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第933話

Author: 夏目八月
木幡次門は厳しい声で言い放った。「佐藤大将が都に戻って取り調べを受けているのも、お前が巻き込んだからだ。それなのにお前たちの罪をすべて大将に押し付けようというのか?よくもそのような言葉が出てくるものだ」

「誰かが佐藤承を庇っている。きっと誰かが庇っているのよ」葉月琴音は怒り狂った獅子のように叫んだ。鎖で縛られていなければ、今にも飛びかかってきそうだった。「不公平よ。あの人は関ヶ原の総大将なのだから、最大の責任を負うべきなのに。あなたたちは皆、影森玄武と上原さくらに取り入って、北條守を陥れようとしている。彼は私が降伏兵や村人を殺したことなど、まったく知らなかったのよ。彼は無実なの」

「北條守が知らなかったというなら、佐藤大将はなおさら知るはずがないな」木幡は鼻で笑い、書記官に命じた。「記録せよ。葉月琴音の供述によれば、北條守も佐藤大将も事情を知らなかったとのことだ」

「違う、そんなことは言っていない!」琴音は叫んだ。

「これだけの証人がいる中で、言葉を翻すつもりか?」木幡は声を荒げた。

琴音は口を開きかけたが、自分の置かれた立場を悟った。もはや自分の意のままにはならないのだと。彼女は力なく目を伏せ、その瞳に宿る傲慢さと不服を隠した。

木幡は琴音を見つめながら、やはり北冥親王の手際の良さを感じていた。北條守がいることで、琴音の告発は成り立たなくなった。作戦を指揮した将軍である北條守さえ知らなかったのなら、佐藤大将が知っているはずがない。

葉月琴音は北條守の配下の副将に過ぎず、北條守を飛び越えて直接佐藤大将から命令を受けることなど、あり得なかった。

以前の琴音なら、北條守を巻き込むことなど気にも留めなかっただろう。刑部に逮捕される前まで、彼女は北條守の心から自分への想いは消え、二人の縁は完全に切れたと思っていた。

しかし、あの日、関ヶ原での約束を覚えているかと尋ねただけで、彼は躊躇なく自らの前途を賭して彼女の逃亡を助けようとした。そのとき彼女は悟った。彼の心の中に、自分の居場所が依然としてあることを。

それゆえ刑部に入ってからは、佐藤大将が首謀者だと一貫して主張し続けた。それは聖意を忖度してのことでもあった。陛下が北條守を庇おうとしているのを察し、彼女の供述書が御前に届けば、確実に北條守の無実が証明されるはずだった。

だが思いがけないことに、陛下は守
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    淡嶋親王妃は扉の前に暫し佇んだ後、ゆっくりと立ち去った。胸の内は不安で満ちていた。親王様は外出から戻られて以来、まるで別人のように思われた。館内には見知らぬ者たちが数人現れていた。彼らは王妃である自分さえも眼中になく、行き会えば礼も避けもせず、ただ無遠慮に擦れ違うばかり。静寂な夜に響く蹄の音が、妙に耳障りであった。青石を敷き詰めた通りには人影もなく、都の華やぎは東西の街や川辺に集中していた。その賑わいや笑い声が、この南の街まで届くことはない。突如、馬が嘶いて立ち止まる。空気が不自然に震えているのを感じた。棒太郎は手に鞭を握り、足元には長刀を構えていた。馬車の提灯の光は遠くまで届かず、月は雲に隠れ、辺りは背筋の凍るような闇に包まれていた。棒太郎は目を閉じ、異様な気配に耳を澄ませる。その耳が微かに動いた。さくらは長い鞭を手に取った。それは赤い蛇のように、彼女の足元に蟠っている。紫乃は剣の柄に手を添え、人差し指を鞘の合わせ目に当てていた。軽く弾くだけで、刃が鞘を破って飛び出す仕掛けだ。漆黒の闇の中、十数の人影が音もなく降り立った。その足取りは塵一つ立てず、並々ならぬ身法の持ち主であることを窺わせる。棒太郎の戦闘力が一気に炸裂する。雷霆の如く鞭を振るい、足元の刀を手に取る。その身のこなしは雲を駆けるが如く、抜刀と同時に空へ舞い上がり、相手の腰を狙って一閃。刺客は致命傷こそ避けたものの、長刀は既に血を啜っていた。血の匂いが鼻を突き、刺客たちの殺気を一層煽り立てる。馬車から二人が簾を破って飛び出した。さくらの長鞭が生きた蛇のように唸りを上げながら舞い、その鋭い威力に二人の刺客が退かざるを得なかった。紫乃の宝剣が鞘を離れる。華麗な剣の舞いもそこそこに、さくらの鞭を踏み台として空へ舞い上がった。その手さばきは神業のごとく、剣影は密な網を織り成し、刺客たちを包囲網の外へと追いやっていく。黒装束で顔を覆ったテイエイジュもまた長刀を手にしていた。十八般の武芸に通じる彼の中でも、特に長刀の腕前は抜きん出ていた。これだけの人数を差し向ければ、あっという間にさくらを捕らえられると踏んでいたのだが、わずか三人相手に、初手から押し返されるとは想定外であった。だが、すぐさま敵の弱点も見抜いていた。御者と剣術の女は驚くべき腕前を持つ。この二人

  • 桜華、戦場に舞う   第942話

    亥の刻を過ぎた御街には、前方を行く馬車の音以外、物音一つ聞こえなかった。棒太郎は御者台で手綱を操っていた。最近では随分と腕が上がってきている。まあ、自分専用の馬車を持つ身分になったのだから当然かもしれない。「侍女」という立場の紫乃は、さくらと共に馬車の中で寄り添っていた。さくらの肩に頭を預けながら、力なく愚痴をこぼす。「ねぇさくら、あなたたちは宮中で御馳走に舌鼓を打ってたってのに、私たちときたら外で寒風に吹かれてたのよ?まぁ、お珠が気を利かせて焼き鴨と菓子を持たせてくれて、革袋にお茶まで入れておいてくれたから良かったけど。なかったら今頃、お腹を空かせて気絶してたわ」「うふふ、紫乃を餓死させちゃ大変だものね。この一件が落ち着いたら、今度はあなたに豪勢な宴を開いてもらって、その借りを返してもらおうかしら?」紫乃は不機嫌になるどころか、へへっと愉快そうに笑った。「あはは、さすが分かってるわね~。私にとって、思う存分使えるのはお金くらいなものだもの」紫乃は人に奢るのが大好きだった。特に親しい人には惜しみなく散財する。見知らぬ人でも、同情を誘うような相手なら、それなりの出費は厭わなかった。さくらは紫乃の額に自分の額をくっつけた。外の様子など気にする必要もない。棒太郎がいるのだから。淡嶋親王の御殿。書斎には淡い灯火が一つ灯されていた。その光は、風雪に晒された親王の顔を浮かび上がらせていた。普段の弱々しく臆病な様子は影も形もなく、瞳の奥で揺らめく灯火の光が、底知れぬ危険な色を帯びていた。今宵の計画に、些細な過ちも許されない。両国が開戦しなければ、彼らの機会は訪れない。邪馬台での戦いで一度は好機を逃した。今度こそ、逃すわけにはいかなかった。清和天皇は既に疑いの目を向けている。今となっては、高位と名声の両立など望めない。乱臣賊子と蔑まれようと何であろう。勝者こそが王となるのだ。後世の史書がどう記すかなど、結局は為政者の思いのままではないか。かつて燕良親王は名誉に執着するあまり、絶好の機会を逃し、果ては大長公主まで犠牲にしてしまった。今回の謀略を成功させるには、邪馬台と関ヶ原で同時に戦端を開かせ、各地に散らばる勢力を一斉に蜂起させねばならない。内乱を引き起こし、清和天皇の失政により戦乱が勃発したとの大義名分を掲げ、討伐の師を起こすのだ

  • 桜華、戦場に舞う   第941話

    レイギョク長公主は、スーランキーとテイエイジュが席を外したことに不安を覚えていた。二人が戻ってきた時、目配せを交わす様子を目にして、何かを確認し合っているような気配を感じ取った。長公主は眉を寄せ、ますます違和感を募らせた。しかし、テイエイジュを呼び出して詳しく問いただすわけにもいかない。宮宴の最中に何度も呼び出せば、察しの良い者なら誰でも怪しむだろう。平安京は今まさに内乱の危機に瀕している。レイギョク長公主としては、これ以上の戦乱は避けたかった。今回の訪問も、弟である第三皇子の帝位を安定させ、民心を安んじるための正当な手段を講じるためだった。邪馬台での戦いで正義を追求した際には、すでに多大な損害を被り、羅刹国への全面的な支援により国庫も枯渇していた。これ以上、国力を消耗する戦いは到底耐えられない。開戦するにしても、最低でも五年は待たねばならない。宮宴では琴の音色が響き、舞姫たちが優美な舞を披露していたが、出席者たちはそれぞれ思惑を秘め、作り笑いで取り繕いながら、ひそかに座に連なる人々の様子を窺い合っていた。宮宴も終わりを告げ、刻は既に亥の刻を過ぎていた。清和天皇は酒の酔いも七分八分に達し、レイギョク長公主が一行と共に退出の礼を述べると、天皇もまた宮人たちに支えられながら、後宮へと戻っていった。今宵の宮宴では、表向き穏やかに事が運んだ。明日の会談でどれほどの火花が散るにせよ、それは直接関わる必要のないことだった。玄武が私心を持っているという事実を、天皇はむしろ好ましく思っていた。それこそが生きた人間の証であった。大公無私だの、国家のためだの、民のためだのと声高に叫ぶ輩の言葉ほど、天皇の耳には虚しく響くものはなかった。何も求めぬ者こそ、最も恐ろしいものなのだから。人は皆、本来自利的な存在なのだ。それに逆らうことなどできはしない。無論、佐藤大将のような、真に忠君愛国の志を持つ臣の存在を否定するわけではない。天皇は彼に深い敬意を抱いていた。なにしろ彼は口先だけでなく、その半生をかけて実際の行動で忠誠を証明してきたのだから。だが、人の心は移ろいやすい。既に燕良州への密偵を送り込んではいたものの、今のところ怪しい動きを示す証拠は上がっていなかった。そこで今度は、影森茨子の封地である牟婁郡にも諜報員を放った。燕良親王が燕

  • 桜華、戦場に舞う   第940話

    テイエイジュはこの行為が不適切だと感じていた。北冥親王が妃を大切にしているかどうかは、このような方法では何も試せない。無意味なだけでなく、大きな危険を伴う行為だった。「スー様、私はやはりこの計画には賛成できません。大和国は私たちが仕掛けたと考えるでしょう」とテイエイジュは首を振った。「何が不適切なのだ?」スーランキーの眉間には怒りの色が見え隠れしていた。「北冥に私たちの仕業だと気づかせることが重要だ。もし彼が本当に戦争を望むのなら、これは絶好の機会を与えることになる。彼は交渉を破棄し、直接戦争に突入するだろう。逆に、戦争を望まないのなら、この件を知らぬふりをして、密かに救出を試みるしかない。そうなれば、北冥の本心が見えてくるではないか」「それが不適切な点です。公主は両国の戦争を避けるようにとおっしゃっていました」「女の考えだ。スーランギーと同じく、情に流されている」とスーランキーは鼻を鳴らし、懐から一通の勅書を取り出してスーランジーに渡した。「これを見てみろ。これが皇帝の本当の意図だ」手洗い所の明かりの下で、テイエイジュは勅書を開き、次第に眉をひそめた。この勅書が本物であることは確信していた。テイエイジュは常に御前に仕えており、皇帝の筆跡をよく知っている。勅書には、厳しい要求が記されており、大和国が同意しなければ即座に大和国を離れ、正式に宣戦布告するという内容が書かれていた。テイエイジュは、皇帝が最初は戦争を望んでいたが、後に長公主に説得されたことを知っていた。勅書が本物であるなら......テイエイジュは急に顔を上げ、「つまり、スー様は本当に北冥親王を試すつもりではなく、上原さくらをさらうつもりなのですね」と言った。北冥親王を試すのは口実に過ぎず、皇帝が戦争を望んでいるのだ。上原さくらをさらうことで、相手の手口を逆手に取り、かつて葉月琴音が先皇太子をさらい辱めたように、今度は平安京が関ヶ原の佐藤軍を屈服させるのだ。上原さくらを手に入れれば、少なくとも最初の戦は必ず勝てる。「スー様、これはやはり不適切です。上原さくらを捕まえた後、彼女を迎賓館に連れ帰るわけにはいきません」スーランキーの目には冷たい光が宿り、冷笑を浮かべた。「捕まえたら、淡嶋親王邸の裏庭に送る。そこで、手助けもしてくれるから、心配するな」「淡嶋親

  • 桜華、戦場に舞う   第939話

    さくらは2人の会話をすべて耳にしていた。確かに、彼らは戦争を避けようとしているが、平安京に彼らが戦いたくないと確信させてはいけない。特に、スーランキーには、戦争を望んでいないのは上原家と佐藤家だけであり、北冥親王は兵権を取り戻すために戦争を必要としていることを理解させる必要があった。さくらは視線を戻し、長公主が流暢な大和国の言葉で話すのを聞いた。「私はずっと王妃にお会いしたいと思っていましたので、大和国の使節団に加わることを強く願い出ました。私の目的の一つは、王妃にお会いすることです」この言葉は、長公主が先ほども言ったことだった。長公主の表情は真摯で、心からのものであり、先ほどのような社交辞令とは異なっていた。さくらは微笑みを浮かべて答えた。「公主にお会いできるのは、私にとっても大変光栄なことです」近くで対面すると、レイギョク長公主は昨日城門で見た疲れた様子とは異なり、昨晩はしっかりと休んだようだった。目の下の隈は薄い化粧で隠され、まったく見えなくなっていた。ただ、全体的な雰囲気は、実際の年齢よりも数歳老けて見えた。さくらは、長公主がかつて政務を補佐していたことを知っていた。平安京は内外の困難を経験しており、他の人々にはその苦労が分からない。明日、対立する局面になることを知りつつも、彼女に対する敬意を禁じ得なかった。簡単な挨拶の後、宮宴が始まった。各自が席に着き、食卓が整えられた。平安京の使者たちは依然として右側に座り、玄武とさくらは一緒に座った。太后は宮膳には参加せず、レイギョク長公主と一度顔を合わせるためだけに出てきた。これは使者に対する彼女の重視を示すためだった。帝と皇后が出席し、各親王や権臣たちが陪席していた。淡嶋親王は当然来ておらず、淡嶋親王妃も姿を見せなかった。燕良親王は金森側妃を伴って出席していたが、このような場に沢村氏を連れてくることはなかった。たとえ沢村氏が正妃であっても。席上では、杯を交わし、酒を酌み交わす中で、まるで両国が友好関係にあるかのように見え、大きな怨恨は感じられなかった。清和天皇が口にするのは、ただの社交辞令であり、「皆さん、楽しんでください」といった言葉が繰り返されるだけだった。さくらと玄武の間には、微妙な距離感が漂っていた。二人は一切目を合わせず、座っている姿勢も

  • 桜華、戦場に舞う   第938話

    スーランキーは清和天皇に取り合ってもらえず、さらに北冥親王から威圧感を受け、心中の不快感は募るばかりだった。今すぐにでも関ヶ原の件を明らかにしたい衝動に駆られていた。怒りに目を燃やしていた時、玄武が尋ねた。「スー大将軍が怪我をされたと聞きましたが、もうお大事ないのでしょうか」スーランキーは視線を戻し、答えた。「ご心配いただき恐縮です。兄は大した問題はございません」「実は大将軍も今回同行されるかと思っておりました」スーランキーは冷ややかな目つきで言った。「兄は大事には至りませんでしたが、重傷を負った身。長旅は控えめにせねばなりません」玄武は、スーランギーが投獄されていることを知らないふりをして続けた。「我が国の佐藤大将も重傷を負い、一年の間に二度も矢を受けました。しかも古希を迎えたばかりの身でありながら、両国のために関ヶ原から都まで戻って参りました」スーランキーは眉をひそめた。これはどういう意図か。今日は触れないはずだった話題ではないか。話を蒸し返すなら、彼にも言いたいことは山ほどある。だが彼が口を開く前に、玄武は話を変えた。「そういえば、スー大臣は剣作りがお好きだとか。最近、何か優れた剣をお作りになりましたか?拝見させていただきたいものです」話題があまりにも軽々しく変えられ、スーランキーは目を丸くして怒りを露わにした。「軍務が忙しく、とうに剣作りは止めております。親王様が平安京の武器をご覧になりたいのなら、その機会はいくらでもございますよ」戦場で、というわけだ。玄武はスーランキーを見つめ、意外にも軽く言った。「そうですね」その一言は静かに発せられたが、スーランキーの耳には異様な挑発に聞こえた。まるで戦争を望んでいるかのようだ。おかしい。淡嶋親王の言によれば、北冥親王は両国の戦争継続を最も望んでいないはずだ。戦争になれば、佐藤家が罪を逃れられないからだ。それなのに、なぜ今、言葉の端々に平和的な交渉を望まない様子が見え隠れするのか。玄武は淡々と続けた。「スー大臣も私も、そういう機会を必要としているのではないでしょうか」スーランキーは玄武を見つめ返し、その目には審査と疑惑が宿っていた。淡嶋親王が嘘をついたのか?しかし今や淡嶋親王と彼は運命を共にしている。誤った情報を伝えるはずがない。スーランキーが開戦に固

  • 桜華、戦場に舞う   第937話

    翌日、水無月清湖の部下から情報が入った。昨日、平安京の使節団が迎賓館に入った後、淡嶋親王が密かに自邸に戻り、今朝早くには変装して外出し、人員を動かしているような様子だという。清湖は少し考えただけで、淡嶋親王の意図を察したようだった。「気をつけなさい。もし彼がスーランキーと手を組んでいるなら、あなたを狙ってくる可能性が高いわ」「うん、わかった」さくらは頷いた。実は昨夜、玄武が彼女に平安京の護衛の中に淡嶋親王らしき人物を見かけたと話していた。そのため、二人は一晩中様々な可能性について話し合っていた。宮宴では、無数の灯火が星のように輝き、明日殿を昼のように明るく照らしていた。玄武夫婦が到着した時には、平安京の使節団は既に入宮し、殿内の右側に着席していた。護衛と平安京の宮人たちは外で待機していた。入宮の際は武器の携帯が禁じられているため、護衛たちは刀を帯びていなかった。太后と皇后が上座に座し、まだ宴の開始前だったため、レイギョク長公主をもてなしていた。普段なら太后は出てこないのだが、今日はレイギョク長公主が来ると聞いて、咳が出るのも構わず接見に現れた。太后は昔から有能な女性を好んでいたのだ。今、レイギョク長公主は太后と言葉を交わしていたが、意外なことに通訳官を介さず、時に大和国の言葉で、時に平安京の言葉で会話を交わしていた。レイギョク長公主が大和国の言葉を話せるのは不思議ではなかったが、太后が平安京の言葉を話せることは、さくらにとって意外だった。玄武とさくらはまず天皇に拝謁し、次いで太后に拝謁した。レイギョク長公主は、彼女が上原洋平の娘で佐藤大将の孫娘であり、邪馬台での領土回復戦で優れた功績を上げたあの上原さくらだと聞くと、思わず何度も彼女を見つめた。北冥親王家はレイギョク長公主について深く調べていたが、長公主もまた大和国の重要人物について調査を怠っていなかった。特に上原さくらと葉月琴音については詳しく知っていた。前者はその家柄と能力ゆえ、後者は関ヶ原での降伏兵殺害と村民虐殺の件からだった。長公主はさくらを数度見つめた後、視線を外した。その表情は複雑なものだった。さくらが近づくと、長公主は立ち上がり、先に一礼して挨拶を交わした。「北冥親王妃、お噂はかねがね承っております」長公主は流暢な大和国の言葉で語りかけた。

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