私は涙を流しながら、途切れ途切れに真実を語り終えた。「はぁ、良い父親でしたね」木村警部は急に眉をひそめた。「待ってください......村田俊夫さんは、あなたの義父なんですよね?」「お母さんが再婚した時についてきた子供。実の娘ではない」すすり泣いていた私の鼻腔が、突然詰まったように声が出なくなった。「はい、父は......義父です。でも、実の娘のように育ててくれました」泣いた後のせいか、私の声は掠れていた。「お義父さんが発作を起こした時は、どの病院に運ばれましたか?」「県立総合病院です」私の答えを聞くと、彼は隅に行って電話をかけた。「私の考え過ぎでした。確かに心不全での死亡で、体に傷跡はなく、致死性の薬物も検出されていません」彼は安堵の溜息をつき、表情が和らいだ。「やっと事件が解決しました」「あとはあなたのことだけです」彼は私を見た。「同情はしますが、私情に流れるわけにはいきません」彼の言わんとすることは分かっていた。私は犯人ではないが、義父の罪を隠蔽しようとした。法の裁きを受けるのは当然だった。「当然の報いです。それと......お疲れ様でした」一年か二年の実刑を覚悟していた。しかし意外なことに、木村警部が裁判所に情状酌量を求めてくれた。最終的に、半年の刑期となった。この百数十日の夜は、私にとって最も安らかな時間だった。悪夢も、あの息苦しい恐怖も、もうなかった。半年後、私はあの高い塀の外に出た。
家で三日過ごした後、海外に戻る準備を始めた。なぜなら......やるべきことは全て終わったから。この日は普段より天気が良く、玄関に差し込む陽光が突然人影で遮られた。来訪者を見た瞬間、私は思わず震え、肩から鞄が滑り落ち、スタンガンが木村警部の足元にゆっくりと転がり出た。彼がスタンガンを拾い上げると、緩んでいた眉が一瞬で険しくなった。その光景に、私の背中から冷や汗が滲み出てきた。「木村警部、どうしてここに?」私は慌てて我に返った。「出発すると聞いたので、見送りに来ました」木村警部は手を上げた。「こんなものを持っているんですか?」 「以前、文夫さんに付きまとわれて怖かったので、護身用に買ったんです」私は屈んで荷物を拾い集めた。手がまだ微かに震えている。彼は私の言葉を信じたようで、頷いてスタンガンを鞄に戻してくれた。「また戻ってくるんですか?」「多分もう戻らないと思います」私は部屋を見回した。「ここは悪夢の始まりの場所。今は義父も亡くなって、もう何の未練もありません」「過去を忘れられることを願います。人生はまだ長い。これからは良い人生を」「ありがとうございます。お気をつけて」これが、私が彼に対して言った最も誠実な言葉だった。
飛行機が大空を横切り、異国の地を踏んだ瞬間、私は思い切り泣き崩れた。全ての憎しみ、積もり積もった恐怖と抑圧が、一気に溢れ出した。もう二度と国に戻ることはないと思っていた。だが二年後、世界を襲った感染症の流行で。叔父に付き添って帰国し、実家のある県の隣県に住むことになった。冬の季節、冷たい風が吹きすさぶ中。街で木村警部と出会った。以前より随分老け込み、こめかみの白髪も増えていた。「木村警部、お久しぶりです。お仕事帰りですか?」私は笑顔で声をかけた。「退職しました」彼は手を振り、胸を指さした。「働き過ぎで、ここにペースメーカーを入れたんです」「医者から電磁環境を避けるように言われて、退職するしかなくて……」突然、何かを思い出したように、彼は私を見つめ、信じられない表情を浮かべた。「あなた……確かスタンガンを持っていましたよね。お義父さんもペースメーカーを入れていて、心不全で亡くなった。まさか……あなたが?」「まさか、今の私があるのは義父のおかげですよ」私は微笑みを浮かべた。「それに、スタンガンで攻撃された場合、痕が残るはずです」「病院の検死報告書はご覧になったはずですよね」「確かに遺体に痕跡はありませんでした。考え過ぎでしたね」彼は安堵の溜息をついた。少し言葉を交わした後、私は彼に手を振って別れを告げた。まぶしい日差しの中、私の右手の掌に、まるで火傷のような傷跡がくっきりと浮かび上がっていた。それを見つめているうちに、彼の目は恐怖で満ちていった。
確かに今の私は義父のおかげだ。日々怯えながら生きる私。憎しみだけを糧に生きる私。そして、彼は犯人ではなかった。本当の殺人者は私だった。さらに、彼も私が殺したのだ。あの年、母が亡くなった後、義父の村田俊夫の眼差しが変わった。怖かった。でも、18歳の私に何ができただろう?何も知らないふりをするしかなかった。あと一年我慢すれば、中学を卒業して、叔父が海外の学校に連れて行ってくれるはずだった。けれど、あの雨の日、浅野文夫に襲われ、それ以来、私の人生から光が消えた。浅野の暴挙は、義父の中の悪魔を解き放った。その夜から彼は私の部屋に忍び込むようになった。両手、両足には彼の残した傷跡が。警察への通報を止めたのは、自分の罪が露見するのを恐れてのことだった。学校に休暇を申請したのは、私を監視するため。そして、彼の欲望のままに。それが一年も......続いた。出国の日、彼は私をきれいに着飾らせ、空港まで送ってくれた。最後に「この事を誰かに話したら、お前の母親の遺骨を下水道に流す」と囁かなければ。慈愛に満ちた父のように見えたかもしれない。あの八年間、彼らから離れていても、私は毎晩悪夢に怯え、生きているのが辛かった。かつての晴れやかな人生は、永遠の闇に覆われた。どうして?どうして私がこんなに苦しむのに、彼らは平穏に暮らしていられるの?彼らが死ななければ、私は救われない。義父がペースメーカーを入れたと知った時、復讐を遂げる前に死なれては困ると思った。国内外の事件を研究し、殺人後の警察への対応まで、全て練習した。帰国後は、純真で無害な娘を演じ、まるで過去の出来事を忘れたかのように。義父は年老いていたが、八年前よりも更に執着めいた視線を向けてきた。文夫が私に付きまとう度、義父は獲物を守る虎のように。彼の目には、私はまだ八年前の玩具のままだった。2017年8月8日。あの夜、わざと文夫と出くわったのは、先ほど見知らぬ男が彼の家から慌てて出て行ったと告げるため。夫婦の喧嘩を引き起こしたのは、これから起こる事件に偽りの外観を与えるため。暗闇の中、木陰で、私は文夫の目が赤く染まるのを見ていた。家に戻ると、義父が居間に座っていた。私は平静を装った。「早く休んでください」私はそう言っ
最善の結末は、慧子が夫を殺して自殺したという偽りの外観で終わることだった。しかし、父の葬儀で遠くから警察車両が近づいてくるのを見た時、最初の偽装が見破られたかもしれないと悟った。だから自分の体に香水をつけ、自ら罪を認めることで、第二の偽装を作り上げた。前の二つの偽装は、全て第三の偽装のための布石。木村警部が現場検証で、私が木の幹に残した髪の毛を見つけるように仕向けた。そうして、第三の偽装が始まる。その時、義父はすでに火葬され、彼は家にある義父の遺品を調べるしかない。そこには、私が用意した事件の真相を覆すための証拠が。日記と、血の付いた衣服の切れ端。彼らは必ず、発見された証拠と、幾重もの霧が晴れた後の直感に合う真実を信じる。でも本当の真実は、すでに彼らの目の前に広げられていた。私が必死に隠そうとした「偽装」こそが、彼らに暴いてもらいたかった「真実」私を無罪にする「真実」完璧な犯罪など存在しない。私は賭けていた。木村警部が木の幹の白髪を見つけることに。幸い、それは成功した。身代わりから、全ての罪を義父に押し付けるまで。寒風吹きすさぶ、冷たい街で。「三人とも、あなたが殺したんですか?」ついに、木村警部は口にした。「いいえ、あの殺人事件に生存者はいません」私の表情が虚ろになった。復讐を遂げても、私の人生に帰る場所はない。残されたのは、ただ息絶え絶えの生……
父が人を殺すところを目撃した。隣人を刺し殺し、その妻も絞殺して、現場を偽装した。私にはどうすればいいのか分からなかった。通報しようとも思った。でも、携帯を手にした瞬間、躊躇した。あの人は私の父なのだから。隣人夫婦は十数年も父をいじめ続け、今回は父の頭に汚物を浴びせかけた。それで父は衝動的に手を出してしまったのだ。父は近所でも評判の善人で、川に落ちた子供を二人も助けたことがある。一方、隣人夫婦は日頃から弱い者いじめばかりしていて、その死を喜ぶ人も多かった。しかも父は病状が悪化して、すでに他界している。父を死んでから殺人者の汚名を着せるわけにはいかない。そうして、私は警察に嘘をついた。だが今、取調室に連れてこられ、担当の木村警部が冷笑いを浮かべながら殺人事件の写真を私の目の前に並べ、何か話すことはないかと問うている。写真には、胸に果物ナイフが刺さった浅野文夫と、梁から吊るされた妻の慧子の無残な姿が写っていた。玄関は内側から施錠され、窓には鉄格子がついていて、たった二本の鍵のうち、一本はテーブルの上に、もう一本は死体となった慧子のポケットの中にあった密室殺人事件。偽装された現場写真を改めて見て、私は言葉を失い、目は恐怖に満ちていた。一瞬、木村警部に全てを見透かされたような気がした。「木村警部、どういうことですか?以前、慧子さんが文夫さんを殺してから自殺したと結論づけたではありませんか?なぜまたこれを見せるんです?」私は落ち着きを装って尋ねた。彼は漂う空気を一呑みして、目が光った。急に顔を上げる。「村田さん、前回、嘘をついたでしょう」包帯を巻いた右手が、思わず強張った。私が口を開く前に、木村は続けた。「前回何を聞いたか覚えていますか?」最初の聞き込みの時、彼は事件当夜私がどこにいたのか尋ねた。私は家で父の看病をしていたと答えた。そして十時から十二時の間に隣家から物音を聞いたかと聞かれ。夫婦の激しい喧嘩を聞いたと答えた。「家にいたと言いましたが、九時過ぎに慌てた様子で外から帰ってきたところを目撃した人がいます」彼は鋭い眼差しで私を見た。私は心臓が早鐘を打った。父を疑うどころか、私を犯人だと思っているとは。そうか、彼が来て話を聞いた翌日に父は亡くなったのだ。私しか疑え
香水?私の瞳孔が一瞬縮んだ。すぐに目を伏せる。「香水をつける女性なんて、いくらでもいますよ」「まだ嘘をつくつもりですか?」木村警部は表情を曇らせた。「この香水は海外で発売されたばかりで、国内ではまだ販売されていません」「あなたは海外から戻ってきたばかり。これらの証拠を総合すると、あなたは……かなり疑わしい」「香水は誰かが海外から買ってきた可能性もあります」私は弱々しく言い返した。「その説明、自分で信じられますか?」彼は嘲笑うように言った。「偶然誰かが買ってきて、その人が偶然浅野と恨みがあった?」「正直に話したらどうです」この言い訳は子供でも信じないだろう。まして彼が信じるはずもない。私は苦笑いを浮かべた。確かに、浅野文夫に付いていた香水の匂いは私のものだった。数年前、父はペースメーカーの手術を受け、その後体調は日に日に悪化していった。2017年7月25日。私が海外から実家に戻って父の看病を始めた時、この八年の間、隣人の浅野文夫が様々な理由をつけては父をいじめていたことを知った。父は数学の教師で、融通が利かないが正直者だった。浅野の嫌がらせに対しても、ただ黙って耐えるしかなかった。帰ってきた翌日、浅野家のベランダの洗濯物が風で飛ばされ、私たちの家の玄関前の水たまりに落ちた。ごく普通の出来事のはずだったのに、浅野は全ての責任を父になすりつけた。家に押し入ってきて、父のことを野蛮で腹黒い虫けらだと罵った。一生教壇に立ち、名誉を何より大切にしてきた父は、そんな侮辱を受けて、その場で胸を押さえて呼吸が困難になった。私が浅野に食って掛かった。私を見た時、彼の浅黒い顔に下劣な色が浮かび、口論の最中にわざと私の胸に触れようとしてきた。結局、教師である父が包丁を手に取って、やっと彼を追い払うことができた。その後数日間、私に対する卑劣な行為は彼の習慣となってしまったようだった。父に包丁で追い払われても、その性根は治らなかった。このままでは、私たち親子は永遠に安らぐ日々は来ないだろうと悟った。そこで私は計画を立て、浅野の体に香水を振りかけ、愛人からの脅迫めいた手紙を彼の家の郵便受けに入れた。夫婦仲を裂こうとしたのだ。そうすれば、彼は私たち親子をいじめる暇もなくなるはずだった。事
「まさか夫婦がここまでこじれるとは思いもよりませんでした」ここまで来た以上、私は歯を食いしばって隠し通すしかなかった。「他の人にも聞きましたが、確かにひどい喧嘩をしていたようですね」木村警部は頷いた。「内側から施錠された玄関ドア、果物ナイフの指紋、そして慧子さんの首に一本だけある絞痕から見ても、慧子さんが文夫さんを刺殺した後、自責の念から自殺したように見えます」「しかし……」彼は突然立ち上がり、両手をテーブルについて、私の顔に近づいた。「慧子さんの携帯から浮気の証拠が見つかりました。夫を愛していない女が、他の女性の香水の匂いで夫を殺すでしょうか?」その声は雷のように響き、窓の外の木にいた鳥が驚いて飛び立った。テーブルの下で握り締めた手が、太ももに食い込んだ。長い沈黙の後。私は小さな声で言った。「人の心なんて分かりません。木村警部だって慧子さんじゃないでしょう?人の性の奥底に潜む利己心や醜さなんて、誰に分かるんですか」木村警部は言葉を失ったように、口を開いたまま何も言えなかった。「本当に複雑な事件ですね。自殺なのか他殺なのか。もし他殺だとしたら、犯人はどうやって施錠された部屋から出て行ったんでしょう?」「もしかして、犯人は合鍵を持っていた?」そう言いながら、彼の視線は私から離れなかった。その言葉に含まれる探りを感じ取り、私は嘲るように言った。「町の鍵屋まで行って帰ってくるだけで半日はかかります。浅野夫婦がバカだとでも?鍵が半日も見当たらないのに気付かないはずがありません」「それに、私たちは仲が悪かったんです。鍵を盗むなんてもっと難しかったはずです」木村警部は深く眉を寄せた。彼は私の包帯を巻いた手のひらをちらりと見て、何かを思い出したような表情を浮かべた。「その手の怪我は?」「火傷です」「包帯を取って見せてください」私はもう我慢の限界で、一気に包帯を引き剥がした。手のひらの傷は黒ずみ、膿が滲んでいた。「この火傷は浅野夫婦が亡くなった後にできたものです。最初に聞き込みに来た時には、私の怪我なんて見ていませんよね?」おそらく、これが事件と無関係だと気付いたのか、彼は気まずそうに頷いた。しばらく待っても、彼は何も言わなかった。「木村警部、香水をつけることは犯罪じゃないでしょう?」彼
最善の結末は、慧子が夫を殺して自殺したという偽りの外観で終わることだった。しかし、父の葬儀で遠くから警察車両が近づいてくるのを見た時、最初の偽装が見破られたかもしれないと悟った。だから自分の体に香水をつけ、自ら罪を認めることで、第二の偽装を作り上げた。前の二つの偽装は、全て第三の偽装のための布石。木村警部が現場検証で、私が木の幹に残した髪の毛を見つけるように仕向けた。そうして、第三の偽装が始まる。その時、義父はすでに火葬され、彼は家にある義父の遺品を調べるしかない。そこには、私が用意した事件の真相を覆すための証拠が。日記と、血の付いた衣服の切れ端。彼らは必ず、発見された証拠と、幾重もの霧が晴れた後の直感に合う真実を信じる。でも本当の真実は、すでに彼らの目の前に広げられていた。私が必死に隠そうとした「偽装」こそが、彼らに暴いてもらいたかった「真実」私を無罪にする「真実」完璧な犯罪など存在しない。私は賭けていた。木村警部が木の幹の白髪を見つけることに。幸い、それは成功した。身代わりから、全ての罪を義父に押し付けるまで。寒風吹きすさぶ、冷たい街で。「三人とも、あなたが殺したんですか?」ついに、木村警部は口にした。「いいえ、あの殺人事件に生存者はいません」私の表情が虚ろになった。復讐を遂げても、私の人生に帰る場所はない。残されたのは、ただ息絶え絶えの生……
確かに今の私は義父のおかげだ。日々怯えながら生きる私。憎しみだけを糧に生きる私。そして、彼は犯人ではなかった。本当の殺人者は私だった。さらに、彼も私が殺したのだ。あの年、母が亡くなった後、義父の村田俊夫の眼差しが変わった。怖かった。でも、18歳の私に何ができただろう?何も知らないふりをするしかなかった。あと一年我慢すれば、中学を卒業して、叔父が海外の学校に連れて行ってくれるはずだった。けれど、あの雨の日、浅野文夫に襲われ、それ以来、私の人生から光が消えた。浅野の暴挙は、義父の中の悪魔を解き放った。その夜から彼は私の部屋に忍び込むようになった。両手、両足には彼の残した傷跡が。警察への通報を止めたのは、自分の罪が露見するのを恐れてのことだった。学校に休暇を申請したのは、私を監視するため。そして、彼の欲望のままに。それが一年も......続いた。出国の日、彼は私をきれいに着飾らせ、空港まで送ってくれた。最後に「この事を誰かに話したら、お前の母親の遺骨を下水道に流す」と囁かなければ。慈愛に満ちた父のように見えたかもしれない。あの八年間、彼らから離れていても、私は毎晩悪夢に怯え、生きているのが辛かった。かつての晴れやかな人生は、永遠の闇に覆われた。どうして?どうして私がこんなに苦しむのに、彼らは平穏に暮らしていられるの?彼らが死ななければ、私は救われない。義父がペースメーカーを入れたと知った時、復讐を遂げる前に死なれては困ると思った。国内外の事件を研究し、殺人後の警察への対応まで、全て練習した。帰国後は、純真で無害な娘を演じ、まるで過去の出来事を忘れたかのように。義父は年老いていたが、八年前よりも更に執着めいた視線を向けてきた。文夫が私に付きまとう度、義父は獲物を守る虎のように。彼の目には、私はまだ八年前の玩具のままだった。2017年8月8日。あの夜、わざと文夫と出くわったのは、先ほど見知らぬ男が彼の家から慌てて出て行ったと告げるため。夫婦の喧嘩を引き起こしたのは、これから起こる事件に偽りの外観を与えるため。暗闇の中、木陰で、私は文夫の目が赤く染まるのを見ていた。家に戻ると、義父が居間に座っていた。私は平静を装った。「早く休んでください」私はそう言っ
飛行機が大空を横切り、異国の地を踏んだ瞬間、私は思い切り泣き崩れた。全ての憎しみ、積もり積もった恐怖と抑圧が、一気に溢れ出した。もう二度と国に戻ることはないと思っていた。だが二年後、世界を襲った感染症の流行で。叔父に付き添って帰国し、実家のある県の隣県に住むことになった。冬の季節、冷たい風が吹きすさぶ中。街で木村警部と出会った。以前より随分老け込み、こめかみの白髪も増えていた。「木村警部、お久しぶりです。お仕事帰りですか?」私は笑顔で声をかけた。「退職しました」彼は手を振り、胸を指さした。「働き過ぎで、ここにペースメーカーを入れたんです」「医者から電磁環境を避けるように言われて、退職するしかなくて……」突然、何かを思い出したように、彼は私を見つめ、信じられない表情を浮かべた。「あなた……確かスタンガンを持っていましたよね。お義父さんもペースメーカーを入れていて、心不全で亡くなった。まさか……あなたが?」「まさか、今の私があるのは義父のおかげですよ」私は微笑みを浮かべた。「それに、スタンガンで攻撃された場合、痕が残るはずです」「病院の検死報告書はご覧になったはずですよね」「確かに遺体に痕跡はありませんでした。考え過ぎでしたね」彼は安堵の溜息をついた。少し言葉を交わした後、私は彼に手を振って別れを告げた。まぶしい日差しの中、私の右手の掌に、まるで火傷のような傷跡がくっきりと浮かび上がっていた。それを見つめているうちに、彼の目は恐怖で満ちていった。
家で三日過ごした後、海外に戻る準備を始めた。なぜなら......やるべきことは全て終わったから。この日は普段より天気が良く、玄関に差し込む陽光が突然人影で遮られた。来訪者を見た瞬間、私は思わず震え、肩から鞄が滑り落ち、スタンガンが木村警部の足元にゆっくりと転がり出た。彼がスタンガンを拾い上げると、緩んでいた眉が一瞬で険しくなった。その光景に、私の背中から冷や汗が滲み出てきた。「木村警部、どうしてここに?」私は慌てて我に返った。「出発すると聞いたので、見送りに来ました」木村警部は手を上げた。「こんなものを持っているんですか?」 「以前、文夫さんに付きまとわれて怖かったので、護身用に買ったんです」私は屈んで荷物を拾い集めた。手がまだ微かに震えている。彼は私の言葉を信じたようで、頷いてスタンガンを鞄に戻してくれた。「また戻ってくるんですか?」「多分もう戻らないと思います」私は部屋を見回した。「ここは悪夢の始まりの場所。今は義父も亡くなって、もう何の未練もありません」「過去を忘れられることを願います。人生はまだ長い。これからは良い人生を」「ありがとうございます。お気をつけて」これが、私が彼に対して言った最も誠実な言葉だった。
私は涙を流しながら、途切れ途切れに真実を語り終えた。「はぁ、良い父親でしたね」木村警部は急に眉をひそめた。「待ってください......村田俊夫さんは、あなたの義父なんですよね?」「お母さんが再婚した時についてきた子供。実の娘ではない」すすり泣いていた私の鼻腔が、突然詰まったように声が出なくなった。「はい、父は......義父です。でも、実の娘のように育ててくれました」泣いた後のせいか、私の声は掠れていた。「お義父さんが発作を起こした時は、どの病院に運ばれましたか?」「県立総合病院です」私の答えを聞くと、彼は隅に行って電話をかけた。「私の考え過ぎでした。確かに心不全での死亡で、体に傷跡はなく、致死性の薬物も検出されていません」彼は安堵の溜息をつき、表情が和らいだ。「やっと事件が解決しました」「あとはあなたのことだけです」彼は私を見た。「同情はしますが、私情に流れるわけにはいきません」彼の言わんとすることは分かっていた。私は犯人ではないが、義父の罪を隠蔽しようとした。法の裁きを受けるのは当然だった。「当然の報いです。それと......お疲れ様でした」一年か二年の実刑を覚悟していた。しかし意外なことに、木村警部が裁判所に情状酌量を求めてくれた。最終的に、半年の刑期となった。この百数十日の夜は、私にとって最も安らかな時間だった。悪夢も、あの息苦しい恐怖も、もうなかった。半年後、私はあの高い塀の外に出た。
あの夜、私が薬を買いに出た時、確かに文夫さんと出くわした。酔っ払った彼は路上で私に暴行しようとした。九年前の夏の終わりを思い出し、恐怖が再び私を飲み込んだ。幸い、彼は酔いつぶれて、まともに立つこともできなかった。私は香水を彼の目に向けて吹きかけ、必死で突き飛ばした。その時、暗闇の中、木陰に人影が立っているように見えた。さらに恐怖が募り、私は千鳥足で家まで逃げ帰った。数分後、父が外から戻ってきた。穏やかな表情で、早く寝るようにと言った。浅野夫婦の喧嘩が終わった後、私は眠りについた。半分眠りかけた時、低く苦しそうな呻き声で目が覚めた。父に何かあったのかと思い、家の中を探したが見つからず、外に出ると、ちょうど父が浅野家から出てくるところだった。辺りは静まり返り、月の光が不気味に照らす中、父は工具箱を手に、服と顔に血をべったりと付けていた。父は私を見ると笑った。とても嬉しそうに、もう誰も芳子を苦しめることはないと言った。その瞬間、父が何をしたのか悟り、頭の中が真っ白になった。「どうして殺したの?」私は玄関先で父と言い争った。「奴らは死んで当然だ」月明かりの下、父の顔は異様に歪んでいた。「家に戻りなさい。私の計画を台無しにしたくなければ」正直に言えば、浅野夫婦が死んだと聞いた時、私の心の片隅にほんの少しの安堵があった。私は父の言うことを聞かずに、こっそりと後をつけた。裏庭で父が木に紐を結び、慧子さんの遺体を傾けるのを見た。そして窓枠によじ登り、釣り糸を使って鍵を慧子さんのポケットに戻すのを。全てを終えた父は振り返って、芳子、怖がらなくていいと言った。でも、私は震えが止まらなかった。結局、二つの命が目の前で消えていったのだから。おそらくあの夜の重労働と激しい感情の起伏が祟ったのか、数日後、父の心臓に異常が現れた。自首する前に亡くなってしまった。父の私への愛は山より重く、私のために人を殺したのだから、私は父に繋がる証拠を全て埋めた。浅野夫婦の死因を別のものにできると思ったけれど、見破られてしまった。その時、私は決意した。罪を被ることにしようと。全ての罪と悪を、父から遠ざけるために。
父の日記。2016年3月12日また初夏が来た。あの事件さえなければ、芳子はきっと私の側にいただろうに。2016年9月27日今日も外で浅野に会った。憎い、殺してやりたい。あいつさえいなければ、芳子もこんなに長く家を離れずに済んだのに。2016年12月5日もう八年になる。この人生で芳子の結婚式を見ることができるだろうか。あの時、芳子をしっかり守れなかった私が悪い。死んでも妻に顔向けできない。......2017年7月30日芳子が帰ってきた。本当に嬉しい。だが浅野はまだ芳子に付きまとっている。なぜだ、なぜこれほどの年月が過ぎても芳子を放っておかないのか。私が芳子のために何かをすべき時が来たのかもしれない。2017年8月4日今日、家具の移動を口実に、芳子に滑車を買いに行かせた。完璧な密室殺人の方法を思いついた。2017年8月9日ようやく二人は死んだ。もう誰も芳子を傷つけることはない。だが今日来た警察官の芳子を見る目つきが変だった。まさか芳子を犯人だと?このままではいけない。自首しなければ。芳子を巻き込むわけにはいかない。私はもう年老いた。それほど長くは生きられない。......「もう、読まないで」築き上げた強がりが一瞬で崩れ落ち、私は日記を奪い取り、顔を覆って泣き崩れた。「この日記は一年以上前に書かれたもので、筆跡鑑定の結果、そして紙への染み具合も、記載された日付と一致しています」「これらの証拠は全て、お父様が犯人であることを示しています」「私にも娘がいます。だからこそ、お父様の気持ちは分かります」木村警部は溜息をつきながら言った。「しかし、私は被害者のために真実を明らかにしなければなりません」私は涙を流しながら言った。「被害者のための真実?では、私の真実は誰が明らかにしてくれるんですか?」彼は長い間、黙っていた。 「なぜ自白したんですか?」私は顔を上げた。まだ感情を抑えきれない。「父は何十年も教壇に立ち、自分の名誉を何より大切にしていました。死んでからまで殺人者の汚名を着せるわけにはいきません」声を詰まらせながら。「私はずっと悪夢の中で生きてきました。もういっそ、このまま終わりにしたかったんです」
「普通なら、自白した以上、手口についてこんな些細なことを隠すはずがない」彼は笑みを浮かべ、急に鋭い眼差しに変わった。「しかし、あなたの様子を見ていると、まるで犯人の手口を目撃はしたものの、具体的な数値は知らないかのようだ」「先ほどの反応で、この推理の確信が深まりました」「私たちは、ある人物を見落としていた。亡くなった数学教師を」「あなたは身代わりになっているんですね」突然、彼はそう言い放った。私の呼吸が急に荒くなった。その瞬間、彼が一歩一歩、仕掛けた罠へと私を誘い込んでいたことに気付いた。「木村警部、そんな根拠のない推理ばかりされるなら、お話を続ける意味がありません」「言葉は偽れても、証拠まで偽れますか?」木村警部は鞄から証拠袋を取り出した。中には、一本の白髪が入っていた。「現場検証の際、あのユーカリの木の樹液から、この白髪が見つかりました」「この白髪があなたのものであるはずがない。あなたに関係があり、かつ条件に合う人物といえば、あなたの父親しかいません」「ただ、お父様は既に火葬されていて、DNAの照合はできません。そこで、ご自宅にある父親の使用していた物で検査を行いました」「結果、この髪の毛のDNAはお父様のものと一致しました」「父はあの木の下でよく涼んでいました。髪の毛が落ちているのは当然です」私の声が不自然に震え始めた。おそらく我慢の限界に達したのか、彼は私の言い訳に反論せず、直接鞄から二つの証拠袋を取り出した。一つは焼け焦げた衣服の切れ端、もう一つは暗赤色の日記帳だった。それらの証拠袋を見た瞬間、私は椅子に崩れ落ちた。それは......私が庭に埋めたものだった。結局見つかってしまったのか。「衣服の切れ端はお父様のもので、文夫さんの血痕が付着していました」彼は言った。「本当に私が殺したんです。あの夜、やりやすいように父の大きめの服を着ただけです」私は目に涙を浮かべながら、最後の抵抗を試みた。「もういい加減にしなさい。ここまで来て、まだ犯人の身代わりを続けるつもりですか?」彼は追い詰めるように言った。「現場で発見された白髪の抜け落ちた時期は、事件発生時刻と一致します」「お父様の衣服には文夫さんの血痕が残っている」「まだ言い逃れをするんですか?」「日記に何が書かれているか、
私は困惑して彼を見つめた。「あなたの話した手口通り、現場検証をしてみました。確かにその通りでした」彼は目を細めた。「しかし、事件の様相を一変させる新たな証拠も見つかりました」「もう事件は解決したはずです。私が殺したんです。そんな証拠を見つけて、一体何がしたいんですか?」私は声を荒げて問い詰めた。突然の心の動揺を隠すように。「では、前回あなたは三平方の定理を使って梁から木までの斜めの長さを計算したと言いましたね。その長さは?梁から床までの高さは?」木村警部は何かを確認したいような様子だった。私は驚いた。まさかこんな質問をされるとは。「私......忘れました」「忘れたんですか?それとも、そもそも知らなかったんですか?」「分かっています。考えさせてください」私は感情的になりながら、記憶の中の光景を探り、数字を口にした。「斜めの長さは4メートルくらいで、高さは3メートルくらいです」「具体的な数値を」彼は私を見据えた。私は自分の髪を掻き毟りながら、あの夜の状況を必死に思い出そうとした。しかし……くそっ、具体的な数値など、知るはずもなかった。木村警部は私の動揺を、悠然と観察していた。「早く言ってください」「時間を……時間をください」髪は掻き毟られてボサボサになり、額には冷や汗が浮かんでいた。しかし、どれだけ努力しても無駄な足掻きでしかなかった。「あなたは知らないでしょう。私から説明させてください」彼は言った。「浅野家の梁から床までの高さは3.5メートル、慧子さんが吊るされた位置から窓までは2.1メートル、窓から裏庭のユーカリの木までは1メートル。慧子さんを吊るした紐と彼女の身長を合わせると、およそ2.9メートル。三平方の定理によると、その斜辺、つまり梁から木までの斜めの長さは4.68メートルとなります。そこから紐と慧子さんの身長、そして窓から木までの距離を引く。犯人が窓枠に上って遺体と同じ高さになった時、距離はおよそ1.2メートルまで縮まり、誤差は10センチを超えません。その状態なら、釣り糸を使って鍵を慧子さんのポケットに戻すことの成功率は格段に上がります」