私がヒヤヒヤしていると。「ねぇ。あの男の子、すごいイケメンじゃない?」 「本当だ。モデルさんかな?」そんな声が聞こえてきて、とりあえずバレてなさそうだとホッとする。「ねえ、藍。今日はどこに行くの?」「着くまで、ナイショ」それからしばらく歩き続け、藍が連れてきてくれたのは映画館だった。「映画のチケットは、もう先に買ってあるんだ」「そうなの!?ありがとう」藍、用意がいいなぁ。「ちなみに、何の映画を観るの?」「これなんだけど……」藍が見せてくれたチケットに書かれたタイトルを見て、ハッとする。うそ。これ、前に私がテレビのCMで見て面白そうって話していた、少女漫画が原作の恋愛映画だ。「萌果ちゃん、この映画観たいって言ってたでしょう?」まさか、藍が覚えてくれていたなんて……。じんわりと、胸の奥のほうが温かくなった。それから、売店で飲み物とポップコーンを購入。「足元、気をつけて。俺たちの席は……ここだな」藍と一緒に劇場内の予約してくれた席へと向かうと、そこはカップル用のペアシートだった。寝転べそうなほど広いソファには、ふかふかのクッションとミニテーブルが置かれていて、簡易的な個室のようだ。ここは少し高い仕切りで仕切られているからか、他の観客も見えなくて。まるで、藍とふたりきりのような感じ。なるほど。映画が始まれば、辺りは暗くなるし。ここなら、芸能人の藍と一緒でも周りを気にせずに楽しめそう。私は、藍と並んでソファ席に座った。ていうかこの席……カップル用の席で肘掛けがないからか、隣との距離がかなり近い。藍と、肩が今にも触れ合いそう。そうこうしているうちに映画館の照明が落ち、映画が始まった。私は、ポップコーンを食べようと手を伸ばす。すると藍も同時に取ろうとしたらしく、指と指が触れてしまった。「あっ。ご、ごめ……っ!」私が触れた指を引っ込めようとすると、藍にその手を取られてしまった。藍は指先を1本1本絡め、恋人繋ぎをしてくる。「ちょ、ちょっと藍……手!」「しーっ」藍が繋いでいないほうの人差し指を自分の唇に当てると、続けて私の耳元に唇を寄せた。「上映中はお静かに」「っ!」藍に耳元で囁かれ、肩がピクっと揺れる。「今日待ち合わせ場所で会ったときから、本当はずっと萌果と手を繋ぎたかったんだ。でも、我慢してた」耳元に藍の唇が
──『萌果のことを、紹介したい人がいるんだ』藍にそう言われ、電車に乗ってやって来たのはオフィス街にある高層ビルだった。「えっ。ここって……」ビルを見上げて、ぽかんとする私。「俺の所属する、芸能事務所があるビルだよ」「げ、芸能事務所!?」「うん。萌果ちゃんのこと、社長とマネジャーに紹介しようと思って」「ええ!?」思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。「しゃ、社長さんに紹介って!」そんなことを突然言われても、心の準備が……!「ごめんね。予告もなく、いきなり連れてきてしまって」「ううん」「萌果との交際は、しばらく社長たちには黙っておこうと思ってたんだけど……」藍が、ビルを見上げる。「今日萌果とデートして。俺は、改めて萌果のことが大好きで大切だって思ったから。隠れて付き合わず、ちゃんと報告したいと思ったんだ」藍……。そんなふうに言ってくれるなんて、嬉しいな。「私も、藍がお世話になってる社長さんたちにご挨拶したい」「ありがとう。それじゃあ、行こうか」私たちは、芸能事務所のオフィスへと向かった。**芸能事務所は、ビルの上階にあるらしい。乗り込んだエレベーターが上がっていくにつれ、私の緊張感もどんどん増していくようだった。「ここだよ。おはようございます」「お、おはようございます……」藍に続いて挨拶をし、おずおずと事務所に足を踏み入れる。うわあ、広い!大手だからかな?芸能事務所なんて初めて来たけど、現代的で清潔感のあるきれいなオフィスだ。応接室に通され、ソファに座って待機。しばらくして、50代くらいのダンディーな男性とメガネの美女が部屋に入ってきた。「社長、お疲れ様です」緊張で肩が上がるのを感じながら、藍に続いて私もソファから立ち上がる。「藍。今日は久しぶりの休みだというのに、どうした?」「お時間を頂いてすみません。今日は、社長に報告したいことがありまして」「報告?」社長の視線が藍から私に移り、肩が跳ねた。「藍、こちらの女性は?」「はい。この子は、俺の彼女です。俺は彼女……萌果と、少し前からお付き合いしています」「お付き合い……」社長さんの眉が、ピクリと動いた。「はっ、初めまして。藍の幼なじみの、梶間萌果といいます」私は、社長さんにペコッと頭を下げる。「そう。君が、藍の幼なじみの……とりあえず、ふたり
藍の今後の芸能人生を考えると、絶対に別れたほうが良いのは分かっているけれど。 私は、藍と……別れたくない。離れたくないよ。 社長さんの話の続きを聞くのが怖くて、私は目をギュッと閉じる。 「だが……」 ふぅと一息つくと、社長さんは話を再開する。 「藍も来年で18歳になるんだ。大人になる二人に、交際するなとも強く言えないだろう」 ……え? てっきり、もっと反対されるのかと思いきや。社長さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「3年前。デビュー当時の藍は、自分のことを見て欲しい人がいると言っていた。自分はその子のことがずっと好きで、遠くにいる彼女のためにモデルを頑張ってみたいと。その人が、萌果さんだったんだな」 「はい。社長の言うとおりです」 社長さんのほうを見ると、先ほどと違ってとても穏やかな顔をしていた。 「萌果さんのおかげで今のモデルとしての藍があると思ったら、強く反対もできない。それに……私の経験上、恋愛をするのもマイナスなことばかりではないと思うからな。最近の藍は、前よりもいい顔をしているし」 「社長、それじゃあ……」 「ああ。君たちの交際を認めよう」 やった……!私と藍は、ふたりで手を取り合う。 「ただし、世間には絶対に秘密にして欲しい。当分の間、交際してることはバレないように。藍、羽目を外すんじゃないぞ?」 「はい。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 藍と一緒に、私も社長さんに深く頭を下げた。 ** 事務所を出ると、外は薄暗くなっていた。 「萌果ちゃん。帰る前に、寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」 「うん。いいよ?」 「ちょっと歩くけど……大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫だよ」 私は、藍に微笑む。 今日は、藍の仕事が久しぶりに休みだから。最初から、今日は彼の行きたいところに付き合おうって思ってた。 それに、藍から『萌果の1日を俺にちょうだい』って言われていたし。 私は藍と一緒にいられれば、どこだって楽しいから。 「ありがとう。そこは、俺がずっと萌果と一緒に行きたかった場所なんだ」 「私と……行きたかった場所?」 ** 藍とふたりで、事務所から歩いて向かった場所。 それは、街を一望できる見晴らしのいい小高い丘の上だった。 「う
「ねぇ、萌果(もか)ちゃん。俺も男だってこと、ちゃんと分かってる?」「え?」開いたカーテンから、オレンジ色の光が射し込む部屋。唇が触れ合いそうな至近距離で、妖艶な笑みを浮かべているひとりの男子。私の幼なじみで、今をときめく超人気モデルの久住 藍(くすみ らん)。私は今、幼なじみの藍の部屋のベッド上で彼に抱きしめられている。「もしかして、俺に襲って欲しくてここに来たの?」「ひゃっ……」背中に回されていた手がそっと腰へ下りていき、思わず声が漏れる。「ふふ、可愛い声だね。もっと聞かせてよ」今、目の前にいるのは……一体だれ?藍は私にとっては、ずっと弟みたいな存在で。昔は泣き虫で、いつも私のあとをついてきて。決して、こんなことを言ったりする子じゃなかったのに……!ことの始まりは、今から1ヶ月ほど前に遡る。*高校1年生の3月上旬。「実はな、この春から東京への転勤が決まったんだ」夕食後。自宅のリビングで家族3人でお茶していると、お父さんが突然そんなことを口にした。「えっ、転勤!?」予想外の言葉に私は、手に持っていたクッキーをうっかり落としそうになる。転勤ってことは、学校を転校するってことかあ。せっかく仲良くなれたキコちゃんたちとも、離れ離れになっちゃう。「……」「どうした?萌果。嬉しくないのか?東京に戻れるんだぞ?」私が黙りこんでしまったからか、向かいに座るお父さんが心配そうな顔でこちらを見つめてくる。私たち家族は、元々東京に住んでいたのだけど。今から5年前。お父さんの働く会社が、新たに福岡に支店をオープンさせることになったため、お父さんが東京の本社から異動になりこの地にやって来た。生まれてから11年間ずっと東京で暮らしていた私は、慣れない九州の土地に最初は戸惑ったけれど。キコちゃんやミチちゃんという仲の良い友達もできて、5年間それなりに楽しくやっていた。だから、離れるとなるとやっぱり寂しい。「ねぇ、萌果。東京に帰ったら、久しぶりに藍くんにも会えるじゃない」お母さんの言う『藍くん』とは、東京にいた頃に家の近所に住んでいた幼なじみの男の子。「まあ、そうだけど……」私には、幼なじみの藍との再会を素直に喜べない理由がある。
私、梶間(かじま)萌果と久住藍は幼なじみで、生まれたときからずっと一緒にいた。私は4月生まれで、藍は3月生まれ。同じ学年だけど、その差は1年近くある。だから、私は藍のことはずっと弟のような存在に思っていた。藍は男の子だけど、甘えん坊で。その上、怖がりの泣き虫で。『萌果ちゃん、待ってよぉ』小学校の低学年くらいまでは、いつも私のあとをついてきていた。藍は、目が大きくくりっとしていて。子どもながらに整った綺麗な顔立ちをしていて、天使のように可愛かった。でも、髪の毛が長くて見た目が女の子みたいだった藍は、幼稚園時代よく女子からいじめられていて。私が藍を守ってあげたりもしていた。藍が道で転んで怪我をしたら、絆創膏を貼ってあげて。お昼寝をするときは、添い寝もしてあげた。そんな藍に、私は弟以上の感情を抱くことはなかった。だから……。『あのね、実は僕……萌果ちゃんのことが、ずっと好きだったんだ』『……ごめん』小学5年生の3月。私が福岡に引っ越す前の日。私は藍に告白されたけど、断ってしまった。『えっ、どうして?萌果ちゃん、僕のこと嫌いなの?』藍の大きな瞳には、涙が溜まっている。『嫌いじゃないよ。藍のことは好きだけど……藍は家族っていうか、弟みたいに思ってたから。藍のことを、そんなふうに見たことがなかったの。だから、ごめんね』『弟……』藍はショックを受けたような顔でポツリと言うと、ボロボロと涙を流しながらその場から走っていってしまった。ああ、やってしまった。藍のことを泣かせてしまったという罪悪感が、私を襲う。だけど、曖昧な答えで相手を期待させるのも良くないし。何より私は、明日にはこの地を離れる身。だから、藍には悪いけどきっとこれで良かったのだと、11歳の私は自分に言い聞かせた。翌日。私は家族で福岡に引っ越し、それから藍とは会うことも連絡をとったりすることもなかった。そして、私が福岡に引っ越してから数年後。中学2年生のとき、私は人伝に藍が芸能界デビューしたことを知った。
「ねぇ。萌果も一緒に見ない?」藍がファッション誌のモデルになったと知ってから、お母さんは嬉しそうに藍が載っている雑誌を毎月必ず買う。藍が専属モデルを務めるのは、高校生から大学生あたりをターゲットにした、人気メンズファッション誌だ。これまで数々の人気俳優を輩出し、芸能界の登竜門とも言われるような有名ファッション誌の表紙を、藍はデビューからわずか数ヶ月で単独で飾るようになった。それくらい、藍の人気はうなぎ上りだった。「ほら!今月の藍くんも、かっこいいわよ〜」お母さんは、にんまりとした笑顔で雑誌の表紙を私に向ける。表紙には、クールに微笑む藍の顔が。それを見た私は、素直にかっこいいと思った。藍は顔の全てのパーツが整っていて、中学生とは思えないくらいに大人びている。昔は、女の子と間違われちゃうくらいに可愛かったのに。会わない数年の間に藍も成長して、見た目がすっかり“男の子”になったんだな。そう思うと、なぜかほんの少しの寂しさを覚えた。九州に引っ越してから、藍と会うことはなかったけれど。お母さんが藍の載ってる雑誌は、毎月欠かさず買っていたから。私もこっそりと、それをいつもチェックしていた。離れたところで、幼なじみがモデルとして頑張っていると思うと嬉しかったし、私も藍に負けないように勉強を頑張ろうって思えた。*それからさらに数年が経ち、現在。高校2年生の春。お父さんの転勤が決まり、家族みんなで再び東京に戻ってくることになった。ただ、今回の転勤は急に決まったことだったから。引っ越しの準備とか、仕事の引き継ぎとか……まだ、しばらくかかりそうってことで、私だけ学校の都合で一足先に戻ってくることになった。お父さんたちは、最低でも1ヶ月はこっちに来られないみたい。昔住んでいた一軒家がそのままあるから、私はそこでしばらくひとり暮らしかなと思っていたら。高校生の娘のひとり暮らしは心配だと両親が口を揃えて言うため、その間私は近所の幼なじみの家で居候させてもらうことになった。そう。幼なじみでモデルをしている、藍の家で──。
引っ越し当日のお昼すぎ。新幹線で東京まで来て、そこから電車に揺られて数十分。私は、地元の最寄り駅に到着した。「うわあ、懐かしい~!」大きなスーツケースを引きながら歩いていると、幼い頃に藍とよく一緒に遊んだ近所の公園の前を通りかかった。大きな桜の木も、ブランコも滑り台も。何もかも、全てあの頃のまま。あの赤いブランコに、藍とよく乗ったなあ。あの鉄棒で、藍と一緒に逆上がりの練習をしたこともあった。ほんと懐かしすぎる。足を止めしばらく昔を懐かしんだあと、私は再び歩き始めた。公園を過ぎると、あと数分で久住家に着くため、私の胸のドキドキは最高潮に。お母さんは福岡へ引っ越したあとも、藍のお母さんと連絡を取り合っていたみたいだけど。私が会うのは引っ越して以来、実に5年ぶりだから。いきなり一人で向かうなんて、いくら何でも緊張するよ……。しかも私は小学生の頃、勇気を出して告白してくれた藍を振ったんだから、一体どんな顔をして会えばいいんだろう。ばくんばくんと、大きくなる胸の鼓動を感じながら歩いていると、あっという間に目的地に到着した。ツートンカラーの外壁と、片流れ屋根が印象的な外観のごく一般的な二階建て一軒家。お庭には、色とりどりの花がたくさん咲いている。──ピンポーン。私が緊張しながらインターフォンを押すと、中から明るい声が聞こえてきた。「もしかして、萌果ちゃん!?会わないうちに、随分と大人になってぇ」ドアが開いた先にいたのは、綺麗な女の人……藍のお母さんの橙子(とうこ)さんだった。私が小学生だった頃から見た目がほとんど変わらず、今も若々しくてキレイ。「待ってたのよ。さあ、入ってちょうだい」橙子さんは私の荷物を持つと、私の手を引いて玄関へと招き入れる。最後に来た5年前と変わらず、家の中は甘いフローラルの良い香りがする。この香りを嗅ぐと、藍の家に来たんだって改めて実感する。靴を脱いで通されたのは、広いリビング。観葉植物や、オシャレなインテリアが並んでいる。「荷物の段ボールはもう着いてるから、安心してね。先に、お部屋に運んでおいたから」「はっ、はい。あの、今日からお世話になります」私は、橙子さんにペコッと頭を下げた。「やだ、萌果ちゃん。久しぶりに会ったからって、そんなに畏まらないで?今日からしばらくは、ここが我が家だと思ってくつろいでね」「
「えええっ!?わっ、私がですか!?」橙子さんの思わぬ頼み事に、私は素っ頓狂な声を出してしまう。ちょ、ちょっと待って。藍を起こしてって、さすがにそれはちょっと……気まずいというか、何というか。「もしかして、萌果ちゃん。5年前に藍が、あなたに告白したときのことを気にしてるの?」「えっ!橙子さん、藍の告白のこと知ってるんですか!?」「そりゃあもちろん、親だもの。あの子、萌果ちゃんに振られたあと、わんわん泣きながら家に帰ってきて……」「うう。あのときは、すみませんでした」急に申し訳なくなって、私は橙子さんに頭を下げる。「告白を受けるも受けないも、萌果ちゃんの自由なんだから。気にしなくていいわよ。あれから5年経ったし。藍ももう、とっくに吹っ切れてるわ」橙子さんが、私の肩にポンと手を置く。「藍ね、あれからずっと萌果ちゃんに会いたがっていたのよ?」「そうなんですか?」「ええ。だから、萌果ちゃんが起こしに行ってくれたら藍もきっと喜ぶわ。萌果ちゃん、お願いできる?」「はい。わかりました」 橙子さんに返事すると、私は2階へと続く階段をのぼった。自分は居候させてもらう身だから、断れずに引き受けたっていうのもあるけど。藍が私に会いたがっていたと橙子さんから聞いて、やっぱり嬉しかったから。階段をのぼりきり、廊下を歩いて一番奥が藍の部屋。橙子さんにOKしたとはいえ、藍とは5年ぶりに会うから。藍の部屋の前に立つと、やっぱり緊張する……!──コンコン。意を決してノックしてみるけど、ドアの向こうからは返事がない。橙子さんがグッスリだって言ってたから、さすがに起きてるってことはなかったか。「お邪魔しまーす」声をかけると、私はドアを開けて藍の部屋へと足を踏み入れる。開いたカーテンから陽が射し込む部屋は、オレンジ色に染まっていた。ベッドで仰向けに寝ている藍に、私はそーっと近づく。「綺麗……」思わず口からこぼれた言葉。だって、藍の寝顔がすごく綺麗だったから。藍のチョコレート色のサラサラの髪が、窓から入ってくる風で揺れる。藍はまつ毛が長くて、肌も透き通るように白くて。寝顔ですら美しい。さすが、モデルをやっているだけあるよなぁ……って、まずい。見とれている場合じゃなかった。私には、藍を起こすという大事な使命があるんだった。「ら、藍……?」そっと声をかけ
藍の今後の芸能人生を考えると、絶対に別れたほうが良いのは分かっているけれど。 私は、藍と……別れたくない。離れたくないよ。 社長さんの話の続きを聞くのが怖くて、私は目をギュッと閉じる。 「だが……」 ふぅと一息つくと、社長さんは話を再開する。 「藍も来年で18歳になるんだ。大人になる二人に、交際するなとも強く言えないだろう」 ……え? てっきり、もっと反対されるのかと思いきや。社長さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「3年前。デビュー当時の藍は、自分のことを見て欲しい人がいると言っていた。自分はその子のことがずっと好きで、遠くにいる彼女のためにモデルを頑張ってみたいと。その人が、萌果さんだったんだな」 「はい。社長の言うとおりです」 社長さんのほうを見ると、先ほどと違ってとても穏やかな顔をしていた。 「萌果さんのおかげで今のモデルとしての藍があると思ったら、強く反対もできない。それに……私の経験上、恋愛をするのもマイナスなことばかりではないと思うからな。最近の藍は、前よりもいい顔をしているし」 「社長、それじゃあ……」 「ああ。君たちの交際を認めよう」 やった……!私と藍は、ふたりで手を取り合う。 「ただし、世間には絶対に秘密にして欲しい。当分の間、交際してることはバレないように。藍、羽目を外すんじゃないぞ?」 「はい。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 藍と一緒に、私も社長さんに深く頭を下げた。 ** 事務所を出ると、外は薄暗くなっていた。 「萌果ちゃん。帰る前に、寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」 「うん。いいよ?」 「ちょっと歩くけど……大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫だよ」 私は、藍に微笑む。 今日は、藍の仕事が久しぶりに休みだから。最初から、今日は彼の行きたいところに付き合おうって思ってた。 それに、藍から『萌果の1日を俺にちょうだい』って言われていたし。 私は藍と一緒にいられれば、どこだって楽しいから。 「ありがとう。そこは、俺がずっと萌果と一緒に行きたかった場所なんだ」 「私と……行きたかった場所?」 ** 藍とふたりで、事務所から歩いて向かった場所。 それは、街を一望できる見晴らしのいい小高い丘の上だった。 「う
──『萌果のことを、紹介したい人がいるんだ』藍にそう言われ、電車に乗ってやって来たのはオフィス街にある高層ビルだった。「えっ。ここって……」ビルを見上げて、ぽかんとする私。「俺の所属する、芸能事務所があるビルだよ」「げ、芸能事務所!?」「うん。萌果ちゃんのこと、社長とマネジャーに紹介しようと思って」「ええ!?」思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。「しゃ、社長さんに紹介って!」そんなことを突然言われても、心の準備が……!「ごめんね。予告もなく、いきなり連れてきてしまって」「ううん」「萌果との交際は、しばらく社長たちには黙っておこうと思ってたんだけど……」藍が、ビルを見上げる。「今日萌果とデートして。俺は、改めて萌果のことが大好きで大切だって思ったから。隠れて付き合わず、ちゃんと報告したいと思ったんだ」藍……。そんなふうに言ってくれるなんて、嬉しいな。「私も、藍がお世話になってる社長さんたちにご挨拶したい」「ありがとう。それじゃあ、行こうか」私たちは、芸能事務所のオフィスへと向かった。**芸能事務所は、ビルの上階にあるらしい。乗り込んだエレベーターが上がっていくにつれ、私の緊張感もどんどん増していくようだった。「ここだよ。おはようございます」「お、おはようございます……」藍に続いて挨拶をし、おずおずと事務所に足を踏み入れる。うわあ、広い!大手だからかな?芸能事務所なんて初めて来たけど、現代的で清潔感のあるきれいなオフィスだ。応接室に通され、ソファに座って待機。しばらくして、50代くらいのダンディーな男性とメガネの美女が部屋に入ってきた。「社長、お疲れ様です」緊張で肩が上がるのを感じながら、藍に続いて私もソファから立ち上がる。「藍。今日は久しぶりの休みだというのに、どうした?」「お時間を頂いてすみません。今日は、社長に報告したいことがありまして」「報告?」社長の視線が藍から私に移り、肩が跳ねた。「藍、こちらの女性は?」「はい。この子は、俺の彼女です。俺は彼女……萌果と、少し前からお付き合いしています」「お付き合い……」社長さんの眉が、ピクリと動いた。「はっ、初めまして。藍の幼なじみの、梶間萌果といいます」私は、社長さんにペコッと頭を下げる。「そう。君が、藍の幼なじみの……とりあえず、ふたり
私がヒヤヒヤしていると。「ねぇ。あの男の子、すごいイケメンじゃない?」 「本当だ。モデルさんかな?」そんな声が聞こえてきて、とりあえずバレてなさそうだとホッとする。「ねえ、藍。今日はどこに行くの?」「着くまで、ナイショ」それからしばらく歩き続け、藍が連れてきてくれたのは映画館だった。「映画のチケットは、もう先に買ってあるんだ」「そうなの!?ありがとう」藍、用意がいいなぁ。「ちなみに、何の映画を観るの?」「これなんだけど……」藍が見せてくれたチケットに書かれたタイトルを見て、ハッとする。うそ。これ、前に私がテレビのCMで見て面白そうって話していた、少女漫画が原作の恋愛映画だ。「萌果ちゃん、この映画観たいって言ってたでしょう?」まさか、藍が覚えてくれていたなんて……。じんわりと、胸の奥のほうが温かくなった。それから、売店で飲み物とポップコーンを購入。「足元、気をつけて。俺たちの席は……ここだな」藍と一緒に劇場内の予約してくれた席へと向かうと、そこはカップル用のペアシートだった。寝転べそうなほど広いソファには、ふかふかのクッションとミニテーブルが置かれていて、簡易的な個室のようだ。ここは少し高い仕切りで仕切られているからか、他の観客も見えなくて。まるで、藍とふたりきりのような感じ。なるほど。映画が始まれば、辺りは暗くなるし。ここなら、芸能人の藍と一緒でも周りを気にせずに楽しめそう。私は、藍と並んでソファ席に座った。ていうかこの席……カップル用の席で肘掛けがないからか、隣との距離がかなり近い。藍と、肩が今にも触れ合いそう。そうこうしているうちに映画館の照明が落ち、映画が始まった。私は、ポップコーンを食べようと手を伸ばす。すると藍も同時に取ろうとしたらしく、指と指が触れてしまった。「あっ。ご、ごめ……っ!」私が触れた指を引っ込めようとすると、藍にその手を取られてしまった。藍は指先を1本1本絡め、恋人繋ぎをしてくる。「ちょ、ちょっと藍……手!」「しーっ」藍が繋いでいないほうの人差し指を自分の唇に当てると、続けて私の耳元に唇を寄せた。「上映中はお静かに」「っ!」藍に耳元で囁かれ、肩がピクっと揺れる。「今日待ち合わせ場所で会ったときから、本当はずっと萌果と手を繋ぎたかったんだ。でも、我慢してた」耳元に藍の唇が
藍と、両想いになってから1週間。 少し前に陣内くんによって掲示板に貼られた例の写真は、女嫌いの藍が雑誌で女性と撮影をすることになり、事前に抱き合う練習をしていた……ということで話が落ち着いた。 そして、今日は藍と付き合って初めてのデートの日。 ──『近いうちに、仕事で1日休みがもらえそうなんだけど……良かったら、ふたりでどこか出かけない?』 私たちが両想いになる少し前に藍が話していた、久しぶりの休日がついにやって来た。 いつも藍の家で、お互いの私服姿は何度も見ているけれど。 今日は彼と付き合って初めてのデートだと思ったら、どんな服を着ていけばいいのか分からなくなってしまって。 昨日はひとりで、随分と頭を悩ませたものだ。 「……変じゃないかな?」 家を出る直前、私は玄関の鏡の前に立った。 ミントカラーの花柄ワンピース。 胸の辺りまで伸ばしたストレートの黒髪を、今日は少し巻いて。 私の誕生日に橙子さんからプレゼントしてもらった化粧品セットを使って、メイクもしてみたんだけど……。 「あら。萌果ちゃん、出かけるの?」 私が鏡に映る自分とにらめっこしていると、燈子さんが声をかけてきた。 「あっ、はい。今からちょっと出かけます」 「そう〜。藍もさっき出て行ったけど。萌果ちゃんも、今日は可愛くオシャレしちゃって……もしかして、二人でデート?」 燈子さんに尋ねられ、私の肩がピクッと揺れる。 「ら、藍とデートだなんて!ち、違いますよっ!」 私は思わず否定。 「あらあら。萌果ちゃんったら、そんなに顔を赤くしちゃってぇ」 私を見て、ニヤニヤ顔の燈子さん。 実は藍と付き合い始めたことは、燈子さんにも私の親にも、誰にもまだ話していない。 近いうちに、お互いの親にはもちろん話すつもりでいるけど。 藍と二人で話して、久住家で同居している間は、変にイチャイチャし過ぎないように節度を守るためにも、しばらくは黙っておこうということになった。 「そのワンピース、萌果ちゃんによく似合ってるわ。楽しんできてね?」 「ありがとうございます。行ってきます」 燈子さんに微笑むと、私はパンプスを履いて家を出た。 ** 藍とは、近くの駅で待ち合わせをしている。 黒のジャケットに白Tシャツ、黒のスキニーパンツ。至ってシンプルな格好で、藍は壁に背を預
「萌果ちゃん?」藍と互いの肩がくっつきそうなくらいの位置まで、移動した私。思えば、藍は私に好きだと伝えてくれていたけれど。私は、その言葉にちゃんと答えられていなかった。私も、藍に好きだと伝えたい。だから……。「あのね。私、藍に大事な話があるの」︎︎︎︎︎︎「大事な話?」「うん……」これから藍に告白するとなると、一気に緊張が押し寄せてきた。バクバク、バクバク。「えっと、わ、私ね……」無意識に声が震えてしまう。だけど、ちゃんと伝えなくちゃ。かっこ悪くたって良いから。藍に、想いを伝えるんだ。一度深呼吸すると、私は藍の瞳を真っ直ぐ見つめる。「あの、私……藍のことが好き……!」なんとか言い切った私は、藍の顔を見るのが怖くて。すぐに目線を下にやった。人生初の告白は、これまで感じたことがないくらいにドキドキして。心臓が今にも破裂しそうだ……。だけど、告白したからにはちゃんと目を合わせなくちゃと、私は前を向いた。すると、信じられないといった様子で目を見張る藍が視界に入ってきた。「まじで?萌果ちゃんが……俺のことを好き?」「うん」「何それ。ドッキリとかじゃなくて?」「うん。私は藍のことが、弟でも幼なじみでもなく……ひとりの男の子として好きだよ」もう一度伝えると、藍は私をぎゅっと抱きしめた。「やべぇ。萌果が、俺のことを好きだなんて……!夢じゃないよね?」確かめるかのように、藍が私を更にきつく抱きしめる。「夢じゃないよ。ちゃんと現実だから」私も藍の背中に腕をまわし、抱きしめ返す。「それじゃあ……萌果はもう、俺のものだね」「え!?」藍にニコッと微笑まれたと思ったら、私は藍に唇を塞がれてしまった。「んっ……」唇同士が、繰り返し合わさる。柔らかく触れて、かすかに浮くと、また角度を変えて重ねられる。「まさか、萌果ちゃんと両想いになれる日が本当に来るなんて、思ってなかったから……すっげー嬉しい」藍が、キスの合間に想いを伝えてくれる。「俺、小学生の頃に萌果ちゃんに振られても、今日まで諦めなくて良かった」「うん」「大好きな萌果ちゃんと、両想いになれて……俺、今すごく幸せだよ」「私も。すっごく幸せ」藍からの甘いキスを受けながら、気持ちがいっぱいに満たされていく。好きな人と、想いが通じ合った今。たぶん、世界中の誰よりも自分
「反省してるのなら、盗撮した私たちの写真……消してくれる?スマホのゴミ箱にあるのも全部」 「ああ」 私が言うと、陣内くんは素直に私と藍の写真を全て消してくれた。 「梶間さんと久住は……小学生の頃からもずっと、仲が良かったもんな。俺なんかが、全く立ち入られないくらいに」 「そんなの当たり前だろ?俺と萌果は、幼なじみという特別な関係なんだから」 藍が、私を陣内くんから隠すように私の前に立つ。︎︎︎︎︎︎ 「梶間さんが引っ越して、久住が芸能人になってからも、まさか二人の関係は今も変わらず続いていたなんて……羨ましいな」 陣内くんの顔は笑っているけど、なんだか少し泣きそうにも見える。 「陣内、分かってると思うけど……萌果に、もう二度とこんなことするなよ?」 藍が、陣内くんに釘を刺す。 「もちろんしないよ。ふたりとも……秘密の関係頑張って?お幸せにね」 陣内くんは立ち上がると、ひらひらと私たちに手を振って、屋上から出ていった。︎︎︎︎︎︎ 「陣内のヤツ、本当に分かったのか?」 陣内くんが歩いて行ったほうを、藍が軽く睨む。 「たぶん、陣内くんはもう大丈夫だと思うよ」 陣内くんが『お幸せに』と言ったとき、今まで見たなかで一番優しい顔をしていたから。 それに藍が屋上に来る直前、陣内くんは涙を流す私を見て『ごめん』と先に一度謝ってくれていた。 私が陣内くんの想いに応えられなかったからといって、彼が私たちを盗撮して脅すという行動に出たのは、簡単に許せることではないけれど。 いつか陣内くんと、クラスメイトとして普通に接することができたら良いなって思う。 「陣内のことを、信じてあげられるなんて。ほんとすごいなぁ、萌果ちゃんは」 藍が両腕を広げて抱きしめてこようとしたので、私は慌てて藍から逃げた。 「えっ、萌果ちゃん?」 藍が、目を大きく見開く。 「ご、ごめん……ほら、あんなことがあったあとだから。外では、周りにもっと警戒しないと」 もちろん、それもあるけれど。逃げた一番の理由は、藍のことが好きだと自覚して、多少の照れくささもあったから。 「そうだよね。俺、軽率だったよね。ごめん」 しゅんとした様子の藍が私から少し距離をとって、コンクリートの上に腰をおろす。 「元はと言えば、こんなことになったのも俺のせいだし。数学の補習のとき、俺が萌果
「萌果っ!!」えっ……。藍の声が聞こえて、私は目を見開く。まさか、ここに藍が来るわけが……そう思った次の瞬間──。「痛ててててっ!」「陣内、萌果に何してくれてんだよ!?」藍が、陣内くんの腕を捻り上げていた。「萌果のこと、泣かせて……ふざけんなよ!」「はっ、はなしてくれ!」藍は、無言で陣内くんを投げ飛ばす。そして、藍が鋭い目つきで陣内くんを睨みつけた。「やっぱり、あの掲示板に貼られた写真の犯人は、陣内……お前だったのかよ!?」「ああ、そうだよ。君たちがムカつくから、やったんだ」「はあ!?」素直に認めた陣内くんに、藍が殴りかかる勢いで向かっていく。「藍、やめて!」私の声が届いていないのか、藍は倒れたままの陣内くんの胸ぐらを掴んだ。血眼になって……こんなにも怒った藍を見たのは、生まれて初めてかもしれない。「なあ。どうせあの写真を餌に、萌果のことを脅しでもしてたんだろ?いいよ。あの写真、みんなにバラしたきゃバラせよ!」「だっ、ダメだよ、藍!そんなことをしたら、藍の仕事にもきっと影響が……!」私は、藍に向かって叫ぶ。「確かに、萌果の言うとおり。もしあの写真が流出したら、ファンの子たちは俺から離れていくかもしれない。萌果にだって、嫌な思いをさせてしまうかもしれない。だけど……」藍が、鋭い目つきで陣内くんを見据えながら続ける。「たとえそれで俺の人気が落ちたとしても、努力して這い上がってみせる。萌果のことだって、必ず守ってみせる。だって、俺は……頑張るって萌果に宣言したから。萌果もモデルの仕事も、どっちも絶対に諦めない……!」藍の言葉に目を瞬かせたあと、陣内くんはため息をつく。「……そうか。まさか久住に、そんなふうに言われるなんて……ああ、完全に俺の負けだよ」その言葉に、陣内くんの胸ぐらを掴んでいた藍がようやく手を離した。「俺、梶間さんをあんなふうに泣かせたい訳じゃなかったんだ。ちょっと困らせてやろうって思って……でも、それは間違ってたよな。梶間さんの涙を見て、目が覚めたよ」力なく笑う陣内くん。「これでも俺、梶間さんのことが本当に好きだったんだよ。俺、小学5年生のときにアメリカから梶間さんたちが通う小学校に転校してきて。クラスは違ったけど、初めて梶間さんを見たとき、すごく可愛い子だなって思って。一目惚れだったんだ」「えっ?
「はぁ、はぁ……っ」私は、無我夢中で廊下を走り続ける。悲しさと苛立ちが最高潮に達して、つい感情のままに叫んでしまったけど。もしかしたら私、とんでもないことをしちゃったかもしれない。この前の数学の補習のときに、藍はこれからもモデルの仕事を頑張りたいって話していたところなのに。もしも陣内くんに、あの写真を流出されたりしたら……藍のモデルとしての生活にも影響があるかもしれない。「ああ、どうしよう……」走ってやって来た屋上の隅っこで、私は一人うずくまる。補習のあのとき、教室には私と藍以外誰もいなかったとはいえ、学校だからもっと危機感を持つべきだった。今になって後悔したって、もう遅いけど。もし、陣内くんにあの写真をばら撒かれたら……芸能人の藍に迷惑をかけちゃう。私自身はどうなっても構わないけど、藍のことだけは守りたい。さっきは、つい勢い余って拒否してしまったけど。あの写真を拡散させないためには、陣内くんの言うことを聞いて、彼と付き合うしかないのかな?冷静になって、もう一度じっくりと考えてみる。だけど、頭の中に繰り返し浮かぶのは藍の顔。やっぱり、好きでもない陣内くんと付き合うなんてできない。そんなのは、絶対に嫌だ。私が付き合いたい人は……陣内くんじゃなくて、藍なんだから──。「……って、やだ。私ったら、今何を思った?!」屋上の隅でうずくまり、ずっと俯いていた顔をガバッと勢いよく上げる。そして、パチパチと瞬きを何度も繰り返す。藍と付き合いたい……だなんて。ああ……私ったら、いつからそんなことを思うようになっていたんだろう。藍は、昔から可愛い弟のような存在で。藍のことが大切で大好きなのは、ずっと家族愛みたいなものなんだって思っていたけど。知らず知らずのうちに、藍に家族や幼なじみ以上の感情を抱くようになっていたなんて……!「私……藍のことが好きなんだ」だから、藍がこの前屋上でレイラちゃんと一緒にいたのを見たときも、あんなにショックだったんだ。ああ……まさかこんな形で、自分の気持ちに気づくなんて。恋を自覚した瞬間、ぶわっと顔が急激に熱くなった。小学生の頃、一度振ってしまった藍のことを好きになってしまったなんて、自分でもびっくりだよ……。──バンッ!!私が自分の想いを自覚したそのとき、勢いよく屋上の扉が開き、飛び出すように誰かが
「ねえ。ここに写ってる女の子って……梶間さんでしょ?」 確信したように尋ねる陣内くんに、私は戸惑ってしまう。 「ええっと……」 そもそも、掲示板に貼られていた写真と全く同じものを、どうして陣内くんが持ってるの!? 「ち、違うよ」 私は、どうにか平静を装って答える。 藍との関係は、学校では秘密だから。『はい、そうです』だなんて、さすがに言えない。 「久住くんと私は、知り合いじゃないし。人違いなんじゃ……?」 「またまた〜。嘘ついたってダメだよ。俺、見てたんだから」 見てた? 「ほら。これ、よく撮れてるでしょ?」 恐る恐る、私は陣内くんが見せてきたスマホを覗き込む。直後、心臓が凍りついた。 そこには、ハグをしながら見つめ合う私と藍の横顔が、はっきりと写っていたから。 う、うそ。信じたくはなかったけど、あの掲示板の写真の犯人は……陣内くんだったの?! 「ど、どうしてこんなことを……?」 陣内くんに尋ねる声が震える。 「どうしてって、ムカつくからだよ」 「え?」 「俺が梶間さんを抱き寄せたときは、あんなに嫌がったくせに。久住とは、こんな嬉しそうに抱き合って……っ!」 陣内くんがスマホを思いきり机に叩きつけ、肩がビクッと跳ねた。こ、怖いよ陣内くん……。 「親睦会のカラオケのとき、俺の前で梶間さんのことを連れ去ったのも、久住なんでしょう?女嫌いで有名な久住と、こんなに仲良くしちゃって。君たち、やっぱり付き合ってんの?」 「ち、違う。藍は、私の幼なじみで……」 陣内くんの顔が、こちらにグイッと近づく。 「なあ、梶間さん……この写真、学校のみんなに拡散されたら困るよな?」 どこから出してるんだって思うくらい、普段よりも低い声にゾクリとする。 「じ、陣内くん。もしかして私のこと、脅してる?」 「はははっ。脅しだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないでよ〜」 何がおかしいのか、陣内くんは思いきり手を叩いて大声で笑い出す。 そのせいで、教室にいる複数のクラスメイトが、一斉にこちらを振り向いてしまった。 「ちょっと。陣内くん、声が大きいっ!」 「俺は別に、この話がみんなに聞こえても問題ないけどー?」 ギリッと、奥歯を噛む。 「陣内くん……こんなことをして、一体何が目的なの?」 「やだなぁ。そんな怖い顔で、睨まないでよ。せっ