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第8話

Author: モモ
last update Last Updated: 2025-01-02 17:00:59
尚之が私を探してる?しかも藍の家まで来たなんて?

ちょっと信じられない。彼は私のことをそんなに嫌っているのに、なんで私を探す必要がある?

だって、昨夜一文なしで一晩外で過ごしたのに、父親ですら私を探そうともしなかった。

ここに来たのはきっと瑠奈に謝罪させるためだろう。

昨日の夜、瑠奈に謝れと言った尚之の顔を思い出すと、思わず少し笑ってしまった。そしてまたペンを持ち、問題集に向き直った。

「彼が来ているからと言って、私が会わなきゃいけないわけじゃないでしょ。待ちたいなら、勝手に待てばいい」

休み前の模擬試験の点数、予想よりも2点低かった。たった2点で、大学入試ではどれだけの差をつけられるか分かる?こんな無関係な人に、私の貴重な時間を使う必要がどこにあるの?

集中して勉強を進めていたけど、藍がそわそわし始めた。

ちらちらと私を見たり、水を飲みに立ったり、トイレに行ったりと、終始落ち着かない様子だった。

机の上に放ってあるスマホも頻繁に振動している。それを無音にしてはまた元に戻し、とうとう我慢できなくなったのか、私のペンと問題集を取り上げてこう言った。

「ねぇ、もう勉強なんかやめて。ちょっと私に教えて、どう考えてるの?」

何時間も勉強を続けたせいで、目が少し乾いてきた。藍がペンと問題集を取ってしまったのだから、ついでに目を少し休めることにした。

「何をどう考えてるって?」

目を閉じ、一回深呼吸してから開いたけど、まだ少し乾燥感が残る。

「菅原くんのことだよ」藍は私の横に移動してきて、私の顔を両手で掴んで正面を向けた。「本当にもう諦めるつもり?だってさ、前はあんなに彼じゃなきゃダメって言ってたじゃん」

あんなに彼じゃなきゃダメだって――その言葉を心の中で繰り返す。すると、突然胸の奥から辛い感情がこみあげてきた。

そうだよ、確かに尚之じゃなきゃダメだって思ってた。

でもね、藍。何度も人に傷つけられると、どんなに愛していても手放さなきゃいけない時が来るんだよ。

私も一度、無謀でただ疲れるだけの追いかけっこを経験したことがあるの。それがどれだけ辛いものだったか、言葉じゃ言い表せないくらい。

もう二度と、あの全身の隅々まで無力感が染み渡るような思いはしたくないんだ。

「なんだろう、急に吹っ切れたみたいな感じかな」藍の瞳を見つめながら答えた。「ほら、藍も前に夢中で追いかけてたアイドル、いきなり興味をなくしたことあったでしょ?」

藍はすぐに反論してきた。「あれはね、もっと大事なことが見つかったからだよ!」

「私も同じだよ」私は笑顔を浮かべながら、藍の耳元にかかった髪の毛を優しく整えた。「藍、私は服のデザインが好きなの。それに女の子たちが自分に似合う服を着て自信に満ちた笑顔を見せる瞬間が大好きなの。それからね、できる範囲で小さなことでもいいから、助けを必要としている人たちを支えてあげたいんだ。誰かを愛するっていうのはね……」

私は一度言葉を詰まらせ、続けた。

「誰かを愛するっていうのは自分をすり減らしてしまうことだから、私はまず自分自身でありたい」

話し終えると、藍が急に私を抱きしめてきた。

「いいよ、遥。私はあなたがこの先もずっと自分らしく、最高でいてくれることを願う」

「もちろんに決まってる」

私は微笑みながら藍を抱き返した。

また勉強を再開しようとした時、使用人が急ぎ足で部屋に入ってきた。

「お嬢様、尚之様が今、塀を越えようとしています」

「え?」藍は私から手を放し、驚いた表情で窓の外を見た。「菅原くんがうちの塀を越えようとしてるの?」

「はい、お嬢様」

藍は勢いよく机を叩き、そのまま立ち上がると、袖をまくって走り出しかけた。

「遥、そこで待ってて、私がすぐ追い返してくる!」

「私が行くよ」

私は藍の腕を引き止め、窓の外を一瞥した。白いTシャツを着た少年が、小雨の中、器用に塀の上に登っていくところだった。

その瞬間、彼もこちらを見た。視線がぴたりとぶつかった。

正直、尚之と意味のない会話をするために時間を使いたくはなかったけど、藍に迷惑をかけたくない。

「彼に伝えて、すぐに出るから少し待っててって」

私は使用人にそう頼み、ついでに傘を持ってきてもらってから、やや渋々と外へ出る。

細い雨が降り、透明な傘の上に落ちた雨粒が水滴となり、するりと滑り落ちていく。尚之は道端の梧桐の木の下に立っていて、全身から冷たいオーラを漂わせていた。

一瞬その場に立ち止まると、彼が顔を上げてこちらを見た。

その眼差しは澄んでいるけれど、彼自身と同じく冷ややかで、さらにいささか焦りのようなものが見えた。

彼が藍に電話してから今までせいぜい20分足らず。それくらいでそんなに焦れるものなのか?その表情は笑いさえ誘う。

「もういい加減にしてくれない?」少年の声は少しかすれていて、鼻にかかった感じもした。

家の中で暖かかった手が、外に出てすぐで冷たくなっていく。

前だったら、尚之が寒さで風邪を引かないかなんて心配しただろうけど、今は逆に、もし風邪を引いたら医療費を彼に請求してやろうかなんて考えてしまった。

「何が言いたいの?」傘を差したまま彼に近づいて、少し距離を置いて立ち止まった。首をわずかに傾けて彼を見つめながら、静かに問いかけた。「電話したのにすぐ出てこなかったから?それとも、雨に濡れてる君を黙って見てたことが気に入らないの?」

尚之の顔色は、私の言葉が一つ一つ重なるたびに、どんどん険しくなっていった。

「遥、お前わざとやってるのか?わざと俺を苛立たせようとしてるのか?」声に苛立ちをにじませながら、尚之が続けた。「急に好きじゃないとか言い出したり、大崎と親しげにしてみたり……それも全部、俺を妬かせるためなんだろ?結局、俺にどうしろって言いたいんだ?これからお前はどうするつもりなんだ?」

尚之は「わざと」という言葉を何度も繰り返し、その度に私に一歩ずつ近づいてきた。そして話し終えた頃には、私の傘の下に入り込んでいた。

出てくる前は、尚之がここに来る理由が分からなかったが、今なら分かる気がする。

彼は私がこの数日してきたことすべてが、彼の気を自分に向ける作戦だと思い込んでいるんだ。

尚之の目には、私が策略を巡らせているように映っているんだろう。

私は彼を見つめ、彼もまた私を見つめている。数秒の静寂の後、私は口を開いた。

「尚之、あなたは本当に自分本位なんだね、自覚してる?」

一歩後ろに下がり、私の傘を彼の頭から外す。細かな雨が、彼のきれいな眉毛や目元に流れ込み、顎から滴って黒いTシャツへと染みていく。

「それとも、あなたの国語力はそこまで飛躍的に進化して、他人には理解できない域に達したの?何でもかんでも逆の意味で捉える癖でもついたのか?そんな調子で、大学入試で0点でも取らないか心配なんだけど」

私が皮肉を言い終える頃には、尚之の歯ぎしりする音が聞こえてきそうなくらいだった。

「遥!」

「ここにいるよ」

我慢できずにそう叫んだ彼に対して、私は眉間に皺を寄せながら不機嫌そうに答える。

「菅原くん、声を抑えてもらえない?私は耳が聞こえないわけじゃないからさ」

尚之の顔は青ざめたり、黒くなったりを繰り返し、額の血管が二度ほどピクッと跳ねた。最後には深呼吸して気を落ち着かせると、再び低い声で口を開いた。

「大崎ともう二度と関わるな!」

「なんで?」私は顔を曇らせた。「なんの権利があって私が誰と友達になるか指図できるの?」

「ダメだって言ったらダメなんだよ!」尚之は苛立ちを隠そうともせず声を荒げた。

「あなたがそう言ったからって、何でダメになるの?」

私はため息混じりに風で乱れた髪をかき上げると、皮肉っぽく微笑みながら甘い調子で言い放った。

「あなた、いったい何様のつもり?」

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    私は唇をきゅっと結んで、尚之がかけてくれたジャケットをさらにぎゅっと羽織り直した。ふと顔を上げたとき、視線を少しそらすと、瑠奈が不機嫌そうな顔で私を睨んでいるのが目に入った。その目、まるで「嫌い」って言葉が形になったよう。私と尚之が一緒に離れていくのを見て、さらに怒りが増しているのがはっきりわかる。そうだよね、女の嫉妬って燃え上がると手がつけられない。相手を徹底的に追い詰めずにはいられないんだもの。瑠奈の嫉妬と憎悪に満ちた視線が背中に突き刺さるけど、なんだか笑えてきた。もう、こんな状況にいちいち感情を振り回されるのも疲れる。私は深呼吸して気持ちを落ち着けると、早足でその場を後にした。背後から聞こえるヒソヒソ声なんてどうでもいい。この場を一刻も早く抜け出したいだけ。だって、父にとって私はただの道具。上流社会に食い込むための、権力者に取り入るための飾りに過ぎないんだから。特に、尚之に連れて行かれる私を見て、父が浮かべたあの満足げな顔。あれを見たら、もう何も言う気がなくなる。玄関を出た瞬間、冷たい空気を深く吸い込んだ。「着替えを取りに戻るぞ。送ってやる」尚之の冷たい声には、わずかに不満がにじんでいた。「結構よ」私は即座に言い返した。私がどれほど彼との関係を断ち切りたいと思っているか、尚之は知らないだろう。「それとも、このままここに突っ立って注目を浴びたいのか?いや、わざとそうしてるのか?」尚之の声が急にトゲを増し、軽蔑混じりの言葉が胸に刺さった。鼻で笑うしかなかった。どうせ彼は、私の行動すべてが計算ずくだと思っているんでしょ。「ほっといて」私はそれだけ言うと、ジャケットを乱暴に握り締めて階段を駆け下り、タクシーを捕まえた。後ろをちらっと見ると、尚之が追いかけてきているのが見えた。次の瞬間、瑠奈が彼にすがりつくのが目に入った。……だよね。あの子が黙っているはずがない。「運転手さん、行ってください」私はジャケットをもう一度きっちり羽織り直した。さっきまで彼が手を差し伸べてくれたことに驚いたけど、よく考えたらあの手なんて、結局彼の体裁を守るためのものだったんだ。家に帰ると、ドレスを脱いでじっくり観察した。やっぱりね、仕込まれてる。シャワーを浴びて気分を落ち着けると、スマホの電源を切り、ぐっす

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    修一は私の冷たい表情を見ても、特に何も言わずに父に微笑んでみせた。「そうか、それは光栄だよ」そう言いながら、彼は背中から小さな箱を取り出して差し出した。「進学祝いだよ、遥」私は彼をじっと見つめてから、「ありがとう」とだけ言ってその箱を受け取った。その時、また二人の人影が入り口に現れた。尚之と瑠奈、そして内田だった。ちらっと父を見ると、この大物を呼びつけるなんて、やっぱりやり手だと感心せざるを得なかった。父は私に修一を中へ案内するよう促すと、すぐに尚之たちの方へ足早に向かっていった。今夜の尚之と瑠奈はペアルックだった。二人とも黒い系統のフォーマルな服を身にまとい、抜群に似合っていた。私はほんの一瞬だけ視線を向け、すぐに目をそらした。すると、修一が腕を差し出しながら言った。「今夜のパーティー、僕だけが君のパートナーにふさわしいと思わないか?」彼の顔を見て、私は微笑むこともなく首を横に振りながら答えた。「たまには、自信も行き過ぎると自惚れになるよ」そう言い放つと、私は人混みの中に足早に消えていった。パーティーが正式に始まり、挨拶回りをしているうちに足はもう限界だった。人の波を抜け出すと、私は急いで空いた椅子に腰掛け、ハイヒールを脱いで一息ついた。少しの間休んでいると、美和子が急にやってきた。「そろそろ一曲目のダンスが始まるわよ」私は「はいはい」と適当に返事をして、脱いだばかりの靴をしぶしぶ履き直した。歩き出すと、修一が人混みをかき分けて私の前に現れた。彼は紳士らしく一礼して言った。「美しいお嬢様、最初のダンスをご一緒させていただけませんか?」私は彼を見つめたまま、答える間もなく立ち尽くしていたところ、今度は尚之がこちらに歩み寄ってきた。黒い礼服姿の尚之が私の前で足を止め、軽く眉を上げながら言った。「最初のダンス、約束してただろ?」その言葉に一瞬戸惑ったものの、すぐに思い出した。昔、尚之を追いかけていた時に、「帝大に合格したら、一曲目のダンスを一緒に踊ってほしい」とお願いしたことを。時間が経つのは本当に早い。昔のことなんて、ほとんど忘れかけていたのに。目の前に立つ二人を交互に見やり、私はどちらにも手を差し出さなかった。「もう心に決めたパートナーがいるの。お二人のご厚意には感謝するけど」

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第27話

    美和子は凛をじっと睨みつけ、苛立ちを隠せないまま言葉を放った。「まだそんなこと言うの?あの夜、お母さんが言ったこと、もう忘れたの?遥はまだこの家にとって利用価値があるのよ。うちがもっと多くの権力者たちと繋がりを作りたいなら、遥はその切り札なの」「じゃあ私は?」凛は涙を浮かべながら、悲しげに叫んだ。「私もお母さんの娘なのに、なんで全部遥に頼らなきゃいけないの?」美和子は、凛がこんなことを考えていたとは予想だにせず、一瞬驚いた表情を浮かべた。少しの間黙った後、そっと凛に歩み寄り、その手を握りしめた。「そんなことじゃないのよ、凛ちゃん。お母さんはただ、あなたに苦労させたくないだけ。権力者に取り入る生活がどれだけ大変だと思う?お母さんにとって、あなたは大事な宝物なのよ」そう言いながら、優しく凛の涙を拭き取り、乱れた髪を整える美和子。「星野家は名門じゃないの。だから、凛ちゃんが名門に嫁ごうとすれば、きっと苦労するはず。お母さんが言いたいこと、分かるでしょ?」凛はぼんやりとうなずいたが、ふと昨日、遥が得意げに自分の前で見せた態度を思い出すと、胸の奥から憎しみが湧き上がってきた。翌朝、家中はまるで戦場のような慌ただしさだった。目を覚ますなり、化粧師や美容師に連れられて、スキンケアやメイク、ヘアスタイリングを受ける羽目に。さすがに疲れたな。そう思った私は、椅子に座りながら目を閉じて、しばらくうとうとすることにした。どれくらい時間が経ったのか分からないけど、使用人の声が耳に届いた。「凛様、他の場所でお休みください。こちらは大変忙しくて、構うことができませんので」その声に目を開けると、ちょうど凛と目が合った。すると、彼女は視線をそらし、小走りで部屋に戻っていった。「あの子、今ここで何してたの?」私は眉をひそめ、周囲を見渡した。ドレスのアイロンがけをしていた衣装師がふと顔を上げた。「凛様はちょっと見に来ただけです。それで、すぐに帰られましたよ」花飾りを持ってきた使用人がそう答えた。「そう……」私は小さくうなずいて、それ以上何も言わなかった。6時間ほどかけて、ようやく支度が終わった。昨晩ドレスを試着した時、「とても似合っている」と褒めてくれた人たちがいた。そして今日は、ドレスに合わせた大きなウェーブヘアや華やかなメ

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第26話

    16歳のある日、私がうっかり転んだとき、尚之が手を差し伸べてくれて、絆創膏をくれた。「痛い?」って、一言だけ。それがきっかけだった。喉に引っかかった苦い思いをぐっと飲み込んで、弱音はすべて押し殺した。大丈夫、今はすごくいい感じ。もう親に期待するのはやめた。彼らが私を愛していないと分かった時点で、私も愛さないと決めたんだ。そのほうが、きっと身軽に生きられるから。進学祝いのパーティーは三日後に控えていた。その日までの間、父と美和子は私にやたらお金をかけた。美和子は神浜で一番腕がいいと評判のスキンケア専門家を予約して、2日間びっちり肌のケアを受けさせた。さらにヘアサロンやネイルサロンにまで連れて行って、どこから見ても完璧に仕上げようとしていた。パーティーの前夜には、父がオーダーメイドで作らせたというドレスが届いた。シャンパンカラーのプリンセスドレスで、スカートの裾には細かなクリスタルが散りばめられていた。試着してみると、確かにきれいだった。清楚さとセクシーさを兼ね備えたデザインで、よく似合っていたと思う。私自身は特に何も感じなかったけど、みんなが「綺麗だね」と褒めてくれた。父でさえ、「俺の娘はまるで天女の化身だ」なんて、滅多に聞かないお世辞を言う始末だった。そんな父を見上げたとき、ふと凛が私を嫉妬に満ちた目で睨んでいるのが目に入った。その表情が少し面白くて、つい笑いながら凛にこう聞いてしまった。「このドレス、どう思う?私に似合ってる?」今思えば、この質問をしなければよかったんだろう。でも、一度口にしたら最後、凛はまるで火がついた爆竹みたいだった。「どうせその顔しか取り柄ないくせに、何を調子に乗ってるのよ!」「だって、この顔が絶世の美人で、天女の化身なんだもん」私はにっこり笑いながら、スカートの裾を持ち上げてくるりと回ってみせた。「本当に似合ってるでしょ?もしかして、内心めちゃくちゃ嫉妬してるんじゃない?」凛の声が大きくなり、顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。「なんで私があんたなんかに嫉妬するのよ!大体、あんた何か私が羨ましがるようなもの持ってる?親に愛されない哀れな人間じゃない。運が良かっただけで神浜で2位になれたから、今こんな待遇受けてるだけでしょ!」凛の言葉を聞いても、正直何とも思わなかった。でも、父と美

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第25話

    そして、全部の元凶は美和子と父だった。その時、初めて気づいたんだ。この穏やかで知的な顔の裏に、どれだけ邪悪な心が隠れているのかって。頭を横に振りながら、美和子が何を言い出すのか待った。「それならいいわね」美和子は私の手をぎゅっと握りしめてきた。「父娘なんだから、一晩寝れば忘れるでしょ?」私はすぐに手を引っ込めた。「何が言いたいの?前置きはいいから、はっきりしてよ」私の言葉に、美和子はちょっと気まずそうにしながら、それでも手を組み直して話し始めた。「ほら、遥って大学入試の得点、神浜市で2位だったでしょ。それを聞いて、お父さんすごく喜んでてさ、遥のためにお祝いパーティーを開きたいんだって」私は鼻で笑った。お祝いパーティー?実際は私を社交場に引きずり出して、どれだけ利用価値があるか品定めするつもりなんじゃないの?「いいよ」私は軽く頷いた。「でも、1000万ちょうだい。新学期に服とか学用品とか、色々買いたいから、いいでしょ?」どうせ私の価値を搾り取る気なら、私だってそれ相応の見返りはもらう。美和子は「1000万」という言葉に一瞬眉をひそめたけど、すぐに笑顔を作った。「当然よね。それにお父さんとも話してたんだけど、京坂に家を買うのはどうかって。やっぱり一人暮らしだと心配だから、家を買って家政婦を雇って、生活面をサポートしてもらったほうがいいんじゃないかって」生活のサポートなんて建前だ。本音は、私を監視したいだけに決まってる。「いいけど、私、寮に住みたいの」立ち上がりながら、美和子の芝居じみた演技にうんざりして言った。「それで、振り込みはいつ?」美和子も立ち上がった。「お父さんに話したらすぐ振り込むわ。それより、ご飯もそろそろできるから、降りてきてね」「うん」私は適当に頷きながら彼女を見た。でも、美和子はその場を離れようとしない。私は眉を少し上げて、「まだ行かないの?ここ、私の部屋なんだけど」美和子は小さく頷いて、「すぐ出るわ」と言いながら、やっと部屋を出て行った。私は寝室の扉に鍵をかけて、クローゼットに向かった。スーツケースから不動産証明書を取り出し、どこかに隠す場所を探した。美和子がさっき何か探しているような素振りだったけど、私の部屋には何もない。京坂で家を買ったこと、あの二人は知っているの?だとしたら

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第24話

    そう言い終わると、また歩き出そうとしたその瞬間、父の怒声が背中越しに飛んできた。「止まれ!お前、今の自分の状況が分かっているのか?帰ってきても挨拶一つなしで、どういうつもりだ!俺のことを父親だと思っているのか?それとも義母を軽んじているのか!」私は険しい顔の父を冷静に見つめ、口元に薄い笑みを浮かべた。「お父さん、私の目にあなたがどう映るかは、あなたの目に私がどう映っているか次第よ」あえて「お父さん」と言ってみたけど、その言葉に込めるべき敬意なんて到底感じられなかった。「五時間も飛行機に乗って、ちょっと疲れてるのよ、お父さん」わざとその言葉に重みを乗せて、さらに続けた。「少し休ませてもらってもいいかしら?」皮肉交じりのトーンに父はさらに苛立ち、怒りに任せて数歩で私の前まで詰め寄ると、手を振り上げた。しかしその手を義母の美和子が慌てて掴んで止めた。「ちょっと、あなた、何してるの?遥は疲れてるって言ってるじゃない。これが親のすること?」美和子はそう言うと、今度は柔らかな声で私に向き直った。「遥もお父さんの気持ちを分かってあげてね。最近全然連絡もせず出歩いてたから、すごく心配してたのよ。さ、部屋に行って休みなさい。ご飯ができたら呼ぶからね」この優しい言葉は、どこか美辞麗句めいて聞こえた。でも、今ここで彼らの仮面を剥がす必要はないと判断し、争うことはやめた。「分かりました」ただそう返事をして、私は階段を上がり二階へ向かった。角を曲がったところで立ち止まり、耳を澄ました。案の定、美和子の声が聞こえてきた。「ちょっと、何してるの?あの子がどれだけ貴重か分かってるの?あんなに高得点で大学に受かったんだから、いろんな家がもう彼女を嫁候補に見てるのよ!」全く驚きはしなかった。だからこそ、こんな会話を録音しようと事前に準備していたのだ。部屋に戻ると、シャワーを浴びてベッドに横たわった。でも、あの夢のせいか、心が沈んでどうにも元気が出ない。窓の外をぼんやり眺めながら思った。一度人生をやり直して、多くの人の本性が分かった。だけど、それが分かったからこそ、慎重でいなければならなくなった。これが良いことなのか悪いことなのか、自分でも分からない。一体いつになれば、自由と幸せを手に入れられるんだろう。そんなことを考えていると

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第23話

    その後、二人は一緒にホテルの部屋に入った。私はその場に立ち尽くしたまま、扉が閉まるのを見届けてからようやく階下に降りて食事をすることにした。降りる前までは、空腹でたくさん食べたいものがあったはずなのに、今メニューを見ると全く食欲が湧かない。店員は隣で静かに待っていて、ほんの少しの苛立ちすらも顔に出さなかった。申し訳なくなり、店員に今日のセットメニューを勧めてもらい、それを頼んで席についた。箸でご飯粒を一粒一粒数えながらぼんやりしていた。頭の中には、先ほど二人が一緒に部屋に入る場面が繰り返し浮かんでくる。きっと二人はうまくいっているんだろう。でも……ふとあの日の夜、尚之にキスされた場面を思い出した。彼にとって、自分が何なのか分からなくなった。退屈な時に弄ぶ子猫だったのかな?それとも、思い通りに操れるくだらない存在だと思われてるのかな?手に握りしめた箸が、もう少しで折れてしまいそうだった。大きく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせ、その場を立ち去ることにした。翌朝早く、私は空港に向かった。搭乗の直前、スマホが鳴った。画面を見ると、知らない番号だった。少し迷った後、通話ボタンを押した。電話の向こうから修一の声が聞こえてきた。「遥、冷たいなぁ。食事に誘ったのにすっぽかすなんて。その上ホテルまで変えて、わざと僕を避けてるの?」私は睫毛を伏せ、つま先を軽く蹴りながらぼんやりと答えた。「お会計は済ませたし。それに、どこに泊まるかは私の自由でしょ?あなたには関係ない」「薄情なやつだな」修一はわざと悲しそうな声を上げた。「これ僕の番号だから、ちゃんと登録しておいて。連絡取りやすいようにね」アナウンスが保安検査を促す声を上げる中、私はキャリーケースを引きながら歩き始めた。「あなたに連絡することなんてない。じゃあね」それだけ言うと、私は通話を切った。窓の外では白い雲が次々と連なり、空が青く広がっていた。それはまるで別の大海のようだった。昨夜はほとんど寝ていなかったせいで徐々に眠気が襲ってきた。目を閉じて眠りにつくと夢を見た。夢の中で、また尚之をしつこく追いかけていた頃に戻っていた。図書館に向かおうとする尚之を引き止め、涙ぐみながら問い詰めた。「瑠奈のどこがそんなにいいの?私の方が美人だし、尚之くん

  • 時をかける少女、愛した君との別れ   第22話

    修一が振り返り、私を見る。その目が、いかにも真剣さを込めたかのように見える。私は眉をひそめ、一歩前に進んだ。「ふざけた遊びに付き合う趣味はないよ。私を巻き込まないで」「おいおい」修一が私を追いかけてきた。「冗談だよ、なんでそんなに怒るんだ」修一を食事に連れて行ったのは、藍が教えてくれた店だった。藍のおじさんの家は京坂にあって、彼女は10歳までここで暮らしていたから、地元人みたいなものだ。この店も藍に勧められたものだし、修一が連れて行くようなネットで話題の店よりはきっと美味しいと思った。店に着いたとき、修一は車を停めに行ったので、私は入口で待っていた。しばらくしても修一が戻ってこなくて、様子を見に行こうとしたとき、尚之と瑠奈が歩いてきた。彼らに見つかる前に、私はさっと身を隠し、別の道を選んだ。自分の動作の速さにほっとして、もう二人に振り返ることもなく歩いていると、尚之が幽霊のように私の目の前に現れた。びっくりして思わず「きゃっ」と声を上げると、足元の石に引っかかって尻もちをつきそうになった。目をつぶって身構えたが、思ったような痛みはやってこなかった。代わりに、腰に一本の腕が伸びてきた。次の瞬間、雪松の香りが漂う抱擁の中に引き寄せられていた。驚きで心臓が「ドキドキ」と鳴り響き、目を開けると、尚之の瞳と向き合っていた。その瞳の中には渦巻くような何かがあって、私にはとても理解できそうにない。「ありがとう」私は慌てて姿勢を整え、尚之の手を押しのけた。尚之は一歩後ろに退いて、自ら私との距離を取った。「君、さっきわざと飛び込んだんじゃないかって疑いたくなるね。何それ、新しい技?」新しい技なんてあるか、バカ!私はわざと「へへ」と乾いた笑いをこぼした。「ご冗談を。菅原くんが幽霊のように現れてびっくりさせるから、危うく転びそうになっただけよ。人のせいにするなんてカッコ悪いぞ」「そうか?」尚之が片眉を上げた。彼とのやり取りに疲れてきた私は足を進めてその場を離れようとした。そのとき、尚之の落ち着いた声が響いた。「遥、修一には近づくな」足を止め、何か言おうとしたが、尚之は続けて言った。「神浜のどの権力者に取り入れようと俺には関係ない。でも、修一はダメだ」心がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じたが、それ

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