あれから一ヶ月近く経った。誰も取り返しに来る様子もないので、私も少しずつ気が楽になってきた。ある日の深夜、仕事を終えて帰宅した私は、暇つぶしに配信を見ていた。すると、骨董品鑑定と風水占いをする霊能者の生配信を見つけた。首元のネックレスに目をやった私は、何かに導かれるように、その霊能者とライブ通話をつないでしまった。タダ物は嬉しいものの、どこか現実味が感じられなくて。だから今でも何となく落ち着かないのだ。ネックレスをカメラに向けながら、私は尋ねた。「先生、このネックレス、いったいどのくらいの価値があるんでしょうか?」画面越しの霊能者は眉間にしわを寄せ、こう告げた。「外で拾ってはいけないものが二つあります。交差点で見つけたお金と、髪の毛が絡まったものです」「そのネックレスには死者の髪が絡みついている。四十九日間身につけていれば、あなたは......別の存在に取って代わられるでしょう」
私は即座に反論した。「冗談じゃないわ!これは私がちゃんとお金を出して買ったものよ。拾ったなんてありえないわ」言いながら、この占い師のプロフィールにあるリンクを開いてみる。思わず噴き出してしまった。鑑定料20万円、月間利用者たった2人、評価率100%だって?「これ、詐欺師すぎでしょ?お金騙し取りたいの?月に2件って、自作自演じゃない?笑っちゃうわ。300万フォロワーも買ったんでしょ?」すると相手はクスリと笑い、静かな口調で言った。「最近、やけに運が悪くなっていませんか?そして、何か......普通じゃない出来事が増えているはずです」黙って画面を見つめながら、一口水を飲んで反論しようとした私。その瞬間、水を喉に詰まらせて咳き込んでしまう。手の中の水筒を不思議そうに見つめながら、胸がドキドキし始めた。この一ヶ月、水を飲んで喉を詰まらせたの、もう20回は超えている。最初は単なる不運だと思ってた。だから歯の隙間からそーっと飲むようにしてたのに。考えれば考えるほど、背筋が凍る思いがした。
深夜の静けさの中、先ほどの霊能者の言葉が重みを増していく。死者のネックレス......?もう一度じっくりとネックレスを観察してみる。ダイヤモンドは美しく輝き、チェーンも新品同様。古びた様子など微塵もない。配信画面に目を戻すと、視聴者が急増していた。眉を上げながら、画面上を流れる大量のコメントに目を通す。もしかして、この占い師って本物の有名人?これだけの視聴者数なら、それなりの芸能人レベルじゃない。「この子、頭固すぎでしょ!先生がここまで言ってるのに、まだ信じないなんて!」「ウケる。この子、配信者が雇った役者でしょ?歯の隙間から水飲んだのに咽せるとか、あんな不運な人初めて見たわw」視聴者たちの意見が飛び交う。私を責める声が圧倒的に多く、占い師への批判はほとんどない。背筋がゾクッと寒くなった。「まさか......誰がそんな非道なことするわけないでしょう。死者のネックレスなんて」必死に自分に言い聞かせる。でも一度芽生えた不安は、まるで誰かに見られているような錯覚まで引き起こし始めた。「とにかく外そう」首元に手を伸ばし、リビングに置こうとする。でも......どういうこと?最初確かにあったはずの留め具が、まるで消えてしまったみたいに見つからない。
震える指で首の周りを必死に探るけど、留め具が見つからない。パニックが波のように押し寄せ、呼吸が乱れ始めた。部屋の空気が凍りついたみたいに、時間の流れまでもが歪んで感じられる。「落ち着いて......落ち着くのよ!」自分に言い聞かせ、深呼吸をする。きっと緊張しすぎているだけ。留め具はちゃんとあるはず。「鏡で確認してみよう」そう思って振り向いた瞬間。足を滑らせ、バランスを崩した。足元を見ると、小さな水たまり。「おかしいわ......さっき床を拭いたはずなのに」そして、もっと不気味なことに、その水たまりはうっすらと足跡の形を描いていた。「今はネックレスのことに集中しなきゃ」必死に気持ちを切り替える。鏡の前に立ち、首元を念入りにチェックする。でも、映し出された姿を見た瞬間、背筋が凍った——ネックレスが完璧な輪を描いて首に巻き付いている。留め具なんて、どこにもない。まるで......私の肌と一体化したみたい。「ありえない......」震える声で呟きながら、何度も何度も首元を探る。その時、スマートフォンの画面が突然明るくなった。例の占い師の配信だ。スピーカーから、低く冷たい声が響く。「よく覚えておきなさい。四十九日......あなたに残された時間はそう長くないよ」
パニックになって、即座に配信を切った私。その瞬間、突然響き渡るインターホンの音。「きゃっ!」思わず声を上げそうになる。心臓が口から飛び出しそうなほど激しく鼓動している。「こんな深夜に......誰よ」足音を忍ばせながらドアまで近づき、覗き穴から外を確認する。廊下には誰の姿も見当たらず、ただ非常灯だけが不気味に明滅している。背を向けようとした瞬間。ギギギッ......爪で引っ掻くような音が、ドアの向こうから。「気のせい......きっと気のせいよ」混乱する頭で必死に自分に言い聞かせていると、リビングの入り口に一枚のカードが。女の子の写真......なのに、目の部分が切り取られている。カードの裏には、赤いペンで不気味な文字。「死亡まであと──」「誰よ!こんないたずらして......見つけたら承知しないわよ!誰かいるなら出てきなさいよ!」思い切り声を張り上げる。ホラー映画には慣れているはずなのに、この一枚の写真を見ているだけで、全身の血が凍りそうだった。「大丈夫、なんでもないわ」と言い聞かせても、手のひらには冷や汗が滲む。気を紛らわそうと、スマホで残高確認。と、また別の恐怖が襲ってきた。「はぁ......」画面に表示された惨めな数字。貧乏より怖いものなんてないよね。思わず自嘲的な笑みがこぼれる。「もういいわ!」独り言が部屋に響く。「せっかくの休みなんだから、こんなくだらないことで台無しにしたくないもの」ベッドにスマホを投げ捨てると、ドスンと鈍い音がした。プロジェクターの電源を入れる。映画でも見て、ゆっくり寝よう。ブラック企業から奪い取った貴重な休日なんだから、楽しまなきゃ損。電気を消して、布団に潜り込む。そうしているうちに、意識が徐々に遠のいていった。その夜、私は奇妙な夢を見ることになる......夢の中。胸元のネックレスが、うねうねと動き出した。と、死体のように青ざめた手が這い出してきた。生臭さと甘ったるい匂いが混ざった得体の知れない臭気と共に。腐敗して肉がほとんど剥げ落ち、白骨化した手。その手は容赦なく、私の胸に突き刺さった。皮膚が裂け、肋骨が砕ける感触が生々しい。痛みで叫びたいのに、声が出ない。氷のように冷たい指が臓器をかき回す。ま
ガバッと目を開けると、背中は冷や汗でびっしょり。恐る恐る部屋を見回す。漆黒の闇の中、かすかな月明かりだけが窓から差し込んでいた。「はぁ......夢の中の夢だったのね。でも、生々しすぎるわ」大きなため息をつきながら、額の汗を拭う。ベッドサイドのスマホを確認すると、午前1時。と、その瞬間、大量の通知が飛び込んできた。中でも目を引いたのは、例の霊能者からのDM。「人の魂は体内の三つの灯火で守られているのです。しかし、陰気の強い場所では、その灯火が消えて魂が抜け出してしまう。特に危険なのが五つの道が交わる場所。そこでは、運気の弱い人は魂を奪われかねません。そんな場所に置かれた物を拾うのは絶対に禁物です。拾った時点で、相手に魂を差し出す契約を結んでしまうのですから。あなたのネックレス、ただ者ではありませんよ。よく思い出してください。拾ってから今日まで、何日経ちました?これは極めて重要なことです」
この一連の怪異な出来事を経て、もう否定できない。私、本当に何かに取り憑かれちゃったのかもしれない......震える指でスマホに必死で打ち込む。「先生、ネックレスが外れないんです。さっきは夢の中で変な女性まで出てきて......」送信ボタンを押して、固唾を飲んで返信を待つ。シーンとした部屋の中で、暗闇から誰かに見られているような不気味な感覚。相手から突然、連絡先が送られてきた。指示通りに追加する。一瞬で承認された。こちらが何か言う前に、相手から送られてきたのは......お支払いQRコード。「やっぱり......」心の中で舌打ち。世の中、うまい話なんてないものね。普段はドケチな私だけど、今回ばかりは心臓が痛むのを我慢して、20万円を振り込んだ。現実に血を流すくらいなら、財布の痛みの方がマシ。一ヶ月前の私に平手打ちを食らわせたい気分。ちょっとした欲に目がくらんで、命を危険にさらすところだったなんて。振り込み完了と同時に、相手からメッセージが。「拾ってから今日まで、正確に何日経ったか。よく思い出してください。これは極めて重要です」スマホのカレンダーを開いて、必死で日付を数える。あれは10月7日の午前4時30分。今は11月26日の深夜0時──ハッとして、心臓が跳ね上がった。ぞっとするような事実に気付いて。49日目まで、残すところあと4時間半......背筋を冷や汗が流れる。目の前が暗くなりそうだった。まるで死神の鎌が今にも振り下ろされそうな切迫感。部屋の空気が重く、息苦しい。首元のネックレスが、薄暗がりの中で不気味な光を放っている。49日目に何が起こるの?「別人になる」って......どういう意味?
震える指でメッセージを打つ。「今日が49日目なんです。私......どうなってしまうんでしょうか」「入力中」の表示が続いた後、たった一行。「もう私にはお力添えできません。お金はお返しします」この言葉で、背筋が凍りついた。必死で助けを求める絵文字を送る。何か、何か方法があるはずなのに。しばらくして、一つの住所が送られてきた......あの場所──私がネックレスを拾った場所。「魂を取り戻すための道具を持ってきてください。箒と、普段着ている服を。絶対に午前2時までに着くように」なぜ彼がこの場所を知っているのか聞く余裕もなく、言われた通りに急いで準備を整えた。靴も履き替えずに飛び出してしまったほど。現場に着くと、背筋が凍るような静けさが漂っていた。キョロキョロと周りを見回していると、突然背後から声が。「やっと来ましたか。随分と待ちましたよ」
数ヶ月後、裁判の日を迎えた。私たち三人——私と社長、そして男は、それぞれの罪に応じた判決を受けた。刑務所の重い扉を出た瞬間、柔らかな陽の光が頬を照らす。久しぶりの自由な空気を、深く胸に吸い込んだ。獄中で過ごした数ヶ月は、命の尊さを教えてくれた。これからは過ちを償うだけでなく、この世界に少しでもいい変化を起こしていきたい。今の私には、意味のある何かを始めたい。人生を新しく生まれ変わらせたいんだ。刑務所で過ごした日々の中で、私を誘拐した彼との心の垣根が少しずつ取り払われていった。そして私たち二人で一つの決意を固めた。基金を設立して、経済的に恵まれない先天性心臓病の子供たちを支援していこう——と。一人でも多くの子供たちが、病気の苦しみから解放され、明るい未来を歩めますように。もちろん、私自身にとっての当面の目標は、新しい心臓を手に入れるための資金作りだ。この計画について語り合うとき、彼の瞳に希望の光が宿るのを見た。きっと愛する娘、まゆちゃんのことを想っているんだろう。確かに、過去は変えられない。でも、これからは世界中の心臓病の子供たちのために、より良い未来を作ることはできる。長い道のりになるだろう。困難も、試練も待っているはずだ。でも私はもう、昔の弱気な自分じゃない。必ず、全てが良い方向に向かっていくと信じている。私の体のことも、この世界のことも、きっと。
タタタ......取調室の外の廊下に響くヒールの音。あまりにも聞き覚えのあるその足音に、心臓が跳ね上がる。夜の悪夢で聞いた、あのヒールの音と寸分違わない。さすが警察、動きが早い。山田社長も逮捕されて連行されてきた。警察は男と社長の直接対面の機会を設定した。私は一方向ミラーの向こうで、息を潜めてその場面を見守る。私を誘拐した男の表情が一変し、血管を浮き上がらせながら目を剥いている。普段の高圧的な態度は影を潜め、うなだれる社長を男は激しい怒りの目で睨みつける。「なぜまゆちゃんの心臓を横取りした!手術中だったんだぞ!」男の声には、深い悲しみと怒りが溢れていた。社長は深く頭を下げ、いつもの威圧的な態度は消え失せている。今までに聞いたことのないような、へりくだった声で答える。「本当に申し訳ありません......私も突然の心臓発作で......心臓移植がなければ、死んでしまうところでした」怒りに震える男の姿を見つめながら、胸の奥が痛むような思いに襲われる。私も父に、こんなふうに愛されていたらよかったのに......そんな思いが胸をよぎり、羨ましさと切なさが入り混じる。程なくして、社長が連れ出された。目が合った瞬間、複雑な感情が押し寄せてきた。路頭に迷いそうだった私に仕事を与えてくれた恩は確かにある。でも憎しみも消えない。こき使われるだけじゃなく、命まで狙われたのだから。それと同時に、自分の弱さと欲の深さが憎らしい。この弱点につけ込まれたのだから。そして警察から、ついに全ての真相が明かされた。あのリストの改ざんは、社長の家族が娘への報復を恐れ、無作為に選んだ私の名前と差し替えたものだった。私はちょうどその時、心臓病で入院していた不運な犠牲者だった。例のヘビ柄の麻袋の一件は、社長の心臓移植手術後に起きていた。最近になって、原因不明の体調不良に苦しんでいたという。医師からは以前の移植に問題が生じており、余命僅かと告げられていたらしい。追い詰められた末に、彼女は占い師のような道士に救いを求めた。道士は「他人の寿命を借りる」ことで危機を乗り越えられると告げたという。そこで社長は私のことを思いついたのだ。こうすれば私という身代わりは永遠に黙り、全ての罪を背負わせる
警察署に着いた私たち。取調室の無機質な白い光の下で、まるで堰を切ったように、全ての秘密と疑惑を打ち明けた。私は大金を横領した自分勝手な行為を認め、彼も私への誘拐を告白した。告白する度に、心の重荷が一つずつ消えていくような気がした。本当の更生は、自分の過ちと向き合うことでしか得られない。これは私たち二人が背負うべき責任だった。警察は私の家の防犯カメラの映像を再生した。息を詰めて、警察と共に玄関前の映像を見つめる。いつもの通りは不気味なほど静かで、一つの人影が現れるまでそれは続いた。心臓が跳ね上がり、目が見開く——映っていたのは紛れもなく山田社長の姿!周囲を怪しげに確認してから、素早く私の家に忍び込む様子が映し出されている。タイムスタンプを見ると、これは全て私が帰宅する前の出来事だった。その瞬間、全ての謎が一気に解けた。あの視線を感じる不安、不気味な物音——幻覚じゃなかったんだ。全て計画的に仕組まれていた。頭の中で急速に点と点が結びついていく:あの不自然な眠気は、薬を盛られていたから;道端の不気味な麻袋も、彼女が仕掛けた罠だったんだ;あの背筋も凍る不気味な音すら、全て彼女の周到な計画の一部だったんだ。警察の捜査で、例の袋を見つけた場所の茂みからボイスレコーダーが発見された。一ヶ月前に聞いた、あの得体の知れない音の正体がようやく判明した。この瞬間、全身の血が煮えたぎるような感覚に襲われる。胸の中で怒りが火山のように爆発しそうになった。頭の中で一つの疑問が執拗に響き続ける。彼女は何のために......?彼女の狙いはただ一つ——この命を奪うこと。
突然、あるアイデアが閃いた。「こうしませんか」急いで切り出す。「あなたも本当は悪い人じゃないはずです。私はこうして縛られているんですから、逃げられません。警察に通報して、きちんと調べてもらいましょう」困惑する彼の表情に、さらに言葉を重ねる。「警察の力を借りれば、この全ての真相が分かるはずです。それが一番確実だし、私たちの求める答えも見つかるはず。お嬢さんの仇を討ちたいお気持ちは分かります。でも......命で命を償うことが、本当にお嬢さんの望むことなんでしょうか」男は疑いの目を向けながらも、その眼差しに迷いが生まれている。「逃げるための嘘じゃないだろうな?」答える代わりに、床に落ちた携帯電話を黙って指差す。少しの躊躇の後、彼は身を屈めて携帯を拾い、私に手渡した。携帯の画面には、ずらりと不在着信が並んでいる。全て同じ相手からだった。私の上司......深いため息と共に、折り返しの電話をかける。生活のために、仕事は続けなければならない。特に私のような状況では、仕事を失うなんて考えられない。電話が繋がった途端、山田社長の耳障りな声が響き渡った。「鈴木さくら!何してるの!昨夜も帰ってないみたいだし、出勤もしない。一体どういうつもり!」容赦のない叱責が続く。「辞めたいなら、はっきり言いなさいよ。こんな失踪劇なんて見苦しいわ。それに私の朝食!あなたがいないせいで食べられなかったのよ。もう一度これを繰り返したら、即刻クビよ」胸の痛みを押し殺しながら、冷静に応答する。「申し訳ありません。今日一日、休ませていただきたいんです。警察署に......行かなければならなくて」途端に電話の向こうの声のトーンが下がり、どこか慌てたような様子に変わる。「え?ど、どうしたの?なぜ突然警察なんて?」説明しようとした瞬間、違和感が走った——どうして彼女は、私が昨夜帰宅していないことを知っているの?まさか......私のことを見張っていたの?胸の奥の違和感を押し殺して、とっさの嘘をつく。「ちょっと、お年寄りとぶつかってしまって......警察沙汰になってしまったんです」そう言って、急いで電話を切った。その瞬間、今まで見過ごしてきた不自然な出来事が、次々と記憶の表面に浮かび上がる。なぜ最初、社
「本当に......何も知らないのか?」男の声から疑いの色が薄れ、困惑と僅かな後悔の色が混ざり始めていた。疲れ果てた様子で首を振る。「何も知りません。私はただの普通の人間です。毎日、生きるのに精一杯で......もし権力があったなら、まず自分の心臓病を治していたはずです」張り詰めていた空気が溶けて、不思議な静けさが部屋を支配する。おそるおそる声を上げる。「あの...... ヘビ柄の麻袋と、夜中のカード。あれもあなたが?」男は眉間に深いしわを寄せ、困惑した様子で答えた。「いや、あれは俺じゃない。確かに復讐はしたかった。だが、何年もかけて突き止められたのは、お前の住む街と写真だけだった」「スクリーンでお前の顔を見た瞬間に分かったんだ。必ず娘の仇は討つと。最初は追い詰めて、死ぬ前に真相を吐かせて、この手で命を絶つつもりだった」「でも、麻袋の場所はどうして?」不思議に思って尋ねると、「ふん、俺は霊能者だ。お前は真っ黒な気を纏っていた。この街で最も陰気の強い場所で何かに遭ったことなど、一目で分かったさ」様々な疑問が頭の中を巡る。誰が名簿に私の名前を書いたのか。深夜のカードの差し手は誰なのか。そして本当に彼の娘の臓器を横取りしたのは誰なのか。あの不気味な麻袋......誰が、何の目的で置いていったのか。
胸の中で心臓が激しく脈打っている。この危機的状況と、生まれつきの心臓病、両方のせいだ。彼を説得するしかない。これが最後のチャンスなんだ。「私、今でも心臓が悪いんです!信じられないなら、カバンを見てください!」恐怖と絶望で裏返った声は、もはや叫びに近かった。近くのカバンを指差しながら、すがるような目で訴える。男はためらいを見せ、刃は喉元に当てたまま、でもわずかに力を緩めた。警戒心丸出しで私を見つめながら、ゆっくりとカバンに近づく。息を詰めて、空いた手で中を探る様子を見守った。次々と取り出される薬瓶。男の表情が、疑いから戸惑いへと変わっていく。カプトプリルに、イルベサルタン......これらは私の命をつなぐ薬。毎日欠かさず飲み続けているもの。全て、心臓病患者にとっては馴染み深い薬ばかり。「そんな......」突然、男が声を漏らす。その声には確信が揺らいでいた。「でも、手術記録には確かにお前の名前が......」怒りから衝撃、そして困惑へ。目の前で男の感情が移り変わっていく。苦笑いが零れる。また涙が溢れそうになる。「私だって......健康な人間になりたかった」静かにそう呟く。諦めと苦しみが滲む声。この言葉は、彼よりも自分自身に向けたものだった。何度、普通の人のように健康に生きることを夢見ただろう。男の目から確信が薄れていくのを見て、内心でほっと息をつく。まだ理性は残っていた。完全に安全とは言えないけれど、生きる望みは見えてきた。
荒い息をつきながら見ると、男が後ろのナイフに手を伸ばそうとしていた。「違います...」かすれた声が喉から漏れる。深呼吸をして、言葉を紡ぐ。「復讐するなら......ちゃんと確かめてからにして!私は孤児なんです。心臓病がある私は、実の親にすら見捨てられた人間です。権力なんて......持ってるわけないでしょう!」過去の記憶が走馬灯のように駆け巡る。言葉を紡ぐたび、抑えきれない苦しみが込み上げてくる。頬を伝う涙が止まらない。この胸を締め付ける感情は、恐怖なのか、それとも共感なのか......他人の親は子供のために命を懸けて復讐までする。なのに、私の親は......守銭奴で、細かい損得にこだわる私。でも、それは私には自分しかいなかったから。高額な医療費に定期検査。その重圧は、まるで巨大な岩のように私を押しつぶそうとしてきた。誰も頼れない。それでも、私は生きたかった。男の手は止まったものの、刃は私の肌にぴったりと寄り添ったまま。顎に突き付けられたナイフの先端が鋭い痛みを走らせる。互いを見つめ合う時間が、永遠のように感じられた。「お前じゃないというなら、誰がやった?答えられないなら、ここで終わりだ」
男は私の言葉を遮った。「誤解だと?これが誤解に見えるのか!?俺たちは臓器を待ち続けた。やっと希望が見えたのに......最後の最後で全てを奪われたんだ。その絶望が分かるか?5年前、まゆちゃんは心臓移植が必要だった。1年近く待ち続けて......ようやく提供者が見つかった時の喜びを、想像できるか?感謝の気持ちで手術室に向かい、手術も半ばまで進んでいた。なのに突然、臓器提供が取り消されたと告げられた。提供者が断ったと言われた。でも、隣の手術室では移植手術が始まっていたんだぞ!信じられるか?要するに、俺たちには金も権力もなかったからだ......」男の笑みは苦痛に歪み、狂気の光を宿した瞳孔が開いていく。その指が私の喉を締め付け、どんどん力を増していく。「せめて......せめて早く言ってくれれば良かった。なぜ手術の途中で......まゆちゃんは手術台の上で死んだ。調べたら、隣の患者はお前だった。お前が......お前がまゆちゃんを殺したんだ!」その時、私は全てを理解した。この男の憎しみの理由を。父親の娘への愛は計り知れない──その言葉の意味を、今、痛いほど実感している。この男の心に響く言葉を見つけられなければ、本当に命を落とすことになるだろう。息ができない。視界が霞んでいく。恐怖が波のように押し寄せ、意識を飲み込もうとしている。必死で両手を振り上げ、彼を押しのけようとするけど、酸欠で力が入らない。最後の力を振り絞って、首を横に振る。意識が途切れそうになった瞬間、やっと首が解放された。
「この方......どなたでしょうか。とても可愛らしい方ですね」震える声で尋ねる。また怒らせてしまわないよう、言葉を選びながら。男の目に涙が宿り、怒りと悲しみで声が震えている。「お前が......お前が殺したんだ!」声を詰まらせながら叫ぶ。「この子は俺の娘だ。俺全てだった。お前のせいで幸せな家庭が壊れ、妻も娘も失った。憎まないわけがないだろう!」深いため息をつきながら、何とか冷静に話そうとする。「あの......証拠はあるんでしょうか。天に誓って、私は誰かを殺めたことなんて......」「きっと何かの誤解です......」