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第22話

Author: ミナミウエカナミ
数ヶ月後、裁判の日を迎えた。

私たち三人——私と社長、そして男は、

それぞれの罪に応じた判決を受けた。

刑務所の重い扉を出た瞬間、柔らかな陽の光が頬を照らす。

久しぶりの自由な空気を、深く胸に吸い込んだ。

獄中で過ごした数ヶ月は、命の尊さを教えてくれた。

これからは過ちを償うだけでなく、この世界に少しでもいい変化を起こしていきたい。

今の私には、意味のある何かを始めたい。人生を新しく生まれ変わらせたいんだ。

刑務所で過ごした日々の中で、私を誘拐した彼との心の垣根が少しずつ取り払われていった。

そして私たち二人で一つの決意を固めた。

基金を設立して、経済的に恵まれない先天性心臓病の子供たちを支援していこう——と。

一人でも多くの子供たちが、病気の苦しみから解放され、明るい未来を歩めますように。

もちろん、私自身にとっての当面の目標は、新しい心臓を手に入れるための資金作りだ。

この計画について語り合うとき、彼の瞳に希望の光が宿るのを見た。

きっと愛する娘、まゆちゃんのことを想っているんだろう。

確かに、過去は変えられない。

でも、これからは世界中の心臓病の子供たちのために、より良い未来を作ることはできる。

長い道のりになるだろう。困難も、試練も待っているはずだ。

でも私はもう、昔の弱気な自分じゃない。

必ず、全てが良い方向に向かっていくと信じている。

私の体のことも、この世界のことも、きっと。
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