんだ。僕も妻も仕事が催促の連中に邪魔されて、もうどうしようもないんだ。母さんなら何か策があるだろう?」 息子は疲れ果てた様子で、地面にひざまずいて私に助けを求めてきたが、私の心は石のように冷たく固まっていた。無表情で彼を見下ろし、一歩後ろへ下がりながら答えた。 「何の策もないよ。離婚の時に貰ったのはたったの20万円だし、今はそれもほとんど使い果たした」 心の中では、「たとえ持っていても、絶対に使わせない」と思っていたが、言葉には出さなかった。親友も嫌そうに二歩後ろに下がり、彼らの惨めな様子を楽しんでいるかのようだった。 「まあね、当時もう少し彼女に分けていたら、だまし取られる額も少しは減ったんじゃない?
「子どもを預けたいときだけ母親を思い出すって?ケーキを食べるときには母親のことなんて考えもしないくせに!あんたを見ると気が滅入るから、さっさと消えな!忙しくて孫の面倒なんか見られないよ!離婚したら母親なんかいらないって言ってたじゃない!今になって都合がいいことを言うんじゃないよ!あんたの母親はゴミ拾い係じゃないんだ!」 親友が私を代弁して、あっという間に息子を追い払ってくれた。 ドアが閉まると、親友は私が心を許していないことを確認するかのようにじっと見つめ、安心した様子で微笑んだ。 確かに私は心を許していなかった。 とはいえ、一瞬だけ胸が痛んだのも事実だった。 しかし、過去の苦しみに比べれば、この程度の痛みは取るに足りない。 私たちはその後も海外旅行の準備を進めていた。 すると数日後、また息子がやってきた。今度は子どもを引き連れていて、困り果てた顔をしていた。 「母さん、もう本当に僕が子どもの世話するなんて無理なんだよ。家がめちゃくちゃなんだ。少しだけ手伝ってくれない?」 そう言うと、息子は孫を私の目の前に置いて、逃げるように去っていった。 私は呆れ果て、彼を追いかけて子どもを返したかったが、孫の大翔が私の足にしがみついてしまった。 ぽっちゃり体型の大翔の腕を振りほどくことができないまま、私はため息をついた。 「おばあちゃん、俺のこと見捨てちゃうの?」 私は冷笑して答えた。 「見捨てるよ。クソババアなんだから。お父さんとお母さん、それにおじいさんの方が素敵でしょ?そっちに行きなさい」 しかし大翔は首を振り、ぽっちゃりした顔がプルプルと震えた。 「やだよ、あっちくさいもん。お婆さんがいい」 私は思わず言葉に詰まった。 親友が近づいてきて、大翔を軽々と引っ張り上げると、彼を脇に放り投げ、私を解放してくれた。 「おじいちゃんの所へ戻りなさいよ。家に帰りなさい」 大翔は言い返した。「おじいちゃんはどこかに行っちゃったし、お金も持っていっちゃったんだ。パパとママは毎日ケンカばかりで、俺、家には帰りたくない。おばあちゃんのご飯が食べたい」私を指揮するつもり?私は顔を冷たくして無視した。 親友がさらに冷たく言い放った。 「誰も作ってくれないよ。食
「20万?」 私は眉をひそめ、即座に首を横に振った。 「あなたのお父さんと私の共有財産には、あの家も含まれているわ。こんなに長く一緒にいたんだから、離婚するなら普通は平等に分けるべきでしょう?20万円なんて、絶対に無理よ」 かつて一番親しかった私たち三人は、数十万円のために言い争いを続けた。 正直、私は本当に大金を求めているわけではなかった。 夫婦の共有財産だって、結局のところ息子一家にとっくに使い果たしていたのだから。 私が欲しかったのは、ただ彼らの胸を少しでも痛ませることだけだった。 お金のやり取りを繰り返し、互いに醜い本性をさらけ出した後、ついに私は折れた。 「こうしましょう。20万円だけいただくわ。残りの共有財産は、息子に譲ることにするわ。残りはあなたが持って行って、どうぞその女を養ってちょうだい。私にはもう関係ないから」 息子の目が輝いた。まさかこんな良い話があるとは思っていなかったようだ。 こうして私たちは円満に離婚し、役所で手続きを済ませた。 三十日後、離婚届を受け取りに行く予定だ。 お互い合意の上の離婚で、揉めることもなかった。 それからようやく私は親友に電話をかけた。 「離婚したわ!手伝いに来て、引っ越しよ!」 親友は車を飛ばして私のところに来てくれた。 年はとっているものの、運転技術は一流だ。 年齢以外は、全くと言っていいほど年配者らしくない。 彼女は太めのヒールの靴を履き、カツカツと小走りでやってきた。私は貴重品だけを運び出し、それ以外は全部捨てた! 「おめでとう!五十八歳で新しい人生を手に入れたのね!」 私は目頭が熱くなり、彼女をぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう」 その後、私はもう過去のことには一切こだわらなくなった。 親友と毎日を楽しむ日々が始まった。 若者が好むレストランやバーにも行ったが、バーは騒がしすぎて好きにはなれなかった。 その代わり、スパに行くのをとても気に入ってしまった。こんなにリラックスする体験は初めてだった。 さらに、親友と一緒に旅行にも出かけ、お互いに写真を撮り合った。金があれば心配事はない。心の中でひっそりと考えた、これはまさに神のような生活だと。 私た
夫は怒って話していた。本来なら声を潜めるべきところを、大きな声で話していたため、私にはっきりと聞こえてしまった。 「父さん!約束したじゃないか、僕が父さんと母さんを離婚させたら、200万円くれるって。僕には本当にこのお金が必要なんだ!」 息子の声が響いた。私の頭はガンガンと鳴り始めた。 離婚?!200万円!? 「もちろんだよ。俺もこの数年、お金は一切使わず貯めてきたんだ。それに、約束だぞ。俺が雪子と結婚するのに反対はしないってな」 その後の話は、もう耳に入らなかった。 なんだか自分がおかしいと思えた。 脳梗塞になったという一言で、またもや大金を騙し取られるなんて。 それに、私がそれを信じてしまった。 私は午後の間、街をさまよい続けた。 いろいろと考えた末に、離婚することを決意した。 親友にも誰にも言わなかった。 今回ばかりは、強い決意が必要だと思ったから。 私は何事もなかったかのように装った。 チキンスープの出前を注文し、タッパーに移して病院へ持って行った。 夫はまだベッドで弱々しいふりをしていた。 息子がやってきて、私を病室の外に連れ出した。 彼は困った顔で私を見て、口ごもっていた。 彼が何を言いたいのかは予想がついたが、私は急かさなかった。 そしてついに、息子は我慢できなくなった。 「母さん、母さんと父さんはこんなに長い間一緒にいるけど、けんかばかりで、もう感情なんてないんじゃない?」 私はため息をつき、自分の服を軽く叩いた。 「長年連れ添った仲だもの、感情があるとかないとか、そんなのはどうでもいいの」 また、しばし沈黙が訪れた。 息子が再び口を開いた。 「父さん、昨日少しだけ目を覚まして、離婚したいって言ってたんだ」 私は息子の方を向いて見つめ、思いがけず沈黙していた。 息子は少し驚いたように私を見つめた。 「母さん、なんで何も言わないの?」 「実は、森田にも最近、離婚を勧められているのよ。でも、私はあなたのことを思うと心が痛むの。離婚したら、あなたが一人で父さんの世話をして、一家を支えることになる。とても大変だもの」 私がそう言うと、息子は目標が達成されそうだと感じたのか、少し興奮し
向こうから大翔の泣き声が聞こえたので、疑うことなくすぐに信じた。心の中は落ち着かない。思い出は本当にフィルターを通していたのかもしれない。頭の中では過去の様々な出来事が騒ぎ立て、すべての思い出が溢れ出した。私が怒っていたことが、なぜか納得できるように感じられた。親友に病院まで送られた。病室では、痩せ細った夫がベッドに横たわっており、息子は世話をしていた。目は青みがかかり、涙に濡れて憔悴していた。親友ももう何も言わず、私は息子の肩を叩いた。「帰りなさい。私が世話するから大丈夫よ」息子は私を見上げ、まるで支えを見つけたかのように涙をこらえてうなずいた。親友の家にこんなに長く滞在していたので、私の傷はすでに癒えていた。一晩ほとんど眠れず、朝起きたらまた用を済ませていた。目が開くこともままならないほど忙しく、息子が煮込んだスープを持ってきてくれ、珍しく私を気遣ってくれた。「母さん、父さんに介護士を雇った方がいいよ。母さんは本当に大変だし、僕たちには時間がない。母さんのことが心配だから」これが、私がほぼ60年間生きてきて、息子に理解されていると感じた初めての瞬間だった。心の中で何を感じているのか、言葉にできなかった。酸っぱいような渋いような。「まあ、私たちはお金に余裕があるけど、できるだけ体を休めた方がいいわ。あなたももう60歳だし、早く休んで。介護士の方が専門的なんだから、そちらに任せるべきよ」隣のベッドにいるほぼ私と同じ年の人が羨ましそうに言っていた。彼女の髪は白く、全体的にもっと憔悴して見えた。息子が私に初めて関心を示したのか、あるいは親友が私の習慣に無意識のうちに変化をもたらしたのか、私は承諾した。息子が夫に食事を与え終えた後、少し困ったように私を見つめた。「母さん、まだお金はあるの?父さんに介護士を雇うには、ちょっと足りないかも」眉をひそめ、警戒しながら私は息子を見つめた。一時的に何と言っていいかわからなかった。私はお金を持っている。しかし、確かに多くはなかった。家の多くの支出は、私の退職金で支えられていて、貯蓄できたのは節約のおかげだった。お金を出したくないのは、惜しいからではなく、今この瞬間、息子の心を疑わざるを得ないからだった。私がまだ話していないうちに
親友はコンロの火を止めて、腰に手を当て、私に電話に出るよう促した。「お母さん!今朝どうして大翔を学校に送ってくれなかったの?先生から電話があったんだよ!どうしてこんな大事なことを忘れるの?今、大翔にとって勉強がどれだけ大切かわかってる?どうしてこんなミスをするんだよ」口を開いて説明しようとした瞬間、親友がさっと手を伸ばしてスマホを奪い取った。「ふん!あんたの父親は死んだのか?それとも死んだふりか?子どもを送っていくこともできないのか?なんでもかんでも母親にやらせて、彼女を家政婦とでも思っているのか?家政婦には給料があるけど、君は母親をどう扱っているんだ?恥知らずが!言っとくけど、もうあんたのお母さんはやらないってさ!これからは私と一緒に暮らすからね!家のことなんて誰にやらせようと勝手にしな!」親友はもうすぐ六十だが、力強く怒りをぶつけている姿は頼もしかった。その怒りに、私の悲しみが一気に吹き飛ばされた。私は涙をこぼしながら、親友の肩を軽く叩いた。「ご飯にしよう。お腹が空いたわ」余計なことは何も言わなかった。私たちの間には、それ以上の言葉は必要ないのだ。しばらく親友の家に泊まるつもりだったが、持ってきた荷物はほんの少しだけだった。親友は「新しいのを買えばいいじゃない」と言ったが、私は倹約が身についているので、家に戻って少し荷物を取りに行く方がいいと思った。彼女は車で私を家まで送ってくれた。家に入ると、家族全員が食卓で出前を食べていた。孫は楽しそうに食べていて、「おばあさんが作るご飯より、これの方がずっと美味しい!」と叫んでいた。親友は冷たく笑って、いかにも強気な婆さんという感じで言った。「へえ、じゃあ毎日これを食べればいいわね!これから誰が面倒見てくれるんだろうね!」すると息子が口を挟んだ。「森田さん、大翔はまだ子どもですよ?なんでそんなに突っかかるんですか?それに、確かに母さんのご飯よりこっちの方が美味しいんだから、別に言ってもいいじゃないですか」息子がそれをかばうのを見て、私は眉をひそめ、不満を抑えきれなかった。「私に言うならともかく、森田さんにもそんな言い方するの?彼女はあなたより年上なのよ。あなたは礼儀がないの?」夫は、私が息子を叱るのが気に入らないのか、箸を叩きつけて、顔をしかめた。
そう言い終わると、彼はドアを閉めて去っていった。寝室の外からは、嫁の声が聞こえてきた。「ご飯も作れないの?また外で食べなきゃいけないなんて、本当に怠け者なんだから!」息子が小さな声でなだめると、やがてすべてが静かになり、二人は仕事に出かけていった。しかしすぐに、また耳元に夫のいびきが響いてきた。 よくもまあ、こんなに安らかに寝ていられるものだ。 でも、どうして?なぜ私が全ての家事をしなきゃいけないの? どうして、たった一度のケガでご飯を作らなかっただけで、何もしていないと責められるの? 私がしてきた努力や苦労は、誰にも見えないというの?ふと、心が重くなった。 耳元では夫の大きないびきが響き続け、頭の中には今日やらなければならない仕事が浮かんでいた。 まるで40度を超える暑さの中で、密閉された家に閉じ込められているようで、息苦しさを感じた。それでも私は起き上がった。 つらい体を起こして服を着替え、孫を起こしに行った。 うちのぽっちゃり坊やはとりわけ寝坊助で、なかなか起きない。なんとか起こして、時間が迫っていることを気づかせようとした。 濡れタオルで顔を拭いてあげようとすると、彼は怒ってそっぽを向き、私を睨みつけた。「触るなよ!お前なんか大嫌いだ!」私は辛抱強くなだめようとしたが、彼はさらに激しく反発した。「クソババア!お前なんかただの家政婦だろ?何の権利があって俺に構うんだよ!パパに頼んで、お前なんか追い出してやるからな!俺はお前なんかいらない!別の家政婦を雇ってもらうから!」孫のあり得ない暴言に、私の心の中で築いてきたものが一気に崩れ去った! 涙がこぼれそうになり、何もかも諦めたくなった。こんなにも尽くしてきたのに、この家族は誰一人として私のことを見ていない。若い頃は、仕事をこなしながら義両親と夫の世話をしてきた。 一日三食を用意し、洗濯をし、義両親の介護もしてきたし、子どもも自分一人で育てた。 猫の手も借りたいほど、毎日忙しかった。ずっと、退職すれば楽になると信じてきた。 でも今、年老いて退職しても、当時とやっていることは変わらない。 洗濯も料理も、子どもの送り迎えも、毎日忙しく、自分の時間などほとんどない。損をしても構
事故の相手の運転手は、家に何度も電話をかけてくれたようだが、誰も電話には出なかった。きっと、家族は皆忙しかったのだろう。孫の誕生日を祝うのに夢中で、私のことはすっかり忘れられていたのだ。簡単な治療が終わると、運転手が私を家まで送り届けてくれた。玄関に近づくと、中から賑やかな笑い声が聞こえてきた。この家には私がいなくても、何も変わらない。ぼんやりとした気持ちで鍵を取り出したとき、手元が緩んで鍵を落としてしまった。すると、その音でようやく家族が私に気づいた。少しは気まずい顔をするかと思ったら、みんな平然と私を一瞥するだけで、特に気にしている様子もなかった。「なんで今頃帰ってきたんだ?どこをほっつき歩いてたんだ?孫の誕生日だってのに、気が利かないな」と、夫が不機嫌そうに文句を言った。私は無理に笑顔を作り、孫の顔を見つめた。「大翔、ばあちゃんがね…」小さな金のロケットを買ってきたんだよと続けたかったが、息子の妻が私の言葉を遮り、「お母さん、遅すぎよ。もう食事は済ませたから、片付けをお願い。それと、キッチンに何か食べるものが残ってるか確認して」と、孫を連れてさっさと席を立ってしまった。息子はスマホに夢中で、私には一切気を配らなかった。夫もまた、歯をほじくりながら、「この手羽先、まずいからお前が食べろ。食べたらテーブルを片付けとけよ」と、私に指示して立ち去った。たった数分で、さっきまでの楽しげな声が消え、あたりは静まり返った。やはり、私の存在が、彼らの楽しさを邪魔してしまったようだった。テーブルには骨の山、クリームがべたべたとついたケーキ、かじられたまま放置された手羽先が残っていた。なんとも皮肉な光景だった。腕に巻かれた包帯を見つめ、自嘲気味に笑った。腕は胸の前に吊られているから、家族が気づかないわけがない。でも、誰ひとりとして「どうしたの?」とは聞いてくれない。私は椅子に腰を下ろしてしばらく休み、ようやく重い体を引き起こして片手で片付けを始めた。片腕が動かせないせいで、普段の倍以上の時間がかかり、ようやくダイニングだけは片付け終えたが、食器はまだ洗えなかった。時刻はすでに深夜12時を過ぎ、家の中は静まり返り、皆が眠りについていた。食器が山積みのシンクを眺めて、深い溜息をつき、洗うの