「そんなはずない!あなた、何を嘘をついているの!」 玲子は叫び声を上げた。 「園子さんが安藤社長の親族なんて一度も聞いたことがないわ。どうせハッタリでしょ!」 翔太が私の手から招待状を奪い取り、しげしげと確認した。 その顔色が、みるみるうちに真っ青になっていく。 「......この招待状、本物だ......」 それでも玲子は納得できない様子で尋ねた。 「どうして本物だってわかるのよ?」 翔太は招待状の端を指さして答えた。 「ここを見ろ、安藤社長の直筆サインだ......間違いない」 彼は急に顔を上げ、鋭い目で私を睨みつけた。 「君、何をした?どうやって安藤社長からこんなものを手に入れたんだ?何を企んでいる!」 「何があったの?」 そこへ、園子が豪華なドレスをまとい、ドレスの裾をつまみながら現れた。 「園子!」玲子が慌てて彼女の手を掴み、声をひそめて聞いた。 「まさか、あんたが美咲さんに招待状を渡したんじゃないでしょうね?」 園子は私を一瞥し、驚愕の表情で首を振った。 「この人に?私、招待状なんて送ってない!」 玲子は息をのむように唇を引き結び、ぽつりとつぶやいた。 「じゃあ......本当に安藤社長が?」 「ありえない!」園子は声を荒げた。 「安藤社長は招待状を一枚しか出さないって言ってた。その相手は、彼が最も敬愛する大切な人だって!」 三人の視線が、揃って私に向けられた。 「なんであんたみたいな人が......!」 その場にいた周囲の招待客たちも足を止め、ひそひそと話し始めた。 「もしかして、本当に安藤社長が送ったのかな?」 「でも、あの美咲みたいな人と安藤社長が知り合いなわけないよね」 「ひょっとして、昔何か特別な関係があったとか......?」 そんな中、玲子が突然、声を張り上げた。 「わかったわ!」 「この招待状、美咲さんが盗んだのよ!今の彼女には頼れる人なんていないんだから、絶対に誰かを使って盗ませたに決まってる!」 玲子の自信たっぷりの断言に、周囲の人々が一斉に頷き始めた。 「確かに、そう考えると辻褄が合うよな」 玲子の目配せを受けた翔太は、すぐさま警備員に怒
扉の方から響いた声には、骨の髄まで冷たくなるような凄みがあった。 その場の視線が一斉に声の主に向く。 現れたのは、一人の男性だった。 手仕立てのスーツに包まれたその姿は、肩幅が広く、足が長い。 顔立ちは彫刻のように整っていて、その一挙一動から漂う威厳と高貴さが、見る者全てを圧倒していた。 彼は今日の婚約式の主役、安藤勝美だった。 その場の誰もが息を呑み、何も言えずに立ち尽くした。 彼をテレビやニュースでしか見たことのない者たちは、目の前に立つ本人の圧倒的な存在感に押しつぶされそうになっていた。 「うわ......これが安藤社長?想像以上にカッコいい!」 「えっ、婚約相手が園子だなんて冗談でしょ?私のほうがずっとお似合いじゃない......!」 玲子が真っ先に反応し、媚びるような笑顔を浮かべて駆け寄った。 「安藤社長、きっと何かの勘違いですよ。この女はただの詐欺師で、園子を預けた時に一時的に世話をさせただけです。それをいいことに、母親ぶって居座ろうとしてるんです!」 翔太も負けじと口を挟んだ。 「その通りです、安藤社長。この女、絶対にあなたに泣きついて同情を引いたんです。それで招待状をもらったんでしょう。でも、こんな人間がここにいる資格なんてありません!」 周囲の人々も、再び小声で囁き始めた。 「あの女、女婿を頼りにしようとする魂胆か?」 「哀れだよな。全財産を使って娘を育てたのに、今や婿に縋るしかないなんて」 「でも、冷静に考えると、彼女も園子のためにいろいろ頑張ったんじゃない?婚約式くらい来てもいいんじゃないか」 しかし、勝美は周囲の声に一切耳を貸さず、静かに歩みを進めた。 その足音が響く中、彼の鋭い表情が、私に目を向けた瞬間だけ柔らかく変わった。 そして、その場の全員が息を呑む中、彼は深い声で言った。 「母さん、これまで本当に苦労をかけましたね」
勝美の言葉が礼堂中に響くと同時に、園子の手にあった金色のバラのブーケが床に落ちた。 記者やライブ配信をしていたインフルエンサーたちも、誰もが言葉を失った。 まるでその場の全員が一瞬息を止めたかのような静けさの中、勝美の冷たい声だけが響いていた。 「母さん、私は以前、あなたに誓いました。必ずこの手で頂点に立ち、あなたの育ててくれた恩に報いると」 「その約束、今ここで果たしました」 彼は深く私を見つめ、その瞳には複雑な感情が浮かんでいた。 普段は自信に満ちた彼が、この瞬間だけは一人の息子として、母の愛を求めているようだった。 その光景を目の当たりにし、周囲の招待客たちも、ライブ配信の視聴者たちも固まっていた。 スマホ画面に映るコメント欄は、「?????」の嵐で埋め尽くされていた。 「え?美咲、どうして安藤勝美の母親になってるの?」 「これ、ドラマか何か?いや、こんなのドラマでもあり得ない展開でしょ!」 玲子は、近くに立っている翔太を肘でつつき、翔太はようやく我に返った。 彼は顔を赤くして私を睨みつけ、怒りを抑えきれない様子で叫んだ。 「美咲、君、よくも俺を騙したな!」 「言え!その子を誰と作ったんだ!君、結婚する前から浮気してたんだな?損害賠償を払え!4千万円だ、いや、4億円だ!」 玲子も負けじと声を荒げ、私を押しのけながら言った。 「こんな優秀な息子がいるなら、なんで私たちの娘を奪おうとしたの?それで私を散々働かせて、牛馬みたいにこき使ったんでしょ!本当にひどい女だわ!」 園子も私の腕を叩きながら叫んだ。 「この女!私があげた1000円、今すぐ返してよ!」 すると、勝美が一歩前に出て、園子の手を掴んだ。 その目は鋭く、冷たく光っていた。 「もうやめろ」 「母がこれまで君たちにどれだけ尽くしてきたか、君たち自身が一番よくわかっているはずだ。それなのに、これ以上母に手を出すのなら、容赦しない」 彼の言葉に圧倒され、三人は声を失った。 それでも怒りの矛先を私に向け、必死にわめき散らし続けた。 「あんたにこんなに騙されてたなんて!グループ一つ渡したくらいで終われるわけないでしょ!絶対にまだ隠し財産があるはずよ。それを全部出せ!」
人がここまで恥知らずになれるなんて。 私は思わず笑ってしまった。 勝美は翔太を冷たい目で見下ろしながら、厳しい声で言い放った。 「お前が、俺の母を許す?よくそんなセリフを口にできるな」 「俺が今まで優しすぎたから、調子に乗ったのか?」 「いい加減にしろ。お前たちのような腹黒い人間と婚約するわけがない。この場で戯言を吐いてる暇があるなら、自分たちの崩れかけたグループをどうにかする方法でも考えろ」 翔太の顔は怒りで真っ赤になり、震える声で叫んだ。 「何だと?お前、最初から俺たちを騙してたのか!園子の気持ちを弄んでいたんだな!」 勝美は冷ややかに園子を一瞥し、静かに言い返した。 「弄ぶ?騙してたのはお前たちだろ」 「お前たちは最初から俺の金を狙って、グループの赤字を埋めようとしていただけだ。俺はそんなカモじゃない」 玲子は驚いた様子で声を上げた。 「ちょっと待って!グループの赤字を埋めるって......どういう意味?あんた、私たちに何をしたの?」 私は一歩前に出て、ゆっくりと答えた。 「彼がしたわけじゃない」 「まさか......君が?」 翔太が目を見開いて私を睨んだ。 「信じないで!また嘘をついてるのよ!私たちを騙そうとしてるだけよ!」 玲子が叫びながら怒りを爆発させていると、突然電話が鳴った。 「え?どうして商品に問題があるの?ちゃんと検査したはずでしょ!」 同じタイミングで翔太の電話も鳴り出した。 「違法品?押収された?もう使うなって言っただろ!」 園子も電話を取り、苛立った声で話し始めた。 「10億?そんな額、どうして借金になってるのよ?前に確認したときはたった1億だったじゃない!」 その時だった。スーツにネクタイ姿の一団が、足早に会場へと入ってきた。先頭に立つ黒いスーツを着た男性が、自身をある銀行の代理弁護士だと名乗った。 「翔太さん、失礼します。あなたのグループは破産と認定されました。これより、名義人のすべての動産および不動産を差し押さえますので、ご協力をお願いします」 翔太は動揺し、怒りにまかせて私に詰め寄った。 「お前がやったんだろ!俺を陥れるために仕組んだに違いない!」 彼が近づくより
「美咲、どうしてまだ起きてるんだ?生理中は無理しないほうがいいよ」 佐藤翔太が自分で作った生姜黒糖湯を私の手に渡し、毛布を持ってきて優しく包んでくれた。 「腰は大丈夫?マッサージしようか?」 私は手元の書類を閉じて、彼に笑顔を向けた。 「もうすぐ園子の学校行事だね。最近、練習している曲に自信が持てないみたいだから、日本一のピアニストに教えてもらえるよう頼んだの」 翔太は感激したように言った。 「君はいつも園子のことを一番に考えてくれる。本当に幸せだよ。きっとあの子も、大人になったらちゃんと親孝行してくれるさ!」 私は自然に微笑みながら答えた。 「それはもちろん。園子は頭がいいし、才能もある。あの子の母親でいられるなんて、私の誇りだわ」 翔太は軽くため息をつき、私を後ろから抱きしめた。 「本当に俺は運がいいよ。こんないい妻をもらえるなんて、佐藤家のご先祖様のおかげだな」 彼の目の届かないところで、私は冷たく笑ったが、何も言わなかった。 翔太と私は学生時代からの付き合いで、結婚式を挟んで11年もの日々を共にしてきた。 彼は私の生理周期を覚えていて、10年以上もの間、生姜黒糖湯を作り続けてくれた。 結婚してからも、私がサプライズやロマンチックなことが好きなのを知って、どんなに帰りが遅くても、小さな贈り物を忘れなかった。 あの家政婦との会話を聞くまでは、私はこの世で一番幸せな女性だと信じて疑わなかった。 「玲子さん、すごい!」 少し離れたピアノ室から、園子の楽しそうな声が聞こえてきた。 私は無意識に立ち上がり、ピアノ室のドア口に向かった。 美しいピアノの音色が止むと、村上玲子が園子を抱き上げ、くすぐるようにして親しく笑っていた。 「ほら、練習する気ないでしょ?」 「ねえ、玲子さん、チューしてくれたら、また練習するよ!」 園子は唇を突き出して甘えた声を出した。 玲子は微笑んで、園子のほっぺに軽くキスをして答えた。 「いいわよ。それじゃあ、もう一回弾いてみせて。上手に弾けたら、明日の朝は蒸し卵を作ってあげる!」 2人のやり取りはまるで本当の親子のような親密さだった。 その時、玲子は私に気づくと、驚いたように慌てて立ち上がり、
たぶん私が何も言わないと思っているのか、それとも彼らは自分たちの計画は完璧だと思い込んでいるのか。 玲子の行動はどんどん図々しくなっていった。 以前は、私が園子と彼女が過度に親しくしている場面を見つけると、すぐに慌てて言い訳をしてきた。 でも今では、私の目の前で堂々と園子を抱きしめ、ご飯を食べさせるようになった。 「美咲さん、お仕事がお忙しいでしょう?園子ちゃんのことは全部私に任せてください!」 「美咲さん、今日の保護者会、私が代わりに行ってきました。最近夜遅くまで働いていらっしゃるので、翔太さんも邪魔しないようにっておっしゃるので」 「美咲さん、園子ちゃんが風邪をひいて熱を出しているので、私が一緒に寝ています。美咲さんのお仕事の邪魔にならないように」 ...... そのうち、私は夜中に目が覚めると、翔太が隣にいないことが増えた。 そして隣の園子の部屋からは、時々3人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 私は何も気づいていないふりをして、ただ黙って身を翻した。 私が彼らのやっていることに全く気づいていないと思い込んでいるのか、翔太の行動はますます大胆になっていった。 時には、私の目の前で、食卓の下で玲子の手を握り、その手をさすっていることもあった。 娘の園子も玲子にどんどん甘えるようになり、寝る前に私が本を読んであげようとしても「玲子さんがいい!」と拒否されることもあった。 それでも、私は彼らを責めることも怒ることもせず、ただ静かに見守るふりをしていた。 そして、娘の大学入試が近づいてきた。 模擬試験の結果で20点台の低い偏差値を見た玲子は、私以上に焦りを見せていた。 「園子ちゃん、どうしてこんな点数なの!これじゃあ国内の大学にはどこにも入れないじゃない!」 園子は自分でデザインしたばかりのネイルを眺めながら、不機嫌そうに言った。 「国内がダメなら海外に行けばいいじゃん。ママはグループの社長なんだから、私が大学に行けないなんてことないでしょ?」 私がすぐに答えないのを見て、翔太が急に娘を叱るふりをした。 「君は本当に甘やかされすぎだ!ママは君のためにどれだけ頑張っていると思っているんだ。それなのにこんな結果を見せてどうするつもりだ!これじゃグル
私の支えがあったおかげで、園子の留学手続きは驚くほどスムーズに進んだ。 留学先の国は翔太と園子が話し合って決めたもので、荷物の準備は玲子が担当した。 スーツケースを6つも用意して、一つ一つ丁寧に詰め込んでいた。 手続きが完了するまでの間、私は園子に会社の業務を教え始めた。 私がさりげなく後押ししたことで、園子はあっという間に会社での立場を固め、「信頼できる部下」も得ていた。 出発の日は、雲一つない快晴だった。 翔太は娘の手を握り、何度も何度も注意事項を言い聞かせていた。 その姿は、まるで理想的な父親そのものだった。 玲子は1人で5つのスーツケースを押しながら、得意げな顔で私に挨拶をした。 「美咲さん、園子ちゃんは私がこの家に来てからずっと手塩にかけて育ててきた子です。一人で遠くの異国に行かせるなんて、とてもできません。だから今回、私も一緒に行くことにしました。費用は翔太さんがすでに手配してくれています」 翔太は気まずそうに手をこすりながら、私をチラリと見た。 「俺もやっぱり心配でね。園子は玲子さんにずっと面倒を見てもらっていたから、君も怒らないよね?」 私は微笑みながら答えた。 「どうして怒るの?あなたがそんなに園子を大事に思ってくれているなんて、嬉しいわ」 そう言ってから、私は玲子の方を向いた。 「思えば、園子の世話は何から何まであなたがしてくれていましたね。この4年間、本当にありがとう。感謝しています」 玲子は笑顔で軽く会釈し、謙虚に答えた。 「美咲さん、それほどのことではありませんよ」 飛行機が飛び立った後も、翔太はその場を離れず、涙を浮かべながら空を見上げていた。 玲子と園子がいなくなり、家の中は急に静かになった。 最初のうちは翔太も「良い夫」を演じていたが、時間が経つにつれ、その演技すらも面倒になったのか、本性を現し始めた。 「友達と釣りに行く」と言って家を空けたり、「料理教室に通っている」と言って西洋料理を学び始めたりした。 「園子が帰ってきたら、美味しいものを作ってあげたいからね」 私は彼の言い訳を聞きながら、頻繁にオーストラリア行きの航空券が表示される彼のスマホ画面を見ていないふりをした。 それでも彼の芝居に
株主総会には名だたる株主たちだけでなく、都市で最も有名な数社のメディア関係者も集まっていた。 カメラやマイクが並ぶ中、会場は厳粛な雰囲気に包まれていた。 園子は私の背中に隠れるように立ち、不安そうに小声で尋ねた。 「ママ、この雰囲気、ちょっと大げさすぎない?」 私は優しく彼女の手を取って叩き、穏やかに微笑んだ。 「あなたは私の子。私のすべてはあなたのものよ。だから、それを引き継ぐときはたくさんの人に見てもらわないとね」 その言葉を聞くと、園子は一瞬戸惑ったものの、すぐに胸を張って堂々とした表情になり、不安な様子は消えていった。 一方、翔太と玲子の姿は見当たらなかった。 だが私は気にしなかった。どうせ、遅かれ早かれ現れるのだから。 スポットライトが会場を照らす中、私は事前に用意しておいた譲渡契約書に名前を書き入れた。 これにより、鈴木グループの社長の座を正式に園子に譲渡した。 鈴木グループが創立されて以来、女性社長は私を含め二人だけ。 そして今、園子が史上最年少の社長となったのだ。 記者たちは一斉に園子のもとに押し寄せ、成功の秘訣を聞き出そうと競い合った。 スポットライトに照らされた会場は熱気に包まれ、園子の顔は緊張と喜びで輝いていた。 園子は手をしっかり握りながら、私への感謝の言葉を皆に向けて伝えた。 その姿に、周囲の人々は一様に驚きと感動の声を上げた。 「冷徹な手腕で知られる鈴木社長が、次世代を育てる慈愛深い母でもあったとは!」 その時だった。 会場の明かりが突然暗くなり、全員が驚いてざわつく中、一筋のスポットライトが二人の姿を照らし出した。 男性は黒のスワロテールを着こなし、女性はスリットの入った真紅のチャイナドレスをまとい、まるで映画のワンシーンのように堂々と会場に現れた。 その場にいた全員が、彼らの登場に息を呑んだ。 記者たちが困惑する中、玲子は自信に満ちた様子で園子の隣に歩み寄り、その腕に絡みついた。 そして私に向き直り、冷笑を浮かべながら言った。 「鈴木美咲さん、実はね、あなたの子供は生まれたときに死んでいたのよ。それを知ったらあなたがどれだけ傷つくか、翔太さんと話し合って私たちの子供をあなたに育てさせたの」
人がここまで恥知らずになれるなんて。 私は思わず笑ってしまった。 勝美は翔太を冷たい目で見下ろしながら、厳しい声で言い放った。 「お前が、俺の母を許す?よくそんなセリフを口にできるな」 「俺が今まで優しすぎたから、調子に乗ったのか?」 「いい加減にしろ。お前たちのような腹黒い人間と婚約するわけがない。この場で戯言を吐いてる暇があるなら、自分たちの崩れかけたグループをどうにかする方法でも考えろ」 翔太の顔は怒りで真っ赤になり、震える声で叫んだ。 「何だと?お前、最初から俺たちを騙してたのか!園子の気持ちを弄んでいたんだな!」 勝美は冷ややかに園子を一瞥し、静かに言い返した。 「弄ぶ?騙してたのはお前たちだろ」 「お前たちは最初から俺の金を狙って、グループの赤字を埋めようとしていただけだ。俺はそんなカモじゃない」 玲子は驚いた様子で声を上げた。 「ちょっと待って!グループの赤字を埋めるって......どういう意味?あんた、私たちに何をしたの?」 私は一歩前に出て、ゆっくりと答えた。 「彼がしたわけじゃない」 「まさか......君が?」 翔太が目を見開いて私を睨んだ。 「信じないで!また嘘をついてるのよ!私たちを騙そうとしてるだけよ!」 玲子が叫びながら怒りを爆発させていると、突然電話が鳴った。 「え?どうして商品に問題があるの?ちゃんと検査したはずでしょ!」 同じタイミングで翔太の電話も鳴り出した。 「違法品?押収された?もう使うなって言っただろ!」 園子も電話を取り、苛立った声で話し始めた。 「10億?そんな額、どうして借金になってるのよ?前に確認したときはたった1億だったじゃない!」 その時だった。スーツにネクタイ姿の一団が、足早に会場へと入ってきた。先頭に立つ黒いスーツを着た男性が、自身をある銀行の代理弁護士だと名乗った。 「翔太さん、失礼します。あなたのグループは破産と認定されました。これより、名義人のすべての動産および不動産を差し押さえますので、ご協力をお願いします」 翔太は動揺し、怒りにまかせて私に詰め寄った。 「お前がやったんだろ!俺を陥れるために仕組んだに違いない!」 彼が近づくより
勝美の言葉が礼堂中に響くと同時に、園子の手にあった金色のバラのブーケが床に落ちた。 記者やライブ配信をしていたインフルエンサーたちも、誰もが言葉を失った。 まるでその場の全員が一瞬息を止めたかのような静けさの中、勝美の冷たい声だけが響いていた。 「母さん、私は以前、あなたに誓いました。必ずこの手で頂点に立ち、あなたの育ててくれた恩に報いると」 「その約束、今ここで果たしました」 彼は深く私を見つめ、その瞳には複雑な感情が浮かんでいた。 普段は自信に満ちた彼が、この瞬間だけは一人の息子として、母の愛を求めているようだった。 その光景を目の当たりにし、周囲の招待客たちも、ライブ配信の視聴者たちも固まっていた。 スマホ画面に映るコメント欄は、「?????」の嵐で埋め尽くされていた。 「え?美咲、どうして安藤勝美の母親になってるの?」 「これ、ドラマか何か?いや、こんなのドラマでもあり得ない展開でしょ!」 玲子は、近くに立っている翔太を肘でつつき、翔太はようやく我に返った。 彼は顔を赤くして私を睨みつけ、怒りを抑えきれない様子で叫んだ。 「美咲、君、よくも俺を騙したな!」 「言え!その子を誰と作ったんだ!君、結婚する前から浮気してたんだな?損害賠償を払え!4千万円だ、いや、4億円だ!」 玲子も負けじと声を荒げ、私を押しのけながら言った。 「こんな優秀な息子がいるなら、なんで私たちの娘を奪おうとしたの?それで私を散々働かせて、牛馬みたいにこき使ったんでしょ!本当にひどい女だわ!」 園子も私の腕を叩きながら叫んだ。 「この女!私があげた1000円、今すぐ返してよ!」 すると、勝美が一歩前に出て、園子の手を掴んだ。 その目は鋭く、冷たく光っていた。 「もうやめろ」 「母がこれまで君たちにどれだけ尽くしてきたか、君たち自身が一番よくわかっているはずだ。それなのに、これ以上母に手を出すのなら、容赦しない」 彼の言葉に圧倒され、三人は声を失った。 それでも怒りの矛先を私に向け、必死にわめき散らし続けた。 「あんたにこんなに騙されてたなんて!グループ一つ渡したくらいで終われるわけないでしょ!絶対にまだ隠し財産があるはずよ。それを全部出せ!」
扉の方から響いた声には、骨の髄まで冷たくなるような凄みがあった。 その場の視線が一斉に声の主に向く。 現れたのは、一人の男性だった。 手仕立てのスーツに包まれたその姿は、肩幅が広く、足が長い。 顔立ちは彫刻のように整っていて、その一挙一動から漂う威厳と高貴さが、見る者全てを圧倒していた。 彼は今日の婚約式の主役、安藤勝美だった。 その場の誰もが息を呑み、何も言えずに立ち尽くした。 彼をテレビやニュースでしか見たことのない者たちは、目の前に立つ本人の圧倒的な存在感に押しつぶされそうになっていた。 「うわ......これが安藤社長?想像以上にカッコいい!」 「えっ、婚約相手が園子だなんて冗談でしょ?私のほうがずっとお似合いじゃない......!」 玲子が真っ先に反応し、媚びるような笑顔を浮かべて駆け寄った。 「安藤社長、きっと何かの勘違いですよ。この女はただの詐欺師で、園子を預けた時に一時的に世話をさせただけです。それをいいことに、母親ぶって居座ろうとしてるんです!」 翔太も負けじと口を挟んだ。 「その通りです、安藤社長。この女、絶対にあなたに泣きついて同情を引いたんです。それで招待状をもらったんでしょう。でも、こんな人間がここにいる資格なんてありません!」 周囲の人々も、再び小声で囁き始めた。 「あの女、女婿を頼りにしようとする魂胆か?」 「哀れだよな。全財産を使って娘を育てたのに、今や婿に縋るしかないなんて」 「でも、冷静に考えると、彼女も園子のためにいろいろ頑張ったんじゃない?婚約式くらい来てもいいんじゃないか」 しかし、勝美は周囲の声に一切耳を貸さず、静かに歩みを進めた。 その足音が響く中、彼の鋭い表情が、私に目を向けた瞬間だけ柔らかく変わった。 そして、その場の全員が息を呑む中、彼は深い声で言った。 「母さん、これまで本当に苦労をかけましたね」
「そんなはずない!あなた、何を嘘をついているの!」 玲子は叫び声を上げた。 「園子さんが安藤社長の親族なんて一度も聞いたことがないわ。どうせハッタリでしょ!」 翔太が私の手から招待状を奪い取り、しげしげと確認した。 その顔色が、みるみるうちに真っ青になっていく。 「......この招待状、本物だ......」 それでも玲子は納得できない様子で尋ねた。 「どうして本物だってわかるのよ?」 翔太は招待状の端を指さして答えた。 「ここを見ろ、安藤社長の直筆サインだ......間違いない」 彼は急に顔を上げ、鋭い目で私を睨みつけた。 「君、何をした?どうやって安藤社長からこんなものを手に入れたんだ?何を企んでいる!」 「何があったの?」 そこへ、園子が豪華なドレスをまとい、ドレスの裾をつまみながら現れた。 「園子!」玲子が慌てて彼女の手を掴み、声をひそめて聞いた。 「まさか、あんたが美咲さんに招待状を渡したんじゃないでしょうね?」 園子は私を一瞥し、驚愕の表情で首を振った。 「この人に?私、招待状なんて送ってない!」 玲子は息をのむように唇を引き結び、ぽつりとつぶやいた。 「じゃあ......本当に安藤社長が?」 「ありえない!」園子は声を荒げた。 「安藤社長は招待状を一枚しか出さないって言ってた。その相手は、彼が最も敬愛する大切な人だって!」 三人の視線が、揃って私に向けられた。 「なんであんたみたいな人が......!」 その場にいた周囲の招待客たちも足を止め、ひそひそと話し始めた。 「もしかして、本当に安藤社長が送ったのかな?」 「でも、あの美咲みたいな人と安藤社長が知り合いなわけないよね」 「ひょっとして、昔何か特別な関係があったとか......?」 そんな中、玲子が突然、声を張り上げた。 「わかったわ!」 「この招待状、美咲さんが盗んだのよ!今の彼女には頼れる人なんていないんだから、絶対に誰かを使って盗ませたに決まってる!」 玲子の自信たっぷりの断言に、周囲の人々が一斉に頷き始めた。 「確かに、そう考えると辻褄が合うよな」 玲子の目配せを受けた翔太は、すぐさま警備員に怒
その後、園子と勝美が婚約すると聞いた。 商業界で注目を集める勝美の婚約は、瞬く間に京市全体を驚かせるニュースとなった。 「どうしてあんなに優秀な男が園子なんかを選んだの?」 「これで京市の女性たちは今夜眠れないね!安藤社長がこんなに早く婚約するなんて!」 「今回の婚約式、花束は全部フランスから空輸したらしいよ」 「ドレスもオーダーメイドだってさ!その上、装飾のダイヤだけで9桁の費用がかかったって!」 「どうすれば園子みたいな人生を手に入れられるの!?どの方角にお祈りすればいいの!?前には何でも差し出す愚かな母親、後ろには惜しみなく大金を注ぎ込むリッチな婚約者までついてるなんて」 婚約式当日、数え切れないほどのインフルエンサーたちが招待状を手に入れ、ホテルのエントランスからライブ配信を始めた。 画面はコメントで埋め尽くされ、視聴者たちは興奮の声を上げていた。 その中で、ある視聴者が画面に私の姿を見つけた。 「えっ、あれって園子のバカ母じゃない?何しに来たんだろう?まさか婚約祝いのご祝儀でも持ってきたの?」 「配信者さん、追いかけて!これは絶対に面白いネタになるよ!」 「こんなにバカだと、逆に尊敬しちゃうよね!」 ...... 私はその声を無視して、ホテルの受付へと向かった。 婚礼用の華やかな衣装を着た翔太と玲子が、私を見つけて驚きの表情を浮かべた。 「何しに来たんだ?今日は園子の大事な日だぞ!君みたいな貧乏人は近寄るな!」 「警備員!早くこの女を追い出せ!こんなやつを入れるなんて、ホテルの評判が落ちるぞ!」 すぐに警備員が警棒を持って駆け寄り、険しい表情で言った。 「鈴木さん、申し訳ありませんが、婚約式にはご入場いただけません」 私は静かに警備員を見つめ、落ち着いた声で言った。 「招待状を持っているのですが、それでも入れませんか?」 その言葉を聞いた玲子は翔太を鋭く睨みつけた。 「あなた、招待状を渡したの?」 翔太は頭を抱えながら大声で否定した。 「そんなわけないだろ!俺があんな女に招待状なんて渡すはずがない!」 さらに自信満々に続けた。 「こいつ、腹を空かせて飯をたかりに来たんだよ。婚礼の余り物でも狙ってる
「ドンッ!」 ボロボロの包みが床に投げ捨てられた。 玲子は顎を突き上げ、冷たい目で私を見下しながら言った。 「家に戻ってわざと自分の荷物を片付けもしないで、翔太さんと園子に会う機会でも狙ってるんでしょ?その期待は今すぐ捨てなさい!」 園子も玲子の後ろから顔を覗かせ、冷笑しながら言った。 「こんなところに住んでるなんて、想像もしてなかったわ。まあ、自分で家を探して住む体力があるなら、老人ホームに送る必要もないわね。これ、一年間の生活費として1000円あげるわ!」 そう言うと、彼女は2本の指で千円札を摘み、わざとヒラヒラと床に落とした。 私は彼女を一瞥し、無言でそのお金を拾い上げた。 「分かってるわよね?もし私たちの悪口を外で言いふらしたら、この1000円すら手に入らないから」 玲子は嫌味たっぷりに釘を刺してから立ち去った。 一人暮らしの生活は意外と悪くなかった。 仕事に邪魔されることもなく、私は毎日早寝早起きするようになった。 さらに、公園で出会った高齢者たちからゴミ拾いのコツを教わり、リサイクルショップに持ち込むことで、人生初の「稼ぎ」を手に入れた。 その日はささやかに奮発して焼き豚を買い、家でゆっくりと味わっていた。 そんな時、突然予期せぬ訪問者が現れた。 「へえ、意外と一人でもやれてるんだな」 翔太だった。 彼は冷笑を浮かべ、私の様子をあざけるように目を細めた。 「ゴミ拾いなんかして生き延びてるのか。どうして親父の知り合いに助けを求めないんだ?俺たちに勝てる自信がないからか?ハハハ!」 玲子がその後ろから入ってきて、ガタついていたドアを思い切り蹴りつけた。 「美咲さん、あんたがこんな貧乏なところに住むことになるなんてね。普段はあんなに威張り散らしてたのに、このザマは何?」 園子は少し距離を取って鼻を手で仰ぎながら、不快そうに顔をしかめた。 「焼き豚なんて買えるお金があるなら、生活費なんていらないでしょ?年を取って動けなくなったら、自分で老人ホームに這って行けばいいじゃない」 「その通りだな!」翔太は感心したように頷きながら言った。 「でも、どうしても困るなら俺に土下座して謝れ。三回、ちゃんと頭を床につけてな。それで2000
玲子は鋭い目つきで私を睨みながら警戒した。 「今度は何を企んでいるの?」 翔太は母娘の前に立ちはだかり、声を荒げて言った。 「何かあるなら俺に言え!愛する家族を巻き込むな!」 記者や株主たちは興味津々な様子で私を見つめていた。 私は静かに首から翡翠のペンダントを外し、園子に差し出した。 「これは鈴木家に代々伝わる家宝よ。女系にだけ受け継がれるもので、男には渡さないもの。たとえあなたが私の実の子ではないとしても、私にとっては実の娘と変わらない」 「この家宝が、あなたの健康と幸せを守ってくれるように。そして、あなたたち三人家族がいつまでも仲良く暮らせますように」 私の言葉を聞いて、園子は驚きで固まっていた。 その場の空気が変わる間もなく、玲子が我に返り、手を伸ばしてペンダントを奪おうとした。 「ただの石ころで私たちの絆を壊せると思ってるの?美咲さん、バカにしないで!」 しかし、翔太がすばやく動き、玲子の手を制しながらペンダントを守った。 彼は怒りを露わにし、玲子に向かって怒鳴った。 「何やってるんだ!これは鈴木家の家宝なんだぞ!最高級の和田玉だ。本物の無価値の宝石だって分からないのか!」 その場にいた人々は、遠巻きに状況を見ていただけだったが、翔太の言葉だけで十分に衝撃を受けていた。 「鈴木社長、ショックが大きすぎて正気を失ったんじゃないの?」「そうよね。裏切り者の男と図々しい女を叩き潰すどころか、家宝の宝石を渡すなんて、頭がどうかしてるわ!」「本当に情けない女だわ。昔は憧れの人だったのに、今はもう失望しかない。これからは徹底的に叩かせてもらう!」「女性の面汚しよ!こんな夫と娘を切り捨てるどころか、財産まで差し出して祝福するとか、信じられない!最低!」...... 玲子はその状況に気づくと、表情を切り替えて冷笑した。 「まぁ、美咲さん、やっと分かったのね!これから生きていけなくなったら、私の家の前で物乞いしてもいいわよ。お手伝いさんに頼んで、残り物をちょっと分けてあげるから。ハハハ!」 園子も先ほどの驚きから立ち直り、冷たい目で私を見つめた。 「まさか、あなたがここまで愚かだとは思わなかった。私があなたの娘じゃなくて本当によかったわ。もしそう
株主総会には名だたる株主たちだけでなく、都市で最も有名な数社のメディア関係者も集まっていた。 カメラやマイクが並ぶ中、会場は厳粛な雰囲気に包まれていた。 園子は私の背中に隠れるように立ち、不安そうに小声で尋ねた。 「ママ、この雰囲気、ちょっと大げさすぎない?」 私は優しく彼女の手を取って叩き、穏やかに微笑んだ。 「あなたは私の子。私のすべてはあなたのものよ。だから、それを引き継ぐときはたくさんの人に見てもらわないとね」 その言葉を聞くと、園子は一瞬戸惑ったものの、すぐに胸を張って堂々とした表情になり、不安な様子は消えていった。 一方、翔太と玲子の姿は見当たらなかった。 だが私は気にしなかった。どうせ、遅かれ早かれ現れるのだから。 スポットライトが会場を照らす中、私は事前に用意しておいた譲渡契約書に名前を書き入れた。 これにより、鈴木グループの社長の座を正式に園子に譲渡した。 鈴木グループが創立されて以来、女性社長は私を含め二人だけ。 そして今、園子が史上最年少の社長となったのだ。 記者たちは一斉に園子のもとに押し寄せ、成功の秘訣を聞き出そうと競い合った。 スポットライトに照らされた会場は熱気に包まれ、園子の顔は緊張と喜びで輝いていた。 園子は手をしっかり握りながら、私への感謝の言葉を皆に向けて伝えた。 その姿に、周囲の人々は一様に驚きと感動の声を上げた。 「冷徹な手腕で知られる鈴木社長が、次世代を育てる慈愛深い母でもあったとは!」 その時だった。 会場の明かりが突然暗くなり、全員が驚いてざわつく中、一筋のスポットライトが二人の姿を照らし出した。 男性は黒のスワロテールを着こなし、女性はスリットの入った真紅のチャイナドレスをまとい、まるで映画のワンシーンのように堂々と会場に現れた。 その場にいた全員が、彼らの登場に息を呑んだ。 記者たちが困惑する中、玲子は自信に満ちた様子で園子の隣に歩み寄り、その腕に絡みついた。 そして私に向き直り、冷笑を浮かべながら言った。 「鈴木美咲さん、実はね、あなたの子供は生まれたときに死んでいたのよ。それを知ったらあなたがどれだけ傷つくか、翔太さんと話し合って私たちの子供をあなたに育てさせたの」
私の支えがあったおかげで、園子の留学手続きは驚くほどスムーズに進んだ。 留学先の国は翔太と園子が話し合って決めたもので、荷物の準備は玲子が担当した。 スーツケースを6つも用意して、一つ一つ丁寧に詰め込んでいた。 手続きが完了するまでの間、私は園子に会社の業務を教え始めた。 私がさりげなく後押ししたことで、園子はあっという間に会社での立場を固め、「信頼できる部下」も得ていた。 出発の日は、雲一つない快晴だった。 翔太は娘の手を握り、何度も何度も注意事項を言い聞かせていた。 その姿は、まるで理想的な父親そのものだった。 玲子は1人で5つのスーツケースを押しながら、得意げな顔で私に挨拶をした。 「美咲さん、園子ちゃんは私がこの家に来てからずっと手塩にかけて育ててきた子です。一人で遠くの異国に行かせるなんて、とてもできません。だから今回、私も一緒に行くことにしました。費用は翔太さんがすでに手配してくれています」 翔太は気まずそうに手をこすりながら、私をチラリと見た。 「俺もやっぱり心配でね。園子は玲子さんにずっと面倒を見てもらっていたから、君も怒らないよね?」 私は微笑みながら答えた。 「どうして怒るの?あなたがそんなに園子を大事に思ってくれているなんて、嬉しいわ」 そう言ってから、私は玲子の方を向いた。 「思えば、園子の世話は何から何まであなたがしてくれていましたね。この4年間、本当にありがとう。感謝しています」 玲子は笑顔で軽く会釈し、謙虚に答えた。 「美咲さん、それほどのことではありませんよ」 飛行機が飛び立った後も、翔太はその場を離れず、涙を浮かべながら空を見上げていた。 玲子と園子がいなくなり、家の中は急に静かになった。 最初のうちは翔太も「良い夫」を演じていたが、時間が経つにつれ、その演技すらも面倒になったのか、本性を現し始めた。 「友達と釣りに行く」と言って家を空けたり、「料理教室に通っている」と言って西洋料理を学び始めたりした。 「園子が帰ってきたら、美味しいものを作ってあげたいからね」 私は彼の言い訳を聞きながら、頻繁にオーストラリア行きの航空券が表示される彼のスマホ画面を見ていないふりをした。 それでも彼の芝居に